密疎の狩人とシュレーディンガーの吸血鬼   作:(´鋼`)

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№5-3 それ相応

 翌日、珍しく4時に目が覚めていた明密は夜と朝が入り交じった空を見上げながら散歩してた。しかしこれにも訳はある。昨日に政府の役人からの通達でUSJ事件の時に遭遇、その前には吸血事件で遭遇した『黒霧』がイギリスに現れた。それだけに留まらず、今度は【弾圧会】と呼ばれるグループから10名ほどスカウト紛いの事をしていると報告されれば苛立ちを抑えきれない。

 

 一刻も早く行って捕まえたいが、アーカードによる転移ではパスポートを使わずに入国した様なもの(1回した)なので不法入国者として扱われる。しかも話しかけたというだけで捕らえようとするのも、このヒーロー化社会では御法度。そんな理由で眠れない夜を過ごしたのだ。

 

 

「……今はアーカードさんやヘルシングの皆さんに頼るのが良い。分かっている筈だ」

 

 

 明密の周囲に人は居ない。自分に言い聞かせる様に呟いたその言葉は、ただ空間に響いただけであった。

 

 帰宅すると午前4時30分。そのぐらいまで散歩をしていた明密は手を洗い台所で朝食の準備をしていく。今回は敢えて玄米を炊いて朝食のメニューに出してみた明密。本人曰く、玄米類は好んで食す方だが売っている場所が限られているとのこと。

 

 日本らしく和の料理で朝食を仕上げたメニューにしてみた。味噌汁、玄米飯、鮭の塩焼きという質素とも言える朝食を食べて学校に行く準備をしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、そろそろテスト発表が出る気がする」

 

 

 出ていく際に預言紛いの発言をしていった明密は、何時もと変わらずに雄英へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラガラと教室の扉を開けて、まだ人の少ない教室へと入る。

 

 

「よぉ」

 

「どうも、轟君」

 

 

 勿論人は居る。珍しい時間帯で見掛けることもあるのだなと感心しつつ、自分の席に座る。ある程度の用意を終えると今度は図書館へと向かいに行く明密。本を読むのも別段苦では無い、寧ろ知識を養う為に赴く。到着して中の様子を見ていく。

 

 しかし如何せん図書館自体も広いため何処にどの本があるのかは理解しかねることもある。なので自身の興味のある本を探したい時は、設置されている端末を使用して見つける。大まかにどの様なジャンルが読みたいでも良い。そのジャンルの中にある本全てが端末に映し出され、そこから手探りで探すも良し。さらに検索して範囲を狭めるも良し。

 

 明密の借りた本はジャンルは【ルーマニア】にまつわる話などが集められた物。何故ルーマニアなのかというのも、アーカードが昔話でちらと“ワラキア”と言い掛けたのが気になったというだけである。ネット調べでワラキアというのが嘗てルーマニアに居た軍であり、『串刺し公(アーカード)』が将軍の地位に居た頃の軍隊。

 

 気になったというだけで調べる。これは悪いことではない。寧ろ気になったものは片端から調べていく事を咎める事はしないだろう。恐らくアーカードも、変な表情をするが読むことは咎めないだろうと頭の中で考えた明密であった。

 

 再度教室に戻ってみれば何時もの如く天哉や瀬呂、口田たちが来ていた。それぞれに挨拶を交わしつつ雑談を少々。現在の近況であったり、とりとめもないニュースであったり。

 

 大分時間が経って、続いては朝のHR(ホームルーム)。この話では明密が出ていく際に言った事が現実となった。期末テストである。その後は林間合宿であることを相澤が告げると、場は一気にヒートアップ……したのは良かった。

 

 しかしここでも相澤……というより雄英の売り文句が出た。“成績が下位5名の者は林間合宿に参加できない”という理不尽()が立ちはだかった。

 

 これにより全員の意識は変わった。この様な条件提示というのはされると一層“何時も以上”にさせていく。何であれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。テスト発表初日という日に一人黙々とトレーニングルームでサンドバック相手に打撃している明密が居た。しかし“個性”は使用せず素の体力で行う辺り、元来の身体能力を後天的に強化している様子だ。

 

 

「しぃッ!」

 

 

 両手と軸足である右足の3点で体を支えつつ、左足で後ろ回し蹴りを放ちサンドバックが大きく左に揺れる。蹴りの威力で揺れさせた後、体勢を崩しながらも右足で蹴りを入れる。これにより、さらにサンドバックが揺れる。蹴りによる遠心力で体勢を立て直し、サンドバックが明密の前まで来ると一気にアッパーを叩き込む。

 

 ここまでの行動を終えて溜め息を付きながらタオルで汗を拭いていく。そして今度は別のトレーニングルームに入る。この部屋は遠距離系統の攻撃を対策する為に設置された部屋であり、中には空中に漂う機械が幾つも存在する。

 

 明密が近場にあるタッチパネルを操作し、機械が漂う空間に入ると透明なガラスによって空間が仕切られる。

 

 

『10分間、モード最凶(MAX)を開始します』

 

 

 瞬間、漂う機械からレーザーが発射されたかと思うと明密が避ける。右から2機、左から3機ほどレーザーを発射するが、これも避ける。人間技とは到底思えない速度でレーザーを軽々と避けている明密。

 

 

もっと寄越せえぇぇぇぇ(縮地・縮地・縮地・縮地)!!」

 

 

 しかしこれら明密の一連の行動は“個性”を使わずに行っているものであった。要するに人間が開発した様々な技術を“真に”自らの手で練度を上げているというのだ。

 

 もはや明密が人間かどうか怪しく感じる光景でもある。トレーニングルームの端末から送信され、トレーニングの内容を見て驚愕の表情をし、確認する為に実際に訪れた相澤からも人間の動きではないと述べている。

 

 しかし感付いていた。相澤とて長年教師をしている身、自分の生徒が何か思い詰めているぐらい少しの行動の違いで理解できているつもり……らしい。

 

 結果は全弾回避。10分という短い時間ながらも乱雑に発射されていくレーザーを“個性”も使わずに避け続けるということは“普通の”学生ならば疲労困憊で動けない状態にまで陥るだろう。

 

 しかしどうだ?明密は溜め息を一度吐き、汗をタオルで拭いただけで次のトレーニングに向かおうとしているではないか。

 

 

「おいちょっと待て」

 

 

 この異常に相澤も流石に物申した。一体何故ここまでしていたのか、一体何故“個性”を使わないのか、一体何故疲れの様子すら見えていないのか。疑問に思ったことを相澤は質問していた。

 

 明密の返答は以上のものであった。

 

 ・1つ目の質問の答え

 A 少し悩み事があったから

 

 ・2つ目の質問の答え

 A 身体能力の底上げを計った

 

 ・3つ目の質問の答え

 A この程度で疲れていては吸血鬼とマトモに殺り合えないから

 

 

 相澤は頭を抱えながら考えた。まだ2つ目や3つ目の質問の答えは良い、簡単に想像できる。しかし1つ目の質問の答えには疑問符を浮かべていた。明密は先に信頼している事を告げると言葉を綴った。

 

 

「昨日(ヴィラン)連合の一味と思わしき人物がイギリスで10名をスカウトしている所を政府の人間から知りました」

 

「……成る程、それか。そのことなら俺たちも知ってる」

 

「…………そうですか」

 

「それで気晴らしに“ここ(トレーニングルーム)”で汗を流してたってことか?にしては随分とハードじゃねぇか」

 

「……こうでもしないと落ち着けないんですよ」

 

 

 明密の水筒を握っている手に力が入る。明密の表情も、声の高低差も違うものになっていったのが、よく分かった。

 

 

「イギリスの【弾圧会】と手を組もうとしている……それだけで(はらわた)が煮えくり返ってますよ。しかも自分が行動できない……たった、それだけのことで……!」

 

 

 誰から見ても普段の明密とは程遠い表情、声質が滲み出ている。人間というのは自身が理解できない物事を自分のルール内に“合わせさせようとする”傾向がある。今まさに明密のそれである。

 

 

「だからといって、こんな所で無茶はするな。危惧しているのなら、お前は“何時もの日常”を大事にしろ。私怨に刈られて今を忘れるな」

 

「…………了解しました」

 

 

 今相澤が言えるのは、これだけであろう。いや、他の教師陣も恐らくこうとしか言えないだろう。明密が入学した経緯を教師陣全員が知っている事による過酷な運命。表の生活と裏の生活を掛け持ちし、誰からもバレまいとしようとする心苦しさ。それだけに留まらないが、大体の理由がこれであろう。相澤が出ていくと、少しして明密もトレーニングルームから退出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして月日は流れ、試験当日の日。明密の筆記は問題ない。前回の中間テストでは3位にランクインしている事も相まって頭の方は良いのだ。問題は次の演習である。簡単に言えば“教師vs生徒”の試験、つまる所プロヒーローとの勝負になる。流石に生徒に対して本気で挑むのは一方的(ワンサイドゲーム)になるので重りは着けるのだが……

 

 

「明密、お前は教師3人とだ。ハンデの有無はおまえが決めろ」

 

『…………はい?』

 

 

 相澤は明密にこう述べた。勿論その事に意義を申し立てる者も居る、何時もの八百万と天哉(質問組)がしていくのも恐らく見慣れた(?)光景になっているであろう。

 

 

「先生!何故明密君に対してはここまでするのですか!?」

 

「同じ意見ですわ。しかもハンディキャップの有無を生徒に決めさせるというのも如何なものかと」

 

「……先ず(ひとえ)にクラス内での異常な判断・身体・策敵能力の考慮した上での判断だ。同じ様にしてたらアッサリ試験突破っていう結果になるのは予想が付く」

 

 

 相澤の正論。相澤は見てきているのだ、A組の担任として生徒を。ならば、その中で異常とも言える生徒が居る事も理解している。それらが分かっている為、全員の視線が明密に向く。

 

 

「ならば教師(此方)は対策としてするまでだ。だが正直3人じゃ物足りないと思ってるが」

 

「……いえ、十分です。(此方)としては申し分ありません」

 

「ということだ。お前らからしたら結構な理不尽でも明密(コイツ)自身は承諾した、それで良い。此方としても楽で良いからな」

 

 

 そう言いつつ相澤の目は本気の目を明密に向けていた。同じ様に“本気”の目で応対する明密。その瞳に浮かぶ熱というのは、あらゆる空気に良い意味での緊張をもたらしてくれている様だ。

 

 そして順番発表。明密は一番最後だが、1vs3という理不尽極まりない内容になった。それでも受け入れているかの様に目の奥に宿る熱は消えていなかった。

 

 そして他の生徒たちをモニタールームで見ていた時、ふと同じ部屋に居るリカバリー・ガールが口を開いた。

 

 

「アンタ、あの理不尽内容を受けるって?」

 

「事前にハンデは無しにしてもらいました。これが僕の“限界”だと思われます」

 

「“限界”ねぇ…………アタシゃあ、“これ”見てるとそう思えないんだがねぇ。ホラ」

 

 

 明密に手渡されたのは1つのカルテ……否、あらゆる結果の数値が表示されているデータであった。

 

 

「レベル最凶を10分間、しかも“個性”を使わずに避け続けるなんて到底人間技じゃあないと思うんだけどねぇ。しかもまだ偉業を達成しているじゃないかい」

 

「こんなので偉業と言われては、吸血鬼(ノスフェラトゥ)どもと出逢って生きてませんから」

 

「いんやアンタの過小評価は期待しないよ。ここ最近毎日通っては他の追随を許さないみたいに記録更新してるじゃないかい。例えば……【護身技能】の部屋なんて軽く前回最高記録の“300”は越してるんだよ?」

 

「それは一週間前の自分です」

 

「そう、それに上書きする様に今度は“500”。次に“1000”と、どんどん更新していってる。しかも相澤の話じゃ息切れ起こしてないらしいじゃないかい」

 

「まだまだですよ」

 

「まだ言うかアンタは」

 

 

 端から聞いていた轟、八百万、緑谷、お茶子も呆然とするしか無かった。どんな事をすれば“個性”を使わず対応できるのか。それを知りたいと思うのは、このモニタールームに居る人物のみであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「3人態勢?」

 

「正気か?相澤」

 

明密(アイツ)の場合、マンツーマンじゃ軽々と突破されます。この場合では“生徒の実力に合う内容”としてすれば良いです」

 

「……僕も、これを見てそう思わざるを得なくなったよ」

 

 

 時は遡り、テスト開始まで残り1週間の日。会議室にて1つの議題が飛び交っていた。議題は【疎宮明密の演習内容】を決めるというものだ。といっても相澤が提案していく中で異論を説くという形になっているが、一度も異論は無かった。

 

 校長である根津が1枚のプリントを確認する。明密のプロフィール、そして相澤が確認した現在の状態。

 

 

「ここ最近毎日の様にトレーニングルームに通っては恐ろしい成長速度を見せ付けられている……こんな生徒をたった1人に任せるというのも難しいしね」

 

「だからこその3人態勢です。疎宮明密対策として提案するのは────」

 

 

 そしてこの日、選ばれた教師は明密(化け物)とテストの日に会いまみえる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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