S.T.A.L.K.E.R.: F.E.A.R. of approaching Nightcrawler   作:DAY

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Interval 11 地下道

 地下に降りた先は広いコンクリートの通路になっていた。単なる下水道にしては広く、人が二、三人並んで歩けるほどだ。

 そしてなぜか、天井に備え付けられた白熱球が煌々と光を放っており、予想上に視界が良好だった。

 視界がクリアなのは助かると思う反面、誰がこんな所の設備の手入れをしているのかという疑問が沸き上がってくる。

 先客が探索を容易にするために発電機でも動かしたのだろうか。

 その場合、先客がまだここに残っていることになる。

 AKのボルトを前後させセイフティを解除、後は引き金を引くだけの状態にした上でAKを構えると、フィアーは探索を開始した。

 

 まず、自身の周囲の安全を確保するために、銃を構えたままぐるりとその場を一回転し、銃口の先をライトで照らす。次いで天井も確認し、異常がないことを確かめる。

 馬鹿げた動きに見えるが、こういった閉所でのクリアリングを怠ると死ぬことになる。

 まずはこの通路からだ。この通路は一直線になっており、北側は瓦礫で埋まり通行不能で南側もつきあたりになっているが、その手前に出入り口があり、横手の通路に抜けられるようになっている。

 白熱球による明かりは通路の全てを照らしているわけでない。

 崩落した北側の通路は細部は瓦礫のせいで光が届かないようだ。

 念のためAKに装着したフラッシュライトを使って瓦礫の影を調べると、瓦礫に埋もれる様に銃で撃ち殺されたと思わしき、兵士の死体がそこにあった。

 

 やはりナイトクローラーは地下まで降りてきているのだ。

 

 ふと、死んだ兵士の胸を見やると胸ポケットが妙な膨らみをしているのを見つけたため、彼の胸ポケットの中を改める。出てきたのはタバコが一箱。見たことのない銘柄だ。

 箱の中にはまだ数本残っているようだ。その内の一本を兵士の胸に置くと、残りは箱ごと頂いていく。

 

 フィアーは崩落していない南側の通路出口に向かって、銃を構えながらゆっくりと進んでいく。通路の出口の先にあったのは広大な部屋だった。

 その部屋の空間の大半を巨大な鉄のタンクが専有している。

 排水処理施設だろうか?タンクの後ろは死角になって確認しづらい。

 念のためライフルを構えクリアリングを行う。フラッシュライトがタンクの隙間を照らした時、タンクの下の僅かな隙間から小さな悲鳴が聞こえた。

 反射的に引き金を絞ろうとする指を抑えた。待ち伏せにしては反応がおかしい。

 フィアーは物陰に問いかける。

 

「だれかいるのか? 安心しろ。俺はナイトクローラーじゃない。この惨状を説明してほしいんだが」

 

 その言葉に答えが返ってくるまで数十秒はかかった。

 

「本当か? 本当に奴らじゃないんだな?」

 

 猜疑に満ちたその言葉を、

 

「俺が奴らなら問いかける前にお前を殺している」

 

 フィアーは一言で切り捨てた。

 

「……わかった出て行くよ。撃たないでくれ」

 

 そういってタンクの下から出てきたのはまだ若い軍人だった。一見するとタンクの下にはとても人が入れる余地は無いように見えたが、その下に更に小さな排水路が走っていた。それがこの軍人の命を救ったらしい。ナイトクローラーが来てからずっとその排水路に隠れていたようで、泥まみれの彼の顔からは疲労と恐怖が見える。

 

「お前は軍人か。一体ここでなにがあった?」

 

「数日前の話さ。おかしな傭兵団が攻めてきたと思ったらあっさり逃げていったんだ。俺達はそれを笑って見てたが今にして思えば、その時全力で逃げとけばよかったよ。

 次にやって来た奴らは前とは比べ物にならない重装備に身を固めてた。信じられるか? 強化外骨格まで持ちだしてバルカン砲や連射式ロケット弾、レーザー砲をしこたまに撃ちこんでくるんだ。

 装甲車どころか戦闘ヘリまで落とされて、あっという間に追い詰められた。敷地は連中に包囲されたから、俺はこの下水道に隠れてやり過ごそうとしていたんだ。

 ここにもミュータントが出るって話だが、あの傭兵部隊よりはマシだ」

 

 そういうと彼は再びタンクの下に戻ろうとする。本気でしばらくここで立て篭もるらしい。

 

「ナイトクローラーはこの前に進んでいるのか?人数はわかるか」

 

 タンクの下から声が響く。

 

「ああ、何人分かの足音は聞こえた! 奴らはミュータントも皆殺しにしながら進んでる! もういいだろ、俺のことはほっといてくれ!」

 

 この様子では道案内は頼めそうにない。

 フィアーは溜息をつくとタンクのある部屋から外にでた。

 その先にあったのは更に地下へ潜るための螺旋階段だった。

 上を見上げると、微かに陽の光が見える。恐らくあそこもマンホールになっているのだろう。

 ただし螺旋階段は上にも伸びているがマンホールに到着する前に崩れているので、ここから外に出るのは不可能だ。

 

 足音を立てないようにゆっくりと鉄製の螺旋階段を慎重に降りていく。

そして階段の半ばで、撃ち殺されたブラッドサッカーの死体を発見した。 

 ブラッドサッカーがいくら透明化しようと、ナイトクローラーは熱源探知もできるアサルトライフルを装備している。恐らく光学迷彩で隠れている所を赤外線探知で感知されて、蜂の巣にされたのが容易に想像できた。

 

 このZONEで恐れられているブラッドサッカーですら、ナイトクローラーの前ではこれだ。

 

 降りていく途中で階段脇にも小さな小部屋があるのでそこにも注意を払う。それで気がついたのだが、小部屋や階段の壁面にところどころペイントスプレーを使った×マークが書き込まれていた。

 ナイトクローラーの制圧済みを表すマークだろうか。

 

 階段を降りきった後はその先は曲がりくねった細い通路になっていた。曲がり角が多いため視線が通りにくく、白熱球も切れかけているのか光が弱々しい。

 奇襲とトラップを警戒して通路をゆっくりと進んでいく。二回ほど曲がった所で今度は通路の幅が一気に広くなった。天井も高くなり、照明も強い。 

 ただし見通しが良すぎるため、戦闘には逆に向いていない。しかもその通路の至る所には毒の沼とも言うべき化学反応を起こすアノーマリーが発生していた。

 

 戦闘中、迂闊にここに足を踏み込めばそれだけで足を無くす覚悟を決めなければならない。

 そして通路には横道がいくつかあり、そこにも例のスプレーで制圧済みのマークが書かれている。この通路はそれぞれが小部屋や別の通路に繋がっているのだろうか。こればかりは自分の目で確認しないとわからない。

 

 厄介なことに広い通路はゆったりとしたカーブを描いており、突き当りがどうなっているのかも不明だ。

 構造が単純なら推測することもできるが、どうもこの施設の間取りは判りづらい。

 フィアーはナイトクローラーの動向を探るために、広くなった通路に出る前に、一度狭い廊下に身を引くと銃を側に置き、跪いて耳を直接地面に当てた。

 地面の振動を通して、ナイトクローラーの足音を捉えようとしているのだ。

 

 いた。

 

 発達した彼の聴覚は、この施設内で動く者達の足跡を確かに感知した。

 地下ということもあり人数も何をしているかは不明だが、足音からしてまるで何かを探しているように思える。

 その動きから見るに今はさほど警戒はしていないようだ。

 当然だ。ここに来るまでの敵性勢力は彼らが全て殺し尽くしたのだから。あの軍人の様に生き残りがいたとしてもあの戦力差では追撃しようとすら思うまい。

 つまり今は、奇襲を仕掛けるには絶好の機会ということだ。

 銃のセイフティを外しておいて良かったとフィアーは思った。彼らならセイフティを解除する音にすら敏感に反応するだろうから。

 

 狭い通路から広い通路へ音もなく飛び出し、横道への出入り口に張り付き、曲がり角を確認するための小型のハンドミラーで内部を確認する。

 敵に気付かれないようハンドミラーで覗いたのも一瞬だったが、それで確認できた事はいくつかあった。

 

 横道の先は小さな小部屋になっていた事。

 そして小部屋の中には、紅い縁取りがされた漆黒の戦闘服で全身を包んだ兵士が二人。 その手にはG36をベースにし、様々なモジュールを取り付け、原型がわからなくなるほどのカスタマイズを施されたアサルトライフル。

 頭部はヘルメットと一体化したガスマスクと光学、暗視、赤外線の各種機能を持つ複合式ゴーグルで覆われており、前述の装備と相まって人間的な要素を全て排除したかのような外見。

 間違いなくナイトクローラーの兵士だった。

 

 ようやく追い付いた。

 

 フィアーは胸の中で呟く。

 一人でもいい。

 彼らを確保しなければならないが、それが難しい事も同時に理解している。

 ナイトクローラーが厄介なのはその戦闘力もそうだが、任務の為には仲間だろうと即座に切り捨てるその非情さと、例え切り捨てられても任務を果たそうとするその精神だ。

 捕虜を得ようと半端な攻撃を仕掛ければ、それが隙となって致命的な事になる。

 加減できるとすれば奇襲を仕掛けることの出来る最初の一人か、最後の一人。

 

 このナイトクローラーはツーマンセルで動いている。

 奇襲が上手くいって一人を戦闘不能にしても、もう一人から反撃を食らうか、確保した捕虜を殺害されることになる。

 ナイトクローラーは他にもいるのだ、初戦でもたつけば折角の奇襲効果も台無しだ。よってフィアーはこの二人は即刻で殺害することに決めた。

 ナイトクローラーの戦闘服は防弾繊維と防弾プロテクターの組み合わせで、確かに頑丈ではあるが、無敵ではない。

 彼らの戦闘服も小銃弾の連射には耐え切れないのをフィアーは経験から理解している。

 

 突入に先んじて彼らが何をやっているかを探るため、もう一度ミラーを使い内部を覗き見る。

 どうやら小部屋の先には更に出入り口があるようで、ナイトクローラーの兵士達はそちらを見ていた。

 だがこちらを振り向くのはタイミングの問題だろう。突入するなら今しかない。

 フィアーは即断すると、小部屋内部に突入した。

 突入と同時にスローモーを使い、知覚を拡大させる。

 文字通りスローモーションになった視界には、こちらに気づき向き直ろうとするナイトクローラー兵士。

 

 だが遅い。

 

 AK74Uをフルオートで掃射。放たれた銃弾は至近距離ということもあり、凄まじい集弾性で二人の兵士の頭部へ次々と突き刺さる。

 いくら頑丈といえどヘルメットでライフル弾は防げない。

 作戦行動中に情報を少しでも漏らさぬ様、彼らのマスクにはボイスチェンジャー機能が付いている。

 そのボイスチェンジャーを通して電子加工された悲鳴が彼らの口から一瞬漏れて、すぐに消えた。

 しかし悲鳴はすぐに消えても、AKの銃声はこの地下施設内に派手に鳴り響いた。

 フィアーの無線機は前回の作戦行動中で得られた情報を元に、彼らが戦闘時に使うであろう無線周波数を拾うように調整がしてあった。フィアーの上司にあたるベターズの考えだったが上手くいったようだ。

 無線機に他のナイトクローラーの無機質な声が幾つか飛び込んでくる。

 

『敵襲か?!』

『AKの銃声だ。総員戦闘態勢に移れ』

『ポーン3とポーン2のバイタルが消失している』

『銃声はAKだ。方角からして軍の追撃部隊か。返り討ちにするぞ』

 

 ナイトクローラーの反応は概ね冷静で隙がなく、可愛げの無いものだった。

 素直に慌てふためいてくれる分バンディットの方がマシだ。

 そんな事を思いながらフィアーはスローモーを解除し、AKのマガジンを交換すると、小部屋の先の出入口に向かい、その先をミラーで確認する。

 小部屋の先もまた広い通路になっていた。どうやら先ほどフィアーが侵入してきた方の通路と平行している作りになっている様だ。

 

 その通路には遮蔽物として木箱がバリケードのように無造作に置かれており、数人のナイトクローラーがそれらを盾に半身を隠しながらこの小部屋の出口に銃口を向けている。

 フィアーは旧式の手榴弾を胸から外して安全ピンを引き抜くと、通路に、正確には通路の壁に向かって角度を計算しつつ投擲する。

 壁で跳ね返った手榴弾は木箱を飛び越え、ナイトクローラー達の真後ろに着地した。

 電子的な罵声が爆発音にかき消される。

 ついでに侵入してきた方からの通路からの挟撃に備えて、そちらにも手榴弾を一つ投げておく。

 これで数秒から数十秒は、あの通路から突入することを躊躇うはずだ。

 間髪入れずにフィアーは最初に手榴弾を投擲した通路へと突入する。

 

 予想通り射撃はなかった。

 あの爆発で通路のナイトクローラー達は全滅か戦闘不能に陥ったらしい。

 フィアーの無線機に飛び込んでくるナイトクローラー達のやり取りに微かに動揺と罵声が混じってきた。

 木箱のバリケードとナイトクローラーの死体を乗り越え、ついでに息のあったナイトクローラー隊員に止めの銃撃を撃ち込んで更に進むと又、小部屋への入り口があった。

 丁度そこから銃を構えたナイトクローラー隊員が出てくる。

 相手よりも早く照準をつけて発砲。

 腹部、胸部、頭部を連続して撃たれたその隊員は手にした銃を乱射しつつ倒れこんだ。

 続いて手榴弾をその隊員が出てきた小部屋の入り口に放り投げる。

 

 『グレネード! 退避!』

 

 直後、手榴弾が炸裂するが、敵の避難は間に合った様で被害はないようだ。

 だが無駄ではない。これで数秒は稼げた。

 自ら炸裂させた手榴弾の爆煙の中を突っ切って小部屋に突入する。

 当然だが敵は居ない。このチャンスにAKのマガジンを交換しつつ室内を見回した。

 その小部屋も先の小部屋と同じく反対側―――先ほどフィアーが突入してきたほうの通路への出入り口があった。

 これがなければあの小部屋のナイトクローラー隊員は逃げ道を得られず全滅していただろう。

 

 ミラーで通路先を確認。小部屋から逃げ出し、態勢を立て直そうとしている3人のナイトクローラー隊員の存在を認めると、ミラーを仕舞う間も惜しんで放り捨て、スローモーを発動。

 フィアーは反対側通路へと飛び出すと同時に、ナイトクローラー達に向かってAKのマガジンの残弾全てを叩き込んだ。

 ここには先の通路と違ってバリケードになるようなものはない。よって撃ち合いは純粋に反射速度と精度を競う事になる。

 だが普通の人間では、スローモーを発動させたフィアーと真っ向から撃ちあって勝つのは不可能だ。

 2秒後には三人のナイトクローラー隊員は全員撃ち殺されて地に伏していた。最後の一人が倒れると同時にスローモーを解除。

 

 『ポーン6、7,8まで殺られた。敵は何人いる?』

 『ポーン11とポーン10は退路を確保。挟撃に備えろ』

 

 再び小部屋に戻りAKのマガジン交換をしながらナイトクローラーの無線を傍受する。

 ありがたい事にナイトクローラーはこちらを多人数だと誤解してくれているようだ。

 こちらが単独と気づかれると数で一気に押し潰される可能性があったが、挟撃を警戒している今ならない。

 

 再び通路に飛び出そうとして、フィアーは気づく。短期間で連射を繰り返したためAKの銃身が過熱し始めている。後一つか二つマガジンを撃ちきれば暴発しそうだ。

 フィアーはAKを諦める事にした。代わりの武器はこの先に転がっているからだ。

 先ほど放り出したミラーを拾い上げ、念入りに通路の先を確認する。

 この先の通路は終点になっており、左右の壁それぞれに一つづつ横穴のような出入り口がある。

 ナイトクローラー隊員の姿は通路には無いが、左右の出入り口には間違いなくナイトクローラー隊員が張りついているだろう。

 

 フィアーは通路に出ると、過熱したAKを左右の出入り口に向けてフルオートで斉射する。

 敵が出てくるのを思いとどまらさせるための威嚇射撃だ。

 弾が切れると同時に銃身から煙を吹き始めたAKを捨て、先ほどフィアーが射殺したナイトクローラー隊員の死体からアサルトライフルを拾い上げ、ついでに彼の胸に取り付けられていた手榴弾―――ATC社の最新のもの―――を頂く。

 

 この手の行為はオーバーンでもよくやっていた事なので手慣れたものだ。

 そして拾い上げた手榴弾を右の横穴に放り込み、その隙に左の横穴に突入しようとしたその時だった。

 突入しようとしていた左側の横穴からと獣のような雄叫びと変声機越しの罵声、そして銃声が連続して響き渡る。

 

『こちらポーン10! ブラッドサッカーだ!2体!』

『ポーン10とポーン11はそちらを始末しろ! 追撃部隊はこちらで足止めする!』

 

 どうやら激しい戦闘音がこの地下トンネルの先住民を呼び寄せてしまったようだ。

 続いて右の出入り口からこちらへの牽制か、この通路に向かって手榴弾が投げ込まれる。

 フィアーは常人離れした脚力で足元の死体を手榴弾に向かって蹴り上げ、素早く残った別の死体の影に滑りこむように隠れる。

 蹴り上げられた死体は手榴弾の上に落下。同時に手榴弾が起爆。

 破片効果よりも火力を重視したタイプのその手榴弾の爆発により、死体は一瞬で血煙になるも威力は大幅に減衰され、死体を盾にしたフィアーには対した影響を与えることは出来なかった。

 すぐさま立ち上がるとフィアーは爆炎を突っ切って右の横穴に突入する。

 まさか手榴弾の起爆直後に敵が突入してくるとは思わなかったのだろう。

 内部の小部屋で待ち構えていた2名のナイトクローラー隊員は、明らかに反応が遅れていた。

 

『軍じゃない!?』

『まさかこいつ……!』

 

 もっとも反応が遅れたのはこちらの外見に気を取られていたのもあったようだが。

 そしてフィアーの前で僅かでも隙を見せるのは死を意味する。

 突入と同時、横に薙ぎ払うように撃ち込まれた掃射に、ナイトクローラー隊員2名が纏めて撃ち倒される。

 同時にアサルトライフルの残弾が切れる。

 拳銃を引き抜き、倒れこんだナイトクローラー隊員の頭部に念の為、一発ずつ止めの銃撃を撃ちこむ。

 

『ポーン10だ。ブラッドサッカーを始末した。ポーン4、そちらの状況はどうなっている? ……糞!ポーン1へ! ポーン4と5のバイタルが消えている! この進撃速度は軍じゃないぞ!』

『……ポーン1から全隊員に告げる。本隊がいない今の戦力では太刀打ちできん。離脱するぞ』

 

 敵はとうとう撤退の決意をしたらしい。

 どうも敵の主力は既に居ないようで、ここに残っているのは調査目的の小規模なチームの様だ。

 だからこそここまでスムーズに攻撃が成功したのだろう。

 ここに軍を撃破した主力部隊がいればこんなものでは済まなかった筈だ。

 敵の戦力が不明だったため加減もせずに皆殺しにしてきたが、撤退させるほど敵の戦力をすり潰した今ならナイトクローラーの隊員を捕えるには絶好の機会でもある。

 

 フィアーは足元に転がるナイトクローラー隊員の装備からアサルトライフルの予備マガジンをいくつか拾い上げると、弾切れになったアサルトライフルに装填し、残りは必要なくなったAKのマガジンをポケットから捨て、代わりにアサルトライフルの予備マガジンを空いたポケットにねじ込む。

 そして小部屋から先ほどの通路に戻ると、ミュータントと思わしき咆哮が聞こえてきた左の横穴に突入した。

 

 突入した先は通路よりも更に広い空間だった。

 

 複数のポンプや地下下水道の排水用の大型機械が広大な空間に一列に並んで置かれており、その奥に別の部屋へと続く通路があるようだ。

 しかしそこにはナイトクローラーの隊員の姿はない。

 代わりに射殺されたブラッドサッカーの死体が二つ転がっていた。

 それに一瞥を向けるとフィアーは速度を緩めること無く奥の通路に入る。

 通路内部は人が二人並んで通れるかといった狭さで、先の通路と同じく至る所に猛毒のアノーマリーが湧いており、その奥に上へと登る螺旋階段があった。

 

 そこを登って撤退しようとしているナイトクローラー隊員の姿を確認したフィアーは、その脚に向かってアサルトライフルによる銃撃を叩き込む。

 今まさに階段を登り切ろうとしていたナイトクローラー隊員は、脚に銃撃を喰らって悲鳴を上げながら階段から転がり落ちた。

 彼にとって不運だったのは階段から落ちた先に猛毒のアノーマリーがあったことだ。

 

 緑色に発光する沼のような毒のアノーマリーに頭部から落下した彼は、電子加工された凄まじい絶叫を上げた。

 生半可な銃弾をも跳ね返す強度を持つ戦闘服も、猛毒のアノーマリーの前には無意味だった。

 瞬く間に戦闘服が中身諸共溶解し、黒い防弾繊維と血の色が交じり合ったピンク色の肉塊へと変わっていく。

 そしてその肉塊も数秒足らずで溶解し、緑色の沼へと溶けこんでいった。

 まるで底なし沼の様に。

 

 あくまで脚を撃って生け捕りにしようと考えていたフィアーは、予期せぬ惨事に一瞬だが呆然とする。

 しかし上から足音が聞こえると、頭を振ってすぐに追撃に向かう。

 足音から推測するに恐らく残りの隊員は一人と言った所か。

 相手が一人なら予期せぬ事故が起きぬ限りは、確実に無力化できる自信がある。

 トラップを仕掛けている暇はないだろうと判断し、一気に階段を登りきる。

 階段を登り切った先は一番奥に何らかの下水処理施設が鎮座しているほか、コンクリート製の柱が乱立し、木箱が部屋中に放置されている広めの部屋になっていた。

 その部屋の出入口は左右に二つ。

 どちらに逃げたのかと判断に迷ったその時、左の通路から手榴弾が投げ込まれる。

 

 それに対するフィアーの反応は迅速だった。

 手榴弾を視認した瞬間、反射的にスローモーを発動させ、手榴弾を狙い打つ。

 手榴弾は後方に―――即ち出入口の中に押し返されつつも、爆発。

 出入口の奥から爆音とくぐもった悲鳴が聞こえてくる。

 

 殺してしまったか。

 

 反射的に撃ち返したことを後悔しながら、フィアーは手榴弾を押し戻した出入口に向かう。

 出入口の先はまたしても通路になっており、その通路の終点は地上に続くマンホールの蓋へ登る為の梯子がかかっていた。

 その通路の半ばでナイトクローラー隊員は倒れていた。

 僅かに痙攣している所をまだ生きているようだ。どうやら辛うじて一命は取り留めたらしい。

 もしあの手榴弾をやり過ごされていたら、逆にマンホールから地上に逃げられていただろう。

 そうなると土地勘のないこちらは、ナイトクローラー隊員を取り逃がしていた可能性が大きい。

 

 フィアーは安堵の溜息をつくと、ナイトクローラー隊員に歩み寄っていった。

 

 その瞬間、異常なまでの鬼気がフィアーの全身を突き抜けた。

 反射的に歩みを止めるがそれは正しかったと言えよう。

 なぜなら地下道の突き当りの地上へのマンホールが僅かに開き、そこから複数の手榴弾が落下。それらはスーパーボールのように大きく跳ねながら、こちらに向かってきたからだ。

 フィアーは全速で身を翻すと、先の部屋へと弾丸のように飛び込んだ。

 続いて先の通路から立て続けに爆破音。この地下施設全体が揺れるほどの衝撃が数秒に亘って続いた。 

 

 ―――やられた。

 

 フィアーの内を満たすのは悔恨だった。

 ナイトクローラーは小規模のチームが全滅した時に備えてか、更に証拠隠滅の為の人材も用意していたらしい。あれだけの手榴弾が炸裂すれば、あのナイトクローラー隊員は即死だろう。

 しかも今の殺気には覚えがある。

 

 精鋭揃いのナイトクローラーの中でも更なる最精鋭。

 薬物と遺伝子強化によって、自分と同じスローモーを手に入れたナイトクローラーのエリート隊員だ。

 先日での戦いで随分と数を減らしたつもりだっただが、まだまだ残っていたらしい。

 

「こんな僻地へようこそF.E.A.R.。部下のバイタルが次々と消えていくから何事かと思えば……お前相手では荷が勝ちすぎていたか」

 

 未だ粉塵が収まらなぬ通路の奥から、ナイトクローラーエリートが無機質な変声機越しに語りかえてきた。

 滅多にない事だ。奴らから声をかけてくるとは。

 フィアーは情報収集の為に彼らのお喋りに付き合うことにした。

 

「恐怖はどこまでも追いかけていくものだ」

 

「本当に怯えているのは貴様らだろう。たかだが遺伝子データ一つにここまでやってくるとはな……。もっとも遺伝子一つでここまでの損害を受けた我々も笑えないな」

 

「大人しく返せば命だけは保証してやるが」

 

「それがF.E.A.R.流の冗談か?ここまでかけて手に入れた以上、投資に見合ったリターンを手に入れてみせるさ。既に次のスポンサーには目処がついてる」

 

 話しながらも声の出処か少しづつこちらに近づいて来ているのがわかる。

 奴が顔を出すであろう通路の出口まで……あと3メートル……2メートル……1メートル……。

 

「だが、まずスポンサーに話を付ける前にお前を始末しないとな」

 

 何の気負いもなく放たれた言葉と共に、見張っていた出入口から手榴弾がフィアーのいる部屋へと放りこまれる。

 既にスローモーを発動させていたフィアーは、その卓越した反射神経で手榴弾に銃の照準をあわせ、そして引き金を引こうとした瞬間ハメられた事に気がついた。

 手榴弾の安全装置は外されてはいなかった。ブラフだ。

 もっとも相手が投擲された手榴弾の表面に書いてある文字すら読めるフィアー相手だからこそ、成立したブラフなのだが。

 

 それで稼いだ時間は僅か1秒にも満たない。

 しかしナイトクローラーエリートはその時間で既に行動を開始していた。

 彼は手榴弾を地面に転がすように放りこみ、フィアーの視線を下に誘導すると本人は出入口の上部からまるで蜘蛛のように、壁を這うようにして部屋内部に侵入。

 そのまま出入口の上部の壁に登ると壁を蹴って、別のコンクリート製の柱に飛び移りその陰に身を隠した。

 この猿のような軽業も、スローモーが使えるナイトクローラーエリートだからこその動きだ。

 

 だがその程度の動きも同じくスローモーが使えるフィアーを欺くほどではない。

 逃げ込んだ柱の影に手榴弾を放り込み、即座に銃撃を撃ち込み暴発させる。

 爆炎が柱を飲み込む。

 

 「お返しだぜボーイ」

 

 その変声機越しの言葉は側面から聞こえた。

 

 そちらに視線を向けると、いつのまにか横手の壁に器用に脚と片手一本で取り付いて、自身を中空に貼り付けているナイトクローラーエリートがそこにいた。

 鎧のような漆黒のボディアーマーを着こみ、下半身はサーコートを思わせる分厚い防弾布で覆っている。

 頭部もゴーグルとガスマスクと一体化した黒いヘルメットで覆われ、その瞳も紅い光を放つ5つのカメラアイに隠されており、その表情を伺うことはできない。以前のナイトクローラーエリートはもっと軽装だったが、今回は随分な重装備だ。

 

 だが悠長に観察している暇など無かった。なぜなら彼の片方の手からは、今まさにその手に握られていた三つもの手榴弾がこちらに向かって投げつけられる所だったからだ。

 全力で地面を蹴って部屋の中央にある下水処理施設の影へと飛び込む。

 飛び込んだ瞬間、凄まじい爆音が立て続けに炸裂し、粉塵と噴煙が部屋を覆った。

 

 並みの人間ならこの轟音だけで暫く行動不能になるほどだろうが、フィアーにしろ相手にしろそんな隙を見せるほど甘くはない。

 耳鳴りが響く中、頭上に気配を感じたフィアーは咄嗟にライフルを上に向けて掃射した。

 舌打ちと共に黒い影が天井を飛び、ライフルの火線を回避してまた柱の影に消える。

 その動きを見て分かっていたことだが、ナイトクローラーエリートの身体能力は自分のそれをも上回るということを再認識する。

 流石のフィアーも重装備を身に纏いながら、あれほどまでにアクロバティックな動きをするのは難しい。

 こちらに有利な点があるとすればスローモーだろう。

 どういった理由かは不明だが彼らのスローモーの効果は自分のそれより劣るようだ。

 純粋な銃撃戦ならばこちらに分があるとわかっているから、相手も立体的な動きでこちらを翻弄して射撃戦を避けようとしているのだ。

 

 フィアーはライフルを片手で構えると、残った片手で腰のソードオフショットガンを引き抜いた。

 ソードオフに装弾されているのはショットガン用の榴弾だ。

 それをナイトクローラーエリートが隠れているコンクリート製の柱に、向け―――僅かに照準をずらして連射。

 二つの榴弾がコンクリートの柱の至近距離で弾けて、衝撃波と無数の破片をまき散らした。

 ショットガン用というだけあって威力は小さい。効果範囲も数メートルといったところか。

 もしコンクリートの柱に直接叩き込んでも頑丈な柱に対しては破壊も貫通もできなかっただろう。

 

 しかし。

 その付近に撃ち込み、破片をばら撒けば柱の影に潜むナイトクローラーエリートをあぶり出すには充分な威力があった。

 至近弾の余波を受け、粉塵に紛れて黒い影が柱から飛び出す。

 並みの人間ならそれも見逃していたであろうが、フィアーは完全にその動きを捉えていた。

 片手で構えた自動小銃から火線が放たれ、疾走するナイトクローラーエリートの胸へ数発が着弾する。

 胸を撃ち抜かれてバランスを崩したナイトクローラーエリートは転倒したかに見えたものの、前転してその勢いを利用し、もう一つの部屋の出入口へと飛び込んでいった。

 

 敵を仕留め切れなかった事に対して、フィアーは小さく舌を打った。

 どうやら彼らのボディアーマーの頑丈さを甘く見ていたらしい。ライフル弾の直撃にも耐えるとはちょっとした強化外骨格並みの強度だ。

 しかも彼が今飛び込んでいった出入口はフィアーがやって来た方でもなければ、地上へのマンホールがあるほうの出入口でもない。

 まだ彼が探索していない部分への出入口だ。

 既知の場所に逃げられるならまだしも、完全に未知の場所に逃げられるのはリスクが大きい。

 

 長期戦になることを覚悟したフィアーは一旦下水理設備の影に身を隠すと、スローモーを解除して息をついた。

 途端に頭痛と悪寒が襲ってくる。スローモーを使用しすぎた代償だ。

 フィアーは腰のウエストポーチから薬物のアンプルを取り出すとそれを静脈注射する。

 中身は一種の興奮剤だ。この手の薬物をフィアーが使うと、スローモーの使用効果時間が飛躍的に伸びる他、スローモーの反動を和らげることができる。

 

 余り使いたくはないのだが、自身と同じスローモー使いが相手ではそうも言ってられない。

 スローモーの副作用が消えたことを確認すると、手早くソードオフショットガンに再び榴弾を装填する。

 ライフル弾をも防ぐあのボディアーマーには最新鋭のアサルトライフルより、この骨董品のほうが頼りになるだろう。

 機械の影からナイトクローラーエリートが消えた出入口に一瞥を向ける。

 すると入り口の影からナイトクローラーエリートの手が現れると、ほんの一瞬だけ手招きして再び影に消える。

 

 上等だ。

 

 あからさまな挑発にフィアーの闘争心に火がつく。薬を使ったせいかもしれないが。

 自動小銃とソードオフをそれぞれの腕に構えて、彼は地獄への入り口に突撃した。

 

 




 作中のマップの作りとかは基本ゲームのマップに沿ってます。
 そしてようやくナイトクローラーの登場。
 エリートにはスローモーよりも異常なタフさに泣かされました。
 今回のナイトクローラーエリートの装備は初期のコンセプトアートの黒コートバージョンを採用。
 強そうだし格好いいのでZONE仕様の装備ということにしました。
 そのコンセプト絵は海外のFEARwikiとか漁ると見れます。
 FEARのコンセプトアートは敵役がどいつもこいつもかっこよくて素敵です。

 
 そしてZONE観光案内でも。
 この地下道はS.T.A.L.K.E.R.SOCで最初に潜る地下であり、初めてさっちゃんとGパンに遭遇する怖い場所。
 こいつらと戦った後、軍人と出くわすとホッとします。
 アノーマリーだらけで迷路みたいに複雑というか面倒くさい構造です。
 
 たまにバンディットがここを拠点にしてたりするが、こいつらよくこんな怖い所で寝泊まりできるな……。
 後、地下で途中で会った軍人はS.T.A.L.K.E.R.一作目のこのマップのサブクエストに出てくる脱走軍人のオマージュです。いや知るかそんなもんって感じですが、言わないと多分永遠に気付かれないと思って言いました。
 
 そして小物紹介。
 フィアーやナイトクローラーが使うアーマカム製手榴弾の紹介。こいつはF.E.A.R.のゲーム内で使用されてる手榴弾です。
 ゲームの設定だとフラググレネード。
 つまり破片手榴弾と明記されてるんですが、ゲームだと殺傷半径が狭く敵の至近距離で炸裂させると文字通り血煙になる派手な殺しっぷりなので、作中だと爆圧で殺傷するタイプだということに変更してます。
 実際敵をこいつで血煙にするとガッツポーズ取りたくなります。

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