S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 04 ストーカー

 狭いシェルターから外に出た時には既に午後3時を回っていた。

 さっさと仕事を済まさなければ、野営をすることになる。

 ミュータントやアノーマリーが蠢くZONEで、夜を過ごすのは危険極まりない。できれば避けたいところだ。

 村の入口で見張りを捕まえて、マップデータを見せて道を聞いた。

 村の前の道路をそのまま歩いて行けばこの地点にたどり着くとのことだ。

 ついでにこの辺りで人面犬を見なかったかと聞いてみる。

 

「メクラ犬がうろついているのはいつものことだが人面犬なんて見たことないな。そういやさっきまでメクラ犬がうろちょろしてたけど…」

 

「ありがとう。一応犬には気をつけておけよ」

 

 そういってその場を離れる。あの人面犬はこちらを諦めたのか、それともまだこちらを狙っているのか。

 村を離れた後、軽く気配を探ったが特にそれらしいものはない。

 正直自分より楽そうな獲物などここに大勢いるような気がするのだが、それでも尚狙ってくるとしたら自分がこのZONEの『新入り』だから目をつけれたということだろうか。

 そんな益体もない事を考えながらひび割れたアスファルトの道路を歩いて行く。

 あのトレーダーから手に入れたアノーマリー探知機はしっかり仕事を果たしてくれた。

 アノーマリーに近づくと探知音で知らせてくれるのだが、距離があれば小さな音、近づけば大きな音と言った感じに知らせてくれるので距離感がつかみやすい。

 おかげで一歩一歩歩く度に地雷原を歩いているように神経を使う必要がなくなった。これなら慣れれば夜の中でもZONEを行動できる。

 

 ただ仕方ないとはいえ派手に音を鳴らすため、隠密行動の際にはシステムを切っておくことを念頭に置くべきだろうが。

 現在の所、道行はアノーマリー探知機とガイガーカウンターが定期的に鳴る以外はのどかなものだ。道路は周りに比べると少し高めの土地に作られているため、景色を眺める余裕すらある。

 そしてZONEの灰色の景色を眺めていると所々に野営の後が残されていることに気がついた。通常その手のものは終えたら痕跡を消すものだが、この痕跡を見る限り複数の人数が何度も使っているようだ。

 

 焚き火の中の炭はそのままだし、焚き火で料理がしやすいように焚き火の周りにレンガが積まれていたままだったり、雨を凌ぐためのシートがそのままに放置されている。

 ああいった場所を覚えておけばいざという時休めるが、同時にバンディットとやらが徘徊しているならいい狩場にもなる。

 複数のチームなら早々手を出されることもないだろうが、どこの世界も単独行動するものが真っ先に狙われる。

 ましてや人工的な明かりが少ないZONEの夜の闇で火をつけようなら目立つことこの上ない。バンディットだけでなくミュータントも呼び寄せる可能性がある。

 自分が使うとしたら昼の休憩時ぐらいだなと軍曹は思った。

 

 そんな呑気な思考をしていた時だった。突然道路の脇の茂みが動くとそこから何かが飛び出し、こちらに向かって突進してくる。

 持ち前の反射神経で体当たりを躱すと飛び出してきたそれに小銃を向け、彼は絶句した。

 

 飛び出してきたのは四足歩行の肉塊だった。

 少なくともそう表現するしかない物体だった。

 全長1メートル強の巨大なハムを思わせる形状と色合いの胴体に、その胴体の大きさとは不釣り合いな枯れ枝のような細い四肢。子供が作った粘土細工のように歪んだ頭部には眼球が3つほどついており、顔の皮膚も一部が無く、鼻孔と歯茎が剥き出しになっている。全身が余りにも歪なひと目とわかる奇形。

 

 通常の環境下なら生存など望むこともできないはずのそれをどういった理屈を持ってか、ZONEという環境は一個の生物として成り立たせていた。

 

 最初の突撃を回避されたその怪生物は、数メートルほど勢い余って進んだ後、その見た目とは似つかぬ素早さで転回し、フゴッっとどこか気が抜ける鼻息と共にこちらに再度突撃を行ってきた。

 その速度は人間が走るよりは遅いと言った程度の速度だが、それの体重は軽く200キロ近くはあるはずだ。まともに食らえばひとたまりもあるまい。

 構えていた小銃を目標にポイントする。急所を狙おうとして―――この胴体に頭部が半分埋没している生物のどこが急所なのか一瞬迷うが、顔面に向けて銃弾を叩き込む。

 放たれたライフル弾はその生物の3つある眼球の一つを撃ちぬいた。通常なら致命傷だ。

 しかしそいつは甲高い悲鳴こそ上げたものの、倒れなかった。どうやら脳は外したようだ。

 ならば何発でもお見舞いしようと更にトリガーを引こうとした瞬間。

 そいつはあっさり後ろを向くと逃げていった。

 逃亡するなら茂みや障害物を使うなりしてもいいはずのに、それすらしない。その姿はただ怯えた小動物が考えなしに逃げるそれだった。

 

 人間が走れば追いつける程度の速度というのも相まって、どこか滑稽な姿にすら思える。

 後ろから狙い撃つのも容易いが、その必要性は感じられない。もしかしたら茂みの中で寝ていた所に人間が通ったから、反射的に襲いかかってきただけかもしれないのだ。

 逃げて行く怪生物の姿によって軍曹の胸中に飛来したのは、勝利の高揚感ではなく哀れみの感情だった。

 実のところ軍曹はあの怪物が元は何だったのかを理解している。

 シドロビッチから購入したガイドブックは地下から地上に上がるまでに読みきれるほどの薄さだったが、一通りのアノーマリーとミュータントの事は書かれており、あれの記述もそこにはあった。

 

 flesh―――肉と呼ばれるあのミュータントは元は唯の豚だ。

 

 それがZONEという環境において変異し、あの異形となった。

 外見に目を背けて声だけ聞けば、確かにあれの声は豚のそれだ。

 ZONEという環境があの怪物を作ったのか、それともZONEという環境があの怪物を生かしているのか。

 ミュータントの大半は放射能による変異との事だが、それだけでは説明の付かない事が多すぎる。

 あのミュータントの異形の姿にはZONEの悪意と言うべきものが見え隠れしている。

 ZONEの外周部でこれなら最深部にはどれほどの怪物達が潜んでいるのか。

 そこまで考えて軍曹は頭を振って考えを切り替えた。

 モタモタしていては日が暮れる。夜までには任務を終わらせて村に戻ろう。

 闇夜の中であのような異形と戦うのは、断固として避けるべきだと彼の本能がそう訴えていた。

 

 

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 それから20分程かけて到着した目標の丘の上には、予想外の代物があった。

 丘の上のコンテナの周りに3人のバンディットと思わしき連中の死体が無造作に散らばっていた。おまけにどこから死臭を嗅ぎつけてきたのか子猫ほどのサイズの無数のドブネズミが死体を啄んでいる。

  最悪ストーカーの死体を見ることになるとは思っていたが、バンディットの死体とは。

 軍曹は付近を偵察して何も居ないことを確認すると、死体のほうを調べることにした。

 人が近づけば死体を漁る鼠は逃げ出すだろうとタカをくくっていたがそんな様子はまったくない。

 

 やむを得ず死体の周りに2、3発程威嚇の銃弾を撃ちこむと一気に死体から離れ始めた。最も完全に逃げ出したわけではなく未だにおこぼれを狙っているようで、少し離れた場所からこちらのことを観察しているようだ。下手に隙を見せると襲ってくるかもしれない。あのサイズなら人間の頸動脈も食いちぎれる。鼠に対して意識を向けつつも死体の検分を始める。

 

 死体はまだ新しかった。恐らくまだ数時間と経ってはいまい。

 全身に鼠に食いちぎられた後があるが、それは死後付けられたものだろう。直接の死因は喉に空いた硬貨大の刺し傷だ。喉どころか背骨まで達している。

 こんな傷では運が悪ければ即死できない。どの死体も死への恐怖で形相を大きく歪めていた。

 死体にはもう一つ奇妙な点があった。死体から血が抜き取られているのだ。

 喉元に空いた傷と相まってこれではまるで…。

 

 そこまで考えた所で軍曹は落ちていたマカロフ自動拳銃に目を向けた。バンディットが使っていたと思わしきそれは、弾切れになってスライドが後ろに後退したままの状態だ。

 弾が無くなるまで撃って尚、仕留められずに殺されたということか。

 あの豚のミュータントが拳銃弾とはいえ何発も銃撃を食らいながら、敵に食らいつくガッツがあるとは思えない。

 それにこの死体の傷。恐らくこれをやったのはガイドブックにも載っていたあの―――。

 

 ガタンッ。

 

 突如として発生したその物音に対して軍曹は前方に身を投げだすと、そのまま小銃を抱えながら一転し、着地と同時に物音の発生したほうへ銃口を向ける。

 銃口の先にはコンテナがあった。

 

 ……そういえばまだコンテナを調べていなかった。

 こんな状況下で身を隠すに最適な場所のクリアリングを怠っていたとは。自分の間抜けっぷりに舌打ちしたくなる。

 ブラフということも考え、物音がした方とは逆の方向にも注意を払いつつ、銃を構えながらコンテナに近づく。

 死角になって見えなかったがコンテナの扉は閉まっていた。いや、閉まっているどころか取っ手を針金で何重にも巻かれている。

 まるで何かを閉じ込めているように。

 

 暫く考えた後、軍曹は無造作にコンテナの扉をノックした。

 ……反応はない。

 いや、微かにコンテナ内部から気配がした。まるで怯えているかのような微かな身動ぎの気配だ。

 ……そういうことか。

 大体の状況を理解した軍曹は、コンテナに向かって呼びかけた。

 

「シドロビッチの使いだ。助けに来たぞストーカー」 

 

 

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

 

 

「ありがてえ。生きた心地がしなかったぜ」

 

 コンテナから開放された若きストーカーは開口一番そう言った。

 事情を聞くと概ね軍曹の予想した通りの状況だったようだ。

 即ちストーカーは金品目当てのバンディットに襲われ、拘束されてコンテナに放り込まれた。

 その後バンディットはコンテナを即席の牢屋にするべくコンテナの扉の取っ手に針金を巻きつけ、内部から開かないようにしたのだ。

 そしてそれから恐らくはシドロビッチ辺りに身代金の交渉でもしようとした矢先、ミュータントの襲撃を受け、バンディットは全滅。

 

 そしてコンテナの中で息を潜めていたストーカーだけが助かったということらしい。

 取っ手の周りには爪で引っ掻いた様な後があった。バンディットが取っ手を針金で封鎖していなければコンテナ内部のストーカーもミュータントの餌食になっていた可能性もある。

 皮肉な事に自分を襲ったバンディットに助けられたということになった訳だ。

 

 

 

 

「人生、何がどう転ぶかわからんもんだな。あいつらに捕まった時は全財産無くす覚悟だったんだがなあ」

 

「だったらこいつらの為に祈ってやったらどうだ?……それでこいつらが喜ぶかどうかは知らんがな」

 

「それもそうだ。祈るのはタダだしな。それにしても本当に助かったぜ。まさかシドロビッチが助けをよこしてくれるなんてそもそも念頭にすらなかったからな」

 

「奴が気にしていたのはお前の持ってるメモリだけさ。最悪ミュータントの糞になってるから糞を調べてでも拾って来いと言われたよ」

 

「ああ、そんなことだろうと思ってたよ。安心しろ、メモリはちゃんと持ってる。いざという時の為の切り札にもなるしな。……うん?妙だな死体はこいつら3人だけか?俺が襲われた時は4人いたんだが……」

 

「そいつだけ先に戦利品を持って拠点に帰ったのかもな。取り上げられた物があったらこいつらの懐を調べとけ、まだなにか残ってるかもしれん。鼠の餌になってなきゃな……」

 

 そこまで言って気がついた。先ほどまで死体の周りに群がっていた鼠がいない。

 先ほどまで間違いなく距離を置いてこちらを観察していたというのに。

 死体のおこぼれを狙っていたが、この人間達がここに長居しそうだから諦めたのか?

 ……いや、違う。あいつらが逃げたのはそんな消極的な理由ではなく――――ここに危険な代物がやって来たということを本能的に嗅ぎとったのだ。

 それはつまりこの惨状を引き起こした主が戻ってきたということを意味する。

 

「構えろストーカー。あんたをバンディットから救い出してくれた正義の味方が帰ってきた」

 

 その言葉で何が来たのか察したのだろう。彼は死体の懐を探るのをやめると死体からの戦利品と思わしき2連装ショットガンを構えて、軍曹の背後に周り彼の死角をカバーする。

 なるほど。取り乱すわけでもなく疑問を返すわけでもなく、あれだけの言葉でここまで動けるとはストーカーとしても優秀なのは間違いないようだ。

 取り敢えず見渡すかぎりの景色には違和感はない。後ろのストーカーも異常無しとのことだ。

後は―――そこまで考えた所でコンテナの上から何かが放り落とされた。

 それを見たストーカーが小さく呻く。

 

「四人目……!」

 

 そのバンディットの死体はほかの死体に比べて更に悲惨なものだった。

 全身の血どころか体液という体液を吸われ即席のミイラにされている。

 ストーカーが絶望的な声をあげた。

 

「嘘だろ……こんな外周部でブラットサッカーだと……!?」

 

 反射的にコンテナの上に目を向ける。

 だが何もいない。―――いや、いる。

 コンテナの上の景色が一部が人型に歪んでいる。 更によく見ると人型に歪んだ部分の頭部と思わしき部分には、一対の眼球らしき赤い光がある。

 この怪人はなんらかの方法で可視光を透過させて周りの景色に擬態しているのだ。

 

「コンテナの上だ! 撃ち殺せっ!」

 

 軍曹はストーカーに声をかけると同時に、自らも小銃をフルオートでコンテナの上部を薙ぎ払う。

 一拍遅れてストーカーも散弾を撃ちこむも、遅い。

 怪人はこちらから見てコンテナの反対側に飛び降りて銃撃を回避した。

 ストーカーが弾切れになった2連装ショットガンにリロードをしながら、引きつった笑いをあげた。

 

「折角助けてくれたお礼に鉛球をご馳走しようとしたのにな」

 

「シャイなんだろう。姿を隠しているような奴だからな。……お前はコンテナの右側を見張れ。俺は左側から回りこむ。」

 

 ストーカーは言われた通り銃口も視線もコンテナの右側に向けながら、疑問の声を上げた。

 

「逃げないのか?相手はブラットサッカーだぞ」

 

 ブラットサッカー。それはZONEでもっとも有名なミュータントだ。

 人間が変異したと思われる異形の怪人。

 原理は不明だが光学迷彩を使って忍び寄り、口腔にある軟体動物の歯舌を思われせる器官を使い獲物の体液を吸血する。

 この程度の情報ならあの薄っぺらいガイドブックにも記述されていた。そして本来彼らはZONEの最奥に潜み、滅多なことでは遭遇しない。それ故に危険だと。

 

「折角有名人に会えたんだ。サインの一つでも貰っておく。向こうもファンサービスしたがってるみたいだしな」

 

 本来光学迷彩を使ってまで自身の存在を隠すブラットサッカーがわざわざ自分の存在をアピールしてきたということは、それはもはや宣戦布告に他ならない。

 逃げても間違いなく追ってくる。姿を消せるミュータントとの追撃戦など考えたくもない。

 ここで叩くのがベストだろう。なにより―――

 

「光学迷彩をつけた連中とは何度かやりあったことがある。俺はコンテナの右側からは絶対に出ないから、そっちに異常があったら散弾をぶっぱなせ。」

 

 この程度の敵ならあの悪夢の一夜で何度も叩き潰してきた。

 HMDとして機能しているシューティンググラスで自動小銃の残弾を確認。まだ20発は残っている。問題無し。

 軍曹は躊躇なくコンテナの裏手へと飛び込んだ。




 チュートリアルだけどZONEのアイドルさっちゃんが登場。
 装備がいいと難易度が自動的に上がる模様。

 ZONE観光案内
 Cordon(非常線)。
 最初のマップであり、敵もアノーマリーも少なく、景色も良くてとてものんびりした所……なのだが最初のマップなので主人公の装備も貧弱で、うっかりアノーマリーに近寄ったら瀕死、放射能汚染地に近寄ったら放射能抑制剤が高くて買えなくて瀕死、犬に囲まれたら武器がヘボなので瀕死、バンディットに出くわしたら防具がヘボなのでラッキーヒットで瀕死、軍人に出くわしたら蜂の巣にされて瀕死になるという、相対的にはやっぱ危険な所。
 さっちゃんは基本いないので安心して下さい。

 

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