S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 21 The Dark Valley

 ゴミ捨て場へ続く道のりにはアノーマリーの巣がある。

 そう聞いてはいたものの、その規模はフィアーの予想を遥かに上回るものだった。

 アノーマリー探知機が警告音を鳴らし、シューテンググラスに投影されたミニマップにはアノーマリーが存在することを示す赤いマークが、マップを埋め尽くすかのような勢いで表示されている。

 

「通れるんだろうな、ここは……」

 

 思わずそう呟くと、アンドリーが大丈夫、大丈夫と気楽に答えてきた。

 

「この辺のアノーマリーは固定されてて動かない。ちゃんとボルトとアノーマリー探知機で確認しながら一歩一歩歩けば大丈夫さ」

 

 そう言ってボルトを片手にゆっくりと近づいていく。

 フィアーも近くの枯れ草を引き抜くと、それを前方に差し出しながら後に続いた。

 これほどのアノーマリーの密集地はAgroprom研究所からヤンター湖へ行く際の道のり以来だが、密度は高くても今回はそれほど長い道のりではなかった。

 大凡10分……距離にして200メートルから300メートルほどの距離をじりじりと進んでいくと、すぐにアノーマリーは途切れる事になった。

 

 フィアーとしてはむしろアノーマリーよりも、ここを進んでいる間に狙撃でも受けないかと言うことに気を回すことになった。ゴミ捨て場でアーティファクト探しの際に、バンディットに監視されていた苦い思い出は忘れることはできない。

 そのことをアンドリーに告げると、彼は笑ってそんな心配をする必要はないと言った。

 

「このすぐ先にはDUTYの検問所があるんだ。バンディット対策も兼ねて常に20人はいる。こんな所でドンパチやる奴なんてそうはいないさ」

 

「……DUTYの検問所ってのはそこら中にあるんだな」

 

「BARの近くだけさ。あそこはZONEで一番の街だからな。もう少し奥に行けばFreedomが幅を利かすようになるらしいぜ」

 

 そんな話をしている内にアンドリーが言っていた検問所が見えてきた。

 今回の検問所は車両用の大型のゲートと鉄のフェンスでゴミ捨て場との境界線を作っていた。

 そしてゲートの此方側には二人の兵士が見張りに立っている。残りは全員ゲートの向こう側にいるのだろうか。

 見張りは既にこちらに気づいているようで油断のない視線を向けていた。

 アンドリーは彼らに近づいていくと声をかける。

 しかし彼らはアンドリーを無視するとフィアーの方へ向き直った。

 

「見ない顔だが何者だ?どこに行く」

 

「フィアー。フリーの傭兵だ。Barkeepから頼まれてdarkvalleyへピクニックに行く」

 

「またBarkeepか……」

 

 見張りは一つため息をつくと、無線機に向かって一言告げた。すると閉ざされていたゲートが開いていく。

 門の向こう側は相変わらずの灰色の景色が広がっていたが、その更に奥にはかつて見た瓦礫の山と、廃棄物のすえた刺激臭が漂ってきた。

 

「darkvalleyは現在無法地域だ。精々気をつけるんだな」

 

「ZONEはどこでも無法地域だろう?」

 

 そう返すと彼は不機嫌に言い返してきた。

 

「少なくとも今ここは違う。我々がいる限り、秩序はある」

 

「失礼。あんた達の職務を否定する気はなかった」

 

 そう謝罪してゲートをくぐり抜けていく。

 ゲートを超えた先には大勢のDUTY隊員が屯していた。IFFに次々とDUTYの反応が表示されていく。その総数はアンドリーの言った通り20人はいた。

 隊員の半分ほどは焚き火を囲んで談笑しているが、残りの半分は銃を手にゴミ捨て場を監視している。

 ゲートのすぐ側には小さなコンテナハウスが置かれている。隊員達の詰め所兼寝床といったところか。

 

「darkvalleyに行くならこっちだぜ。今回あのゴミの山は通らない」

 

 そう言ってアンドリーが指さしたのはゴミ捨て場の中心ではなく、そこから外れた丘のほうだった。

 

「あの丘を超えればdarkvalleyへの入り口だ。まああの辺ならバンディットもいないし気楽なもんさ」

 

「だと、いいがな」

 

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

 

「……いるな、バンディット」

 

「あれ?おかしいなぁ?」

 

 二人がそのバンディット達を発見したのは丘を越えて20分程経ってからだった。

 廃棄物の影響か草が殆ど生えていない荒野の小さな傾斜。その窪みにある小さな水溜りのようなサイズの池の側に彼らは腰を下ろして屯していた。

 数は3人。そして彼らの側には撃ち殺されたと思わしきストーカーの死体がある。

 ここから彼らとの距離は200メートルはある。IFFの探知範囲は数十メートルなので、IFFから此方に感づかれるということはないだろう。

 

 フィアーとアンドリーは近くにあった木の影に隠れて、バンディットの動向を伺った。

 どうやら雑談しているようだが、流石にこうも距離があると何も聞こえない。距離を詰めようにもこの辺りは見晴らしのいい荒野で植生も全滅しており、自分たちが隠れているような背の高い木が所々で立ち枯れているだけだ。

 

「これ以上距離は詰めようにないな。奴ら話はしててもしっかり周囲に視線を向けている」

 

「じゃあここから撃つしかないってことだな。よし、ここは俺の買ったばかりのコイツに任せてくれ!」

 

 何を勘違いしたのかそうアンドリーが叫ぶと、止める間もなく手にした自動小銃mini14を構え、バンディット達に向けて発砲した。

 銃声が響き渡り、腰を下ろしていたバンディットのすぐ側にあった池に小さな水柱が立つ。

 

 大外れだ。

 

「……下手くそ」

 

 流石に呆れて呟く。ちなみにバンディット達は銃撃を受けたことは理解したようで、慌てて立ち上がり、近くにある立ち枯れた森の中へ走って身を隠そうとしている。

 

「あれ?いや今のはなしだ!もう一度!」

 

 そう叫んで更に二度三度、引き金を引くが、走るバンディット達の周りの地面を掘り返すだけだ。

 

「おかしいな。不良品掴まされたかな?」

 

「貸せ」

 

 真顔で呟くアンドリーの手からフィアーはmini14をもぎ取ると、構えた。

 素早く照星の中に走るバンディット達の姿を捉える。

 発砲。

 放たれたライフル弾は見事バンディットの脚に着弾し、そのバンディットを転倒させた。正確にはフィアーは腰を狙ったのだが、下に僅かにずれて脚に当たったのだ。……まあ元が民間向けのブリキング用ライフルならこの程度のズレは許容範囲内だ。

 

 更にもう一人のバンディットに銃口を向けて引き金を引く。先ほどの射撃でこの銃の癖は掴んだ。今度は狙い通り、バンディットの背中に着弾させて撃ち倒した。

 そして3人目を狙うが、彼は既に立ち枯れの森の中に既に姿を隠していた。

 

 一旦そのバンディットの事は諦めて、先に撃ち倒し地面に倒れこんだバンディット達の頭部に、それぞれ一発ずつ止めの一撃を撃ちこむ。

 

「銃のほうは特に問題はないぞ。問題があるとすればお前の腕だ」

 

「……あれぇ?」

 

 ため息と共にmini14を彼に返す。

 

 ……こいつはこんな性格と腕でよく今まで生き残れてきたもんだ。

 

 フィアーはそう胸中で呟いた。

 

「とりあえず今度稼げたら、ありったけの銃弾を買って射撃訓練でもすることだな……。ところでdarkvalleyへの道は、あのバンディットが逃げこんでいった森の先にあるんだったな?」

 

「ああ、あの森を抜けたら小さな谷に出る。そこを抜けたらdarkvalleyだ。そうか!奴らdarkvalleyからわざわざ遠征に来やがったのか!」

 

「では俺はこのまま奴を追ってdarkvalleyへと進む。お前とはここでお別れだ。あのバンディットの持ち物はお前の好きにしていいぞ」

 

「わかったよフィアー。いつでもゴミ捨て場の車両基地に来てくれ!あんたなら大歓迎だ」

 

「ああ、覚えていたらな」

 

 そう言ってフィアーはアンドリーをその場に残して、駆け足でバンディットの最後の一人を追って走り始めた。

 フィアーからすればどうということもない小物だが、行く予定のdarkvalleyで待ち伏せされると厄介だからだ。

 それとこれ以上アンドリーに付き合っていると、色んな意味で面倒な事に巻き込まれる気がしたからというのが一番の理由かもしれない。

 

 

 

 

 ◆    ◆

 

 

 

 

 フィアーの追跡は上手くいっているとは言えなかった。

 何しろ森の中にまでアノーマリーがあった為、走ることもままならない。

 おまけに立ち枯れた木々は放射能性物質で汚染されているのか、ガイガーカウンターが鳴りっぱなしだ。アーティファクトである程度中和しているとは言え、検出される放射能の量は中和出来る量を僅かだが上回っている。

 この森を出たら、一度放射能中和剤のアンプルを摂取しなけらばならないだろう。

 そんな思考をしていると森の中に銃声が響き渡った。

 反射的に近くの木の影に隠れる。

 

 ……続く銃撃がない。いや自分に向けて撃ったものではないのか?

 

 そう判断して木の影から出て、辺りを見回すと更に銃声が響く。今度は銃声だけではなく、絶望的な悲鳴をも伴っていた。

 

 ……間違いない。これは自分に向けられたものではない。あのバンディットはいったい何と戦っているんだ?

 

 フィアーは森中に響き渡る銃声の元へと走りだした。

 木々とアノーマリーをすり抜け、落葉の下に隠れていた毒性のアノーマリーを飛び越える。

 そしてそれらをくぐり抜けた先―――森の中のちょっとした空き地にバンディットは立っていた。

 

 

 

 

 

 

 そのバンディットは銃を手放し、血泡を吹き白目を剥いて明らかに意識がない状態だった。いや意識どころか、命があるかどうかすら怪しい。

 何しろそのバンディットの喉元にはコイン大の大穴が穿たれていたからだ。出血は殆ど無いようだがあの傷は、唯それだけで致命傷だ。

 にも関わらず、なぜバンディットは立っていることができるのか。

 

 その答えもすぐに分かった。彼は立っているのではない。抱き支えられているのだ。彼の背後にいる透明な何者かに。

 そしてフィアーはそいつの名前を知っていた。バンディットの喉に空いた大穴。透明化できる能力。それらの状況証拠がそいつの正体を告げていた。

 

 ブラッドサッカー。ZONEで最も恐れられる透明な吸血鬼だ。

 

 その正体に思い当たるのと同時に、フィアーは手にしたM249軽機関銃をブラッドサッカーに向けて構え、フルオートで発砲した。

 当然銃弾はブラッドサッカーが抱えるバンディットにも直撃するが、バンディットの命など知ったことでない。元よりブラッドサッカーが横槍を入れねばフィアーが殺していた相手だ。

 

 だがブラッドサッカーはバンディットを抱えて盾にしつつ、姿を隠したまま人間離れした跳躍力で一気に数メートル飛び上がると、そのまま森の中へと跳躍して飛び込んでいく。

 ブラッドサッカーに捕まっていたバンディットが意識を取り戻したのか、泣きながら悲鳴を上げた。

 喉に穴が空き、不明瞭な発音だが、まるで子供のようにたすけてくれ、と繰り返す。その助けを求める相手は、つい先程自分諸共ブラッドサッカーに銃弾を撃ち込んだフィアーなのだが、それすらも分からない程錯乱しているようだ。

 無理もない。あの吸血鬼の巣に連れこまれたらどんな目に合うか、フィアーとて想像したくもない。

 

 彼の頼みを聞くというわけではないが、フィアーも『弁当』を捕まえたまま逃亡を試みるブラッドサッカーに向け、人質諸共撃ち殺すつもりで更に銃撃を加えた。

 少なくとも奴の餌場に連れ込まれて、ゆっくり血を吸われて殺されるよりは、今ここで撃ち殺されたほうが幸せだろう。

 

 だがブラッドサッカーは人一人抱えているにも関わらず、まるで猿のように木々の上を走り渡って銃撃を回避しながら、更に森の奥深くへと走っていった。

 ブラッドサッカーの蛸のような口から、異様な重低音の声が放たれて、そしてその姿と共に小さくなっていく。

 もしかしたらあれはブラッドサッカーの笑い声だったのかもしれない。

 同時にバンディットの哀れな悲鳴も小さくなっていき……消えた。

 

「ちっ」

 

 舌打ちと共にフィアーは一旦銃口を下ろした。

 もう追いかけるのは無理だと判断したためだ。

 あのブラッドサッカーは、ZONEの外周部で初めてフィアーが出会ったブラッドサッカーより明らかに身体能力が高い。

 人を抱えた状態にも関わらずあの身軽さ、軽機関銃の銃弾が間違いなく数発は直撃しているというのに、気にせず動き回るあのタフさといいまるで別物だ。

 

 そういえばシドロビッチから貰ったZONEのガイドブックには、ミュータントは個体差がある以外にも歳を取ったミュータントはより強靭になり、知能も高くなる場合があると書かれていた。

 もしそれが奴だとしたら、差し詰めエルダーブラッドサッカーとでも言うべき存在か。

 

 フィアーはコンパスを片手にブラッドサッカーの逃げていった方向を確認した。

 コンパスの針が示す方向は東―――即ちこの先にdarkvalleyがある。

 奴もまた餌を求めてあそこから遠征しにきたとしたら、darkvalleyは予想以上の魔境になっているようだ。

 M249軽機関銃の残りの残弾を確認する。それほど撃ってないため、まだ100発以上は残っている。この森を抜けるには充分だろう。

 ふと気が付くとガイガーカウンターの音量も増えてきていた。

 

 念のためここで一度放射能中和剤を使っておくか。

 

 そう考えたフィアーは放射能中和剤の入ったアンプルを左腕に打ち込むと、一刻も早くこの森を抜けるべく歩を進めた。

 

 

 

 

 

 ◆    ◆    ◆

 

 

 

 

 

 その後は障害もなく森を抜けると、高い岩肌が行く手を遮った。

 道を間違えたかと思ったが、よく見るとその崖のような岩肌に沿っての道がある。

 その地形はまるで上から見ると漏斗の口のような形で、奥に行くほど狭まっておりその一番奥は左右を岩肌に挟まれた細い切れ目の山道となってた。

 GPSと地図を照らしあわせると、この先がdarkvalleyだ。

 

 奇襲を警戒しながら道を抜けると、岩肌に遮られていた視界が急に開けた。

 しかし爽快感や解放感などは一切感じない。

 開けた視界に映ったのはゴミ捨て場より更に陰鬱なZONEの景色だったからだ。

 ゴミ捨て場よりも更に暗い鉛色の分厚い雲に覆われた空は太陽の光を一切通さず、大地はくすんだ緑と赤茶けた草に覆われて、先ほどの森のように立ち枯れた木々が侘びしげにポツポツと立っている。

 この山道から見下ろす限り、数キロ先に池が見えたがその池の色はここからでも確認できるほど毒性を思わせる緑色に染まっている他、炎のアノーマリーが点在しているのか火柱が時折立っている場所もあった。

 

 なるほど。darkvalleyとは言ったものだ。とフィアーは感心した。

 ZONEに入ってから陰鬱な景色等見慣れたものだと思ったが、ここは今まで見た場所で一番陰鬱な場所かもしれない。

 この山道を出たすぐ手前にはキャンプの跡と思わしき野営地があったが、焚き火の周りには無数の銃弾の空薬莢が飛び散り、付近の岩には血と思わしきドス黒い血痕があったのも、より一層フィアーの気を滅入らせてくれた。死体がなかったのが唯一の救いだが。

 

 フィアーは地図とGPSで現在地を確認した。GPSも時々妙に精度がブレるがまだまだ使えはするようだ。

 darkvalleyは概ね4つの区域に分けられる。

 北の区画の大半を占める巨大廃工場。東の区画を占める北のそれよりはやや小さい廃工場。南の区画は小さな牧場跡と牧草地だったであろう荒野があり、西側は荒野とゴミ捨て場を区切る山がある。

 目的の廃工場はこのdarkvalleyの一番東側にある。

 対してフィアーはこのdarkvalleyの一番西側にいる。

 つまりこのdarkvalleyを横断しなければならないわけだ。

 ここから見た限りでは敵になりそうなものは見えないが、darkvalleyの住民達がこの陰鬱な景色のどこかで息を潜めて、獲物を待ち構えているのは間違いない。

 

 彼はため息をつくと、まず休憩を取るべく目の前にあるキャンプ跡へと向かった。

 そろそろ昼時だ。食事も兼ねて休むのもいいだろう。

 朝食はここに来る途中、Barkeepから貰った荷物の中にあったパンを歩きながら齧って済ませたが、昼は温かい物が食べたい。

 そう思ってバックパックの中を漁ると、奥からウクライナ軍の緑色のビニールに包まれたレーションが出てきた。

 

 ……一体これはいつ手に入れたものだったか?

 そういえばシドロビッチの所で装備を整える際、確か米軍のレーションとどっちがいいと聞いてきて、アメリカ軍のレーションにうんざりしつつあったフィアーは反射的に、ウクライナのレーションと答えた記憶がある。

 差し出されたそれがくたびれていたのもあり、なんとなく嫌で食わずに後回しにしていたのだが……。嫌いな物を残す子供でもあるまいし、ここらで片付けてしまおう。

 

 そう決めたフィアーはまず周囲の安全を確保するために、先ほどくぐり抜けた山道にワイヤーと樹の枝による鳴子による警告音を鳴らすトラップを、更にキャンプ場の付近にはワイヤーを使った手榴弾によるブービートラップを仕掛ける。

 山道の方を鳴子だけにしたのは、単にただのストーカーが通ってくるかもしれないからだ。

 しかしこの使用中であるキャンプにわざわざ死角から密かに近づこうとするものは、バンディットかミュータント以外ありえないので、手榴弾を使った過激なブービートラップにしたのだ。

 

 周囲の安全を確保したフィアーは焚き火跡の炭を集め、近くの枯れ草や枯れ枝を集めてライダーで火をつける。

 然程苦労することもなく燃え上がった火を見つめ、いよいよレーションに取り掛かる。だがレーションを取り上げた際、嫌な文字を見てしまった。

 

「賞味期限が1年も前に切れてる……」

 

 この手の非常食は1年や2年程度なら、味はともかく問題なく食べれる場合が多い。フィアーも訓練中や基地に居るときは、賞味期限切れの米軍のレーションMRE等を在庫処理としてよく食べたものだ。それでますます嫌いになったわけだが。

 ますます期待値を落としながら包装を破る。このレーションは3つのパックに別れておりそれぞれが朝昼晩分ということらしい。

 もう朝食は食べたが、朝食分から頂く。

 包装を破ると中から出てきたのはクラッカーが2パック。大きい缶詰と小さな缶詰が2つ。インスタントコーヒーと砂糖とウエットティッシュだ。

 ただしウエットティッシュは完全に乾燥しておりただのティッシュペーパーと化していた。

 

 続いてフィアーはサバイバルナイフで、2つの缶詰の蓋をあけた。中を見たところどちらも似たように見えるが、ラベルを読むと大きいほうが肉と米と雑穀の粥らしい。もう一つはレバーパテだ。

 恐らくそのまま食うと不味いだろうが、火は偉大である。大抵の肉は温めれば旨くなるものだ。

 2つの缶詰を焚き火の中に追いやると、フィアはステンレスのマグカップ(これもシドロビッチが入れていたものだ)にミネラルウォーターを注いだ。

 幸いな事にこの焚火は、以前使ってた者が作ったのか、焚き火跡を囲むように石を使った簡易かまどがあったのでかまどの上でマグカップを置いて、熱湯になるのを待つ。

 缶詰と水に熱が通る間、クラッカーを一枚試しに噛じる。

 

 ……硬い。しかも湿気っている。まあ1年も賞味期限を切れていれば致し方無いか。

 これは単体で食うべきものではない。缶詰の中身を乗せて食うものだ、とフィアーは理解した。

 そうこうしている内に火の中に放り込んだ缶詰がボコボコと泡立ち、充分熱が通ったと知らせてくれた。

 ナイフを使って器用に焚き火の中から2つの缶詰を回収したフィアーは、予想以上に食欲をそそる肉の香りを堪能した。

 フェイスガードを外してバックパックに入れると、早速ナイフを使ってまず肉の粥のほうを掬いあげてクラッカーに乗せて食す。

 

 ―――旨い。

 

 肉の旨味と雑穀の味に加えて、たっぷり入れられた脂が肉粥としての旨さを主張してくる。

 正直な所2口3口と続けると油っこくなってくるが、クラッカーと一緒に食べることでその問題は完全ではないが解決する。

 これはなかなかの当たりだとフィアーは思った。おそらく米軍のレーションよりは旨い。フィアーの好みの味付けだった。

 肉と雑穀の粥などまずく作りようないのだが、世の中それを裏切るような味のレーションも多々あるので、フィアーとしては食べてみるまで博打だったのだ。

 

 次はレバーのパテだ。これもそうそうおかしな味になるような料理ではないだろう、と安心してクラッカーの上に乗せて食べる。

 悪くない。

 微かにレバー特有の血の味がするが、パテになっていることにより随分薄められている。フィアーとしてはレバーのこの風味が苦手ということもないので、そのまま缶詰の中身をぺろりと平らげてしまった。 

 続いて肉粥の缶詰も平らげ、一息つくと簡易かまどの上にかけっぱなしだったステンレスマグカップを、一旦かまどの上から下ろす。

 中身は沸騰寸前だっが、気にせずインスタントコーヒーの素を入れてシュガースティックの中身を全部入れた。

 

 本来フィアーは無糖を好むが、これから体を動かすことになるのだ。カロリーは多い方がいい。

 ある程度コーヒーを飲める温度まで冷ました後、フィアーはキャンプ地からdarkvalleyを見下ろしながらコーヒーを飲んだ。

 あまり旨くはないがコーヒーのカフェインと大量の砂糖が、自分の脳を活発化させていくのが分かる。

 それを自覚しながら改めてマグカップ片手にdarkvalleyの土地のことを観察する。

 

 先ほどと同じ、空は灰色に大地は茶色にくすんだ大地。

 更に双眼鏡を使って、東の方角を見ると、目的地である廃工場がうっすらと見えた。更にその隣には高熱のアノーマリーが発生してるのか。地盤が割れてそこから炎が間欠泉のように飛び出している。

 続いて北。此方は巨大な廃工場が北の区画を全て埋め尽くしている。高い外壁のため中の事まではよくわからかったが、僅かだが工場内の人影をフィアーの目は逃さなかった。バンディットだろうか。

 南。此方は大半が荒野で、更にその奥に放棄された牧場がある。北の工場がバンディットに制圧されていたら、それ以外のストーカーはあそこを拠点とするかもしれない。

 

 もし東の廃工場を探してシェパードと呼ばれるZONEのガイドが見つからなかったら、これらの施設も虱潰しにしなければならないのだ。

 その場合どの順番で調べていくべきか……そんな考えを突如として山道に仕掛けた鳴り子の警告音が吹き飛ばした。咄嗟にPDAのIFFを確認するが、反応なし。この距離ならIFFに登録している奴は間違いなく反応するというのに。

 マグカップを放り捨て、傍らに立てかけてあったM249軽機関銃を手に取り、構える。

 

 あのブラッドサッカーのことも念頭に置きつつ、すかさず山道に向き直り、そこに人影を認めると誰何の声を上げた。

 

「誰だ!? 所属と氏名を名乗れ!」

 

 つい反射的にFEARに在籍していた時の軍人のような対応をしてしまった。

 

「ショ…ゾク…シ…メイ…」

 

 だがもっと驚くべきことに返事はあった。それは返事というよりは単にオウム返しのようだったが。

 その反応にフィアーは戸惑った。この人影は左右の高い岩肌の影になり正確な顔が見えない。

 だがそのシルエットに妙なものを感じる。人間としてのシルエットのバランスが奇妙なのだ。

 まるで右腕だけが、異常に肥大化しているかのような……

 

「……ヴァぁああぁ…アヴァああああAAああああAああaあ!」

 

 観察できたのはそこまでだった。彼は悲鳴とも嘆きとも言える遠吠えを放つと、一気に此方に向かって走り始めてきたのだ。

 暗い崖の下から飛び出し、その素顔が露わになる。

 それは確かに人間だった。元は市民だったと思わせる襤褸切れのような服、薄汚れて彫刻のように強張ってはいるが、人間としての顔がある。

 しかしその瞳には餓鬼を思わせる禍々しい光が宿っており、口からは牙が生えてりる。何よりも右腕が人間離れして巨大だった。通常の人間の二倍どころか三倍はある。更に指先は鉤爪と化しており、人間ぐらい容易くバラバラにできるのが予想できた。

 

 ―――これは、ゾンビか?

 

 まずその姿を最初に思い浮かんだのが、wildterritoryでも見かけたゾンビの存在だ。

 だが彼らは形状こそ人を保っていたが、脳を破壊されて意思疎通は全く出来そうになかった。

 だかこのゾンビは最初此方の問いかけに間違いなく、答えた。

 答えたのだ。それが単なるオウム返しとしても。

 完全に脳を破壊されたタイプならともかく、この人間としての何かが残っているこの新しいタイプのゾンビなら、もしかしたら治療法もあるかもしれない。

 

 が、それを探すのは学者であって自分ではない。手心を加えるにはあのゾンビの目は余りにも危険すぎた。あの目は知性が破壊された他のゾンビと違って、敵を殺す獣の目をしている。

 即座に軽機関銃を胴体にセミオートで叩きこむ。1発、2発、3発。止まる気配なし。彼我との距離が更に詰められる。後、3メートル。

 敵の耐久性を試そうとしたのが仇になったか。ここまで接近されてフルオートに切り替えるには、時間がない。

 そんなフィアーに対して、間合いを詰めた手長ゾンビが呻き声を上げつつ、その長い右手を振りかざして襲いかかってきた。

 長い右手の下を掻い潜るように前転して回避。そして起き上がったフィアーの手には軽機関銃ではなく、ウィンチェスターショットガンが握られていた。

 

「くたばれ」

 

 フィアーは手長ゾンビは再度此方に襲いかかるよりも早く、引き金を引いていた。

 そして引き金を引いたまま、ショットガンのポンプを前後させてスラムファイアを引き起こす。これをすることで銃弾の高速発射が可能になるのだ。

 暴発ともいうべき勢いで残弾を全て眼前の手長ゾンビへと叩きこむ。

 5発分の散弾の雨を至近距離で叩きこまれ、ようやくこの手長ゾンビは倒れこんだ。

 

「……オーバーキルだったか?」

 

 ミンチになったその手長ゾンビを見ながらフィアーは一人ごこちた。

 初見の相手ということもあり全弾撃ちこんでしまったが、これから先ミュータントの一体にここまで撃ちこんでは弾薬が足りなくなる。

 人型をしている以上頭部への射撃が効果的だろう。

 弾切れになったショットガンに散弾を込めながらフィアーは周りを見回した。

 

 ―――それにしてもこいつは一体どこから来たんだ?

 

 この手長ゾンビがやってきた山道は一本道だった。隠れるような場所はない。

 それは通ってきたフィアーが確認している。

 ゴミ捨て場側の森にいたこのミュータントが、山道を通ってここまでやってきたというのだろうか。

 それにしてもたった一体で?そもそもこいつは単独で行動するミュータントなのか?それとも群れから―――こんな奴らの群れがいるなどとは考えたくもないが―――はぐれたのか?

 

 いずれにしても派手に銃声を鳴らしすぎた。早い所この場所から撤収したほうが良さそうだ。

 そう思い焚き火に向かい、落としたマグカップを拾い上げようとしたその時だった。

 

 山道の更の上の山肌から何かが次々と落下してきた。

 

 最初は落石かと思ったが違う。転がりながら地面に激突したそいつらは、呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がっていく。

 

「……マジか」

 

 落下してきたそれは先ほど撃ち殺したのと同じ手長ゾンビだった。たまらずフィアーは呻いた。

 そうしている内にも更に無数の手長ゾンビが山肌から転がり落ちてくる。その総数はもう既に10体を超えていた。

 

 あの手長ゾンビが山道に現れた理由が今更わかった。恐らく最初の一体も山肌からこうして山道に転がり落ちて来たのだろう。

 そしてそいつをフィアーが派手に銃弾をばら撒いてミンチにしたせいで、彼の仲間達を引き寄せてしまったということだ。

 もっともこの状況で謎が解けた所で特に意味はない。精々次からは頭上にも注意を払うべきという経験が得られただけだ。

 そしてその経験もここで死んでは無意味となる。

 

 フィアーはマグカップを拾い上げて、地面に置きっぱなしにしていたバックパックに押し込むと、素早くそれを背負ってキャンプ地を脱出。一気にdarkvalleyへと降りる道を駆け下り始めた。

 走りだしたフィアーに反応したのか、手長ゾンビ達も忌々しい呻き声を上げながら前傾姿勢でフィアーの後を追い始める。

 こうしてみると右手と左手の長さが違うせいか、バランスが悪く走り方が危なかっかしく見える。

 ……見えるだけで実際にはかなりの速度だが。少なくともフル装備のフィアーでは全力で走っても引き離せないだろうと思うほどの速度があった。

 

 だが。

 

「やはり人間並みの知能はないようだな」

 

 後ろを振り返りながらフィアーは呟いた。

 まっしぐらにフィアーを追いかけてきた手長ゾンビ達は―――当然のようにキャンプ地の出口に仕掛けてあったブービートラップに引っかかり、手榴弾の爆発に巻き込まれた。

 無論フィアーはキャンプ地を出るに当たって、ブービートラップのワイヤーは跳んで避けている。

 手長ゾンビ達がそれなりに知性があるなら、このフィアーの動きから罠の存在に気がついて回避してもおかしくなかったが、それもなかった。

 彼らはただひたすら動く者に襲いかかり、喰らいつくことしか考えていないのだ。そういう意味ではまだ銃火器が使えるゾンビ化したストーカーのほうが厄介と言える。

 

「しかしこの速度と頑丈さはな……!」

 

 爆発の煙の中から次々に現れる手長ゾンビ達を見て、フィアーは呻いた。

 手榴弾の爆発はそれなり堪えたようで手長ゾンビも無事というわけではなく、全身血まみれだ。

 しかしそれでも時速30km近い疾走速度を一切落とすことなく、こちらに向かって突き進んでくる。数も殆ど減っていない。

 恐るべきタフさだ。

 100メートル程走った後、このまま競争を続けていればこちらの体力が先に尽きると踏んだフィアーは、道の近くに人の腰程の高さの岩を見つけると素早くその岩の裏に周り込み、軽機関銃の二脚を岩の上に載せて銃架代わりとする。

 

 この時点でフィアーと先頭の手長ゾンビとの距離は既に10メートルを切っていた。

 だが充分だ。

 軽機関銃の引き金を引くと同時にフィアーはスローモーを発動させた。

 時間が引き伸ばされ、高速で迫り来る手長ゾンビ達の動きがスローになる。

 セミオートで狙っている暇はないため、フルオートで掃射を行い暴れまわる銃を腕力で抑えこみつつ、狙いを微調整する形で銃撃を行う。

 放たれた銃弾の雨は手長ゾンビ達の顔面に食らいつかんと飛び込んでいく。

 しかしその命中率は予想外に低くかった。その理由は3つ程ある。

 

 一つはフィアーが全力疾走していた為、息が上がっていたこと。

 一つは軽機関銃とはいえフルオートの反動は予想以上に大きかったこと。

 そして最後の一つは手長ゾンビは両手のバランスが違うことから、走る姿勢も極めて不安定で頭を左右上下に振り回すようにして走るため、狙いが付けにくいという理由だった。

 

 頭部狙いは難しいと悟ったフィアーは、即座に狙いを命中させやすい胴体に定めて銃弾を撃ちこみ続ける。

 頑丈な手長ゾンビと言えど10発も撃ちこめば問題なく射殺できた。

 問題があるとすれば、軽機関銃の残弾が10体ばかり仕留めた所で弾切れになってしまったことだ。ブラッドサッカーとの戦闘の後、弾倉を新しい物に交換していれば防げた事態だったが、後の祭りだ。

 残りは後、6体。

 

 フィアーは軽機関銃をその場に置くと背中からショットガンを引き抜いて、もはや目前にまで迫った手長ゾンビの顔面に散弾を叩き込んだ。

 銃声が顔面に叩きこまれて、手長ゾンビの顔面が砕け散る。

 頭部を無くしてもそのまま慣性で走りこんできた手長ゾンビの体を避けると、フィアーはショットガンのポンプをスライドさせた。

 残りは後、5体。

 因みにショットガンのチューブマガジンに残った弾は4発だ。

 最後の一体は手間が掛かりそうだとフィアーは思った。

 

 

 

 

 ◆   ◆

 

 

 

「……ヴぁああぁあぁぁぁぁぁ!」

 

 最後の手長ゾンビが呻き声なのか悲鳴なのか区別がつかない声を上げる。

 いや、恐らくは悲鳴だろう。

 例えミュータントだろうと背後から頚部を圧迫されれば、悲鳴の一つぐらいは上げたくなって当然だ。

 もっともこのミュータントの相手は悲鳴を聞いた所で手心を加えるような相手ではなかった。

 

 ボキン。

 

 ミュータントの頚椎が折れる鈍い音と共に、手長ゾンビの悲鳴が唐突に途切れた。

 手長ゾンビの全身から力が抜けていくのを感じて、ようやくフィアーは手長ゾンビの首を締める腕の力を緩め、手長ゾンビを解放した。ようやく開放された彼はしかし力なく地面に横たわる。

 そしてフィアーは周りを見渡した。

 

 まさしく死屍累々と言った有り様だった。この場に立っているのはフィアーのみ。それ以外はすべて死体となって大地に沈んでいる。

 異形とはいえ無数の人型の死体が散らばっている光景は、誰が見ても顔を顰めるであろう。

 取り分けフィアーの付近の手長ゾンビの死体は、全て頭部がないという凄惨なものだった。

 

 

 

 ……あの後、ショットガンの残弾を手長ゾンビの顔面に1発ずつ撃ち込み、4体の手長ゾンビを殺害したフィアーは、最後の1体と格闘戦へと移行。

 手長ゾンビの腕の長さを逆手にとって懐に潜り込んだ後、更に背後に回りこみスリーパーホールドを仕掛けた。

 そしてそのままありったけの力を込めて手長ゾンビの頚動脈を圧迫させるどころか、そのまま首の骨をへし折って今に至るというわけだ。

 

 フィアーは腰から拳銃を引き抜き、首の骨を折られてもまだ微かに息のある手長ゾンビの頭部に止めの銃弾を撃ちこんで射殺した。

 そして他に起き上がりそうな個体はいないと判断すると、乱戦になって放り捨てたウィンチェスターショットガンを拾い上げてリロードをした後、岩の上に置き去りにしたM249軽機関銃を回収。弾切れになった大型箱型マガジンを外して、バックパックから新しい箱型マガジンを出して軽機関銃に装填する。

 まさかdarkvalleyに入って早々、200発入りの軽機関銃用大型箱型マガジンを一つ使い切る羽目になるとは思わなかった。

 この調子で弾薬を消費すれば、目標の廃工場に辿り着く前に弾薬が空になるかもしれない。

 

 せめてこの過熱したM249軽機関銃の銃身が冷えるまでは、次のミュータントのおかわりは待っていて貰いたいものだ。

 

 そんなことを考えながら、フィアーは廃工場に向かって歩きはじめて、あることに気がつき毒づく。

 

「クソっ。レーションの残りを持ってくるの忘れた……!」

 

 キャンプ地に昼食用と晩食用の分のレーションを置き去りにしてしまったことを思い出したのだ。

 仕方のない状況だったとはいえ、あのウクライナ軍のレーションは中々に美味かったのだが。

 次のBARに戻ったらbarkeepにウクライナ軍のレーションの在庫があるか確認しよう、とフィアーは決意して廃工場へと進んでいった。

 




ZONE観光案内

Darkvalley

谷というよりは何もない荒野と工場が大半を占める殺風景なマップ。
ミュータントがそこら中に生息していて危険。
工場は一作目だとバンディットの拠点にもなっていて長居したい場所ではありません。


因みに今回出てきた手長ゾンビは公式だと没になりMODでよく入れられてたミュータントです。
そのため作者は出会うまでその存在を知らず、夜中に探索していた所いきなり草むらで鉢合わせて殴り殺され、PCの前で悲鳴を上げました。


次回からX-18編

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