日本保須市。ヒーロー殺しの事件の翌日、とある一つの病室に三名の学生が安堵の表情を浮かべながら談笑している。その光景には痛々しく包帯が巻かれていたが、表情はとても安心しきっている。
その部屋に何の物音も立てず、ひっそりと何処から現れたのか分からなくなる所から。
「やぁ三人とも」
「「「!?」」」
あっけらかんとして聞きなれた声色。あの事件の場には居たが姿を消した、銃撃を行った御本人。
「明密君!?」
「アーカードさんも居るよ」
シュレーディンガーによって移動したアーカードと明密は空いているベッドに座りこみ一息ついた後、気になっていた事を聞いてみる。
「さて、聞きたい事があるんだけどね……ヒーロー殺しはどうなったのか教えてくれるかな?一旦イギリスに戻ってたから、その後の事を知らないんだ」
しばしの静寂。その静寂を破ったのは天哉であった。
ヒーロー殺しは突如現れた少女の持つ拳銃で左脚が失われたが命に別状は無いそうだ。どうやらその前に男が現れたが、その男も心臓に大きく穴が空いていて死んでいたそうだ。拳銃を持った少女と聞いた時、冷や汗が首筋に流れた様だ。
しかしヒーロー殺しが逮捕された事により民衆が少しずつであるが興味や尊敬の眼差しが向けられ、事態は徐々に悪化しそうだという。
「そっか……そっか」
ふぅと息を吐き出して今度は天哉に目線を向ける明密。その視線には何か同情の念が醸し出されていたのは言うまでも無い。
「天哉君」
明密が名前を呼んだ。少しだけ声量を上げた声に、若干ピクリと天哉の体は震えた。
「…………生きてて良かった」
「ッ…………!」
何時もの声だった。優しくするときに何時も使う声だった。吸血鬼を殺す時に放った怒声では無く、殺人鬼が目の前にして冷淡に対応する時の声でも無く、何時もの優しい明密の声だった。
「……怒らない、のか?」
「あぁ…………」
頬を人差し指でポリポリと掻きながら少し言いづらそうにしている明密。ため息を吐いて自分の考えを並べていく。
「そりゃ……怒りたいよ。大方予想はできるよ、天晴さんとも仲良くしてもらったしさ。でも僕は自分にも怒りたい」
明密は一旦言葉を止めて、天哉の顔を見て話す。
「だって、僕たち親友じゃないか。一番仲が良かったじゃないか。その親友に寄り添えなかった事を恨みたいよ」
言葉を失う。天哉自身は今、自分の不甲斐なさというものを知り出久や轟に怪我を負わせてしまった事を後悔している。後悔して実感していた。だが明密の言葉は、傷付いていた時に何故自分が支えてやれなかったのか。その過去を悔やんでいた。
「……やはり優しすぎるな、明密君は」
「ふふっ、そうかな?」
このやり取りで周りの空気が少し晴れていっている気がしていた。お互いに後悔を持ち、お互いに次へと繋げていく心持ちを持っていた。それは出久と轟も同じであった。
「あ、そういえば明密君。何で日本に?イギリスで職場体験は終わったの?」
この空気の中、やはり出久は疑問に思った事を口に出す癖がある様だと感じた三人。その質問が来る事を予想していたと謂わんばかりに明密は溜め息を吐いて少し脱力した。
「いえ……実は───────」
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時は遡りイギリスの時刻は13時10分。まだ昼間なので外は明るく、日本に一時的に居た為まだ少し目が光に慣れてなかった時のこと。風呂に入り終えた明密はバルバロッサと共にアテナとログウェスが居る工房へと入りアテナに用件を伝える。
「アテナ嬢、頼みがあるのですが」
「ん~?どしたの執事さん」
「アレンス様のコスチュームをブランの性能に耐えられるよう新調してもらいたく」
「ふ~ん。あ、そういえばアンタ。ブランはどうだった?キチンと活躍した?」
アテナは何時もの調子で尋ねる。明密も、ブランを使った感想を言った。
「ええ。活躍しました」
「そう!それで!?吸血鬼何体倒したの!?」
「あ、えっと……実は吸血鬼の方はアーカードさんに。僕は刃物の類いを破壊しただけでして……」
瞬間、何故か空気が冷えた様な錯覚を覚えた明密。明密の発言を聞いていたログウェスは“しまった”と謂わんばかりに急速に明密とアテナの方に振り返る。
その冷たい空気が暫く続いた後、アテナは口を開いた。
「執事さん、悪いけどコスチュームの件は無しにして」
「アテナ嬢、しかしながら「コスチュームは新調しない!」」
「兎に角私はやらないから!良い!?」
この豹変ぶりに明密は驚いた。明密自身の豹変ぶりは大概だが、此方は迫力があった。さっきまでの笑顔は消え去り青筋を浮かべながら廊下へと出ていこうとした。
「アテナ嬢!!」
「「「ッ!!」」」
今度はバルバロッサが大声でアテナを呼ぶ。それに一瞬驚き動きを止めたアテナに、バルバロッサは言葉を綴る。
「何時まで過去に縛られているつもりですか!?貴女の作った銃や弾丸は本来は人間が“人間に向けて”使用されるものです!それを我々は“吸血鬼に向けて”使用しているだけです!使用用途に変わりは無いのですよ!?」
それを聞いているアテナは握り拳に力を込めて体を震わせていた。そのアテナは明密やバルバロッサの方に振り返り発言する。
「知ってるわよそんなこと!でも、【ブラン】や【ブルート】も化け物を殺すために作った銃よ!それは化け物を殺す為に私が作ったのよ!それなのに!」
アテナは明密の方を見て睨み付ける。その事にピクリと体を震えたのは恐ろしいと感じたからである。
「化け物を倒していない!ましてや、人に向けて!こんな奴にブランを扱う資格も、私が頼みを引き受ける道理も無い!」
言い切ったという風に肩で息をしているアテナ。明密に向けられた言葉は辛辣というより、ある程度事情を知っている事で言い返す事の出来ない正論として受けとる事が出来た。
アテナは暫く明密を睨み付けた後、工房を出ていってしまった。椅子から降りたログウェスが明密に声を掛けると、バルバロッサと共に謝罪した。
「ごめん、アレンス。お姉ちゃんのこと……」
「いえ、ログウェス君。今のは僕が悪いですよ。アテナさんの言う通りでした」
「アレンス様、私からも謝罪させていただきます」
「大丈夫ですよ、バルバロッサさん。アテナさんとログウェス君に起きた過去の事を思い出しました」
明密はバルバロッサの手にある自分のコスチュームを手に取り、内側のポケットからブランを取り出して近場にあった机の上に置いた。
バルバロッサは明密の一連の行動と、先程の発言から予測は付いた。それでもブランを置いた事に遺憾を唱える。
「アレンス様、それはアーカード様の御意志によって貴方の為に作られた武器です。それは今や貴方の物です」
「……いえ、僕はログウェス君から事情を聞きました。化け物を倒してもらう為に作ったのに、僕は人に使った。怒るのも仕方ありませんし、罵詈雑言を受ける義理もありますから」
コスチュームの件は日本に帰国次第、即急に修復を頼む事にした明密。アテナの事は館を散策して見つけ次第謝罪をする事にした。
明密はアテナを見つける為に走り出した。それを見送った二人は走り出した明密の背中を見て、何処かしら安堵の表情を浮かべていた。
広大な館の中。その中を脇目も振らず走っていくのは金色になびく長髪で空色の目をしたアテナ。目尻に涙を浮かべながら上へ上へと向かっていく。途中使用人にぶつかったりもするが気にせず走り去っていく。
辿り着いた先は屋上。アテナという少女は何時も悩みがあれば屋上へと走って行き自分の考えを冷静に、客観的に見て落ち着きを取り戻す癖があった。
今回は自分自身が作った銃が化け物ではなく、人間に対して向けられていた事。まさか化け物を殺すために作られた銃が人間に使用されていたこと。
ログウェスの話ではアテナは弟のログウェスと共に小さな村に住んでいた。しかしある時、住んでいた村に吸血鬼が襲撃して来るという異常事態が起きた。幸いアテナとログウェスは到着したセラスによって救われたが、他の村民は全員グール化。
アテナとログウェスは当時7歳と6歳という自立がままならない年齢だったが、個性の有用性とアテナの懇願によってヘルシング機関に引き取られる事となった。
アテナの“個性”【パーフェクト・メイク】。材料、設計図などがあれば試作品を生み出さない。つまりは試作品が完成品となる“個性”。
ログウェスの“個性”【合成】。例として別々の金属を合わせて合金を作るなど。ブランに使われるチタンとプラチナの合金弾殻の金属もログウェスによるもの。
アテナは吸血鬼を許してはいない。助けに来たセラスにも最初は敵対心を募らせていたが時間と共にセラスの人となりを知り現在では仲は良好だ。しかしグール化させられた人々を間近で見てからというものの、化け物を倒す為の算段を日々研究し兵器を作り続けた。
これによってヘルシング機関は化け物殲滅機関としての戦力も、ヒーロー派遣機関としての戦力も強化されていった。全ては化け物を倒してもらう為の対価として。
「此方に居ましたか」
後ろから声を掛けられるアテナ。その声はヘルシング機関に職場体験で訪れた明密の声。その明密はアテナに近付いている。
「来ないでよ」
しかしアテナは明密に背を向けたまま一言。その言葉で一旦歩みを止めた明密だが、再度歩みを進めた。
「来ないでって言ったでしょ!」
今度こそ歩みを止めた明密。
「アテナさん……すみませんでした」
しかし明密は立ち止まった場所で謝罪をした。天哉に負けじと丁寧に直角に腰を曲げて。アテナは背を向けたままだが、それでも尚言葉を綴っていく明密。
「ログウェス君から話は聞いていました」
「ッ!?」
「僕も貴女方の様な光景を、一年前に見てしまいました。大切な仲間が死んで、グールになって。そして自分で殺して……受け入れ難い事実を無理矢理受け止めて、苦労して、悩んで。それでも尚、倒す為に前を見続けて……」
明密の話をただ黙って聞くだけだった。何故だか分からないが、アテナは行動を起こさなかった。
「ブランは返却します」
「ッ!?」
突然の事だ。急に言われれば誰しも驚愕する。唯一、脳無の様にバカ高い再生能力を持つ吸血鬼に対する有効打を自ら放棄したのだ。しかもブランはアーカード本人から使用者であることを認められた証、それを捨てる事はアーカードの意思を無下にする事と同じだ。
「僕はブラン無しでも大丈夫ですから。それに、ブランを人間に向けて撃ってしまった事は変わらない事実です。貴女の言う通りです。僕にはブランを使う資格なんて無いから」
足音が聞こえるが、どんどん遠くなっていく。明密は降りていったのだ。
「……何よ…………アイツ…………!」
残されたアテナはおもいっきり歯をくいしばり降りていった明密を追いかける様に走っていく。追い付いたアテナは明密の肩を掴んだ。肩を掴まれた明密は急だったので振り返ってしまう。
「あ、あの……どうされましたか?」
「…………………………よ」
「は、はい?」
「ふざけんじゃないわよ!ブランを返却!?態々私が旦那専用に作らせて旦那がアンタに託した銃を返す!?確かに扱う資格は無いって言ったわ!でも所有者はアンタなのよ!?分かる!?」
「あ、あの……えっと……」
「よし分かった!それじゃあブランの性能に耐えられるコスチューム作ってやるわよ!今のままじゃあブランも、ブランを渡した旦那も可哀想だからね!」
「え………えぇ………………」
「言っとくけど!アンタの為じゃ無いから!分かった!?」
そう言って足早に向かっていくアテナ。その後、直ぐに後ろに振り返り追加の発言。
「22時までには完成させるわ!それまで工房に入らないでよ!!」
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「簡単に言えばメカニックの人を怒らせたけど僕の発言が気にくわなくて躍起になっているので、それまで僕は体験も出来ないのです」
「つまり暇なんだな」
「「轟君、率直に言い過ぎ!」」
簡潔に言えば暇なのだ。イギリス時間で22時になるまで工房に入って来るなというアテナの横暴が明密に暇を与えていた。そういえば日本が朝の時間になっているなと考えていた所アーカードがやって来て病院に訪れたという事だ。
「まぁアケミツの事だ。お前たちの事を考えていたと思っていた所を帰って来たまでだ」
「ありがとうございます、アーカードさん」
暫く談笑をしていると扉が開かれた。アーカードは咄嗟に明密の肩に手を置きヘルシングへと帰還した。まぁ残り3時間程で日本へと帰国するので準備も必要だった明密は、用意されていた自室へと戻っていった。
ヤン「ヤンと!」
ルーク「ルークの」
「「後書きコーナー!!」」ドンドンパフパフ
ヤン「漸く職場体験も終わりだなぁ~……にしても」
ルーク「投稿期間の長さ。確か一時的に携帯没収されてたからな」
ヤン「作者のせいで俺たちの登場が遅くなったんだよぉ。どーしてくれんだ作者あ!」
( ノ;_ _)ノ
⊃[ヤンとルークっぽいキャラ登場させます]
ルーク「我々の出番来たRYYYYYYY!!」