初めましての方もお久しぶりの方も、よろしくお願いします。
楽しんで頂けたら幸いです。
混乱
それがこの場を表す言葉の全てだった。
それまで隣に立っていた人間同士が争い、傷つけ合う。
ヒーローと呼ばれ、称えられて来た者達も同様に、否、更に激しい闘争を繰り広げている。
救いようの無い戦乱を眺めるのは、1人の少年だった。
神や天使が人を見下す様に、混乱を見渡せるタワーの屋上に端に立ち、争い合う人間達を見降ろしている。
「見つけたよ。蒐人くん」
誰かが屋上に着地する音と名前を呼ばれ少年が振り向く。
そこに居たのは『最高のヒーロー』デク。オールマイトの後継と名高い現役トップのヒーローだった。
普段ならば見る者を安心させる笑みを浮かべているはずのヒーローは、今は悩む様に眉をしかめ、自らが蒐人と呼んだ少年を見つめている。
「『ボクが来た。』だからこれ以上、キミの好きにはさせない」
力強い宣言。しかし、それを受けて少年は笑みを浮かべて見せた。幼い顔に浮んだ笑顔は無垢などとは程遠い、人の心の奥底を見透かし、その業を嘲笑うような、純粋な悪意を形にしたような笑顔。その笑顔のまま、蒐人と呼ばれたヴィランは言葉を発した。
「それに対する返答は、『もう遅い。』だ。これ以上に無いほど俺は好きにした。」
満足気な声でヴィランはヒーローに告げた。自分1人を止めた所で大勢は決しているのだと、混乱は止むことなど無いと語る。
「分かってる。けど、僕はキミを止め無くちゃいけないんだ。ヒーローとして、友達として!」
「此処に来て、いや、此処まで来てからその言葉が出ると言うのなら」
デクの台詞を無視するように、呆れた様に首を振り、言葉を続ける。
「■■■■■■■■■■■■」
断言された言葉。それは最後の戦いの引き金だった。
両者は弾かれた様に動き出し、そして・・・
「あー、暇だー」
畳にちゃぶ台と言う古き良き日本スタイルの和室で、少年がちゃぶ台に突っ伏してぼやいた。
声変わりしたての様な、少年と大人の間の声でボヤく着古したTシャツの少年。それだけならありふれた光景だっただろう。そう、少年が顔の上半分を隠す仮面を付けて無ければ、だ。
少年だけではなく、和室の中でちゃぶ台を囲む数人の男女は例外無く顔を隠す仮面やマスクをつけて居た。
「あれれのれー?ボスは退屈かな?暇潰しに怪人作ろっか?キヒヒ」
渦巻き眼鏡を模したゴーグルを付けた少女がボサボサの髪を振り乱しながら言うが室内の人間は誰も反応しない。『そう』するのが正解だと重々承知しているのだ。
人間が反応しない代わりに、女性の肩に乗っている両右手のモルモットが「!ッーュチ」と奇妙な鳴き声を上げているが、コレも無視された。
「放って置きなさい。どうせ茶々を入れてた組織が潰されでもしたんでしょう」
「煩いー」
美しい女体のシルエットをした宝石の様に透き通った身体を持つ女性がため息混じりに言えば、拗ねた声で少年が返す。
和室には全員が顔を隠している以外は仲の良い家族の団欒の様な暖かい空気が部屋に満ちている。
「てか、またオール・フォー・ワンの老害だよ!何なの?死亡説流しときながらこっちのやる事には直々に対処って何?隠す気あんの?」
「そりゃ、ボスのお巫山戯を見逃したら死亡説が死亡説(確定)になっちまうからなぁ」
その空気の中、まるで嫌いな教師の愚痴を言うかの様な口調で裏社会を牛耳る黒幕の名が飛び出し、周囲の人間達もまた始まったと言う様に苦笑する。
長身痩躯だが逞しい男も苦笑しながら愚痴に相槌を打った。
「うぅ、後10年早く生まれてればサクッと排除出来たのにさぁ」
「活動期間の長さって言うアドバンテージだけは如何ともし難いからなぁ」
経験に人脈、何を為すにも重要な要素を既に持ち得ている者と蓄積しながら事を為さねばならない者の有利不利は明確だ。特に、彼らのように『裏社会』で暗躍する者達には
「あの老害。本当にどうしてくれようか。ってあっ、そうだ」
突っ伏した体勢のままだった少年は何かを思い付いて顔を上げる。その拍子に仮面がズレ、片目が露わになった。
その瞳に宿るのは夜の海のように深い闇、その中で浮かんでくるのは純粋で強い意志。自身が至高である事を微塵も疑わぬが故の他者を惹きつけ、従わせる魅力を持つ。そんな瞳だった。
その瞳を輝かせて、少年は言う。
「アイツ、もう直ぐ死ぬじゃん。いや、殺す。」
クスリと嗤えば、室内の空気は一瞬にして変化を遂げる。末っ子を囲む家族の様な暖かみは消え去り、そこに居るのは絶対の王とその臣下達だった。
「キーワードは雄英とオールマイト、それに『緑谷出久』。やる事は単純だ。散れ。」
「是」
少年の言葉に臣下達が答え、瞬きの間にその姿を消した。
「僕のヒーローアカデミア。楽しみだなぁ。」
仮面を外し幼い素顔を晒して、少年、