密疎の狩人とシュレーディンガーの吸血鬼   作:(´鋼`)

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№3-8 狂神父

 第二試合から十数分経ち、漸くステージの修理も終わった所で第三試合も開始間近になろうとしている。あの第二試合の余興も冷めつつあるが、まだ続いているようだ。出久の自らを犠牲にしても尚戦い続ける様、終盤に見せた轟の膨大すぎる氷と炎。生々しく出久には出血と粉砕骨折という代償が残り、轟には何処か一部吹っ切れた様子が感じられたと明密が言う。

 

 今は出久の様子を見に行ったのだが、リカバリー・ガールから適当にあしらわれて天哉たちと通路を歩いている途中であった。その明密はというと次に試合もあるため途中で別れて控え室へと向かっていた。その途中、先程の試合で叫んでいた炎を出している男と擦れ違ったが特に無かった。

 

 

「そこのお前、ちょっと待て」

 

 

 前言撤回。何故か声を掛けられたので振り向く明密。理解が出来ないので変な顔になっているが、明密にとっては顔も素性も知らぬ大男に声を掛けられるのは誰だって驚く。殺気すら無い相手に話しかけられる事なんて他のクラスメイトや教師からしか無い為、驚くなと言う方が無理だ。

 

 マイクの解説では“親バカ”と言われていたので思い付く限りでは轟の父親だろうと推測は出来る。しかし、急に生徒に話しかける事を躊躇無くする辺り色々とめんどくさいのは確かだ。

 

 

「焦凍の氷を消したのはお前だったな」

 

「……それが何か?」

 

「そして尋常ならざる殺気もお前だったな」

 

「……一言良いですか?」

 

「構わん」

 

「すみませんが、どちら様ですか?」

 

 

 真実です。明密は真実を言っただけです。しかし心に悪い意味で響いた様で、その大男の体が固まったまま動かなくなった。明密は一礼をしたあと控え室へと向かったが、疑問に思ってる事もあるようだ。

 

 

「何の用だったんだろ?あの良い歳してるのに格好が可笑しい人?」

 

 

 これには言いたくなる。やめてやれと。もう大男、もとい№2ヒーロー【エンデヴァー】のHPは0だ。

 

 控え室に入るためドアノブに手を置いた瞬間、大声が聞こえたが気にしない事にした明密であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁて第三試合!今度は女子同士の対決だ!A組ヒーロー科!八百万 百!!バーサス!B組ヒーロー科!拳動 一佳!!』

 

 

 続いての第三試合。今回は女子同士の対決ともあって、観客に居る男衆が騒がしいの何の。そしてA組にも騒がしくなっている葡萄の実を頭に生やしている生徒が1名。その生徒は耳郎と蛙吹によって粛清された。

 

 そんな事になっている峰田の事はいざ知らず、周囲の男衆の歓声が響く中マイクの開始宣言。会場内に響いた瞬間、先手として八百万が仕掛ける。

 

 八百万は第一試合で使用した“網鉄砲”と“楯”を製作し、楯で守りながら走っていく。拳動は普通の状態で突っ込んで行く。その拳動を見ていた八百万は走りを止めた後、網鉄砲を発射させる。

 

 その発射された網を巨大化させた左手で自分を覆う様に守り、続いて巨大化させた右手を真一文字にスイングさせる。しかしスピード自体遅かったため走り続ける事で何とか避けた八百万だが、拳動は最初に巨大化させていた左手で殴り付ける。八百万は楯を用いて拳を防ぐが後ろに飛ばされた挙げ句、楯を手放してしまう。

 

 ふと八百万の背中に何か感触があったと感じた途端、その感触に八百万は包まれた。その正体は巨大化させた右手によるものだった。つまりは嵌められたのだ、スイングした右手は飛ばす事を考えて用意した罠という事だ。

 

 

「そこまで!勝者!拳動さん!!」

 

 

 これにより、続いての試合に進めるのは拳動という事が決まった。そして次の試合は……明密と塩崎の対決だ。

 

 第一試合で疎宮明密という生徒の有り様を見た観客やヒーロー、生徒にとっては、またあの状態になるのかヒヤヒヤしている。一方の塩崎は茨による捕獲が目立ったが、明密相手にどう立ち向かうのかが気になっている。

 

 そんな事が全ての場所に居る人間が気になっている。観客席に居る人間が、テレビ中継で見ている人間が全員気になっている。どんな展開になるのか、どんな事が起きるのか、どんな事が始まるのか。

 

 それは人間の1つの感情というべきか。“怖いもの見たさ”という人間独特の感情そのものが、ほぼ全ての人間たちを注目させていた。『疎宮明密』という“生徒”を。

 

 そして、お互い入場しステージ上に立つ。

 

 

『さぁ第二回戦最後の試合!綺麗なバラには棘がある!慈愛に満ちた聖母系女子!塩崎茨!!』

 

『対するは!ルーティーンが怖い!何か怖い!色々怖い!此方は神父系男子!疎宮明密!!』

 

 

 マイクの紹介が終わると、明密は深く息を吐きながら首に掛けている十字架と逆十字のペンダントを右手で握りながら目を閉じる。塩崎は祈りのポーズをしながら目を瞑っていた。

 

 明密は目をゆっくりと開くと、頭、胸、左肩、右肩という順番に右手を動かす。その様子を見ていたアーカードは目を見開き、口を押さえ、少しばかりの嗚咽をしていた。その目には、やはり涙と言えるか分からない赤い液体が。

 

 

『なぁイレイザー、あれ何やってんの?』

 

『御祈りだろうよ。塩崎は恐らく神に願い、明密は……決意を固めてるのか』

 

『それじゃあ第四試合スタート!!』

 

『おい人の話聞け』

 

 

 マイクからの開始宣言が聞こえると、塩崎は先手必勝としてツルの髪を明密に多く向かわせる。恐らくだが、上鳴と同様に拘束して終わらせようとしているのだが……爪が甘いとしか言いようがない。

 

 そのツルは明密の体を拘束した……かと思いきや、瞬時にツルの髪は消えて塩崎は戦える術を失った。この出来事に誰しもが、ざわついた。第二試合で見せた戦闘スタイルが明密なのだろうと皆“先入観”を持っていたから。

 

 だが明密“個性”の本当の恐ろしさは【触れたものの密度を操る】という単純な事。つまりは第一回戦では“親友”という敵に真っ向から挑みたかったからだ。つまりは、その戦い以外では何も行動に移さない。

 

 例え雄英の推薦入学者である轟の“個性”だろうが、入試一位の爆豪の“個性”であろうが、それらは明密にとっては脅威にすらならない。脅威とも言えない“個性”と言っても良いぐらいの“個性”だ。

 

 明密には“個性”が複数存在する。

 

 1つは両親の複合“個性”【密度操作】。

 

 1つはアーカードが関係している偽の“個性”【使役】。

 

 そして2つは死地の中で目覚めた“個性”【再生】と【回復】。

 

 殺し合いという命のやり取りの中で育て、生まれた“個性”が全てだ。そんな複数の“個性”の持ち主である明密に、元から脅威となる“個性”を持った明密に、ツルという“個性”は効く筈も無い。

 

 

「勝者……疎宮君…………」

 

 

 あまりにも早すぎた。早く決着が着いてしまった。それ故に驚きを隠せぬまま審議を言い渡すミッドナイト。その様子を見ていた明密は、その言葉を聞くと塩崎に向かい歩き始めた。

 

 塩崎も何が何だか理解が出来ていなかった。いきなり捕まえたと思いきや、自身の拘束が“消えていた”のだから。その理解が追い付かずに膝から崩れ落ちる塩崎。

 

 それを見た明密は自身の脚の筋肉の密度を操作して倒れかけている塩崎を支える。そして、密度操作で気体にしていた塩崎のツルを元に戻す。通常であれば敵に塩を振る様な行動をしているが、ここは殺し合いの場では無い。だからこそ生まれる甘い行動。

 

 支えられた事によって腕の感触を覚えた塩崎は明密の方をゆっくりと向くと明密は、にこやかに微笑んで安堵している表情をし、溜め息を吐いた。

 

 

「良かったです。急に倒れそうになったんですから、ビックリしましたよ」

 

「え…………あ…………ッ!?」

 

 

 ここで塩崎は自分の今の現状を思い出す。今は明密という中性的な顔立ちの男子の腕に支えられ、そして安堵の表情から出た心配する声。この2つが重なり合って塩崎の顔は恥ずかしさで赤くなっている。

 

 明密は塩崎を支えながらも立ち上がらせると、一礼して応援席に戻って行こうとする明密。

 

 

「あ、あのッ!」

 

 

 不意に塩崎に声を掛けられ歩みを止めて振り向く明密。

 

 

「はい?」

 

「あ……ありがとうございます……」

 

 

 単なる御礼だそうだ。その御礼の一言でも明密は微笑む。感謝の言葉を言われるだけでも嬉しいのだ、少なくとも殺伐とした一年を過ごした明密にとっては。

 

 

「どういたしまして」

 

 

 何時もの慈悲深い笑みをしながら、また応援席に戻るために歩んでいく。塩崎は、その場に立ったままの状態で歩んでいく明密を見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁいよいよ第三回戦!続いてのトーナメント表はコレ!!』

 

 

1 轟 焦凍 vs 疎宮 明密

 

2 爆豪 勝己 vs 拳動 一佳

 

 

 明密は頬を両手でパンッという音が響きながら顔から疲れを取ってステージ上まで歩いていく。轟も同じ様にステージ上まで歩いていく。

 

 そして2人がステージへと上がる。明密は深呼吸しており、轟は臨戦態勢という状態の中でマイクの紹介が入る。

 

 

『さぁ第一試合!第二回戦の熱は継続中!またド派手な試合を見せてくれるのか!?A組ヒーロー科!轟焦凍!!』

 

『対するは!性格変わりすぎだろ!まだまだ謎に包まれた未知数の実力は果たして!?同じくA組ヒーロー科!疎宮明密!!』

 

 

 明密と轟は互いに見つめあった状態を保ちつつ臨戦態勢を取っていく。しかし明密に轟に対して疑問に思っている事が1つだけ存在している。それは体育祭でも轟から少しばかり滲み出ていたものが何となく気になっていたから。

 

 

「試合開始!!」

 

 

 ミッドナイトからの開始宣言を聞くと、轟は直ぐに巨大な氷の固まりを明密に向かって放つ。第二試合の時に出した大きさ程ではないにせよ、それでも巨大な氷が迫ってきている。

 

 これに対し明密は……何もせずに立っていた。何もせずに立っていたという事は当然、迫り来る氷に呑み込まれるという事を意味している。明密の体は氷に呑み込まれて審判や観客、ヒーローたちから見えなくなっていた。

 

 これらからミッドナイトやセメントスは行動不能だろうと理解し、判定しようとしていた。

 

 

「勝者!とどろk「誰の勝ちだと?」ッ!?」

 

『!?』

 

 

 審判であるミッドナイトやセメントス、さらには観客やヒーローたちは呆気に取られていた。それもそうだ。氷なんて“最初から無かった”かの様に明密の姿は見えていたからだ。そして明密から出された声は野太く独特な声質となっていた。轟は舌打ちをするが、想定内と考えて臨戦態勢に入る。

 

 

「し、試合続行!!」

 

 

 ミッドナイトの再審。それを確認した明密は轟に向かって“歩き出した”。一歩一歩確実に轟に向かっていた。何を考えているか理解し難い轟は、少し戸惑いながらもステージ上に氷を張り明密に向かい走り出す。

 

 一方の明密は一旦立ち止まり、拳を作り肩の高さで目一杯腕を引く。それを見た全ての人間が疑問に思った瞬間、明密は空を殴り付ける。

 

 

「空気弾《エアリアル・バレット》!!」

 

 

 真っ直ぐに明密の拳が放たれる。瞬間、その放った場所から一直線上に風圧が巻き起こる。この風圧によって地面にあった氷も剥がれ、その先の壁には風圧によって放射状にへこんでいた。この事から風圧の威力が桁違いのものと誰もが理解する。幸い轟は風圧によって飛ばされるが、大分離れた場所で氷を設置する事で難を逃れる。

 

 しかし何故明密は、これ程までの威力を出す事が出来たのか。秘密は“個性”によって操作された腕と拳と皮膚にあった。明密は腕をバネ状の筋肉にさせ、皮膚を最大まで固くさせて尚且つ骨を最大まで固くさせた。筋肉を最大限まで引き絞り放った威力が、まさに壁のめり込み様に現れていたのだ。

 

 

『な…………何だ今の……?イレイザー、お前のクラスに生徒って言えるか怪しい奴が居るんだけど』

 

『紛れもなく俺の生徒だ』

 

『いやだから『生徒だ』』

 

 

 相澤の気迫に圧されたマイクは、ただ明密と相澤を交互に見ているだけであった。しかしそんな行動も、次に明密の発した言葉でやめてしまうが。

 

 

「話にならんなぁ、まるで幼稚園の遊戯の様だ」

 

 

 たった一言で会場の空気は一気に冷めた。観客も、ヒーローも、生徒たちも全員。この会場の空気の温度が一気に肌寒くなったと錯覚を起こした。しかし、この場でたった一人は違う感情を抱いていた。

 

 

「……何だと?」

 

 

 謂わずもがな、轟であった。その発せられた言葉には何処と無くギリギリで理性を抑え込んでいる獣の様な目をしていた。その目で明密を視界に捉える。

 

 

「今までの試合を観ていた限り、貴様の攻撃は単調過ぎる。幾ら氷を展開しようが、この私には無意味な事よ」

 

「…………そうか」

 

 

 たった一言だけ交わす。すると轟の左半身から炎が巻き起こり、その炎は直ぐ様明密に向かって放たれた。

 

 轟にとってこの行動は、“無理矢理やらされた”行動に等しいだろう。頑なに炎を使わない所を見ると何か訳ありで使用しないと考えるが、轟は挑発に乗って炎を出したのだ。右が効かないのなら左で挑むしか無いと言わんばかりに。

 

 しかし明密は動かずに炎に包まれてしまった。これを見てしまった者たちは口を押さえたり、驚きの声を挙げる。無論、轟にも該当する。何せ炎を真正面から受けるとは思ってもみなかったからだ。

 

 そんな考え事をしているが、突如足音が少しだけ轟には聞こえた。そして視界に“それ”は入った。

 

 明密が炎の中を“悠々と歩いている”のだ。驚きで咄嗟に炎を止めた轟は、一部の皮膚が焼けただれた明密を視界に入れてしまう。その明密はというと轟との距離を50㎝まで近付き胸ぐらを掴む。そして明密は皮膚を【再生】しながら轟に言った。

 

 

「今の貴様では私は倒せんよ。特に貴様に“まだ恐れている”所があれば尚更だ」

 

 

 明密は轟の胸ぐらを掴んだまま、轟を巻き込んで一回転し場外に投げ飛ばした。

 

 

「勝者!疎宮君!!」

 

 

 勝利は決まった。決まったのだが、何処か轟は言われた事に対して悶々としていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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