君が為のヒーローアカデミア   作:潤雨

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悪党ビギニング

世界を牛耳りたい

 

それがこの世に生まれた衣嚢蒐人(いのうしゅうと)が最初に思った事だった。

無垢な顔をした乳呑み子に有り得ない邪悪な思考ではあるが思ってしまったのは仕方ない。

何故なら、俺には生まれてくる以前の記憶があった。ママのお腹の中にいた頃なんて可愛いレベルでは無く、身体が作られるよりも前、前世と呼ばれる記憶。それも己の欲望の侭に好き勝手生きていた悪党の記憶である。

どうしようもない程にこびり付いたその記憶は救いようのない程に自分を貫き、真逆(まさか)の来世にまで『自分』を手放さなかった己の物で、此処まで執着心が有ったのかと我ながら感心した物である。

その記憶は罪に塗れ、死に溢れ、そして何処までも自由に生きた記憶であり、例え生まれ変わっても同じ様に生きると決めていた記憶だった。

そう、同じ様にだ。自身の記憶が何処も欠けていない事を確認し、自身の状況から見て転生と言う荒唐無稽な出来事の結果だと確信し、そして、悪党として生きる事を決めた。

それが衣嚢蒐人としての最初の記憶。野望の始まり、異端のオリジン。

 

 

 

そんな記憶を抱え、表向きは普通の子供をしていた時間は短かった。うん、期間にして1年程。ヴィランが両親の職場に襲撃して来て両親が亡くなったり、そのヴィランが俺の部下になったりと言う波乱と、その中でこの世界が俺の前世で連載されていた『僕のヒーローアカデミア』と似たような世界である事に気付いたり、オールマイトの活躍を知って正にその世界である事を知ったりと転生を行った後に経験する驚きを体感出来て、社会の闇の住人兼漫画等のサブカル好きを自称していた身としては嬉しい限りだと興奮したのを覚えている。

好きだった漫画の世界で好き勝手出来ると言う事実は俺のテンションを天上知らずに上げていき、気付けばヴィランの一大勢力を率いる身となっていた。

まぁ、その辺りのサクセスストーリーは思い出すと色んな意味で真っ赤になってしまうので記憶から省く。顔とか、画面とか・・・

そして、日本と言う国で目の上のたんこぶになっているAFO(オール・フォー・ワン)と無駄なぐらいの暗闘を繰り広げて来た。

どうやってアイツを潰そうかとあの手この手を使っていたのだが、漫画でアイツ敵だったじゃん。それなら最終的に主人公にやられるじゃん。と言う割と根本的な事を思い出し、正直ちょっと企み事が楽しくて忘れかけていた原作の知識を元に行動を開始した。

 

 

 

 

「もー、何で自分で来ちゃうのかなー?監視だけならー魔女姉さんに任せとけばいいのにー」

「自分で見たかったからに決まってるだろ?」

 

そんな会話をしながら歩いているのは仮面を外して変装を行った俺と、ボサボサ髪に白衣と渦巻き眼鏡のようなゴーグルがトレードマークの幹部、マッド・アシスタント(組織内でのコードネーム(あだ名)は助手子)だった。

彼女の組織内での立場は研究・開発部門を統括している『博士』の助手であり、薬学を始めとした医療分野の天才だ。まぁ、博士よりも他人に被害をもたらす奇行が目立つ問題児でもあるのだが。

今回は対AFOの一環として、アットホームな職場(和室)より抜け出して『主人公』緑谷出久の確認にやって来たのだ。護衛とか称して、襲撃が来るより厄介な部下が付いてきてしまったけれど・・・

 

取り敢えず、緑谷出久の監視を命じていた部下から、原作開始の合図とも言えるオールマイトの動きと、No.13のヒーローノートが同級生に爆破されたと言う報告が来てたので、今日中には事が起こるはずだ。

はず、と言うのも単行本派では無かった前世の俺の記憶は話の始まりに近い程曖昧になって行く上に、原作何て知るかとばかり暴れていた所為で何処にバタフライエフェクトが起きてるか分からず、あらゆる記憶に『はず』が付いてくる。仕方なしになるべく監視と観察を行い、ズレを観測、それを積極的に利用する方向で進めて行っている。

 

「でー、本当にオールマイトとその後継者で老害さんを倒せるんですかー?」

 

事が起こるまでの時間潰しにぶらぶらと歩いていると、助手子が疑う様に言ってきた。

疑問は最もである。ぶっちゃけウチの組織の総合力と言うか、幹部連中が揃った時の戦闘力はオールマイトを相手にして打倒しえる程だ。それだけの力を持ってしてもAFOは殺しきれていない、それなのに、オールマイトとその後継者がAFOに勝つと言うのは信じ難い物だろう。

 

「倒せるんだよ。だって、あの個性を放置する事がアレには出来ないからね」

「ん?あー、因縁ってヤツですかー。ロマンチックー。どんな脳ミソしてるんですかねー」

 

俺の言った事を理解したのか助手子はケラケラと笑う。

 

AFOとOFAの因縁。OFAを受け継いだ者はAFOと戦う事を宿命付けられるなどと言っているらしいが俺からすれば事実は全くの逆、AFOがOFAを無視出来ないだけなのだ。OFAの後継者を見つければ、わざわざ裏社会の深淵から這い出て、自らが直接対処する程に執着している。

黒幕気取ってる悪人は俺を含めて周囲が強くてナンボであり、本人だけで戦うより部下を効率的に動かし、連携させた方が強いのだ。

AFOは単騎でも最強クラスだが部下と言う盾を失ってしまえば、OFAと言う対AFO用に鍛えられた個性の攻撃が届く。その危険性を分かった上でも自ら出てくる、それをチャンス以外に何と言えと?

そのチャンスをOFAを受け継ぐ者は得る事が出来るのである。俺達が策謀を巡らして何とか手繰り寄せようとするのを当たり前の様に。

 

まぁ、そんな事を喋りながら歩いていると、監視担当の声が『耳に直接響く』同時にさほど離れていない所から爆発音が聞こえ始めた。

 

「ボス、始まりましたわよ。対象『緑谷出久』の座標を送りますわ。」

「こっちでも音は確認した。対象の位置情報は随時こっちに」

「分かりましたわ」

 

無駄に妖艶な声が耳に聞こえて来て、囁き声で返事をすれば了解が返ってくる。

緑谷出久の位置情報が耳に入ってくる中で、俺達は爆発音の方向を目指して動きだす。

人混みを避けて走り抜けると、正に惨事な光景が広がっていた。個性によって人質に取られた子供が個性の限り暴れ、それによって起きた事態の対応に追われてヒーローが右往左往している。

 

「あるぇー?相性の良いヒーローが来てないんですかー?」

「みたいだね」

 

人質の爆発の個性とヴィランのヘドロの様な個性、その2つに対応出来るヒーローが現場に来ていない。

エンデヴァーなら爆発を上回る爆炎でヘドロを吹き飛ばしただろう。ベストジーニストならヘドロの拘束も爆発も物ともせずに人質を解放出来ただろう。

エッジショットが居れば瞬きの間に人質とヘドロは引き離されて居たに違い無い。それらの上位ランクのヒーローが居なくても、ヒーローが飽和しているとさえ言われている現代で、相性が良いヒーローが一人も来てないとは不運の極みである。余程日頃の行いが悪いのだろうか。

 

そして、不運と言えば絶好調で暴れているヘドロも不幸である。さっきから助手子がキラキラとした目をしている。この場合、次に来るのはロクでもない言葉だ。

 

「ねぇ!ボス!アレ飼っても良い?」

「駄目だ。捨て置きなさい」

「ヤダヤダー。飼うのー」

 

ヘドロ状の人間と言う割とレアな素材に興味を惹かれたようで聞き分け無く駄々を捏ねている。

 

「ボス。対象が接近。接触しますわよ」

「ん、始まるね」

 

再び聞こえた声で駄々を捏ねる助手子から意識をヴィラン達に移せば、貧弱な少年がヴィランと、延いては人質の少年と相対していた。

時が止まった様に感じる一瞬、少年達は視線を交わした。

 

そして、少年が動き出す。

 

人質の少年と目が合った瞬間には駆け出していて、周囲のヒーローが止めようとしても間に合わない。

 

駈け出す。蛮勇、無謀でしかない。

 

鞄を投げる。稚拙、お粗末としか言いようがない。

 

突っ込む。無意味、無駄でしかない。

 

けれど、その馬鹿馬鹿しい特攻は、同類の馬鹿を動かすに足りたらしい。

 

お決まりの台詞と共に『彼』が現れ、ヴィランを吹き飛ばされる。

 

そこに居たのは輝かしきNo.1ヒーロー『オールマイト』

歓声を浴びながら笑う姿にため息を吐く。

 

「よし、帰ろうか」

「はーい」

 

見たい物が見れたし満足して助手子を促すとヤケに良い返事が返ってきた。もっと愚図るかと思ったのだが・・・

視線を向ければ、その手には手の平サイズのキューブが握られており、キューブは怯えるかの様に震えていた。まるで、吹き飛ばされたと思ったら閉じ込められていた哀れ被害者の様だ。

 

「・・・ちゃんと世話するんだよ?」

「大丈夫!ちゃんと最期まで面倒みますからー」

 

哀れなヘドロ。最期が明日かそれより先かは分からないが絶望しか無い。ヒーローも事件を起こしたばかりのヴィランは助けてくれないらしいし詰んでいる。

そんな可哀想なヘドロの事は3分以内に忘れる事にして踵を返し、俺達はその場を後にした。

 

「『緑谷出久』か、うん、君はヒーローになるのだろうね」

 

事件現場を後にしながらの呟きは誰に咎められる事もなく、周囲の喧騒に溶けていった。

 


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