S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

9 / 32
Interval 08 Cordon

 20メートル程離れたマンターゲットに向かって放たれたMP5の銃弾は、フィアーの狙っていた場所より右に6センチ程ズレた。

 その結果に舌打ちしながら、ズレを加味して次弾を放つ。

 次に放たれた弾丸は、狙い通りマンターゲットの額に当たる部分に突き刺さる。

 更に二度、三度と撃ち込み、銃の感覚を体に覚えさせ、更にシューティンググラスの照準補正システムにデータを入力していく。

 

 もっともあまりやり過ぎすぎると変な癖が出来てしまうのと、弾薬の無駄遣いは出来ないために、10発程撃ち込んだ所で調整を終了する。

 ソードオフショットガンの調整はやらなかった。あれは携行性を重視して銃身がほぼ全て切り落とされているので、照準など考えるだけ無駄だ。相手の体に押し付けるようにして撃つような使い道しか無い。

 

 MP5を片付けていると、その場にパチパチと気の抜けた拍手が響いた。

 拍手をしたのはいつのまにか近くの切り株に座っていたブルー。

 彼はシドロビッチに、フィアーが手に入れた銃器の試射を地下壕の裏手で行っている、と聞いてわざわざ来て見物していたらしい。

 

「すごいな。そのポンコツでこの距離からターゲットに当ててる奴初めて見た」

 

「お前そんなもの俺に渡したのか……」

 

 そんな代物を礼と称して渡してくる彼の図太さに、フィアーは感心した。

 

「いやー。ないよりはマシかなって思ってさ」

 

「下手にこれに頼ると肝心な時にジャムって死にそうだがな」

 

「まあそういうなよ。あんたが出発すると聞いてもう一つ礼の品物持ってきたんだからさ」

 

 ブルーは座っていた切り株から立ち上がると、こっちに向かって歩いてくる。

 まだ足を引きずっていたが、明らかに昨日よりは動きがいい。

 

「脚の具合は良さそうだな」

 

「うん?これか。シドに借りたアーティファクトの御蔭さ」

 

 そう言って彼はベルトに取り付けた小さな箱から握り拳大の鉱石を取り出した。

 いや、よく見るとそれは石ではない。植物、土、そして骨片。様々な破片が圧縮された物だったのだ。

 

「Stoneblood(ストーンブラッド)ってアーティファクトさ。これは持ち主の新陳代謝を活発化させて傷を治すんだ。後一日も付けてれば完治するよ。安物だから時間がかかるが、最上級の回復アーティファクトなら数分で完治できる。ま、そんなものお目にかかったこともないんだけどな」

 

「……大したもんだな。アーティファクトってのは」

 

 ブルーはこんなものは大したことはない、と言わんばかりに肩をすくめた。

 

「いい事ばっかりじゃないんだぜ?これをつけてるとなぜか怪我をしやすくなるんだ。普段なら軽傷で済む所なのに重傷になったりとかな。他にも回復させるけど放射能を帯びてる物もある。最近は同じ見た目でも効果が変わってるのもあるし、アーティファクト拾っても効果を調べないと危なくて使えやしない。で、そんなアーティファクト初心者のアンタにコイツをプレゼント」

 

 そう言って彼は別のポケットからの燃えるような真っ赤な球状の鉱石を取り出すと、こちらに向かって放り投げた。

 反射的にそれを受け取り、その感覚に驚きを覚える。

 熱いのだ。鉱石自体が熱を持っている。大きさは握り拳だが、まるで鉱石内部で炎が踊っているかのような色合いを鉱石だった。……いや、最初は乱雑なカットと光の加減による錯覚でそう見えていただけかと思ったが、そうではない。

 この輝きは外部からの光を通して出来たものではない。内部にあるなんらかの光源によるものだ。

 

「なんだこれは?気持ちが悪いな……」

 

「アーティファクトだよ。Fireball(ファイアーボール)ってんだ。熱いけどそれを身につけていると放射能が除去されるんだ。ZONEじゃ必需品だぜ。ただそれを使うとすごく疲れやすくなるけどな」

 

「……どうやって使うんだ? 持ってるだけじゃ駄目なのか?」

 

「シドから貰った鉛を仕込んだ容器を貰わなかったか?あれは側面も開くようになってるんだ。アーティファクトを箱に入れて体に付けるほうの側面を開いてベルトにでもつければいい。使わない時はベルトから外して箱の側面の蓋も閉めて完全に密封する。放射能を出す奴もあるからちゃんと蓋を閉じとけよ」

 

「そういえばガイドブックと一緒にシドロビッチから貰った覚えがあるな……」

 

 そう言って彼はウエストポーチに引っ掛けていたアーティファクト容器の事を思い出した。邪魔なので捨てようかとも思ったが、機会がなかったのでそのままにしておいたのだ。

 ちなみにガイドブックの方はブロウアウトでバックパックと運命を共にしている。

 内容は大体頭に入っているので問題ないが。

 

「まあくれるというならありがたくもらっておこう。これから行くゴミ捨て場は放射能まみれって話だしな」

 

「あそこに行くのならバンディット共には気をつけな。俺を襲った奴らもあそこから来たんだ」

 

「そいつらの掃除も頼まれてる。うまく行けばこの辺りは平和になる」

 

 それを聞くとブルーは残念そうに肩を落とした。

 

「俺も脚が治っていれば一緒に行ってバンディットにお礼したかったのになあ」

 

「やめとけ。もう一本の脚も使えなくなるのが落ちだ」

 

 その後ブルーに別れを告げて、フィアーはそのまま村に戻らず出発した。

 昨日の夜はブロウアウトによって雲が吹き飛ばされて快晴だったが、もういつもの陰鬱な灰色のの空に戻っている。

 時間的に考えると今日は野営か。

 そんな事を考えながら荒れた舗装の道路を早足で進む。

 道中で放射能のホットスポット―――これもアノーマリーの一種らしい―――を発見したため、Fireballのアーティファクトを試してみたが、確かに身につけただけでガイガーカウンターの反応が劇的に低下した。

 もっともこれを身につけた状態で全力疾走をすると、警告されていた通り疲労感が激しくなり、普段の半分の距離も走れなかった。

 スローモーの使用にも差し支える可能性があるので、本当に必要な時以外は使わないほうがいいだろう、と判断する。

 アノーマリーを避け、時折出くわす盲目犬を試し撃ちも兼ねてMP5で蹴散らしながら、出発から僅か1時間で先日ブラッドサッカーと交戦したコンテナ付近まで到着した。

 念の為、投棄したバックパックを探してまわる。

 

 程なくして発見されたそれはズタズタになっており、汚染されたのかガイガーカウンターを近づけると鳴り始める始末だ。一緒に投棄した自動小銃もスコープに亀裂が入り、銃身はガタガタ。とても使えるようなものではなくなっていた。

 どんな職人でもこれを直すのは不可能だろう。かつての荷物への未練を完全に断ち切ると彼は再び歩き出した。

 そしてコンテナがあった辺りから更に北に歩いた所でフィアーは足を止めた。

 

「検問か……」

 

 数百メートル先の道路の左右には崖に近い角度の7メートル程の高さの丘があり、その二つの丘を繋ぐような形で鉄橋が渡されていた。

 鉄橋の上には脱輪した車両が3台程放棄されている上、鉄橋自体も支える支柱が数本ねじ曲がっている上に鉄橋そのものも真ん中からへし折れており、最早鉄橋としての役割は期待できそうにない。

 

 更にその鉄橋の下はコンクリートの資材、擱座した車両など様々なガラクタとスクラップが山を成している。

 そのスクラップの山の影に複数の武装した人影が見え隠れしている。

 鉄橋の上にも狙撃手がいるようだ。

 あの鉄橋を検問所代わりにしているらしい。

 どうやら彼らは軍人のようだ。まだこちらには気づいていない。

 と、そこに無線機にシドロビッチからの連絡が入った。

 

『ようフィアー。鉄橋まで辿り着いたようだな。意外と早いじゃないか』

 

 こちらの動向を理解している言葉にフィアーは反応した。

 

「なぜそれをわかった?」

 

『実はバックパックの中に簡易発信機を仕込ませてもらった。……おいおい切るなよ。これは俺なりの思いやりだ。ZONEが初めてのお前に適切なアドバイスを与えてやろうと思ってな。安心しろ、金なら要らない。これは純然たる俺の親切心さ』

 

「お前の親切心ほど高いものはZONEにはなさそうだが」

 

『そう言うなよ。俺はお前に結構期待してるんだぜ?こんな所で躓いてたら最深部になんていけやしない。俺の忠告は大事だと思うがね』

 

 数秒間黙考した後、フィアーは答えた。

 

「わかった。よろしく頼む」

 

 確かに自分はこの土地の事を何も知らない。作戦行動中におけるオペレーター的な存在が居るなら確かにありがたいのだ。

 

『よし、いい子だ。とりあえずそこの鉄橋の下の軍人はやる気がない。袖の下の一つでも渡してやれば、大抵は通れる』

 

「わかった」

 

 取り敢えず彼の言葉を信じて鉄橋下の検問所に向かうことにする。

 最初ZONEに入った時の検問所と同じく無線で呼びかけた上で、両手を上げて向かっていく。

 鉄橋上の狙撃手がこちらに照準をつけているのを意識しながら、彼はゆっくりと歩いて行った。

 そんな彼を出迎えたのは、クズネツォフ少佐を更に神経質にしたような尉官だった。

 

「正規の許可は持っている。このパスポートで通れるか?」

 

 しかし彼はやはりというかクズネツォフ少佐と同じく許可証には見向きもしなかった。

 

「ここのパスポートはルーブルだ。クズネツォフから聞いたぞ?随分と金を持ってるんだってな? 二万ルーブルで通してやる」

 

 多少の金は払うつもりでいたが、流石にこれはぼり過ぎだ。元々散財気味だった所にこの金額を払うのは難しいので、フィアーは抗議した。

 

「……彼は自分の名前を出せばこの辺りはフリーパスだと言っていたんだが」

 

「ここに奴が居ればな。だが現実にここにいるのは俺だ。そしてここでは俺がルールだ」

 

「生憎と先日のブロウアウトで装備も金も全部吹き飛んだ。そんな金はない」

 

 それを聞くとその軍人は忌々しげに舌打ちした。

 

「なら消えろ。お前が蜂の巣にされる前にな」

 

 どうやら最初に軍の検問所で大盤振る舞いしたのが裏目に出たらしい。余程金を持っていると思われたようだ。

 自分もそのおこぼれに与ろうとするも、予想は外れ相手は無一文。よって八つ当たりも兼ねて叩きだすというわけか。

 フィアーは言い返そうとしたが、それより先に彼のヘルメットのインカムにシドロビッチからの無線が入ってきた。

 

『ここは引けフィアー。ちょいと危険だがいい抜け道を知っている。強行突破は後々面倒になる』

 

「……了解した」

 

 眼前の軍人とシドロビッチの両方に対して返答すると、軍人達の嘲笑を受けながら彼は来た道のりを引き返した。

 

 暫く道を歩き、彼らから見えなくなったと確信するほど距離を取った頃だろうか。

 再度シドロビッチからの連絡が入る。

 

『フィアー。その辺の周りを見渡してみろ。近くに廃工場がないか?』

 

 言われた通り見渡すと確かにそれらしき建物があった。

 レンガ造りの倉庫にコンクリートでできた工場だ。

 

『そこに行ってみろ。たまにミュータントが住み着いてるから気をつけろよ』

 

「了解」

 

 MP5の残弾を確認してセーフティーを解除し工場に向かう。まずは背の高い工場へと入りクリアリングを行う。内部は機械類が無造作に置かれ予想以上に狭まかった。異常はなし。

 こんなところでは大型のミュータントは住み着こうとは思うまい。

 そして次のレンガ造りの倉庫。こちらは先客がいた。

 2メートルはあろうかという大きな猪だ。

 それも1頭や2頭ではない。全部で4頭ほどの猪が、殺風景な倉庫の中で眠りについていた。

 確かこれはBoarと言われ、外見はただの大きめの猪に見えるが、これも立派なミュータントだ。

 

 寝ている隙に攻撃をするかどうかフィアーは迷った。一体や二体ならともかく、四体では彼らに反撃の余地を与えず殲滅するのは難しい。ましてやこちらの獲物は対人用の短機関銃だ。

 この図体を9ミリで仕留めるには、どれほど撃ち込まなければならないのか。

 この後バンディットの交戦を控えているというのに弾薬の無駄遣いはするべきではない。

 そう結論づけると彼は猪を起こさぬように、気配を殺して倉庫を立ち去った。

 シドロビッチに連絡を付ける。

 

「レンガの倉庫の中に猪が寝てた。4体ほどだ。とりあえず手持ちの武装じゃ殺しきれないので放置しておいたが…」

 

『寝てるならとりあえずそいつらのことは放置しておいていい。その工場の裏手の丘に回ってみろ。ちなみに丘の上には登るなよ?あの鉄橋から続く線路が引かれていて、鉄橋の上から見つかったら狙撃されるぞ』

 

 彼の言葉に従って工場の裏手に回ると先ほどの鉄橋へと続いているらしき丘、そしてその丘の中腹に小さなトンネルがあった。

 

『そこが抜け道だ。そこなら軍の連中の目を潜って通り抜けられる』

 

「で?」

 

『で?とはなんだ?』

 

「こんなわかりやすい抜け道、軍が放っておくわけ無いだろう。……なにがある?」

 

『そんな大したもんじゃねえよ。そのトンネルの中にボルトを投げ込んでみな』

 

 フィアーはポケットの中からボルトを一つ取り出すとそれを全力でトンネルの中に投げ込んだ。

 変化は劇的だった。

 ボルトがトンネルの地面にぶつかった瞬間、凄まじい雷光と轟音が響き渡り、暗いトンネルの中を稲光が照らしたのだ。

 

『と、まあトンネルの中は電気型アノーマリー、Electroの巣になってる。タイミングを図りボルトを使って確認すれば通れるはずだ。安心しろ、今まで何人ものストーカーがここを通ってる』

 

 シドロビッチは気楽に言ってくるがフィアーはトンネル内を雷光が照らした時、様々な死体―――ストーカー、バンディット、軍人、果てはミュータント―――があったのを見逃さなかった。

 何人ものストーカーが通ったかもしれないが、同時にそれ以上のストーカー達が通れずに感電死しているのだ。

 

「やはり鉄橋に引き返して強行突破するか」

 

 それに慌てたようでシドロビッチが待ったをかけてくる。

 

『待て待て待て!他の所ならともかく俺のシマで軍人を大量に殺すのは不味いんだ。俺のほうにも火の粉が飛んでくる』

 

「電撃で丸焼きよりはマシだ。……なんだ?」

 

 引き返そうとしたフィアーの感覚が何かを捉えた。

 咄嗟に廃倉庫を見やると、先ほどまで寝ていたはずの巨大な猪たちが倉庫から出てこちらに向かってくる。

 あの電撃の音で目が覚めたか。

 猪たちは時速数十キロというその外見に見合わぬ速度でこちらに迫ると、円陣を組んで包囲した。

 逃げ道は後ろの電流トンネルのみだ。

 観念して彼はシドロビッチに助言を求めた。

 

「トンネルを潜るコツは?!」

 

『その電気型アノーマリーは一旦放電すると、次の放電まで数秒のタイムラグがある。ありったけのボルトを放り込んで放電させた後、次の電気が貯まるまでにトンネルを一気に駆け抜けろ!』

 

「死の徒競走か」

 

 そう言って彼はポケットの中のボルトを纏めて握ると、それを複数に分けてトンネル内部に放り込んだ。

 再び放電現象が発生し、猪たちが怯む。

 彼らを尻目にフィアーは一気にトンネルに向かって走りだした。

 次々とボルトを放り投げながら全力疾走。

 目の前の地面にボルトを叩きつけ、それによって放電が巻き起こり、紫電が完全に消える寸前に飛び込んでいく。その繰り返しだ。何度も繰り返すと余波だけで全身が痺れてくるが構っていられない。

 

 その行為に猪達は獲物を逃すまいと反射的に追いかけてきたが、それは余りにも悪手だった。

 彼らはボルトを持ってないし、アノーマリーに対する正確な知識もない。

 次々と数十万ボルトの放電の中に突き進み、悲鳴を上げて丸焦げになっていく。

 唯一生き残ったのは最後尾の猪だ。彼は無策に突っ込み、丸焼けになった仲間達を見て突入を中止した。

 

 もっともそれに注目していられる程、フィアーの方にも余裕はない。全身に走る電流の痛みに耐え、スローモーまで駆使して一気にトンネルの外に出た時は、流石に疲労の余りその場に倒れこんだ。

 暫く大の字になって寝転び、呼吸を整える。ついで自前の電子機器のチェックに移る。

 幸い頑丈な軍用の装備はあの放電の中でも何とか耐え切ってくれた。

 そしてシドロビッチに連絡を繋いだ。

 

「次にここを通る事があった俺は鉄橋から行くぞ。例え軍人共が立ちふさがったとしてもだ」

 

 断固たる口調で宣言する。

 

『わかったわかった。次の時は俺のほうからも話は通しておくよ。しかし本当に初見であのトンネルを通り抜けるなんて思わなかったぞ』

 

「お前は実はナイトクローラーの手先じゃないだろうな?」

 

『心外だな。それだけお前さんを信頼していると言ってほしいね。後は道路沿いにまっすぐ行けばゴミ捨て場だ。また何かあったら連絡してくれ』

 

 彼はため息をついて無線を切ると再び北を目指して歩き始めた。

 

 トンネルを抜けた先はちょっとした雑木林になっていた。生き物の気配も先ほどまでより多く感じる。

 見晴らしのいい道路の方に戻ると、先の鉄橋の上の狙撃手に視認される可能性がある。

 暫くは道路に沿って道路際の林を歩いて行くしかない。

 林の中をしばらく歩くと道沿いに小さな廃農場があった。

 特に用があるわけでもなし、そのまま無視して行こうとすると―――。

 

 立て続けに農場から銃声が鳴り響いた。

 

 咄嗟に農場からの攻撃かと近くの木立に身を潜めるが、どうやら違うようだ。

 どうも農場内部で誰かが戦っているらしい。銃声からして獲物は散弾銃。一種類しか聞こえないから敵はミュータントだろう。

 

 ―――ストーカーだったら助けてやるか。

 

 そう思考しながら、気配を殺してゆっくりと農場に入っていく。銃声は元は家畜小屋と思わしき場所から響いていたが、今は止んでいる。

 息を殺し、小屋の内部を覗いてフィアーは止めた息を吐きそうになった。

 小屋の中で倒れていたのは一人のストーカーだった。

 間違いなく事切れている。

 なぜなら彼は。

 

 猫ほどの大きさの無数の怪物達に、全身を貪り喰われながらもぴくりとも身動きしないのだから。

 

 (あれは―――鼠のミュータントか?)

 

 驚愕を飲み込み、フィアーはその小さな怪物達を観察してそう結論づけた。

 一度ブラッドサッカーと戦った時、バンディットに群がる鼠を見たが、あれとは根本的に違う。

 全身の体毛が抜け落ち、たくましい筋肉が露わになっている他、足と爪が大きくなり、直立歩行が出来るようになっているようだ。

 自分より大きな獲物にもかぶりつけるように、顎も大型化している。

 

 だが何よりの違いは攻撃性だ。

 バンディットの死体を漁っていた鼠たちは、生きている人間には襲い掛からなかったが、こいつらは武装した人間でもお構いなしのようだ。

 ここから見えるだけでも20匹以上は居る。一斉にこの数に襲われれば単独行動のストーカー等はひとたまりもない。

 いずれにしても彼らは食事に夢中のようだし、ここはさっさと離れるべきか……。

 そう思い、一歩後ずさった時、木の枝でも踏んだのかバキリという小さな音がした。

 

 やばい。

 

 反射的に鼠達の方を見やると、死体に夢中になって食らいついていた鼠全てがこちらを向いていた。

 最早、一刻の躊躇もなかった。彼はポーチから手榴弾を一つ取り出すと、最速最短でセーフティーを解除してそれを小屋内部へと放り投げた。

 そして全力でその場を走って離れる。

 数秒後、背後から手榴弾の爆発音が鳴り響くが、それでも彼は止まらなかった。

 その後更に一分近く走りつづけて、ようやく止まる。

 乱れた息を整え、農場の方へ視線を向けるとフィアーは凍りついた。

 

 なぜなら農場の方から無数の小動物達が奇声をあげながら、こちらに向かって走ってきていたからだ。

 勿論、例の怪物鼠だ。

 恐らくは逃亡する彼を即座に追いかけて家畜小屋から離れたが為に、手榴弾の爆発から逃れたのだろう。

 だが全てというわけではない。その数は10匹にも満たなかったのが、不幸中の幸いだ。

 そして何よりも彼らにとって致命的なのは、彼らとフィアーの間には未だに数十メートル程の距離がある事だ。

 屋内で全方位から囲まれるならまだしも、これだけの距離があるなら余裕を持って対処ができる。

 フィアーは息を整えると片膝を着いて、短機関銃を構えた。

 

 セレクターをセミオートにして、シューテンググラスのHMDに表示される十字線の上に目標を重ねると先頭の鼠から狙い撃って行く。

 出発前に銃と照準の調整をしておいてよかった、と心の底から彼は思った。

 唯でさえ狙いにくい大きさなのだ。

 短機関銃の銃身の歪みを確認し、補正データをHMDの照準システムに登録しておかなければ、この距離ではまともに当たらなかっただろう。

 

 鼠たちは次々と撃たれ、倒れていく。目の前で次々と仲間が死んでいくのに、それでも彼らは行進をやめはしない。

 信じがたい事に鼠たちは銃弾一発では倒れず、二発、三発と撃ちこまないと倒れなかった。

 確かに短機関銃は拳銃弾を使用するため、自動小銃に比べれば威力は劣るが、それを差し引いても驚くべきタフさだ。

 その為、一匹一匹を始末するのに予想外に時間がかかった。

 

 結局最後の鼠を撃ち殺した時には、彼我の距離が5メートルになるまで距離を詰められていた。

 MP5のマガジン内の弾薬はほぼ全て使い切っていた。たかが、鼠の群れにだ。

 フィアーはため息をつくとMP5のマガジンを弾の詰まったマガジンへと交換した。

 その後バックパックからバラの9ミリ弾を取り出すと、歩きながら撃ち切って空になったマガジンにクイックローダーを使って9ミリ弾を詰め始める。

 

 正直小休憩をとって、この作業をしたかった。

 しかしあれだけ派手に暴れたからには、また別の者をおびき寄せる可能性があるので、最低でもここから数百メートルは離れなければならない。

 銃声を聞いて近寄ってくるのが友好的な存在とは限らないのだから。

 このZONEで遠方から銃声が断続的に聞こえてくる理由を、フィアーは改めて理解した。

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 北に行くに連れて木の間隔が狭まってきた。最早林というよりは森と言ってもいいぐらいだ。

 それに伴いアノーマリーの数も増えてきた。

 もう鉄橋も見えない距離になったので道路を歩いているが、アノーマリーに巻き込まれてスクラップになった廃車を見かけるようになる。

 一度興味本位で破壊された車の運転席を覗いてみたが、後悔することになった。

 

 フロントガラスは完全に破壊され、運転席のシートには乾燥し、どす黒く変色した血液がこびりついていたのだ。

 死体はなかったが、凡その想像はつく。あの鼠を始めとするミュータント達に『片付け』られたのだろう。

 おまけに近づくとガイガーカウンターまで鳴り始めたので、慌てて退避することになった。

 

 これでまだ外周部とは、一体ZONEの奥地はどんな魔境になっていることやら。

 

 そんな思考をしながら足を進めていると、いつしか地形が変わってくる。

 道路脇の森がいつのまにか山のように盛り上がってきて道路自体が山に挟まれるような形になっていた。

 そして道路の先にはコンクリートの壁で覆われた小さな検問所があった。

 左右が高い山に挟まれているため、北に行こうとするなら必ずあそこを通らなければならない。

 情報の通りならあそこにいるのはバンディットの可能性が高い。

 彼は道路脇に生えている木を使い、身を隠しながら検問所へと向かっていった。

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

「それでよ……傑作なのがそのストーカーなんだよ。さっきまででかい面してたのに仲間が殺されて一人になった途端、態度がガラリと変わってよ。靴でもなんでも舐めますから命だけは助けてください! って泣きついてきたんだよ」

 

「そりゃいいな。それで?お前はその間抜けをどうしたんだ?殺ったのか?」

 

「あそこまでされたら笑いすぎて殺す気にもなんねーよ。取り敢えず身包み剥いで強制収容所に送っておいた。今頃ヒーヒー言いながらゴミとアノーマリーの中でアーティファクトを探してるだろうぜ」

 

「ひでえなそりゃ。殺しといたほうがそいつにとってよかったんじゃねーのか」

 

「違いない!」

 

 粗野な男達の笑い声が響く。

 結論から言って検問所にいたのはやはりバンディットの連中だった。

 別に彼らに貴方はバンディットですか?とインタビューしたわけではない。

 ただ検問所に気配を殺して近づき、そこの中庭で焚き火を囲んでいた彼らの雑談の内容を盗み聞きした結果、そう判断することにしただけだ。

 

 それにしてもバンディットの連中は予想以上に練度が低い。

 検問所の門の前には誰もおらず、小さな見張り台もあったのに、そこにも誰も立っていなかった時は無人を疑ったぐらいだ。

 だが相手が弱いに越したことはない。さっさと先制攻撃を仕掛けることに彼は決めた。

 手榴弾を使おうかとも思ったが、こんな連中には勿体無い。

 錆びついて動かなくなり、開きっぱなしになっている門から音もなく侵入。そのまま中庭に飛び込むと、焚き火の周りで輪になっている3人のバンディット達にフルオートで短機関銃を発砲した。

 

「なんだおまっ……」

 

 正面をこちらに向けていたバンディットだけが、殺される前にこちらを認識したようだが、何か行動を起こすことも出来ず、誰何の言葉を言い切ることも出来ずに、無数の9ミリ弾の嵐を食らってなぎ倒された。

 そしてまだ辛うじて息のあるバンディットに向かって、念の為に止めの銃弾を叩き込んでいく。

 

「どうした! 敵襲か!」

 

 その言葉と共に検問所の建物のドアが開き、水平二連散弾銃を持った黒コートのバンディットが飛び出してくる。

 無論建物内に居る可能性も考慮していたため、即座にそちらに銃口を向け、相手が銃を構えるより先に発砲する。

 だが誤算だったのは、そのバンディットがなんらかの防弾装備を身につけていたことだ。

 胴体に無数の拳銃弾を食らったそのバンディットはたたらを踏むも、倒れるのを堪えてこちらに銃を向けようとする。

 それを見たフィアーは、MP5を捨てて――どの道今ので弾切れだ――腰のホルスターから早撃ちのガンマン宛らにソードオフショットガンを引き抜き、散弾をそのバンディットの顔面へと叩き込んだ。

 

 顔面を粉々に吹き飛ばされて、今度こそバンディットが沈黙する。

 死体になったバンディットに近づき黒いコートを開けると、その男の胸には柄のないフライパンが括りつけられていた。そこには先ほど彼が撃ち込んだ銃弾の凹みがある。

 一見すると間抜けだが、これなら確かに拳銃弾ぐらいなら防げるだろう。

 だからといって普通はやろうとは思わないが、これもZONEを生きる知恵なのだろうか。

 

 ともあれフィアーもそれに習い、殺害したバンディット達の死体を漁ることにした。

 大したものは持っていなかったが、MP5にも使える9ミリパラベラム弾とショットガンの弾薬をいくらかと封の切られてないミネラルウォーター、そして肉の缶詰を発見した。そして肌を露出した女性のグラビアがページの半分近くを占めている男性向けの週刊誌。こんなところではやはり貯まってしまうものなのだろうか。

 暫く考えた後、週刊誌も持って行くことにする。

 

 ついでに丁度いいので、ここでそのまま小休止していくことにする。

 まず先ほど奪ったばかりの缶詰をナイフでこじ開けて、焚き火に放り込んで温める。

 くつろぎ過ぎてあのバンディット達の二の舞いにはなりたくなかったので、温めた缶詰は焚き火の側ではなく検問所の中で食べることにした。

 窓やドアから覗いても確認されない死角になる場所を探すとそこに腰を卸し、ナイフで缶詰の蓋をこじ開ける。

 蒸気とともに食欲をそそる匂いが立ち上った。

 濃厚なといえば聞こえはいいが、実際にはくどいと言ってもいいほどに味付けされたソースの中にいくつかの形成肉の塊が浮かんでいる。

 フィアーはナイフを使って肉の塊を突き刺し、口に運ぶ。正直、濃いソースのせいで味は肉ということしかわからない。

 お世辞にも美味しいと言えるものではないはずだが、野外での温かい食事は上手い不味いを超えた充足感を食べる者にもたらす。

 最後はソースまで全て飲み干すと、ミネラルウォーターを飲んで口の中を清める。

 

 殺した相手の食料を奪って一息付くとはこれではどっちがバンディットかわからんな。

 

 そう思ったが、それに対する嫌悪感や忌避感はない。

 自分もZONEに慣れてきたということなのだろうか。

 食事を済ますと空になった短機関銃のマガジンに銃弾を補充し、ついでに軽いクリーニングを行う。

 更にバックパックの中身をひっくり返して、シドロビッチの付けた発信機を探す。

 意外と簡単に見つかったそれは、バックパックの底の布地の裏に仕込まれていた。

 それを外すと壊さずに胸のポケットへと仕舞いこむ。

 あると知っているなら、こういった発信機も使い道があるものだ。

 むしろバックパックに付けたままだとまたバックパックを投棄するような状況になった時、発信機も一緒に投棄することになる。

 全ての準備を終えると彼は検問所を出発して、『ゴミ捨て場』に向かった。

 

 




 Cordon歩いてるとぶらりZONE1人旅な気分になれてのんびりできます。
 でもフィアーも通った電気ビリビリトンネルとか、どう見ても初心者を殺す為のトラップだと思う。

 アーティファクト容器はMODとかにもありますが、アーティファクトスロットを独自に解釈しました。
 まあ放射線出してるようなのむき出しにして持ち歩くわけにはいかないかなと。
 後エロ本は女のいないZONEではきっと高値で取引されてるはず。

 ZONEの観光案内。今回は敵の紹介。
 まずミュータントネズミことRodent。ハムスターとか呼ばれてたりする。
 まず見た目がキモい。皮膚病にかかったネズミみたいな上、ムッキムキ。
 単独では大したことないが、屋内で一斉に襲われると作中のストーカーみたいに、あっという間にアーマーをボロボロにされて死ぬ。
 尚、普通のネズミもいる。

 そしてバンディット。
 ストーカー達から金銭を奪って生計を立てている連中。
 元は外の世界の犯罪者だったり、ストーカーがルール違反を起こしてコミュニティから追い出されてバンディットになった場合が多い。
 ZONEの雑魚敵。しかし初期の装備が貧弱な時代だと強敵である。
 何しろ主人公の初期装備はただのジャケットなので、バンディットの貧相な拳銃でもソードオフでも気軽に死ねる。
 そしてこっちも貧相な拳銃とショットガンの場合が多いので、お互いしょぼい武器だけど命がけの撃ち合いになる。
 S.T.A.L.K.E.R.一作目の最初のバンディット退治が一番の難所だという意見も多い。
 後半になって装備が充実すると雑魚になるかと思いきや、奴らも武器をアップデートしてくるのでやっぱりうざい。

 あとついでにアーティファクト紹介。
 今回ブルーに貰ったのはfireballというアーティファクト。
 一作目仕様ではそこそこ放射能を低減させるが、代わりにスタミナがすぐに尽きるようになる。そこら辺に落ちており意外と簡単に手に入る。

 二作目以降の仕様では炎のダメージをほぼ無効化する代わりに高い放射線をまき散らす。こちらは炎のアノーマリーの中に突っ込んで見つけないといけないので希少なアーティファクト。

 フィアーが貰ったのは前者です。安物だからブルーも気軽に渡したんですね。

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