その日の午後7時頃のこと。日本では午後11時であるが8時間遅れという時差の中過ごす明密は夕食を摂ろうとしていた。しかし文化の違いもあるようで……
「アテナ、あれは完成しそうか?」
「今課題の真っ最中。というか後一歩って所が、どーしても出来ないんだよねぇ」
「お陰で……姉ちゃん……寝不足………………何時もの事だね」
「ちょっとー、それどういう事かなぁ?」
そう、日本では味わう機会の少なかった夕食時のお喋り。明密は親を早くして亡くした影響もあるが、日本では黙々と夕食を食べ終えて休むというのが定着しているせいか環境に慣れていない。
しかも夕食が何故か豪華なのだから、さらに戸惑いも生まれる。前菜、スープ、メイン、さらに食べ終えたらデザートという一人暮らしでは絶対有り得ないと言えるほどのコース料理を食しているのだ。これら全てを作ったのはバルバロッサというのも驚きだろう。
さらにはマナーの事もあるので不慣れながらも気を付けながら食している所に、バルバロッサが話題が振る。
「アレンス様、お味の方は如何でしょうか?」
「ふぇ!?あ、はい。とても美味しいです」
「そうですか。お口に合って何よりです」
あまりにも環境に慣れようと必死になっている明密は、周りからみれば少し笑ってしまう様な些細な緊張ぶり。
そして話ながらの夕食も終わり、明密は現在バルバロッサの他にアテナやログウェス地下室へと向かっている。説明では地下には射撃場も存在しているそうだ。他にも施設はあるが、それは後日説明してくれるという。
今回射撃場に来たのはアーカードから譲渡された13㎜拳銃【ブラン】の扱いを学ぶため。この銃の性能は所持しているベレッタよりも威力は高く反動も大きい。勿論、反動を殺す技術を持っていたとしても腕への負担は大きくなるだろう。
だからこそ改めて拳銃の【ブラン】の性能を理解し、命中率や操作方法を学ぶために居る。
「ではアレンス様、先ずはブランの試射をお願いします」
「はい!」
ブランを握る手に力を込める。片腕で上げようとしても狙いが定まらないためダブルハンドという形になるが、それでも重くて狙いさえ定まらない。
ならばと考え、自身の両手腕の密度を操作しブランの重さに耐える程の力までに強化させる。そして一発、たった一発だけ撃った。
「ぐがっ!」
しかし反動は強すぎた。想像しているよりも強すぎた事で明密の手腕、さらには体全体まで衝撃が響いてダメージが大きく膝を付いてしまう。呼吸が一時的に普通に出来ないという事実が体全体に伝わる。
見かねたバルバロッサが明密に近付く。
「大丈夫ですか?アレンス様」
「だ……大丈夫です……ゴホッ」
「あーあー、だから躊躇したのに」
「……まぁ、これが普通…………だね」
明密はじっくりと考える。呼吸がままならない状態でも思考は急速に回転していく。どうすれば反動を最大限殺せるか、どうすれば銃本来の威力を発揮できるか。
そして一つの考えに至った。それに気づいた明密は大きく目を見開き、立ち上がった後ブランを構える。勿論密度を操作して両手腕の力を上げていく。
アテナは溜め息を吐いて呆れているが、間近で見ていたバルバロッサは考えを汲み取ってくれたのか数歩離れる。深呼吸をしつつ、もう一発だけ撃つ。
しかし今回は力まず、逆に両手腕を“衝撃吸収材”の様に一瞬で操作して反動を最大限殺しきる。影響により腕が縮んで一瞬だけ短くなったが直ぐに元の長さに戻る。反動の影響が少ない事を確認すると、腕の密度を元に戻す。
体全体の負担も無い事を示すかの様に笑顔でサムズアップをするとバルバロッサは笑みを浮かべ、アテナは顎が外れそうな程驚き、ログウェスは両手を叩いて拍手をしていた。
だがあくまでも一発。一発だけしか撃てない方法だが、それでも、この【ブラン】という“暴れ馬”を操れた事を誇っても良いと感じた明密。
「嘘……でしょ……まさか旦那用に作らせたヤツを、2発目で解決策見つけるなんて……」
「…………凄い。やっぱり…………旦那が……選んだだけ……ある」
後は銃弾の威力に耐えられるだけの力を徐々に身に着けていくだけだ。そう思いながらブランを持ち今度は筋肉を吸収材の役割を持たせ、骨を強化させて両手腕で持ち上げ一発放つ。反動を殺し、衝撃を吸収しつつ狙い通りに放たれた。たった三発だけで要領を掴んだ明密を見てアテナは尋ねた。
「……アレンスだっけ?“個性”何?」
「アテナ嬢、その様な言葉使いはいけませんよ」
「構いませんよバルバロッサさん。僕の“個性”は【密度操作】です」
“個性”名を聞いた瞬間アテナとログウェスが少し驚いた後、口角を上げて嬉しそうにする。まるで目的のものを見つけたかの様に。
するとアテナが明密の右手を掴み、ログウェスが上着の端を掴んだ。呆気に取られている明密は理解が出来なかった。
「執事さん、アレンス借りるよ!」
「借りるー」
「いってらっしゃいませ」
「バルバロッサさん!?」
アテナやログウェスに連れられるまま、先程バルバロッサによって紹介されたメカニック部屋の奥にまで連れていかれる。
そして椅子に座らせられたが、目の前には奇妙な白い物体。アテナが明密の肩に手を置くと口を開く。
「アンタ、物体の密度をどのぐらいまで操作できる?」
「い、一応ダイヤモンド並みの固さから霧状までには……」
「十分!この物体を霧状にさせて9㎜弾頭の形に整える事は!?」
「で、出来ます……ハイ」
「だったらやっちゃって!コイツが完成したら、アンタに“コイツ”をベレッタの弾倉3つ分の弾用意するから!」
「え……で、でも……「良いから早く早く!!」は、はい!」
「お疲れ……」
「まさか、話に出ていたものだったとは……」
メカニック部屋から出てきた明密の手には三つの弾倉があった。この弾倉を見ながら溜め息を吐き、内ポケットに入れる。
「あ、姉ちゃん……言うの忘れてた」
「何をですか?」
「ブラン……四次元弾倉だから……入れてる分で残り100万以上」
「……はい?」
“四次元”というオーバーテクノロジーとも言える単語を聞いた明密はログウェスに身長を合わせる様にしゃがんで疑問をぶつける。
「それって……どういう意味で?」
「バルバロッサの“個性”……【知識具現化】で……可能にしてる。それを……姉ちゃんの“個性”で……成功させた。ブルートも……そう」
バルバロッサの“個性”を聞いた瞬間、明密の脳内には一つの言葉しか思い付かなかったそうだ。『何そのチート?』という簡単なこと。
そんな話題の中、廊下で足音が聞こえてくる。ログウェスは足音の方を振り向いて走り始めた。驚いた明密は咄嗟の判断でログウェスを追いかける。
「ど、どうしたの?ログウェス君」
ログウェスが誰かの手を引っ張りながら現れる。アーカードの様に赤い目をして、赤い服を着用している女性。左腕は赤黒く腕とは呼びがたい状態であった。
その女性は明密を見ると少しだけ考えると、何かに気付いた様にハッとした表情をする。ログウェスは明密について紹介する。
「セラス姉……あの人……職場体験で来た……旦那の……お気に入り」
「あー!やっぱり!君がマスターの言ってた子だね!」
話ながら近付いてくるセラスと呼ばれた女性。またもや手を握られながら話す。
「初めまして!私は『セラス・ヴィクトリア』、よくマスターから話は聞いてるよ。アケミツ君」
「ど、どうも……って、アーカードさん勝手に」
「アケ……ミツ?」
「僕の名前が明密で、ヒーロー名がアレンスっていうだけだよ。ログウェス君」
ログウェスが納得した様で色々と話がされていく中、どうやら吸血鬼が現れた際に出動するのがセラスという事を明密は知った。序でに明密も吸血鬼退治に参加するらしい。
「ん…………んぅ?」
ふとして目が覚める明密。既にベッドで寝た筈だが、どうも目が覚めてしまった。しかし目に映る空間はヘルシング機関でも自宅でも学校でも無い。不思議で、何とも奇怪な空間だ。
「ブルルッ」
下から馬の鳴き声が聞こえたので恐る恐る下を見てみる。予想通り馬だったが、明密は何故馬に乗っているのか理解すら出来なかった。
そして馬は明密が確認したと同時に勢い良く暴れだす。急だったので明密は落ちてしまうが、馬も落ち着きを取り戻した。その馬は明密に着いてこいとでも言いたげに首を振る。
その馬は歩いて行くので明密は着いていく。ある程度進んだ所で馬は止まり地面を指し示す。見てみると何かプラカードの様なものがあり、【ユーのダチ、メッチャ[うんこしたい]ファックな事が明日[フンッ]起こるんだオ】と書かれていた。
これを見ていた明密は文の特徴は無視して内容の確認をする。“ダチ”という古い単語だが、切島が似たような事を言っていたのを思いだし恐ろしくなる。
気付いた時には朝になっているが嫌な夢だとは理解した。何故かこの時は明日に気を付けていた。
朝にバルバロッサが到着し、私服に着替えて食事を摂る。これまた外国らしく喋りながらチマチマ食べていくスタイルだが、まだ慣れない様子であった。
食事も終えてヒーロー着に着替えるとバルバロッサの案内する場所へと向かう。向かった先は多くの人員が、その部屋に居た。
「アレンス様。アーカード様から派遣機関という事はお聞きしたでしょう」
「は、はい。このヘルシング機関は現在では主にヒーロー派遣機関として機能していると」
「ここではヒーローたちの活動記録の管理等を行う場所で御座います。そして派遣するヒーローにも国際的に活躍するか、国内で活躍するかに分けられるのです。ここでは両方を扱っておりますが」
「国際……って事は他国からの要望もあるんですか?」
「えぇ。勿論その場合は大規模テロの件もあったり、政府役人の護衛もあったりと……責任能力の問われる仕事が全てですが。そして国内では主にヒーローを複数名決めてパトロールに当たらせたり、住民の通報を此処で受け取り現場に向かわせる事もします」
この様な仕組みを聞いた後、一本の電話が鳴る。それを担当の係りである人が対応していく。それに反応したバルバロッサは担当の係りに話をするが、明密は距離があって聞こえずに居た。
バルバロッサが戻ってきたと思いきや、耳を疑う事を言われたので呆気に取られてしまう明密であった。
「では、ヒーローの活動を見ていきましょうか」
「……………はい?」
「うおっ!ととっ」
バルバロッサの“個性”【知識具現化】によって創造されたワームホールを通り抜けて到着した場所はロンドンの『バターシー発電所』という場所だ。バルバロッサは両手を合わせるとワームホールは直ぐに消え、メモ帳を取り出し内容を見ていく。
見終えると発電所内部の奥へと向かう。そこでは日本の敵と似たような行いをしている男2人が“発動系個性”で弾丸に何かしら影響を与えながら他のヒーローと思わしき人物たちと応戦している。敵は銃-サブマシンガン-を使用しながら戦っているため、日本では此処まで過激ではないと改めて痛感していく。
バルバロッサは安全地帯に居るヒーローたちに声を掛けた。その声に気付いた他のヒーローたちは驚きを隠せずにいた。どうやらバルバロッサはイギリスでも屈指の実力を持ち、国際的にも有名ヒーローとして活躍しているそうだ。そんなヒーローの間近で職場体験が出来る明密は幸運だろう。
しかしバルバロッサは明密に振り向き次の内容を話した。
「アレンス、あの敵を無力化してみて下さい」
「…………………え?」
「返事はyeahですよ」
「や、yeah…………」
「では、お願いします」
唐突にバルバロッサからの指令を受けて困惑するが、戸惑っても仕方が無いため目の色を変えて状況を確認していく。
状況を見て簡単に理解した事は
・男2人 どちらもサブマシンガン持ち
・最初に到着した際に発電タービンを影にしている
・銃弾の軌道操作の“個性”と電気付与の“個性”
という事だが、電気付与の弾丸に触れなければ銃を霧状にさせて危険性を大幅に下げる事が出来るという事実を感じつつ失敗しない様に行動していく。
自身を霧状にさせて男2人の元に瞬時に移動していく。急に消えた明密を見て他のヒーローは驚いてしまう。
辿り着いた明密だが自身の体が霧状になっているため姿が見えない事に気付いた明密は、気配を殺しつつ体を形成し男一人の背中に触れて体の密度を操作し無力化していく。
その無力化された男から銃が手放されたため音で此方に振り向くが、その前に霧状になってもう一人の男も無効化する。動けない男たちの元にバルバロッサや他のヒーローたちが集い確保していく。明密の今回の功績は他のヒーローやバルバロッサから讃えられる事になった。