「解せん」
俺が仕官先を探す旅を始めて二年が経つ。やっぱり世の中家柄なのか、門前払いばかり。腕っ節にはそれなりに自信はあるし、軍略とかもかじってる。実戦経験もあるし、算術なんかも出来る。雇ってさえくれりゃあキッチリ働いて報いる気は満々。だと言うのに、そもそも雇ってもらえないと来たもんだ。なんとか野盗とか熊とか退治して日銭ぐらいは稼いでるけどよ、やっぱり屋根のあるところで寝たいわけですよ。
「だがなぁ・・・・」
ここんところ、売り込みをしようにも大きな戦も少なくてなぁ。長尾と武田は内輪揉めを収めたばかりだからヨソ者は引き入れないだろうし、北条とか、奥州勢とか輪をかけて身内運営だし、越前は悪い意味で不穏だし、江北とか京とか遠いし、そこから西とかは情報がなかなか入ってこないもんなぁ。
「織田か斎藤、かな」
尾張を制圧した織田が、最近は美濃に手を出しているらしい。そのどっちかなら戦力を欲しているんだろうが・・・・
「伝手もねーしなぁ」
そこが問題である。尾張の織田家も、美濃の斎藤家も伝統ある家系だ。俺みたいな家が没落して一家離散したような奴雇ってくれんのかなぁ?って不安もあるわけでだ・・・・?
「・・・・」
不穏な気配を感じた気がした。俺は直ぐに地面へと耳を付け、音へと集中する。数は十かそこら、離れた場所にもう一つ。追われてる?誰が?ってかまた別の方からも?どうなってんだ。
「そう言やぁ、今孔明が稲葉山を占拠。その後に即返還、って事件もあったわなぁ」
当代の斎藤家当主は大うつけな事で名が知れ渡っている、織田の当主も大うつけと言われているが同じ字面でも内容は全く違うと俺は思っている。そして斎藤家の方はマジな方の大うつけだ、もう死んでも治らないぐらいの。
「仕官の糸口ぐらいにゃなるかね」
事実は物語より奇なりとも言う。稲葉山占拠の主犯、今孔明の竹中半兵衛重治が斎藤の手の者に追われてて、その竹中半兵衛を織田側の手の者が救出に向かっているとか、そんな事もありえるかも知れない。・・・・ねぇな。
―――――――――
「ねぇな、って言っといてなんだがよぉ。意外とあるもんだな、こう言うの」
俺が現場に駆けつけた時、遠目に見た覚えがある人物。竹中半兵衛が数名に庇われ、これまた遠目に見覚えがある斎藤家のうつけ筆頭、斎藤飛騨とその手勢に囲まれてた。で、竹中を庇ってる兄ちゃんが思ったよりも腕が良かったせいか斎藤飛騨は火縄銃なんざ出してきやがった。んでもって遅れてやってきたお嬢ちゃんが撃たれそうになって、それを兄ちゃんが庇おうとしてたんで・・・・
「本当はこんな事する義理もねぇんだけどよ」
俺が抜き放った槍の穂先が、兄ちゃんに当たろうとしていた鉛玉を弾き飛ばしていた。
「カッコいいじゃねぇか、兄ちゃん」
「え?」
「昨今じゃあ大名も武将も軍師も女ばっかりでよ、男で名が売れてる奴ってのぁ少ねぇ。だってのによ、お前さんは迷わずそこの嬢ちゃんを庇った。良いね、俺は兄ちゃんみたいな奴は大好きだ」
「き、貴様!!突然割って入ってきてなんのつもりだ!!美濃国主斎藤龍興様よりの上意により謀反人竹中半兵衛重治、並びにそこの賊共は討たねばならんのだ!!邪魔だてするならば貴様諸共斬るぞ!!」
喚く斎藤飛騨、ったくため息しかでねぇよ俺は。
「やれるもんならやってみろ三下、テメーら如きに俺が斬れるんならな」
義を見てせざるは勇無きなり、ってな。
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「つまりはアレか、兄ちゃんが最近巷で噂の『田楽狭間の天人』ってか」
「うん、まぁそうなるかな?」
いやー、ビックリしたね。本当に織田側の人間だったとは。飛騨の手勢をぶっ飛ばしてたらあの鬼柴田が出て来るんだもんよ、生きた心地がしなかったね。囲まれて槍突きつけられて・・・・だがまぁ、それ以上にだ。目の前の兄ちゃんが尾張の織田信長の夫君にして『田楽狭間の天人』と呼ばれる新田剣丞だとは思いもよらなんだ。
「っと、俺の自己紹介をしてなかったな。藤堂高虎、通称は泉。仕官先を探して旅してんだ」
「仕官先?」
「ああ、だが素性も知れねぇって事でどこでも門前払いでよ」
泣けるぜ、何て呟いていたら兄ちゃん・・・・新田剣丞が何やら考え事をしてる。
「なぁ、泉さん。もし良かったら織田に、正確に言えば俺のところに来ないか?」
「・・・・・・・・何?」
マジで言ってんのかコイツは。会ったばっかでそれこそ身分素性も知れない、俺を雇うと言ったか?
「泉さん、結構腕が立つよね?俺の隊には前に出て戦える人がいないからさ、泉さんに来て貰えると助かる」
「最低限、寝るところとメシさえ保証してくれるんならそれで良い」
「よし!」
まぁ、どんな事情や思惑があっても構いはせん。どうせ身寄りもシガラミも無いこの身、その時その時で努めを全力で果たし、その上で織田が気にくわなけりゃ出奔すりゃ良いだけだ。
「泉さんが入ってくれれば・・・・」
「ちょい待ち」
ちょっくら気になった事があり、俺は新田剣丞の言葉を止める。
「その呼び方なんとかなんねぇか?見たところ同い年だろ?連れてる連中見る限りじゃ、あんまり身分、上下関係は気にしないタチなんだろ?」
「そう?じゃあ泉、で良いか?」
「おぅ、俺も剣丞って呼ぶからよ。それで良いだろ?」
笑いながら「ああ」と答える剣丞。
「取り敢えずは・・・・お仲間を紹介してくれるかい?これから背を預け合う仲間になるんだからよ」
「そうだな、ひよ、ころ、帰蝶」
・・・・は?今帰蝶って言った?帰蝶姫?斎藤のお姫様?織田上総介信長の奥方?いやいやいやいやいや。
「えっと、木下藤吉郎、通称はひよこです」
「蜂須賀小六、通称は転子です」
「織田上総介と新田剣丞の妻、帰蝶よ」
ほ・ん・も・の・か・よ!?しかも剣丞の妻、っつったか?つまりは剣丞は織田上総介と帰蝶姫、その両方を娶ったって事か?凄ぇなオイ、いろんな意味で。
「で?俺の待遇ってどうなるわけ?位打ちしろって言うわけじゃねぇけどよ、どういう待遇になるかで気合の入り方って違ってくるだろ?」
俺の言葉に、四人がヒソヒソと話し合っているが・・・・
「多分、だけど。一度尾張に戻ってからちょっと実力を見させてもらうと思う。それによっても変わってくるけど・・・・」
「成る程、俺がどの程度かによるって訳か」
筋は通ってる。名の知れた武将ならば大凡の評判から位打ち、と言う事も出来るだろうが俺みたいに無名の、しかも単独で行動していたような野武士に対して実力も知らぬままに決めると言うのは無理があるだろう。
「分かった、一応は一通り軍略は学んだ。腕っ節もそれなりにあるつもりだし学もまぁ、ある方だと思う」
「つまりは何でも出来るって事?」
「正確に言えば『やった事がある事なら出来る』だな、流石に経験が無いものは無理だ」
出来る、出来ないってのは逆にハッキリ言ったほうが良い時がある。口だけで出来る出来る、と言った後に失敗してしまえば評価の下がり方と言うのは著しいからだ。
「ま、そこら辺もおいおい見て評価してもらえりゃ良いさ」
それから俺は、輪に入らず様子を見ている少女。竹中半兵衛へと、視線を向けていた。
「アンタも奇特な人だね、菩提城の城主にまでなっといて。聞かぬと分かってる忠言を行動で示し、その結果がどうなるか『分かってて』やったんだろ?」
「・・・・それでも、先代や先々代、更にはそれ以前より延々と斎藤家から受けていた恩を唯々仇で返す事は出来ませんでしたから」
勿体無い事をしたもんだ、斎藤家も。己の命を賭してまで諫言してくれた忠臣を、ちっぽけな自尊心と、下らない矜持のために手放すんだもんな。
「まぁなんだ、奇妙な縁だがこれから同じ主君の下で戦うんだ。宜しく頼むぜ、『今孔明』殿」
「詩乃です、私の通称は。あまり『今孔明』の呼び名は好きではありませんので」
「そうか、なら宜しくな詩乃」
「はい、泉さん」
俺はこの時、この先に待ち受ける運命とやらを・・・・何も知らなかった。
第一話でした。
凍結作品一つを抱えつつも、書き始まったら止まらなくなってしまう・・・・でも久しぶりに戦国恋姫やってたら書きたくなってしまったんです。