№5-1 蔓延る不穏
イギリスの現在時間、午後22時。時差の影響を考えて明密は日本へと帰国する準備を終えて玄関に居る。そこにはバルバロッサ、インテグラ、セラス、ログウェスが見送りの準備をしている。アーカードは明密の隣に立っている。
しかし、まだアテナが来ていない。それどころか半ば無理矢理コスチュームを新調してもらっているが、まだ戻ってきていない。どうしたものかと全員頭を抱えている。
「皆退いて~!!」
突如後ろから叫び声が聞こえたので見てみるとアテナが走りながら新調されたコスチュームを持ってきているではないか。しかしブレーキをかけても止まりそうになかったのでバルバロッサはインテグラを、セラスはログウェスを退けさせる。アテナは止まりそうになく明密に衝突しかけているが、明密は避けた後脚をかけて転ばせる事を利用してスピードを一気に抜けさせる。転びそうな所は体勢を低くして右腕で支えた。
「だ、大丈夫ですか?」
「へ、平気よ~…………」
アテナは体勢を立て直して行息をつく。その後気付いた様にコスチュームを押し付ける。その渡されたコスチュームが異様に重いと感じる。しかも何か違和感を感じたのでコスチュームの違和感を探す。
手を突っ込んで違和感の正体を取り出す。手にあったのは机に置いた筈のブランであった。これに明密は驚き、アテナに尋ねた。
「あ、アテナさん!これは……」
「何よ?アンタの持ち物なんだから忘れちゃ駄目でしょーが」
「で、ですが……」
「あーもう!ウダウダと!ブランはアンタの物!良い!?」
「は、はい!」
「それと!アンタのコスチュームの事だけど、ブランの衝撃に耐えられる設計にしといたから!感謝しなさい!」
異様なまでに取っ付きに来るアテナ。コスチュームの新調をしてもらってたにしても、中々言葉使いが悪く感じる。あの事があったので仕方がないのだが。
「ありがとうございます、アテナさん」
「ッ!?」
コスチュームの新調をしてもらった事に対して御礼をする明密。何時もの笑顔を浮かべながらしたのだが、何故か少し仰け反っていた。時間を確認すると、そろそろだったのでアーカードと共に空港へと向かう。
「それでは皆さん、また何時か」
「あぁ、またな。アレンス」
「ばいばーい」
「お元気で」
「じゃあねアケミツ君!」
アーカードが明密の肩に手を置き、そして消える。見送っていた5人は未だに誰も居ない場所……いや、アテナを見ていた。アテナの性格は大方理解している4人だが、ここまでの心変わりは見たことが無かった。
ログウェスがアテナに近付き顔を覗く。少しだけ頬を赤らめた顔が見えたがログウェスは何処か納得したかの様に目を瞑り頷き、アテナのパーカーを引っ張る。それに気付いたアテナはログウェスを見る。
「そのツンデレ、どうにかしようか……お姉ちゃん」
「んなっ!?」
何処で覚えてきたのか理解できない言葉をログウェスが発した為たじろいたアテナはログウェスに聞こうとしたが、ログウェスが無視して工房に向かっている。その様子を見ていた3名は微笑ましく見ていた。
時は流れて登校時刻。制服に着替えて学校に向かう明密。何故かアーカードは、またヘルシング機関に戻ったが学校に着くまでには戻るらしい。
学校に着いた途端アーカードが目の前に現れる。驚いて一歩下がる明密だが、そんな事を無視してアーカードは表紙に十字架の装飾が施されている本を渡された。
話によれば、これはアーカードの宿敵が使っていた聖書だそう。材料は比較的簡単に手に入ったので主に時間がかかったのが祝福儀礼の儀式だそう。聖書の性能は主に転移、結界術が使えるのだそう。
少し急ぎめに職員室へと向かい相澤に聖書の事を提示する。聞かされていたコスチュームの新調には無かった事だったので、少し考える。どうにか発明科担当のパワーローダーに性能を説明し、使用許可を貰った後教室へと向かった。
中では職場体験での会話が繰り広げられており、何時もの喧騒としている雰囲気が漂っていた。1つ違うのは、何故か爆豪が切島と瀬呂を捕らえていた。自分の席に座り息をつく。
「あ、明密君。お早う」
「お早うございます、出久君」
「やぁ明密君!イギリスのヘルシング機関はどうだったかな!?」
「天哉君どうも」
挨拶を終えると経験した事を語る。勿論テロを行っていた銃持ちの相手2名を外傷も無く無力化させた事を語ると、ほぼ全員明密に目を向けた。
「明密、その本何だ?」
『(そっち!?)』
「これですか?」
轟は別の話題を振った事で、ほぼ全員の目が轟に向かう。この聖書の事を一から説明していくと興味を示してくれた様だ。
丁度話終えた所に相澤が来たのでHRを始めていく。
時は流れてヒーロー基礎学の時間。今回はオールマイトが救助要請の様な合図を出した後、誰が一番にオールマイトの所に駆けつけるかという【競争】だ。先程行った出久、天哉、瀬呂、芦戸、尾白では出久の急激な成長ぶりに皆驚きの声を挙げていた。
続いて爆豪、轟、明密、八百万、お茶子、青山の6名による競争。それぞれ所定の位置に着き、合図が出るまで準備をしていく。明密は手渡された聖書の使い勝手を知るためにペラペラと捲っている。
ここで明密は咄嗟に思い付いた。転移や結界が使えるのならば“他の使い方”も可能な筈だと。
開始の合図が出る。明密の初期位置は建物の上、真っ直ぐ行けばオールマイトが居るという絶好の場所。
「(おおよそ500m地点!)」
聖書に手を当て、紙を自分の周囲に展開させていく明密。聖書にあった紙は全て光っている。それらが明密を取り囲んだかと思うとオールマイトの方まで来て、その紙の中心から明密が出現した。
聖書にあった紙は元に戻っていく。それらを見ていたオールマイトは驚き何も言えなくなっていた。結果は一位が明密、二位が轟、三位が爆豪、四位が八百万、五位はお茶子、六位が青山となった。
明密の場合はサポートアイテムによる結果だが、ヒーローは素早く動かなければならない事を前提としているため聖書の事はとやかく言われなかった。
他の組も終わり、下校準備をしていた明密。しかし基礎学での聖書に全員興味を示していたので質問責めにあった事は言うまでも無い。
帰り際、そういえばと思い出して駆け足になる。近い内に中間テストがあるので、それに向けての勉強をしようとしていた。アーカードは何故か相澤に呼ばれている為、今は一緒には居なかった。
職場体験から帰ってからの明密は何時も通りであった。何時も通りに帰り、何時も通りにバイトし、何時も通りに過ごす。つまる所、何も変わりないのだ。強いて言えば時差ボケが少しあったという所。
しかし今はアルバイト中、時差ボケだからといって休む訳にもいかない。お客の注文を聞き取り、それをコックに伝える。現在のアルバイト先は大手ファミレスの接客だが、早くも明密の仕事ぶりが上に聞き届いたのかブリーダーを任されている程。
扉が開かれる。そちらの方へと向き何時もの笑顔を向けながら挨拶をしていく。
「いらっしゃいませー……あれ?」
「あら?」
「瀬呂?どーした……ありゃ?」
やって来たのは瀬呂、上鳴。そして後ろから何故か爆豪と切島。その爆豪と切島は明密を見て同じような反応をしていた。
「皆さん、どうしたんですか?」
「いや、どーしたもこーしたも。何でお前ここに居んの?」
「僕はアルバイトですよ?」
兎も角、今は仕事として4名を席に案内させて仕事をこなしていく。意外にも爆豪が店長の
アルバイトが終了し少し夜の闇が深くなっていく頃、外へと出るとアーカードが居た。丁度その時、明密の携帯が鳴る。こんな時間帯に鳴るのは久々だが、良い思い出は無い。
携帯の着信に出ると、やはり政府の人間だった。今回の依頼は殺害。何時もの様に吸血鬼……ではなく見掛けない容姿をした化け物。目に覇気が無く、USJの脳無の様に何も行動をおこしていない。おおよそ罠と見受けても良いが、何処か府に落ちない。
しかし何時か動いてしまえば危険なのは目に見えてる。電話を切り、提示された地点を確認する。アーカードにもそれを見せた後、アーカードは明密の肩に触れ提示された場所に向かう。
着いた先には佇む何か。持ってきていた暗視ゴーグルを使用し見ていく。その姿は体毛によって全身が被われ、犬の様に長い鼻と口。ここまで見れば明密でも分かる、【狼男】という
「ほぉ……ここでもか」
「……というと、一度?」
「あぁ。心臓に一発な」
「…………あぁ、やっぱりでしたか」
前回のヒーロー殺しに関係した男が恐らく狼男。そこで幼女姿にでもなってブルートを使用したのだろう、多分。
「すいませんアーカードさん、援護射撃お願いします」
「OK」
明密は建物の床に触れ、密度を操作して液体に近い状態にさせる。これにより狼男は床の中に沈む。
その時、狼男の目が光る。瞬間、ジャンプして上空に逃げ明密に襲い掛かる。しかしそこにはアーカードの狙撃で両腕を失わせる。威力も高いので狼男の体勢が少しだけ崩れる。
崩れた体勢を狙い両手に銃剣を装備し腕と手の密度を操作して強化、そこから真一文字に心臓を銃剣の軌道に合わせる様に斬る。パックリと割れた体内から心臓がコンチニハしているので、左手の銃剣を捨て心臓を掴んで潰す。
「グォルルルルルウゥゥ!!」
「ッ!?」
しかし雄叫びを挙げて明密に噛みつこうとした。そこは霧状に姿を変えて避け、右手の銃剣で潰された心臓を穿つ。動きを止めた狼男は全身が溶けて、奇妙な緑色のジェル状になってしまった。
明密は咄嗟の事によって驚きはしたものの、相手の反応速度が鈍っていた事による幸運で何とか凌げた。しかし素手での攻撃が通用しなかったので銃剣での攻撃を行ったが、上手く通用したらしい。
アーカードに近付き帰還をする。帰還した明密は部屋に入り携帯で依頼完了のメッセージを出す。今の明密はすきっ腹なので、冷蔵庫からハムと卵を取り出しパンを用意する。
「アーカードさん」
「何だ?」
「あの狼男、素手での攻撃が全く通用してませんでしたね」
何時もの吸血鬼の様に心臓を潰すか頭を破壊するかで終わる筈と考えていた思考は一気に覆され、銃剣での攻撃が必須となった考えから生まれたのは1つの疑問だった。アーカードは少し笑い、明密に狼男の弱点を教える。
「アケミツ、
「……アーカードさんを知ってるから何とも言えませんが、理解しました」
「まぁ、そうだろうな。そしてアケミツ、アイツらの弱点は銀のみだ。銀によって殺さなければいけない。知っているだろう?
「……銀のみが弱点。恐らく
「確かにな」
チンという音が響き明密はトースターの中から焼けたパンを取り出し、話の途中にフライパンで作っていたハムエッグをパンにのせる。それを皿にのせてアーカードの居るリビングに持っていく。
それをサクサクという音と共に食していき、空腹が満たされたことを確認すると風呂に入り明密は就寝する。
「あ、お休みなさいアーカードさん」
「あぁ、よく寝ろよ」
幾ばくかの時が経ち、朝。HRにて相澤から連絡がある。
「今日は勇学園の生徒たちと合同授業を行うことになった」
『新キャラ来たあああああ!』
やはり事ある毎に喧騒とした空気が生まれていくのはA組の専売特許なのか?と本気で考えた明密。上鳴が勇学園の女子生徒一人にナンパしていたので耳郎がお仕置き、明密が一気に殺気を充満させることで静かにさせる。相澤は面倒な事をせずに済んだので内心良かったと思っている。
「じゃあ気を取り直して、自己紹介を」
「は、はい」
勇学園の生徒4名はそれぞれ自己紹介をしていく。最初は眼鏡を掛けた白髪の『赤外 可視子』、続いて肥満体型の『多弾 打弾』、少し見た目が悪そうな『藤見 露召呂』、最後に梅雨と抱き合ってた『万偶数 羽生子』。
自己紹介が終わり次第、グラウンドΩにコスチュームを着て集合する。その着替えの際に爆豪と藤見が互いにガン飛ばし合い中だったので、銃剣を持ちながら不敵に微笑み続け威嚇した明密であった。
しかし、この合同授業が後々明密のリミッターを外す羽目になってしまう事を今は誰も知らない。