『――■■■、■■■■■――』
目の前にある砂嵐の画面からノイズが空間に響く。
上下に、右左に、前後を見渡しても、目の前の画面以外は全て真っ暗な空間。おかげで広いのか狭いのかも分からず、考えるのもバカらしく適当に足を組んで楽な姿勢にした。
……って、今気付いた。地面に立ってる感覚が無い。俺は宙に浮いでいるようだ。今の科学技術なら装置を使えば人が浮くなんて簡単だが、あいにく俺はそんな装置は持ってない。
『――ょう、■■くんの様子は?』
ふと、女性の声が聞こえると砂嵐の画面が薄くなった。画面に映るは天井の照明だったが、ゆっくりと横に動き、画面が90度傾いて映っていた。どうやらこの画面は、誰かの視線と連動して動いてるようだ。アニメやドラマでもよくやる手法だな。
画面を見る限り、布団が映るところこの人物は寝転んでるみたいだ。そして視線の先には、これまた今いる空間のように真っ黒な人影が向き合ってる。シルエットを見てみると、片方は背丈が小さい男性。もう片方はスタイル抜群な女性のようだ。
え? 何で女性のスタイルが抜群だと知ってるのかって?
横から見ても分かるほどのでっかい胸だし、腰も細いんだぜ? 俺は視力には自信があるんだ。
『経過は順調じゃよ』
『ほっ。よかったー』
『だが、いつ――が起きるか■■らん。僕は仕事でd――ツに向かわんと■■■のでな、たb――eちゃんは――の様子を気に■■■てほ――』
――ヴン――
あれ? 画面が消えた。
それにしても、今の声……特に男の声、どうみてもじっちゃんの声だ。だとすると、今の女性の声は……。
◆
「……………ん?」
体に違和感を感じて、俺は目を覚ました。
薄暗い部屋。所々に工具が散乱していて、様々な計器やら配線が、机や床に置かれているのが見える。そんな光景が俺の視界に写るんだけど、何故か傾いて見える。そんで体が痛い……。
「いてて……………そうか。いつの間にか寝て、椅子から落ちたのか……」
寝惚けた頭が大分冴えてきて、昨日のことを思い出した。
あれは昨日、学園の入学式前日の夜だ。
「……………え」
イヤな予感を感じて、俺は壁かけの時計を見る。
午前7時になりかけ。学園は8時に到着すればいい。だからヤバい。
「げえっ! ギリギリじゃねえか!?」
俺は焦って開発室を出た。
もし実家にいれば十分な時間だ。シャワーを浴びて朝飯食って、身支度を整えても余裕な時間だ。だけどここはじっちゃんの研究所。
「ウオオオオオオッ!!」
焦りまくって昨日の汗をシャワーで流し終え、制服を着ては廊下を走る。時間の関係か、ここの社員とは未だ遭遇してない。スムーズに研究所を出れる。もし走る姿を見らたら注意されるだろうが、覚悟のうえだ。早く出ないとヤバいぞこれ。
「あんらー、ユウちゃん。走るのはよくないわよおおおおおお!!」
「へ――ぶふぉおッ!?」
急いだせいで反応に遅れた瞬間、俺は出入口のあるフロアで出会った人にラリアットを喰らわされた。……いや、実際はただ腕を横に伸ばして、走る俺の顔に腕が当たっただけなんだけど……。
床に尻がつく瞬間、俺の腕を取ってはその人が立ち上がらせてくれた。
その人は大きかった。身長も、体格も、声も、筋肉も、何もかも大きな男性だ。出身は知らないんだが、俺のじっちゃんの右腕で、俺に防衛の為に格闘技を見せてくれたり教えてもらったりしてる。
「んもう、慌てん坊さんね♪」
「いつつ……。あ、おはようございます。ベンジャミンさん」
そしておネエ口調の男性……ベンジャミンに挨拶すると、ベンジャミンさんは紙袋を手渡してくれた。
「はい、これ。初日から遅刻はいけないしね。博士が本土まで送ってくれるみたいだから、移動中に食べなさいね」
「ありがと。お、サンドイッチか。具材は?」
「毎日の学園生活に勝ってちょうだいの意味を込めて、エビカツサンドよ。残さず食べてね」
「ありがと、ベンジャミンさん。それじゃあ行ってきまーす」
「遅刻しないでよ! 何なら縮地で行きなさい!」
「いやそれベンジャミンさんしか出来ないって!」
そんなやり取りをして、俺は研究所の外へ出ては港へと向かった。
◆
この島唯一の港。利用者は研究員か、じっちゃんに用事のある人ばかり。その分、政府が無料で運搬するからお得なんだけど、船の本数は少ない。
そんな港に人がいた。
俺より小柄で白衣を纏う人こそ、俺のじっちゃん。科学技術を大きく発展させ、様々な分野から天才と呼ばれている科学者の1人。それが俺の尊敬するじっちゃん……
「ん? おお、ユウ。待っておったよ」
「おはようじっちゃん。それとゴメン、足を頼んじゃって」
「いいんじゃよ。一段落したから気分転換じゃ。それとホレ、借りてた手帳とコレじゃ」
そう言ってじっちゃんが取り出したのは、学園の生徒手帳と銀色の小さな小箱。
生徒手帳を開けば、学園の校則や俺の証明写真にプロフィールが載ってある。ベンジャミンさんが撮ってくれたからか、写真写りはいいな。
そしてもう一方の、今後俺が世話になり世話をするだろう小箱。その中身を確認するため、俺は小箱を開けた。
中に入っていたのは、ライオンの顔を模した飾りが付いた腕輪。初めて見た数ヶ月前のソレは、俺もじっちゃんの手伝いとして参加した。本当なら別の誰かに渡されることになってたけど、最近になって俺が持つことになった小さな相棒。
「よろしく頼むぜ、相棒」
「準備出来たぞー」
腕輪を付け終えると、じっちゃんの声に俺は視線を向けた。既にじっちゃんは運転席に乗車しており、続くように俺は後ろの席へと乗り込む。
乗り込んだソレは、じっちゃんが開発した内の1つ。
数十年以上前にじっちゃんが発掘した新種の鉱石を加工、作られた機構によって科学技術が急発展した代物。それらは数多の生物の姿を模しており、人々からはこう呼ばれていた。
企業機獣……通称『ゾイド』と……。
「シートベルトは?」
「オッケーだよ」
「よし。では頼むぞい……シンカー」
そんなやり取りをして、じっちゃんは魚のエイを模した海空両用機獣『シンカー』を起動した。徐々に速度を上げるけど、俺とじっちゃんは風を受けながら未だにコックピットを開けたままだ。
「クー!」
「ん? よお、お前か」
そんな中、海上を進んでいると1羽のカモメが俺の近くに寄ってきた。つい最近、研究所の孤島に住み着いては仲良くなったヤツで、普通のカモメとは目の色が違うから見分けがしやすかった。
「遊んでやりたいけど、これから入学式なんだ。もうすぐ速度が上がるから、離れた方がいいぞ」
「クー……」
「そう落ち込むなって。たまに戻ってくるから、その時は付き合うよ」
「クー♪」
カモメは嬉しそうに鳴くと同時に、コックピットが閉まろうとした。
「それじゃあ、行ってくる!」
俺の言葉が聞こえていないだろうが、カモメはすぐに上昇し、シンカーの速度も上がってその場を後にした。
これから始まる学園生活に、俺はいろんなことを思い浮かべる。
今から向かうは特殊な公立学園。在学する生徒、教職員全員が女性。そんな中に、男子生徒が2人入学する。
その中の1人がこの俺、
(全員女性の環境に慣れるかな? まあ、一夏も一緒だし心細くないし、何とかなるだろ)
そんな楽天的なことを考えながら、俺は港に到着するまでエビカツを食べるのだった。
この時はまだ、俺を含めた多くの人々は知らなかった。
後に世界中を巻き込む巨大な陰謀に巻き込まれるなんて、知るよしもなかった。