絶えることのない勢いで、9番菅野からの打順。投げづらい環境の中で最高のパフォーマンスをする静岡代表のエース。
「ストライク、バッターアウト!」
三振に終わった菅野は、さっさとベンチへ戻ってきた。
「いいようにやられたな、ガノ」
「うるせぇ」
「打てなかったのね、よしよし」
茜がふざけて菅野の頭を撫でた。
「お、おう…」
真剣に恥ずかしがる菅野に対し、
「ちょっとキモい」
笑いが生まれて、勢いが絶えることなく西村へと打順が戻ってきた。
三振した1打席目を思い出し、構えた西村はバントの構えで揺さぶりをかけたり、クサイ球はカットしていく嫌らしい打撃を見せる。
「きた!!」
思わずバッターボックスで声が出た西村は、得意の外角の球を一塁手の頭上を過ぎる打球を放った。ライン際へ素早く回り込んだ右翼手のせいで、シングルヒットに終わった。
一塁の西村とサインの確認をする茜。何が起こるかわからない静岡代表は、3球続けて牽制を入れる。不気味なくらいリードを取らない西村に嫌な雰囲気を感じながら茜に投じた1球目は、外角高めのボール。やはり盗塁は警戒だ。バントのそぶりはない。
「バッター好きな球だけ狙って!」
ベンチからの声に真逆の反応を見せる茜。
「揺さぶりか…」
思わず静岡代表の捕手も声に出した。茜はバントの構え。困惑するバッテリーはバントをさせようとストライクゾーンへ投げ込んだ2球目。
「ストライク!」
「え!?」
バットを引いて見逃してきた。
(バスターか)
そう考えた静岡バッテリーは茜の姿を見ると、またも驚かされる。バントの構えをしていなかった。すかさず一塁を見るが西村は、やはりリードを取らない。訳の分からなくなったバッテリーは、バッター勝負。外から入ってくる緩いカーブを3球目に選んだ。
「走ったぞ!!」
盗塁だ。リードの小さい西村だったが、緩いカーブなら十分な時間が稼げる。「やられた」とバッテリーが思った時、
(カキーーン)
盗塁を刺す捕手のサポートのためにしゃがみかけた投手の頭上スレスレを通るセンター返し。
「あぶね!」
二塁ベースへ向かう遊撃手のグローブにギリギリ入らないところを通り何とかヒットを打った。
打球は強かったものの、走り始めていた西村は快足飛ばし三塁へ。
ワンナウト一、三塁で迎える敦史。この大会何度目だろうか。脅威でしかない。打つ手の無くなってきた静岡代表は健闘するもこの回、4点を城戸打線に挙げられ、差を5に伸ばされた。
4回以降も茜の快投は続く。雨の量が安定して来てから、早めに守備を終わらせようとテンポの上がる茜だったが、コントロールにズレはない。
「アウト!」
外野フライなどを交え、この回は僅か7球で終えた。
4回裏の城戸中の攻撃は、相手の投手交代に対し手が出ず、こちらも同様に三者凡退。
「ここからだぞ!!」
5点差をひっくり返すべく、声を張り続ける静岡代表。
一方で全ての手の内を明かした茜、敦史バッテリーは試合を早めの終結へ持って行くために今までで静岡代表がカスリもしなかった球を中心に配球を組み立てた。
「ストライク、バッターアウト!!」
雨の中でも機能する白く染まる茜の手から放たれたシンカーは、左打者の腰付近からえぐるようにキレる。さらにコントロールを少し乱したもののそれが功を奏したのはスローカーブだった。余計に曲がるようになったスローカーブは空振りを促す。
相変わらず寸分狂わず放たれる、ストレートによる緩急も交え5回もまた3人で締めた。
(バシーーン!!)
茜がベンチへ戻ってくると投球練習をし始めている青木が目に入った。姿勢で声援を送っているように見える。
敦史から始まる5回裏の攻撃では、技ありの巧打が生まれるものの得点には至らず。茜の出番は早めに回ってきた。
しばらく変えていなかったマウンドの土を新しくし、最終回へ向かう決勝戦。敦史は投球練習を終えて茜の元へ向かった。
「なに?」
「この回、投球間に毎回ロージンつけろ」
「え、いやだ!手が荒れる!」
突然の指示を嫌がる茜は、ここまでの投球内容を感じさせるものではない、いつもの茜だ。
「ったく、どんな内容で投げてるかわかってないのか」
小声で口元を緩ませた敦史は呟いた。
「なんか言った?」
心配したことを損した敦史は自分の持ち場へ向かいながら、
「そんだけロージンつけてたら、とっくに手が荒れてるって言ったんだよ」
「くそー。つければいいんだろー」
リズムを保つ茜のロージンべっとり投球が始まる。毎度手から白い煙が出るほどつけられたロージン。そこから放たれる変化球は妙にブレーキがかかり、これまでとは姿を変える。
特にこの回目立ったのは、早い変化球のツーシームとカットボール。ストレートと投げ分け、微妙な変化でこの回は凡打を積み上げる作戦。3回と同じ作戦とは思えない。
「アウト!」
一塁審判の声が続く。ブレーキのかかった変化球を捉えられないことがわかると静岡代表は一か八か大きい変化球を待つことにした。
ツーアウトからの4球目、大きな変化球なんて投げるはずもなく渾身のストレート。「畜生!!」と言わんばかりに無理矢理振られたバットの先端にあたった打球はふわっとセンター方向へ飛んだ。
「センターーーーー!!!!」
敦史の声が球場に響いた。
「剛!!!!!!」
茜も声をあげる。泥濘にもまけない西村の強靭な脚力でボールへまっしぐら。部でも腕の長さは1番だ。西村、、、いや剛は、内野手に任されたこの打球を処理するため、その腕を目一杯のばしダイブ。濡れた芝から水しぶきが上がる。駆け寄る二塁審判。剛の左手を見て、自らの右腕を上げる。
「アウトォ!!!」
スーパープレイだ。同じ外野手の加藤兄に差し伸べられた手に捕まり、立ち上がった剛は未曾有の大歓声に包まれる。
ベンチへ戻るとプレイへの熱のおさまらない後輩たちのいる中、剛は茜の元へ。
「次も行けよ。いくらでも取ってやる」
「金輪際センターには打たせないけどね」
笑いながら左手を出し、剛を祝福する茜。
盛り上がる中、打席に立つものにベンチから声援が送られるのは遅かった。7番から始まる城戸の攻撃は、点を取らせるわけにはいかない静岡代表の気迫の投球に沈められた。
7回の表、最終回。パーフェクトでここまで来た茜。再三マウンドへ向かう敦史。
「いつもそんなに来ないのに、決勝だから?」
茜の心配をしているのに、嫌がるような反応を見せる茜に対し敦史は一言だけ。
「パーフェクト、行けんだろ?」
その声は内野やベンチにも聞こえた。
「おい、名古谷!」
言わないでおいたチームメイトの気遣いをぶち壊す発言。茜を心配する監督、顧問、内野手たちは茜を見た。
「あと3人だぞ」
首であしらうかのように敦史にホームへ戻るように指示を出す茜。続けて言う、これが茜の決め台詞だ。
「行けるに決まってるでしょ?あたしを誰だと思ってるの?」
強気に満ち溢れた茜の力を100%から1000%まで引き上げるのが敦史の役目。敦史はその言葉を聞き、ホームへ戻る前に左手のグローブを茜に向けて差し出す。
(バン!)
茜は敦史のミットにグローブでハイタッチ。敦史はホームへ戻った。
グラウンドは湿っているものの、もう雨は止んだ。厚い雲に覆われながらの投球になるが茜はこの気候は嫌いじゃない。
中学軟式野球の集大成。持ち玉全てを使用するこの回の投球は、1人目。カットボール、ストレートでカウントを取り、3球目に得意球のチェンジアップで三振。
2人目はストレート押しからのチェンジアップ。
ツーアウトになった途端、緊張が走る。俺のところに来るな…と守っている誰もが思った。しかしそのような心配は無用だったことに初球を見て誰もが気づいた。
120キロ後半のストレートが静岡代表に襲いかかる。まだ出る。もっと出る。限界を迎えた茜の限界突破。2球目は127キロ。スピンがかかり、コントロールの高い茜のストレートは140キロ近くに見える。3球目。これで決めると投げた最速記録を更新する135キロのストレートはワンバウンド。茜がこの大会初のワンバウンド。狂いを見せた。しかしそれは布石だった。狂ったように見せて、ここで勝ちにいくのが名古谷敦史のリード。魂のプレイなんて少なくていい。必ず勝つために、、
110キロのチェンジアップで見逃し三振。
「ストライク、バッターアウト!!」