密疎の狩人とシュレーディンガーの吸血鬼   作:(´鋼`)

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№0-2 狂い狂いて

 このような霧状の姿に明密はなっているが、ちゃんと見えているのだ。

 

 密度操作といっても自分に対しては他者の目に見えないほど小さくなるか、密度を凝縮させて体を固くさせたりする“個性”である。物に使えば密度を操作し液状化現象を起こしたり形状記憶合金の様な素材にさせる事もできる。固くさせて地盤を整えたりダイヤモンド並みの固さに仕上げる事もできる。空気の密度を操作して中毒にさせる事もできるし、真空状態にする事もできる。

 

 しかし明密の目に映る光景は、そんな“個性”の解説さえも塵あくたと化す勢いで消えていく。

 

 二メートル以上もある身長で赤い服装に全身を包んだ大男が、片手で銀色の拳銃を持ち、明密の近くにいる人を撃っているのだ。つまりは殺人。そう明密は考えた。

 

 その考えは逆に【疑問】に変わった。

 

 撃たれた人間たちが【塵となって消えた】からだ。通常の人間であれば、塵になるという事は決してない。ましてや“個性”でもないのに塵になる事例すら聞いたこともない。

 

 明密は考えを変える。友人の飯田天哉はどちらかと謂えば硬派な思想を持っている。そのせいか規律には自分にも他人にも厳しくする為、学内での人気は薄い。先生からの信頼は厚いが。

 

 逆に明密は柔軟な思想を持っている。規律も守り他者には優しくする。そのせいか周囲からの人気も高く、耳が尖っているので愛称として『エルフ』と呼ばれる事も多々。先生からの信頼も厚く、絵に描いた様な理想人物像である。

 

 この二人は思想は違っていても互いの意見の尊重をしあい、お陰で片方が気付けなかった問題を解決したりする事が出来たりしている。

 

 話を戻そう。“個性”でないのであれば、通常の人間ではなく【人間の形をした何か】と考えた。考えざるを得なかった。そうでなければ説明がつかないのだ。

 

 銃声が聞こえなくなったと思って周りを見るが先程の人間の形をした何かは居らず、居るのはあの大男だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隠れてないで出てきたらどうだ?見ているんだろう?」

 

 

 この発言には明密は驚愕の表情をしてしまう。明密の姿は見えなかった筈である。しかし、それを感じさせないかの様な発言。これには疑心暗鬼になり様子を見続けた。

 

 

「しらを切るつもりか……そちらがそうするのなら」

 

 

 その大男は銀色の拳銃を霧状になっている明密に向け構えた。明密はこの結果を信じる他なかった。“個性”を用いて密度を高め、人の形を取る。それを見た大男は「ほぉ……」と何かしら珍しそうに反応し、銀色の拳銃を仕舞いこんだ。そして、大男が明密に話しかける。

 

 

「小僧、中々面白いものをもっているじゃあないか。その能力を……いや、この時代では“個性”というべきか。その“個性”を使用し、さっきの光景を見ていたのか?」

 

 

 明密は身を引き、逃げる準備をしていた。何処かに隙が生じる筈だと信じて逃げの態勢を作っていたのだ。それを見た大男は笑みを浮かべつつ明密に再度話しかける。

 

 

「なぁに、そう身構えるな。私は単に質問をしているだけなのだが?」

 

 

 流石に受け答えをしなければ不味いと判断した明密は、重たい口を漸く動かす。上手く事を進め、逃げられると判断した場合は即刻逃げる為である。

 

 

「……先程のは、一体何なんですか?それに、そんな物騒な物を持っている事に関しても」

 

「質問に対して質問で答えるのは愚者のすることだ」

 

 

 一蹴。正しくその言葉の使用方法がこれだ。明密は不審と思う人物には誘いに乗らない様にしている。大男は明密の質問を一蹴したあと、再度尋ねる。

 

 

「答えろ小僧。見ていたのか?」

 

 

 今度は少し覇気を含んだ声で語りかけた。それに対し明密は動けなくなってしまった。あまり経験した事のない現象である為、明密には何が起きたのか理解するのに少々の時間を要した。その事実を受け止めたあと、漸く明密は答えた。

 

 

「えぇ。見ていました」

 

 

 答えた途端、その大男は笑った。まるで、面白いものを見つけた子どもの様に。笑っていた。新しい玩具を見つけた子どもの様に手を叩きながら笑っていた。

 

 

「ハッハッハッハッ!!その“個性”を使ってまでも見たかったのか?実に愉快だ!!こんな下らない事の為に態々!!アッハッハッハッハッ!!!」

 

 

 明密には一つ理解した事があった。この大男の笑い顔が【正気の沙汰】でない事だ。しかしそんなのよりも漸く予想がついた事がある。

 

 普通では見られない死んだ者の様な白い肌、笑っていた時に見えた長い八重歯、何処か近付きがたいオーラを放つ存在は……人間とは思えなかった。

 

 急に目の前に要る大男が何かを感じ取ったかのように溜め息を吐く。まるで時間が来て堪らなそうにしている子どもの様に。

 

 

「小僧、名は?」

 

 

 名前を尋ねられる。しかし今の明密には、緊張も警戒心も恐怖もなかった。何故か、名前を教えてしまった。そして、名前を尋ねた。

 

 

「疎宮……明密。貴方は?」

 

「……アーカードだ。また会おう、アケミツ ソミヤ」

 

 

 アーカードと名乗った大男は影が薄くなる様に消えていき、その場には初めから居なかったかの様に。その時、明密には帰り際に笑っていた様に見えた。

 

 後ろから駆け足で来ている足音が聞こえてきた。その音に従い後ろを向くと扉が開き、全身をメカメカしい外見で包んだ知り合いに出会った。

 

 

「天晴さん」

 

「あ、明密君かい!?」

 

 

 飯田天晴。友人である飯田天哉の兄にして、ヒーロー【インゲニウム】の本名。東京にある事務所に相棒《サイドキック》を雇っているヒーロー。たまに飯田家で夕食を御馳走になったりしている時会ったりしている為、ヒーローの姿と普段の姿を明密は知っている。

 

 

「何故君がこんな場所に居るんだい?」

 

「ぼ、僕は少し……天seゴホン、インゲニウムさんは何故ここに?」

 

「この辺りで銃声らしき音が聞こえるとの連絡があったんだ。それと何時も通り名前で呼んでも構わないよ」

 

「は、はい」

 

 

 アーカードと出会った事は話さず天晴の右手にある荷物を受け取ったあと、自宅であるアパートの帰路に着く。その際、インゲニウムの速さで直ぐに到着したのは良かったが少し酔ってしまったのは内緒にする明密であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 起床する。テレビはなく、台所や冷蔵庫、洗面所等は完備している5LDKの一室である。この部屋は大して家賃が高い訳でも低い訳でもない。

 

 昨晩買ったものを食しキウイジュースを飲みながらスマホの電子ニュースを閲覧する。やはり吸血事件がトップを飾っており、少しの不快感を覚える。

 

 そして、明密は昨夜に出会った『アーカード』について考えた。見たことのない容姿、拳銃に目を奪われていた。そして……子どもの様な無邪気さを含んだ表情を思い出していた。

 

 しかし今日は学校なので準備をしたあと学校へと足を進める。途中飯田天哉と出会い一緒に登校する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 漸く六時間目が終了しHRの時間。志望校選択であったり、職業選択であったりと。しかし内容には必ず最近の事が言われるものだ。今日もまた吸血事件が起きたそうだ。

 

 【明密の仕事場付近で起きた事】と言われなければ、何時も通り行く筈だった。

 

 そしてHRが終わると同時に、明密は駆け出した。行く先は決まっての通り……【ファミリーレストラン】であった。

 

 その予想は……悲惨な結果となって訪れた。

 

 明密がアルバイト先に着いた時、そこにはかなりの野次馬の数と立入禁止と書かれたテープ。

 

 そして、この野次馬の数でも見えた。赤い模様。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ………ぁあ!!あぁああアああ亜アア!!!」

 

 明密は叫んだ。悲痛の叫びを挙げた。それに反応する様に野次馬は振り向く。中には明密を知っている常連客も居り、明密に近付き落ち着かせようとする。それでも止まらない、膝から崩れ落ちる、現実から逃げようと意識を遮断する。

 

 

 

 気が付けば見慣れない場所の天井で眠っていた。白い天井、横に視線を移せば明密の祖父母が来ていた。

 

 

「お祖父ちゃん……お祖母ちゃん……僕……ゴメンね」

 

 

 それを聞いた途端、明密の祖父母は涙を流した。明密は祖父母の世話にならない様に過ごしていた筈なのに、結局迷惑をかけてしまった事を謝った途端にだ。しかしそれは、祖父母がそれだけ心配していた事と何もしてやれなかったという喪失感を表していた。

 

 至って健康体なのだが、明日は休みなので精神的な事も考えて一日だけ泊まる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、明密は起きていた。とっくに消灯時間を過ぎたというのに起きている。眠れないから。

 

 死んでしまったアルバイト仲間、常連客。その事だけを考えると、自分がこんな事で良いのか?という不安が過る。自分は生きてて良いのか?自分は何をすれば良いのか?自分はこれからどう償えば良いのか?

 

 考えに考えて……ずっと、今まで考え続けた。無意味な事と理解しても、それでも考え続けた。苦しみながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い夜だな、アケミツ」

 

「ッ!?」

 

 

 窓から忘れることの出来ない声が聞こえたので、起き上がり窓を見る。

 

 そこには開いた窓の冊子に腰掛け、不敵に笑みを浮かべる『アーカード』が居た。

 

 そして歯車は回転を加速させる。制御を失い滞りなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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