今回の作品は女の子の投手がメインとなっている野球部が舞台の作品です。作者の気分次第で超展開になりがちになりますが、ご了承ください。(書きたいことが、断片的になっていて…)
短くなりましたが、末長くよろしくお願いいたします。
なんて暑い日なんだろうか。2009年の夏、ここは池袋にある豊島区総合野球場。15時過ぎのわりにまだ太陽は天空の頂に居座っている。そんな中マウンドに立つ1人の選手。汗を腕で拭いながら女房の構えるミットを見つめる。中学生史上最高の投球フォームと言われる彼女は、今日も華麗に三振を奪っていく。そう、マウンドで踊るように、そういう姿から『舞姫』と呼ばれている。
気付けばスコアボードには0が7個並び、舞姫こと松原茜の属する私立城戸中学は勝利していた。試合終了の合図が審判から送られると、ようやく茜の顔に笑みがこぼれた。この瞬間がファンには堪らないのだ。何故ならば、茜はマウンドでは一切笑わないからだ。ショートカットから覗かせる大きな目、整ったパーツ達の織りなす彼女の顔面偏差値は一流国立大学をも上回る。普段、天真爛漫な彼女と引き換えマウンドでは表情がスッとなくなるのだった。しかし、そんなところも堪らないとファンをそそるのだ。
「お疲れ、松原」
「ありがと、敦史」
手渡されたスポーツ飲料のボトルを一気に飲み干す茜。
「ぷはぁ〜!たまんないねぇ、勝利の美酒は!」
「酒じゃないだろ」
「表現だよ、ひょ、う、げ、ん!!ったくそういうところだよ、敦史ー」
「いや、なにがだよ」
女房役の名古谷敦史もたまに起こる、茜の謎発言には困ることがある。
「ほら、意味わからないこと言ってないでクールダウンするぞ」
「へーい」
後輩達がベンチ内を片付けている間、茜と敦史はベンチ横でクールダウンをする。
「今日も良かったぞ。特に6回の低めが」
「まあねー」
茜は得意そうな顔、いわゆるドヤ顔だった。勝った試合では大抵敦史は、茜を褒める。というよりも褒めないと茜はそういう言葉を求めてくるのだ。もう敦史は慣れたことだが、最初は面倒だと思うことが多かった。
「緊張しなかったのか?」
「え、なんで?」
「もしかして都大会決勝だったの忘れてる?」
「忘れてるわけないじゃん。敦史、なに言っちゃってるの?」
そう、今日は都大会決勝。城戸中学は初の全国大会へと駒を進めたのだった。なんなく完封をし、あたかも2回戦くらいかのように思わせる冷静さだった茜を見て敦史はそう思った。
「でも、その割にあんまり喜んでなかったよな」
「都大会ごときでピーピー言ってられないでしょ!全国で勝たなきゃ」
正論だ。まだ上がある。茜の向上心しかない言葉に思わず敦史の口角が上がった。
「次の試合は3日後だ。しっかり休んでおけよ?」
「もちろん!今日は帰ったらゲームパーティなんだから」
今日イチの笑顔で返答した茜。しばらくしてクールダウンを終えた2人はミーティングをし、今日の部活動が終了した。ミーティングを終えると茜は地面に座り込み疲れを露わにした。
「うぇ…。疲れたぁ」
「ボール握ってないと恥ずかしいくらいにダラけるよな、お前」
「うっさい、剛」
センターでスタメンを張る茜達と同学年の西村剛からの言葉だった。先輩や後輩、また野球部以外の同学年の男子からは女性として見られている茜だが、野球部の同学年は違う。
「疲れた時は、疲れたって言うのが1番気持ちいいの!」
「あー、そーですか」
こんな女の子らしさを感じない姿を見ると恋をする気が失せていくという点がそういう目で見ない理由の1つだ。そしてその理由のもう1つとは、
「あーちゃん、お疲れ」
地面に顔から突っ伏しそうな勢いの茜の背に近寄った1つの影。茜は声を聞いただけで判断できた。突っ伏しそうな身体を両手でグッと立て直し、その声の主の方を見て言った。
「涼ちゃん、来てくれたんだ!」
「もちろんだよ、だって今日勝ったら都大会優勝だったんだし、それに…」
「それに?」
「ほら、毎試合あーちゃんが投げるわけじゃないからさ。あらかじめ投げるって言っていた日には行きたいって思ってたから」
そう言われ、ふと頬がピンク色に近づく。さっきまで重たそうにしていた腰をあげた。そんな茜の女の子らしい一面を引き出しているのが、お気付きだろう茜の彼氏である、上原涼介。茜とは小学生の頃から恋人の関係を続けていてとても現実的ではないが今年で6年目になる。家族ぐるみで仲が良く、もちろん6年経っても色褪せないむしろ濃くなる一方の2人。今日は茜のピッチングを見に涼介は池袋に来ていた。
「涼ちゃん、今日はお夕飯は?」
女の子らしさを爆発させる茜に愛おしさを感じる後輩がいれば、気持ち悪がる同級生もいる。
「そうだな、今日はお家で全国祝いするんじゃないの?」
「たぶん、そうだと思う。でも…」
「?」
茜の涼介への気持ちは言葉だけでなく態度でも出る。それはとてもわかりやすい反応。もじもじしながら右足のつま先でトントンと地面をつついた。
「涼ちゃんが一緒だと、嬉しいな…」
涼介は冷静。恥ずかしがる茜の頭を撫でて言った。
「それじゃあ、お母さん達に聞いてみよっか?」
「うん!すぐ聞く!!」
応援に来ていた母親のところへ向かった茜を見て涼介はキュッと胸を抑えた。
「やあ上原くん」
「あらま、名古谷くん」
着替えが終わった敦史は、涼介のそばに行き話を始めた。
「いいんだよ、今、松原向こう行ってるから。言いたいこと言って」
「いい?ごめんね、いつも」
これは恒例のことだ。茜を見て胸を抑える涼介の真意はこれだ。
「可愛いなあ。可愛いすぎ、天使とかそういう次元を遥かに超越していると俺は思うんだよ。あー、可愛いなあ。可愛いよお。そう思うだろ、名古谷くん?」
「あ、あうん。そうだね」
棒読みが過ぎるが今の涼介にそんなことは関係ない。今は茜のことで脳みその全てがいっぱいなのだ。恥ずかしさも吹き飛ぶくらいの思いが口から吐き出る。そしてしばらくすると、涼介は何事をなかったかのように。
「ごめん、また聞いてもらっちゃったね」
「いう前に謝ってるからいいよ」
涼介は城戸中学の生徒ではないが茜を通じて敦史と仲良くなった。そしてもちろん、敦史にも彼女がいて今日この場には来ていないが、4人で出かけることもある。
「ありがとう。全国大会頑張ってくれ」
「うん、ありがとう。あ、ちなみに」
「なんだい?」
「初戦は松原が投げると思うよ」
「じゃあ見に行かなきゃね」
「是非来てくれ」
2人の会話が収束しそうな時、茜が戻って来た。
「お母さん、いいよって!涼ちゃん、帰ろ!」
「そっか、じゃあお邪魔します。」
「お邪魔しに来て!」
「名古谷くん、またね」
「うん、またね。あ、それと松原」
「なによ」
「ちゃんと休めよ?」
「わかってますよーだ。」
面倒臭そうに返事をした茜は涼介の手を引き家路に着いた。結局、夜ご飯を食べ終わった茜はゲームをする体力もなく爆睡をかまし、茜の寝顔を拝んだ涼介もその間に帰宅した。帰るときに起こしてくれなかったことをしばらく怒っていたが、試合も迫っていたせいか怒っている期間は短かった。
そして全国大会。ブロック予選をなんなく勝ち上がった城戸中は沖縄で行われる全国大会に挑んだ。監督からスターティングメンバーを紹介される。いつもと変わらない打順だが、堅実なメンバー選出だった。
① 遊 北見 3年
② 投 松原 2年
③ 捕 名古谷 2年
④ 一 北野 3年
⑤ 三 高柳 2年
⑥ 中 西村 2年
⑦ 左 山本 3年
⑧ 右 和田 1年
⑨ 二 宮崎 3年
唯一攻めているのは8番ライトの和田くらいか。いずれにせよ茜にはあまり関係のないことだ。というのも茜が打たれる場所は大抵センターラインである。数少ないヒットを処理するのは大抵、剛の役目だった。そういったことから、茜は「剛がセンターで、敦史がキャッチャーなら他は誰でもいいや」と言う。チームスポーツをしている割には自分勝手な茜に対し敦史は、投手はエゴイストでなくてはならないと批判をしないのだった。
今日もいい天気。試合開始の合図のあと後攻めの城戸中学ナインは守りに着く。初の全国大会のマウンドに上がる茜に敦史は、声をかける。
「さすがに緊張するか?」
「ちょっとだけ?だってさ、」
「うん」
「プロの選手が投げてるところなんだよ?嬉しいよね、女の子でこんな所に立てて」
「じゃあ、たくさん投げないとな」
「うん!」
「勝つぞ」
「誰にいってるのかしら?」
「そうだったな」
いつものお約束、ここで2人はグローブ同士でハイタッチを交わしマウンドとホームベースに分かれるのだ。さあ今、城戸中学初の全国大会が始まるのだった!