飛び散る血飛沫。露になる内蔵や血管。間違いなく明密は死んだ。この学校内で、敵である吸血鬼に貫かれ目から光を失う。明密の半径1メートルに飛び散っていく血や内蔵。その光景を見たのは平和の象徴『オールマイト』、比較的安全な場所で目撃してしまった『緑谷 出久』、純粋な狂気を持った手の様なアクセサリーを付けた男、そして…………
「【クロムウェル 第3 第2 第1 “解放”】!!」
怒りを露にした元吸血鬼『アーカード』。そしてそのアーカードは、何かしら唱えた。すると、アーカードの体の一部が変化する。その変化された箇所は1体の巨大な【狗】を生み出していた。
脳無は気付く。そして振り向く……筈だった。その筈だった。しかし振り向けなかった。【真の吸血鬼が出す殺意】によって、振り向けなかった。
当たり前であろう。【作られた】吸血鬼は、どう足掻いたとしても【真祖】の吸血鬼である『アーカード』の殺意には身動きすら取れなかった。
そして今だと謂わんばかりにオールマイトは脳無に向かい両手をクロスさせて両方の手刀を脳無の首に放つ。
「【CAROLINA SMASH】!!」
脳無の首にオールマイトの攻撃は当たった。当たったがオールマイトには違和感しか無かった。脳無は未だアーカードの恐怖に対して動けない状態であったが、オールマイトの放った一撃で意識を取り戻したのかアーカードから距離を取る様に階段の1つ目の広場まで後退する。
「(ビクともしてない!まるで歯が立たなかった!ゴムみたいに威力が吸収されたのも分かった!)」
オールマイトは考えていた。相手がどの様なタイプの敵か、そしてどうすれば敵を倒せるかという事を。
アーカードは狗を出し、自身の体を分解する。放出された狗は脳無に向かい一直線に駆ける。脳無は咄嗟に左に避け階段と地面の高低差を利用して逃れる。しかし狗は逃さなかった。
地面に降り立ち脳無の方に口を向ける。その口の中からはアーカードの右腕と銀色の片手銃『カスール』が出現し発砲する。膝に命中した弾丸は脳無の行動を一時的に制限させ狗が脳無の体に噛み付いた。そして狗の口内から声が聞こえる。
「貴様……誰がアケミツを殺して良いと言った?」
脳無は咄嗟に雄叫びを挙げた。恐怖が目の前に、そして自身を食っている最中なのだから。無我夢中になり脳無は狗の口内で暴れる。それを黙らせるかの様にアーカードの腕とカスールが出現し弾丸を放つ。
徐々に肉が抉られていった脳無だが、黒霧の個性により難を逃れて傷付いた箇所を再生させる。そして男がポツリと呟く。
「んだよあれ……あんな化け物だったのかよ、アイツ」
男は眼鏡を着けた白衣を着ている男を見ながらその様な事を言った。しかし白衣を着た男は笑みを崩さず、そしてメモを取りながら男の質問に答えた。
「データ収集の際には見受けられなかった所を見ると……恐らく隠していた可能性があるなぁ、若しくは今までのが弱いから使わなかったのか。では、何故今になって使ったのか?」
「……要は個性を隠していたって事だな?」
「恐らくな」
男は頭を掻きむしりながら「チートかよ……」とポツリと呟く。脳無があれほど恐怖し、脳無があれほど蹂躙されたのは少しばかり想定外と感じている白衣の男と黒霧。
そして狗とオールマイトが横に並び、脳無と黒霧達に戦闘態勢を向ける。オールマイトは力強く噛み締めて眉間を寄せており、アーカードは脳無に殺意を迸らせていた。
先ほどの発言でアーカードは“怒り”という感情に陥っている事が分かるだろう。では何故怒っているのか。その疑問が理解できたのはアーカードが元の形になりつつあった時に言い放った言葉であった。
「本来であれば“私”が“アケミツ”と“殺し合い”をする筈だった……あの宿敵の面影を殺すのは私だった!なのにそこの【化け物】はアケミツを“独断”で!私より先に“殺した”!」
これだけ言えば隣に居るオールマイトも、目の前に居る黒霧達にも分かった。
アーカードは『疎宮明密』という人間を、自分の体験した過去の“宿敵”と面影を重ねていたのだ。宿敵と重なった姿をしている『疎宮明密』を“殺したかった”のだ。
だが、それを聞いてオールマイトには理解できない事があった。それは何故今でも共に過ごしていたのかという事だ。
しかし今は脳無を“倒す”事を考えたオールマイト。逆に“殺す”事を考えているアーカード。相容れない考え方を持つ1人と1体が脳無へと向かう。
出久は明密から脳無が離れたのを確認し、高低差が大きい階段から飛び降りる。着地には受け身を用いて衝撃を和らげ、明密の悲惨な状況を間近で見た。
見るも無惨な明密の死体や生臭い血の臭いに吐き気を覚え、鼻と口を抑える出久。しかし吐き気は直ぐそこまで催していた為、口と鼻から手を離し明密から離れて嘔吐する。
出し切ってしまった体内の汚物の周囲から離れ、また明密を見た。今度はもう吐くものは何もない為、ただただ不快な臭いが明密から漂うだけであった。
出久が高低差のある場所から飛び降りたため、それに釣られて切島が出久の居た場所から下を見た。そして明密の死体を、無惨にも外に出されている血を見て思わず恐怖に染まり腰を抜かす。呼吸は少しずつ乱れ、冷や汗や吐き気が催された。
その異常さに気付いた他の生徒-芦戸、轟、八百万、『障子 目蔵』、耳郎-と相澤が切島の元に駆けつける。
「どうした?切島。大丈夫か?オイ」
相澤が声を掛けるが、まだ気付いていないのか冷や汗を流し呼吸が乱れて喋る事すら困難と理解した相澤。相澤は切島を他に駆け付けた生徒に任せて、切島が見た下へと視線を向ける。
相澤も目を見開く。先に降りたであろう出久が明密の近くに居て、その明密は無惨な状態で死体になっていたからだ。相澤は咄嗟に降りて出久の元に駆け付ける。
「緑谷!」
「相澤…………先生……明密君が……」
「少し落ち着け!兎に角戻るぞ!」
少々放心状態の出久を連れて階段を上りきり、他の生徒が居る所まで到着する。戻ってきた相澤が切島の周囲に居る生徒に下を見ないように忠告し、切島を轟と障子に任せて傷付いた13号が居る場所まで移動する。
戻ってきた相澤と出久を見るなり皆落ち着いていたが、切島の様子を見て一瞬血の気が引いた。それについて八百万が尋ねた。
「相澤先生、切島さんは何故この様に怯えているのですか?教えてください」
「今それは合理的じゃない。兎に角お前らは俺と居ろ。良いな?」
相澤は先程見た光景に関しては何も言わず、生徒全員を落ち着けさせようとしている。しかしそれは“ある生徒”の言葉で雰囲気が一変する。
「な、なぁ…………明密は何処なんだよ?」
「「「ッ!!」」」
峰田の発言であった。そう、今この場には明密は居ない。最初に敵を見た際、武器を装備して向かっていったのは全員覚えている。そして、話題は明密が今何処に居るのかという事になってしまった。
その話題が出た事で切島は体をビクりと震わせ、出久は力一杯拳を握り、相澤は舌打ちをした後また生徒たちを落ち着けさせていた。
──…………此処、何処だ?
そこは真っ白な世界。何も無く、何ものにも染まらない真っ白な世界が広がっていた。その少年は真っ白な世界で、ただ1人だけ佇んで居た。
──でも……凄く落ち着ける。何も考えなくて良い位に。
その少年は座り込む。胡座をかいて、その場に座り、感じている思いを残すように何も考えなかった。
しかし少年は考えてしまう。目の前に神々しい何かが現れ、心を奪われる。そして神々しい何かは少年に手を差しのべた。
──誰だろうか?この人…………でも、こんなに素晴らしい気持ちにさせてくれるんだ。悪い人じゃない筈だな。
少年は手を伸ばした。差しのべた手を握る為に。
しかしそれは儚く、無惨に砕け散った。脚に何か掴まれた感触を覚えて下を見てみる。
そこには魑魅魍魎どもが跋扈しており、1人が明密の脚を掴んで引き摺り下ろそうとしていた。明密は瞬時に個性を発動させようとしたが発動しなかった。
──ッ!?な、何でッ……!?
個性を使えない事に戸惑いを感じだ明密は脚を掴まれ引き摺り下ろされ、自分の視覚に引き摺り下ろしたであろう真っ白すぎる人間。その真っ白すぎる人間は明密に問いかけた。
━━貴様……何故ここで、諦める?
──諦める?……何の事だ!?
━━惚けるなよベイベロン!貴様は何故“死んだ”ァ!?
──死ん…………だ?俺が?
━━あぁそうだぁ。そして何故死んだのか思い出してみろぉ!!
──俺が…………死んだ理由?
明密は目の前の人物に気負けし、真実を告げられた。そして目の前の人物は何故自分が死んだのか思い出せといった。必死に頭の中を整理していき、そして思い出した。
──ッ!!…………そうだ。俺、脳無に殺されたんだ。
━━漸く思い出したか。そうだ、その通りだ!貴様は胸を貫かれて死んだ。だぁがぁ!!貴様を殺したのは“何だった”ァ!?
──あぁ……そうだ。吸血鬼だ。ヴァンパイアだ!
━━そうだァ。ならば思い出せ、貴様が何故吸血鬼に挑んだのかを?何故貴様はヴァンパイアに挑んだのかを!!
──……全部思い出した。俺は、【あんな悲劇】をもう見たくないから殺し始めた!そして脳無にも挑んだ!でも力不足で殺された…………だが!それでも!吸血鬼を殺しきるまで俺は死ねない!!死にたくない!!
そう叫んだ。明密は叫んだ。力一杯に、喉が傷付きそうなまでに叫んだ。そう叫んだ明密に対して、目の前の男はニヤリと口角を上げ明密を投げ飛ばした。
──うわっ!!?
━━その決意、その執念……見届けたぞ。疎宮明密ゥ。
──ッ!?俺の名を何で!?
━━それは今どうでも良い!貴様に問う!汝力を欲するかァ!?
──ッ!…………あぁ、欲しい!!
━━汝例え地獄に落ちようとも、その身に新たなる力を欲するかァ!?
──欲しいに……決まってる!!どんな代償が待ってこようが!!
━━なぁらば受けとれ明密。我等が培ってきた、【技術の結晶】を!!
明密に向かって、何か緑色の光が放たれた。それは明密を包み込み、明密を呑み込んだ。
明密の指がピクリと動く。そして手が動いた。
明密の意識が戻る。それにより目の光が戻った。
明密は力を入れた。こんな所で燻ってはいけないと、立ち上がる為に。
明密は起き上がった。例え体に穴が空いていたとしても。
明密の傷が徐々に癒えてくる。先に心臓や内蔵類、血管などが復元していく。
そして筋肉が形成される。そのあと皮膚が形成される。
そして血が生成される。朦朧としていた意識は回復し、完全に回復をした。
頭の傷は癒え、傷跡が残らない程まで回復する。
【再生】し【回復】した。
「ハルルルルルルルルルルゥゥアアアアアアアア!!!」
絶叫に近い声で叫ぶ。それに上に居た相澤や生徒たちが、アーカードとオールマイトや黒霧達が見た。
叫び終えると自身のガントレットを銀の延べ棒が入った箱ごと密度分解させ、新たな形を形成する。
それは2つの【銃剣】。持ち手が付いた【銃剣】であった。法儀式済みのガントレットが形を変えた姿だ。密度操作でダイヤモンド並みに固くさせた【銃剣】だ。
脚の筋肉をバネの様にさせ、一気にアーカードとオールマイトが戦っている脳無に斬撃を食らわせる。脳無の体には左肩から右横腹にかけて切り傷が出来ていたが、それも再生してしまう。
しかし黒霧や白衣を着た男、手の様なアクセサリーを付けた男は有り得ないという感情を抱きながら明密を見ていた。無論、それはアーカードとオールマイトも同じ。
「お前……確か脳無に殺されたよな?何で生き返ってんだよ?」
「…………言ってどうなる?」
「何?」
「まぁ良いか…………確かに俺は死んだ。自覚はしている」
「だったら、な「能力が目覚めたと言えばどうする?」……ハァ?」
手の様なアクセサリーを付けた男は訳が分からずにいた。それは他の者にとっても同じ事。しかし明密は瞬時に脳無の懐へ移動し、右腕全体の筋肉の密度と皮膚の密度と右足の密度を高めて殴り付ける。
脳無は勢い良く殴られ、僅か1メートル程度だが移動させられる。それを見た敵幹部の3人は驚きの表情を浮かべる。
明密の左隣にアーカードが、右隣にオールマイトが立つ。
「疎宮少年!復活したのか!?」
「えぇ、お陰様で」
「…………フッ、中々しぶとい奴だな。アケミツ。態々辺獄《リンボ》から甦って来たか」
「そうだな」
脳無が俺たちを見つめてはいるが、これといって動きは見せてこない。
明密はベレッタを一丁をアーカードに渡すと、アーカードは左手にベレッタを装備し左腕を前にして右腕を後ろにさせ【逆十字】を作る。
オールマイトは力を込める様に腰の辺りまで右拳を引き絞り、左拳を脳無に構える。
明密は左手で銃剣を逆手持ちにし、右手は通常通り持つ。そして左の銃剣を前に出し、右の銃剣を上から挿し込む様に銃剣と銃剣を重ね合わせ【十字】を作り言い放った。
「貴様らが開発した吸血鬼は………苦しませながら殺しはしない。何故ならソイツは今から“藁の様に死ぬから”だ!」
吸血鬼と神父と平和の象徴が共闘する。