S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 13 夜襲

 夜の闇を鋭いフラッシュライトの光が切り裂いた。

 北側から来たその光は一瞬だけ廃工場を、そしてフィアーのいる建物を掠めるようにして消えた。

 掠めたのはほんの一瞬でも、フィアーの眠気を覚ますには充分だった。

 素早く飛び起き、横に置いていた自動小銃を手に取る。

 

 自動小銃の残弾は余り充分とは言えない。

 弾薬の入ったマガジンは今、小銃に装填してあるものと、戦闘の最中にナイトクローラー隊員の死体からくすねた3つのマガジンのみ。

 戦闘終了後に弾薬を補充しようにも、ナイトクローラー隊員の死体は全て装備ごと焼却されてしまった。

 だからと言って弾切れを理由に破棄するには、このナイトクローラーが採用している自動小銃は高性能過ぎた。

 

 VES Advanced Rifle(アドバンスドライフル)。

 

 この銃の側面にはその単語が刻印されていた。恐らくはATC社製。

 整備も極めて行き届いており、銃のシステムもフィアーのシューティンググラスに搭載された照準補正システムにも対応しているため、微調整無しでも高い精度を出せる。

 マガジンの装弾数は35発、射撃モードはフルオートとセミオート。

 G36をベースにカスタム化されたこの自動小銃は、余りにも手が入り過ぎて一見しただけでは原型がわからない。

 全体は硬質プラのフレームで補強されており、自動小銃としては大型な印象を受けるが、予想上に扱いやすく、軽い。

 銃身の上部には赤外線のスコープとダットサイトを、銃身の下部にはフラッシュライトとレーザーポインターを装備している。更には銃口にはナイフを着剣するための器具も付いている。

 レイルシステムを装備しているため、スコープやフラッシュライトは取り外して別のオプションを装備することも可能だ。

 

 FN社が作ったF2000というグレネードランチャーと、それを運用するための射撃管制システムを装備した特徴的な形状を持つブルパップ式のアサルトライフルがあったが、あれをブルパップ式ではなく通常の方式に置き換えたらこんな形状になるかもしれない。

 その射撃精度、射程、威力は、F.E.A.R.で採用していた自動小銃G2A2を全ての面に置いて上回っている。

 

 その理由はこの銃は西側のアサルトライフルの弾薬として一般的に出回っている5.56x45mm NATO弾ではなく、より強力な6.8×43mm SPC弾を使用しているからだ。

 狙撃銃や機関銃に使用される7.62x51mmNATO弾は、強力だが自動小銃に使うには反動が大きい。

その一方で、現在アサルトライフルの標準弾薬として採用されている5.56mm弾では威力不足との声を受け、両者の優れた点を取り入れて、作り上げられたのが6.8×43mm SPC弾という弾丸だ。

 一撃で歩兵を撃ち倒す威力を保持しながら、反動や重量は5.56mm弾並に抑えるという理想的なライフル弾だったはずだが、結局コストには勝てずに大規模な採用を受けることはなかった。

 しかしコストよりも性能を重視する部隊―――例えばナイトクローラーのような小規模な特殊部隊ならこの弾薬を採用するのも頷ける。

 おまけにこうやって敵に鹵獲されても、弾薬の問題で敵を悩ませる事も出来る。

 

 ―――そう、フィアーを悩ませているのはこの銃の弾薬の事だった。

 広く流通している5.56x45mm NATO弾ならトレーダーに行けば手に入る。

 AK用の5.45x39mm弾にしてもそうだ。

 しかし6.8×43mm SPC弾という特殊な口径の弾薬は、トレーダー達でも簡単に手に入るかどうかわからない。

 少なくとも戦場で手に入る事はないだろう。

 

 つまり戦場での現地調達を旨とするフィアーには取り扱い辛い銃なのだ。

 フィアーは武器に愛着を持たないタイプの人間だが、だからと言ってあっさり高性能な銃を捨てる程、物に頓着しない訳ではない。

 弾切れの銃を後生大事に抱えるのも馬鹿馬鹿しいが、いざとなればトレーダーに高く売りつけれると思えば、我慢もできる。

 

 こういった事情によりフィアーは弾薬が心許ない自動小銃とは別に、もう一つ予備の武器を用意していた。

 バンディットから奪い取ったのはいいが出番が無く、今までバックパックの中に仕舞い込まれてそのままになっていたMAC-10―――通称イングラムM10短機関銃だ。

 大口径の拳銃弾を高速で掃射できるこの銃は、室内戦に置いてはVES アドバンスドライフル以上の破壊力を持つはずだ。

 銃自体が小さく取り回しもしやすいので、フィアーは室内で戦うならこの銃を使い、屋上の上から狙撃をする場合は自動小銃を使うと決めて、胸の前面にこれを引っ掛けている。

 もっともMAC-10も弾薬が豊富にあるというわけではないが悩みの種だが、いざとなったらソードオフと自動拳銃で文字通りの格闘戦を行うしかないだろう。

 

 

 

 まずはVES アドバンスドライフルを構えて屋上からライトが来た方向を伺う。

 あちらは駅と放置された列車がある方角だ。

 そのせいか北側には工場を囲む塀がない。列車に物資を載せる際の利便性の関係だろう。

 ライトの持ち主がその事を知って北側から来ているのなら、この建物の作りも熟知していると見ていいだろう。

 まあこの建物はZONEでも知られていそうだから、それなりのZONEの経験者なら予め知っていてもおかしくはないのだが。

 

 いくら月明かりがあるとはいえ、夜の闇の中で明かりも持たない相手を探しだすのは至難の業だ。

 幸いにもライフルに装備された赤外線スコープのお陰で、例え相手がライトを消していても容易に発見できる。

 そう思ったが、フィアーは逆に拍子抜けする気分に陥った。

 相手はライトを消すどころか、そのまま無警戒に辺りを照らしながらこちらにやってくるのだ。

 いや無警戒ではない。ライトを振り回していることからむしろ警戒しているというべきだ。

 しかも一人ではない。多数の光源を確認できた。

 

 一人……二人……三人。

 揃いの緑の防弾スーツにガスマスク。装備からしてストーカーの一チームか。

 彼らは一直線にこちらを目指しながら、定期的に何かを警戒するように後ろを振り向いている。その行為をする度に彼らの行軍速度は、落ちているというのにだ。

 余程の何かに追われているのだろうか?

 だとしたら揉め事に巻き込まれないように、自分もここから離れるべきか……。

 

 そう考えながらライフルのスコープを覗いていると、こちらにやってくるストーカー達の置かれている状況がよく理解できるようになってきた。

 やはり彼らは『何か』から追われ、北の方からこちらに向かって逃げてきた。そしてこの建物を目指すことにしたといった所か。

 ここならばその『何か』をやり過ごす方法があると期待して。

 成る程、悪くない案だと思う。

 ここの屋上でフィアーが休息を取っていなければ。

 

 では、彼らを追っているのは誰だ?

 フィアーにとって重要なのはそこだ。

 追手がミュータントやバンディットならともかく、あのナイトクローラーに追われていたとしたら見過ごすことは出来ない。

 あの三人からも、それを追撃しているナイトクローラーからも有益な情報を得られるだろう。

 そう考えて、フィアーはライフルの赤外線スコープを使ってストーカー達の更に背後を確認する。

 

 赤外線スコープの紅い視界でZONEの大地を舐めるように確認していく。

 幸いにも工場の北側は森はなく、丘陵地帯となっていて障害物も少なく、屋上からは一望できた。

 三人組は既に丘を降りて、工場の北側の列車置き場まで後僅かといった距離に来ている。

 彼を追うものがいるとすれば、丘の上を見張っていれば追跡者は必ず通るはずだ。

 荷物を纏めてここから逃げるかどうかは、追跡者の正体を確認してからでも遅くはあるまい。

 そう思ったフィアーだが、丘を超えて現れた追跡者の正体を見た時、激しく後悔していた。

 確認なんて悠長なことはせず、トラブルの匂いを感じた時点でさっさと撤収するべきだったと。

 

 丘の上から現れたのは人ではなかった。

 かといって唯の獣でもなかった。少なくともフィアーの知識にある獣にあんなものはいない。

 それの形状で既知の獣に一番近いものは四足歩行の大型の肉食獣だが、彼の知るどの肉食獣よりもそいつの体格は大きかった。少なくともライオンよりは一回りか二回りは大きい。

 

 しかしライオンに顔は二つも付いているという話は、フィアーはついぞ聞いたことがない。

 ましてやその顔が猫科のそれではなく、明らかに人間の顔なのだ。

 もっとも人間というにはサイズが大きく歪んでいる。むしろ絵本に出てくる悪魔の顔と言った方がいいだろう。そしてその顔からは獣特有の獰猛さと人間の狡猾さがにじみ出ていた。

 更にそれの全身の皮は剥がされたように筋繊維が剥き出しになっており、筋肉が不気味に脈動するさまが、赤外線越しの紅い視界ですらはっきりとわかった。

 

 二つの人の顔を持った異形の肉食獣。

 こんなものはZONEのミュータント以外にあり得ない。

 危険度としては恐らくはあのブラッドサッカーに匹敵する怪物だ。

 

 それに付いている二つの顔が、自分達から必死になって逃げていく眼下のストーカー達を見て小さく嘲笑う。

 弱者を弄び、虐げ、思う存分食い散らす喜びに目が輝いていた。

 そして一度後ろを振り向くと、静寂に包まれていた夜の闇を切り裂くように、大きく獣の咆哮を上げ、一気に丘を駆け下りていく。

 例の三人に追いつくまで数分とかかるまい。

 

 だが本当の恐怖はここからだった。

 

 最初に丘を駆け下りていった怪物の後を追うように、同種の怪物が次から次へと丘の向こう側から現れて、先頭の怪物と共に丘を駆け下りてきたのだ。

 その数は3頭や4頭どころか、10頭は下らない。

 

 この時点で、フィアーは自分の逃げ道が更に狭くなったのを感じた。

 あの怪物の群れは数を頼みに、この廃工場を包囲するような動きを取り始めたからだ。

 今ここで即座に屋上から梯子を使って飛び降りて逃げても、あの包囲網の完成より先にここから逃げきれるかどうかは賭けになる。

 最悪出てきた森のマンホールの中まで逆戻りせばなるまい。

 そう思ったフィアーの紅い視界を光が焼いた。

 

 反射的にスコープから目を離し、裸眼で丘の上を見る。

 そこには王者が立っていた。

 形状としては先ほどの怪物達と大差ないが、大きさは更に二回りは大きい。

 全身の体表には青い血管が浮かび上がっており、肉体は氷河を思わせるひび割れた白い表皮に包まれていた。

 何よりも先の怪物達と決定的に違うのは、全身に纏う雷光だ。

 この怪物が一歩歩みを進める度に、雷撃が飛び散り、辺りを焼く。

 まさしく伝説か御伽話に出てくる魔獣が如き存在。

 間違いなくこの個体がこの群れを率いるリーダーだ。

 

 現実離れしたその威容に、思わずスコープ越しにほんの数秒ほど見とれてしまう。

 そう思ってあの怪物をより観察しようと、その二つある顔を見た瞬間、二つの顔の内、一つがこちらを視た。

 目が合った。少なとくともそう感じた。

 闇夜で数百メートルの距離があるにも関わらず、こちらを認識したその顔は、厭らしく嗤うともう一つの顔に囁きかける。

 囁きかけられた方の顔もこちらを一瞥を向けると、同じように嗤った。あの二つの顔は別々の脳を持っているのだろうか。

 そんな考えを断ち切るように、電撃と共に咆哮が、雷の怪物から放たれた。

 それを合図に10頭はいる怪物たちの動きが変わる。

 今まで大半の個体が例のストーカーを追撃してきたが、その内の半分近くがフィアーのいる屋上を目指しはじめたのだ。

 

 この状況下で梯子を使って地上に脱出しようにも、包囲をした怪物達と鉢合わせになる。

 かくなる上はあの三人組を此方側に引き込むことで火力を上げ、ついでに被攻撃目標を分散させるしかない。

 フィアーは屋上から声を張り上げ、放置された列車に身を潜めようとしているストーカー達に指示を出した。

 

「そこのストーカー3人組! 死にたくなければ工場の中に入って来い!」

 

 声だけではなく、フラッシュライトも付けて振り回す。これで完全に気がついたはずだが。

 数秒ほど経ってストーカー達から返事が来た。

 

「もう無理だ! ここから更に工場の中まで走るとキメラ共に追い付かちまう!」

 

 あの二つ頭の怪物はキメラというのか。確かにらしい名前だな。変に感心しながらフィアーは返事をした。

 

「上から俺が狙撃して支援する! 外でそのケダモノ共と撃ちあうのなんて自殺行為だ! 工場に逃げこんで機動力を落とせ!」

 

 そう叫ぶと、彼らも納得したようで閉じこもった車両から出ると、工場の敷地を走りはじめた。彼らの目的地は工場正面にある大扉だ。

 だがその時点で、怪物―――いやキメラの大半が廃工場に到着しつつあった。

 手始めに挨拶代わりと、旧型の破片式手榴弾をキメラの先頭集団の中心へと放り込む。

 獣達の中で爆発が起き、粉塵が一時的にキメラ達の姿を隠す。

 しかしすぐに爆煙を突っ切って、次々とキメラが飛び出してきた。

 多少出血している個体もあるが、その程度のダメージしか与えられなかったらしい。倒せた個体は一体もいないようだ。

 どうやら対人用の破片手榴弾では、あの神話の怪物達には力不足のようだ。

 

 止む無くフィアーはライフルを構えると、最後尾のストーカーにまさに背後から襲いかからんとしていたキメラに次々と銃弾を叩き込んでいく。

 急所と思わしき部分に6.8mmの大口径弾が突き刺さるが、一発や二発では焼け石に水だ。

 単一の個体に対して最低でも10発以上叩き込んで、ようやく一体仕留めることができる程なのだからこのミュータントの体力には恐れ入る。

 

 だが屋上からの射撃で仲間が瞬く間に1体仕留められた事は、キメラ達に対しても動揺を与えたらしい。3人組のストーカーへの追撃を躊躇し、結果として彼らを見逃す羽目になった。

 しかしあの盲目の野犬や肉塊じみた豚と違い、パニックになることなく、火線と銃声の発生源からこちらの位置を即座に特定し、憎悪の視線を送りつけてくる。

 

 元から何体かはフィアーのいる屋上のある建物を包囲するように動いていたが、今となっては大半のキメラがこちらを睨みつけながら、建物の周りをグルグル回っていた。

 だが所詮睨みつけるだけだ。如何にミュータントと言えど、彼らが屋上に来るには、工場からこの建物に伸びる連結通路を通り、梯子を登ってここまで来なければならない。

 そう思い更に屋上からの銃撃を続けるフィアーだったが、すぐにその考えが甘すぎることを思い知らされた。

 銃撃を躱した一部のキメラは助走をつけると跳躍し、工場とこの建物を繋ぐ連結通路に取り付いたのだ。そしてそのまま通路の上によじ登ると、再び助走から跳躍して一気に屋上に飛び上がり、こちらに向かって襲ってきた。

 

 かくして鴨撃ち用の安全地帯は人間と怪物と小さな闘技場と化す。

 

 ―――ここまで身体能力が高いとは。

 フィアーは舌打ちしながらも紙一重でキメラの突進を躱し、その背中にアサルトライフルの残弾全てを叩き込む。

 だがそれでもそのキメラは倒れない。動きを鈍らせながらも旋回し再び突進の構えを取る。

 その隙にライフルのマガジンを交換したが、残るマガジンは後二つ。

 下のキメラ達の始末までするとなると、どう考えても足りない計算だ。

 しかもこの間に他のキメラまで屋上に登りはじめてきた。その数はここから見ただけでも3頭はいる。

 

 ここで戦うのは潮時だな。

 

 フィアーはそう判断すると、こちらに向かって突進しようとしていたキメラにライフルの銃身下部に取り付けられていた、フラッシュライトを点灯させる。瞬間的に強力な光を浴びせられたキメラは一歩仰け反る。

 その一歩で充分だった。

 フィアーは瞬間的にスローモーを発動させ、身体能力と体感速度をブーストさせると、キメラが怯んだ隙に置きっぱなしのバックパックを引っ掴みながら、側にあった建物内部へと続く梯子用の出入口の蓋を蹴り上げ、その内部に飛び込んだ。

 ついでに置き土産として屋上に、ナイトクローラーから頂いた新型地雷を置いていく。

 

 キメラ達も直ぐにこちらを逃すまいとするが、この梯子用の入り口は人一人しか通れない狭さなので大型の肉食獣程のサイズのあるキメラでは当然無理な話だ。

 二つある顔の内、なんとか一つを出入口に突っ込み、戻ってこいと言わんばかりに吠え立てるが、その返答は二発の散弾だった。

 至近距離で離れた散弾はいくらキメラでも堪えたらしい。

 悲鳴を上げて転がり回り、そしてその行為が、先ほど置いていった新型地雷の動体センサーに引っかかる。

 キメラ達が犇めく屋上で、地雷が内蔵されたスプリングで中空へと弾け飛び―――爆発。キメラ達の悲鳴は即座に爆発音にかき消された。

 

 凄まじい轟音と衝撃が建物を揺らし、2階に逃げ込んだフィアーの肝を冷やす。

 あの地雷の爆発は下には来ないはずだが、もし来ていたら屋上が、フィアーにとっては天井が崩落していただろう。

 あの地雷は種別こそ対人地雷となっているが、その破壊力は対戦車地雷に匹敵する程で、複数を同時に起爆すれば装甲車だろうが撃破できる。

 これで屋上のキメラは全滅したはずだ。

 だがそれでもまだ半分近くは残っている。

 キメラもそれなりに知恵があるようだからもうこの手は使えない。

 

 その時金属と金属がぶつかり合う甲高い音と、ついでに罵声が工場の方から聞こえてきた。

 例の3人組のストーカーの到着か。警報装置に引っかかったらしい。

 こちらは結構な弾薬を消耗する羽目になった。余り気乗りしないが、彼らも戦力として当てにしないといけないかもしれない。

 

 そんなことを思いながら、フィアーはソードオフに散弾を詰め直し、アサルトライフルを背負い直したバックパックに引っ掛けると、胸の前に引っ掛けておいた短機関銃を構えて、初弾を薬室に装填した。

 これで室内戦の準備はできた。後はあの3人と合流し、そこから状況によって共に戦うか逃げるか、あの三人を見捨てるかを決めなければなるまい。

 

 工場側からは罵声に加えて更に銃声まで聞こえてきた。とうとうキメラに追いつかれたようだ。

 フィアーは急ぎ、工場へとつながる連結通路へ向かう。

 連結通路を走りその半ばまで来た時、彼の前方の窓ガラスが派手な音と共に四散し、巨大な影が飛び込んできた。

 

 キメラだ。

 下に待機していた個体が連結通路を走るフィアーを見て、飛び上がってきたらしい。

 しかし勢い余って飛び込んだ方向とは反対側の壁に激突して、態勢を崩している。

 やはりキメラの巨体では、室内だとその機動力が大きく削がれるようだ。

 フィアーは立ち上がろうとするキメラの巨体を障害物競争のハードルのように飛び越えると、ついでに置き土産に破片式手榴弾を放り投げて廊下から出て、角を曲がる。

 続いて爆発が起き、彼の後を追うように破片と粉塵が猛スピードで追いかけてきて、廊下の角を曲がりきれずぶつかって止まる。

 最後に怒り狂ったキメラの声が追いかけてきたが、フィアーは無視した。

 

 今はあの3人との合流が先だ。最早生死は問わない。死体でも武器弾薬を持っていてくれればそれでいい。

 この調子で圧力を掛けられ続けるとその内、弾が切れて押し潰されてしまう。

 そう思いながら、工場内部に飛び込むと派手な乱戦が繰り広げられていた。

 ストーカー達は工場の機材や柱をうまく盾にして、こちらの予想以上にキメラ達とうまく渡り合っている。

 小回りを活かして隠れ回り、隙を見つけてはキメラに銃撃を叩き込んでいた。

 フィアーは彼ら3人を持ってる銃器に因んで、ショットガン、AK、サブマシンガンと呼び名を決めた。 

 サブマシンガンが囮になって、横手からAKとショットガンを次々と撃ちこんでいくのは、熟練のストーカーならではのコンビネーションだ。

 もっとも火力が足りないようで工場内にいるキメラ3頭の内、1頭も仕留めきれてはいないようだが。

 まずはここの3頭をさっさと始末せねば。

 モタモタしている場合ではない。連結通路でやり過ごしたキメラが、背後からこちらを追撃してきているはずだ。

 

「Fire in the hole!」

 

 自分が今から何をするのか、ストーカー達にもわかるように大きく声を張り上げる。

 キメラに取っては意味不明の叫び声だが、兵士にとってはおなじみの言葉だ。

 一方意味を理解したストーカー達は、慌てて近くの柱の影や、地下の配管用通路等に飛び込んでいく。

 それを確認したフィアーは手榴弾を―――それも破片式の旧式ではなく、ATC社製の破壊力特化の手榴弾を工場中心部にいるキメラ2頭に向かって、投擲した。

 そして投擲された手榴弾の弾道が、丁度2頭の目の前に落下したその瞬間、スローモーを発動させて手榴弾を撃ちぬく。

 

 その瞬間、今までの破片式手榴弾とは比べ物にならない爆発が、キメラ2頭を飲み込み、吹き飛ばした。

 流石に人間のように血煙にはならなかったようだが、ダメージが蓄積していた一匹は吹き飛ばされてそのまま動かなくなり、もう1頭も立ち上がったものの、手酷いダメージを受けて動きが緩慢になっている。

 これなら彼らでもある程度対処できるだろうと、フィアーは先ほど自分が入ってきた連結通路の方に向き直る。

 

 そこには手榴弾の至近距離で破片と爆発を受け、傷まみれになって―――それでも尚、不屈の闘志と憎悪を燃え上がらせる一頭のキメラがいた。

 先ほど連結通路で袖にしてやった個体だ。

 求愛行動に対して、手榴弾を返されたことで随分お怒りに見える。

 そんな相手に対してフィアーはイングラム短機関銃を片手に持つと、もう片方の手で手招きした。

 

「今忙しいんだ。さっさと殺してやるからかかってこい」

 

 動物的ながら高い知性を持つキメラは、自分を侮辱したことを理解したのだろう。

 怒りの唸り声を上げながら姿勢を沈め、全身の筋肉に力を貯めると、一気にこちらに向かって跳躍する。

 

 そのまま質量差に物を言わせ、押し倒して食い殺す―――

 

 それがその怪物のプランだったのだろう。だがいくらミュータントのそれと言えど、わかりやすい予備動作からの突進を躱すのは、スローモーを使えばさほど難しいことではない。

 加えて言うなら、回避と同時にキメラが着地した時の僅かな硬直を狙って、一気にキメラの背に飛び乗り、その脊髄に片手でナイフを突き立て、更にその首周りに片手でイングラム短機関銃の銃口を押し付けて、マガジンの内部弾薬全てを撃ちこむ事も―――まあ難しいことではなかった。

 

 獲物が完全に死亡した事を確認すると、イングラム短機関銃のマガジンを交換しながら再びフィアーは工場内部に取って返す。

 先ほど半死半生になったキメラはもう仕留められたようで、工場の床に横たわっている。

 だがまた新しいキメラが侵入してきたようで、その数は2頭になっていた。

 

 三人組は戦い方を変えたのか、今は工場の隅にある半地下になっている配管設備の通路に隠れ、そこを塹壕代わりにして、AKとサブマシンガンでキメラに銃撃を繰り返している。

 銃撃に耐えれずキメラが苛立って、突進すると至近距離でショットガンが散弾を連射するという仕組みだ。

 そして今はキメラは2頭共こちらに意識を向けていない。

 チャンスと判断したフィアーはイングラム短機関銃を両手で抱え込むようにして、フルオートで発砲する。

 集弾精度が悪いと評判の銃だが、こうしてしっかり構えて撃てばそれなりにはあたる。

 拳銃用の45口径弾がどこまで通じるかは不明だが、キメラ達の注意をそらす役には立った。

 

「Fire in the hole!」

 

 次にこの言葉を叫んだのはフィアーではない。

 半地下の塹壕に篭っているストーカー達だ。言葉に反応して、素早く身を伏せたフィアーの視界の端を、今度は二つの破片式手榴弾がキメラ達の元へ飛んでいき、爆発。

 爆煙が晴れた後は、二体のキメラは最早立っているのが難しいほどのダメージを追っていた。

 最早敵対する意思すら挫けたのか、脚を引きずりながら工場の大扉へと向かう。

 

 それを逃がすまいと工場内の人間達は、各々の銃火器をキメラたちに向け銃弾を撃ち込んだ。

 ショットガン、サブマシンガン、AKライフルにフィアーのイングラム短機関銃が一斉に撃たれ、獣の全身を削り取っていく。

 一頭はそれで倒れたものの、更に残るもう一頭はそれでも尚、外を目指す。

 銃撃の雨に耐えぬき、工場の大扉を超えて外に出たその瞬間。

 

 そのキメラは上空から落下してきた巨体に叩き潰された。

 

 他のキメラより二回り大きなその体格、白い肌に走る静脈のように青い血管。

 何よりも動くだけで、周りに紫電を走らせるその異能。

 間違いなく先ほど目撃した群れのボスだ。

 それは自分が踏みつけたキメラにまだ息があることを知ると、弱者は不要と言わんばかりにその巨大な脚を振り下ろして同胞に止めを刺した。

 そして工場内の人間を1人ずつ品定めをするように見回していく。

 するとフィアーの所でその視線が止まる。2つの顔が同時にニヤリと嗤った。

 

 この夜はどうやらこれからが本番らしい。

 

 

 




 後書き
 今回のキメラ祭りは作者がMOD入れた原作ゲームで実際に体験したことを元にしてます。
 夜中の廃工場でストーカー達と焚き火を囲んでたら、銃声が聞こえる。
 おやと思ったら、いつの間にかキメラの群れに囲まれてて、見張りのストーカーが応戦してました。
 慌てて加勢するも、キメラ達の波状攻撃の前に櫛の歯が欠ける様に、ストーカー達が1人また1人と死んでいく。
 結局最後に朝日を浴びることができたのは自分だけでした。
 STALKERはMODを入れることにより、NPCもミュータントも自由に動き回るようになったりするため、こういうドラマチックな展開が意図せずに体験できるというのがこのゲームの魅力の一つです。
 自由度が高すぎて重要人物がいつの間にか焚き火の中に突っ込んで死んでいたりするというのは、ドラマチックと言えるのかちょっと考えものですが。


ZONE観光案内動物編

 キメラ。顔が2つある四足歩行のフレンズ。
 でかいライオンみたいなシルエットのフレンズで、すごくタフで早くて集団で襲われた日には逃げるしかない。大抵追いつかれて死ぬ。
 ジャンプ力が凄まじく、縦にジャンプすると2階ぐらいの高さでも軽々と登ってくる。
 その為、高所に陣取って余裕こいていても死ぬ。
 水平方向にジャンプすると20メートルぐらい一気に跳んできて、あっという間に間合いを詰められて死ぬ。
 
 白いボスキメラはMODで出てくるオリジナルミュータントで雷キメラと呼ばれる個体です。
 倒すと放電して周りを巻き添えにして死ぬという爆弾岩みたいな奴。
 すごーい! 君は雷を出せるフレンズなんだね! (感電して死亡)
 倒す際に距離を離せばいいんですが、キメラ並みの身体能力持ってる奴に距離とれとか無理です。死にます。

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