S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 23 X-18 地下1階~地下2階

 地下に降りた先にX-18への入り口はあった。

 煉瓦造りの地下通路の奥にある、キーロック付きの巨大な遮蔽扉。

 銀行の金庫の扉にも匹敵する規模のそれは、見る者にX-18という施設の重要性を伝えていた。

 その異様な圧迫感に押されてか、隣ではマールがごくりと生唾を飲んでいる。

 

 フィアーは彼を笑う気にはなれなかった。フィアーもまたこの巨大な金属の扉から何か異常な威圧感を感じたからだ。

 そしてフィアーはこの感覚に覚えがあった。

 あのオーバーンでの戦いにおいて、フィアーが相手をしたのはレプリカ兵やナイトクローラーだけではない。

 それらとは別のまさしく亡霊としか例えようのない怪物達とも戦ってきた。

 そして彼らと出くわす時は、心臓を直接わし掴みにされるような、異様な空気が辺りを支配したものだった。

 

 今フィアーがこの扉から感じているものはまさにそれだ。

 改めて自身の装備に意識を向ける。

 手にしたM249軽機関銃には200発の大型弾倉が取り付けてある。あの亡霊にもライフル弾の掃射は有効なのはオーバーンの経験からわかっている。

 予備の大型弾倉がまだあるが、軽機関銃は戦闘中のリロードが難しいため、小銃用のSTANAGマガジンを使ってリロードすることになるかもしれない。

 或いはあの手長ゾンビの群れにしたように、サブアームのウィンチェスターショットガンかイングラム短機関銃を使用するかだ。

 隣のマールがフォローしてくれれば一番いいのだが、彼の緊張ぶりを見るとむしろこちらがフォローしなければならないだろう。

 

「よし、行くぞ」

 

 フィアーはそうマールに声をかけて遮蔽扉に近づいた。扉の隣にはキーカードの入力装置が埋め込まれていたが、先に入ったシェパードがロックを解除していたようで扉のハンドルを回して押せば開くようだ。

 そしてフィアーが遮蔽扉に触れようとしたその瞬間。

 

 ギィィィィィィィィィ。

 

 遮蔽扉が開いた。

 反射的に軽機関銃を構えるフィアーだが、開いた扉の先には何もない。

 ただ、闇が広がるだけだ。

 いや、フィアーの感覚はその闇の中に何かを感じ取った。

 こちらに対する好奇心。嘲笑。……そして悪意。

 なぜかフィアーの無線機がノイズを拾って雑音をだした。

 

 それはフィアーが闇の中に銃口を向けると四散していった。だが消えてはいない。絶対に。

 彼らはただ様子を見ているだけなのだ。……今のところは。

 フィアーは闇に沈んでいった何かから、一旦意識を遮蔽扉の方へと向けた。

 軽く押してみるが、予想以上に重い。

 少なくとも立て付けが悪いからといった程度の理由で、勝手に開くような代物では断じてなかった。

 

「な、なあ……今の……」

 

 ようやく我を取り戻したのかマールが震えながら声を上げる。彼も闇の中から向けられた悪意に感づいたのだろう。

 

「とんでもない化け物がいるのは間違いないようだ。これはお前の相棒も俺の探し人も生きてないかもしれんな」

 

 そう返したフィアーにマールは手にしたAKを握りしめた。

 

「だったら尚更逃げるわけにはいかないさ」

 

「そうか。だがやばいと思ったらさっさと逃げろ。恐らく中にはあのバンディット共が可愛く思える奴が居るはずだ」

 

 そう言うとフィアーは軽機関銃に括りつけたフラッシュライトを点灯させる。指向性のLEDの光が闇を切り裂き、コンクリート製の通路を照らすが見えるところには何も異常はない。

 ……今のところは。

 いつでもスローモーを発動できるように呼吸を整えながらフィアーはX-18へと踏み込んだ。

 

 

 

 ―――地下1階

 

 

 通路を抜けた先にあった所はちょっとしたホールと詰め所になっていた。

 通路の内部は照明は全て死んでいたにも関わらず、この区画だけは全ての照明が生きており煌々と辺りを照らしている。

 放棄されて明らかに数年以上経過しているであろう地下施設の照明が生きていることは異常だが、とりあえず明るくて困ることはない。

 それとも本当は放棄などされていないのだろか。

 

 そう思い床を調べてみるが埃が堆積しており、人が出入りした形跡はない。

 いや、更に調べると真新しい足跡が2つ残っている。恐らくシェパードというストーカーとマールの相棒だろう。

 足跡の1つは迷いなくホールの奥にある出入口に、もう1つの足跡は迷いながらもやはりホールの奥の出入口に進んでいる。前者がシェパードで後者が後から来たストーカーか。

 

「うわっ」

 

 詰め所の方を調べていたマールが小さな悲鳴をあげた。

 反射的に銃を構えながら、詰め所の奥を覗きこむと白骨化した死体がある。彼はこれに驚いたのか。

 フィアーに気がついたのかマールはバツの悪そうな顔をした。

 

「すまない。ちょっとびっくりして……」

 

「本当にやばいと思ったのなら」

 

 マールの言い訳を遮って、フィアーは言った。

 

「悲鳴よりも先に銃弾を叩きこめ。それは唯の死体だが、唯の死体じゃないものもある。本当に危険な奴らは死体になっても襲ってくる」

 

「……なんだいそりゃ?」

 

「亡霊だ」

 

「まさか、そんなの―――」

 

 引きつった顔で否定しようとするマールを無視してフィアーは続けた。

 

「ZONEが出来る前、お前はミュータントやアノーマリーの存在を信じたか?奴らもそれと同じだ。容易く姿を見せないが間違いなく存在する。……安心しろ。例え亡霊だろうと撃てば死ぬ。大抵はな」

 

「……死なない奴が出てきたら?」

 

「さっさと逃げろ。もしくは殴り飛ばせ。大事なのは恐怖を抑えこむ強い意思だ」

 

 そう言うとフィアーは再びホールの探索を始めた。マールは何か言いたそうだったが諦めて再び詰め所の中を調べ始めた。

ホールの中央には小型のエレベーターがあったが、これは動力が落ちていて使えそうにない。

 フィアーが電気配線のパネルでもないかとエレベーターの影をのぞき込むと、そこにストーカーと思わしき死体があった。

 

「マール。この死体はお前の相棒か?」

 

 念の為、そう尋ねるとマールは慌てた様子でこちらに駆けつけてきた。

 

「……いや、こいつは違う」

 

「だろうな。見たところ随分と時間が経っている」

 

 その死体には埃が積り、肌は乾燥して、ミイラの半歩手前といった有り様だ。念の為懐を探ってみたが、武器やおろかPDAのような小物すら持っていなかった。

 

「手がかりなしか。……エレベーターも完全に死んでるようだし、後はあそこしかないな」

 

 そういってフィアーはホールの隅にある出入口に目を向ける。

 その先は電灯が切れて闇に覆われていたが、そこから空気が流れてきているのをフィアーは感じ取っていた。ライトを付けてその闇を照らすと、予想通り地下へと続く階段があった。

 狭い。人一人しか通れないほどの幅だ。

 

「俺が先に降りるぞ。マールは後方を警戒してくれ」

 

「ああ……しかしホールはクリアリングしたのに、後ろから来る奴なんているのか?」

 

「常識に縛られるな。この空気はやばい。ここは既に異界と思え」

 

 そう言うとマールは納得したのかわからないが、無言で後方に向けて銃を構えた。

 それでいいとフィアーは思った。ある種の亡霊は壁抜けや瞬間移動のような移動を当然のようにこなす。

 奴らが相手ではクリアリングした場所ですら安心はできない。マールが異常を知らせてくれるなら、それに越したことはないのだ。

 

 階段は一切の明かりがなかった。おまけに階段も壁もコンクリート製で牢獄に閉じ込められたような重圧感を感じる。

 フラッシュライトを照らして階段の底を調べるが、意外と底は浅いようだ。精々5mから6mほどの高さだろう。

 ここまで暗いとフラッシュライトだけでなくナイトビジョンの類も欲しい所だが、無い物ねだりだ。ZONEに持ち込んだ荷物の中には入っていたのだが、それもブロウアウトで吹き飛んだ。

 

 フィアーはフラッシュライトを装着した軽機関銃を構えながら、油断せずに一歩一歩ゆっくりと階段を降りていき、その後をおっかなびっくりとマールが続く。そして階段の半ばまで差し掛かった所で、

 

 ……ガッシャアァァァァァン!

 

 どこからか鉄骨を鉄板の上にでも落としたような音が響いてきた。

 フィアーとマールは反射的に動きを止めた。フィアーは静止したまま数秒程辺りの気配を探って、

 

「……音の出処は遠いようだ。気配もない。問題ない、進むぞ」

 

「……そういう問題か?」

 

 流石に驚いたのか、マールが引きつった声で呻く。

 

「音の大きさの割には振動が一切なかった。こういう空気の場所だと時々ある。ラップ音ってやつだ。或いはシェパードかお前の相棒が物でも落としたのかもな」

 

「後者であってほしいぜ……」

 

 それ以降は何事もなく、2人は階段を降りきった。階段の底には開きかけたドアがあり、そこから微かに光が漏れている。

 この先はまた照明が生きている場所があるようだ。

 フィアーはハンドミラーでドアの影からドアの中を覗き、そこに動くものがないのを確かめると中に入った。

 

 

 

 ―――地下2階

 

 

 

 ドアの向こうは地下一階と同じく小さなホールだった。生きている照明は地下一階の半分以下で影の面積のほうが多い。中央にはエレベーターがあるところを見ると上のホールの真下に当たる位置なのだろう。

そしてこのホールを中心に蜘蛛の巣のように幾つもの通路が伸びている。

 だがそれよりもフィアーの目を引いたものがあった。

 

「なんだこれ……死体の山じゃないか……」

 

 マールの言う通り、ホールには無数の死体が散乱していた。その数は十数人分はある。

 ここ数日前に死んだと思わしき比較的真新しい死体もあれば、上のストーカーの死体のように数ヶ月は経っているであろう死体もある。

 そしてその全ての死体が例外なく武装していた。

 

 ここ数日よく見たお馴染みのストーカースーツを着た死体もある。DUTYの黒いスーツを着込んだ死体もある。傭兵だろうか。見慣れない迷彩の戦闘服を着込んだ死体もある。そして―――

 

「……ナイトクローラー」

 

 紅い縁取りがされた漆黒の戦闘服。フィアーがよく知るナイトクローラーの死体もそこにあった。

 これらの死体は死後かなりの時間が経過しているようだが、この地下の環境のせいか腐敗は進んでおらず乾燥している。

 マールにこの死体の山にシェパードと彼の相棒の死体が混じってないかどうか確認させて、目的の相手はいないと判断すると、フィアーはマールに付近の警戒を命じた。そしてフィアーはまずナイトクローラーの死体の検分を始めた。この死体は他の死体と違って真新しい。つい最近死んだばかりのようだ。

 

 

 手始めにナイトクローラーの死体のフルフェイスマスクを剥がすと、マスクの下からはまるで悪夢でも見たかのように目を見開き、恐怖に引きつらせた顔が出てきた。

 一見表情がわかりにくいが、間違いなくその顔は絶望に歪んでいた。

 彼の手に強く握られている自動拳銃は弾切れの証としてスライドが下がっており、持ち主の無念を表しているかのようだ。

 

 改めて見ると死体の周りには無数の空薬莢が散乱していた。壁にも無数の銃痕がついている。

 おまけに死体が抱えている銃は大半が破損したり、全弾を撃ち尽くしている。

 ここにいる死体はなんらかの敵と戦って死んだのは間違いない。そしてその死体の死因は様々だった。

 首をへし折られて死んだ者。銃で射殺された者。喉笛を食いちぎられて失血死した者もいれば、杭のようなもので頭部や撃ちぬかれて壁に磔にされた者もいる。

 フィアーは壁に磔にされた兵士―――恐らくはDUTYの隊員だ―――に目を向けた。

 この死因は見覚えがある。銃火器で殺された者は人間同士で殺しあったのだろうか。

 

 だがナイトクローラーの死体を調べていてフィアーは妙な違和感を感じた。彼だけは傷がないのだ。床や壁には大量の血痕も付いているのだが、この死体のボディアーマーはそれほど傷んでいない。

 ナイトクローラーのボディアーマーを脱がせて見ると、死体の胴体に切り傷や打撲の跡があった。まるでボディアーマーを透過して胴体を直接攻撃したかのような傷だ。

 こんな傷を負わせる相手にフィアーは一つだけ心当たりがあった。

 あのオーバーンの地下で出会った人型のカゲロウのような亡霊。

 奴らの鉤爪による攻撃には、ライフル弾をも弾き返すボディアーマーも何の役にも立たなかった。

 

 まさか、奴らもここにいるというのだろうか。

 嫌な汗が流れるのを感じながら、フィアーはナイトクローラーの死体を更に調べる。

 彼の懐からは救急キット、正体不明のアーティファクトが入った容器がいくつかと、少々の食糧とPDAが見つかった。アーティファクト容器はそのまま頂く。救急キットと食糧もいつのものかわからないので手は出さない。

 

 続いてナイトクローラーのPDAを起動させてみるが、反応はない。バッテリー切れを疑い予備のバッテリーと繋げてみると起動できたが、内部のデータは全て消去されていた。

 どうやら持ち主が死亡すると自動的にPDAのデータをデリートする仕組みになっているようだ。

 念の為にPDAを回収する。barkeepの所ならデータの復元ができるかもしれない。そして別の死体を検めようとしたその時だった。

 

 ガタン。

 

 ホールの隅に放置されていた一抱えほどの大きさの木箱が音を立てた。

 その音を聞くとフィアーは即座に立ち上がり、軽機関銃を木箱に向ける。

 一拍遅れてマールも手にしたAKを木箱に向けた。

 マールがおずおずとフィアーに判断を求めてきた。

 

「フィアー……。あの木箱、中身を調べた方がいいんじゃないか?」

 

「……そうだな。だが近づく必要はない」

 

 そう返すとフィアーは木箱に向けた軽機関銃の引き金を引いた。

 大部分を闇に覆われたホールにマズルフラッシュの光が連続し、木箱に銃弾が突き刺さる。

 数発のライフル弾の直撃を受けて、古い木箱は甲高い鳴き声と共に粉々に砕け散った。

 

 そう、鳴き声と共にだ。

 

 弾け飛んだ木箱の中からでっぷりと太った無数の鼠が鳴き声を上げながら飛び出してきたのだ。

 余りの展開にさしもののフィアーも声を喉に押しこむのが精一杯だったが、マールはそうはいかなかった。

 マールが悲鳴を上げながらAKを乱射する。しかし相手は猫程のサイズがあるとはいえ、すばしっこい鼠だ。

 運の悪い数匹が小銃弾の直撃を受けて血煙と化すが、大半は銃弾をすり抜けてホール中に拡散していく。

 

「やめろ!単なるドブネズミだ!」

 

 フィアーは咄嗟にマールのAKを掴んで銃撃を止めさせた。そう。箱から出てきたのはサイズこと大きいが唯の鼠だった。

 何時ぞやのストーカーを襲っていた奇形鼠ならフィアーも攻撃していただろうが、この鼠が相手なら攻撃しても銃弾の無駄遣いだ。

 

 マールは最初大きく息を吐いていたが、次第に落ち着いたようで小さく謝ると震える手でAKのマガジンを交換した。

 箱の中から飛び出した鼠達は今やそこら中に散らばり、ホールに散乱している死体を噛じり始めていた。薄暗いホールの中に鼠が肉を齧る音が響き始める。

 どれぐらいの間、あの木箱に閉じ込められていたかは知らないが、さぞや腹が減っていることだろう。

 

 いや、そもそもあれだけの鼠を木箱に閉じ込めたのは誰だ?

 

 先に潜ったシェパードやマールの相棒の仕業とは思えない。余りにも無意味で悪趣味だからだ。

 そもそもこれだけの武装した人間が全滅している時点でやはり、ここには異様な『何か』がいるのは間違いないようだ。 それが本当に亡霊なのは或いは銃を使う何者なのかはわからないが。

 鼠と一緒に死体を漁る気にはとてもなれないが、それでも調べるしかない。ある意味自分が招いた事態だ。仕方あるまい。

 次からは奇妙な木箱を見つけても触れないようにしようと思いながら、フィアーは別の死体の懐を探し始めた。

 

 

 

 

 しかし結局のところ大した収穫はなかった。どうもこれらの死体は時間が経っているだけあって既に他の誰かに漁られていたようだ。唯一わかったことはこれらの死体の死亡時期も比較的新しいものから数ヶ月前のものまで、全てバラバラだったということだけだ。

 結局彼らの懐に残っていたのは、僅かな予備弾薬や朽ちた食糧といったものしかなかった。

 それ以外にもメモ帳や日記もあったが、この施設とは関係のないことが書かれていたり、汚れて読めなかったりと資料としての価値もない。

 腰を据えて全て読めば何かわかるかもしれないが、こんな所で本格的な調べ物をする気にはなれなかった。

 

 死体の探索を諦めたフィアーは、ホールから繋がる複数の通路に目を向けた。

 なかでもとりわけ目立つのは、ホールの奥に設置された巨大な遮蔽扉だ。

 X-18の入り口にあったそれと同じ規模の金属製の扉は、如何にも目を引く存在だ。

 この扉の奥にこそ、この施設の重要な設備があることは想像に難くない。

 

 近寄って調べてみるとX-18の入り口とは違い、扉は完全に閉まりロックが掛かっていた。

 扉の隣の壁に埋め込まれたパネルを見ると、パスコードがあれば解除できるようだが当然そんなものはない。

 フィアーはマールにこれからの方針を伝えた。

 

「とりあえず他の部屋を当たってパスコードを探すしかないな」

 

「フムン、それでもなかったら?」

 

「あると信じるしかないさ。最悪の時はどこかから爆薬でも仕入れてドアを吹き飛ばすしかない」

 

 最もこの遮蔽扉を吹き飛ばす程の爆薬を使えば、地下施設そのものが崩落してしまいそうだが。

 この地下で分散するのはフィアーはともかくマールには危険な為、ツーマンセルで手近な通路から調べていくことにした。先ほど同じくフィアーが前衛、マールが後衛だ。

 通路は階段と同じく照明が完全に落ちており、ヘルメットと軽機関銃に装着したフラッシュライトに頼るしかない。もっとも通路沿いにあるいくつかの部屋は、照明が生きており、そこから光が漏れていたので完全な闇というわけではなかったが。

 

 探索は特に障害もなく進んだ。

 もっともそれは逆に有用な物が見つからないということでもあった。

 この施設はホールを中心に放射状に無数の通路が広がり、その通路沿いに無数の部屋があるというまるで蟻の巣のような構造をしているようだ。

 

 部屋の様子はどの部屋も殆ど同じだ。壁や床はひび割れたコンクリートやタイルに覆われており、どこもそれなりの広さがあった。これらの部屋は元は研究室として使われていたようだが、機材や設備の大半は撤去されているようで殆ど何も残っていない。その為この施設が何の研究をしてるのかもわからなかった。

 これらの部屋にはホールにあれだけあった死体すらない。時折木箱等が放置されていたが、先のこともあって近づこうとは思わなかった。

 

 特に手がかりもなく、3つの目の部屋に差し掛かる。

 そこは職員用のロッカールームのようで無数のロッカーが整然と並べられていた。マールに部屋の出入口の見張りを任せ、ロッカーを1つづつ開けて回る。このロッカールームは残念ながら照明が非常灯以外死んでおり、ロッカーを開けるたびにフラッシュライトで中を照らさねばならなかった。

 

 ロッカーの中はホコリまみれの白衣、作業着、包帯、用途不明の錠剤、菓子。そしてなぜか大量のコーラがあった。好きな職員でもいたのだろうか?

 どれも職員の私物のようで放置されて随分と時間が経過いるようだ。

 ここも外れかと思いながら更にロッカーを開けて調べていくと、鍵が掛かっているロッカーを見つけた。明らかにそのロッカーだけ、ほかのロッカーより大型で頑丈な作りになってる。

 

 ライトでそのロッカーの扉を照らすと、ロッカーのネームプレートの部分に『鎮圧用機材』と書かれていた。更にその下には小さなメモ書きが貼り付けられており、そこにはこう書かれている。

 

『実験体脱走時はこれを使って鎮圧すること。レンタル品なので扱いは丁寧に!ロッカーの鍵は主任が持ってます』

 

 ……実験体とは何のことだろうか。あくまでフィアーの目的はここに居るであろうストーカーであって、この施設には大して興味を抱いてはいなかった。しかしこの施設に漂う異様な空気、放置された無数の死体、そして明らかに危険な実験を行っていたらしきその痕跡は、規模こそ違えどATC社がアルマやレプリカ兵の実験をしていたあの実験施設をフィアーに思い起こさせた。

 

 フィアーは改めてそのロッカーを見た。確かに大型で頑丈なロッカーだが鍵は唯の南京錠だ。

 これならショットガンで破壊できる。

先の轍を踏まないようにロッカーに耳を近づけて中に生物がいないことを確認する。先はドブ鼠で済んだがこのロッカーの大きさなら、ミュータントでも詰め込もうと思えばやれないことはない。

 内部から何の物音もしないことを確認してから、フィアーはマールに声をかけた。

 

「マール。妙なロッカーを見つけた。これから鍵を破壊する」

 

「了解」

 

 フィアーはショットガンにスラッグ弾を装填すると、跳弾に気をつけながらロッカーの南京錠に向かって発砲した。頑丈な南京錠は1発では破壊できず2発目でようやく弾け飛んだ。

 鍵の無くなったロッカーを開いてフィアーは愕然とした。そこに見覚えのあるものがあったからだ。

 

 ロッカーの中はちょっとした武器庫となっていた。その事自体は鎮圧用と書かれていた時点で予想していた。

 問題はその武器の種類だ。スコープやグレネードランチャーの付いたフルカスタマイズされたAKが一丁。これはいい。ガスマスク付きの茶色のボディアーマー。これもわかる。

 だが問題はその隣にある2つの銃器だった。その内の1つは形状としては通常の銃に近い。異様なのはその銃のマガジンだった。

 

 そのマガジンの大きさは通常のマガジンより一回りどころか二回りか三回りは大きい。50口径の対物ライフルのマガジンより更に巨大だった。

 そしてその巨大なマガジンから発射される弾薬の反動に耐える為か、銃の後方には狙撃銃のような大型の固定式ストックが取り付けられており、銃身にはフォアグリップが装着されている。

 そして漆黒の銃身の側面には、白い菱型を3つ三角形に繋げたエンブレム。

 この銃身も長さこそカービンライフル程度の長さだが銃身が大口径の為、それを覆うバレルも大型化しており、総じて短銃身化したセミオート式の対物ライフルといった印象を見る者に与えるだろう。

 

 だがフィアーは知っている。この銃から放たれる弾丸は大口径のライフル弾などではないことを。

 この巨大な弾倉に収まっているのは人差し指程の太さを持つ、小型の杭だ。

 火薬によって高速で撃ちだされるそれは、近距離ならセラミックの防弾プレートすら撃ちぬき、例え強化外骨格であっても容易く串刺しにしてしまう。

 

 10mm HV Penetrator(ペネトレーター)。

 

 それがこの銃の名前だった。通称、杭打ち機。

 その威力はフィアーもよく知っている。あの悪夢の一夜では現地で調達したこれを手に、強化外骨格を着込んだ無数のレプリカ兵を撃破したからだ。

 弾薬である杭が重い為、精度と射程では通常の自動小銃には劣るが、その分室内戦では無類の強さを誇る銃器だった。

 

 そしてその隣にあるペネトレーターを更に上回る大型の異形の火器。

 そもそも正体を知らなければ、銃と認識するかも怪しいそれにもフィアーは見覚えがあった。

 曲線で構成された筒のような形状を持つその銃には、弾倉が存在しない。

 そもそもこれは従来の銃火器のように火薬を爆発させて金属の弾薬を撃ちだす銃ではない。

 これが放つのは高出力のエネルギーボルト。恐らくは世界で初めて実用化された個人携行用の粒子兵器。

 

 Type-7 Particle Weapon。

 

 それがこのSFに出てきてもおかしくはない超兵器の名前だった。

 そしてその丸みを帯びた銃身―――いや砲身の側面にはペネトレーターと同じく白い菱型を3つ三角形に繋げたエンブレムが刻まれていた。

 これはATC社のエンブレムだ。この2つの銃器はATC社製の最新の武器なのだ。

 

 しかしペネトレーターはともかく、Type-7はまだATC社でも開発されたばかりの新型兵器だ。市場には殆ど出回っていない。

 これを入手するには余程の大金を積むか、ATC社と何らかの繋がりを持つしかないのだ。

 もし仮に後者だとしたらシェパードとやらの事抜きで、この施設を探索する必要が出てきたかもしれない。

 

 更にロッカーの奥を漁るとAK用の予備弾倉とペネトレーター用の予備弾倉があった。

 しかし肝心のType-7用のバッテリーはない。

 手にとって調べてみると随分放置されているようで、気軽に撃ったら暴発することもあり得る。何しろこれは精密機器の塊だからだ。 

 Type-7の接続端子に自前のPDAに繋ぎ、オートチェックプログラムを走らせる。システムイエロー。いくつかのシステムの調子が悪い。しかもバッテリー残量はレッドゾーンだ。

 恐らくは1発撃てばエネルギー切れになる。

 だがそれでもこれは切り札になりえる武器だ。

 

 フィアーは暫く考えた後、ペネトレーターもType-7も両方とも頂いていくことにした。

 通常の銃器より大型に見えるがその点は流石はATC社製。そのサイズと高い耐久性に見合わぬ軽さを誇っている。あの会社は武器に限っては確かに良い仕事をするのだ。

 

 とは言え如何なフィアーと言えどM249軽機関銃とペネトレーター、Type-7に加えてサイドアームであるウィンチェスターショットガンとイングラム短機関銃まで装備するのは流石に限界を少々超えている。動けはできるが、スローモーを使った格闘戦をすればあっという間に息切れだ。

 重量軽減のアーティファクト、Graviを装備しているとはいえ何か装備を諦めなければならないだろう。

 

 暫く考えた後、フィアーはマールにM249軽機関銃を持たせることにした。

 彼の装備の中ではこれが一番重量がある武器だからだ。軽機関銃ならではの重量に加え、予備弾倉も含めて400発近くもある銃弾の重さも馬鹿にはできない。

 かといって破棄するには惜しい火力。ならば後衛を務めるマールに渡したほうが有意義だろう。

 

「ワオ、軽機関銃なんて初めてだぜ、これならどんな奴が来てもぶっ殺せるな……」

 

「過信はするなよ。こいつはリロードの隙がでかいんだ。戦闘中に弾切れになったら一緒に渡したSTANAGマガジンを使え。それと言うまでもないが俺に当てるなよ」

 

 武器の譲渡にあたってフィアーはマールに対して、M249軽機関銃の使い方を簡単にレクチャーした。ストーカーなだけあって彼はすぐに扱い方を飲み込んだ。後は戦闘中にジャムりでもしない限り大丈夫だろう。

 

 そして軽機関銃をマールに渡したフィアーは、ロッカーの中からまずType-7を取り出し、バックパックの上に括りつけると次にペネトレーターを手にした。

 ペネトレーターのボルトを前後させて動作を確認するが問題なく動く。状態は良好だ。弾薬も専用のフレシェット弾―――実際には杭に近い形状だが―――を装填した35連マガジンが4つ、ロッカーの棚に置いてあった。弾数にすると140発。ライフル弾だと少々心もとない弾数だが、このフレシェット弾は1発1発がライフル弾とは比べ物にならない威力を持つ。

 例えボディアーマーを装備した兵士でも、頑丈なミュータントでも容易く串刺し刑にできる。

 スローモーによる精密射撃ができるフィアーにとっては、残弾数がそのままフィアーが殺せる数であると言ってもいい。

 メインアームにするには申し分のない兵器だった。

 

 またbarkeepに頼む品物が増えたな……。とフィアーは思った。あの店でペネトレーター用のフレシェット弾を取り寄せれることができればいいのだが。

 

 そんなことを考えながら、ビニールテープで予備のフラッシュライトをペネトレーターの銃身へと巻き付けていく。そしてマガジンをペネトレーターに装填し、セーフティを解除した。

 残ったペネトレーター用の大型マガシンは戦闘服のベストには入らなかったので、ウエストポーチに詰め込み、入りきらない分はベルトにビニールテープで巻きつけた。これもあとでbarkeepから大型のポケットかポーチを購入せねばなるまい。

 そうして武装を整え、もう一度ロッカールームの探索をしようとした矢先だった。

 ロッカールームの外から物音がしたのは。

 

 今度のそれは今までのそれとは違い、距離が近い。ロッカールームのすぐ外で瓦礫を蹴り飛ばしたかのような音だ。

 僅かだが衝撃すらあった。

 つまりこれは今までの虚仮威しのそれではない。実体を持った何者かが側にいるということだ。

 マールもそれを理解したようで顔を青ざめながら、手にした軽機関銃をロッカールームの入り口に向けている。

 

 だがフィアーは彼ほど恐れてはいなかった。例え実体があるのなら―――亡霊であろうと殺せる。

 それがあの夜で学んだことの1つだ。

 杭打ち機を構えてフィアーはロッカールームの出口に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 





ZONE観光案内

X-18
STALKERで一番怖い場所と言われたら真っ先にまずここが上がるぐらい怖い場所。
コンクリート製の老朽化した地下シェルターみたいな地下研究所。
ライトの大半は死んでおり、ポルターガイストがうろうろして、歩いてるだけで物が飛んできて悲鳴を上げることになる。
他にも環境音で謎のラップ音やら地響きやらが常時響いてくる素敵な場所。
下手にドアに近づくと向こう側からおもいっきり叩かれたりもする。
まあドア開けてもドアの向こうには誰もいないんですがね。

ついでの小物紹介編


 Type-7 Particle Weapon
 FEARの名物。当てた敵を一瞬でまるこげの骨にするイカしたSF武器。
 続編でも後継銃がでてるが、弾速が遅すぎてむしろ退化してる。
 生身相手には強力だが装甲板纏った相手にはあんまりきかない。

 10mm HV Penetrator
 FEAR名物銃その2。通称ゴッスン釘。
 でっかい杭を撃ちだして(明らかに10mmなんて太さじゃない)撃った相手をそのままふっ飛ばして磔にする素敵な銃。
 出てきた敵を全員壁に縫い付けて前衛芸術みたいにするの楽しいです。

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