恋は直球、届け白球   作:最強エースあかね

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第10話

ちょこちょこ練習試合を挟みながらも秋大会1回戦負けのチームへは、たまたまのレッテルが貼られ強豪校とすることは叶わなかった。しかし試合をするという感覚はどんどん染み付いて来ていた。

そして春、そんなまぐれで全国大会出場を叶えたチームには新入部員がそこそこしか入らず、超絶上手い選手が入ってくることはなかった。一方、3年生になった茜は去年の今頃との差に周りを驚かせていた。むしろ敦史からは、

「もう少し投げないのか?」

というセリフまで出る始末だった。O型の中でもマイノリティ的な性格を振るう茜は、一度決めたことを変えようとはしない。

「キャッチボールで確認したい!」

という回数が圧倒的に増えた。全力で投球することは練習において、ほぼ無くなりキャッチボール感覚で投げるのが基本となっていた。大きく変わってしまった茜だが、練習試合での成績や多く持つ変化球の精度は高まっていることから敦史も茜に合わせてこれている。

「変化球増やしたいっす!」

後輩の指導にも茜は夏から目覚め、率先して当たっている。その影響か青木の投手成績はうなぎ登りだ。一方、和田は茜から打撃面で指導されることが多く、4番候補に名乗りを上げている。

下馬評が低いものの、充実した練習を行えている城戸中軟式野球部は近付く期末試験を背に始まる夏の大会のベンチ入りメンバーを発表する時期までやって来た。

「えー、半年くらい様々な打順で、ポジションで様子を見て決めた20人を今日、発表する。」

部活のない放課後に集められた部員達は輪になり監督の話を聞く。

「名前を呼ばれたら番号を取りに来い」

ここが緊張のピークだろう。特に部員数の少ない3年生は選ばれるとして2年生はどうだろうか。各々、不安を背負いながら名前を呼ばれるのを待つ。

「じゃあ、1番から…」

必ず貰える。それだけの準備はして来た。茜はそう自分に言い聞かせながら名前を待った。

「松原!」

「はい!」

大きな返事と共に今大会のエースが決まった。惜しくもエースナンバーを獲得できなかった青木は2番手投手の10番を背負うこととなった。番号は順番に発表され、夏の先発メンバーが決定した。

茜は家に帰ってから、母親に背番号をユニフォームにつけるようお願いして日課のランニングに出た。控える最後の夏、茜の賭ける思いは他の選手とはかけ離れていた。

 

 

そのころ、高野連とNPBの上層部が緊急で会議を行っていた。

「女性選手の甲子園参加ですか?」

「とても話題性のある内容だと思いますが」

「うむ、、それでは伝統が……」

「それでは彼女の投球を見てください!」

1人の高野連の職員がノートパソコンに保存された映像を会議室場で流した。計測された球速、凛々しくマウンドに立つ姿。

「こんなもの相手の打者が弱いだけでは?」

「八百長もありえるな」

「そんなことは、ありません!」

「では、こうしましょう。」

女性選手の甲子園参加を唱える職員に非難の声が上がるも、NPBの職員が口を開いた。

「この夏季大会の成績によって判断しましょう。城戸中の打撃陣は眼を見張るものがあると、この資料で見られます。ですので勝利数はもちろんのこと、防御率やWHIPをも判定項目に加えます。さらに、このことは口外しないこと。八百長が起こるかもしれないのでね」

「わ、わかりました!ありがとうございます」

 

 

そして6月末。昼休みが終わると野球部はユニフォームに着替える。午後の授業は公欠で試合へ向かう。

「授業出なくていいなんて、幸せだねー」

「数学以外できないんだから、卒業できなくなるぞ、お前」

ウキウキで準備する茜に釘をさす敦史。

「まあまあ、この大会で勝っていけば卒業させない訳にはいかなくなるでしょ!」

「それにしても、勉強は必要だからな」

「ちぇー」

準備をした背番号付きメンバーは校門に集合し、試合会場へと向かった。

1回戦、マウンドに上がった茜の姿に、復活したのかと注目が集まる。昨年の夏は、1回戦と決勝戦、そして途中のリリーフとして登板した。その時の印象を忘れているものはいない。今日の打順も初見の敵チーム。試合が始まると、城戸ナインからの殺気がじわりじわりと漏れて見えてきた。

「男の子と野球ができる最後の年だから、絶対負けたくないの!」

試合前の茜のその一言がナインの闘志を爆発させた。

投球練習を終えて、1回の表の投球に入る。

「今日はいつもの100倍可愛いっすよ、茜先輩!!」

応援なのか冷やかしなのかわからない、恒例の声が城戸中ベンチから聞こえる。しかし、このエールは毎回スルーされるのがお決まりだ。マウンドに立った茜は外からの野次には反応しない。集中しているのだ。

「プレイボール!」

開幕する茜の快投劇。それは1回戦だけにとどまらない。今年は全試合先発することが決定している。しかし、力配分などマウンドに立つ茜ができるわけがない。だから、こういう時は敦史の出番だ。全力ストレートと、普通のストレートの2つに分けて配球を組み立て、相手打者を翻弄していく。茜の肘のことも頭に入れながら、巧みなリードで打線を無力化して行く。そうしてすぐに抑えられた相手チームに襲いかかる城戸打線。西村、茜、敦史の最強上位打線は都大会レベルには収まらない。ほぼ全打席で安打を放った。準決勝までの4回戦は全てコールド勝ちで茜を温存することができた。

「こんなの練習みたいだね」

「まあそう言ってやるな」

準決勝、決勝とフルイニング7回の試合となった。準決勝では、5回まで抑えた茜は途中でライトの守備につくと、青木が残りの2イニングを抑えた。打撃では、4番の和田が本塁打を含む5打点の活躍で得点をぶんどった。そして向かえた決勝戦では茜が2安打完封、21個のアウトのうち奪った三振は17個。この日はフォークが冴えた。打撃も収まらず終わってみれば7得点を挙げ、都大会を通過した。

「喜ばないんだな、やっぱり」

投げ終えた茜にはあまりいい笑顔が見られなかった。

「本番はこれからだからね。岡山で、今度こそ大暴れしなきゃね。」

「そうだな。先輩が投げた試合で負けたからな。1試合しかなげてなかったな」

「うん。最後の大会だからさ。敦史と組めるのもね、」

「そうだな」

茜の少し寂しそうな言葉にも、冷静に返答をした敦史。そして、半月後に黄金バッテリーの全国大会が始まる。


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