「だぁっはあ……………」
「席に来るなり何だよそのため息は……」
席についている俺の対面に、一夏が膝をついては頭を机に突っ伏していた。
今は1時間目の基礎理論授業が終わっての休み時間。特に問題無く授業を終えた俺は、教室の内と外からくる視線を気にしながら席を立とうとした瞬間、一夏が来ては座り直したんだが……とりあえず、会話だけでもしてみるか。
「んで? 最初の成果はどうだった?」
「……………ユウの教えたところもあったから何とか理解してるけどよ……専門用語が思いの外多くて、さ」
どうやら、相当頭を使って処理が追いついてないようだな。
受験会場で起こった一夏のIS起動騒動。その後の一夏はいろいろと大変だった。やれマスコミが押し寄せるわ、やれ政府の役員が説明を求めてくるわ、やれ変な研究員が細胞をよこせやら、とにかく大変だったから、騒動が収まるまでじっちゃんが研究所の警備員を数人、一夏の護衛として警備してくれていた。後の適性検査で俺が反応した際は、同じことが起こらないようにベンジャミンさんが護衛してくれたんだ。
そんでまあ、IS学園の入学までの間、俺は一夏と一緒にIS関係の知識を勉強してたってわけ。ただ、俺はじっちゃんたちに多く教わってたから、勉強内容は異なる。一夏がスタートラインとすると、俺は既にスタートしてる状況だ。
「あー、一夏には最低限覚える用語しか作ってなかったからな。まあ、その辺りは後々教えるってことで、反復学習でも」
「マジか。助かるぜ」
一夏は安堵の表情だ。それじゃあ悩みも聞いたから、俺は席を立つか。
「ユウ、どうした?」
「ああ、ほら。久し振りの再会だから挨拶を…………………って、あれ?」
一夏の言葉に俺は後ろを振り向いたが、後ろの席には誰もいなかった。おかしいな……。一夏が来るまでは座っていたはずだけど、いつの間にかいなくなってる。
「なあ、一夏。箒知らね?」
「箒? いや、ここからだとユウしか見えないし、下を向いてたからな……」
「そっか。どこ行ったんだ?」
辺りを見渡すが、教室に箒はいなかった。トイレにでも行ってるのか?
◆
「はぁ、はぁ……………」
勇人の目を盗んで教室を出た私は、急ぐように学園の屋上へと来ていた。
急いでいたせいか、呼吸が少し乱れている。いや、それだけではないのだと、私は自覚している。
「……………勇人」
6年振りの再会だった。政府の保護プログラムでIS学園への強制入学前、テレビで流れた名前と写真を見た時は、手にした湯飲みを落としかけるほどに驚いた。
子供の頃は気だるそうな顔が印象的だったが、写真の顔にその頃の面影は無く、大人びた表情になった顔を見て早鐘も打っていたのを思い出す。
「……っ」
でも、それは再会する嬉しさだけじゃない。
多くの時間を過ごせる喜びだけでもない。
「……私には、もう……資格なんて……っ」
その再会に嬉しく思い、そして怖くなったから。
(ごめん、なさい……………ユウ)
天気のいい空を見上げて、私の頬に滴が通った。
◆
「ちょっと、よろしくて?」
「ん?」
教室を見回してた時、俺たちに1人の女子が話しかけてきた。
僅かにロールがかった鮮やかな金髪。白人特有の透き通ったブルーの瞳が、ややつり上がった状態で見てくるが、俺は授業前の自己紹介を思い出して声を出そうとした。
「ユウ、誰だっけ?」
が、一夏が俺に声をかけた瞬間、女子の目がさらにつり上がったような気がしたが、怒気を含んだ口調で言った。
「わたくしを……このセシリア・オルコットを知らないなんて、なんですの!? このわたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのでは?」
そうそう、セシリア・オルコット。イギリス代表候補生で、自己紹介では入試主席と自慢していたのが印象的だったな。しかし一夏、この教室で唯一の外国籍の生徒だから覚えやすいと思うぞ。
そんなことを考えていたが、俺はオルコットさんを「まあまあ」と宥めては話しかけた。
「それでオルコットさん。イギリス代表候補生その人が、俺たちに何かご用で?」
「あら、あなたは礼儀を知っているようですわね。男でISを起動させたと聞きましたから、最初の人とは違って、少しは知的さを感じさせられますわね」
「ははは、どうも。じっちゃんや研究所のみんなに多く仕込まれたからね」
オルコットさんの言葉に若干呆れる俺。ISの登場で女尊男卑の価値観となっては、オルコットさんのような態度をする女性が多くいる。じっちゃんの研究所にも女性はいるけど、元々はゾイド専門だったからか、ISの開発着手が遅かったからなのか、真相は分からないがそんな態度をする女性はいなかった。
「ですが、わたくしから見ればまだまだですわね。まあでも? ISで分からないことがあれば、泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ」
「いや、俺はユウに教えてもらうからいらない」
「なっ!? ん、んんっ。入試で唯一教官を倒した、エリートのわたくしの教えを訊ける幸運を捨てるなんて、信じられませんわ……」
信じられないモノを見るように、オルコットさんは一夏に蔑んだ視線を送っている。
しかし、代表候補生からの教えねぇ。教えより俺はイギリスのISを見せてほしいぜ。代表候補生なら専用機についても詳しいだろうし、新しい技術を得るチャンスだ。
「あれ? 入試って、ISを動かして戦うってやつ?」
「それ以外に入試などありませんわ」
「俺も倒したぞ、教官」
「「え?」」
一夏の爆弾投下に驚く俺とオルコットさん。
しかしスゴいな一夏。俺も一応入試は受けたけど、倒すことなんて出来なかった。まあ、俺の場合の教官がなぁ……。
そんな中、一夏の言葉を理解していっているオルコットさんの表情が変化していく。
「……わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子ではってオチじゃないのか?」
瞬間、空気が固まったような気がした。現状、オルコットさんの表情も硬いし……って、どうして視線を俺に向けるんだ?
「あ、あなたはどうですの!?」
「いや、俺は倒せてないけど……」
その発言にオルコットさんは安堵の表情を浮かべた。
「まあ、入試自体なんて俺には無意味だったし」
「「……え?」」
ん? 一夏とオルコットさんが綺麗にハモッたぞ。何か余計なことを言ったか?
「ユウ。入試が無意味ってなんだよ」
一夏の質問に、俺の発言した意味を理解した。
「入学が決められているのに何で入試するのかってことだよ。特殊ケースだから、入試の合否は関係ないさ」
「言われてみたら、確かに……」
「な、な、な」
顔を驚愕の色に変えるオルコットさん。何か言おうとしてるけど、予鈴が鳴って阻まれてしまった。
「また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
おお、まるで漫画のような捨て台詞だ。そう言ったオルコットさんは自らの席に帰っていくのを俺は見ていたが、一夏が話しかけてきた。
「何か癖が強い女子だったな」
「そうだな。まあ、個性的でいいんじゃない?」
「そうか?」
俺の言葉に苦笑する一夏……あ、そうだ。
「そういや、一夏の入試の時の教官って誰だったんだ?」
「え? あー、顔は覚えてないな。突っ込んで壁に激突して、勝手に気を失ったから」
「なーんだ。まぐれ当たりで勝ったのか」
「そう言うユウはどんな人だったんだ? 入試の教官」
純粋に気になったんだろうな。だけど、俺としてはあの入試は苦い思い出だ。まあ、別段秘密にしておくことじゃないから言うけど。
「…………………………千冬さん」
「……え、マジか?」
「マジもマジ。入試だから千冬さんは量産機だったけどさ、強いのなんの。シールドエネルギーを半分減らした瞬間、今までの動きの3倍の動きをしてくるんだよ。さすが全国大会1位というか、入試でも本気なんて大人気ないんだーー」
バァンッ!
「~~~~~っ!?」
いきなりだった。いきなり俺の頭に何かで殴られた。ってか、この打撃は受けた覚えがあるぞ。
そして殴られた箇所を手で触れていると、俺が確信している人物からの声が聞こえた。
「誰が大人気ないんだ?」
「ちふーー」
ーーギロリ
「ーー織斑、先生」
やっぱり千冬さんだった。俺はチラリと一夏を見るが、どうやらいつの間に千冬さんが来たのか知らないようだ。唖然と千冬さんを見てる。
バァンッ!!
あ、一夏も殴られた。ってか、出席簿で殴るのはどうだろうか? それに気のせいだろうか、一夏の方が若干強く殴られた気がする。
「授業が始まっているんだ。とっとと席に着け、織斑」
「……はい」
よろよろと一夏がふらつきながら席に着くと、2時間目の授業が始まった。
(……ん?)
ふと、俺はチラッと後ろを見たら、いつの間にか箒が座っていた。千冬さんが来た時にでも戻ってきていたのか気になるが、今は授業に集中しないとな。
後のことだが、授業が終わると箒はまたいなくなっていた。オルコットさんにいたっては捨て台詞の通り来ていたんだが、先の会話を見た多くの女子が来て、オルコットさんは俺たちに近寄ることも出来なかったようだ。