堕天使少女と欲望の王   作:ジャンボどら焼き

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第12話です!
少し遅めの更新で申し訳有りません!



「──行ってきます」

 コアメダルによって変身した華霖。その姿は人というにはあまりにも異質で、しかし異形と呼ぶにはその纏う雰囲気は雄々しさを感じさせる。

 この力はかつて、悪魔となった錬金術士が作り出した『無限の欲望の結晶』。

 その名は『オーズ』。

 

 全身は黒を基調とし、頭部、胴体、足部がそれぞれ赤、黄、緑で彩られた姿。その中でも特に目を引くのは胸の中央、全周が金縁となっているサークル。上から読み込んだメダルと同じ色で3分割され、それぞれにモチーフとなる動物の柄が描かれている。

 

「ふぅぅぅ……」

 

 数度、深呼吸をする華霖いや……オーズ。そして手のひらをグーパーグーパーと握っては開きを繰り返す様は、まるで感触を確かめているように見える。

 

『いけるな?』

 

「うん、大丈夫」

 

 メダジャリバーの柄を握り、勢い良く地面から抜き取る。そして赤い頭部に爛々と輝く緑の複眼でコカビエルを捉え、足に力を集約させるように膝を曲げる。

 瞬間、オーズの体に変化が。

 初めの変化は胸元のプレート──『オーラングサークル』から伸びる線。『ラインドライブ』と呼ばれるその線は頭部と四肢へ向かって伸びており、その内脚部へ伸びた線が発光。するとオーズの両足も緑色の光をまとい、その形状はまるでバッタのような脚へと変化する。

 

 そして跳躍──オーズは一気にコカビエルの正面までその距離を詰める。

 

「なっ……」

 

 それは誰が漏らした声か。無意識に口に出したであろうそれは驚きに包まれていた。

 

 常人離れした跳躍で距離を詰めたオーズ。勢いのままメダジャリバーを振り下ろし、コカビエルは光の剣でその一撃を受け止める。

 だがその一撃は予想を超える重さで、ズン、とまるで巨岩のような衝撃が隻腕にのしかかる。それは人が、しかも子供が出すには到底考えられない一撃で。

 コカビエルは顔をわずかに(しか)め、だが一方で口元を大きく歪ませる。それは長い時の間待ち侘びた瞬間がようやく訪れた、そんな表情にも見え。

 

「はぁぁあっ!」

 

 気合一声。さらにメダジャリバーへ力を込める。それに呼応するように、コカビエルの隻腕にかかる重圧も増す。

 そしてついに破れる拮抗。その一撃に耐えきれず、コカビエルは石造りの床へとその身をぶつける。

 

 衝撃で砂煙が舞い上がりコカビエルの姿を隠す、がそれも一瞬のこと。10枚もの翼が起こす風圧で煙は霧散。視界をクリアにしたコカビエルは光の槍を生成、未だ地面に着地し終えていないオーズへ向け投げつける。

 オーズは迫り来る槍をメダジャリバーを振り上げることで弾きあげ直撃を阻止。槍は屋根へと激突し、崩壊音とともに巨大な穴を開ける。

 

「イリナ!」

 

「ええ!」

 

 攻撃後の隙をつき、イリナとゼノヴィアが背後から襲い掛かる。

 

「ふん……鼠が煩わしい」

 

 背後の二人へ向けられるコカビエルの眼光。その瞳が発する殺気に一瞬、イリナとゼノヴィアの動きが固まる。

 だがその瞬きの間の硬直は、コカビエル相手にとっては大きな隙で。

 

「面倒だ、まとめて散れ」

 

 大きく広がる両翼。するとそこに生える無数の羽がまるで刃物のように鋭く研ぎ澄まされ、羽ばたきとともにイリナとゼノヴィアへ放たれる。

 まるで黒い暴風雨のように降り注ぐそれらは、二人の視界からコカビエルの姿を消すほどの物量を持って襲い掛かる。

 

「っ、これは……!」

 

 ゼノヴィアは咄嗟にエクスカリバーを盾にして直撃を免れる。しかしそれほど巨大な獲物を持っていないイリナは別だった。

 盾へと変化させようとするも間に合わず、刃の雨が彼女の体を切り刻む。

 

「ぁあああぁああ!」

 

 襲い来る激痛。体の至る所に羽が刺さり、また傷口からは鮮血が噴き出す。一瞬で血塗れ状態へと化したイリナはその場に膝をつき、前のめりに倒れこむ。

 血を流し倒れこむ相棒にゼノヴィアは目を奪われる。

 

「どうした、動きが止まっているぞ?」

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 動きが止まったゼノヴィアをエクスカリバーごと蹴り飛ばす。油断をつかれた一撃で地面を数度バウンドし、反対側の壁へと激突。ぶつかった衝撃で肺の空気が押し出され、苦悶の表情で倒れこむ。

 

「はぁ!」

 

 死角から現れた木場がコカビエルの頭部めがけて魔剣を振り下ろす。だがその剣は光の剣の前に粉々に砕かれ、お返しとばかりに腹部に強烈な蹴りをもらう。

 ギリギリで後方へ退いたことで威力を軽減するもののその衝撃は重く、木場は距離をとり片膝を地面に着く。

 

「……貴様ら程度では遊び相手も務まらん。やはり楽しませてくれるのはお前だけのようだな」

 

 まるで相手にならない三人に嘆息しつつ、オーズへと双眸を向けるコカビエル。ある種期待を込められたといってもいいその言葉に、オーズは剣を構えなおし沈黙をもって答える。

 

 ──構えろ。

 

 緑の双眸が語る。そして纏う気迫もまた一段と凄みを増し、たまらずコカビエルは笑みをこぼす。

 

「まったく──貴様は本当に楽しませてくれる!」

 

 

 そこから先の戦闘は苛烈を極めた。剣を交え、時には拳を交え、その衝突の余波は地面を砕き、幾つものクレーターを生んだ。まさに力と力のぶつかり合い。

 痛みから回復したゼノヴィアと木場は、目の前で繰り広げられる戦いをただ黙って見ることしかできなかった。

 

「はははっ、いい! 実にいいぞ!」

 

 鍔迫り合いをしながらコカビエルは嗤う。その目に映る三色の異形は己となんら遜色ない力で剣を押し付けてくる。そんな何気ないやり取りでさえ、コカビエルにとっては歓喜するに値するものだった。

 しかしまだ、まだ足りない。コカビエルは剣を弾きあげ、がら空きとなった胴体へ蹴りをめり込ませる。そのまま後方へと大きく吹き飛ばされたオーズは、しかし空中で体勢を立て直し

 

「カザリ」

 

 新たに現れたメダルを左のメダルと入れ替え、再びオースキャナーでスキャン。

 

 《タカ!トラ!チーター!》

 

 現れるのはタカとトラ、そしてチーターを模したメダル。そしてそれらは一枚のメダルとなり、オーズの胸へと収まる。

 直後、オーズの姿は赤、黄、黄の『タカトラーター』へと変化。オーズはトラアームの武器『トラクロー』を展開。そのままコカビエルへと肉薄、両手の鉤爪で襲いかかる。

 コカビエルも光の剣で応戦。激しい火花を散らしながら、両者の武器はぶつかり合う。

 

「ギア、一つ上げる」

 

 直後、オーズの動きが変化。先ほどまでよりも一段階、動きが速くなる。

 コカビエルの繰り出す槍の雨を意にも介さず避け続け、閃光を思わせる速度で懐へと入りこむ。そしてトラクローでの連撃、その鋭い刃はコカビエルを切り裂く。

 舞い散る鮮血。痛みでわずかだが顔を歪めるコカビエルは、翼を広げ羽のナイフを放つ。オーズはそれを高速のバックステップで回避、両者は数メートルの距離を取る。

 

「コカビエルを押してる……」

 

「これなら、いけるか?」

 

 二人の戦闘を見ていた木場とゼノヴィアはコカビエルと遜色ない、いやわずかに上回っているオーズに期待を抱く。対しコカビエルは、胸元から腹部にかけて走る斬撃の痕を見て、不快そうに顔を歪める。

 だがそれは傷つけられたことに対する怒りではなく、目の前で対峙する男へのある種の不満のようなものだった。

 

「どうした、貴様はこの程度ではないだろう!」

 

 不満を前面に押し出した表情で、コカビエルはオーズへと怒声をぶつける。

 

「何を温存する必要がある! 俺の左腕を切り落とした力、もう一度見せてみろ!」

 

 隻腕で失った左腕を掴みながら叫ぶ。そんなコカビエルの叫びに木場は目を見開いた。

 コカビエルと拮抗するほどの力を有しているだけでも凄まじいとわかるのに、あの姿にはまだ上があるのかと、驚愕を隠せない。

 しかもコカビエルの左腕を斬り落としたとなれば、それは相当な力だろう。

 

「……だったら、みせてやる」

 

「──コカビエル、何をしている!」

 

 不意に室内に響く男の声。その声にコカビエル、次いでオーズと木場たちが目を向ける。そこにはバルパーが立っており、忌々しげに顔を歪めていた。

 

「何をこんな所で油を売っている! 目的を忘れたか!?」

 

「……ふん、うるさい奴だ」

 

 舌打ちを一つ、コカビエルは視線をオーズへ戻すと低い声音で告げる。

 

「興が冷めた。戦いの続きはまたにしよう」

 

「……逃すと思う?」

 

「まぁ落ち着け。ただ戦いの場を変えるだけだ」

 

 そう言い、コカビエルはオーズへ背を向けるとバルパーの元へと歩みを進める。そして扉の前まで歩いた所で、園黒い両翼10枚を広げる。

 

「場所は駒王学園。今宵日が変わる頃にそこへ来い。決着をつけるぞ」

 

 そう言い、翼で突風を起こし砂煙を巻き上げるコカビエル。煙が晴れた先にはすでにコカビエルとバルパーの姿はなく、オーズはメダジャリバーを地面に突き刺すとオーカテドラルを水平に戻す。するとまたもオーズの姿は光に包まれ変身が解除、華霖の姿へと戻る。

 コカビエルが去ったことで木場はその場にへたり込むように座り、ゼノヴィアは倒れこむイリナへ駆け寄ると怪我の状態を確認。やはりその傷は深く、血が今もなお流れ続けている。

 ゼノヴィアは自身のローブを破り、それ以上の出血を防ぐため手足の根元をきつく縛りあげる。だがそれでも流れる血は止まらない。

 

「くそ、傷が深すぎる!」

 

 焦燥に駆られるゼノヴィア。その間にもイリナはどんどんと衰弱していく。傷薬は持ち合わせてはいるものの、この傷ではそう効果は期待できないだろう。

 険しい表情のゼノヴィアに近づく華霖。その手にはメダジャリバーと、そして三枚の橙色をしたメダル。

 

「……ラザード、また怒られる」

 

 《コブラ!カメ!ワニ!》

 

 それらのメダルを装填し、華霖はメダジャリバーの切っ先を倒れこむ少女へ向ける。

 

「なにをするつもりだ!?」

 

「安心して。殺す気はない」

 

「なっ、おい!」

 

 ゼノヴィアの静止の声を華麗にスルーし、華霖はイリナの体へメダジャリバーを突き立てる。当然、ゼノヴィアは剣を抜こうと華霖へ詰め寄るが、突如橙色に発光したそれに思わず動きを止める。

 そして光はイリナの体を徐々に包み込んでいき、そして完全に覆いつくす。だがそれも一瞬で、すぐに光は霧散。その光景に華霖は眉を顰める。

 

「……やっぱり、直ってない」

 

 本来ならばミッテルトの時同様に傷が完全に塞がるはずだった。しかしどうにもこの間のメダル三枚の使用後から調子が良くなく、イリナの傷も完治までは至っていない。

 だがそれでも流血は止まり、深かった傷もちょっとした切り傷程度までに治癒されている。その一連の出来事ゼノヴィアは驚き、華霖と彼の持つ剣へと目を向ける。

 

「今できるの、ここまで。あとは、自力で頑張って」

 

 そう言い華霖は気絶したままのイリナを横抱きで持ち上げる。

 

「おい、イリナをどうする気だ」

 

「別に、このままだと邪魔。だから僕の家、置いてくる」

 

 イリナを抱いたまま歩き出す。このままコカビエルを追うにしても、おそらく追いつけはしないだろう。何より、奴自身から招待を受けた。

 今夜0時、駒王学園にコカビエルは現れる。時間はそうないとはいえ、一度この気絶した少女を家に置いて来ても間に合うだろう。

 

「ここで解散。あとは、お前たちの好きにすればいい」

 

 そう言い残し、華霖は廃屋をあとにする。残された木場とゼノヴィアは、遠ざかる小さな背中をただ黙って見続けていた。

 

 

 

 ──そして時は現在、華霖の自宅へと戻る。

 

 自宅へと戻った華霖はイリナを部屋のベッドへと寝かせ、リビングにてここまでの出来事を説明する。

 

「そうっすか、コカビエル様と戦って……」

 

 華霖から話を聞いたミッテルト。しかしその内容に不思議と驚きはなかった。たぶんミッテルト自身、薄々と感づいていたのだろう。

 イリナとゼノヴィアの話を聞いた直後に消えた華霖。それがコカビエルを追ってのものだと理解するにはそう苦労しない。

 

「でもその様子だと、まだ決着はついてないんすよね?」

 

「うん。このあと、決着(それ)をつけに行く」

 

 これもまた、予想通りだった。コカビエルがそう簡単に討ち取られるわけないし、そして華霖も逃した相手をそのままにしておくようなタマじゃない。

 はぁ、と溜息を吐くミッテルト。

 

「そーっすか。んじゃ、気をつけて行ってくるっす」

 

「……止めないの?」

 

 意外にもあっさりと言い放つミッテルトへ、小首を傾げて問いかける。

 そんな華霖へミッテルトは頭に手を当てつつ、どこか呆れたような顔で答える。

 

「どーせ止めたって、あんたは行くってわかってるっすから」

 

 でも──そう言葉は続き

 

「無事に戻ってくること……いいっすね?」

 

 それ以上、ミッテルトからの言葉はなかった。彼女にとって華霖が無事に帰ってくること、それが一番の望みだから。

 ミッテルトの言葉に小さく頷き、華霖はリビングから出て行く。そして、玄関の扉に手をかけたその時

 

「こら、いつも言ってるっすよね? こういう時はなんて言うんすか?」

 

 やれやれ、そう言いたげな表情のミッテルト。彼女の意図することを察知し、華霖は一言小さな声で、けれど確かに彼女に届くように告げる。

 

「──行ってきます」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

 言葉とともに扉の向こうへ消える背中。華霖がいなくなり静かになった玄関、ミッテルトは唇を噛み締め絞り出すような声で漏らす。

 

「どうか、無事に……」

 

 自分は弱いから、華霖の力になることはできない。行ったとしても、ただの足手まといになるだけ。

 非力な自分が、守られるだけの自分が憎い。もっと力が、せめて彼の隣で戦えるくらいの力が欲しい。

 でも今はそれ以上に、華霖が無事に帰ってきて欲しい。

 

 握りしめた拳から流れる血。手を伝い地面へ滴り落ちるそれは、まるで少女の涙を表すように、玄関マットを静かに濡らし続けた。

 

 

 

 

 

 

 





はい、というわけです。
今回は何も書くことが見つからないので、この辺で失礼させてもらいます!

では、次話も気長にお待ちください!

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