S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler 作:DAY
枯れた荒野を一人、黙々と歩く。兵隊の基本は荷物を背負って歩くことだ。苦にはならない。
既に15キロは歩いてきた筈だが、確証は持てない。ZONEに近づくに連れてPDAに装備されているGPSの精度が時折妙にズレるからだ。
ZONEの上空は常にアノーマリーと呼ばれる異常現象と、それに伴う電磁場が発生して衛星からの監視を受け付けないということを聞いたことがある。
となればこのGPSの異常はZONEに近づいているという証拠か。だがそうなると現地で行動する際は紙の地図を使って行動しなければならないかもしれない。
一応チェルノブイリとその近辺の地図も持ってきているが、所詮ZONEが発生する前の地図だ。どこまで頼りになるかはわからない。現地でガイドを探す事も検討しなければならないが、現金とて無限にあるわけではないし、多少の金銭で余所者に情報を渡すお人好等そうはいるまい。
自分もZONEではストーカーのように振る舞い、現地のトレーダー等からの信頼を得なければならないだろう。
そんな事を考えながら歩いている内に、いつしか荒野に植生が生えてくるようになってきたようだ。
といってもその大半が立ち枯れたような草木ばかりで陰気な曇り空と相まって、歩いているだけで憂鬱な気分になってくる。此処に来る際、装備を選ぶ余裕等なかったため、F.E.A.R.の装備で使えそうなものをそのまま持ってくることになった。
その結果、灰色の都市迷彩の戦闘服になった訳だが、この陰鬱な空と大地には意外と合っているかもしれない。
口の乾きを覚えた軍曹は腰のポーチからミネラルウォーターのボトルを取り出すとフェイスガードを外して、一口飲んでまたポーチに納めた。水はバックパックの中に更に4リットル程ある。水を浄化する錠剤もあるにはあるが、ZONEの水源の大半は放射性物質や化学性物質に汚染されていると聞くから、無くなったらZONEのトレーダー等で調達するしかないだろう。
ふと、気配を感じて周りを見渡す。すると200メートル程先に3匹の野犬の姿が見えた。いつのまにか後を追跡していたらしい。
軍曹は歩みを止めると肩にかけていた小銃を構え、装着されたスコープで更に相手を覗く。拡大された視野に写った野犬はどうということのない犬のように見える。だがよく見るとこの野犬には目が無いのが判明した。
一匹だけなら単なる奇形かもしれないが、三匹が三匹とも目がないのだ。そしてそれでいて明らかに何らかの方法―――恐らくは嗅覚と聴覚だろうが―――でこちらを認識している。動作も普通の犬と大差ない。
彼らも又ZONEで発生、適応した一つの種なのだろう。ZONEの境界に程近いとはいえ、こんな所にまでミュータントが顔を見せるとは。
撒くか、ここで蹴散らすか。軍曹は判断を迫られた。体力には自信があるとはいえ、バックパックを含めて40キロ近い装備で犬の追跡を振り切るのは難しい。装備を捨てれば逃げるのなど容易いだろうが、それでは何も持たずにZONEに入ることになる。
ここでケリをつけるか。
そう判断すると彼は片膝をついて射撃体勢を取ると初弾を装填して安全装置を解除する。
手にした小銃はF.E.A.R.でも採用されていたG2A2ライフル。H&K社のベストセラー自動小銃G36の民間仕様型のSL-8を更にATC社がカスタマイズした物で、作られた経緯を聞いた時はどうしてそんな回りくどい真似をと思ったものだが、性能自体に不満を持ったことはない。皮肉なことにあの事件に於いてはレプリカ兵も運用しており、良くも悪くも扱い慣れている。
F.E.A.R.ではドラムマガジンを付けて運用する場合が多いが、ここでは取り回しを優先して通常の30連マガジンを取り付け、荒野で使うことも考えて3倍のスコープを取り付けてある。一応ドラムマガジンもバックパックの中にはあるので、必要とあれば軽機関銃としても運用できる。犬相手にそこまですることはないだろうが。
スコープの中のレティクルを犬の胴に合わせる。そして引き金を絞る瞬間、僅かに銃口を下げた。
放たれた弾丸は一瞬で300の距離を飛び、盲目の犬の足元に着弾する。
外したのではない。相手の出方を伺うための威嚇射撃である。ここで襲ってくるようなら次弾で射殺すればいい。
だが、以外にも狙われた盲目の犬は足元に弾丸が着弾すると一声、哀れっぽい鳴き声を上げ一目散に逃げていった。他の二匹もそれに続く。
てっきり襲ってくると思っていた軍曹は些か拍子抜けした気持ちで逃げていく野犬達を眺めた。噂に聞くミュータントとは随分違うようだ。
わざわざ追いかける必要も見出だせず、軍曹は肩に小銃を掛けると再び歩き出した。
そして更に追跡を警戒しながら半時間程歩く。時折胸に取り付けたガイガーカウンターが不定期に嫌な音を鳴らすようになってきた頃、道路上に検問所と思わしきものが遠目に見えてきた。
近くにあった茂みに身を隠しながら、双眼鏡でその施設を観察する。
機銃を付けた見張り台、道路を封鎖するコンクリート製の車両止めと数人の兵士、安っぽい作りの兵舎に本部があると思われる2階建てのレンガ造りの建物。そして2台の旧式の装甲車。
更に拡声器を通した警告が聞こえてきた。
『……警告する!お前達は生態系汚染地域から許可無く脱出しようとしている! 汚染の可能性のあるものの我が国への侵入を我々は許可しない! その行為に対して我々は無条件での発砲を許可している……』
耳を澄まして聞いていると自分に対して向けられた警告ではなく、単に一定の警告文を自動で繰り返しているだけのようだ。内容としては外部からZONEの侵入に対する警告ではなく、ZONEから外に脱出しようとする者に対しての警告文。
拡声器で常時これらの警告を垂れ流すことによって建前上はこちらは警告をした、よって発砲しても問題ないというスタンスを取るためだろう。
よく観察すると銃座や装甲車の砲塔は外ではなく内部に向けられている。兵士達もこちら側を見ているものは少ない。
それだけ内部からの何かを警戒しているということか。
検問所からはZONEを取り囲むように有刺鉄線が貼られているが、あれがどれだけの効果を持つのかは正直疑問だ。もし入場を断られた場合、有刺鉄線を掻い潜ってZONEに入らなければならないが、それなりに見晴らしがいい場所に銃座をつけた見張り台があるので、大きく回りこまないと有刺鉄線でもたついている所を蜂の巣にされる恐れがある。
取り敢えずは接触を試みるべきだ。
彼は自身の小型無線機の周波数を、予め調べておいた軍の周波数に合わせる。
『検問所の指揮官、聞こえるか?ZONEへの入場の許可を願いたい。ウクライナ政府からの正式な許可は降りている』
10秒程してから無線機から雑音混じりの返答が来た。
『……こちら検問所のクズネツォフ少佐だ。ZONEに入りたいだと?また馬鹿が来たようだな。取り敢えず姿を見せろ。言うまでもないようだが妙な真似をすれば即座に撃つ。お前が正式な許可証を持っていてもだ』
『了解した。姿を見せる。六時の方向だ。』
そう返すと 身を潜めていた茂みから出て両手を上げながら見通しの良い道路を歩いて、検問所に近づいていく。
すぐに見張り台の兵士が彼の姿に気づいたようで下に叫びながらこちらを指さす。続いて装甲車の砲塔がこちらを向き、最後に宿舎から兵士達が次々と出てきてこちらに向けて小銃を構えてきた。
こんな見通しのいい場所で一斉に撃たれれば、如何に彼が常人離れした兵士だとしても一溜りもあるまい。
だがそれでも万が一のことを考え、近くの銃撃を凌げそうな窪地に意識を向けながら彼は進んでいった。
検問所に到着した後、クズネツォフ少佐は二階建ての建物から姿を現した。
周りの兵士達がヘルメットか、バンダナを装着している中、一人だけミリタリーベレーを被った、如何にも神経質そうな顔をした中年の男だった。
こんな規模の小さい検問所に佐官クラスの指揮官がいるとは驚きだったが、彼の振る舞いを見る限り左遷先としてここに飛ばされたか、或いは此処での長期任務を行うことに対する対価として佐官になったのではないかと軍曹は思った。
何しろこちらの提出した通行許可証を一瞥しただけで、次に口に出した言葉が「いくら持っている?」だったからだ。そしてその後こう続けた。
「金額によってお前のケツを蹴っ飛ばしてここから追い出すかか、笑顔でここを通すか、護衛の兵士と車を付けて『ゴミ捨て場』辺りまで送っていくかが決まる」
碌にパスポートを確認しようとすらしない。その態度にはむしろ清々しさすら感じる。
軍曹は無言で懐から輪ゴムで束ねられてくしゃくしゃになったルーブル紙幣を彼に差し出した。概ね数万ルーブルはあるはずだ。
これで駄目なら同じような札束をもう一つぐらいは出すつもりだった。
あまり値切るつもりはない。自分が交渉が上手い方ではないという自覚はあったし、値切り過ぎて正規軍相手にしこりを残すような真似はしたくない。とはいえ身ぐるみ置いて行けと言われれば、この場で戦闘開始となる。
先ほどとは違って彼は最早検問所の中にいる。装甲車や見張り台の銃座の死角にいるのだ。
この状況なら軍曹の異能を持ってすれば乱戦に持ち込んで殲滅できる。
皮肉なことにそれを決めるのは軍曹自身ではなく、目を輝かせて渡された紙幣を数えているクズネツォフ少佐なのだが。
だがその心配は不要のようだった。渡した紙幣は少佐を充分満足させたらしい。
「流石に外国人は金を持っているな! 通行証を確認したから通ってもOKだ。VIP待遇とはいかんがこの『非常線』で揉め事に巻き込まれたら俺の名前を出しても構わんぞ!」
満足どころか対応がガラリと変わった。そう極端な大金を出した覚えはないのだが、余程の薄給だったのだろうか。
だが折角饒舌になってくれたのだ。これを逃す手はないだろう。
「自分のケツは自分で持つさ。代わりにこの辺りのことを教えてもらえるとありがたい」
「いいだろう。この辺りは『Cordon』(非常線)と呼ばれているエリアだ。
昔ZONEが発生した時、この辺りを堺に封鎖したためそう呼ばれている。ミュータントもアノーマリーも殆どないZONEでは数少ない平和な所さ。まさに初心者用エリアってとこだな。
そしてここを北上すれば『Garbage』(ゴミ捨て場)と呼ばれる所に着く。汚染された機械やらなんやらのゴミ捨て場でバンディット共の溜まり場にもなっている危険な場所だ。
更に北上すると『BAR』と呼ばれるストーカー共の拠点になっている廃工場地帯がある。そこからしばらく北に行くと我々の基地だった廃墟があってそこから先が怪物とアノーマリーの森『Red forest』。其処を抜けてようやくチェルノブイリの発電所ってわけだ。
基本は奥に進みたいなら北上していけば間違いないが、奥に行けば行くほどアノーマリーが不規則に発生していて道を塞いでる場合もある。そんな時は…まあ地道に道を探すしか無いな。無理に突っ切ろうとするのは地雷原に突っ込むのと変わらん。
アノーマリーにかかれば戦闘ヘリだろうが装甲車だろうが空き缶みたいにペシャンコにされちまうからな。俺たち軍隊がこんな外側でこうして指をくわえているのもそれが理由だ……そういえばお前はアノーマリー探知機は持っているか?」
否定の意をこめて首を横に振ると、クズネツォフ少佐は呆れたように言った。
「お前は自殺しにきたのか?サービスでくれてやるからこれでも持っていけ」
そういってポケットから小さなビニール袋を出すとそれをこちらに渡してきた。
中身を調べると紐のついたナットやボルトが入っている。
「……なんだこれは?」
「ZONEで一番安い探知機さ。妙な気配を感じたらとりあえずそいつを放り込んでみろ。アノーマリーがあればボルトに反応するはずだ」
紐が付いているのは投げた後、回収するためか。礼を言ってそれを腰のポケットに入れる。
「もう一つだけ聞きたいんだが、アンタZONEのトレーダーの居場所を知らないか?」
「ああ。ここを数キロ程北上した所にある村がストーカー共のキャンプになっていてな。そこに一人いる。シドロビッチという古狸だ。
村を溜まり場にしているストーカー共をこき使って悪どく稼いでいるよ。あの村に居る奴はZONEの奥にも行けないルーキーばかり。引き返そうにも俺たちがいる。だから奴の言うなりになって日銭を稼ぐしか無いってわけだ。
もっともそれでも奥に比べれば天国みたいな環境だろうがね…俺達もZONEの奥に配備されてた時は、毎日化け物の唸り声と日替わりで移動するアノーマリーに囲まれて生きた心地がしなかったぜ」
その言葉を聞いてふと軍曹は盲目の野犬を思い出した。
「ミュータントか……。此処に来る途中で目のない犬を見かけたが」
「めくら犬ならビビることはないぜ。あんな奴はそこらの野犬と大差ない。だが同じ犬でも人間みたいな顔をした犬には気をつけろ。奴は顔だけじゃなくて頭の良さも人間並みだ。
そのほかにも歩くハムみたいな豚やでかい猪がいるが所詮は獣だ。銃を持っていればどうにでもなる。問題は銃をぶっぱなしただけじゃどうにもならない相手だ」
「そんな奴がいるのか? 銃が効かないと?」
そう聞くとクズネツォフ少佐は顔を顰めた。そこには僅かだが間違いなく恐怖の感情が見え隠れしている。
「効かない訳ではない……とは思う。殺すことはできるが弾丸を当てるのに苦労する化け物がいるのさ。例えばカメレオンみたいに姿を消す吸血鬼やよくわからん超能力を操るジェダイの騎士みたいな奴がな。
内側に居た時は俺たちも時々そういう奴と出くわした。そんな時はそいつが居たと思わしき方向にとにかく全員で銃弾をぶち込む。そうすると奴らもバカじゃないからさっさと姿を消す。
だがたまにそういうことのあった日の夜に兵士が消える事があるが、そんな時は奴らに生贄を捧げたと思ってそいつのことは諦める。……本当に危険な奴は自分の姿を晒すことはしないのさ。
だからといってそこら辺のケダモノ共にも油断はするなよ。ZONE内部に行けば行くほど奴らの数は増えて、より凶暴になる」
「……化け物相手の戦闘は慣れている。最後の質問だ。ナイトクローラーという傭兵部隊を知っているか」
そして最も重要な質問でもある。この質問に対して少佐は微かに眉を顰めて言った。
「…いや知らんな。傭兵共の大半は独自のルートを通ってZONEを出入りするんだ。大抵そういう奴らには政府にも口をきけるようなでかいスポンサーが付いているから我々も関与できないし、奴らも我々の前に姿を表わすことはない。そういった連中のことはシドロビッチ辺りに聞いてみな」
「成る程な。いろいろとありがとう。助かったよ」
「構わんよ。帰る時もこっちを使いな。通行料をまけてやるぞ」
余程、金を持っていると思われたらしい。苦笑しながら手を振ってその場を離れようとしたが、その後飛んできた言葉にギクリとした。
「何しろ、あのアーマカムの傭兵だからしっかり稼いでいるんだろ?あの大企業はアーティファクトに対して大金を払うって言うし羨ましいぜ。俺も転職したいもんだ」
そう。
今回偽造通行証を作る際にベターズはATC社の名前を使ったのだ。元々ATC社はZONE内部に多数の傭兵達を送り込んで、アーティファクトを採取していた事がある。勿論ウクライナ政府の関係者には多額の献金をして黙認を取り付けた上でだ。
その結果、多数の新型兵器の開発に成功し、ATC社は一躍業界のトップに踊りでた。
F.E.A.R.はATC社の出資も受けており、内部関係にも詳しい。
今回通行証を作る際に使用したATC社の人物は先日の事件により既に死亡している。だがATC社は、本社が壊滅状態になったことによる混乱からまだ完全には立ち直っておらず、今ならばごまかせるだろうという希望的観測に基いて作成されたのだ。
それにしても少佐がまともに見てもいなかったと思っていた通行証に、しっかりと目を通していたとは。
確かに彼の言うとおり企業付きの傭兵が独自のルートで移動するのならチームも組まず、碌に情報も持たず、たった一人で歩いてやってくるというのは不自然と思われても仕方があるまい。
その不自然さに目を瞑ってもいいと思わせる金額を受け取ったことでクズネツォフ少佐はその辺りの追求は辞めたようだが、帰りはこの道は通らないほうがいいかもしれない。
そんな事を思いながら彼は検問所を後にした。
クズネツォフ少佐は小さくなっていく外国人の傭兵の姿を暫く見続けた後、兵士達に見回りに戻るように言って解散させた後、自分も検問所の建物に戻って無線機のスイッチを入れた。
「……あんたか。俺だ。クズネツォフだ。先ほど妙な奴がZONEに入ってきてな。多分米国から来た奴だと思うんだがナイトクローラーの事を尋ねてきた。……そうだ。格好は灰色の都市迷彩の最新型の戦闘服で、獲物はG36のカスタムライフル。偽名だとは思うが書類に記載されていた名前は…」
無線機に向かって語りかけるその言葉は囁くように小さくなっていった。
ボルトの仕様は路傍のピクニック仕様。
この軍人はCordonの橋の下でZONEに来たばかりのプレイヤーから金を巻き上げる憎い奴ですが、賄賂をいっぱいもらったせいでとても親切に。
それにしても命がけで任務こなしても良くて三千ルーブル(日本円に換算して約六千円)の報酬とかZONEブラック過ぎワロス。
おまけのZONE観光案内
Cordonの軍人基地
作品やMODによっては機銃や装甲車が配備されて近づくだけで蜂の巣にされる危険な場所。
S.T.A.L.K.E.R.一作目では基地から離れて巡回してる軍人を襲ってAKを入手できるが、高確率で基地の部隊がリベンジに来る。
その際間違ってもルーキーキャンプに逃げ込むなよな!