「うぅ…………よ、酔いました」
「慣れなので仕方無いですね」
明密が何故か実践形式で仕事の一部を体験し銃持ちの相手を難なく無力化させ警察に引き渡した後、バルバロッサの“個性”によってワームホールを具現化させヘルシング機関へと帰還した。したのは良かったが、戻ってくる際に酔ってしまった様だ。
最初入った時は驚きで酔いも無かったが、二回目となると冷静に分析するせいか通った際にワームホール内部の景色で酔ってしまったそうだ。バルバロッサは平気なのだそう。
「お帰り。バルバロッサ、アレンス」
「只今帰還致しました。ヘルシング卿」
「き、帰還致しました……ヘルシング卿……」
「……アレンス、どうした?顔色が悪いぞ」
「失礼、私の“個性”によって具現化されたワームホールに」
「酔ったのか…………」
首を縦に振り肯定を示す明密。アーカードのお気に入りとは言っても、まだ学生。つまりは経験の浅い未熟者。慣れていない事には免疫が無いという事だ。
深呼吸を数回繰り返した後、落ち着きを取り戻した明密を確認したバルバロッサは今回の出動の詳細を話す。
「ヘルシング卿、今回の出動ですが……やはり【弾圧会】の者と見受けられました」
「……“今回も”か」
「…………弾圧会?」
聞き覚えの無い単語を耳にして明密は首を傾げる。それを見ていたバルバロッサは明密の方に体勢と視線を向けて話していく。
「我々は弾圧会と呼んでおりますが、正式には【無・異形型“個性”者弾圧会】と長ったらしい名前の者たちで御座います」
「それって……名前の通りですよね?」
「御名答。その名の通り無“個性”と異形型“個性”の者たちを批判する過激派グループで御座います。“個性”を持たない者と異形型“個性”を持つ者を人間として認めない発動・変形型“個性”所有者の集まりです」
握る拳に力が入る。この世界では現在、世界人口の約8割が“個性”を所有しているが中には“個性”を持たずして産まれてくる者も居る。また“個性”が無かった時代に生きた人間も居る。例えそれがあったとしても、彼らは人間だ。異形型が人間の姿をしていなくても、立派な人間だ。無個性だったとしても人間だ。非常に腹立たしい事この上無い。
日本では異形型という事で悩み、それが災いして異形型による犯罪が多い。しかし外国の一面は異形型や無個性を人間として見ていない発動型や変形型の人間が犯罪を起こしている。不愉快極まりない。
そんな明密の表情を見ていたインテグラは真剣な表情で語った。
「アレンス、お前が思う気持ちも分かる。しかし許されない行為とはいえ、君が幾ら思ったって事態は変わらない。ならば我々が変えていかなくてはならない筈だ」
「……了解致しました」
「宜しい。ではアレンス、自由に行動してもらって結構だ」
「失礼しました」
一礼だけして明密は部屋を出ていく。その後ろ姿を見ていた二人には、まだ子どもらしい一面と年頃の少年らしい考えを持った一生徒として見ていた。
明密はというと地下へと行きブランを撃ち続けていた。反動で腕が機能しなくなりそうだが、衝撃吸収材の役割を持った筋肉によって大分マシになっている。
13㎜拳銃【ブラン】。硫化銀弾頭、劣化ウラン弾頭使用可。チタン&プラチナ合金弾殻。マーベルス科学薬筒 NNA9。全長36㎝、重量14㎏。銃というよりも小型大砲に近い銃を制限はあるが連発していく。
満足するまで撃ち尽くした後、ブランを置き深呼吸をして地面に座る。殆ど力の無い人形の様に勢いのまま座ったので相当疲れているのが理解できる。腕に衝撃吸収材でも巻いておけば良いだろうと考えたが、コスチュームの要望の際に書いてなかったので溜め息をつく。
「はい……これ……」
「あ、ありがとうございます」
後ろからタオルが手渡されたので反射的に受け取る明密だが、流石に声のした方を振り向く。声からして分かったがログウェスだった。
「ログウェス君……どうしました?」
「いや……音聞こえたから……行ってみただけ。そこに……アレンスが……居たから」
「そうですか」
アレンスという前に少しどもっていたので、恐らく明密かアレンスのどちらかで呼ぶか悩んでいたのだろう。
次にログウェスは明密の表情を少しだけ曇らせる。
「…………悩んでる?何か」
「…………何故、そう……思ったんですか?」
「……だって、セラス姉や、姉ちゃんと同じ顔……してた」
少しだけ疑問符が浮かび、首を傾げる。何故自分がアテナとセラスと同じ顔をしていたのかというのもあるが、それ以前に何故ログウェスがそう言ったのか理解が出来なかった。
ログウェスの言った事を理解しようと質問をしたが、それはどちらかと言えば触れてはいけない内容だったと後悔した明密であった。
「何故……アテナさんやセラスさんが?」
「……昔ね、住んでた所。吸血鬼に……襲われたの」
「ッ…………!」
ログウェスが昔を思い出す様であった。良い表情だったのか、あまり良くない表情だったのかはログウェスの表情が殆ど変わらないので読み取れなかった。
「吸血鬼には……襲われたよ……でもセラス姉が……助けてくれたの。その時、僕たち子どもだったから……ヘルシングに……引き取ってもらったの」
「そう……だったんですか」
「でも……時々、姉ちゃんが……似たような表情してたの。多分、何で守れなかったのか……ずっと、悔やんでると思う」
このログウェスにも、あのアテナにも、辛く苦しい過去があったという事実を明密は受け止めていた。自分も両親を早くに亡くしたから。
「何か……やるせない事……あったんだよね?」
明密は少し自嘲気味に笑い、自分の胸の内を話した。現場に行き体験した事、バルバロッサが話した【弾圧会】の内容の事。その話を聞いてから、心が落ち着いていない事も、全て。
ログウェスは【弾圧会】の話は耳にした事があるらしく、それらを聞くと相槌を打っていたログウェスは聞き終えて明密の頭を撫でた。ポンポンという風に軽く。急な事だったため明密は少し思考停止するが、直ぐに元に戻り笑顔になった。
「ありがとうございます、ログウェス君」
「ん、どういたしまして」
明密は立ち上がり置いていたブランを持ちコスチュームの内ポケットに仕舞う。ログウェスと共に上へと登り廊下に出ていく。
「あ、姉ちゃんに……連れてこいって……言われてた」
「また何かするんですか?」
その翌日。朝5時に何故か目が覚めた明密だが、隣に何か居るのが分かったので掛け布団とベッドの間を覗いてみた。そこにログウェスが居たのだが、後々本人から聞いてみれば開発意欲が高まっていて寝れなかったそう。
ログウェスも苦労人ということを理解しつつ、私服に着替えて朝食を摂りに行く。そして到着した際、ログウェスと明密が一緒に来た事に驚きを隠せていないアテナが確認できた。
「な……何で……?」
「姉ちゃん……五月蝿くて……寝れなかった」
「いやそうじゃなくてログウェス、アンタ他人には余所余所しかったよね?何で?」
「アレンス……御飯……食べよ」
「そうですね」
「お姉ちゃんを無視しないでお願い!」
尚、この光景を微笑ましく見ていたインテグラとバルバロッサの二人であった。
朝食を終えてバルバロッサに着いていく。今回も派遣機関内部の詳しい説明、そして今回はパトロールに行くつもりだった。現在の時刻は………午前10時。
備え付けの電話が鳴る。内部回線から連絡……インテグラからであった。今すぐ部屋に来るよう催促されるが、一瞬でインテグラの部屋に到着した。
勿論この経験はしてある。後ろを振り向けばアーカードが立っており、相変わらず不敵な笑みを浮かべている。
「ご苦労、アーカード」
「あぁ」
インテグラは表情を“これまで”以上に真剣なものにさせ話を進めていく。
「アーカードが日本にて吸血鬼を発見した」
「「ッ!!」」
「そこでだアレンス、君とアーカードで吸血鬼の殲滅に当たってくれ。勿論、素顔は隠せ」
「…………Yeah!!」
右手を挙げて敬礼のポーズをした後、アーカードに耳打ちして瞬間移動する。見届けたバルバロッサとインテグラの表情は今まで以上にピリピリと緊張の糸が張りつめられていた。
「……バルバロッサ、どう思う?」
「策士……いえ、アーカード様が巡回なされていたのにも関わらず出現“させた”という事は、恐らく思い通りになると踏んでいる者の幼稚な考えの者ですね」
「だな。バルバロッサ、日本政府及び新円卓会議出席者に通信を」
「畏まりました」
バルバロッサはインテグラの机に触れる。すると電子キーボードが出現し操作していく。するとインテグラの前に電子パネルの様な物が出現していく。それらが映していくのは、複数名の人間たちであった。
日本・保須市。現在の時刻、午後6時。とあるビルの屋上に姿を現したのは、アーカードの話から聞いたが幼女と化しているアーカード。そして暗視ゴーグルと口元だけを隠すマスクを着けている明密。
明密はブランを、アーカードはブルートと454カスール改造銃を持ち屋上から飛び降りようとしていた。しかし明密の足が止まる。何事かと思いアーカードも歩みを止め質問をした。
「どうしたアレンス、今すぐ化け物を殺しに行くのでは無いのか?」
「すいません、少しだけ…………」
ゆっくりと目を閉じながら深呼吸をする明密。呼吸を一時的に止めて何かを感じようとしている。
突然目を開いた明密はアーカードに吸血鬼の殲滅を任せる事にした。その理由を問われた際、こう言って明密は別の場所へと向かったという。
「人間の殺意がします」
たったそれだけで別の場所へと向かってしまった。仕方無くアーカードは屋上から飛び降りて“真下”に居る吸血鬼にブルートの引き金を引いた。
とある路地裏。ここで二人の子どもと一人の刃物を所持した大人が戦闘をしていた。その内の一人の子どもの後ろには、他の子どもと大人が。
その後ろに居る大人と子どもは血を流しており、地面に突っ伏したまま動こうともしなかった。
路地裏で戦いを行っているのは轟と出久、そして“ヒーロー殺し”。守られているのは天哉とアメリカンヒーロー【ネイティブ】。
しかし突如として出久の動きが止まる。その機会を逃すまいとヒーロー殺しは刃こぼれの多い刀を振るおうとした。それは轟の氷によって中断されるが、追撃と謂わんばかりに炎を出していく。それらを簡単に避けていくヒーロー殺しは再度轟に向かった。
刹那、最大限音が小さくされた何かが放たれた。その音はヒーロー殺しにも聞こえていたが、距離も相まって腕に当たる。チャンスと謂わんばかりに轟が氷を出すが直ぐ様避けられた。
しかし成果もあった。それまで動けずに居た出久、天哉、ネイティブの3人が動ける様になった。その場に居る全員が、ヒーロー殺しの“後方”を見ていた。
異様な姿。ゴーグルを着け、マスクを装着し、神父が着ている服を身に付けている者。誰かは理解できるのに少し時間が掛かったのは天哉と出久、轟の3人だけだった。
「貴様……何をした?何者だ?」
刃こぼれの多い刀を向けながら尋ねるヒーロー殺し。溜めめ息を吐き、答えていく。
「フッ素100%弾頭、ダイヤモンド並みの固さを持った【“個性”停止弾】だ」
声色は少しだけ野太いという感じの声だが、それでも分かる者には分かった。
ヒーロー殺しと対峙しているのは明密だという事を。
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時は遡り到着から翌日。ブランの性能を理解した後の出来事である。
「“個性”停止弾?」
アテナとログウェスによってメカニックルームの奥へと連れ込まれ言われた作業をし終えた明密は、自分が手を加えたのは何なのかを聞いた。その答えが【“個性”停止弾】。
「そそっ。アタシらの課題の一つで、その名の通り“個性”の停止をさせる弾頭よ。本来“個性”は昔【能力】って言われてたけど、その際に脳のある部分が反応してるっていうデータが出ているのよ」
「脳の……松下体っていう……場所。グリーンピース……位の大きさ」
「んで、その能力の発動の妨げになる一部がフッ素な訳。それは“個性”と呼ばれる今でも松下体は個性因子によって反応しているわ。でも“個性”所有者は常に松下体が反応している状態だから、恐らく停止できるのも『2分』が限界ね。それでも、これは重宝されるわよぉ!」
「そんな物が……って、僕それを製作させる為だけに連れて来られたんですか!?」
「当たり前じゃない。だから“個性”聞いたのよ」
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今思えば、とんでもない事をしたと考える明密。しかし今は目の前の敵を倒す事に専念する。
「お前も邪魔をするのであれば……容赦はせん!」
「犯罪者風情がほざけ。殺れるものなら殺ってみろ」
ヒーロー殺しは刀を振るい向かう。明密は銃剣を取りだし右手の銃剣で刀と衝突させる。その二人の間には風が舞っていた。