S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 14 合成獣

「クソッタレ! 雷キメラだ! まだコイツ追ってきてるのか!」

 

 雷撃を纏ったキメラを見て、工場奥に隠れているショットガンが毒づいた。

 知っているようなら少しでも情報を貰わねばならない。流石のフィアーも雷撃を撒き散らす相手との戦闘は始めてだ。

 

「このカミナリ野郎の特技はなんだ! どんな手を使う!」

 

 そのフィアーの答えに返答を返してきたのはサブマシンガンのほうだった。

 

「電撃を纏った突進と噛み付きで他のキメラとやることはかわらん! それよりもこいつは殺すと体内の電気が暴走して、辺り一帯を放電で巻き込むって話だ! これに巻き込まれたら即死だぞ!」

 

 予想以上の厄介にフィアーは顔を顰めた。殺害すれば雷撃を撒き散らすとは、生きた爆弾と大差ない。しかもこの爆弾は自前の牙と爪で襲い掛かってくる。

 そして。

 2種類の甲高い音が西側の建物に繋がる連結通路から聞こえてきた。ガラスが割れた音と鳴子の音である。

 連結通路から更にキメラの増援が来たようだ。

 フィアーは叫んでストーカー達に警告する。

 

「西側の廊下からキメラの残りが来るぞ! そっちの弾数は後何発残ってる!? こっちはそろそろ弾切れだ!」

 

 それに対してAKが叫び返してくる。

 

「こっちも後一匹も相手にしたら看板だ! 後は残ってる武器は拳銃ぐらいだ!」

 

 なかなか絶望的な答えが返ってくる。

 あの図体のキメラに対人用の自動拳銃は大して役に立たないだろう。

 そうしたやり取りをしている間にも、悠然とした足取りで雷を纏ったキメラが工場に入ってきた。

 余裕のつもりなのだろうか、だが少しでも時間があるのはありがたかった。

 フィアーはイングラム短機関銃を胸のベルトに引っ掛け、バックパックを床に下ろしてそこに引っ掛けられていたアサルトライフルを装備し、更にバックパックのサイドポケットに入れておいた新型地雷を取り出した。

 

「Fire in the hole!」

 

 そして安全装置を解除すると円盤型の地雷を雷キメラに向かって、フリスビーのように投擲する。この地雷は直接敵に敵に投げ込むような運用も可能だ。

 もはや出し惜しみなどしていられない。最大の火力を徹底的に叩きつけるべきだと判断したのだ。

 しかし投擲された地雷は有効射程内に入る寸前、雷キメラから放たれた小さな放電で迎撃される。

 放電が直撃した地雷は、誤動作を起こしてその場で起爆。

 工場内部を先の破片式手榴弾とは比べ物にならない爆風と轟音が襲った。

 

 爆発とともに咄嗟にフィアーは身を沈めていた。

 よもやあんな方法で、爆発物を迎撃してくるとは予想外だった。

 だがあんな真似で地雷を無力化出来るのは、あの雷キメラだけだろう。

 通常のキメラ相手なら通じるはずだから、まずは連結通路の方から来るであろうキメラに対して最後に残った地雷を……。

 

 ……考えられたのはそこまでだった。粉塵を突き破って雷光を纏った双頭の怪物がこちらに向かって突撃してきたからだ。

 先の爆発の影響を多少なりとも受けたのか、全身から少々血を流しているが致命傷には程遠い。

 咄嗟にその体当たりを回避するも雷キメラはその体格に見合わず、他のキメラより俊敏に身を返すと至近距離でこちらに向き直った。

 睨み合う一人と一頭。

 誤射を恐れてか、ストーカー達からの援護はない。

 

 そこに間が悪いことに連結通路からやって来たキメラが、その一人と一頭の上を飛び越えて、工場の隅に隠れるストーカー達の元に向かっていく。 

 配管の塹壕に篭ったストーカー達から銃撃が放たれるが、それに負けじとキメラの咆哮も続く。

 それ以降はどうなったかはフィアーからはわからない。

 下手に他所に意識を向ければ、眼前の双頭に食いつかれることが明らかだからだ。

 とりあえずは銃声が続いている限り、生きてるだろうと判断して、目の前の怪物に全ての意識を向ける。

 

 その瞬間、雷キメラの体から火花が散った。それによって視界が一瞬遮られ―――その隙を逃すこと無く、雷キメラが踏み込んでくる。

 頭突きを躱しそこねてフィアーは地面に転がった。

 すかさずキメラがのしかかって、その巨大な爪で引き裂こうとしてくる。

 アサルトライフルで反撃しようにも、こう密着されては振り回すことすらできない。

 故にフィアーはあっさりライフルを捨て、腰のソードオフを引き抜くと、銃口を雷キメラの腹部に押し付けて引き金を引いた。

 血飛沫と放電が同時に撒き散らされて、怪物の二つの顔が同時に血反吐を吐いた。

 更に左手でイングラム短機関銃も引き抜くと、雷キメラの左の肩口に向けてフルオートで撃ちこむ。

 肩の付け根への銃撃には、このバッファローをも超えるサイズの怪物と言えどバランスを崩すには充分な攻撃だったようだ。その瞬間にフィアーは転がるようにして、怪物の下から這い出ることに成功した。

 このまま畳み掛けて止めを刺すのは難しくないが、そうなった場合、後に続く放電を避ける手段がない。

 

 一旦距離を取るためにも、走って工場の入り口の大扉の方へ向かう。イングラム短機関銃を捨てて―――どの道今ので弾切れだ―――ソードオフに弾込めを行う。

 

 これが最後のリロードになる。 

 

 工場の外に出て10メートルほど走ると、目的のものを見つけてフィアーは入り口を振り返った。

 丁度、雷キメラが工場から出てきた所だった。

 満身創痍といった風体だが、2つの顔は報復の怒りに満ちており、まだまだ戦闘は可能なように思える。

 こちらの手持ちの武装はソードオフと自動拳銃。後はナイフのみ。

 手榴弾や地雷は手持ちのは底を尽き、残りは置き去りにしたバックパックの中。

 もっともそれでも充分だが。

 

 先に動いたのはフィアーだった。スローモーを発動させて、一気に走ると直ぐ側にあった廃棄された大型貨物自動車の運転席へと割れた窓ガラスから中に飛び込む。

 続いて雷キメラも一足で廃車へと跳躍してくる。

 その顔は獲物が、わざわざ逃亡不可能な鳥かごの中に逃げ込んだことに対する、嘲笑が浮かんでいる。 

 確かにそうだろう。このキメラの怪力を持ってすれば廃車のフレームを引きちぎることなど造作もない。料理の中身が皿に盛られにいったようなものだ。

 

 だがフィアーは怪物に対する避難目的で、この廃棄車両に潜り込んだわけではない。

 この雷光の魔獣を殺すこと、それによって起こる現象から逃れるためにここに逃げ込んだのだ。

 スローモーを発動した今のフィアーにとって一直線に飛びかかってくる雷キメラの動きを見切ることなど容易い。

 後は簡単だ。彼―――或いは彼らかもしれないが、怪物の二つの顔に向かってそれぞれ一発ずつ、ソードオフショットガンの銃弾を叩き込む。

 ただし装填されているのは散弾ではなく、小型の榴弾だ。

 

「……jackpot!」

 

 空中の双頭の魔獣、その2つの頭部がほぼ同時に榴弾を喰らって四散する。

 そして次の瞬間―――雷光の怪物は自分自身の体すら焼きながら、その全身に蓄えた電気エネルギーを無差別に辺り一面にまき散らした。

 

 

 

 「……なんとか生きているか」

 珍しく自嘲しながら、フィアーは廃車から降りた。

 落雷の際、車に搭乗していれば被害を受けないといううろ覚えの知識を元に廃車へ飛び込んだのだが、正解だったようだ。

 もっとも廃車の痛み具合は随分と年季が入っていた、そのため内装が腐り落ち、金属のフレームが剥き出しだったため、完全に防ぎきれず少々火傷を負った。

 だが直撃を受けるよりは遥かにマシだ。

 先ほどのしかかられた時に止めを刺していたら、間違いなく自分は死んでいただろう。

 

 死闘の末、倒した雷キメラのほうを見ると、それは自分自身が放射したエネルギーによって完全に丸焦げになっていた。

 いや。

 丸焦げになったキメラの腹部から小さな雷光が漏れているのをフィアーは見逃さなかった。

 それがなんなのか確認するかどうか一瞬迷うも、工場から聞こえてきた銃声がその迷いを塗りつぶした。

 キメラはまだ残っているのだ。

 フィアーは急ぎ工場の中へと走っていった。

 

 

 

 

 

 

 工場内部に着いた時、既に決着は付きかけていた。

 サブマシンガンは配管用の半地下の通路から引きずり出されて、配電盤に叩きつけられており、ショットガンはふらつきながらもなんとか立っていたが、獲物のショットガンは折れて、床に転がってる。

 そしてAKは―――工場の中央でキメラに組み伏せられて、今まさに頭部を食いちぎられそうになっていた。

 だがキメラの人面顔がAKにかぶりつくよりも先に、肉厚の銃身を持つ大口径拳銃がその口腔内部につきこまれる。

 発砲。銃声。キメラの口内でマグナム弾が炸裂する。

 銃撃は7回に渡って続き、スライドが下がりきった大口径拳銃がカチカチと虚しく弾切れの音を出し始めた頃にはキメラは既に死んでいた。

 

 その後、フィアーはショットガンと二人がかりでAKの上からキメラの巨体を押しのけた。

300キロはある巨体の下から、ようやく顔を出したAKは弾切れのマグナムを見せびらかすと開口一番、

 

「拳銃も中々役に立つもんだろ?」

 

 と、自慢気に笑った。

 フィアーはどう反応していいか困ったが、隣にいたショットガンが、疲れたように気にするなというジェスチャーをしたので、適当に頷いてやった。

 

 「おい……。俺のことも忘れないでくれよ……」

 

 弱々しい声に振り向くと配電盤に叩きつけられたサブマシンガンが、なんとか身を起こそうとしていた所だった。

 

「最悪だクソ……。逃げる時に狙撃銃は捨ててくる羽目になったし、武器も碌にねえ。今の俺達じゃバンディットにだって勝てねえぞ……ああ、クソッ右腕が動かねえ……こりゃ折れてる……」

 

 手酷く傷めつけられた割には、意外と元気に愚痴を垂れ流している。命は別状は無さそうだ。

 だがこの状態で再度襲撃でもかけられたら、危険なのは確かだ。

 フィアーは彼を助け起こすのは彼らの仲間に任せて、装備の回収と周囲の確認に向かうことにする。

 ショットガンにそれを伝えると、彼は助かると言って頷いた。

 

 まず工場内に放置されたバックパックと自動小銃を回収する。バックパックを背負い直し、自動小銃を構えてようやくフィアーは一息ついた。

 その後、工場の外に出て他に生き残りのキメラが居ないかどうか確かめに行く。

 外は先程の死闘が嘘のように静まり返っていた。

 戦闘前との違いは、そこらに散らばるキメラ達の死体だけだ。

 そう言えば、あの雷キメラの死体から見えた光はなんだったのかと思い出し、改めて雷キメラの死体を調べることにした。

 

 雷キメラの死体は無残なものだった。

 特徴的な二つの顔面は榴弾で砕かれており、挙句に自らを焼くほどの放電を放ったせいで全身がこんがり焼けている。

 とは言え、完全に丸焼けになったわけではなく、炭化した皮膚の下からいい具合に焼きあがった肉と内臓が覗いていた。

 肉の焼ける匂いが鼻孔と空腹を刺激するが、流石にこんな人頭の怪物を食べたいとは思わない。

 

 そもそもZONEの水や動植物は放射能に汚染されているため、摂取するのは自殺行為だ。

 だがそれはそれとして悪くない匂いではある。バックパックの食料の中に肉の缶詰があったかどうか考えながら、フィアーはライフルにナイフを装着し、銃剣にするとそれで雷キメラの死体を小突いた。……反応なし。

 安堵に小さく息を吐きながら、フィアーは雷キメラの腹部を観察すると、先程よりは光は小さくなっているが、仄かな光がそこにあるのを確認する。

 

 一瞬躊躇った後、腹部を銃剣で切り開く。

 次の瞬間、内臓と共に握り拳大の鉱石が零れ落ちた。時折放電するかのように光を放つその水晶のような鉱物。

 間違いない。アーティファクトだ。

 アノーマリーで形成されると聞いてはいたが、ミュータントの体内で形成されるものもあるらしい。

 というよりは全身に強力な電気を纏うミュータント自体、ある意味アノーマリーと大差ない存在かもしれないが。 

 確かこの形状のアーティファクトは電気を無効化するタイプのアーティファクトだったはずだ。

 後であのストーカー達に詳細を聞いてみることにしよう。

 

 その後フィアーは工場の敷地内を見回った後、屋上に登り、地雷に引っかかったキメラ達が全滅しているのを確認すると、最後に連結通路と工場入口の大扉に再びワイヤーの鳴子トラップを仕掛け―――キメラやストーカー達がひっかかったものをそのまま再利用した―――、工場内部のストーカー達の所に戻った。

 

 彼らは傷の治療の為、スーツやガスマスクを外しておりその素顔を晒していた。

 といっても、特筆するような顔ではない。東欧系のどこにでもいるような顔つきだ。

 精悍な、どこにでもいる戦士の顔つきだった。

 仕事上フィアーは、そういった人間と接することが多いので彼にとっては特別な人種ではない。

 フィアーは近づいてきた事にAKが気付き、手を上げて呼びかけてきた。

 

「よう、お疲れ。巻き込んで悪かったな」

 

「全くだ。礼儀のなってない連中はZONEに入って山ほど見てきたが、人の寝床に化け物の大群引き連れてやって来た奴らは初めてだ」

 

「そんなこと言いながら、律儀にその礼儀知らずを助けてくれるなんて痺れるねぇ。俺はユーリ。そっちの不機嫌そうなのが、ミハイル。寝てるのがセルゲイ。あんたの名前を聞いてもいいかい?」

 

 そう言ってAK、いやユーリはこちらの名前を聞いてきた。因みにショットガンがミハイルで、傷が痛むのか横になっているサブマシンガンがセルゲイのようだ。

 彼らもそれぞれ挨拶を返してきた。

 一応こちらも自己紹介しておく。

 

「フィアー。単独の傭兵だ」

 

 その後、彼らとこの状況に至るまでの経緯と情報をやり取りした。

 この北の地域にはYantar(ヤンター)という湖―――今は唯の沼地だ―――の近くにコンテナを複合させて作った科学者の研究所がある。

 彼らはそこからキメラの駆除の依頼を引き受けた。

 その辺りを説明する際、ユーリは罰の悪そうに、こう語った。

 

 「その時はキメラなんざ1頭か2頭、多くて3頭だと思ってたんだよ」

 

 そしてその程度なら自分達だけでも戦術を練れば、充分倒せるだろうとも思った。

 偵察の結果、3頭のキメラを確認して寝床に爆薬を仕掛けて吹き飛ばす作戦はしかし、ユーリがキメラに気が付かれた時点で破綻した。

 だが、それでも3頭のキメラぐらいなら正面からでも充分勝てる、と判断して戦術を練り直し待ち伏せポイントに篭もるストーカー達が見たのは、10頭を超えるキメラと彼らを率いる通常のキメラよりも更に巨大な雷キメラだった。

 当時の状況を思い出したのか、小さく身震いしながらミハイルが言った。

 

「あの放電する化け物を見た時、俺の寿命は数年は縮んだね。科学者やストーカーの間で通常のミュータントとは違う特殊なミュータントが居るとは聞いていたし、念の為に対処法も聞いていたのが役に立ったな。……雷キメラを倒すと放電するってホントだったか?」

 

「ああ、奴を中心半径10メートルは丸焼けだ。アンタの警告がなければ俺はキメラと一緒にあの世に行ってた。礼を言う」

 

 フィアーは、改めてその情報をもたらしてくれたミハイルに礼を述べた。

 すると今まで横になっていたセルゲイが口を開いた。

 

「礼をいうのはこちらのほうだ。アンタが居なかったら俺達は今頃キメラの糞だ。……アンタに大きな借りができてしまったな。本来なら囮役にはあの噂のナイトクローラーになってもらうつもりだったんだが」

 

 その言葉に対して当然だがフィアーは反応した。奴らの事を知っているのかと。

 

「いや、全く知らないし関わりたくもない」

 

 それに対して返されたセルゲイの言葉はシンプルだ。

 そしてその後、彼らの本来のプランを聞かされることになった。

 キメラと追いかけっこする時には科学者の基地は離れすぎてたし、依頼人である彼らの所に、キメラの群れをぞろぞろ引き連れていく訳にも行かない。あそこはシェルターになっているとはいえ、この状況では閉めだされて終わりだ。

 

 そこで思い出したのがこちらの地域ではナイトクローラーが活動しているということだ。

 ナイトクローラーが活動しているこの地域で、拠点に使える建物は限られている。

 だからもし、この廃工場をナイトクローラーが拠点としていれば、うまく奴らとキメラの群れをぶつけあって、自分達はその隙に廃工場の近くにあるマンホールから地下通路へと逃走するつもりだったと。

 確かにキメラといえども、あの体格でマンホールを潜って地下に降りるのは不可能だろう。

 

「しかし遠目に見た限りじゃ工場は無人。こりゃ工場の中でキメラと隠れんぼして、うまく巻くしか無いなって思ってた所にお前さんが助けてくれた。いやはや助かったぜ。キメラの半分に加えて雷キメラまで始末してくれるなんてな」

 

 雷キメラの話で、フィアーは先のキメラの死骸から出てきたアーティファクトのことを思い出すと、それを取り出してストーカー達に聞いてみる。

 

「あの雷野郎を仕留めた時、ヤツの体内からアーティファクトが出てきた。こういうことってあるのか」

 

 それに対してストーカー達は顔を見合わせたが、ミハイルが答えた。

 

「いや……。あんまり聞いたこと無いが変種のミュータントはたまに体内でアーティファクトを形成してるって話を聞いた事がある。……ちょっとそのアーティファクト見てもいいか」

 

 無言でアーティファクトを渡す。

 ミハイルは暫くそれを調べた後、興奮して叫んだ。

 

「こいつは極上のアーティファクトだぞ。電気を無効化するアーティファクト、Flashの変異型だ! こいつを付ければ電気のアノーマリーの中だって歩いて渡れる! なあ、フィアー! いくらでも払うからこれを譲ってくれはしねえか?」

 

 それに対して、フィアーは優しくこう答えた。

 

「100万ルーブルなら」

 

「やめとこう」

 

 あっさりミハイルはこちらにアーティファクトを差し出してきた。

 実際の所、自分にとってどうでもいいアーティファクトなら譲っても良かったが、あのFlashというアーティファクトはそうはいかない。

 

 電撃を無効化するアーティファクトと聞いて、フィアーが真っ先に思い出したのは先ほど地下通路で死闘を繰り広げたナイトクローラーとそのボス、ワームとの戦いだ。

 奴は雷撃を撒き散らす電気型アノーマリーの中にいても大したダメージはなく、逆にこちらが追撃を封じるための盾にした。

 だがこれがあればあの時の二の舞いは避けられるだろう。

 

 フィアーはミハイルから、アーティファクトを返してもらうとマスクの下で陰鬱に笑った。

 奴のトリックは一つ潰した。次は逃がさない。

 そんなフィアーに今度はユーリが声をかけてきた。

 

「確かにそのアーティファクトはあのクソッタレを始末にしたあんたに権利がある。ただ……代わりにその雷キメラや他のキメラ共の死体を俺達に譲っちゃくれないか?」

 

 思わぬ申出にフィアーは目を丸くした。

 

「あんなものどうするんだ? 食うのか? ……確かに焼けばいい匂いがするが」

 

 そう尋ねるとストーカー達は笑い出した。

 憮然としたフィアーを尻目に、暫く笑っていると代表してかユーリが説明を始めた。

 

「あれを食うやつなんて見たことねえよ。欲しいのは爪さ!キメラの爪ってやつはZONEで高値で売れるんだ。科学者もそうだが、いろんなトレーダーも扱ってる。何でも外の金持ちに高く売れるんだとよ……実の所今回の依頼引き受けたのはこれ目当てだったのさ。」

 

 セルゲイが思い出したように言った。

 

「そういえばFreedomのトレーダーも欲しかってたな。あっちの方にも売りに行ってみるか。これだけの爪を売れば、ボロボロになった俺達の装備も新調できるかもしれん」

 

 ユーリはこちらの行き先を尋ねてきた。

 

「あんたはどうするんだい?俺達は一旦『Yantar湖』の科学者のシェルターに戻る。依頼料ももらなわいといけないし、あそこの科学者連中は手先が器用な奴が多いから、装備を直してもらえるしな」

 

「俺はBARに行きたいんだが……」

 

 ユーリは暫く考えこむと、この辺りの地理を説明しはじめた。

 

「ここからなら『BAR』は『ゴミ捨て場』を通って行ったほうが早いな。俺達と来るなら『Yantar』に来た後、更に其処から『Wild Territory(ワイルドテリトリー)』っていう所を通らなきゃならない。ここがまた治安が悪くてな。規模のデカイ工場区域なんだが、バンディットやらタチの悪い傭兵が住み着いてる。ミュータントまで彷徨っているから一人で行くのはちと危険だ。……あんたは何しにBARに行くんだい?」

 

「ナイトクローラーの情報を集めている。BARにならZONEの情報が集まると聞いてな」

 

 それを聞いてストーカー三人組は互いに顔を見合わせた。

 そしてセルゲイがこう言ってきた。

 

「ナイトクローラーか。さっきは全く知らないと言ったが、実はほんの少し奴らの噂を小耳に挟んだ事がある。俺達の依頼人の科学者の研究所の連中があいつらに襲われたって話を聞いたんだ。なんでも高価なアーティファクトを奪われたらしい」

 

「その奪われたアーティファクトはどんなものかわかるか?」

 

「いや、話だけだからそこまではわからない。科学者連中に聞くしか無いな」

 

 フィアーは暫し考え込んだ。地下道で彼がワームに遅れを取ったのはアーティファクトの有無だ。

 敵が貴重なアーティファクトで武装しているのなら、どんなアーティファクトを所持しているかだけでも知っておく事は無駄にはならない。

 黙考するフィアーに対して今度はミハイルが声をかけてきた。

 

「なあフィアー。良かったら俺達と一緒に科学者の基地経由でBARに行かないか? 見ての通り俺達はボロボロだから護衛が欲しい。アンタが来てくれるなら百人力だ」

 

 続けてユーリが口を挟んでくる。

 

「そりゃいいな。ナイトクローラーの情報が欲しいんだろ? 俺は科学者達とは仲がいいからその辺の情報も聞き出せる。護衛代は奪われたアーティファクトの情報ってのはどうだ?」

 

 流石にフィアーはちゃっかりしてるなと苦笑したが、条件としては悪くない。

 ベテランストーカーのZONEの動き方というのも観察できる。

 

「いいだろう。BARまでアンタ達に着いていこう」

 

 フィアーはこの申し出を承諾することにした。

 するとユーリがバックパックの中からステンレスのスキットルを取り出した。

 

「よーし! それじゃあこの出会いと糞ったれキメラ共の命日を祝って乾杯だ!」

 

 ミハイルとセルゲイは呆れたようにユーリを見ているが、止める様子はない。

 仕方なくフィアーが言った。

 

「こんな状況で飲むのか?」

 

「化け物は皆殺しにして、俺達は全員生きている。ここで飲まなければいつ飲むっていうんだ?」

 

 すると、隣にいるミハイルとセルゲイがユーリを睨みつけ、

 

「偵察でヘマこいてキメラの群れを呼び寄せる馬鹿が死んだ時だな」

 

「その馬鹿のせいで折れた右腕の痛みを忘れる時だ」

 

 と、それぞれ続けた。ユーリは舌打ちすると、

 

「じゃあ今夜はお前は飲むなミハイル。セルゲイ、お前はさっさと酒飲んで寝ちまえ。アーティファクト付けてるから明日になれば動ける程度には治ってるだろ」

 

 ミハイルはうんざりしたように首を振った。

 

「アーティファクトじゃ怪我は治っても、スーツや武器は直らねえんだぞ。俺の相棒はあの二つ頭にへし折られてご臨終だ。スーツもズタズタにされて修理しないといけないし、出費を考えると頭が痛いぜ」

 

「へっ。ご自慢の特製プレート入りの防弾スーツもキメラの爪の前には型無しか」

 

「馬鹿言え。プレート入れてたから肋に罅が入る程度で済んだんだ。普通のスーツなら今頃ハラワタをぶち撒けてるぜ。命預ける物に金かけてるとこういう時に役に立つんだ」

 

 そうミハイルが返すと、ユーリはニヤリと笑って懐から、キメラを仕留めたイスラエル製の大口径の自動拳銃を取り出した。

 それを見たミハイルはしまったといった表情をし、セルゲイはミハイルにこの馬鹿、と言いたげな視線を送る。

 

「確かに命を預ける物はしっかりした物じゃないとな。その点このデザートイーグルときたら! まさにキメラに頭を食われかけて絶体絶命の時!こいつが火を拭いてあの二つ頭をあっという間に片付けちまった! あの瞬間は全く最高だったぜ! これでお前らにもコイツに文句は言わせないからな!」

 

 それからは彼が何を言ったが余り覚えてない。

 余りにもどうでもいいユーリの愛銃の自慢と、故郷にいるという妻子の自慢が交互にエンドレスで続いたせいだろう。

 最初はフィアーは真面目に答えていたが、ユーリに対する相槌はそうだな、まったくだ、という単語だけで事足りると分かってからは全て聞き流していた。

 

 話を聞かなかったのはユーリに酒のツマミをねだられて、ミハイルが作った料理が旨かったせいもあるかもしれない。

 彼は料理に一言あるようで、煮る事も炒める事もできる小さな鋳物製の鍋と携帯コンロを持っていた。

 フィアーはわざわざ鋳物製じゃなくて、もっと軽い素材の鍋でもいいんじゃないかと言ったら、彼は照れくさそうに、

 

「これじゃないと駄目なのさ。ユーリのマグナムみたいなもんだな」

 

 と答えて調理を始めた。

 

 乾燥野菜の入った温かいスープヌードルや、香ばしい匂いのする缶詰めの肉と豆の炒めもの、そして軽く炙ってバターを塗ったパン。材料はありきたりだったが、ミハイルは常に小分けした調味料を持ち歩いているようで随分と味に奥行きがあった。

 食事が出来た時だけは、傷の痛みで寝ていたセルゲイも起き上がったぐらいだ。

 こうして彼らの話を聞いている内になんとなく3人組の一人一人の性格もわかってきた。

 セルゲイが寡黙な皮肉屋でユーリはお調子者のムードメーカー、しっかりした性格のミハイルがリーダーを務めていると言った所か。

 そして小一時間もすると酒が回ったユーリは完全に寝てしまった。

 とはいえ、彼を習って全員熟睡するというわけにもいかない。

 ここは安全が確立されたキャンプではないのだから。

 その為フィアーとセルゲイとミハイルは3時間ごとに見張りを交代し、そのまま朝を迎えた。

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 

「おはよう! いい朝だな!」

 

 朝になって起きたユーリの第一声はそれだった。

 見張りの順番が一番最後になったため、夜が明ける前から起きていたミハイルが皮肉げに言った。

 

「そりゃあんだけぐっすり寝てればな。おいセルゲイ。お前の傷の具合は大丈夫か?」

 

「ああ。右手は動かんが俺の銃は片手でも扱える。動く分には問題ないさ」

 

 そう言ってセルゲイは包帯で釣った腕を触りながら答えた。キメラとの死闘で折られた腕は工場で拾ったアルミのパイプで添え木してある。

 質のいいメディカルキットと回復用アーティファクトで怪我の処置したためか、彼の顔色は悪くない。

 

「そりゃよかった。よし、飯を食ったら早速キメラ共の死体から爪を剥ぎ取りに行くとしよう。フィアー。悪いがお前も手伝ってくれ。モタモタしてたら血の匂いに引かれて他のミュータントがやってくる」

 

 昨晩の見張りの時間に各自が次の日の準備に加え、自分の装備の手入れや傷の処置を行っていたので、出発の準備は手間取らなかった。酒を飲んでいた一晩中寝ていたユーリですら、酒を飲みながらも銃の手入れだけはしていたようで、あっさり支度を整えていたことに対してフィアーは少し感心した。

 そして火にかけた缶詰そのまま食べるという簡単な朝食をした後、全員がキメラの爪を剥がす作業を行うことになった。

 ストーカー全員がこの手の解体作業の経験があるようで、作業自体は小一時間で済んだ。

 フィアーも狩りの経験はさほどではないが、サバイバル訓練で獲物の解体の経験をしたことはある。しかし防弾チョッキ並みに頑丈なキメラの表皮を、ナイフで捌くコツを掴むまでには少々手間取った。

 その上死んでも尚、凄まじい形相で虚空を睨みつけているキメラの顔を見ながらの解体作業はフィアーの気を更に滅入らせた。

 

 解体作業が済んだ後、キメラの死体は放置されることになった。

 ここが拠点として使用されているなら埋めるか、適当なアノーマリーに放り込んで処分しなければ、血の匂いに引かれて他のミュータントがやってくるとのことだが、10頭を超えるキメラの死体の処分をこの4人でやっていたら、それこそ日が暮れる。

 

「次に来る時はここはミュータントの拠点になってるかもな」

 

 廃工場から出る時、セルゲイは工場を見ながらそう言った。

 

 ここから科学者キャンプに行くには、西の方にある湿地帯から北へ回りこんでいったほうがいいということだ。

 彼らがキメラから逃げるために来たルートは途中で崖があり、こちらからは使えないらしい。

 フィアーはミハイルに聞いた。

 

「その科学者キャンプへはどれぐらいで着く?」

 

「そうだな……。何事も無ければ昼を過ぎたことには到着するだろう。何事もなければな。しかしこれから行く湿地帯はミュータントがよく居るんだ。悪いが頼りにさせてもらうぜ」

 

「了解した。そう言えばアンタ獲物は拳銃だけか?」

 

「そうなるな……。科学者の基地に行けば科学者達から武器を手に入れられるが、今襲われると厳しい所だ」

 

 ミハイルは自分のバックパックに括り付けた折れたレミントンのショットガンを見ながら、そう言った。

 彼のメインアームであるショットガンは先の戦いでキメラに叩き折られてしまった。お陰で彼の武器は9mm口径の自動拳銃だけだ。

 もっとも武器を失ったのはセルゲイも同じで彼はキメラから逃走する際、愛用の狙撃銃を投棄することになったらしい。

 今装備しているサブマシンガンのMP5K―――MP5の銃身とストックを切り詰めたコンパクトタイプだ―――は本来サイドアームだったとのことだ。しかも片腕が使えないのではリロード時間や射撃精度にも影響が出るだろう。

 そのため彼らは戦力とは期待されず、解体したキメラの爪の荷物持ちだ。

 しかしそうなると四人中まともに戦えるのはAKライフルを装備しているユーリと、アサルトライフルを装備している自分だけになる。

 これでミュータントが居るかもしれない湿地帯に乗り込むのは些か不安だ。

 

 暫く考えた後、フィアーは自分のソードオフショットガンをミハイルに貸す事にした。

 榴弾を撃てるそれはフィアーの切り札の一つだったが、榴弾の在庫が切れた今となっては然程重要な武器ではなくなった。例え無くしても惜しくはない。

 

「これを使え。古臭い代物だが無いよりはマシだろう」

 

「確かに俺達全員より歳を食ってそうな年季の入った銃だな。……だがしっかり手入れされて武器としては申し分ねえ。ありがたく借りておくぜ」

 

 このソードオフとミハイルが使っていたショットガンは共通の弾薬を使用している。ミハイルは銃こそ折れたものの、ショットガンの弾薬はまだ多少残っているためソードオフを有意義に使えるだろう。

 

 フィアーは空を見上げた。

 ZONEはいつも通りの曇り空だった。




 キメラのフレンズ達によるキメラパーク閉園の回。
 キメラの大群はZONEで一番の恐怖です。
 因みにMODだと襲ってくるキメラの群れが全て雷キメラだったりする場合も。
 死ねってかおい。

 今回からしばらくゲストのストーカー達と同行することになります。これもZONEの醍醐味。
 ZONEでもF.E.A.R.でも大体仲間は死ぬために居るようなもんですが大丈夫、なんとかなるさ。
 死んだら死んだで剥ぎ取ればいいしネ! (外道)

 それと感想,批評等は全部目を通させて頂いてます。
 ありがとうございます。すごい励みになります。

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