S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler 作:DAY
フィアーがBARに踏み込んだ時は闇が頭上を支配しつつあった。
BARの中に踏み込んでも、その在り方は外と大して変わらない。
工場が密集して建てられて、その隙間を縫うように道が走っている。
むしろ建物の密度はwildterritoryよりも高いぐらいだ。その為、常に周囲を似たような作りの工場に囲まれおり、道はまるで迷路のようだ。
日が暮れているのもあって慣れないと迷ってもおかしくはない。
今までフィアーが見た人工の灯りは精々が焚き火か個人携行用のライトぐらいなものだったが、ここでは工場の壁にいくつか白熱球が取り付けられて、道を照らしている。
更に工場の窓も、時折内部からの灯りで照らされている所がある。興味本位でその窓を覗くと割れた窓ガラスの向こう側に焚き火の明かりと、それを囲む数人の影を見つけた。
音程の外れたギターの音色に笑い声。
ストーカーの1グループのようだ。
よく見ると焚き火の明かりは一つだけではなく、更に奥にも同じような明かりとそれを囲む人影があった。焚き火の周りには彼らの荷物と思わしきバックパックが投げ出されて、毛布も敷いてある。
この辺りの廃工場はストーカー達のホテル代わりに使われているのか。
室内で焚き火とは少々呆れたが、天井を見やるとこの廃工場は屋根が抜けていた。これなら換気は万全だろう。
「何やってんだフィアー?ここは初めての奴は一度は迷うからちゃんとついてきな」
工場の中を覗いて足を止めていたフィアーに、ユーリが気がついて声をかけてきた。残りの二人は捕虜と共に一足先に行ってしまったようだ。
「すまない、物珍しくてな。この建物はストーカー達の寝床か?」
「別にそう決まってるわけじゃねえよ。BARの中は基本安全だから空いてる所で皆好き勝手に寝たり焚き火をしたりするだけさ。酒場でトレーダーに金を払えば上等な客室だって借りれるぜ」
「BARの中には何があるんだ」
「大体3つだな。ひとつは今から行くBARのトレーダーが経営している酒場。ひとつは賭け事をするアリーナ。で最後の一つが我らがDUTYの基地だ。ここには迂闊に近寄るなよ? 蜂の巣にされる」
「BARのトレーダーってのは飯と酒も売ってるのか」
「まあな。あいつがここの生命線と言っても過言じゃない。武器弾薬に加えてライフラインも握ってる上にストーカー達の仕事の斡旋までしてる。おまけにがめつい。シドロビッチと並んでZONEで一番儲けてる奴さ。そんなわけであいつを敵に回すのはオススメしないね」
「そんなやつだから、当然ZONE中の情報も持っていると」
「そうなるな。ナイトクローラーがこのままZONE中で暴れまわると、あいつらにとっちゃ死活問題になる。あんたが奴らを始末するって言うなら嬉々として情報を差し出すだろうぜ。だがそれとは別にケツの毛までむしろうとしてくるだろうから気をつけな」
話しながらユーリと共に歩いて行くと、いつの間にか工場内に入り込んでいた。
ここが目的地かと思ったがそうではなかった。ユーリは工場の床でだらしなく雑魚寝しているストーカー達をひょいと跨いで、入った所とはまた別の出入口に向かう。
このBARでは工場内部も道として使われているようだ。
彼の後を追いフィアーもまた寝ているストーカーを跨ぎ、焚き火を囲んで酒を飲んでいるストーカー達を横目に工場を出た。
工場を出ると今度はまた路地裏のような道に出た。
そこから階段を上り、更に別の工場を通り抜ける。今度は人が一人しか通れないような工場と工場の隙間をくぐり抜ける。道ですらない。フィアーは今が夜なこともあって、まるで迷宮でも歩いている気分になった。
もっともそれは錯覚に過ぎず、実際にはそう対して複雑な道のりではなかっただろう。
頭の中で歩いてきた道のりを反復すると、あの通行門から300メートルも離れていないはずだ。
と、ユーリがライトで照らされた工場の前で脚を止めた。
「着いたぜ。ここが我らストーカーの第二の故郷の100Rads Barよ」
そう言って工場の上にある看板を指さす。
そこには確かに大きく100Rads Barと書かれていた。
ユーリに促されてフィアーは工場の中に入って行くと、すぐに地下へと続く階段が彼を出迎えた。
それは数メートル下がると直角に曲がっており、BARが地下深くにあることを伺わせる作りになっている。
この作りはシドロビッチの地下シェルターをフィアーに連想させた。
ブロウアウトが起きるこのZONEでは、重要拠点は地下に作るものなのだろう。
ユーリと共に階段を下がっていくと、階段沿いの壁に小さな防弾カウンターが目に入った。カウンターの奥には強化外骨格で身を固め、PKM機関銃を持ったDUTY隊員が待機している。
BARの用心棒だろう。
もし無礼な客が来たら、防弾カウンター越しに機関銃弾を相手にご馳走するのが彼の役目か。
ユーリは慣れたもので声をかけてそのまま彼の前を通り過ぎる。
フィアーもそれに習って通りすぎようとしたが、DUTY隊員が声をかけてきた。
「お前は何処の所属だ」
「フィアー。フリーの傭兵だ」
「……バンディットと間違えられたくなければ、IFFで自分の所属を示す信号を発信しておけ。自分の所属を示さない奴は、バンディットか殺し屋とみなされて撃ち殺されても文句は言えんぞ」
そういえばミハイル達もこちらが目視で確認するよりも先に、IFFでDUTY隊員かどうかを確認していた。
このZONEは疚しい奴でもないかぎりIFFを発信し、自分が何処の所属かを伝えるルールがあるということか。
「そのIFFの信号を発信したり受信したりは何処でできる?」
「トレーダーに言え。PDAにアプリを入れてくれる」
「わかった。ありがとう」
礼を言って先に行ったユーリの後を追う。
IFFで彼らが敵や味方かを確認していたのは見ていたのだが、大抵騒動の最中だったので聞き忘れていたのだ。
丁度いい機会なので改めてそのことを調べるのも悪くない。
そんなことを考えながら階段を降り切るとその先はまさしくBAR(酒場)だった。
元は地下倉庫と思わしきその空間は十数人が屯してもまだ余裕がある程の広さだった。そこに木製のテーブルがいくつも無造作に置かれており、ストーカーやDUTY隊員が立ったまま思い思いに会話にふけったり、食事や酒を楽しんでいる。
コンクリートで固められた天井には、ZONEに入ってからよく目にする白熱球がいくつも吊り下げられて、酒場内を味気ない白い光で照らしている。レンガの壁には古い銃火器のマニュアルや色褪せた雑誌の女性グラビアが貼り付けられており、卑猥な落書きをされていた。
酒場の奥には鋼鉄製の雨戸がついた銃撃にも耐えられそうなカウンターがあり、その内部では一人の中年男性が調理でもしているようで忙しげに動いている。
最も忙しげにしていてもこちらに油断の無い視線を一瞬だけ飛ばしてきたが。そしてそれはその中年男性だけでなく、この地下酒場にいるほぼ全てのストーカー達にも言える事だ。
リラックスし酔っ払っているように見えても、見慣れない新人に対して警戒を抱いているのだ。
その視線を跳ね除けるべく、脚を踏みだそうとしたその時だった。
「おう、来たかフィアー」
その言葉に振り返るとミハイル達がテーブルを囲んでこちらに手を振ってきた。テーブルの上には簡単な料理と酒瓶が並んでいる。
早速酒盛りを始めていたようだ。
とりあえずフィアーは気になったことをミハイルに尋ねてみた。
「あの大荷物と捕虜はどうした?」
「もう引き渡したさ。あそこだ」
そう言って酒場の隅を見やると数人のDUTY隊員―――恐らく彼らもここの警備員だろう―――がここまで連れてきた捕虜の身体検査を行っていた。そしてその隣では別の隊員とユーリが、ミハイル達が持ち込んできた銃火器が詰まったバックパックを酒場の更に奥の部屋へと運び込んでいる。
「今鑑定してもらってるが……、とりあえず持ち込んできた武器はどんなに少なく見積もっても10万ルーブルは固いって話だ。そんなわけで早速ここの一番いい酒を頼んだんだ。ま、それでもこんな所じゃたかがしれてるがな」
荷物と同じく、家畜めいて酒場の奥へ連れて行かれる捕虜を見ながらミハイルは手にした酒瓶をラッパ飲みした。
彼が飲んでいるのはZONEでお馴染みのウォッカではなくワインのようだ。ワインならば腎臓に自信があるなら確かに一気に飲んでも、問題ないだろうがそれにしても……。
「そんな飲み方じゃどんないい酒でも味が分からないんじゃないか?」
「いいんだよ。こういうのは景気よく飲むのが大事なんだ。俺たちにワイングラスが似合うと思うか?」
古びた酒場でストーカースーツに身を固めた男達が、缶詰の晩餐を前にワイングラスで乾杯する……。
その光景を想像してフィアーは小さく吹き出した。
「笑えるな。それは」
「だろ?どうせこれがシャトーオーブリオンだろうと俺には分からねえんだ。景気良くいくのが大事なのさ。さあ、お前も飲めよ」
そう言って封の切られていない酒瓶をこちらに渡そうとしてくるが、隣にいたセルゲイがそれを取り上げた。
「まあ待てよ。フィアー、あんたのことは話しといたから先にトレーダーのとこ行って用事を済ませちまいな。酔っ払った状態であいつと取引すると次の朝、裸でここを出るはめになる」
確かにそうだ。ここのトレーダーもあのシドロビッチと同じく海千山千の商人なのだろう。そんな相手にアルコールの回った頭で交渉するというのは鴨がネギを背負って行くようなものだ。
「そうしよう。あのバーテンダーがここのトレーダーか?」
「そうだ。ここじゃBarkeep(バーキープ)って呼び名で通ってる。本名は誰も知らない。せいぜいボラれないように気をつけな」
フィアーは彼らのテーブルから離れてカウンターに向かっていった。
カウンターの内部ではBarkeepが料理を用意していたが、近づいてきたフィアーに目をやると手を止めてフィアーに向き直った。ベーコンを焼く香ばしい匂いが、フェイスガード越しにフィアーの鼻に届く。
近づきながら観察すると、このトレーダーの年齢は恐らく50代と言ったところだろうか。禿げ上がった熊のような外見だが、その目の奇妙な愛嬌がある。外見は余り似てはいないのだが歴戦の商人は皆そういうものなのか、どこかシドロビッチと通じる空気を感じた。
「あんたがここのトレーダーか。俺はフィアーだ。シドロビッチから話は来ているはずだ」
カウンターに持たれかけながらフィアーがそういうと、Barkeepは無遠慮にこちらを眺めて鼻を鳴らし、できた料理をカウンターに並べた。それを別のストーカーが横から取っていく。その姿を尻目にトレーダーはフィアーに答えた。
「ああ、来ているとも。お前があのフィアーか。……ずいぶんと若いようだな。噂を聞く限り、もっととんでもない化け物が来るんじゃないかと思っていたが」
「噂?」
「ああ、ZONEに入ってきて早々ブラッドサッカーを始末して、ゴミ捨て場のバンディット共を叩きのめしたと聞く。ナイトクローラーもビビる凄腕だとな」
「……随分と耳が早いな」
フィアーは顔をしかめた。まだこのZONEに来て数日も経っていないというのに、初対面の相手に自分の事が知られているというのは不気味に感じる。大方シドロビッチ辺りから聞いたのだろうが。
「そんな顔をするってことは俺がこのZONEの情報に目ざといってことを信じてくれたようだな。ああ、wildterritoryの傭兵共も蹴散らしてくれたんだって?助かったぜ。あいつらのお陰でルートが一つ潰れるところだった。まずはその話からしようか」
そう言って彼はカウンター内部のレジから古びたルーブル紙幣を取り出してカウンターの上に置いた。
「奴らを始末した報酬としてまず一万ルーブルだ。受け取ってくれ」
「……安い命だったな」
フィアーが蹴散らした傭兵達の命は、このZONEに置いてはドルにすればしめて200ドル程度。
外ではまともな銃も満足に買えない程度の金額だ。
もし返り討ちにあっていたら、フィアーがこの端金目当てに野垂れ死にした間抜けとなっていただろう。
ルーブル紙幣を懐に入れると、Barkeepは人の悪そうな笑みを浮かべた。
「まあ待て。とりあえず、一万ってだけだ。DUTYにも前払いで討伐を頼んだから予算が足りなくなっちまってな。それとこれとは別の話になるが傭兵達は何か持ってなかったか?」
「あの三人組が全部剥いでここに持ってきたと思うが」
「そうじゃない。武器なんかよりももっと貴重なものさ。実の所、傭兵共の排除よりも俺にとってはそっちのほうが大事なんだよ」
そう言ってBarkeepはこちらを伺うように目を細めた。
その様子を見てフィアーは彼の言いたいことを察した。
―――あのアーティファクトか。
半死半生の状態の傭兵の隊長を死の淵から蘇生させた、一級品のアーティファクト。
うまく外の世界に持ち出せば、遊んで暮らせる程の大金が入ってくるのは間違いない。
だんまりを決め込んでもここに預けた傭兵の捕虜から、その内バレるだろう。
ならば交渉材料にしてしまうというのも一つの手だろう。確かにあの回復力はこれからの戦いには是非とも欲しいものだが、あれ単体では放射能汚染が酷すぎてうまく使うことは難しいのだ。
「……貴重品と思わしきものも確かに回収したな。その中にあんたが望むものが入っているかどうかはあんたの心がけ次第だが」
言外にあるにはあるが、安く売りさばく気はないと警告する。
「金だったら即金でも大金を用意できるがね」
そう言ってカウンターの下から薄汚れた札束を取り出して、こちらに振って見せた。
予算がないのではなかったのかと思ったが、それでもアーティファクトの価値からすれば、その程度の金額など余りにも安すぎるとしか思えない。
「端金などいらん。外に持っていけば捨て値で捌いても、お前の提示する金額の10倍……いや100倍は高く売れるだろうよ」
そう言い放つとBarkeepは鼻白んだ。
金で全く動きそうもない人間は、このZONEではそうはいなかったに違いあるまい。
「……では何がほしい?」
「俺にできうる限りの便宜を計ってもらおう。さしあたっては品物と情報。まずはこのメモに書いてあるものを用意しろ」
そう言ってフィアーは小さなメモをカウンターの上に滑らせた。
Barkeepはそのメモを手に取るとそこに書かれているものに目を走らせる。
ここに来るまでに書いておいた必要になりそうな物品を書きとどめたメモだ。
ZONEで最も人が集まると言われるこのBARならば、それほど調達するのに苦労はないだろう。
「……ふむ。2日か3日ほどかかるが、これぐらいならなんとかなるな。しかし6.8×43mm弾と専用のマガジン?珍しい弾を使ってるんだな、これは少し時間がかかるかもしれん」
「その中ですぐに用意できるものはあるか?」
「食糧と医薬品と手榴弾。ショットガンと弾薬。あとは5.56mmなら在庫が1000発はある」
「ショットガン用の榴弾はあるか」
「あるとも。20は用意できる」
「では先に水を4日分にショットガンと各種弾薬。それと5.56mm弾をM249のボックスマガジン3つ分で用意しておいてくれ。余裕があるから食糧や医薬品は後でいい。それと情報だ。ナイトクローラーの事は知っているな?」
ナイトクローラーという単語を聞いた時、Barkeepの表情が変わった。
「……勿論だ。奴らには俺も手を焼いている」
「では奴らの情報を渡して貰おう。出し惜しみはしないことだ。俺は奴らよりは礼儀正しいつもりだが、舐められた場合はその限りじゃない」
釘を刺すつもりで言った言葉だが、Barkeepからすれば粋がった若造のセリフでしかなかったのだろう。
苦笑を浮かべながら、返答してきた。
「安心しろよ。マークス(傭兵)、俺もプロだ。くだらんガセを売るつもりはない」
「そう願いたいね。で、実際に奴らの情報はあるのか」
本題を切り出すとBarkeepは周囲を見回した。周りのストーカー達は大半が目の前の酒か友人との会話に夢中だったが、それでも何人かこちらを伺っている者もいる。
それらの視線から逃れるようにBarkeepはカウンターの隅に移動して、声を潜めて情報を話し始めた。
「奴らはZONEの奥深く、Limansk(リマンスク)と呼ばれる都市に拠点を築いているようだ。ここはチェルノブイリ発電所の近くにある小さな都市なんだが、アノーマリーが異常発生している上にブロウアウトの度にアノーマリーの位置が変わるから誰も辿りつけない都市と言われている」
「そんな都市に奴らはどうやって出入りしている」
「それがわかれば苦労はしない。……多分奴らしか知らないルートを持っているか。或いはアーティファクトかアノーマリーを使ってそこに出入りしているかだな」
その言葉でフィアーが思い出したのはエコロジスト達から奪われたというワープ用のアーティファクト、ポータルのことだった。
ZONEの中に限定されるという代物だったが、逆に言えばZONEの中でなら最深部から外周部にでも自由に出入りできるということだ。
もし何人も立ち入ることができない都市があるとするならば、ポータルを持つ彼らならば逆に拠点として理想的な場所になるだろう。
「それで?誰にも入れないその都市にあんたは入る方法を知っているのか?」
「いや、知らんな」
「おい」
真顔で否定されて、フィアーは呆れと怒りを混じった視線を向けるとBarkeepは照れたように笑った。
「だがそれを知ってそうな腕利きのストーカーなら一人知っている。言うなればZONEのガイドだ。俺の知っているそいつはZONEの最深部に何度も出入りしている。奴ならばLimanskへの道のりを知っているかもしれん。紹介してやりたい所だが、そいつは今darkvalley(ダークバレー)って地域の施設の探索に出ているから帰ってくるまで待つしかないな」
「そいつが無事に帰ってくる保証はあるのか?」
「五分五分だな。どうもその施設にはアノーマリーとミュータントの情報があるらしくてな。俺たちトレーダーだけじゃなく、軍やナイトクローラーも狙ってるって話だからストーカーとして腕の良いそいつに頼んだんだが……予想より戻ってくるのが遅れている」
「それを先に言え!」
フィアーは反射的に出口に向かいかけたが、情報も無しに飛び出ても仕方がない。
大きく息を付いて頭を冷やすと、頭の中でこれからの予定をたてた。
「とりあえずさっき言った武器と弾薬と物資を朝までに用意しろ。フラッシュライトも追加だ。それとバッテリーの充電を頼みたい。それから他の勢力やストーカーに自分のIFFを発信するアプリはあるか?」
「いいだろう。そっちは用意しておく。バッテリーは酒場の隅にコンセントがあるからそれで充電しろ。IFFならまっさらのPDAがあるからこれを使え。……ほれ」
Barkeepはカウンターの下から小さなPDAを取り出してこちらに手渡してきた。
まっさらという割にはそのPDAは薄汚れ、液晶画面には罅が入っていた。死んだストーカーの持ち物だったのかもしれない。
電源を入れると確かにPDAは初期化されていてアプリケーションが数個あるのみだった。
「その一番右上にあるアプリを起動しろ。そうすればそれのバッテリーが続く限り、お前は中立のストーカーとしてのIFFを発信し続けることになる。付近のIFFを調べたい時は隣のアプリだ。ミニマップに付近数十メートルのIFFを受信して表示できる。隠密に動きたければ電源そのものを切れ」
Barkeepの言う通り、IFF用のアプリケーションを起動させて更にマップを呼び出して付近のIFFをチェックする。
するとPDAの画面に30を越える信号が映りこんだ。この酒場にいる客達のものだろう。全てが中立を意味する黄色である。
更に一つ一つの信号を調べると、ストーカーなのかDUTYなのかまで表示された。個人名すら表示されるものもあった。
「PDAに自分の名前を登録しておけばIFFにも表示される。撃たれた時便利だぞ。つまり間違いなくお前を狙ってきたってことだからな」
「それは便利と言っていいのか?」
半眼で呻いたが、確かにそれは分かりやすいかもしれない。どの道ナイトクローラーを釣り出す為に、わざわざフィアーという名前を使っているのだ。
信号を発するならこの名前も一緒に発したほうがいいかもしれないと思い、PDAにフィアーという名前を登録し、ついでにミニマップをシューテンググラスの視界へと同期させた。
「では今日は一旦休んでまた明日朝一番に来る。ついでに酒も欲しいな。ビールはあるか?」
「あるとも。冷え冷えのがな。だがその前にあれだ、例の物を受け取っておきたいんだが」
フィアーはバックパックの中から傭兵のボスから奪い取った戦利品の入った小さな袋を取り出してそれをカウンターに投げ出した。
Barkeepはそれを取ると中身を確認して―――ニヤリと笑みを浮かべ、よく冷えたビール瓶とボイルされたソーセージとチーズが乗った皿をカウンターに載せた。
「確かに受け取った。あんたはシドロビッチの言う通り、取引するに値する腕利きの戦士だ。これからもこの100Rads Barをよろしくな」
持ち上げかたまでシドロビッチにそっくりだと思いながら、フィアーはビール瓶と皿を持ちミハイル達の待つテーブルに向かった。
明日の朝も早い。
ウォッカも一度飲んでみたかったが、朝を考えると度の強い酒はやめておいたほうが賢明だろう。
今夜はビールとツマミで我慢するしかなさそうだった。
後書き
ZONE観光案内
BAR
廃工場地帯にあるZONE一番の人口密集地。
かなりの広さがある上、塀や建物に囲まれているのと、Dutyの警備のお陰でZONEで一番の安全地帯と言ってもいい。
ZONEの人口密集地は他にもあり、S.T.A.L.K.E.R. Call of Pripyat でも廃棄された船やFreedomとDutyが共同で経営する廃駅の拠点があるが、前者は規模の点で、後者は安全面でBARに劣る。
特に後者は駅の外部と内部を隔てるのがドア一枚の為、ミュータントがうろついている時に誰かがドアを開けると、駅の中にミュータントが乱入してきてえらいことになる。
その点、BARは塀に守られて数少ない出入口をDutyの屈強な男達ががっしりガードしてるので安心だね!皆、Dutyに入ろう!
……と言った宣伝文句が流れるぐらいDutyの影響力が強い(Dutyの本部もある)拠点の為、FreedomやDutyに敵対的な人間は近づけないという欠点も。
しかしBARのトレーダー自体は中立の為、別にDutyにケツの穴を差し出さないと入れないというわけではない。人口の大半も中立のストーカー達である。
BARにある主な施設はDutyの本部、BARのトレーダーが経営する酒場『100Rads Bar』、アリーナと呼ばれる闘技場の3つ。
Dutyと仲良くなればDutyの本部のトレーダーとも取引できるようになる。
100Rads Barは様々なストーカーが集まっており、トレーダー以外にもストーカー達から個人的な仕事や情報収集ができるようになっている。
アリーナは腕自慢や捕まった犯罪者を使って、殺し合いをさせる場所で勝敗を賭けたり、自分が出場して金を稼ぐ事もできる。
Shadow of Chernobylにしか登場しない拠点だが、人気は高く大型MODだと大抵ここに寄れるようになってたりする。Shadow of Chernobylをプレイした人にとっては、初心者村から長い冒険の末にようやくたどり着く拠点になるため、愛着もひとしおな場所になるだろう。