堕天使少女と欲望の王   作:ジャンボどら焼き

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遅れて申し訳有りません!
第5話です!


それとお気に入り登録、並びに評価をしてくださった方々、ありがとうございます!
これを糧に、これからも無理ない程度に頑張ります!




幕引き

 振り下ろされる剣。その切っ先は空を斬り裂きながら、俯せに倒れるミッテルトへ向かって一直線に進む。ミッテルトは瞳を閉じると、刃と死を受け入れる準備を整える。

 どうせあの時散っていたはずの命、それが一週間とはいえ生き伸びられたのだから、何も悔やむことなどない。ただ一つ、悔やむことがあるとすればそれは──

 

(嫌な役目を任せちまったっすね)

 

 それは、自分を友達と呼んだ少年に対してのもの。罵声を浴びせ、擦り傷とはいえ怪我も負わせた。見ず知らずの自分を助け保護してくれたというのに、恩を仇で返す行為を繰り返した。さらには友達と呼んだ自分を殺してくれと頼むなど、どこまで彼を傷つける行いをしただろうか。

 けれどこれで彼が自分に騙されていただけだと、リアス達にそう思わせることができる。だからきっと、自分の行動は間違いではない……そう信じたい。

 

 抉られた片翼から溢れ出る血はミッテルトを中心に小さな赤い池を作る。出血や傷口から走る痛みにより、もう意識を保っているのもやっとの状態だ。

 でも一度だけ、最後に一度だけ、この気持ちを吐露してもいいのなら──

 

 雀の涙ほどの力を振り絞り、小さく、小さく、ミッテルトは口を動かす。

 

 

「ごめんね、華霖」

 

 

 それは虫の羽音よりも小さく、そしてか細い。きっと、この場にいる誰にも聞こえてはいないのだろう。

 だが最後に己の気持ちを口に出すことができたミッテルトは、もう後悔はない、と口元に緩やかな笑みを浮かべ最後の瞬間(とき)を待つ。

 

 

 ──そして、背中から胸を貫く感覚がミッテルトを襲うと同時に、彼女は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 目の前の光景に、リアスはただただ口を真一文字に閉ざし傍観に徹した。いやこの場合は、もはや手を出す必要すら無くなった、とそう言い換えた方が良いか。

 

 堕天使の背中に深々と突き刺さる剣。しかも心臓付近を貫いているところを見るに、おそらく、いや確実に即死だろう。

 

「……どうやら、この件はこれで終わりのようね」

 

 先の計画の生き残り。この一週間の間探し回っていたその堕天使が死んだ以上、もはや自分たちにやるべきことはない。

 リアスは学園へ帰還しようと転移の魔法陣を展開した、まさにその時──ミッテルトを貫く剣が淡い光を放つ。橙色の光は徐々に広がっていき、瞬く間にミッテルトの体を包み込んだ。

 突然の出来事にリアスは学園へ帰還するのを中断、その橙色の輝きへ視線を向ける。祐斗他、眷属たちも同様だ。

 

 十数秒後、華霖は橙色の光の中へ手を突っ込むと、そこからミッテルトに突き刺した剣を取り出す。すると光は霧散するようにして消え去り、リアスたちの視界に再びミッテルトが姿を表した。

 その姿は先ほどと変わらず俯せに倒れたまま。だが一点だけ、光に包まれる前とは明らかに違う箇所にリアスは気づく。

 

「傷が、治ってる……?」

 

 捥がれた翼からの出血は収まり、身体中にあったはずの傷も完治している。光を帯びたものを癒す治癒の光──あの橙色の光の正体はそれで間違いがないだろう。

 奇しくも新しく眷属へ加わった『僧侶(ビショップ)』と同じ癒しの光。戦闘から回復といったサポートまでこなす、本当に底の見えない力だ。

 

 華霖は剣をローブの内側へと仕舞い、倒れるミッテルトを横抱き──所謂お姫様抱っこ──で抱える。そしてリアスたちへ一瞥もくれず結界の外へと向かって歩き出すが、リアスはそれを引き止める。

 

「……なに? まだやるなら、容赦しない」

 

「いえ、もう戦う気はないわ。それよりも一つだけ聞かせてもらえるかしら」

 

 

 一拍

 

 

「あなた、その堕天使をどうする気なの?」

 

「……別に、お前たちには関係ないこと」

 

 関係ない、そう言われてしまえば確かにそうだ。だがリアスは気になったのだ、目の前の人間が。

 

「その堕天使はあなたのことを騙していた。そのことに関して、あなたは何も思うことがないの?」

 

 騙されたと知りつつも、構わず助けるその行動の源泉に。

 

 リアスの問いに対して華霖は一度ミッテルトに視線を落とし、再度リアスへ向けると

 

「お前、一つ勘違いしてる。僕、別に騙されてない」

 

「……え? それってどういう……」

 

 二度目の問いには答えず、華霖は踵を返し公園を後にする。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 暖かい。まるで陽だまりにいるみたいな、全身を優しく包み込むような暖かさだ。

 瞼を上げると、そこは一面白の空間。汚れなどない、まさに純白が敷き詰められた場所に立っていた。

 

「あー……やっぱりうち、死んじゃったんすねぇ」

 

 どこまでも続く、地平線などない果てを眺めながら苦笑する。記憶は華霖が剣を振り上げるところまでしか覚えてはいない。だが華霖は自分の頼みに『わかった』と答えた。ということは、まぁ……そうなるっすよね。

 

「はぁ……結局、一週間しか生き延びられなかったすねぇ」

 

 自分でも思わず溜息をついてしまうほど短い逃走劇だ。一週間など、堕天使からしてみれば瞬きも同然に等しい。普通だったら『生き延びた』、などという感想すら湧かないほどの刹那の時間だ。

 でも、うちが生き延びられたと、そう思えたのは……きっとあいつの影響っすね。華霖と過ごした刹那の時間は、今までの中でも実に有意義なものだった。

 冥界では味わうことなどできなかった一時は、存外、心地よいものだったのかもしれない。

 

「……いや、かもしれないじゃないっすね」

 

 そう、自分は楽しんでいたのだ。何気ない、ただの人間との生活を。……いやまぁ、あれを見て『ただの』とはもう言えないっすけど。

 

「……あっちはどうなってるんすかねぇ。無事にことが運んでいたらいいんすけど」

 

 死ぬのも覚悟で打った策だ、きっと成功しているはず。これで華霖が堕天使と関わりを持っている、などとリアス・グレモリー達に疑われることもない。

 さて、やるべきこともやったことだし、さっさと閻魔様のところにでも向かうとしますか。

 歩き出そうと右足を一歩目に動かしたその瞬間、白一色だった世界に突如、黒い塊が出現する。それはうちの目の前まで降りてくると徐々に形を変え、ついには人の形へと変化する。

 

「……あー、地獄の使者ってやつっすか? なんともまぁ、タイミングがいいっすねぇ」

 

 うちの軽口に応えることなく、黒い人影は右手にあたる部分を差し出してくる。どうやら握れ、ということらしい。

 特に反対するようなこともないので、うちはその手を掴み──

 

 

『ミッテルト、起きて』

 

 

 突如聞こえてきた幻聴とともに、うちの意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 結論から言おう。うち、生きてました。

 

 あの白い空間で意識がブラックアウトし、次に目覚めるとそこには見慣れた天井が、というか華霖の家の天井が広がっていた。あれ、うちって確か華霖に剣で胸を貫かれたはずじゃ……。

 ゆっくりとベッドから体を起こし、見える範囲や手で確かめられる範囲で傷の具合を確かめる。すると剣で刺された傷やその他の小さな傷はおろか、抉り取られた片翼の傷まで塞がっているのが確認できた。まぁ傷が塞がったというだけで、翼自体は再生していないんすけどね。

 

 ふと、ベッドの近くに置かれた時計へと目を向ける。時刻は日付が変わって深夜一時、どうやらあれから時間はそう経ってはいないらしい。カレンダー機能を有しているものだったので、そのあたりの確認は容易だった。

 

「だいたい6時間ちょっと……それにしては傷の治りが早すぎるような」

 

 小さな傷はともかく、翼のような大きなものが塞がるには些か、というかあまりにも早すぎる。うち自身は傷の治りはまぁ早い方っすけど、さすがにここまでの回復力はない。

 ならば、答えはひとつ。いや、答えなど考えるまでもない。

 

 ガチャ──部屋の扉が開く。そこから覗く薄暗い廊下、そこには今まさに考えていた当人である華霖が立っていた。家の中ということもあってか公園での黒いローブは身に纏っておらず、Tシャツに短パンという非常にラフな格好をしている。

 部屋の入り口に立つ華霖の姿を確認する上で、ごく自然に視線が交差する。

 

「……っ」

 

 だがそれも一瞬、ほぼ反射で視線を逸らしてしまう。

 いや、だって仕方ないじゃないっすか……。あれだけのことを言ったんすよ? どのツラ下げて会えっていうんすか……。

 自然、拳を握り締める力が強くなる。黙って俯くうちの耳に、ギシギシ、と床が軋む音が届く。音は徐々に近づき、ついには視界の隅に華霖の片足が映り込むまで近づいた。

 

「俯いてどうしたの? 傷、痛む?」

 

 相も変わらない平坦なアルトボイス。そんな何気ない、気を使うような言葉が胸に刺さる。

 

「いや、傷は大丈夫っす」

 

 我ながら素っ気ない返事だと思う。助けてもらった恩人が掛けてくれた言葉に返すのがこれか、と笑ってやりたくなるほどだ。もっと他に言うべきことがあるはずなのに、返すべき言葉があるはずなのに、どうしてもそれらの言葉が紡がれることはない。

 ごめん、とそう始めれば良いのに、その三つの言葉がやけに重く感じる。喉の上の部分までは出かかっているのに、そこから先へ一歩たりとも動こうとしないみたいだ。

 

 外の風が窓を叩く音のみが控えめに鼓膜を揺らす。ただでさえ口を開きにくいというのに、これほど静かになってしまったらさらに言いづらくなってしまうではないか。

 そんな静寂を破ったのは、傍で黙って立っていた華霖だった。

 

「ミッテルト、ありがとう」

 

「──え?」

 

 予想外の一言に思わず顔を上げる。そして再び交差する視線。だが今度は目をそらすことはしない……いや、それ以上に頭の中を疑問が駆け巡りそらすことができなかった。

 ありがとう? いったいなんでそんな言葉が出てくるんすか? 助けられたのはうちの方だし、何よりうちは華霖を騙してて──

 

「あの時ミッテルト、僕を庇ってくれた。自分が死んじゃうかもしれないのに、庇ってくれた」

 

 でも、そうだとしても、あの時うちはたくさん傷つけるようなことを言って──

 

「初めて守ってもらって、僕、嬉しかった。だから、ありがとう」

 

 なのになんであんたは、そうやって笑ってくれるんすか。本当だったら怒ってもいいはずなのに、なんで……

 

「それに、ごめん。ミッテルトの翼、なくなちゃった」

 

 表情は一変、わずかにだが悲しそうな顔になる。そんな華霖を見て、また胸が痛む。

 普段は色んなことに無関心のくせして、なんでこんな時にだけそんな顔をするんすか!

 

「なんで、なんであんたが謝るんすか!」

 

 怒鳴りつけるような言葉が飛び出す。そして華霖の右手を掴み思いっきり引っ張り、顔と顔の距離を近づける。

 あと少しでキスできるほどの距離だが、生憎と今はそんなことに気を取られている場合ではない。

 

「うちはあんたを騙してたんすよ!? 普通は罵声の一つや二つあってもいいのに、なんであんたは落ち着いていられるんすか!? なんでうちに気を使うんすか!?」

 

 うちがこうして声を荒げるなんて御門違いもいいところだ。そんなこと百も承知っすけど、それでも一度開いた口をなかなか閉じてはくれない。

 

「うちがあんたを守った? んなもん、何を根拠に言ってるんすか!? はっきり言って、あれはうちの紛れもない本心っす!」

 

 また、心にもない言葉が漏れ出す。でもそれは仕方がないと思った。

 だってこうでもしなかったら──あんたはうちを怒鳴ってくれないだろうから。

 

「うちはあんたが思ってるほど善人じゃないんすよ。我が身が一番可愛い、ただの自己中な堕天使っす」

 

 そこまで言って、華霖から手を離す。それに伴って体も離れ、先ほどまでとほぼ同じ距離まで離れる。

 それにしても、これまた後先考えずに色々と口走ったものだ。もしかするとうちって、自分が思っている以上に感情で先走るタイプだったんすかねぇ。

 

「ここまで聞いても、あんたはうちをいい奴だって思うんすか?」

 

 最後に一つ、質問をする。

 そして、この問いに対する華霖の答えは──

 

 

「うん、思う」

 

 即答だった。悩みなどまるで無く、真っ直ぐに答える。

 それはなんで、と聞き返すよりも早く、華霖は次の言葉を口にする。

 

「だってミッテルト、ごめんって言ったから」

 

 …………あー、確かに言ったっすねぇ。言ったっすけど

 

「あんなの、普通はノーカウントっすよ」

 

「……? でも、確かに言った」

 

 首を傾げられても困るんすけどねぇ。こうなったら何を言っても『言った』の一点張りになるし、これ以上は時間の無駄っすね。

 うちは床へ降り、華霖と視線を合わせる。

 

「あんたが言ったって言うならそれでいいっすよ。でも、もう一度だけ言わせて欲しいっす」

 

 腰を曲げ、深々と頭を下げる。

 

「色々とひどいこと言ってごめん!」

 

「うん、いいよ」

 

 返ってくるのはまるでお使いを了承するかのような一つ返事。

 うちの色々な葛藤に対してのそれは、なんとも拍子抜けしてしまうものだったが、何はともあれこうしてこの一件は幕を引いたわけっす。

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 謝罪も終わり、ミッテルトが一息つこうとした時、きゅるる〜、と彼女のお腹から可愛らしい音が鳴る。

 

「ミッテルト、お腹空いた?」

 

「まぁ、夕方から何も食べてないっすからねぇ。結局、夕食も作れなかったし……あーどうしよ」

 

「だったら、いいものある」

 

 そう言うや否や部屋を出て行く華霖。彼の言う『いいもの』とは一体なんなのか。もしかしてまた栄養食の類か何かなのでは、と過去の出来事の再来を予想するミッテルト。

 すると、トテトテ、とどうやらその『いいもの』とやらを持ってきたらしい華霖の足音が聞こえてくる。

 

「お待たせ」

 

 そういい部屋の中へ入ってきた華霖の手には、何時ぞやの山のようなカロリーフレンド──ではなくお盆が一つ。

 予想外のものにミッテルトは目を丸くし、目の前に運ばれてきたそれへ視線をやる。

 

「これは……カレーっすか?」

 

 ミッテルトの言う通り、華霖が差し出したお盆の上にあったのは平たい皿に盛られたカレーライスだった。

 

「まさか、これ華霖が作ったんすか……?」

 

「うん。ミッテルトが初めて作ってくれたの、マネしてみた」

 

 そう、ミッテルトがこの家に来て初めて振る舞った料理はカレーライスだ。そして初めて食したまともな料理ということもあり、華霖はカレーを絶賛。

 ゆえに、ミッテルトが起きた時のための料理にカレーを選んだそうだ。

 

 手渡されたお盆を膝に乗せ、早速スプーンで一口分掬ってみる。野菜の形は不格好だが、初めてにしてはまぁよくできている方だろう。

 そしてスプーンに乗せたそれを、ミッテルトは口に入れ──これでもかと目を見開いた。

 

「どう? 美味しい?」

 

 ちょこんと首を傾げ、ミッテルトの反応を待つ華霖。そんな華霖に対し、ミッテルトの頭の中はというと

 

(普通。うん、普通のカレーっすね)

 

 良くも悪くもない、これといって普通のカレーだ。おそらく箱の裏の説明を読んで手順通りに作ったのだろう。だが素人に有り勝ちな下手なアレンジがない分、普通に食べられる。

 もう一度掬い口へ運ぶ。そしてもう一度、さらにもう一度……華霖の問いかけに答えず、ミッテルトは一心にカレーを口に運ぶ。

 

 そんなミッテルトの様子を不思議そうに眺める華霖は一言

 

「ミッテルト、泣いてる? なんで?」

 

「──ふぇ?」

 

 目の前でカレーを食べるミッテルトの瞳からは、涙が一筋の線を描く。指摘されてようやく気がついたらしく、ミッテルトは手で涙を拭う。

 

「カレー、美味しくなかった?」

 

「え? いやいや、別に不味くはないっすよ。ただ──」

 

 ただ、そこで言葉を止め、ミッテルトは再びカレーを食べ始める。彼女が何を言いかけたのか華霖にはわからなかったが、特に気にした様子もなくカレーを食べるミッテルトを眺める。

 すでにカレーは半分以上なくなっている。涙でぼやけそうになる視界の中、ミッテルトはスピードを落とすことなく残ったルーとライスを口に運ぶ。

 

(ただ、うちのために作ってくれたことが嬉しくて……なんて、口が裂けても言えないっすよ)

 

 自分のために作ってくれた。ただそれだけのことだが、ミッテルトにはそれが嬉しかった。

 でも素直に気持ちを口に出すのは恥ずかしいのか

 

「ただ、辛かったから……それだけっすよ」

 

 そう言って誤魔化す。本当に素直じゃない堕天使少女だ。

 

「わかった。今度は甘口にする」

 

 まぁ、それを間に受ける少年の純粋さもどうかとは思うが……これはこれで相性がいいのだろう。

 

 

 

 

 

 

 





という感じの第5話でした。
いつものごとく感想、並びに批評をいただければなと思っています。

では次の話もごゆるりとお待ちください!

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