恋は直球、届け白球   作:最強エースあかね

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第5話

敦史が茜を引き止める。その姿を周りにいた部員たちはつい見てしまっていた。

「なに?部屋戻りたいんだけど」

「お前、肘…」

そのワードが出ると茜は少し向けていた顔をふっと戻し、黙って部屋に戻ろうとした。

「待てよ!話を…」

そう言う敦史に茜は立ち止まり、言った。

「わかった」

なにか諦めたような声のトーンだ。ため息も同時に吐かれていた。

「膝にくるから投げなきゃいいんでしょ?」

極端なことを言い出す茜に敦史は自分の思いを告げようと切り出す。

「そう言うことを言いたいんじゃ…」

しかし茜のターンは続く。

「投げなきゃ心配しなくていいし、怒らなくてもよくなるでしょ?」

「いやだから痛いかどうかを…」

「はい、この話終わりー。明日も早いから寝るね」

そう言うと話を切断し、茜は部屋に戻っていった。

「お、おい!」

微妙な空気になった食堂。敦史は部屋に戻るよう全員に声かけをした。

不穏な雰囲気の中始まった合宿3日目。朝ごはんを食べ終えた一行は明日行われる合宿納めの練習試合のため、連携を確認するように守備をし、試合形式でのバッティング練習。試合でスタメンの可能性のある選手が打順通りに確認をした。昨日の通り、茜は打撃はするものの、最初のキャッチボールと守備を除いて球を握ることはなかった。

昼休憩を終えた投手チームはブルペンに移動し練習が始まった。敦史と和田、井上と青木でキャッチボールを始め茜はそれを近くで見ながら、手に持っているノートにペンで何かを書いていた。

「キャッチボール、終わりましたけど、茜先輩何してるんすか?」

キャッチボールを終えた青木が座り込む茜に声をかける。

「ん?あー、これはね」

茜は腰を上げ、話し始めた。

「2人に合う変化球をね、考えるための資料的なー」

「見せてくださいよ!」

茜は持っていたノートを胸でギュと抱えた。

「ダーメ!2人の大切なデータだから、いつか使えると思うからね」

「いいじゃないっすかー」

「ダメなのー!」

頑なに見せようとしない茜もまた可愛くてよい。

「そんなことより、へ、ん、か、きゅ、う!」

茜は2人に変化球の指導を始めた。本格派の青木にはチェンジアップを、速球派の和田には縦に割れるドロップを、茜流のものを教える。茜が記したノートには2人の腕の動きや手首の柔らかさなど細かく掲載されている。そのデータから茜が得意とする変化球を、教えを求める後輩に合ったものを選び伝授という形になった。

明日の練習試合、今後の公式戦に向けての練習。

「こうですか?」

「あー、そこはねー」

この合宿で真価を発揮する茜の指導力が爆発する。青木、和田は茜の言葉をどんどん吸収し、まだ投げられないもののコツを掴むところまでは練習が進んだ。この様子に茜は満足げな顔をするも、どこか悲しげな表情を見せた。

結局、練習終了まで茜はピッチング練習は一切せず、宿舎へ戻ろうとした。

「おい松原!」

敦史が戻ろうとする茜を止めた。

「10だけ…。いや20でも……」

そう言う敦史に振り返り言った。

「今日は気分乗らないから、いいわ」

「でも、明日の登板…」

「きっと大丈夫よ、うん」

「松原…」

「うん」

すこし寂しそうな表情を見せる茜を案ずる敦史。そう言うとスタスタと宿舎へ戻っていった。

(シャー)

部屋に戻った茜は同様にシャワーを浴びていた。今日は昨日よりもずっと冷たい水。

「なんか気分乗らないな…。」

滴る水を見ながら。

「やっぱ、痛いのかな…?」

自分を信じられなくなって。どうも気が乗らない、何に対しても…。

(ヴーヴー)

丁度、シャワーを浴び終えて体を拭いてる時だった。

「ちょっと、待ってー」

携帯が鳴る。

「ほい、もしもし?」

とっさに携帯を取ったため、電話の主が誰だかわからない状態だった。

「あーちゃん、元気?」

声でわかった。

「涼ちゃん!?」

少し元気になった。茜は裸のまま畳んである布団にダイブ。

「どうしたの?」

「急に、ごめんね。ほら明日最終日でしょ?」

「そうだよ!でも、嬉しい!涼ちゃんから電話なんて」

浮かない表情だった茜には笑顔が戻っていた。

「ううん。俺さ遠くにいるだけで何もしてあげられないから…」

声で涼介がどのような表情なのか想像がついた。

「こうして声が聞けてあたし、死ぬほど嬉しいよ」

「そっか、役に立てて嬉しいよ」

少し静寂が2人を遠いながら包む。

「ねぇ、あーちゃん?」

少し落ち着いた声。

「なあに?」

「ちゃんと言いたいことあったら我慢とかしちゃダメだよ?」

「え?」

「俺は何でも聞くよ。だから、、、ね?」

茜はスッと笑顔ではなくなった。そして、少し潤む目。

「…。」

「そのために俺はいるんだから。あーちゃんの1番のファンでもあるから、もし体調悪かったりするんだったらさ。きっと部活では言えないと思うから」

「…ぇんなの…」

「え?」

涼介の耳には今にも泣いてしまいそうな声で入ってくる。

「変なの…。いつもみたいに投げられなくて。肘が変なの…」

「うん」

「もう投げられないのかな…」

「そんなことないさ」

「投げられないあたしのこと、涼ちゃん嫌いになる?」

「ならないよ」

しばらく続いた会話から涼介は茜から涙を引き出すほどの聞きっぷりとなった。

「落ち着いた?」

「うん、ごめんね」

「いいよ、帰ってきても話聞くからね」

「うん、ありがと」

「じゃあ切るね」

涼介に話をした茜は疲れて、夕飯のことを忘れていた。

「涼ちゃん」

切る直前、茜は涼介を引き止める。

「なに?」

「ありがと、愛してる……」

「いいえ、こちらこそ愛してるよ、あーちゃん」

そして電話を切る2人。茜は自分の思いと向き合いながら天を仰いだ。すると、扉をノックする音が。

「茜先輩!大丈夫ですか?夕飯の準備終わってますよ!」

「うん、ありがとう」

茜は服を着て扉を開けると、青木と和田がいた。心配する表情。

「どうしたの、2人とも?」

「茜先輩、練習中元気がなかったから…」

「大丈夫かなって思ったんすよ」

青木、和田と続き、2人は茜を心配して見せた。そんな後輩の配慮が嬉しくて、

「もう大丈夫よ。心配かけたわね」

いつものように笑って見せた茜。そんな茜を見た2人もちょっと嬉しそうな表情になった。

明日最終日、それを迎えるために食事で体力をつけに向かう茜だった。


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