それでは、第8話をどうぞ!
時刻は深夜、場所は駒王町の外れにある人通りの少ない路地裏にてその姿はあった。
「……またいる」
月明かりに照らされたアスファルトの上。そこにはいつもの黒いローブで身を包んだ華霖が立っており、その視線を足元のあるものへと向けていた。
そのあるものとは
「
そう呟く華霖の眼下には、物言わぬ体となった祓魔師が3名転がっていた。その死体周りには
ここ十数日の間に10人、祓魔師の死体を発見した。しかもそれらを見つけたのは全て駒王町内。これほどの数の祓魔師が一つの町で死を遂げている、その事実に華霖は小さく目を細める。
単なる偶然と呼ぶには些か収束しすぎている。華霖はその場にしゃがみこむと死体の内一人へと向けて手を伸ばす。そして返り血が付くのもお構いなしにその懐を
聖水に十字架、聖書などと祓魔師として持ち歩いているものが次々と出てくる中、あるものが視界に映ると同時に華霖の腕は止まる。
「……あった」
それは一つの白い封筒。血に濡れて所々が赤く染まったそれだが、しかし大事な所は幸いにも血で汚れてはおらず、華霖は封筒の差し出し主の場所へと視線を落とす。封を開け中身を取り出す華霖の手には一枚の紙が。封筒が血で汚れているというのにその紙には一切の血液が付着してはいなかった。
華霖は紙に書かれた内容に目を通し、その内容にピクリと片眉を動かす。そこに書かれていた内容とは
『エクスカリバーを強奪した下記の者達の動向を探れ。「皆殺しの大司教」バルパー・ガリレイ、「はぐれ祓魔師」フリード・セルゼン、そして──』
最後の1名の名前、その人物を目にした瞬間、華霖の瞳がわずかに見開かれる。
「『
********
『あぁ? コカビエルがエクスカリバーを奪っただぁ?』
場所は変わり華霖の自宅。その一室にて、華霖はとある人物へと電話をかけていた。その人物とは華霖の商売仲間兼、整備士担当の堕天使 ラザード・フォルスタインである。
ラザードは華霖から伝えられたコカビエルの聖剣強奪に対し、驚き半分呆れ半分といった声を上げる。
『あの野郎が聖剣を盗んだって……そりゃ本当の話か?』
「うん。証拠、ここにある」
未だ半信半疑といった風のラザードへ、華霖は先ほどの紙の映像を送る。すると一変、ラザードは暫くの間黙り込み、送られた映像を穴があくほど凝視する。
『……確かに、こいつはプロテスタントの教会本部が出す指令書だ』
はぁ、とラザードが通話越しに重い溜息を溢すのが聞こえてくる。それはつまりこの指令書が本物であるということ、延いてはその内容も事実であるということだ。
「コカビエルの目的、何かわかる?」
『そう言われてもなぁ、俺は『神の子を見張る者』を抜けて随分と経ってるからよ。あそこの内情なんざからっきしなんだわ』
ただ、とラザードは一言付け加え
『
コカビエルは天界、冥界でも屈指の『戦争狂』だ。先の大戦が終結しかなりの時間が流れた今現在、戦争のない世の中はコカビエルにとって退屈の一言では到底言い表せないものだっただろう。ゆえにコカビエルは無理やり戦争を引き起こすため、エクスカリバーの強奪といった手段に出た。そうラザードは推測する。
「目的、だいたいわかった。でも、なんでこの町?」
『ああ、それはその町が魔王の妹が治めているからだろうな』
「魔王の妹……?」
『そうだ、リアス・グレモリーって言ってな……ていうか、それくらいは知ってるだろ普通は』
ラザードの言葉に対し、ちょこんと首を傾ける華霖。つい一月ほど前に会ったばかりだというのにこれとは、興味のないものはどんどん切り捨てていくのは相変わらずである。
付き合いの長いラザードからすればこの反応はもはや慣れたものである。だがしかし、少しは興味のないものも覚えておけと、言っても無駄なので心の中でぼやく。
『それで、ここまで聞いてお前はどうする?』
「別に、危害がないなら何もしない。ただ、仕掛けてくるなら、容赦しない」
『そうかい。ま、お前がそうしたいんならそれでいいさ。ただ一つだけ、俺の頼みを聞いてくれやしねぇか?』
ラザードの口から出た『頼み』という言葉に、華霖は口を閉じ静かに耳を傾ける。
『教会本部は町にまた祓魔師なりを潜入させるだろう。できればでいい、そいつらの力になってやってくれ』
「なんで、そんなことを?」
『……あいつの後輩達だからな、ただただ無駄死にさせるわけにもいかねぇだろ。最悪、コカビエルとの戦闘を避けさせてくれるだけでもいい、頼めるか?』
少しばかり声のトーンを落とし、真剣な声音で語るラザード。その声から彼が如何に切実にお願いしているかが聞いて取れる。
だがしかし、そんなラザードの頼みを華霖は一つ返事で了承することはなく、一つの問いを投げかける。
「なんで自分でいかない?」
『今回の主犯が堕天使である以上、俺がいくら出張ったところで聞く耳持たねぇだろうよ。それに俺って
ははは、と乾いた笑い声を出すラザード。彼が教会側に嫌われているのはとある理由からだが、それは説明するには長いので省略させてもらおう。
とりあえずラザードが動けない理由を聞いた華霖はしばしの間黙り込み、受けるか否かを考える。そして1分ほど時間が経過し、華霖が出した答えは
「……善所、してみる」
『ははっ、そうかありがとよ。んじゃ、よろしく頼むぜ』
結局出たのは曖昧な返事。だがそれでも、断られなかっただけでも良し、としたラザードは機嫌よく笑い通話を終える。
ツーツー、と耳元に流れる通話終了を知らせる音。その音を聞きながら華霖は一言、小さな声で呟く。
「だから僕、頼み聞くって言ってない」
********
どもどもうちっす、ミッテルトっす。
買い出し中のうちは現在、町のちょっとした商店街に来ているっす。いやいや、やっぱりこっちの方が何かとおまけしてもらえるから得するんすよね〜。現に今回も野菜やら肉やらおまけしてもらったし。
それもこれも、うちのこの可愛らしい容姿あってこそっすね。うん、本当に……可愛らしい……。
「いやいやいや、うちは将来有望ですし!? これから、そうこれからっすよ!」
……あぁ、自分で言ってて情けなくなってきたっす。さっさと帰って夕飯作ろう、うんそうしよう。
自業自得でマイナスへと下がったテンションのまま、家へと続く道をトボトボと歩く。すでに日はほとんど落ちかけており、世界が茜色一色に染まっていく。
そんな町並みを眺めながら唯々無心で歩いていると、うちの歩いている道の正反対に奇妙な格好をした二人組の姿を捉える。その姿とは白いローブで身を包み、フードを深く被って顔を隠した二人組で。しかも片方は背中に布切れで包まれた馬鹿でかい何かを背負っている。
ゲゲンチョ!? あれ絶対面倒臭いやつらっすよ、絶対教会の回しもんっすよ。普通あんな格好して堂々と歩ける奴らなんてあいつらしか知らないっすもん。
うちは鳴り響く第六感の警鐘に従い、なるべく目を合わせないように、かつごく自然にその二人組とすれ違う。
……よしばれてない、セーフ
「そこの堕天使、止まれ」
──じゃなかったっす! もろにバレバレだったっす!
背中越しに伝わってくるプレッシャーは相当なもの。それに馬鹿でかい布切れから感じるのは聖なるオーラ、しかもその密度は尋常ではない。
「貴様、この町でいったい何をしている?」
てか敵対心もMAX状態じゃないっすか。今にも斬りかかってきそうな雰囲気っすよ…………いやマジでなんで?
確かにうちって堕天使で神と敵対している側だけど、ことこの女に関しては何もしてないっすよ!?
「……だんまりか。仕方がない、少し手荒になるが……奴の居場所を吐いてもらうぞ」
「ちょっとゼノヴィア、真昼間の街中で何する気?」
なーんて考えてる間になんかヤバイ状況になってる!? てか奴って誰っすか!?
恐る恐る振り返ると、ゼノヴィアと呼ばれた女は背中に担いだ布切れへと手を伸ばしているではないか。
ちょちょちょっ、こんな場所で戦闘なんてマジごめんっす! こうなったら──
「三十六計逃げるに如かず、っす!」
「なっ──待て!」
「ちょっ──ゼノヴィア!?」
180度体の向きを変えそのまま全力疾走。後ろからギャーギャーと騒ぐ声が聞こえてくるがそんなもの知ったことじゃないっす! とにかくひたすら逃げる、ただそれだけっすよ!
「はぁ、はあ…………つ、疲れたっす……」
無事、二人組を撒き華霖の家へと帰宅することができた。しかし全力疾走したせいで息は上がり、汗はだくだく、マジで最悪っす。
するとうちが帰宅したのに気付いたらしく、華霖が廊下の奥からひょっこりと顔を出す。そしてそのままトテトテと小走りで近づいてくる。
「……おかえり」
「ああ、ただいまっす」
「ミッテルト疲れてる。どうしたの?」
心配そう、うん、たぶん心配そうに顔を覗き込んでくる華霖。
「ちょっと、変な二人組に追いかけられて」
「……その二人、白い服着てる? あと、大きな布、背負ってる?」
「え? あ、うん」
よくわかったっすね。ドンピシャ、大当たりっすよ。
その冴え渡る勘に感心していると、華霖はゆっくりと右手を上げ人差し指でうちを指差す。いきなりのことで何をしているのかわからないので、とりあえず華霖の言葉の続きを黙って待つ。
そして、華霖の口から放たれた言葉は
「それ、もしかして後ろの二人?」
──戦慄した。
まさかそんな筈はない。あの時うちは確かにあの二人を撒いた、それは確かな事実。故に華霖の口から出た一言を受け入れることができず、茫然自失と佇んでしまう。
「ようやく追い付いたぞ、堕天使」
そしてそんなうちを我に返したのは、この場に響き渡るはずのない、うちの耳に届くはずのない女性の声。
まさかそんなことが──そんな驚愕にも似た思いを抱きつつ、ゆっくりと、視線を背後へと向ける。
そしてうちの視線の先、開ききった玄関の扉の向こう側に捉えたものは──白に身を包んだ二人。
「危うく取り逃がすところだった。まったく、逃げ足の速い奴だ」
「あ、あはは〜……お邪魔します?」
「で、ででで──でたぁぁぁあああああ!?」
一人は腕組みをし面倒くさそうに吐き捨て、もう一人は若干申し訳なさそうに頭部に手を置く。
どうして、や、なんで、といった疑問が浮上してくるが、それは意外にもあっさりと解決することとなる。
「お前が間抜けで助かった。でなければ、ここを突き止めるのももう少し時間がかかったはずだ」
「はいこれ、ぜーんぶ落としてたよ?」
そう言いながら、布切れを背負っていない方の信徒が何やら袋を手渡してきた。なんすかこれ? それに落としたって……って、これ!
袋の中身を確認すると、その中に入っていたのはうちが先ほど買出しした品々。慌てて持ち帰った袋へ目を向けると、袋の底には大きな穴が開いており、中身は全て何処かへ行ってしまっていた。
どうりで走る時に袋が邪魔にならなかったはずっす。だって中身が全部なくなってるんすもん。
「あーその……ありがとっす」
「うんうんどういたしまして。でも──」
そう言うと信徒はうちの手から袋を掻っ攫う。唐突の出来事になすすべなく袋を奪われ、その信徒へ視線を向けると
「ちょっとお話、聞かせて貰うわね?」
わずかに覗く口元に笑みを浮かべ、嬉々とした声でそう言ってきた。
──あぁ……本当にもう面倒ごとはごめんっす。
というわけで、今回はゼノヴィア、イリナの教会コンビとの接触回でした。
そして皆様が薄々、というか声を大にして言いたいであろうことはわかっています。
変身、まだ一度もしてないんですよね。もう8話も引っ張って、いい加減読者の皆様に呆れられているのではと肝をヒヤヒヤさせております。
ちゃんと変身はします!けれど長くとももう2・3話お待ちください!
3巻内で必ず変身させますので、どうか変身するまでお付き合いください!
では、次話も気長にお待ちください。