そりゃ、歳取りますわねぇ……、社会人になっちゃってるはずですよねぇ………。
すーぱー遅れてごめんなさい………
「「「………」」」
3人とも、時間が止まったみたいに固まってる。
いや、寧ろ状況的に考えたら故障したエレベーターの様に止まったって表現した方が正しい……。
ザ・〇ールドもそんなに長く止め続ける事は出来ないからな。
取り合えず、止めてられる限界まで来たせいか、いつの間にやら3人はエレベーター内から脱出して外を歩いていた。
いつの間に外に出たのか……、本当に思い出せないから不思議だ。
身体は動いているけど、……沈黙が続く。
西野、オレ、姉の順で並んで歩いて……。
「蓮。その子の事なんだけど」
「うん」
先に口火を切ったのは姉だった。
ついに来た……って思ったのは言うまでもない。
何せ姉は超がつく程の
そんな荒ぶる姉から、西野の事を守れるのは一体誰なのか?
そんなのは決まっている。オレしかいないんだ。
「ぁっ……ぅ……」
それに、あの西野も流石に今回は緊張している様に見える。
突然会った事もそうだけど、何より姉の正体を知って驚いているんだと思う。
自分の姉である《愛》は有名な
普段が普段だけにギャップが激しい。
今の本気モードな姉は纏うオーラが凄まじく、あの元気いっぱいの西野でも、やっぱり萎縮してしまうらしい。
「オレの大切な人だよ。……オレの好きな人。彼女。西野って言うんだ。西野――――つかさ」
「れ、れん……」
真面目な話であれば、基本的に姉は正しい事ばかりなので否定する事は少ない。従う事が多い。
でも、今回のこればかりは姉には従えない。ずっと世話になってるのは解ってる。姉のおかげで頑張ってこれたって自覚だってある。
でも自分が好きなのは……、大好きなのは他の誰でもない。隣にいる西野つかさなんだから。
「そっか。……そうだよね」
姉は何処か遠い眼をしている様に見える。
ひょっとしたら……まさか、もしかしたら……西野にナニカするかもしれない。宣戦布告のような事をして、色々仕掛けてくるかもしれない。
そう思った。
そして、もしも……しないと思うし思いたいが、万が一にも西野を傷つけるような事をするなら。例え家族であっても、例え姉であっても容赦する気はない。絶縁だってする。……相当へこむだろうし、今後どうなるか解らなくも思える。
でも、それ以上に西野が悲しむ姿なんて見たくないから。
「あ、あの!」
西野が声を上げた。
上ずった声、高い声が周囲に響いてくる。
「わ、私は神谷蓮君とお付き合いさせてもらってる西野つかさと言いますっ! え、えと紹介は、蓮君からして貰ってましたよね!? ごめんなさいっっ! そ、それと蓮君には凄くお世話になって、いつも迷惑ばかりかけちゃってて……、で、でも私はとても好きで、大好きで、えと、えと――――」
顔を真っ赤にさせながらテンパってる西野を見ると、本当にいとおしく思う。
自分の顔もきっと赤くなっている事だろう。周囲が暗くなって、夕焼けになっているから多少誤魔化せてるかもしれないが、絶対に赤くなっている。
心臓の音が大きく、速く脈打ってるのが手に取る様に解るから。
そんなとき、だ。
姉が何やら手を広げた。
もしや、西野を叩いたりするのではないか!? と一瞬硬直し、直ぐに守ろうと行動に移そうとしたけど……何やら雲行きが……。
広げたのは両手。
もしも、叩いたりするのなら利き腕である右だけで良いだろう。
でも、姉は両手を広げている。
何をしてるの? と疑問に思う間もなく。
「かっっっわいい~~~~~♡♡」
「わぷっっ!??」
西野に向かって盛大に、大胆にハグした。
姉の抜群なプロポーションと言うかスタイルと言うか……、兎に角同年代、日本人の平均よりも遥かに豊かな、豊満な身体で西野の顔をうずめた。
「わーわーわー! エレベーターの中で見た時からピピっ! ってきてた! 実は我慢してた!! いきなりだとアレだし、ただの友達とかじゃ、アレだし! ほんっとすっごいカワイイ! こんなカワイイこ、
「え、ええぇ……??」
「私が、今日からお姉ちゃん……、えっと、つかさちゃんのお姉ちゃんだからねっ! よろしくねーーー!」
想像だにしなかった。
姉は、超が付く程のブラコン過激派な姉は……、まさかのシスコンでもあった様だ……。多分、誰でも良いとは言わないが、西野がカワイイのは自分も知っているから、ある意味お眼鏡に叶った、と言うのかもしれないが……。
「いや、ほんとゴメン、西野……」
「も~、良いって。確かに窒息しそうではあったけど、何とか生きてるし?」
「あまりにも予想外な行動だったから、とめれんかった……。と言うか、姉と対決する気概でもあったからさ……」
その後、いつまでも離さない姉に四苦八苦。大好きホールド~~! とかなんとか言いまくってた姉だが、ある程度は満足したのか、西野を放してくれた。……西野は無事だったんだけど、何やら姉の胸を凝視して、見比べていた様な気がするが、その辺りは気づかなかったフリをしている。
「でも、まさかアイドルの愛ちゃんが蓮のお姉さんだったなんてね~~。すっごい驚いた! 実力派アイドルだった筈だし、蓮の歌が上手なのも納得だなー」
「………はははは」
「んー」
西野は何やら考え事を少しだけして、少し駆け足でオレの前に歩いて、振り返った。
「ひょっとして、だけど。蓮が他人に歌披露するのに抵抗もっちゃったのって、お姉さんが関係してる? ほら、やっぱりアイドルやってるお姉さんだからさ? 負けちゃったり~とかで」
「っ………」
まさか……そこを突かれるとは思わなかった。この流れで言われるとは思わなかった。
だから、少しだけ固まってしまった。言葉が出てこなかった。
そんな姿を……西野は視たからだろう。慌てて手を振った。
「あ、いや。無理に言わなくて良いよ!? ごめんごめん。ちょっと私も興奮しちゃって……デリカシーない事聞いたって今思った。ごめん! 今のなしなし! 忘れて! ゴメン蓮っ」
ぶんぶん、と西野は手を振って謝った。
うん、ほんと今更だから別に良いよ。……いや、西野だから良い。それに今後ひょっとしたら真中の映画製作? とかで色々とキャスティングされるかもしれないし………、何より、西野が好きだって言ってくれてるし。
もう、過去の事は良いだろう。
「いいや。大丈夫。そうだよ。そうだったんだ……。だって、オレは
「え……?」
以前までの自分だったら……、きっとどんな状況だったとしても、他人の前で歌を披露したりしないだろう。
仮に聞かれたとしても……次はもっと注意したり、聞かれたくないと拒絶していた筈だった。
でも、相手が西野だから……、西野だから出来るんだって改めて実感した。
歌は、楽しいもの。聞いてもらえる事が、褒めてくれる事が楽しくて嬉しいものなんだ、って……思い出す事が出来たんだ。
こんなに簡単な事なのに、ずっとずっと忘れていたんだ。
西野と出会うまでずっと………。
「西野が傍にいてくれてるから、オレはなんだって乗り越えれそうだ。だから、大丈夫だ」
「ッ……」
笑顔。
西野の前ではなるべく笑顔でありたい。
西野の笑顔を崩さず、そして自分も笑顔でありたいんだ。
「ちょっと情けない話、なんだけどさ? 姉が芸能界に入って活躍してて、自慢の姉だった。だから、オレも一緒に頑張ろうって、追いかけようって、それがオレの道だって思ってた時期があったんだ。歌は昔からずっと一緒に歌ってて大人にも褒めて貰って自信はあったから。………でもやっぱり、ああいう世界って兎に角倍率が高いからさ。生き残りをかけた真剣勝負な世界で、……愚直で真っすぐなだけ通じないじゃない。楽しく歌ってるだけじゃ無理なんだって思い知ったんだ。………あまり綺麗な世界とも言えないからさ」
姉の影響は凄かった。
いつも一緒にいる所を見られているから、親類である、姉弟である事はもう周知の事実だったから……誤魔化しがきかなかったんだと思う。
どうせあの愛の弟だから。愛の身内、弟だから選ばれるんだろ。
そんなのずるい。……全然大した歌じゃないのに……ずるい。生まれで決まるなんて。
ウチの昌ちゃんの方がずっと上手いのに、結局コネがモノを言うって事なのね。どう足掻いたって無駄だって言うの? すごく頑張ってきたのに。
これまで頑張ってきたのに、そんなので決まるなんて納得できないよ。
―――うあああんっっっ!!!
ノイズが、不協和音が……沢山聞こえてきた。耳に入ってきた。気付いたら、歌をうたう事がもう楽しくなくなっていた。……人前で歌う事が、嫌になってきた。
もう……嫌になった。
でも、歌そのものは嫌いになれなかった。
だから、1人で……1人きりでずっと、ずっと口遊んでいたんだ。
「今思えば、あの辺りから姉が異常にオレに執着する様になったのかもしれないな。……ひょっとしたら、弟が自分の事を嫌いになるのでは? とでも思われちゃった……のかもね」
「……そんな事、ある訳ないのにね」
「え?」
西野が割って入る。
「だって、蓮は誰よりも優しいから。……大切な人を、大切な家族を嫌いになるなんて、絶対にない。そうでしょ?」
心を見据えてくる。
そんな目をしている。
導くであろう答えを最初から西野は解っていた。西野だから……解ってくれているんだ。
「………まぁ、うん。本人の前じゃ言えないけどね」
「ふふっ」
西野はぴょんっ、と前に出た。
「今日は本当にいろんな事が起きて大変だったね。ずっと一緒にいたい~~って願ったらエレベーターに閉じ込められちゃって、突然アイドルの愛ちゃん……愛さんが開いた先から出てきて、実は蓮のお姉さんだって。……ほんっと、短い間にこれだけの事があって……、改めて実感したよ」
更に一歩前に出て……西野はそっと蓮に口づけをした。
「私、蓮のことが好きだって。大好きなんだ、って」