バルバロッサが自らの“個性”を用いて具現化させたのは、紛れもなく人物であった。しかしその人物の左腕は赤黒く、まるで生きているかの様に蠢いていた。そしてその人物の目は血の様に真っ赤でもあった。
だがバルバロッサは次に2丁の銃を具現化させる。しかし何れも銃身が長く、1つは銃というより“砲”をイメージさせる程の長さでもあった。その2丁の銃を先ほどの人物が装備すると、銃口を敵【血狂いマスキュラー】に向ける。バルバロッサは狂気的な笑みを溢しながら淡々と話をする。
「『血狂いマスキュラー』、貴殿のお噂はかねがね。何でも自らの欲の為にヒーローを殺したそうですが……実際の所、どうなんでしょうか?」
「覚えてねぇよんなもん!それよかさっさと殺ろうぜ!というか殺れ!」
「血気盛んなことで。まぁアーカード様と比べれば、まだまだ可愛いものです」
「そのアーカードって奴が何なのか知らねぇけど、強ぇのか!?」
「えぇ。貴殿よりも何倍も。というより貴殿の様な人間と比べるのも烏滸がましいのですがね」
「それじゃあ何処に居るか教えろ!そいつ殺りに行く!」
バルバロッサは溜め息を1つ吐く。何処か呆れた様子で、まるで子供のお遊びに付き合っていたら疲れていた様な表情をしていた。
「いえ、貴殿は私で十分とアーカード様からの御通達でして、つまりはアーカード様とは戦えないのですよ。申し訳ありませんが…………」
「だったらお前を潰して、アーカードって奴を捜せば良いだけだ!さぁ殺ろうぜ!」
「そうですか………………では仕方ない」
バルバロッサが指を鳴らす。その直後、隣に居る人物が持つ銃から弾丸が発射される。だが威力や速度が拳銃というより“
だが、急に不快な音が聞こえたかと思いきや肉の塊の様なものが押し寄せてきた。ちょっと焦りながらも少年を抱え安全な後方まで移動し少年を隠す。砂塵から現れたのはうねうねと気持ち悪いぐらい、まるで虫の様にうねうねしている肉が見えていた。
「筋繊維ですか……しかも膨大な量で」
「おぉ!当たりだ!スゲぇな!」
「これでも観察眼は良い方ですので」
何時もの姿勢を崩さずに何時もの紳士の対応を“子供”の様なマスキュラーにもしていく。子どもと大人。そんな関係を表しているかの様なこの対決は、何処でどう決着が付くのか分からない。
片や自らの“個性”で人間を殺した殺人鬼、そしてかなりの強“個性”持ち。片や紳士的な対応をどの様な場面でも決して崩そうとしない
いや、訂正しよう。既に決まっている。
バルバロッサの“個性”は自らの知識を具現化させるという言葉にすればシンプルだが実際はチート。マスキュラーの“個性”は無駄に膨大な筋繊維を駆使して防御、攻撃に使うというシンプルな方法。
これらから見ても、既に勝敗は決まっている様なものである。ましてや片や人殺しだけをした男と、片や“化け物”を何度も殲滅している男を比べても場数や経験の差がある。
バルバロッサは不敵な笑みを浮かべる。浮かべた状態でマスキュラーに話しかける。
「失礼ながらマスキュラー殿、貴殿の“個性”について考察しましょうか」
「あん?いきなり何だ?」
バルバロッサは自分のシルクハットのつばを右親指と右人差し指で摘まみながら自分の考察を話していく。
「貴殿のその筋繊維、それは貴殿の体から作られているものです。というより人間の体は不足分を補う為に自動的に体の一部は作られます」
「俺ゴチャゴチャしたやつ苦手なんだよ!とっとと殺らせろよ!」
感情を抑えきれなくなったマスキュラーが肥大化された自分の腕で殴り付ける。しかしそれを華麗に空中で避けつつ、バルバロッサは“トランプ”で筋繊維を切っていく。トランプで切られたことは体験したことが無いため、マスキュラーは少し驚きの表情を見せる。
「私の“個性”は知識を具現化するというものです。つまり“自分が知っている知識”であれば何でも具現化は可能なのです」
「うるせぇッ!」
マスキュラーは体を後ろに体重移動しつつ右腕を鞭のようにしならせてバルバロッサにダメージを負わせ様とする。筋繊維に纏われた腕はかなりのリーチを生み出し確実に空中に居るバルバロッサへと叩き込まれようとする。
が、それは空を切り反対側の地面を叩きつけるだけに留まった。
「何ッ!?」
「筋繊維、神経、毛細血管などの“再生”。貴方の“個性”はそれも確かにある。……ならば“個性”を停止すれば良い」
マスキュラーの腕に纏われている筋肉繊維が徐々に活動を停止していく。1つ1つ、1本1本の筋繊維が分かれはらりはらりと落ちていく。そして現れるのは自らの腕本体。
「何だぁ…………これは…………?」
「【“個性”停止理論】に基づいた対“個性”停止物。フッ素コーティング強化トランプで御座います」
マスキュラーは自分の後ろに居るバルバロッサに振り向く。バルバロッサは持っているトランプを見せる。
「先程私がトランプで貴殿の筋繊維を切断致しました。その際、切れた箇所から体内にフッ素を混入させました」
そしてバルバロッサが左親指と左中指を使いパチンッと心地よい音が鳴る。するとマスキュラーの後方から何かが発射されると、マスキュラーは意識を失う寸前まで追い込まれる。
倒れ込んだマスキュラーに靴のタップ音を響かせながら歩くバルバロッサ。覗き込み状態を確認する。
「おやおや……まだ意識を保たれておられましたか。ですが風前の灯火」
今度は右手に何か銃の様な物を握るバルバロッサ。しかし銃口は無く、スタンガンの様な形をしている。それをマスキュラーの首目掛けて放つと、マスキュラーは意識を失う。
しかし意識を失ったマスキュラーにさらに追い討ちをかける様にバルバロッサは注射器を取り出す。因みに中身は“個性”停止弾に使われるフッ素であるが、それを打とうとしていたバルバロッサの顔は狂気に満ちており、岩影に隠れていた少年は少なからず恐怖を覚えたそうな。
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『同時刻』
10名の吸血鬼の
明密とアーカードは銃をそれぞれ1丁、2丁と装備し、ゆっくりとその大口径の銃を吸血鬼どもに向ける。
明密とアーカードは同時に発砲する。この大口径の銃の反動を物ともしていない辺り明密も大概人間をやめているのかもしれない。そしてその銃を連射している辺り、その予想は当たっているのかもしれない。
銃弾は3名の吸血鬼に当たるが、それでも尚撃ち続けている。狙われた吸血鬼の体は原型を留めておらず、既に息絶えている。
危険を感じた吸血鬼達は逃げる様に明密とアーカードの周囲を走りつつサブマシンガンで応戦する。だが明密は霧状になり一気に吸血鬼達に近付き、アーカードはジャンプして弾丸を避け上から銃での攻撃を開始する。
アーカードはサブマシンガン持ちの吸血鬼達の攻撃を受けて仰け反るが、より一層狂気的な笑みを浮かべて空中で回し蹴りをし吸血鬼1体の頭を破壊する。
アーカードがその様な行動をしている間、明密は吸血鬼達の輪に入り込む。しかし彼が行う行動は……狩りであるが。
“個性”を用いた縮地の技法で吸血鬼の1体に接近し、回転しながら接近し両手に持つ銃剣で首を狩り取る。その時の顔は、さながら悪魔の様な笑みを浮かべていた。
さらに続けて別の吸血鬼に一瞬で近付き、同じ様に回転しながら銃剣で首を狩り取る。何時攻撃されたのか分からなかった吸血鬼は狩られたことに気付くのに数瞬かかって気付いた。もっとも、既に頭だけの状態から明密に踏み潰された時にだが。
片や吸血鬼の狩人、片やさながら悪魔の様な狩人。その2名を中心に吸血鬼達は蹂躙されていた。アーカードと明密は後退して御互いに近付く。残り4体の内の1体がサブマシンガンを発砲するが、明密は霧状になって回避しアーカードは全弾当たるがそれに何の影響も及ぼしていない様に普通に振る舞う。
まぁその様な反応をすれば吸血鬼達も驚愕するだろう。だが相手が悪かった、相手はおよそ600年前から生きた“真の不死身”の吸血鬼と人外に近付きすぎている人間だからだ。
後退によって接近しているアーカードと明密は擦れ違うと同時に御互いの腕を掴み、アーカードが明密を掴んだまま自身が先程対峙していた場所まで投げる。明密は投げられたスピードに乗り1体の吸血鬼を回転しながら首を斬る。首が斬られた吸血鬼の体を壁代わりにして別の吸血鬼に近付く。蹴る際は脚の密度を操作してバネの様にさせて加速をつける。
その様な“作業”を狂気的な笑みをずっと浮かべながら行っていた。何故ここまで狂気的な笑みを浮かべていられるのかは理解できない。言えるとすれば、単に明密が強くなっているとしか言い様が無い。
アーカードは明密の対峙していた2体に『.454カスール改』と『ブルート』を向けて発砲する。その銃弾を辛うじて吸血鬼達は避けるが、有り得ない程の連射性と有り得ない弾数によって呆気なく命が終わってしまう。
その作業を終えた2人は戦闘態勢を解き、アーカードと明密は御互いに近付き労いの言葉を掛ける。
「またさらに技術に磨きが掛かったんじゃあないか?アケミツ」
「……何かとんだ期待外れだった。相手が戦闘技術があるから予測してトレーニングしたのに」
「…………やはりお前を見ていると、
「だったら、僕が
「………………まぁ、考えておくさ」
明密とアーカードは御互い、見ている方向は同じだ。バルバロッサの方に殺意が異常な人間の元に向かい、明密とアーカードは吸血鬼達を相手どり殺した。ならば残っているのは火を見るより明らかである。
明密は『ブラン』を、アーカードは『ブルート』と『.454カスール改』を視線の先に向ける。辺り一面森だが、感じられる気配というのを相手は隠す術を持っていないらしい。
明密とアーカードは木に発砲し、弾丸の痕を残す。しかし弾丸の痕は大きく、3発当てるだけで木が倒れる。
「そこに隠れてんのは分かってんだよ。姿が見えなくても気配ダダ漏れじゃ気付かれんの知ってんのかクソども」
「アケミツの言い分もごもっともだ。だがな、世の中は今腑抜けになっている輩ばかりだ。お前の様になっている人間が珍しい」
「知らねぇよ、んなもん」
しかし何も出てこない。まるで出てこようとしない。明密の言葉を“嘘”と思っているのか、現れる気配が全く無い。或いは発砲した銃の威力に怯えているのか。ハッキリとしない。
漸く視線の先から何か現れた。だがまるで欲剥き出しの様な輩で何を考えているのか分からない全身ベルトの輩が出てくる。だが少し待っても誰も出てきそうな気配が……否、この目の前の輩が突入したと同時に出てくるそうだ。
明密とアーカードは何か感じ取ったのか溜め息を吐きつつ拳銃を下ろす。銃口が下がったのを見て、目の前の輩は口から何かを出してきた。それを気に隠れていた輩が各々武器を取りアーカードと明密に向かう。
しかし目の前の輩が突如として腕や脚が千切れる。突然のことに驚き、相手も歩みを止める。向かわれていた何かは途中で折れており明密とアーカードは無事なようだ。
と、明密とアーカードの前に1人の人間が華麗に現れる。
「終わられました様ですね、バルバロッサさん」
「御二方も御無事な様で」
「私たちは自衛できるがな」
バルバロッサの全ての指にはリングがはめられており、そこからキラキラと所々で輝き波の様な動きをしている糸が繋がれている。
「では、第2ラウンドと行きましょうか。御二方」
「あれで肩慣らしにもならんのだ、蹂躙に訂正しとけよ」
「残りなんぞゴミ・クズ・カスばっかりですからねぇ……アーカード、加減は覚えてよ」
「そうだな……ハンデで銃は良いか」
アーカードは二丁を片付け素手で挑む様だ。しかし今でも相手の劣性には変わりない。この1体は化け物、残り2名は化け物を倒した人間だからだ。
「「「精々楽しませてくれよ/くださいよ、赤子共」」」
その3名の瞳には狂気しか映っていなかった。