グッド!ローニング   作:レスキュー係長

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④いつだって人生はうまくいかない。

「どういうことっすか。どうして共作が認められないのか、説明して貰いましょうか。」

 

 

八幡は憤怒していた。かの邪智暴虐のサークル代表、匝瑳琴美を必ず説得しなければならないと決意した。

 

琴美の左手には八幡が一ヶ月間練りに練ってようやく形になった分厚い原稿用紙、右手には材木座の旧版を持ち、見比べている。

 

 

「ハチくん、そんなに怒るもんじゃないよ。」

 

「そりゃ、怒るに決まってるでしょうが。アンタが約束したんだぞ、材木座との共作にするって。材木座も聞いていたよな。」

 

「いや、まあ、そうではあるんだが‥‥」

 

 

材木座のハッキリとしない返答にまた別に怒りが込み上がってくる。そんな八幡の様子を察してか、琴美はなだめるように語りかける。

 

 

「いや、確かに約束はしたんだけど‥‥よく考えたら、材木座くんが一度は完成させた作品をハチくんの独自解釈で再編したわけでしょ。これって二次創作じゃない?ウチの部誌に二次創作は‥‥ね。それにやっぱり零から一を生み出した人を尊重しないと。」

 

 

それは余りにも筋の通らない話だった。共作という形で納めようと来る日も来る日も頭を抱え、書き上げたのだ。実質的には八幡は作り上げたと言っても過言ではない。

 

 

それでも、強く握り締めた拳を理性で緩める。それは琴美が全く動じることもなく、恐らくこの決定を覆す気はさらさらないように見えたからだ。

 

 

「‥‥また書け。そういうことですか。」

 

「ま、そういうことになるかな。ごめんね〜ちゃんと埋め合わせはするからさ。あ、そうだ!焼肉、行かない?私が奢るから。」

 

 

魅力的な提案だ。だが、今の八幡には響かない。焼肉程度で揺り動かされるような安い男と思われなくないのだ。

 

 

「‥‥お断りします。で、締め切りはいつまでに?」

 

「コミケ開催が八月十一日だから、せめてその一週間前までには欲しいけど、知り合いの印刷所にお願いするから始まる四日前までにくれればなんとでもするよ。」

 

 

今は七月末。圧倒的に時間が足りない。それでもやるしかないのだ。この大悪魔の前で見事に原稿を書き上げ、屈服させる。これこそ一番の抗議だろう。

 

 

「分かりました。じゃあ、書いてきますよ。ただし、書き上げたら死ぬほど奢ってもらうのでそのつもりで。」

 

 

 

 

そう言い残し、部室から去って行く八幡。残されたのは義輝と琴美の二人だ。

 

 

「アネキ、これで良かったのだろうか‥‥我は別に共作でもいいのであるが。」

 

 

 

琴美はそばにあったパイプ椅子に座り、二つの原稿用紙を見比べている。

 

 

 

「材木座くん。ハチくんの書いたこれ、読んだ?」

 

「勿論。素晴らしき物語であった。我の文章をここまでにするとは流石は我が相棒よ。」

 

「うん。本当に凄い。ファンタジーと現代日本を上手く融け合わせているし、心理描写が本当に上手い。私ね、欲深いんだ。これを読んで〝もっと見てみたい〟そう思っちゃった‥‥」

 

 

 

 

 

匝瑳琴美は昔から小説が好きだった。小学生の頃には、ナルニア国物語、指輪物語と言った海外作品は勿論のことはやみねかおる作品を特に愛読していた。

中学に入ってからは名作と呼ばれたものなら全て読み漁った。村上春樹、宮部みゆき、重松清、太宰治、江戸川乱歩、芥川龍之介、川原礫、伏見つかさ、アガサクリスティー、ヘミングウェイ、ジョージ・オーウェル‥‥‥ジャンルも時代も関係ない。ただひたすらに面白い小説を求めた。

 

それでも限界が訪れる。どんなに読んでも満足しなくなってきたのだ。次々にぺージをめくりたくなるようなゾクゾクとした本に出会わなくなった。つまらない。だから、本を読むのを止めた。いつかきっと天才が現れ、自分をドキドキさせる作品を書いてくれるはず。それまでは極力本は読まないでいよう、と本気でそう考えていた。

 

 

大学では文芸サークルに入り、代表にまで上り詰めた。そこにはプロでなくとも面白い小説を書いてくれる人間がいるのではという期待があったからであるが、それでも大学四年間では出会えず、決まっていた出版社の内定を自ら無にし、留年してまでも居残った。

 

そんな時だった。八幡に出会ったのは。気に入ったのは彼のその酷く捻くれた性格だ。様々な人間に会ってきたが、八幡のような人間に会ったことはない。だから、興味が湧いた。この人が書いた独自の世界を見てみたくなった。

 

 

「なるほど‥‥とどのつまり八幡に惚れ込んだのであるな。」

 

 

「正しくはハチくんの才能、にね。思ってた通りこんな面白いものを書き上げてきたわ。でもこれは彼の世界じゃない。あくまで材木座くんの作った世界に手を加えただけ。私は本物の彼が作り上げた世界を見たい。まあハチくんには大分負担をかけることにはなるから本当申し訳ないとは思っている‥‥」

 

「そんなことはないと我は思うぞ。」

 

 

義輝は八幡の原稿用紙を琴美から受け取る。

 

 

「あやつはああでもしないと動かないからな。強引くらいがちょうどいいのだ。それより、これはどうすれば?我のが元になっているとは言え、ほとんどあやつが書いたものである。」

 

「勿論、共作として掲載するよ。あんな面白い小説を公開しないなんて勿体ないからね。あ、それから材木座くん。これ私が代表してる別の同人ゲームサークルなんだけど、シナリオ担当が不足しててね。君は文章を書くのはちょっと下手みたいだけど、ストーリー自体は素晴らしいわ。きっと良いシナリオライターになれるから小手試しにゲームのシナリオでも書いてみたら?」

 

「こ、これは‥‥ありがたい。感謝する‥‥いや、ありがとうございます。」

 

 

連絡先の書かれた紙を受け取りはしゃぐ材木座をよそに、今年の夏は忙しくなりそうだ、と琴美は笑みを浮かべていた。

 

 

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新宿のルノワールでコーヒーに大量の砂糖を加えていたのは八幡であった。勢いよく部室から飛び出したものの、新作なんてそう簡単に浮かぶわけでもない。後悔しかそこにはなかった。

 

 

「人と会っているのにボケっとするなんて礼儀がなってないわね、ボケヶ谷くん。」

 

「もはやうまくもなんともないその〜ヶ谷シリーズはやめるつもりはないんですかね、雪ノ下。」

 

 

白いワンピースを着こなす雪ノ下雪乃はアイスティーを一口飲む。八幡から見ても雪ノ下雪乃は大学に入ってさらに綺麗になったように見えていた。大学で愛猫同好会に入り、好きなことをやっているからだろうか。少なくとも高校時代よりも柔らかくなった印象を八幡は持っていた。

 

 

「何かしら。ジロジロと視姦するのは止めてほしいわね。」

 

「ルノワールで視姦とか使うな。TPOをわきまえてくれ。」

 

 

そうね、と微笑む雪乃であったが思い出したかのように茶封筒を取り出す。

 

 

「これ。約束してた花火大会の有料エリアのチケット。」

 

「わざわざ千葉から出てこなくても郵送してくれれば良かったのに。」

 

「別にこれのために出てきたわけではないわ。東京でパンさんの展示会があるからこれはそのついでよ。」

 

「‥‥さいですか。まあ、ありがたくいただく。」

 

「別に貴方のためじゃないわ。由比ヶ浜さんのためよ。」

 

 

八幡は茶封筒を受け取り、かばんにしまう。八幡が結衣のために雪乃に頼んでいたものだ。

 

 

「それでどうなの?由比ヶ浜さんとは。」

 

「どうって‥‥まあ、上手いことやってるよ。適度に連絡とっているしな。あいつも頑張ってるみたいだぞ。」

 

「そうね。私もたまに会うけど、びっくりするほど成長してるわ。彼女と構造主義の話で盛り上がれるなんて思わなかったわ。」

 

「え、最近の女子会ってそんな硬派な話するのか。八幡ビックリ。」

 

「ただ、心配なの。予備校では友達も作らずにずっと勉強しているそうよ。」

 

 

由比ヶ浜結衣が友達を作らず、ひたすらに勉強しているとは八幡からすると意外ではあったが、正しい選択だとも思う。友達を作ればおしゃべりなんかで勉強時間は削れる。浪人は高校とは違う。勉強するためだけに与えられたモラトリアムなのだ。

 

 

「良いことじゃねえか。実際、成績も上がってるんだろ。」

 

「由比ヶ浜さん。笑ってたけど、昔みたいにじゃなかったわ。なんと言うか無理していた気がするの。私は聞けなくって‥‥ねえ、比企谷君。もし由比ヶ浜さんが辛い目にあっているなら貴方も助けてね。勿論、私も助けるけど。」

 

 

強く、真剣な眼差しだ。八幡はただ首を縦に振る。善処するとは言わない。その言葉は酷く無責任に思えたからだ。

 

 

 

 

 

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七月末。

 

気づけば模試当日。

 

「ママ、行ってくるね。」

 

 

行ってらっしゃいという母親の言葉を聞く余裕もなく、玄関を出た結衣は模試の会場に向かうためバス停まで向かう。

 

 

歩いていると先ほどそこら中に幕張ビーチ花火フェスタのポスターが張られていることに気づく。八月の頭に開催されるこの花火大会は高校二年生の夏に結衣と八幡がデートした思い出のイベントだ。

 

この模試を切り抜ければ、彼とまた一緒に夏の思い出を作れると思うと先ほどまで重かった気分も幾分か楽になるような気がして少し歩くスピードも早くなる。

 

 

 

 

 

模試の会場はいつもの校舎だった。いつも通り結衣を始まる二〇分前に来て受験票に書かれた席へと座る。周りには外部からの受験生も混じっているのか、なんだか皆頭が良さそうに見える。

いかん、いかんと持参の英単語帳を眺めるが一単語も頭に入ってこない。世界史の一問一答を開いてもどうにも調子が悪い。こういう時はやることは一つだ。結衣は自分の腕を枕に開始時間まで目をつぶっていた。

 

 

 

 

模試は世界史、国語、英語の順番に行われる。目をつぶり、自分の世界に入っていたのが功を奏したのだろうか、初めの世界史では思いの外手応えを感じることができた。二科目、国語は時間切れで漢文丸々と古文の一部の問題を解くことが間に合わなかったが現代文の出来は自分でも自信を持てるほどだった。

しかし、そんな中で危機的な問題が発生したのは英語であった。

 

 

 

〝始めてください〟

 

 

 

試験官の合図で受験生は一斉に問題用紙を広げ、解き始める。そんな中、結衣のペンはぴくりとも動かない。

 

 

(どうしよう……読めない……どうして……!?)

 

 

いつもならすぐに出てくる英単語も上手く出てこない。それどころか単語がアルファベットにばらばらに分解されて見える。英語の教師に言われたことも上手く思い出せない。長文を目で追えない。気づけば、着ていたTシャツが肌に纏わり付くほどに冷や汗が吹き出していた。どうすればいい、考えれば考えるほど分からなくなってくる。まるで底なし沼に引きずり混まれているかのようで震える。

 

 

 

 

 

試験終了した時、結衣のマークシートには半分も行かない程度しか書き込まれておらず、結衣はその場で憔悴し、しばらくその場から立ち上がることはできなかった。

 


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