S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 28 Emission

 ようやくX-18から出て、廃工場へと出た時既に時間帯は明け方近かった。

 夕方近くにX-18に入ったので、一晩中あの中を探索していた計算になる。

 フィアー本人としてはそこまで長い時間居たとは思っていなかったのだが、あの手の施設を探索していると時間の感覚がおかしくなるのはよくあることだ。

 

「こりゃ酷えな。ようやく血なまぐさい所から出てきたのにまたミンチかよ」

 

 シェパードが廃工場内のそこら中に散らばるバンディットの死体を見て、鼻を押さえる仕草をした。

 

「こいつらが手榴弾を使って自滅したんだ。文句があるならX-18に戻ってみろ。もしかしたら死んだ連中が『まだ』いるかもしれんぞ?」

 

 そう返すとシェパードは思いっきり顔をしかめた。

 

「勘弁しろよ。もうあの手の連中はこりごりだ。とにかく一旦ここから離れたい。近くに廃棄された農場があったからそこで一休みと行こうぜ」

 

 彼は自分のPDAを出して、この付近のマップを写しだした。

 確かにここから南西に言った所に大きめの農場がある。

 

「結構大きめな所だな。これだけ大きいと先客がいるんじゃないのか?」

 

「かもな。だがこのdarkvalleyで安心して休めそうな所はここぐらいしかないんだ。北にも大きめの工場があるが、大抵バンディットが住み着いてる。でかすぎてクリアリングするのも一苦労だから、休憩所代わりには使いにくい。

 まあここは開放的すぎて拠点として重要性は低いから、誰かが居たとしてもそんな大した奴らはいないだろ」

 

「まあ、ZONEじゃアンタのほうがベテランだ。任せるよ」

 

 フィアーはそう言って彼と共に白み始めたdarkvalleyの荒野を歩き始めた。

 

 

 

 ◆      ◆

 

 

 

 2人は荒野を全力で疾走していた。

 その理由は真っ赤に染まった空とZONE全域に鳴り響くサイレンの音。

 ブロウアウトが来たのだ。

 

「お前をベテランだと信じた俺が馬鹿だった!」

 

「馬鹿言うな! エミッション(ブロウアウトの別名)がいつ発生するかなんて早々分かるかよ! それに今のペースならなんとか間に合うはずだ!」

 

 ブロウアウトのサイレンが鳴った後のシェパードの行動は確かに迅速だった。マップも見ずにブロウアウトを凌げる建築物である農場に向かって全力で走り始めたのだ。

 

「これで駄目だったらゾンビになった後、お前を真っ先に食ってやる! ……見えたぞあそこだな!?」

 

 2人の行く先には崩壊した石壁に囲まれた牧場と家畜小屋が見える。

 家畜小屋と言っても石造りのしっかりした作りで、あれならブロウアウトも防げそうだ。

 ブロウアウトまで後数分の猶予はある。全力で走れば間に合う距離だ。

 この調子ならまた荷物を捨てるような羽目にはなるまい。

 

 そういう意味ではサイレンが鳴り響くと同時に、即座にブロウアウトの避難所に向かって移動を開始した辺り、流石はベテランストーカーだ。

 この辺りの地図が頭に叩きこまれているのだろう。

 

「危ねえ! アノーマリーだ! 引っかかるなよ!」

 

 警告と共に前を走っていたシェパードが急激に進路を変える。

 そこには見辛いが確かにアノーマリーと思わしき、揺らぎが見える。

 アノーマリー探知機の範囲は意外と狭い。

 全力で走っていたら突っ込むとまでは行かなくとも、直前で気がつく羽目になり方向転換に手間取ったかもしれない。

 そして万が一、この状況下でアノーマリーに引っかかったら間違いなく助からない。

 

 シェパードの目の良さに感心しながらも、フィアーもアノーマリーを回避し、彼の後に続く。

 壊れて倒れた門を飛び越えて、農場の枯れ草を踏み越え、ようやく家畜小屋の入り口へと飛び込んだ。

 内部に入り込むと同時に外から燃料気化爆弾でも炸裂させたような重低音が響き渡り、続いて紅い嵐が外部で吹き荒れ始める。

 間一髪間に合った。

 そう安心したのもつかの間だった。

 

「おい、誰か入ってきてるぞ!」

 

 家畜小屋の奥から濁声が響き、続いて複数の足音が迫ってくる。

 

 先客か。

 

 反射的に銃を構えそうになったフィアーをシェパードが制する。

 怪訝そうに彼を見やったフィアーに対してシェパードは、

 

「この声には覚えがある。一応知ってる連中だ」

 

 と、面倒くさそうに答えた。

 そうこうしている内に、家畜小屋の奥から4人のストーカーが姿を現した。

 MP5や水平二連のショットガンで武装し、あまり質が良いとはいえそうにない、汚れたストーカースーツを着込んでいる。

 振る舞いもどこか粗野で、どちらかと言えばバンディットに近い物をフィアーは感じた。

 彼らは一旦こちらに銃を向けたが、バンディットやミュータントではないとわかって銃を下ろした。

 だがその後出てきた言葉は友好的とはいいがたいものだった。

 

「どこの間抜けかと思いきや、これはこれは……シェパードさんじゃねえか。ようこそ俺達の拠点へ」

 

 彼らの中のリーダー格と思わしきストーカーが嘲るような言葉をかけてくる。

 それに対して舌打ちを堪えるような表情でシェパードは答えた。

 

「よう、ヴァンパイア。見ての通り外はエミッションだ。悪いが軒下を貸してもらうぜ」

 

 ヴァンパイアと呼ばれたリーダー格のストーカーは、その言葉に対してにやにやとしながらその言葉に応じる。

 

「ああ、いいとも友人よ。ストーカー同士助け合わなければな。ところでマールとエフゲニーはどうした?見当たらないんだが」

 

 その質問に対して暫くシェパードは黙っていたが、やがて絞りだすようにして答えた。

 

「……あの2人は、X-18で死んだよ」

 

 この答えに彼らは爆笑した。

 

「おいおいおい、聞いたかよお前ら!こいつと来たら俺達が折角可愛がってやってた新人を死なせやがった!俺達の下じゃ鉄砲玉か肉盾にされるのがオチだと言って、勝手に連れだして行ったってのに、実際は自分がX-18で盾にする為だったとはな!こいつはいい笑い話だぜ!」

 

 その嘲りの声に対してシェパードは厳しい顔をしたまま、特に何も言わなかった。

 だがその言葉で凡その事情がフィアーにも掴めてきた。

 どうにもあの2人はシェパードとチームを組めるレベルのストーカーとは思えなかったが、その答えがわかった。

 恐らく彼らはこの粗野なストーカーチームにこき使われていた所を、シェパードが連れだしたのだろう。

 こんな連中に使われていては、確かにその内使い潰されるのがオチだ。最も皮肉なことによかれと思って連れだした先で、彼らは非業の死を遂げてしまった訳だが。

 

 確かに彼らの死の責任に対してはシェパードにもその一旦があるだろう。

 直接X-18に連れ込まなかったと行っても、思わぬトラブルで結局彼らはX-18に入る羽目になって死んだ。

 だからと言って彼らの下で、小間使いのように使われていたほうがよかったのかと言われてもやはり答えは出ないだろう。

 シェパードの性格からして強引にあの2人を連れだしたとは思えない。

 となれば彼らは彼らの意思でシェパードに着いて行った筈だし、そのことでシェパードが非難される謂れもない。

 

 ZONEに来て日の浅いフィアーにもわかる。この世界ではあらゆる事柄が自由な代わりに己の全てに責任を持たねばならない。

 このZONEで望まぬ最後を遂げたとしても、それは全て自分の責任なのだ。

 あの2人はここで彼らとチーム組んでいくよりもシェパードと共に行くことを選んだ。

 そして運悪く志半ばで倒れた。それだけの話だとフィアーは思った。

 

 そんなフィアーを尻目にストーカーたちはひとしきりシェパードを笑った後、値踏みするような目でこちらを見てきた。

 

「まあ、あれだ。別にここでブロウアウトが過ぎるのを待つのは構わねえよ。だがよ、折角面倒見てたルーキー共を見殺しにされたとあっちゃ、こっちとしても収まりが付かねえ。ここは一つ何らかの誠意を見せて欲しいところだなあ」

 

 そう言って彼は手にした消音器付のMP5をチラつかせてきた。

 そのMP5はかなり手を加えられているのが一目でも分かる。

 彼のヴァンパイアという名前の由来はこの消音銃から来たのか、或いはそのバンディット染みた性格から来たのだろうか。

 笑いながらシェパードを見ていたヴァンパイアだが、やがてその視線が彼の背中のTG-2A Minigunに向いた。

 その目が驚きと欲に見開かれる。

 続いて彼の視線はこちらにも向けられる。正確にはフィアーが背負っている巨大な粒子砲、Type-7 Particle Weaponに。

 

「なんだお前ら。面白い武器持ってるじゃねえか。よし、今回はそいつでここの宿賃にしてや―――」

 

 ヴァンパイアがその言葉を言い切るより先にフィアーがシェパードを押しのけて、ヴァンパイアの前に立っていた。

 

「おい、フィアー―――」

 

「お前がこいつらにどんな負い目を持ってるか知らんが、俺には関係のないことだ」

 

 何か言いかけたシェパードの言葉をフィアーはピシャリと遮った。

 そして眼前のストーカーに向き直る。

 

「ヴァンパイアとか言ったか。マールとエフゲニーの事は俺にも責任がある。奴らは俺が助けられなかったせいで死んだ」

 

「……ああ、そうかい。だったら尚更お前からも慰謝料を払ってもらわねえとな」

 

「だが残念だが、お前に払えるものはこれぐらいだな」

 

 そう言ってフィアーは拳をヴァンパイアの顔面に撃ち込んだ。

 声も出さずにヴァンパイアは吹っ飛び、家畜小屋の奥へ叩きこまれた。起き上がらない所を見ると完全に気絶したようだ。

 

「てめえ!?」

 

 残る3人が反射的に銃を構えようとしてくるが、それをするには両者の間は余りにも近すぎた。

 スローモーを発動させ、一瞬で間合いを詰めると水平二連散弾銃を構えようとした一人目の腹にボディブローを撃ちこみ悶絶させ、胸ぐらを掴むと二人目へとぶつけて纏めてなぎ倒す。そして最後の三人目に殴りかかろうとした時点でフィアーは行動を止めた。

 最後の1人は銃を捨ててホールドアップしたのだ。

 フィアーは舌打ちした。

 

「情けない野郎だ。喧嘩を売るなら最後までやれよ」

 

 最後のストーカーは卑屈な笑みを浮かべた。

 

「無茶言うなよ。そんな度胸もねえから俺達はバンディットにもなれねえのさ。今回は俺達の負けだ。好きなだけここにいるといいさ」

 

 そう言うと彼は気絶したままのヴァンパイアを引きずって、家畜小屋の奥へと消えていく。

 なぎ倒した彼らの2人の仲間も同意見のようで、彼らもなんとか身を起こすと、こちらへの呪詛を吐く余裕もないのか、ふらつきながら仲間の後を追っていった。

 彼らはこちらの側を通り過ぎる時、フィアーに向けて怯えるような視線を向けていた。

 

 あれだけの戦力差を見せつけられれば、馬鹿な真似は起こすまい。

 それにあの程度の連中なら、例え不意を付かれても対処できるので問題ない。

 これが逆にフィアーをして脅威と思えるレベルの敵なら、フィアーは降参など認めず、全員をブロウアウトの吹き荒れる外へと叩き出していただろう。

 

「無茶やりやがるな」

 

 シェパードが呆れたように声をかけてきた。

 

「俺もお前もそしてこのZONEもそんなお上品な柄じゃあるまい。負い目を感じるのはわかるが、あんな連中に感じても仕方ないぞ」

 

「まあ、そうだな。あいつらはこの辺で詐欺まがいな事してる、悪名高いグループでな。マールとエフゲニーはあいつらに騙されていいように使われてたんだ。それで思わず俺と来るかと言っちまったんだ。

 筋はいいからBARにでも辿りつけば、後はあいつらの才覚でやっていけるだろうと思ったんだ。それがまさかこうも早く死なせちまうとはな……」

 

「このZONEじゃ自分の行動は自分で責任を取るしか無い。野垂れ死にしたとしてもそれは彼らが選択した事だ。そうだろ?」

 

「それもそうだな……。やれやれ、どうにも柄にもないことはするもんじゃねえな。俺達も一旦腰を休めようぜ。そういえばお前さん、なんで俺を探してたんだ?そこんところの事情をまだ聞いてなかったな」

 

「ああ、それはだな―――」

 

 外ではブロウアウトの赤い嵐が未だに荒れ狂っている。

 入り口から見えるその紅い光景を見ながら、フィアーはシェパードに改めて自分の目的の説明を始めた。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

「ナイトクローラーを追ってるのか……。確かに奴らはここの所ZONE一番の厄介者になりつつある。奴らを潰せるなら俺も協力することはやぶさかじゃねえが……」

 

 Darkvalleyの荒野を歩きながらシェパードは言った。

 あの後ブロウアウトが終わった後、2人はすぐに農場を出発した。あんな連中といつまでも一緒の空気を吸うのは御免だからだ。

 そしてその間にフィアーはシェパードに対して凡その説明を終わらせていた。

 自分の所属こそ明かさなかったが、その目的。そして彼が追う傭兵部隊ナイトクローラーの詳細とその目的。

 

 ナイトクローラーの正体に対して、シェパードは然程驚くこともなく受け入れた。

 傭兵部隊としては余りにも大規模かつ異質すぎる為、ZONEのストーカー達も彼らに大きなバックがいることは薄々感じていたらしい。

 だが、その後に話したATC社の私設部隊が来るかもしれないという説明に対しては、彼は大きな反応を示した。

 

「ナイトクローラーも厄介だが、そいつらも厄介だな。このZONEで余所者がでかい面しようってのが気に入らない」

 

「まともな方法だと軍隊を送り込んでも全滅するって話だが、あんたからすれば実際の所はどうだと思う?」

 

「そうだな……。何らかの方法でアノーマリーの位置を掴めれば軍隊を送るのも不可能じゃ無いとは思う。昔ならともかく今なら高性能なアノーマリー探知機もあるから出来ないこともないだろう。それでも送れるのは少数だろうが……」

 

「ナイトクローラーの拠点については?Barkeepはあんたなら心当たりがあるかもしれんと言ってたが」

 

 その質問に対してシェパードは迷うような素振りを見せたが、やがて諦めたように答えた。

 

「あるといえばある。奴らの拠点Limanskの街はまともな方法じゃ入れないが、あるアーティファクトがあれば入れるようになる。……そしてそのアーティファクトは俺の隠れ家に保管してある。そいつをアンタに貸してやるよ。あんたは命の恩人だからな。ただ一つ問題がある」

 

「なんだそれは?」

 

「その俺の隠れ家はRedforest(レッドフォレスト)っていうZONEの一番の危険地帯にあるってことだ。正直出入りするだけでも命がけだ……、だがアンタなら大丈夫だろう。因みにLimanskはそのRedforestのすぐ近くにある。隠れ家に行って目的の物を手に入れたらすぐにLimanskに入ることができるぜ」

 

「では一旦BARに寄って装備を整えた後、お前の隠れ家に直行だ。いいな?」

 

「ああ構わんよ。それから途中のArmy warehouses(アーミーウェアハウス)にはfreedomの拠点があるからそこにも寄って行きたい。あそこは外との繋がりが太いからいい装備が揃ってるはずだ」

 

 freedomと聞いてフィアーはBarkeepからの情報を思い出した。

 彼らはATC社との繋がりもあったと聞いている。現在のATC社の情報もつかめるかもしれないし、ついでにあの会社の製品の取り扱いがあるなら、弾切れになったType-7の補給も頼めるかもしれない。

 フィアーはPDAを見てそれぞれの地点を確認した。

 

「了解した。ではBarを出た後は北に進み、Army warehousesのfreedomの拠点に行く。そしてその後は西に進み、Redforestに入り、お前の隠れ家で目的の物を手に入れてそこから北西に進んでナイトクローラーがいると思わしきLimanskに入る。これでいいな?」

 

「ああ、トラブルがなきゃそんな感じだな。とにかくArmy warehousesぐらいからはミュータントもアノーマリーも凶悪になってくる。弾薬と食料、そして医薬品はしっかり補充しておけよ」

 

「……ところでお前、そのミニガンはいつまで持ち歩くんだ?」

 

「ああ、流石に隠れ家までは持ってかねえから安心しろよ。遠征の荷物にしてはでかすぎるから、DutyかBarkeep辺りに高値で売りつける。アーマカム製の武器だし高く売れるだろうよ」

 

「ストーカーって奴はどいつもこいつもピカピカの銃見ると目を輝かせやがるな」

 

「当たり前だ。ZONEで武器に興味がないストーカーなんて居ねえ。後、牧場じゃロクに荷物整理もできなかった。BARに戻ったら遠征で手に入れた物の整理もしなくちゃな」

 

 ……その言葉を聞いてフィアーも自分の荷物に放り込んでそのままのアーティファクト容器を思い出した。X-18で倒れていたナイトクローラーの死体から手に入れた物なのでそう安っぽい物が入ってるとは思えないが。

 

 激戦に次ぐ激戦でアーマーも随分と傷んできた。修理も頼んだほうがいいだろう。

 修理と言えばType-7 Particle Weaponにしてもそうだ。システムのコンディションがイエローな上、残弾数がゼロだがもし弾薬を補充できるならこれはミュータントに対しては切り札になる。

 そのことをシェパードに聞いたら、

 

「アーマカムの武器を直せるとしたらFreedomの連中だな。奴らなら部品を外から手に入れられるかもしれん」

 

 と言葉が返ってくる。

 

「まあ、何にせよ一度BARに戻ってからだな。そこからの事はそこで考えようぜ。相棒」

 

「お前の相棒になった覚えはないんだが……」

 

 そんなことを言い合いながら2人はdarkvalleyの荒野を歩いて行った。

 

 

 

 ◆     ◆     ◆

 

 

 

 来た時と違い殆どミュータントに出会うことなく、フィアーはシェパードの先導の元、darkvalleyを抜け出す事に成功した。

 シェパードに言わせるとミュータントがいそうな所を避けて歩いたかららしい。

 ZONEは広いようで狭い。腕のいいストーカーなら何処にどんなミュータントが巣を作っているのかある程度予想がつくとのことだ。

 

 そんな訳で現在はDarkvalleyへの出入口である狭い谷底を抜けて、『ゴミ捨て場』の森の中を2人は歩いている。

 丁度ここはブラッドサッカーがバンディットを襲って攫っていった位置だ。

 その為フィアーは殊更警戒しながら進んでいたのだが、シェパードの方は気にした様子もなく進んでいく。

 そのことについて警告すると彼は、

 

「この辺りにはミュータントの気配がない。暫くは大丈夫だ」

 

 という答えが帰ってきた。

 単に付近の気配を探る程度ならフィアーにもできるが、彼のそれはフィアーのそれとは根本的に違うような感じがする。

 ただ楽観的に物を言っているのか、それとも先のdarkvalleyを歩いていた時と同じくミュータントが居るかどうかを見分けるコツでも知っているのか。

 首をかしげながらも警戒レベルを下げ―――それでも必要最低限の警戒はしつつ、彼の後を付いていった。

 

 そして森を抜け出ると森の入口に複数の死体があった。

 先日フィアーが撃ち殺したバンディットの死体だ。ミュータントに食われたのか、腐乱死体のような悲惨な有り様になっていた。しかも装備品は殆ど無くなっている。

 恐らくアンドリーが剥ぎとって行ったのだろうが、容赦の無い剥ぎ取りぶりだ。

 

 ただ、彼らから離れた所に小さな木製の十字架による簡易式の墓があるのを、フィアーは見逃さなかった。

 あそこに埋まっているのは、殺したバンディットの近くに転がっていたストーカーの死体だろう。

 見ず知らずのストーカーを埋葬して墓まで建てるとは、『ゴミ捨て場』のストーカー達は仲間意識が高いようだ。その分バンディットには手厳しいが。

 

「? どうした、フィアー。BARはすぐそこだぜ?」

 

「ああ、なんでもない」

 

 死体と墓に気を取られていたフィアーにシェパードが声をかけてきた。

 フィアーは返事をすると彼に追いつくべく歩く速度を上げた。

 

 

 

 ◆     ◆      ◆

 

 

 

 1時間後、2人はようやくBarへとたどり着いた。

 歩けば数時間でトラブルと出くわしていた行きの道中と違い、帰りは見事なまでに何もなかった。確かにシェパードはZONEのガイド役として一級だ。

 

 僅か一日程度しか離れていなかったBARだが、あのお化け屋敷のようなX-18から、この人の営みの地であるBARに戻ってくるとやはり安堵感がこみ上げてくるものだ。

 BARの入り口を守っているのは出て行った時と同じDutyの部隊だ。

 この部隊の隊長は、相変わらず不機嫌そうだったが、こちらを―――というかシェパードを見て僅かに頬を緩めた。

 

「無事だったかシェパード。一時はお前がくたばったなんて噂が出回ったから心配したぜ」

 

「なあに。ちょいと地下に潜って宝探ししてたのさ。また酒場であったら冒険談を聞かせてやるよ」

 

 彼はこのBARでも随分と顔がきくようだ。

 あの神経質なDuty隊長と笑って言葉を交わすと、2人はBARへの入場を許可された。

 100Rads Barへの道の途中、古びた廃工場の中を歩いている2人の上に鋭い声が浴びせられた。

 

「Get out of here , Stalker!……んん? なんだシェパードか。生きてたのかお前」

 

「よう、アントン。お前のその挨拶聞いてようやくBARに帰ってきた気がするぜ」

 

 その声を出したのはフィアーがこのBARを出て行った途中にいきなり罵声を浴びせてきた例のDuty隊員のものだった。かなり偏屈な人間だと思っていたが、シェパードは彼のような人間とも顔見知りらしい。

 

「随分と顔が広いな」

 

「まあな。俺はこれでもストーカーとしてはかなりの古参だし、古くから居る奴とは大体顔馴染みさ。ZONEは狭いしな」

 

 そう言いながら彼はBARの奥へと進んでいく。フィアーは彼を追いかけながら疑問を尋ねた。

 

「では聞きたいんだが……ナイトクローラーはいつ頃からZONEで活動していた?」

 

「そうだな……あれも結構昔からいたと思うぜ。ただし規模としては今みたいな大規模なものじゃない。精々が一個小隊程度の規模だった。こんな風に大規模に活動をし始めたのはここ2週間前からの話だ」

 

 2週間前というと丁度アメリカでATC社絡みの事件が起きたすぐ直後ということになる。ATC社から手を切った、或いは切られた彼らが即座にZONE入りしたのはATC社から身を隠す意味合いもあったのかもしれない。

 恐らくは今まで使っていた外の拠点が使えなくなったので目立っても已む無しと考え、部隊全ての人員をZONEに移動させたのだ。

 

 ここまで派手に動くとなると、物資の消費も激しい。どんな目的があるかは分からないが、ナイトクローラーも早めに事を済ませたいはずだ。

 

「俺の予想だとナイトクローラーはMonolith(モノリス)を狙ってるんじゃないと思う」

 

「Monolith?」

 

 シェパードが言ったその単語に聞き覚えがなく、フィアーは聞き返した。

 

「そう、Monolith。俺達ストーカーの中の伝説の一つさ。チェルノブイリ発電所、その奥になんでも願いを叶えてくれる物があるって話がある。アーティファクトの一種だと思うが、誰も確認したこともないし、チェルノブイリ発電所に入ることの出来た奴は皆生きては帰ってこなかった。発電所付近は高レベルの放射能で汚染されてるし、無数のアノーマリー、そしてMonolith(モノリス)兵がいるからな」

 

「放射能やアノーマリーはわかるが、Monolith兵ってなんなんだ」

 

「発電所の中心部―――Chernobyl NPPにあると言われるMonolithと呼ばれる願望機に魅入られちまった連中のことさ。まるで洗脳でも受けたかのようにMonolithを崇め、発電所に近づくものを全て排除する。発電所を探索して発狂したストーカー達の末路とも言われている。

 そしてこれがまた馬鹿に出来ない戦闘力なんだ。狂信者特有の死をも恐れない戦いぶりに加えて、どっから調達したのか最新の武器と防具で固めてる。如何にナイトクローラーでもこいつらを突破するのは骨が折れるだろうな」

 

「逆に言えば骨が折れる程度で突破することはできるかもしれんということか。奴らの一部の兵士は俺に匹敵する戦闘力を持っているぞ」

 

「……冗談だろ?」

 

「だとよかったが。あいつらは自分達の肉体を強化していて、人間離れした反射神経を有している。拳銃弾ぐらいなら正面から避けられるぞ」

 

 そのことを聞いたシェパードは顎に指を当てて考え始めた。

 

「そりゃ確かに不味いな。発電所の守りは確かに硬いが、過去に何度か侵入を許している。そのナイトクローラーの連中がお前ぐらいの強さなら確かに突破できるかもしれん。更にアーマカムの部隊も来るかもしれないんだろ?俺やお前1人で手が足りるのか?」

 

「ナイトクローラーとアーマカムの私設部隊は反目しあっている。そこが狙い目だ。上手くぶつけあえばどうにかなると踏んでいる。それでも駄目なら目についた片端から撃ち殺していくだけさ」

 

「そりゃお前ならそんな戦いができるかもしれんが、俺は間違いなく死ぬな……。ふむん、俺達以外の戦力が必要になってくるかもしれん」

 

「当てはあるのか?」

 

「おお、このシェパードさんを舐めてもらっては困る。俺に借りのねえやつなんてこのZONEじゃ滅多にいない。コネを使ってどうにかしてみるさ」

 

 そうこうしている間に100Rads Barの前に着いた。早速入ろうとするフィアーだがシェパードは酒場の近くにある、塀に囲まれた小さな空き地へと彼を引っ張り込む。

 

「まあ待てよ。まずは戦利品の確認だ。お宝の確認なんてひと目の多い酒場でできるわけないだろう?高額なもの持ってると知られたら、こそ泥に付け狙われちまう」

 

 なるほど。一理ある。確かにここは廃工場と廃工場の隙間で人の気配はない。誰か来たとしてもすぐに分かる。

 人が来たら空き地の出入口に気を配れるような位置に陣取りながら、2人はバックパックの中身を広げていった。

 

 と言ってもフィアーのほうはそう多くはない。

 戦闘続きでロクに探索の時間も持てなかった為、あのX-18で手に入れられた物と言えば、ナイトクローラーの死体の所持品と、アーマカムの施設のPCから吸いだしたデータ。後はロッカールームに入っていたペネトレーターガンとType-7 Particle Weaponぐらいだ。

 しかしType-7はバッテリー切れ、ペネトレーターは弾薬の調達の当てがない。

 Freedom基地で弾を調達出来なければ、処分することになるだろう。

 

 次にナイトクローラーの死体から回収した二つのアーティファクト容器の中身を検める。

 一つは空だったが、もう一つの容器の中から出てきたのは緑色の泡を固形化したような形状のアーティファクトだった。

 これの名前と効果はシドロビッチのガイドブックに記載されていた。確か『bubble』と言って最上級の放射能除去用のアーティファクトだったはずだ。ちなみにそのガイドブックにはもし見つけたら、高値で買い取るから最優先で持ってくること! と赤字で書かれてあったが当然そんなものに従う義理はない。

 これから放射能が強くなるエリアに行くのだから、手放すことはないだろう。

 念の為、本物かどうかシェパードのほうにも尋ねてみたが、間違いなく本物だと太鼓判を押された。同時にかなりの貴重なアーティファクトなので安易に他人には見せるなとも。

 

 更にナイトクローラーの初期化されたPDAの復元を試みた所、断片的だがいくつかの地図データが見つかった。それはLimanskと呼ばれるナイトクローラーの拠点のデータだった。

 地図は途切れ途切れで、現地に着いて地図と現場を重ねあわせないと、いささか理解出来ないが充分な収穫と言えよう。

 

 次にナイトクローラーの所持品から出てきたのはアーマカム製の爆圧式手榴弾が3つとやはりアーマカム製の投擲式の円盤型無人機銃が1つ。自動拳銃もあったが、これは取り立てて価値がないものなので後で売り飛ばすことにする。

 この無人機銃はフリスビー程の大きさで壁面や床に向けて投げつけると、その部分に張り付き、円盤の中央に取り付けられた小型機銃が起動、円盤の側面に取り付けられたモーションセンサーと連動し、動くものに対して搭載弾薬が尽きるまで銃撃を行うという過激な武器だ。

 軽量化と携行性を重視したため、本体の小型機銃自体はマシンピストル並みのサイズで精度も然程ではない。使用弾薬も威力よりも装弾数を重視し、9mmパラベラム弾を使用。ヘリカルマカジンを採用して100発程の装弾数を確保しているが、十数秒も連射をすれば弾切れだ。

 

 しかしトラップとしては優秀で、これを複数使えば1人で小隊規模の弾幕を張ることもできる。

 もっともこの無人機銃は前の持ち主が一度使ったようで、バッテリーも弾薬も切れており、電力と弾薬を補充しなければ動きそうにないが、このBARなら補充は容易い。これで一つ戦闘の幅が増えたことになる。

 

 そして続いて吸いだしたPCデータの調査を行う。データは全て吸い出せたわけではない上に、所々破損していたがあの施設の役割は凡そ理解できた。

 あの地下施設―――X-18βは、やはりX-18本来の所有者とアーマカムが『業務提携』を行い、両者の研究を共同で進めるために作られたものらしい。

 

 アーマカム側の目的はアーティファクトやミュータントを研究し、そのデータを元に強力な兵器や強化された兵士を造ること。軍事企業であるアーマカムらしい目的だ。ただし上のX-18の目的は似ているようでまた違うものらしく、彼らは人造ミュータントやアーティファクトを使った脳に対する研究をしていたようだが、その辺りの詳細は不明だ。

 アーマカムの施設をX-18の真下に作ったのは、機密保持の為と、お互いの研究をフィードバックしあい、より円滑に研究をするためということだ。

 

 そして共同研究者の名称は―――C-Consciousness。

 

 全く聞き覚えのないその名称にフィアーは首を傾げた。

 所々にウクライナの軍人の名前や東欧の企業名と思わしき名称が出ているため、米国資本の組織ではなさそうだが、件のMonolith兵辺りと関係あるのだろうか?

 とりあえず1人で悩むより、隣に自分よりZONEに詳しい男がいるのでそちらに聞くことにする。

 

「シェパード。お前、C-Consciousnessって名前に聞き覚えがないか?」

 

 反応は劇的だった。

 シェパードは手にしていた戦利品と思わしきノートPCを落とすと、掴みかかる勢いでこちらに問いただしてきた。

 

「お前、それを何処で知った!?」

 

 その剣幕に眉を潜めながら、フィアーは答えた。

 

「あのX-18βのPCからだ。あの施設の出資者らしい」

 

「……なるほど。あそこなら確かにデータが残ってても不思議じゃないな。ったく民間の企業はその辺の詰めが甘い」

 

 その態度に疑問を抱いたフィアーは、逆にこちらがシェパードを掴みかかる勢いで彼を問い詰めた。

 

「シェパード。お前はこのC-Consciousnessって組織を知っているんだな?」

 

 その様子にシェパードも幾分頭が冷えたようで冷静に答えてきた。

 

「ああ、知っているとも。噂だけだがな。曰くZONEのフリーメイソン、或いは三百人委員会。実在も怪しい組織さ」

 

「お前のさっきの態度を見る限り、とてもそうは思えないんだが?」

 

「まあ聞けよ。これは発電所の奥にあるという願望機―――Monolith以上の与太話だ。そもそもMonolithと違って知ってる奴も少ない。だが、Monolith以上に現実感がある組織だ。

 考えてみろよ?このZONEには各地にX-18みたいな正体不明の施設がいくつもある。Monolithを守護するMonolith兵も、ZONEの奥地とは思えない潤沢な装備に身を固めている。

 俺みたいなZONEに詳しいストーカーや、情報通のトレーダーは正体不明の組織がZONEに干渉しているってのをなんとなく感じ取っているのさ」

 

「それがアーマカムと提携していたということか。確かにここ最近のアーマカムの技術の伸びは異常だ。クローン兵士の部隊に、SF映画にも出てきそうな武器の数々。奴らの技術の出処はZONEでもあったわけか」

 

「他に何かそのC-Consciousnessについてわかったことはあったか?」

 

「いや、データが歯抜けな上に吸いだした端末には大した情報が入ってなかった。武器開発のデータばかりで、ZONEや奴らの正体に繋がるようなものはないな」

 

「そうか……、まあそれだけでも価値はある。どうだ? そのデータは俺に譲ってくれないか? Barkeep辺りに素直にさし出したら買い叩かれるのが落ちだ。俺ならうまくそいつを高値でさばいてやるぜ。報酬は山分けだ」

 

「……コピーでよければな」

 

「いいとも。その代わりその情報は誰にも言わない方がいい。厄介なものを呼び寄せることになる」

 

 それでデータの件の話は終わり、シェパードは再び無言で自分の戦利品の確認に戻った。

 だが先ほどまでとは違い、どこかその沈黙には何か含むところがあるようにフィアーは思ったがあえて何も言わなかった。

 

 

 

 





 
 ZONE観光案内
 
 Emission(エミッション)
 ブロウアウトの別名。
 S.T.A.L.K.E.R.ではなぜか二作目以降はブロウアウトという単語はエミッションに置き換えられている。
 こっちは科学者が付けた名前っぽい。
 個人的にはブロウアウトという単語のほうが好きです。



 Darkvalleyの農場
 Emissionも防げるそれなりに頑丈な農場(元は家畜小屋だろうか)だが
 大抵悪党の巣になってる。
 今回出てきたヴァンパイアというストーカーはうまい儲け話を持ちかけて、ストーカーから小銭を盗む詐欺師。
 プレイした人は一度は騙された人が多いはず。
 その後大抵怒り狂ったプレイヤーにミンチにされる。
 されなくてもBarkeep辺りからこいつの仲間の暗殺ミッションを頼まれるあたりかなり嫌われているようだ。

 ZONEに入ってきたばかりのマールとエフゲニーは、このグループに捕まり、ルーキーとして彼らからこき使われており、一発逆転を夢見てシェパードの仕事についていった。
 しかしその結果は……。


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