その日の昼頃。時間にして午後3時ほどだろうか。朝は八百万の家に向かい、寝間着などを創造してもらって助かったと思いつつ部屋で準備をしていた明密であった。丁度、その時でもあった。
1本の電話が部屋に鳴り響いた。スマホを取り出し番号を見ると、出久のものであることが理解できた。何の用事かと思いつつ電話に出てみた。しかし出たのは『塚内直正』という警察の人間であった。何の用かと尋ねると、その答えを話した。
そして、明密の目の色が変わった。それだけではない。表情も、オーラも、瞳孔の大きさも変わった。直ぐに行くことを伝えると電話を切り、アーカードに頼んで転移してもらう。
転移によって警察署前に到着した明密は、受け付けまで行き今回の件について呼ばれたことを説明する。少しすると塚内直正が来たので、アーカードと共に行く。
着いた先は休憩所。そして今回の件の被害者である出久が部屋に居た。出久は立ち上がり何故居るのかは理解出来ていなかった。これに関しては塚内直正の口から説明された。明密の
これについては思い出したかの様に理解していく出久。USJの事件の際に言っていた“見知った
その話を終えて、今回の件の話をしていく。先ず出会ったのは【五指に触れられると崩壊する】“個性”の持ち主、アーカードが言っていた死柄木と呼ばれる男なのは分かった。しかし顔のことは初めて聞くので明密は少し前のめりの状態で聞いていた。
そしてそれは午後七時まで続き、出久は帰る前に出会った痩せこけたオールマイトと塚内と明密、アーカードに見送られる形となって家へと帰宅する。だが明密とアーカードは残り、休憩所で話をすることになった。内容は勿論、オールマイトのことだ。アーカードは既に知っているため別段驚きもしなかったが。
オールマイトの事情を一通り聞き終えた後、明密は座っているパイプ椅子の背もたれに寄りかかりながらも口を開いた。
「まさかの平和の象徴が不調、しかも“個性”発動に制限時間があり、さらにはアーカードさんは“これ”を知っていた……ハァ」
「私は聞かれなかったから言わなかったまでだ」
「知ってます」
暫くの間、静寂が続く。明密は聞いたことを整理しつつ1つの質問を投げ掛けた。
「………………オールマイト、貴方はどうするおつもりですか?」
「どう……とは?」
「
「その時は、その時さ」
「さいですか」
間は長かった。だが理解できない訳でもない。未来のことを“どうするか?”と問いかけられたとしても、未来がどうなるかは知り得る術が無い。ならば今は厳戒態勢を敷きつつ、今を過ごすしかない。実質そうである。
明密も似たようなものだ。吸血鬼狩りの際、戦闘の際にどうなるかは状況にもよるし相手の心理状況にもよる。どの様に移動するのかは何通りもあるにも関わらず予測できるのに対し、どの様な行動をするかは“心”によって決められ予測できないどころか予想外の動きを取る場合だってあった。
だからこそオールマイトの端から見れば無責任な発言も、理解は出来た。明密は姿勢を正してパイプ椅子から立ち上がり挨拶をしたあと、アーカードの転移によって帰宅する。
残されたオールマイトと塚内は話ながら外へと出ていった。話していた内容は……至ってシンプル、
こうして学園生活
そして……生徒たちにとって待ちに待った、夏休み!
「あっれ~?おっかしいなぁ~wwwA組はB組よりずっと優秀じゃなかったっけぇ~www?」
「何で開始早々雰囲気を壊すんですか?」
B組の『
しかしそれは拳動による首チョップで敢えなく撃沈された。その後にB組女子勢による謝罪もあったが、峰田の欲望丸出しの状態を危惧して素早く指定されているバスに乗り込むように誘導した。峰田からは私怨丸出しの状態で睨まれたが、それを上書きするかの様に殺気で黙らせた。
A組全員がバスに乗ると出発。相澤が何か話したげだったが、車内が騒然としすぎて叶わなかった。だが、それもどうでも良さそうな感じで話すのを止めた。
因にではあるが、今回は毎回使わせてもらっている合宿所では無く別の場所で行うそうだ。アーカードはというと用事で一旦ヘルシングに帰還、後々合流するそうだ。明密の席は人数関係によって一番前の席に座っている。しかし1人というのも案外暇なもので、隣の席に座っている相澤に思っていることを相談してみる。
「相澤先生、少し構いませんか?」
「……何だぁ?俺は眠いんだが?」
「……じゃあ単刀直入に。“敵に襲われる確率はどのくらい”ですか?」
「………………100じゃねぇのは確かだ」
「ですよね」
明密の歯に衣着せぬ話というのは些か緊張すると普通は思う。だが相澤も教師、しかも今年度は吸血鬼狩りの担任でもある。それぐらいで揺れてはどうしようもない。しかし明密の見解を答えるのであれば、本当にそれぐらいしかない。この世に完全という言葉が存在しない様に、先程の質問の答えでも100であるとは言えない。
暫くの間、窓に映る景色を1人静かに眺めながら思考していく。敵連合への危惧、吸血鬼や
「とっておきを用意しておいた…………ねぇ。部隊でも編成しそうだ」
「何の話だよ?」
ふと上から声が掛けられたので上を見ると上鳴が明密を覗き込む様な形で見ていた。同じA組で育った生徒を見ると何故か安らいでしまうのは、きっと何処か気張りすぎていたのだろう。今の生活に。表情を変えて上鳴の問いをはぐらかす。
「いえ、上鳴君の頭がショートすることを考えておりました」
「うっわマジか。流石エリートは違う……って、よく考えたら遠回しにバカにされてね!?」
「おや、気付かれましたか」
「明密!お前も俺をバカにするのかぁ!」
「上鳴落ち着けって!明密もほら!」
「失敬、反応が面白かったのでついうっかり」
「悪びれる様子すらねぇ!」
何故だが、このクラスでは自分の心がとても落ち着く。ゆとりを持つことが出来る。そんな場所であり、守りたいと思える唯一の一時。この時ばかりは吸血鬼狩りという人格を捨てて、ただの『疎宮 明密』という1人の生徒になれた様な気がしていた。
そうしていると時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので、A組のバスがある地点に到着する。一旦休憩として全員降りることになったが、降りた先の光景は異様であった。
“何も無かった”からだ。通常休憩というのも予想されるのは
何か相澤が仕掛けたなと思考していると、何処か見ているだけで痛いと感じる服装をした2人と1人の少年がやって来た。実を言うと明密は歳不相応の格好をした人というのはどうにも苦手である。見ているだけで気分が悪くなるというわけでは無いが、見ていると恥ずかしくなってしまう。なのでそっと視線を逸らす。
「んで視線逸らしてんだ?」
「いえ……苦手なものでして…………」
「格好か?」
「歯に衣着せませんね轟君」
この話で視線を逸らしたことが聞こえたのか
と、そんなことを整理している間に何故か悪寒が背中に走る。慌ててその場を確認して何が悪寒の原因なのかを探る。その発生源は……
「轟君、準備をしておいてください」
「何のだ?」
「主に…………」
明密が言おうとした瞬間、地面の土が盛り上がっていく。明密は一時的に密度操作で地面の一部を固くさせ、自身の脚の筋肉を操作し上空へと逃げる。それを目撃していた相澤は溜め息をついていた。
「逃れるための!…………って遅かった」
地面が異常なまでに操作され、最早土砂崩れとなって明密以外の生徒を呑み込んだ。逃れた明密はこの情景を見て最早どうすることも出来ない。そんな考えが過る中、女性の声が響く。
「今から3時間!自分の足で施設までおいでませ!」
「…………仕方ない!」
明密は自分の密度を操作して一旦分解、そして新たな形を作る。まさに獣の容姿をしている明密は一気に他の生徒たちが居る場所まで駆ける。しかし下の様子は異様な姿をした獣がうじゃうじゃと居るため、少し驚きを隠せずにいたが目の色を変えてカギ爪の様な巨大な手で破壊する。
「…………………肩慣らしにもならんなぁ」
明密は何時もの“殺る”気を出して一言呟く。あの時の“殺る”気は、ただの土くれの魔獣を倒して発したものである。言うなれば“漸く本気を出せる”。
そこからの明密は行動も、発言も違っていた。脚力は人間なのか理解しかねる速度と攻撃の威力で破壊の限りを尽くす。目の色は変わり、縦横無尽に駆け巡り土くれの魔獣を狩る姿は完全に全生徒の目には“あの時の”明密を見ている。
USJの事件でも、体育祭でも感じていた威圧感。それは単なる土くれの魔獣でも感じられていた。
「命持たざる
今の明密は“完全に止められない”。狂った歯車であった。
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「…………ちょっとイレイザー、1人だけ可笑しいわよ?」
「何処がですか?」
「アンタまで可笑しくなってるし……」
別の場所で“個性”を用いて生徒全員を見ているのは【
しかも担任である相澤まで可笑しく―原因は分かりきっているが-なってしまっている。“これ普通でしょ?”と普通に軽口を叩いている感じであった。そんなことを気にせず、これまた普通にバスに乗り込もうとしている相澤であった。
「では引き続き頼みます。『ピクシーボブ』」
「……あれ見てたら自信無くしそうなんですけど」
「……頼みます」
そう言って相澤、『マンダレイ』、少年はバスに乗る。ピクシーボブの目には依然明密が映し出されている。この世に存在しても良いのか理解できなくなるほどの荒々しさ、相反するかの様な冷静な判断力、土くれの心を持たない魔獣に“恐怖”という感情を植え付けた並々ならぬ殺気量。いや、寧ろピクシーボブ自身が恐怖を覚えて魔獣も怯えたのかも知れない。
そんな様々な要因が重なりあった疎宮明密という人間を“生徒”として見れなくなっていた。まるで恐怖や狂気、人間が持つ一部の負の心を具現化している様なおぞましい人の形をした『何か』としか見れなくなっていた。
「ヒッ!」
突如ピクシーボブが声を挙げた。しかし何処か頼りない声であり、また恐怖をしている声であった。
当然だろう。一瞬、ほんの一瞬だが……“明密と目が合った”のだから。
恐怖と目が合ったのだから。
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