S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 26 X-18 地下4階 X-18β

 フィアーはM249軽機関銃を構えつつ、廊下へと飛び出した。

 次の瞬間、寝室に通じるドアが音を立てて開き、不可視の『何か』が次々と飛び出てくる。

 フィアーはその『何か』に覚えがあった。

 それの背の高さは160cm程。猫背のせいか低く見える。

 その姿は透明で、目に当たる部分が紅く発光していることを除けば、僅かに人型の輪郭が見えるのみ。まるでブラッドサッカーを思わせるが、こいつらの正体はミュータントではない。

 その性質からshade(シェード)とフィアーが名づけたこいつらも、オーバーンの地下やATC社のクローン生産施設で何度もフィアーが交戦した亡霊だ。

 

 シェードは一見小柄に見えるが、人体をも素手で容易く引き裂く膂力を有している。

 だが近づかなければどうということはない。

 フルオートで放たれる銃撃の嵐が次々と襲い掛かってくるシェード達をなぎ払う。銃弾を撃ち込まれた彼らは死体も残さず、小さな閃光を放って消滅していった。

 狭い一本道ということもあり一方的に屠られるシェード達だが、彼らは数で押すことにしたらしい。

 寝室から次々と飛び出してくるシェード達の前には装弾数が売りの軽機関銃も弾薬切れになった。

 

 フィアーは弾切れになった軽機関銃を振り回し、ストックで飛び掛ってくるシェードを殴り倒して、銃身で彼らの頭を叩き割った。

 最後に軽機関銃を投げつけて彼らの動きを封じた後、フィアーはショットガンを引き抜いた。

 軽機関銃を叩きつけられて、一塊になった彼らに散弾を連続して見舞う。

 それによってシェードの一団を消滅させると、寝室のドアの前に向かい、手榴弾を3つほど寝室内部へと放り込み、ドアの影へと隠れた。

 

 爆音と人外の甲高い悲鳴が地下施設を揺るがした。

 フィアーが煙を掻き分けて寝室を覗くと、ベットが全て倒れ寝室はズタズタになっていた。

 シェードの気配はない。あれで全滅したらしい。

 ついでに投げつけたM249軽機関銃を見やるが、ボロボロになったので回収を諦めた。

 フィアーは散弾をショットガンに装填しながら、通路の奥にある研究室へと戻っていこうとした。

 

 その刹那。

 

 通路が伸びた。

 それと同時にまるで水平式エスカレーターに乗っているかのように、フィアーは自分が遥か後方へと引き戻されたのを感じた。

 僅か20メートルにも見たなかった通路は今や100メートル近い長さとなっている。

 同時に廊下の奥から凄まじいプレッシャーが襲い掛かってきた。

 異様な現象に目を細めつつも、フィアーは一歩一歩前に前に進んでいった。

 体が重い。まるでスローモーでも使っている時の感覚に似ている。

 

 そして数分近くかけてようやく通路の出口へとたどり着いたその時、出口の前に何かが現れた。

 輪郭が明確ではなく、古ぼけたテレビジョンの映像のように不鮮明な姿だったが、それはまるで少年の姿に見えた。

 彼は無言でこちらに視線を向けている。

 フィアーも無言でショットガンを彼に向けて、引き金を引いた。

 銃声が響き渡り、こちらを見つめる少年の姿が掻き消える。

 気が付くと廊下の長さは普通のそれに戻り、フィアーは通路の出口の前に立っていた。

 

 今の現象は覚えがある。オーバーンでアルマが引き起こした幻覚がそっくりだった。

 ならばアルマに近い存在なのかもしれないが、同時にアルマを目撃したフィアーは、だがあの『少年』はアルマではないということは断言できる。

 この施設がなぜこんな壊滅的な有り様になっているのかは不明だが、もしかしたら彼の仕業なのかもしれない。

 どうやらまた調べることが増えたようだ。

 

 そのままフィアーは通路を出て研究室を横切り、再びホールへと戻る。

 遮蔽扉のコントロールパネルにPCから回収したアクセスコードを打ち込もうとするがやめた。完全に解除するにはもう一つのコードがいるようだ。しかも2つ同時に撃ち込まなれば対人迎撃システムが起動するらしい。

 あと探索していない場所はホールの右の通路。

 

 こちらは先の通路と違い、照明も生きており、亡霊たちが徘徊している時の異常なプレッシャーは感じない。

 先よりは幾分か気楽な気分で進んでいく。すると壁の隙間から突如赤い探査光が走り、フィアーを走査したかと思うと警報音が鳴り響いた。

 

『ID未確認。3秒以内にIDカードをセンサーにかざしてください』

 

 ……3秒じゃ無理だろう。

 

 そう胸中で呟きながら、IDカードの代わりに10mmペネトレーターを構える。3秒後、天井の一部が開き自動機銃が顔を出した。

 しかし自動機銃がターレットをフィアーに向けるよりも先に、フィアーが撃ち込んだ直径10mmの鉄杭が次々と自動機銃のカメラと銃身、そして弾倉へと突き刺さる。

 結局自動機銃は1発も撃つこともできず、弾薬を暴発させて機能を停止した。

 元々天井の開口部には注目していたので、フィアーには自動機銃が何処から現れるのかおおよその目安が付いていたのだ。ATC社でも似たようなトラップに悩まされた経験が役に立った。

 

 続いて重低音が通路の奥から聞こえてくる。この音は対人迎撃用の小型UAVのエンジン音だ。

 こちらは自動機銃よりも厄介な代物だ。この一本道では射的の的にされてしまう。

咄嗟に逃げ場を求め、通路に幾つか開きっぱなしの自動ドアがあるのを発見し、素早くそこへ飛び込む。

 

 飛び込んだ先の部屋は左の通路の研究室よりも更に大掛かりな研究室だった。

 先の研究室はデスクワークと、小規模な実験機材による机の上で済ませるような作業がメインだったようだがここは違う。

 人が入れるような巨大なカプセルが壁の端に並び、病院で見かけるような人体を検査するための大型の機材が部屋中にある。

 だが、遮蔽物だらけのため、UAVとの戦闘には持ってこいな場所だ。

 

 フィアーは手近な機材の影へ隠れてペネトレーターを背中に回し、ショットガンを引き抜くと、装填した散弾を全て引き抜き、代わりに榴弾を装填する。

 機械相手には散弾よりも榴弾が効果的だ。

 ショットガンへの装填が終わると同時に、開いた自動ドアの向こうにUAVが姿を表す。

 

 UAVの全長は1メートル半。アーマカム本社でも採用しているタイプだった。

 赤いカメラを収めた長方形の胴体の下部に1つ、上部にVの字に2つ、青い光を放つ棒状の推進ユニットが取り付けられており、全体としてYの文字のようなシルエットをしている。

 武装は胴体の下部に取り付けられたレーザーユニット。

 対人用で低出力だが、生身の人間に穴を空ける程度の火力はある。

 流石のフィアーも光速で撃ち込まれるレーザーを回避するのは至難の業だ。

 撃たれるよりも先に倒すしか無い。

 

 UAVは躊躇することもなく機械的に部屋に侵入。既にこちらの位置を何らかの方法で掴んでいるのか、真っ直ぐにフィアーの隠れる機材の方へと向かってくる。

 ハンドミラーでその様子を確認していたフィアーは、スローモーを発動させて電光石火の速度で、半身を機材から出してUAVをショットガンで狙い撃つ。

 

 小爆発がUAVの中心で起き、機能不全に陥ったUAVは火を吹きながらあっさり床に墜落。火花を散らした後、爆発して四散した。

 あっけないものだ。一体だけならば。

 だがフィアーの聴覚は更にこちらに向かってやってくるUAVのエンジン音を捕らえていた。

 この無人機は一対一ならともかく、複数を相手にすると途端に被弾の危険性が増す。

 人間と違って仲間が倒れようと怯むこともなく、敵をロックすると正確な射撃をしてくるためだ。

 

 再び機材の影に隠れてミラーで様子を伺う。フィアーの額に汗がにじむ。

 3秒後、更に2体のUAVが姿を現した。

 先ほどと同じく、真っ直ぐにこちらに向かってくる。フィアーは先ほどと同じ要領で素早く2体のUAVを撃ちぬいた。

 だがそこで誤算が生じる。撃墜した2体の影に隠れて更にもう一体居たのだ。

 フィアーが二度目の榴弾を撃つより早く、UAVは機体に取り付けられたレーザーを発射する。

 瞬間的に放たれたレーザーは、間違いなくフィアーの胴体に直撃した。

 が、その直後UAVはフィアーの放った榴弾の直撃を喰らって沈黙した。

 

「今のは危ない所だったな……」

 

 フィアーは胴体の被弾した場所を撫でながら呻いた。

 戦闘服のレーザーが直撃した部分は防弾繊維が焼き焦げ、人差し指程の穴が開いている。

 だが、その下に仕込まれたセラミック製の防弾プレートはレーザーの出力に、何とか持ちこたえてくれたのだ。

 とは言えこれはただの幸運に過ぎない。もし頭部に喰らっていたら頭蓋骨に穴が開いていただろうし、マガジンの入った戦闘服のポケットに当っていたら銃弾が過熱し、暴発が起きていたのかもしれないのだ。

 

 フィアーはショットガンに榴弾を装填すると、UAVの増援がないか、耳を澄ませた。

 エンジン音はない。

 念の為部屋を見回すと、部屋の角に監視カメラが取り付けられている。

 UAVにこちらの動きがバレていたのはこれのせいか。フィアーは拳銃を引き抜いて監視カメラを全て撃ちぬいた。

 他にもあるかもしれないが、そこまで調べてはきりがない。

 

 そしてようやく改めて飛び込んだ部屋を観察する。この研究室に置いてあるものは人体の検査をするための機材ばかりだ。

 ここは人間を研究していたのだろうか?

 そう思い、壁に並んだカプセルを見て、フィアーは凍りついた。

 先程は気付かなかったが、このカプセルに見覚えがあったからだ。

 

 最後にこれと同じものを見たのは先日の任務のATC社のクローン工場。

 このカプセルはレプリカ兵の保管用カプセルだ。

 警戒しながら近づいて、覗き窓からカプセル内部を確認するが、無人だ。

 そのことにホッとしつつも先ほど手に入れたここの職員のメールの内容を思い出す。

 あのメールの中では、本社へのレプリカ兵の増員を要求する文面があった。

 あのレプリカ兵がここの警備兵として使われている可能性は高いということだ。

 最もその割にはここに来るまで死体すら見かけなかったが……。

 

 首をかしげながらもフィアーは部屋の中に何か資料でもないかと家探しを始める。

 しかし幾つかあった紙の資料はフィアーには意味不明なデータの羅列であり、唯一あった端末は機材のコントロール用で有用な情報は入っていなかった。

 部屋を出て廊下に戻る。

 

 廊下には手前と突き当たりに更に2つの自動ドアがあった。 

 まずは手前の自動ドアの方から入ってみる。そして後悔した。

 入ったその瞬間、凄まじい腐敗臭がフィアーの嗅覚を刺激したからだ。その部屋は手術室だった。3台ほどの手術台が並び、細やかな器具が散乱している。

 部屋の奥には壁一面を隠す大掛かりなカーテンが張られており、そのカーテンには血飛沫が張り付いて汚れている。

 ついでに壁には血糊が飛び散り、全ての手術台の上にはズタズタに切り刻まれた死体が載せてある。これが臭気の源だろう。

 

 手術台に近づいて死体を調べてみる。この死んでから随分と経っているようで腐敗を通り越して乾燥しつつある。こんな状態になっても空調だけは生きているようだからその御蔭だろう。

 死体は全員白衣―――今は乾燥した血で赤茶色になっているが―――を来ていた。首にはIDカードも下げている。

 間違いなくここの職員だろう。

 

 フィアーはその内の1人のIDカードを頂くことにした。血で汚れていたが、IDカードは防水コーティングされているので使用は可能だろう。ネームプレートを読むと『アダム・ミラー』と書いてあった。

 少なくともこれでドローンに襲われることはなくなるはずだ。では彼らは何に殺されたという話になるが。 

 ふと、フィアーは部屋の奥に張られたカーテンが気になって、それを開いた。

 

 カーテンの奥から現れた物を見て、反射に銃を構え、飛び退く。

 カーテンの奥はガラス張りの小規模な手術室になっていた。恐らくはここよりも更に重要度の高い手術を行う為の部屋なのだろう。

 なぜ恐らくという言い方をしたかと言うと、本当にそこが手術室なのかどうか確証が持てなかったからだ。

 

 10平方メートル程のその小さな部屋は、手術台に載せられているのと同じ格好をした職員の死体がぎっしりと詰め込まれていた。

 彼らは生きたまま詰め込まれ、脱出を試みようとしたのか、頑丈なガラスに一様に手や顔を押し付けて死んでいた。

 その形相はどれもが歪んでいる。絶望や恐怖にという意味ではない。まるで物理的に拗じられたかのように顔が歪んでいるのだ。

 

 この常軌を逸した殺戮の跡は、フィアーにATC社のクローン工場のそれを否応無く思い起こさせた。

 あの施設も、F.E.A.R.が突入した時には全ての職員はアルマによって虐殺されており、亡霊が徘徊する魔境と化していた。

 もっともそんな状況下にあっても、先行していたナイトクローラーは被害を出しながらも気にした様子もなく活動していたが……。

 彼らの怪異への異常な適応力の高さは、元々ZONEで活動していたからか。

 いずれにせよ、最早肉塊と化したこの職員達から手に入れられる情報はなさそうだ。

 ふと、手術台の付近に目をやると、一つだけ端末が生きている。

 

 端末は研究員以外は使用できないようにロックが掛かっていたが、先ほど手に入れたIDカードのお陰でロックを解除することができた。

 手術のレポートの一部が残っていたので、それを表示させる。

 

『人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル23。

 レプリカ兵に最上位の回復型アーティファクト『Firefly』 。

 

 150時間経過後、新陳代謝に異常発生。再生した組織の1割が癌細胞化するようになってきた。更に経過を見る。

 メモ、この回復系アーティファクトは強い放射線を放つ。それの影響だろうか?

 400時間経過後、ほぼ全身が癌細胞化した。それでも新陳代謝は更に活発化している。両腕が異常に肥大化しつつある。麻酔が効かなくなってきた為、一時的にコールドスリープ処置を施す。

 我々はこれを『PseudGuiant』と名づけた。メモ、X-18の職員と雑談した所、あちらでも回復系アーティファクトによる人体実験で同じ様な奇形ミュータントができたらしい。そちらも偶然にも『PseudGuiant』と呼称しているそうだ。人体にアーティファクトを埋め込むことで人工的にミュータントを量産することができるのか?

 

 

 人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル35。

 X-18に侵入を試みて捕獲されたストーカーの脳に電気型アーティファクト『Flash』を埋め込む。

 

 120時間経過。特に変化なし。メモ、失敗か?

 240時間経過、対象の肉体が発光をしはじめた。

 360時間経過、対象の肉体が消失し、発光する力場になった。同時に周囲に異常が発生。実験を中断して対象の殺害を試みる。ゲージ内部に高圧電流を放った。サンプル35の肉体は死亡と同時に実体を取り戻した。

 メモ、素晴らしいデータがとれた。この能力をレプリカ兵や強化人間に応用できないだろうか?

 

 

 人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル40。

 パクストンフェッテルのクローン体の脳に精神干渉を防ぐアーティファクト『Moonlight』を埋め込む。メモ、テレパシー能力者のクローンに精神干渉アーティファクトの組み合わせはどんな結果をもたらすだろうか?興味が尽きない。

 

 60時間後、 サンプル40が頭痛を訴え始める。MRIを撮ったところ脳が肥大化しつつあることが判明。

 120時間後、脳の肥大化が止まらない。対象を麻酔で眠らせた後、頭蓋骨を切断して脳が圧力で潰れるのを防ぐ。メモ、X-18からブレインスコチャー用の機材と培養管を借りてこなければ。

 240時間後、サンプル40をブレインスコチャー用の培養管に移すことに成功。メモ、処置の為のスタッフまで貸してくれたKalugin主任に感謝。さてさて後で何を請求されるやら。

 270時間後、サンプル40の容態が安定したが、やはり肥大化は止まらない。直径1メートルを超えそうだ。

 300時間後、サンプル40の付近のスタッフが頭痛を訴え始める。サンプル40が精神汚染波を出しているようだ。精神シールドを設置する。

 330時間後、肥大化が一旦止まる。容態は安定。メモ、収容している別のサンプル達の様子がおかしい。異常に攻撃的になってきた。まさかサンプル40の影響だろうか?精神シールドの強化をしなければ。

 

 

 人体へのアーティファクトの埋め込み手術。

 サンプル51。

 レプリカコマンダーのクローン体の脳に耐熱アーティファクト『Fireball』及び重力制御アーティファクト『Goldfish』を埋め込む。メモ、高価なアーティファクトだ。成果に期待したい。

 

 350時間経過、対象の付近で発火現象が起きる。

 400時間経過、発火現象が強くなる。ゲージを新しいものに取り替える必要がある。それに伴い対象の肉体が―――』

 

 端末内部のレポートはここで途切れていた。

 とりあえずわかったことは、ここで気分が悪くなるような人体実験をしていたこと。そしてここで死体になっている連中は報いを受けたということだ。

 端末からこれ以上の情報を引き出せないとわかると、フィアーはこの部屋の探索を諦め最後の部屋へと向かっていった。

 

 

 

 

 最後の部屋はレプリカ兵の保管施設だった。

 小規模な倉庫程の広さのそこにはレプリカ兵の保管カプセルが所狭しと並び、奥にはレプリカ兵の武器庫がある。もっとも武器庫は解放されており、武器は殆ど残っていなかったが。

 それ以外にも廃棄されたレプリカ兵の一時保管をするためか、壁面には遺体安置所のロッカーのようなものも取り付けてある。

 

 レプリカ兵用のカプセルは大半が開け放たれて無人だったが、中身が搭載されたままのカプセルもゼロではない。

 慎重に部屋の中を調べはじめ、手近なレプリカ兵用の保管カプセルを覗いてみる。―――すると、覗き窓からカプセルの中身と目があった。

 いや、目があったというのは錯覚だ。そのカプセルの中にいる人物は眠っていたのだから。

 問題があるとすれば―――

 

「……誰だ。こいつは」

 

 カプセルの中で眠りについている人物を見てフィアーは呟いた。レプリカ兵ではない。

 いちいちレプリカ兵の顔等知ってるわけではないが、それでもこいつは違うと断言できる。

 レプリカ兵は元々パクストン・フェッテルの遺伝子を元に作られたからだ。目の前のこの男はフェッテルとは似ても似つかない。

 東欧系の顔立ちだし、フェッテルの髪の色は黒だったのに対して、こいつはくすんだ金髪。なによりもレプリカ兵が右目に眼帯などしているはずもない―――待て。眼帯?

 

 フィアーの脳裏にBarkeepが伝えたシェパードの情報が浮かぶ。

 

((年の頃は30代の半ば、東欧系の顔立ちで髪の色はくすんだ金髪。体格はあんたぐらい。格好は……砂塵よけの黄色いボロボロのフードとマントをいつもつけていたな。あと右目は眼帯を付けている))

 

 ということはこいつがシェパードか。なぜレプリカ兵用の保管カプセルに入っているかは知らないが、ようやくフィアーは探し人を見つけることができたわけだ。

 カプセルのバイタルモニターを確認すると、間違いなく彼は生きている。

 心電図の状態を見る限り、冬眠のような状態になっているらしい。

 これはカプセル自体の機能であり、レプリカ兵は戦闘時以外はこうして冬眠状態で保管されているのだ。

 

 暫く躊躇った後、フィアーはカプセルのパネルを触り、対象のコールドスリープ状態を解除した。次いで何が起きてもいいように、ペネトレーター銃をカプセルに向かって構える。

 妙な動きをしたらその場でフレシェット弾を撃ちこみ、カプセル内に叩き返す寸法だ。

 そしてカプセル内部から蒸気が漏れるような音と、金属が軋む音がしてゆっくりとカプセルの扉が開き、内部から外に向かって冷気が漏れでていった。冷気が引いた後は中のストーカーが呻き声を上げ、ふらつきながら外に出ようとして、そのままカプセルの外側へ顔面から倒れこんだ。

 受け止めるのは危険なので、一歩横に引いて倒れこんでくるストーカーを避ける。

 彼はそのまま派手に顔面から地面に激突して、悲鳴を上げた。

 

「……いってぇぇぇぇええ!? な、なんだこりゃ?」

 

 痛みで意識が覚醒したのか、床にキスしたせいで鼻血を出しながら、ゆっくりとストーカーは倒れこんだ状態から上体を上げた。

 金髪、右目の眼帯、そして砂色のマントとフードを羽織りその下には同じ色のストーカースーツ。首からはスリングでAK47自動小銃を下げている。間違いなくこいつがシェパードだろう。

 だがそれでも確認の為に、フィアーはまだ状況を把握できていない彼のこめかみにペネトレーターの銃口を突きつけた。

 

「おはよう。よく眠れたか?」

 

 こめかみに押し当てられた銃口の冷たさに彼は暫く固まっていたが、やがて口を開いた。

 

「研究所の人間か?まだ生き残りがいたとは驚きだ」

 

「俺はX-18の人間ではない。それよりもお前がシェパードだな?ストーカーの」

 

「ああ、そうだ。あんたこそ自己紹介ぐらいしてくれよ」

 

 それを聞いてフィアーは銃口を降ろした。こうも素直に話を聞くとは思わなかったのだろう。シェパードは怪訝そうな顔でこちらをみやる。

 

「俺の名はフィアー。傭兵(マークス)だ。お前に頼みたいことがあるんだが、Barkeepに聞いたらここに居ると言われたんでな。わざわざこの地獄の底まで探しに来た」

 

「そりゃまた……。随分と仕事熱心だな? お陰で俺は助かったが。あのままカプセルの中で放置されてたら、どうなってたかわからんかったからな」

 

 その返答を聞いてフィアーは率直な疑問を彼にぶつけることにした。

 

「なんだってお前は、レプリカ兵用のカプセルの中に入っていたんだ?」

 

「大したことじゃない。このエリアに入った途端、ドローンと強化外骨格装備のレプリカ兵に追いかけまわされてな。この部屋に逃げ込んで、隠れる場所があのカプセルしかなかったから、試しに入ってみたんだが、入ると同時にコールドスリープの自動シークエンスが作動するようになってたようであっという間に意識を失ってあのざまさ。

 お前が解除してくれなかったら、俺はあそこで一生寝てるか、研究所の奴らに回収されてモルモットになってた。礼を言うぜ」

 

 そういってシェパードは右の眼帯を撫でながら笑った。癖なのだろう。

 

「ところでお前さんここに来るまでに俺のツレを見なかったか? 上の廃工場で待機させてたんだが、バンディットが襲ってきたからこっちに1人逃げこんできた奴がいるんだ。この階で別れてそれ以来見てないんだが」

 

「奴は死んだ。上の廃工場に残ってた奴の相棒もな」

 

「……そうか」

 

 微かにシェパードは肩を落とした。フィアーも彼らの死に思う所が無いわけではないが、一旦棚上げして、かねてからの疑問を彼にぶつけた。

 

「この研究所は一体何なんだ? お前は何のためにここを調べている?」

 

 彼は目を細めた。まるで何処まで答えるべきか吟味しているように。

 

「……まあ金になるから一番の理由だな。このX-18はZONEの中の謎の大きな謎の一つで、誰もがその正体を知りたがってる。お前も見ただろうがここは頑丈な扉に守られてるから誰も入ることができなかった。偶然入ることが出来た奴も誰も帰ってこなかった。 

 俺は運良くここの職員が持っていたカードキーをある伝手で手に入れる事が出来てな。そのことをBarkeepに話したら、もしここのデータを入手できれば大金を払うと言われてついつい冒険しちまったのさ」

 

 無難と言えば無難な答えが帰ってきた。

 代わりにフィアーは別なことを尋ねた。

 

「なぜこの区画にいたんだ? 地下三階は調べなかったのか?」

 

「おいおい。あんた地下三階の化け物どもを見なかったのか? あの階はポルターガイスト現象が起こる。そこら中の物が浮かんでこっちに向かって襲い掛かってくるんだ。おまけに象でも暴れてるような足音も聞こえる。とてもじゃないが探索なんて出来ないから、先にこっちから調べることにしたんだよ。

 こっちはこっちで得体のしれない化け物に追われるわ、レプリカ兵や無人兵器に襲われるわと危険性は大差なかったがな。あんたも出会わなかったか?」

 

「亡霊や無人兵器の類なら何度か。しかしあんたレプリカ兵のことをよく知っていたな? あれはアーマカム社の最新の兵器でまだ試験運用中の代物なんだが」

 

 レプリカ兵にも襲われたという話だが、彼らのことはそうと知らなければただの人間の兵士と思っても不思議ではない。彼らは自我を失っているが、兵士としての必要最低限の思考能力は持っている。

 

「うん? まあ、商売柄、噂ぐらいはな……。実際に奴らがそうだと知ったのはここに逃げ込んでレプリカ兵のデータを見たからだが」

 

「そうか……。ところで俺はここに来るまでの間に無人兵器には出くわしたが、レプリカ兵は見かけなかった。まだどこかで待ち構えてるかもしれん。アンタが遭遇したレプリカ兵の数とタイプを知りたい」

 

「俺が見たのは、SWATみたいな軽装の戦闘服を着て、短機関銃で武装した奴が5体ばかり。こいつらはなんとか倒せたが、その後強化外骨格を付けた奴が2人出てきてな。手も足も出ずに逃げまわってここに隠れる羽目になったわけだ。何しろ銃弾が全く効かねえ。大砲でもないと無理だぜありゃ」

 

 そのタイプのレプリカ兵はフィアーもよく知っていた。対処法もだ。

 

「それはヘビーアーマーだな。アンタが思うほどあいつも無敵じゃない。小銃弾でも100発ばかり撃ちこんでやれば倒せる敵だ」

 

「その時点で無茶苦茶ハードルが高いんだが……」

 

 呆れたように言うシェパードに向けてフィアーは手にした10mm HV Penetratorを掲げて見せた。

 

「安心しろ。こいつは対強化外骨格用に作られた杭打ち機だ。これがあれば例えヘビーアーマーでも……」

 

 イチコロだ。

 

 そう続けようとした時、彼らの隣にあるレプリカ兵用のカプセルが何の前触れもなく開いた。

 開いた蓋からまず冷気による靄が出て、続いてまるで巨大なブリキ人形めいた灰色の人影が現れる。

 当然それがブリキ人形なわけがない。それは通常の装甲服の3倍はある厚みを持った規格外のサイズの装甲服を着込んだ兵士だった。ヘビーアーマーだ。

 大型の鎧はまるで亀のようで鈍重そうな外見だが、パワーアシスト機能があるせいか、見た目よりも滑らかな動きでそれは辺りを見回す。そのマスクと一体化した4つの青いカメラアイがこちらを捕らえた。

 それと同時にヘビーアーマーは手にしたペネトレーターをこちらに向け―――

 

 銃声が鳴り響き、ヘビーアーマーの顔面に無数の鉄杭が突き刺さった。

 その鉄杭はフィアーが撃ち込んだペネトレーターの専用フレシェット弾だ。

 電子的な加工が施された凄まじい断末魔の叫びが室内に響き渡り、ヘビーアーマーは仰向けに倒れこんだ。

 フィアーは倒れこんだヘビーアーマーに近づき、それが持っていた銃を遠くへ蹴り飛ばすと更に頭部にダメ押しの1発を撃ちこむ。

 反応はなかったがこれで確実に死んだだろう。

 フィアーはシェパードに振り返って言った。

 

「イチコロだ」

 

「……そのようだな」

 

 突然のことで唖然としたままシェパードが答える。もっとも彼もまた、首からぶら下げていたAK47自動小銃をヘビーアーマーに向けてはいた。

 単にフィアーが彼よりも引き金を引くのが早かっただけだ。

 

「そこに転がってるペネトレーターを回収しろ。まだいるんだろ? あれがないと手こずるぞ」

 

「了解した。弾薬は?」

 

「武器庫は空だ。こいつは予備のマガジンも持っていない。装填された弾薬だけでなんとかしてくれ。残り一体ならなんとかなるだろう」

 

 ヘビーアーマーの死体を漁りながらフィアーは答えた。

 死体が大したものを持ってないことに舌打ちし、そして嫌な予感を感じて顔を上げると目の前で別のカプセルが更に4つ、音を立てて開き始めた。その中から次々と人影が現れる。

 

「おかわりが来るぞ! もう一度眠らせてやれ!」

 

 シェパードに向かって呼びかけながら、10mmの鉄杭を一番近い相手に叩き込んでカプセル内に叩き返す。しかし残りの3人のレプリカ兵は攻撃を受けたことを理解したのか、素早くカプセルから飛び出して部屋の中央にあったコンテナの影に隠れる。

 レプリカ兵だがヘビーアーマーではない。シェパードが言っていた軽装型だ。

 彼らはコンテナの影から半身を乗り出し、片手でMP5短機関銃をこちらに向けて発砲してきた。

 素早くフィアーも踵を返して手近なカプセルの影に隠れる。短機関銃特有の軽快な発砲音と銃弾が金属を叩く音が室内に響いた。

 

「Fire in the hole!」

 

 シェパードの声と共に彼が隠れていたカプセルの影からコンテナに向かって、手榴弾が放り込まれる。

 反射的にフィアーもカプセルの影に隠れるが、自分たちの遮蔽物の内側に手榴弾を放り込まれたレプリカ兵は、慌ててコンテナの影から飛び出した。

 彼らを出迎えたのはシェパードのAK47自動小銃による掃射だ。軽装型のレプリカ兵のボディアーマーではAK47の7.62mm弾を防ぎきるのは不可能だった。

 シェパードがAKのマガジン内部の弾薬を撃ち尽くした時には、レプリカ兵は全員死体になって転がっていた。

 

「……グレネードはブラフか」

 

 フィアーは感心して呟いた。最初に放り込んだ手榴弾はピンを抜いていない囮に過ぎず、本命は相手をコンテナから追い出した所に掃射を仕掛けることだったらしい。

 シェパードはカプセルの影からこちらに向けて顔を出すと、得意気に笑って親指を立ててみせた。

 ここまで辿り着いたことといい、レプリカ兵3人を容易く始末した手際といい、ベテランストーカーというのは伊達ではないようだ。

 

 その後フィアーとシェパードは手分けして、部屋の中の開いてないカプセルを確認して回った。

 そしてレプリカ兵がまだ眠っているカプセルがあったらカプセル越しに銃弾を叩き込んで永遠に眠らせる。

 そうして部屋のクリアリングを済ませた後、2人はこの後のことを話し合った。残る未探索領域はホールにあるロックされた扉の向こうのみ。まだアクセスコードが一つ足りないのだが、それはシェパードが既に手に入れていたとのこと。

 となれば後はあの遮蔽扉の向こうを調べるだけだ。

 

 本来ならシェパードを連れてさっさと脱出するべきなのだろうが、このX-18にATC社も絡んでいるとなると無視はできない。

 2人は僅かに残った武器庫の中身や撃ち倒したレプリカ兵から武器弾薬を調達すると、ホールへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き
いつまで地下に潜ってるんでしょうね。
X-18やFEARの地下施設のあの雰囲気を出そうとするとどうにも長くなってしまう。
多分次でX-18編は終わりです。

ZONE観光案内敵編
 shade(シェード)。FEARの敵。
 ブラッドサッカーを思わせる透明な幽霊。ブラッドサッカーとの違いはずっと透明化したままで正体が不明な所。
 手刀による斬撃は刃物並の切れ味でライフル弾数発程度なら耐えられるほどタフ。
 が、撃ちこみ続ければ消滅するので倒せない敵ではない。
 しかし大勢で襲われるとあっという間にリンチされる。


 レプリカ兵 FEARのメイン敵。
 アーマカムが創りだしたクローン人間の兵隊。培養槽の中で急速に成長し、それと並行して培養槽の中で戦闘のための睡眠学習を受けている。
 これらの処置に加えて自我や感情が抑制されており、指示さえあれば培養槽から出ると同時に即時戦闘が可能。

 彼らを完璧にコントロールするにはテレパシー能力が必要だが、レプリカ兵は戦闘に必要な必要最低限の自我と判断力は持っている為、普通に指示を出せば自前で判断してうごくことができる。

 ただし完全にテレパシー能力に支配された個体はその限りではなく、指揮官であるテレパシー能力者が倒れたらその場で機能停止してしまう。
 その他にも正規の指揮官以外にもテレパシー能力者がいたら、テレパシーを通じてレプリカ兵の支配権を奪われることがあるなど、一見便利だが問題も多い兵器である。

 武装も装備も多種多様で軽装に短機関銃を装備したものもいれば、装甲服を着込んで重火器を装備している者もいる。果ては強化外骨格であるヘビーアーマーや一人乗り歩行戦車でもあるパワーアーマーに搭乗しているものもいる。
 

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