大暴れの転生者   作:月光花

4 / 5
感想で続きを望む声が有り、相変わらずの気まぐれ&息抜き更新ですけどvivid編を書きました。

ちなみに読まれる前に……

息抜き小説なんで設定に多少のガバガバがあったり急展開なんてことになっても多少はご容赦ください。

登場するオリ主は灼眼のシャナの『カムシン・ネブハーウ』の能力や人格をモデルにしたモドキなので、こんなのカムシンじゃねぇ、というのを前提に考えてご覧ください。

あのクールな人を上手く再現するなんて、私には無理だったんや。

では、どうぞ。



特技? 広域破壊です 続 その1

  Side Out

 

 第一管理世界、ミッドチルダ。

 

かつて起こった都市全体を巻き込んだ大型テロ……通称『JS事件』が終息してから既に4年の月日が経過し、世の中は落ち着きを取り戻しつつあった。

 

今では影も形も残っていないが、レジアス・ゲイズ中将の死亡を始め、時空管理局……いやミッドチルダという都市は深刻なダメージを受けた。

 

ジェイル・スカリエッティの所有していた私有戦力『ナンバーズ』や古代ベルカのロストロギア『聖王のゆりかご』により建築物や人員の損害。

 

同様にインフラもボロボロとなり、都市機能がマトモに復活するまでは避難用に解放されたシェルターや避難所が一般市民の住居スペースだった。

 

幾つもの困難を乗り切って普段通りの生活を取り戻すことが出来たのは、やはり人の強さあってこそだろう。

 

様々な専門家や民間人の積極的な協力が無ければ、建築物の修理や瓦礫の撤去だけで管理局の人員は殆どが過労死を迎えていたに違いない。

 

そして、どんな苦難が訪れても世界には必ず朝がやってくる。

 

苦難を乗り越えた者にも、心や体に未だ癒えぬ傷を抱える者にも……一生癒えることのない傷を負ったものにも。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 朝の日差しが訪れ、小鳥の鳴き声が静かな街中に遠くまで響く。

 

そのどちらかが原因か、あるいは体に染み込まれた生活リズムによるものか、少年はベッドから身を起こした。

 

ニキビ1つ無い褐色の肌に感情をあまり感じさせない栗色の瞳、寝ている間に少々乱れた栗色の髪を視界の端に捉えながら少年は徐々に意識を覚醒させる。

 

その気配を察してか、ベッドの隣の机に置かれていたガラスの飾り紐の姿をしたデバイスから声が聴こえる。

 

『ふむ、目が覚めたか。普段通りの起床時間を守れて実に感心』

 

「ああ、おはようございます。ベヘモット」

 

自身の半身とも言えるパートナーに挨拶を返し、少年……シン・エルファールは1日の始まりを改めて認識した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 シンは起床してすぐに制服に着替え、脱いだパジャマは綺麗に畳んで棚の中に仕舞う。

 

最後に鞄を手に取ってベヘモットを左手の手首に付け、シンは自室を出て一階へと降りる。

 

階段を降りた先の居間には、“いつも通り”誰もおらず、静寂だけしかなかった。

 

別段、その光景に大した理由は無い。

 

「ああ、おはようございます。父さん、母さん」

 

挨拶を口にする視線の先には、今よりもかなり幼いシンを抱きしめる女性とその肩を抱く長身の男性が写る写真があった。

 

そう。単純な話、この家にはシン以外の人間が住んでいないだけだ。

 

『ふむ、そう言えば今日の学業は始業式だけで終了であったな』

 

「ああ、そうですね。せっかくですし、帰りに騎士カリムへご挨拶に行こうかと思います」

 

『ふむ、それと両親の元にも報告に寄るのが良かろう』

 

「……ああ、そうします」

 

慣れた手つきで朝食の調理を行いながらベヘモットと共に1日の予定を確認するこの時間は、既にシンにとっては変わらない日常の1つだった。

 

JS事件にて両親を失い、1人暮らしを始めて既に4年。

 

誰にも知られていないことだが、シン・エルファールにはJS事件の際に両親を失った怒りで単身でジェイル・スカリエッティのガジェット群と管理局員の戦闘に乱入した過去がある。

 

詳細は省くが、前世にて死を迎えた際に神と名乗る存在から貰った力を思う存分に発揮してスカリエッティの戦力の多くを叩き潰した。

 

最終的には聖王のゆりかごに壊滅的な被害を与えるまでに至ったその力は、恐らく歴戦の魔導師や騎士でさえ及びもしない程に無双と呼べるものだろう。

 

だが、恨みを晴らして両親の死に長く多くの涙を流したシンは自分が何をしたのかよく理解していた。

 

いくら相手がテロリストで、結果的に管理局員を守ったとはいえシンのやったことはいたずらに戦場を混乱させる妨害行為だ。

 

罪状に照らし合わせれば色々出てくるだろうが、分類的にはテロリストと相違無いだろう。

 

しかも、シンの使った力……偽装を始めとする超強力な魔法は管理局にとっても非常に魅力的な力に映る。

 

下手をすれば、罪によって身柄を拘束されてそのままモルモットに……なんて結末も有り得る。

 

だからこそ、シンは多くの者が求めて羨むであろう偽装の魔法をただ一度の使用を終えたら封印すると心に誓った。

 

ベヘモットも、その意思を尊重して同意している。

 

まあ、とにかく。

 

シンは自分の力を極力隠して生きていくことを決め、今ではそれなりに落ち着いてきた。

 

今の家もミッドチルダの魔法技術によって1人暮らしでも簡単に維持が出来るよう手が加えられている。

 

埃ゴミや生活用水、ガス周りやセキュリティーなどをシステムが自動的に調整・整備してくれるので、ある程度の家事スキルがあれば子供が1人で暮らしても特に苦は無かった。

 

「……ああ、そろそろ時間ですね」

 

食器と調理器具を全て洗い終え、シンは壁に掛けられた時計を見て制服の上着に袖を通す。

 

窓の鍵の戸締りと電気の消し忘れなどが無いかを確認し、シンは鞄を持って玄関に向かう。

 

「ああ、行ってきます。父さん、母さん」

 

写真に写る両親に声を掛け、シンは家を出て自分の通う学院……St(ザンクト)ヒルデ魔法学園中等部へと登校した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「ごきげんよう、今年もまた同じクラスで嬉しいよシン」

 

「ああ、ごきげんよう。私も嬉しく思います、レシウス」

 

校門前に配置されていたクラス表に目を通して教室に入り、シンは自分の席の配置を確認する。

 

その背中に、短い金髪を揺らす1人の少年が微笑みながら声を掛けてきた。

 

背丈が同年代の中でもかなりの小柄に入るシンとは対照的に、その少年の背丈は歳不相応に高い。170はあるだろう。

 

少年の名は、レシウス・ベルネスト。

 

優秀な騎士を代々選出するベルカの名家、ベルネスト家の長男であり、この学院においてシンの一番の友人である。

 

この学園が運営を再開する少し前に知り合い、少々のいざこざを経てからはシンの友人として気さくに接している。

 

はたから見ると、2人の話す様子は背丈の関係もあって歳の離れた兄弟のように見える。

 

だが、実際には同年代の彼等の会話に遠慮や無く、レシウスは嬉しそうに話を進める。

 

「そういえばシン、選択授業は何にしたんだい? 今年から赴任される応用魔導学の先生はかなり有名な学者だそうだよ」

 

「ああ、それは嬉しいことですね。私は、応用魔導学の他にデバイス工学を選択しました」

 

嬉しいと言いながら淡々とした口調で話すシンの言葉にレシウスは苦笑を浮かべる。

 

「アハハ……戦闘訓練の授業は受けないんだね。やはり、デバイスマスターを目指すつもりなのかい?」

 

「ああ、それか無限書庫の司書官でしょうか。資格は持っていますし」

 

魔法という前世では知り得なかった技術のせいもあってか、知識欲の強いシンはよく図書館や無限書庫に足を運ぶ。

 

その際、無限書庫に入る度に毎回毎回申請書類を提出するのに嫌気が差して司書の資格を取ったのだが、当時まだ初等部だった自分のような子供が司書の資格試験に合格したのはかなり異例のことだと理解して後悔したのは記憶に新しい。

 

「僕としては正直勿体ないと思うよ。キミの武術の腕なら聖王協会でも管理局でも引く手は数多くあるだろうに」

 

「ああ、中等部1年生の時点でAAAランクの実力と評価を持ったアナタに言われも実感が湧きませんね。それに、私が武術をやっているのは強さを求めてのことではありません」

 

「分かっているよ、そのレアスキル(怪力)を制御する為だろう。でも、3年前自分の才能に溺れていた僕の鼻っ柱をデバイスのフルスイングでへし折ってくれたキミの実力を知っている身としては、どうしても惜しく感じてしまうんだよ」

 

何処か皮肉めいた言葉だったが、口にするレシウス本人の顔は楽しい過去を思い出したような晴れやかなものだった。

 

管理局の戦闘に乱入したあの日以来、強い怒りが何かのトリガーにでもなったのか、今まで頭の中でスイッチを切り替えて使用していたシンの能力の1つの『怪力』が何故か上手く制御出来なくなった。

 

流石にこのままではいかんと思ったシンはカリムに『怪力』の能力を話し、レアスキルとして登録してもらうと共に改善の稽古を付けてくれそうな武術道場を紹介してもらった。

 

結果、シンの『怪力』はレアスキル『オーバーロード』と名を改め、シンはカリムに紹介してもらった道場で1年の修行を積んでレアスキルの制御を可能にした。

 

本当の話、レシウスはシンに感謝の想いはあれど恨みの感情など1つも無かった。

 

手痛い敗北によって自分を見詰め直すことが出来たからこそ、あの時よりも強くなれたのだとレシウスは思っている。

 

だからこそ、それほどの実力を持つ友人がソレを発揮する場を望んでいないというのは、少々残念に思えてしまうのだ。

 

ちなみにこのシンとレシウスの2人だが、出会いは自他共に認める程最悪と呼べるものだった。

 

私用で教会を訪れていたシンがシスターシャッハの説教を馬耳東風と言わんばかりに流すレシウスと偶然遭遇。

 

聞こえてきた会話によると、レシウスが訓練中の騎士達を挑発し、十数人の者達を医務室送りにしたらしい。

 

それだけならシンもレシウスに感心など持たなかったのだが、あろうことかレシウスはその場である人物を愚弄してしまった。

 

『騎士の称号を持ちながら子供の僕に手も足も出ないなんて、これでは上司である騎士カリムの器も底が知れますね』

 

騎士カリム。フルネームをカリム・グラシア。

 

古代ベルカ式のレアスキル「預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)」を持つ教会騎士の1人であり、管理局内でも少将の地位を持つ女性だ。

 

そしてその騎士カリムこそ、亡くなったシンの両親の友人であり、身寄りを失くしたシンの保護者を請け負ってくれた大恩人である。

 

その恩人を目の前で愚弄されては、シンも黙っているわけにはいかなかった。

 

その後の結果はレシウスが口にした通りである。

 

相手が自分と同年代の子供であるのと、自身の才能に酔っていたレシウスは余裕綽々としていた。

 

初撃は譲ってあげるよ、と皮肉げに笑うレシウスに対し、では遠慮無く、と淡々と告げるシンは持ち前の怪力がもたらす膂力で急接近と共にメケストをフルスイング。

 

へ? と間抜けな声を出しながらレシウスは反射的に剣型のアームドデバイスで防御するが、その刀身ごと砕けれてメケストは彼の顔面を直撃。

 

大地そのものを打ち鳴らすような震脚によって生じた衝撃と運動エネルギーはそれだけで収まらず、レシウスの体を後方へと吹っ飛ばして壁にめり込ませた。

 

騎士甲冑のおかげで全身に軽度の打撲、鼻の骨折と大量の鼻血、脳震盪による気絶で踏んだが、勝負の結果は疑うことも無きシンの圧勝で終わった。

 

惨敗と共にこれまでの自分の人間的な未熟さを痛感したレシウスはまさに心機一転と言わんばかりに変貌を遂げた。

 

迷惑を掛けた人間1人1人に土下座で深く頭を下げ、シンにも謝罪と共にカリムへの侮辱を撤回し、これまでの驕りを綺麗に消し去って鍛錬に励んだ。

 

結果、現在のレシウスが誕生し、程なくしてシンの友人となった。

 

「今日は午前だけで終わりだろう。どうだい? 久々に手合せに付き合ってくれないか」

 

「ああ、申し訳ありませんが、今日は騎士カリムと両親の元に挨拶に向かおうと思います」

 

「なるほど、それじゃあ仕方ないな。けど、偶には相手をしてくれよ。負けっぱなしは性に合わないからね」

 

そう言って微笑み、レシウスはシンの肩を軽く叩いて自分の席へと向かった。

 

その背中を見送り、シンは改めて自分の席を確認して歩を進めた。

 

「……ああ、近い内に放課後の予定を空けておくとしましょうか」

 

『ふむ、友との縁は大切にせねばな』

 

ベヘモットの言葉に無言で頷き、シンは自分の席へと腰を下ろした。

 

……そんな時、シンの第六感が自分に向けられた視線を感じ取った。

 

目を向けると、そこには自分を見詰める紺と青の虹彩異色……オッドアイの瞳を向ける1人の少女がいた。

 

ミッドチルダでも珍しい碧銀色の髪を靡かせながらシンを見詰める瞳の中には、強い関心の色があった。

 

だが、シンが自身の記憶を遡っても、面識の無いその少女から強い関心を向けられるような理由が全く思い浮かばない。

 

「っ……」

 

考えを巡らせていると、視線が合ったことに気付いた少女は少々慌てて目を逸らし、自分の席に向かっていった。

 

終始よく分からなかった少女の行動にシンは内心首を傾げるが、わざわざ自分から関わる必要も無いだろうと言い聞かせて考えを打ち切った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 そして時刻は昼過ぎまで巡り、中等部までの生徒は始業式を終えて帰宅となった。

 

シンは予定通りレシウスに別れの挨拶を告げてから教室を出て、学園のすぐ近くの聖王教会本堂に足を運ぶ。

 

だがその途中で……

 

「あ、シンさんだ! ごきげんよう!」

 

……自分の名前を呼んだ聞き覚えのある声に足を止めた。

 

振り向くと、そこには見覚えのある1人の少女とその友人と思われる2人の少女。

 

「ああ、ごきげんよう。お元気そうで何よりです、リオ」

 

艶のある黒髪と翡翠色の瞳、それと口元に見える八重歯が特徴的な少女、リオ・ウェズリーに挨拶を返し、シンは後ろの少女2人に視線を移す。

 

「ああ、お友達ですか?」

 

「あ、うん! すっごく仲良いんだよ! ヴィヴィオ、コロナ、紹介するね。この人はシン・エルファールさん、私の実家で一緒に修行した人なの!」

 

嬉しそうに互いを紹介するリオに続き、2人の少女も礼をして自己紹介する。

 

「コロナ・ティミルです。2人とは友達で、一緒にストライクアーツをやってるんです」

 

「初めまして、高町ヴィヴィオです。私も、一緒にストライクアーツをやってます!」

 

初対面ということで少し緊張があったが、明るく元気な声から普段から礼儀正しい良い子だと分かった。

 

シンも一礼し、2人の顔を見ながら自己紹介を返す。

 

「ああ、今ご紹介に預かりました通り、シン・エルファールです。中等部1年に所属しています。ルーウェンの道場には1年ばかりお世話になったことがあり、リオとはその時に知り合いました。どうぞよろしくお願いします」

 

その言葉に対し、ヴィヴィオとコロナは目をパチパチとさせる。

 

恐らく、シンの低身長から同じ初等部の人間だと思ったのだろう。自覚もしてるし慣れてもいるのでシンは特に思うことも無い。

 

というか、シンの関心は全く別のものへと向いていた。

 

高町ヴィヴィオと名乗った目の前の少女……よく見ると、その瞳の色は翡翠と紅玉の左右で異なるオッドアイだった。

 

先程の視線を向けてきたクラスメイトもだが、虹彩異色とはそんなに多いモノだったろうか、と内心で首を捻る。

 

「シンさんは、これから何か予定あるの?」

 

少しばかり考え込んでいると、リオの質問の声で我に返る。

 

「ああ、お世話になっている人に挨拶に行くつもりです。申し訳ありませんが、もう行きます」

 

「そっか。それじゃあ、また今度ね」

 

時間が押しているのは事実なので、シンはその場で話を打ち切った。

 

用事が有ると分かり、リオも呼び止めることはせずに手を振りながらシンの背中を見送った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 ここ数年で歩き慣れた通路を辿り、シンの歩みはやがて一室の前で止まり、扉を軽くノックする。

 

「どうぞ」

 

部屋の中から返って来た声を聞き、シンは部屋の中へと足を踏み入れる。

 

そこには修道服を着た女性が2人いて、その内の1人は入室したシンの姿を見た途端に椅子から立ち上がって嬉しそうに声を掛ける。

 

「まあ、シン! よく来ましたね。シャッハ、お茶の用意をお願いします」

 

「はい。承りました、カリム」

 

微笑みながら胸に手を当てて返答したシスター、シャッハ・ヌエラはシンに一礼をして退出する。

 

彼女は聖王教会に所属する騎士の1人……しかも陸戦AAAランクの評価を持つ超エリートだが、普段は学園で教師を務めているのでシンと会う機会はそれなりに多い。

 

レシウスとの一軒以来、関係者の1人でもあったシャッハとはかなり親しい仲である。

 

恐らく、シンとカリムのことを気遣って特に言葉を交わさずに退出したのだろう。

 

「ああ、今日は中等部に進学したことの報告とご挨拶に伺いました」

 

「ふふ、律儀な所は親譲りですね。真面目で立派に育ってくれて、あの2人もきっと喜んでいますよ」

 

そう言いながら慈愛に満ちた笑みを浮かべ、カリムはシンの体を抱き寄せて栗色の髪を優しく撫でる。

 

低身長のシンの頭がカリムの胸元に顔をうずめるような形になるが、シンは少々気恥しそうにするだけで特に抵抗はしない。

 

両親が存命だった頃から、カリムは友人の息子であるシンをまるで我が子のように可愛がっていた。

 

美人の女性に抱きしめられることに最初は赤面したものだが、何度も体験が重なれば流石に慣れも生まれて心に余裕が出来る。

 

それに、何だかんだ言っても両親に先立たれてしまったシンにとって、カリムの抱擁が与えてくれる温もりは決して嫌いなものではなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「アナタのご両親が無くなってからもう4年……月日の流れは、本当に早いものですね。1人暮らしにはもう慣れましたか?」

 

「ああ、前から両親が家を空けることがあったので大して苦労はしていません。教会ではなくあの家に住みたいという私の我が儘を聞いて頂いたこと、今でも感謝しています」

 

「感謝なんて必要ないわ。両親と過ごした思い出の家で暮らしたいと願うのは当然のことなのだから」

 

カリムの用意してくれた紅茶を飲みながら、2人は会話を交わしながらゆったりとした時間を過ごしていた。

 

まだ中等部に所属する子供のシンと違い、普段のカリムは多忙の身だ。

 

こうして卓を挟んでシンと話し合うのも、実を言うとかなり久しぶりだったりする。

 

「むしろ、謝るのは私の方ですね。保護者を買って出ておきながらこうしてゆっくりと話すことさえ碌に出来ないのだから」

 

そう言って手に持ったティーカップに視線を落とすカリムの表情は見るからに落ち込んでいた。

 

シンは知らないことだが、実はカリムがシンの保護者を買って出ようとした際、反対の声が幾つも上がった。

 

グラシア家は、聖王教会にも管理局にも広く名の知れ渡った名家だ。

 

そんな名家の娘が1人の孤児の保護者を買って出るというのは、あまり周囲に良い印象を与えないのではないかと。

 

要するにカリムを通して教会の世間体が傷付くのを恐れたのだ。反対したのは主に聖王教会の上層部の人間だったが、カリムはその反対を半ば強引に押し切った。

 

確かに、カリムも反対派の意見は理解出来る。

 

わざわざ保護者を引き受けなくとも、孤児院にでも預ければ良いではないかと最初は思った。

 

けど、出来なかったのだ。

 

葬式を終えた後、冷たい雨の降る中で両親の墓の前に黙って立つシンの姿を見てしまったから。

 

その時になってよく思い出し、カリムは気付いた。

 

式の最中、シンが涙を流していなかったことに。

 

元々感情の表現が乏しい子だというのは知っていた。だが、アレは違う、とカリムは直感で理解した。

 

アレは、もっと別の……心の中に刻まれた大きな傷によって生まれた虚無のように思えた。

 

それを思い出して、気付いて、上手く言えないがカリムはどうしてもシンを放っておけなくなった。

 

だが、意を決して行動したというのに、4年経った現状はこの様だ。

 

立派な保護者などとは全く言えない自分の様子にカリムは恥じるばかりだが、シンはゆっくりと首を振って否定した。

 

「ああ、そんなことはありません。少なくとも私は、あの日の墓前で手を差し伸べてくれたアナタに何度も救われました」

 

淡々と、だが確かな意思を宿して口に出したその言葉は、自分を情けないと思いながらもカリムの心を救ってくれる。

 

やがて、今日はもう帰ると席を立つシンの背中を見送った時には、カリムの心の中に渦巻いていた憂鬱な感情は無くなっていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 カリムとの話し合いを終えて退出したシンは一度教会を出て、その近くにある墓地へと足を運んだ。

 

技術が発展しても墓地の見た目はさして変わらず、よく整備された広場に西洋風の白い墓標が幾つも並んでいる。

 

ざっと周囲を見渡し、今日は自分以外に誰もいないようだ、と考えながらシンは目的の墓標の前に立つ。

 

「……ああ、お久しぶりです。父さん、母さん」

 

目の前にある墓標にはシンの父親である『アルバート・エルファール』と母親である『ナギサ・K(クジョウ)・エルファール』の名前が刻まれている。

 

「ああ、今日は中等部への進学を無事終えられたことの報告に来ました。体の方も、至って健康です」

 

そこまで言って、シンの言葉は途切れる。

 

正確に言うと、何かを言おうとはしているのだが、上手く言葉に出来ずに口を開いたり閉じたりしている。

 

シンは基本口数が少なく、会話の際も相手の言葉に答える場合が殆どだ。

 

そんな人間が自発的に話すというのは、中々に難しくなってしまうようだ。

 

「…………」

 

結局、シンは無理に言葉を捻り出すのをやめて、祈るように意識を自分の内側へと向けた。

 

脳裏に浮かんだのは、両親と過ごした楽しい思い出の数々だった。

 

2人はいわゆる技術屋というやつで、管理局の地上本部からもその実力を大いに期待されていた。

 

物静かで厳格な見た目をしているが、無限書庫や図書館から借りてきた本の内容で分からない所が有った時は細かく丁寧に教えてくれた父親。

 

父親を近くで支えるために同じ職場へ赴き、学校で優秀な成績を取るとまるで自分のことのように喜んで“頑張ったね”と言いながら優しく頭を撫でてくれた母親。

 

そんな多忙な身である両親が珍しく休みを取って来た日は、母の用意した弁当を携えてピクニックに行くこともあった。

 

連日で休みが取れた時は別の次元世界へ旅行に行くこともあった。

 

だが、最後に脳裏に浮かんだのは……瓦礫に押し潰され、血塗れとなって息絶えた姿だった。

 

客観的に見て、アレは恐らくただの不幸だったのだろう。

 

避難の準備を終えて、シンの手を引きながら必死に走る両親の背中を見る中、視界の端に大きな爆発が飛び込んできた。

 

直後に聞こえてきた何かが崩れるような音で、建物が崩れたのは理解出来た。

 

しかし、シンが上を見上げた時、思わず絶句してしまった。

 

見上げた先から落ちてきたのは、真横からへし折れたように崩れ去るビルの上部だったのだから。

 

迫り来る死の恐怖に体が動かず、シンはデバイスに手を伸ばして身を守ることすら出来なかった。

 

そんな中で、シンと同じ恐怖を感じている筈の両親だけが動けたのは、ひとえに愛する息子を守りたいと願う親心が故だろう。

 

技術屋であると同時に優れた魔導師でもあった両親は、言葉を交わすことなく同時に魔法を発動させた。

 

父親は防御魔法を展開し、母親はシン1人を対象に一瞬でベルカ式の転移魔法を発動させた。

 

抱き締めた母が“ごめんね”と呟いた次の瞬間、シンが目にしたのは崩れ落ちてきた瓦礫に飲み込まれる両親の姿だった。

 

目を見開いたシンは思わず手を伸ばすが、返って来たのは土煙と衝撃波の風だった。

 

あの数秒で転移移動させられる限界の距離だったのだろう。だが、シンは見事に瓦礫が降り注ぐ範囲内の外へと離脱していた。

 

我に返ったシンは、一心不乱で瓦礫を掘り続けた。

 

何十キロも有りそうな瓦礫を持ち前の怪力とメケストによってゴミのように投げ捨て、掘り進んだ。

 

そして、瓦礫の下で互いを抱き締めながら息絶える両親の姿を見て、シンは自分の心に亀裂が走る音を確かに感じた。

 

「っ……!」

 

当時のことを思い出し、シンは無意識に拳を握り締めていた。

 

4年前にぶつけたはずの怒りが再び湧き上がり、心の中に黒く澱んだ感情が広がっていくのが分かる。

 

いっそこのまま身を委ねてしまえば楽になれるのだろうか……そう考えるシンの瞳の中から光が薄れていく。

 

『狂気に逃れるでない、我が主よ』

 

だが、突如聞こえた『ベヘモット』の声が、シンの心を寸前で繋ぎ止める。

 

我に返ったシンが少し呼吸を荒くしながら顔に手を当てると、かなりの量の汗が流れている。

 

周りを見回してみると、既に日没を迎えて暗くなり始めている。

 

「……ああ、帰りましょうか」

 

『ふむ、それが良かろう』

 

疲労感を纏ったシンの声に、『ベヘモット』は普段通りの声を返す。

 

こんな時、余計な気遣いや言葉を掛けてこない相棒の性格が、シンにとってはとても有難かった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

区切りの良い所を見失って次々に書いた結果がこの長さだよ。

このオリ主は前書きでも言ったようにモドキな存在なので、両親を目の前で失ったショックで精神が少々ヤバい状態です。

崖っぷちとは言いませんが、崖の切れ目が見えるところまで来ています。

一応言っておきますが、次回がいつになるかなんて分かりません。

では、また次回。

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