艦隊これくしょん・蒼海へ刻む砲火   作:月龍波

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7話:着任と再会2

「お久しぶりです、龍波次長殿」

 

数年越しの感動の再開とは言い難い雰囲気が優翔とその目の前の男の間に流れている。

 

龍波雅樹中将、軍令部次長であり日本海軍のトップの一角である人物であり、そして自身の父。

 

できる事ならば会いたくはなかった人物の一人である男を前にして内心ではあまり穏やかではなかった。

 

そんな優翔の心境とは別に、雅樹から苦笑が漏れだした。

 

「次長殿か、前の様に父とは呼ばぬのだな?」

 

「……今の小官は軍人として勤務中の者です、お戯れはお控えください」

 

表情を崩さずに淡々とした言葉は目の前の男を怒らせるどころか逆にクツクツと笑みを浮かべている。

 

――いったい何なんだ……。

 

笑いのツボを突いた覚えは無く、ただ目の前で笑う彼の姿に理解できず、眉間に皺を作るしかできない。

 

「随分と堅物になったものだな。いや、昔なら食って掛かっていた事から大人になったと言うべきか?」

 

「……ご想像にお任せいたします」

 

「まぁ良い。しかし優翔、聞きたいことがある」

 

「……何でしょうか?」

 

納得の様な表情を見せたと思えば、次は急に視線が鋭くなっていた。

 

眉間の皺を濃くしながら続きを促すも、彼はマジマジと優翔の顔を観察するように見ている。

 

値踏みするような視線では決してなかった、というよりは昔と見比べている様な視線に近い。

 

だが、その時間がかなり長くも感じもう一度続きを促そうとした時に雅樹の口が開いた。

 

「……お前、そんなに色白い肌をしていたか?」

 

聞きたい事、というのは肌の色についての事だったようだ。

 

その言葉に景山は雅樹と優翔を見比べて、確かに優翔の方が色白い肌をしている事を再認識した。

 

――何かと思えば、そんな事か……。

 

それに対して優翔は呆れに近い様な感情が湧いてきて、ため息をつかない様にできたのは上々だった。

 

「……小官ら、百八期の者は皆がそうなっております」

 

「そうか……」

 

一言それだけ言うと、それ以上は雅樹は何も聞いてこなかった。

 

一瞬だけ彼の瞳に憂いが混じっていたのを優翔も景山も見逃さなかったが、それをとやかくいう事はなかった。

 

「ともかく、お前が海軍に移ったのは喜ばしい。期待しているぞ、優翔」

 

「……ありがとうございます。ですが、小官の事は階級で呼ぶように願います。周りは存じているでしょうが、けじめが付きません……」

 

「ふっ、分かったよ。”大佐”」

 

ようやく自分の事を階級で呼ぶようになって、優翔は心の中でため息をついた。

 

自分ほど彼はしがらみを持っていないようだが、それでもやり辛いものがあった。

 

特に鎮守府内で他の者の前で自身を名前で呼んでいたら最悪なものだった。

 

「息子との再開で内心嬉しいのは分かるが視察に来たのだろう、目的を忘れるなよ?」

 

「忘れてなど無いさ、浮かれていたのは事実だがな。早速だが始めるとしよう」

 

長い前置きが終わり、ようやく本題が始まり三人はその場から歩き出した。

 

今回は景山と優翔と横須賀鎮守府のトップと大佐と普段ならばありえない人選が案内役となっている。

 

それも軍令部の次長直々の視察という事もあり、致し方ないものだった。

 

階級こそは景山の方が高いのであるが、海軍の行動の決定権を持つ軍令部の次長である龍波の方が事実上では立場が上だ。

 

その為に鎮守府の責任者である景山と、椎名少将が不在である今は第二副官候補となっている優翔がその任に付いている。

 

「それで、龍波。最初はどこに向かうつもりだ?」

 

「工廠だ、鎮守府の動きは工廠を見れば大体把握できるからな」

 

「分かった、こっちだ」

 

二人のやり取りを聞いて、優翔は雅樹の言葉に当たり前とも言えるが納得を示した。

 

艦娘の建造や装備の開発を行っている場である工廠はある意味で鎮守府で一番忙しい場所でもある。

 

そこが動いているとなれば、最悪を備えて準備を進めている証にもなる。

 

その逆も然りであり、動いてなければただ漠然と時間を浪費しているというのが分かるのだ。

 

――とはいえ、まず後者はありえないが。

 

思案しながらも優翔は心の中で呟いた。

 

横須賀鎮守府は首都防衛の要である最重要鎮守府の一つであり、割り当てられる予算なども他の鎮守府よりも多い。

 

そして最高司令官である景山は、優翔の見てきた人間の中では地に足が付いている人間だ。

 

そういう事は雅樹も景山とのやり取りでお互いを良く理解しているであろう事から、十分把握しているのだろうが職務上は仕方ないのだろう。

 

 

 

 

 

正門から歩き続けて十分程、三人は工廠の前の扉まで来ていた。

 

内部からは外に漏れる程の機械の駆動音が鳴り響いており、情人であれば思わず耳を塞ぎたくなる程の騒音であった。

 

しかし、当の三人は外からでも聞こえる騒音に対して全くと言っていいほどの涼しい無表情だった。

 

「音だけ聞けば凄まじいレベルで動いているな」

 

「音だけ聞けばな。オートで動いている部分もあるからな。大佐はこの騒音は平気か?」

 

「ゲリラ戦中での爆撃音よりは遥かにマシとだけ言えます」

 

雅樹の言葉に淡々と返す景山は隣の優翔に気遣う様に声をかけてみるが、返ってきた返答でいらぬ心配だったと認識したのだった。

 

そんな中、優翔は率先して扉の方まで歩み寄り、扉の横に存在する端末に自身のキーカードを差し込んだ。

 

カタカタと素早く入力して扉を解放すると、分厚い鉄の扉によって多少なりとも抑えられていた騒音が一気に外へと漏れ出し先ほどの二倍近くの音量となっていた。

 

「さて、中に入るとしましょう」

 

「全く、良くこんな騒音を近くで聞いて眉一つ動かさないでいるな……」

 

先程と変わらぬ涼しい無表情なままで呼びかける優翔に対して、雅樹は呆れを交えながら近づいていく。

 

景山もそれに続き工廠へと近づき、二人の距離が自身の直ぐ傍まで縮まると優翔も踵を返して工廠の中へと入っていく。

 

まず、三人が最初に見たのは作業台に広げられた図面と睨み合いを続けている明石と夕張の姿だった。

 

近づいてくる三人分の気配を感じ取った明石と夕張は図面から目を離し、こちらを見やると慌てふためいた様子で敬礼を行った。

 

「か、景山大将、龍波中将、龍波大佐お疲れ様です!」

 

「うむ、頑張っているようだな」

 

「仕事中に悪いが、視察させてもらうぞ」

 

「は、はい!!」

 

雅樹の対応は景山と明石が行う事となり、手が余った優翔の傍に夕張がこっそりと近づいた。

 

そちらの方に目を向けると夕張は雅樹の方を気にしながら小声で優翔に話しかけた。

 

「た、大佐。何で軍令部次長が来る事を教えてくれなかったんですか」

 

「……許せ、今日来る事を知ったのは今朝方だ。私も仕事があって手が空いてなかった」

 

「それなら仕方ないんですけど、今に限ってはマズイですよ……先日大佐の持ってきた設計図の物をどうやって形にするかを明石さんと話していたところですから……」

 

「……それは、ちとマズイか」

 

手を口元に当てて話す夕張の言葉に優翔のコメカミから汗が流れた。

 

優翔の持ってきた設計図というのも、優翔個人の依頼ではあり景山から許可は取っているものの軍令部には話を通していない物である。

 

黒に限りなく近いグレーの代物を目の前に軍令部の次長等という者が来ればマズイどころの話ではない。

 

軍令部に話を通していない理由も、まず許可が下りないから勝手にやるという物であり、雅樹に知られれば即刻中止になるのが目に見える。

 

今は明石が雅樹の視線から作業台を隠すように立って現場の状況を説明しているが、傍から見てもどう見ても怪しい事このうえない。

 

「……ところで、明石」

 

「は、はい。何でしょうか」

 

「さっきから何故その作業台を私に見えない様に立っているのだ」

 

雅樹のその言葉に明石の笑顔が引き攣った。

 

――あ、やばい。

 

明石の反応に声に出さずとも危険だと瞬時に判断した。

 

問われている時にその反応は相手に疑心感を与えるだけだ。

 

「あー、これは……偶々です」

 

「…………」

 

――だから、そういう反応は駄目だって……。

 

対応の下手さに優翔は呆れが混ざりこみ、諦めた様に帽子のつばを掴み目深に被り直した。

 

夕張は夕張で青ざめた顔で明石の方を向いていた。

 

その明石の隣にいる景山もため息をついている。

 

「……確認させてもらうぞ」

 

疑心感を露わにした雅樹は明石をその場から退けて、作業台の上を見やる。

 

そこに広げられた設計図を手に取り、目を走らせるたびに眉間の皺がどんどん深く刻まれていく。

 

――こりゃ、お叱りが飛ぶな……。

 

深く被られた帽子の奥で、優翔は目を伏せて心の中で呟いた。

 

そもそも許可が下りないであろうから軍令部に話を付けていない理由は、雅樹が今目を通している物は新兵器開発の設計図なのだ。

 

新兵器と言えど大量殺戮の類の物では無く、標準的な物であるのだが内容がある意味で新しい試みの物である。

 

設計図から目を離した雅樹は鋭くさせた目を優翔へと向ける。

 

視線を受けた優翔は帽子を被り直し、彼と視線をぶつける。

 

「……これを明石達に指示したのは貴官か、大佐」

 

「左様です。よく分かりましたね」

 

「こんな装備を考えるのは陸軍に身を置いていた貴官くらいだろう……許可をする景山も相当ではあるがな……」

 

呆気からんと言い放つ優翔に流石に呆れの気持ちが強くなったのか、大きなため息を吐き出しその後に景山を見やった。

 

景山はというと、彼は彼で鼻で笑うように短く息を吐くだけであった。

 

そんな彼の反応を見た雅樹はため息を再度吐いて、設計図に再び目を見やる。

 

「……必要となるのだな?」

 

「は?」

 

「いずれ必要となるから作らせているのか?と聞いているのだ。まさか面白半分で作らせているわけではあるまい?」

 

想像していた言葉と裏腹な問いに優翔は思わず素っ頓狂な声を上げる。

 

だが続けて言われた言葉は、必要だと言うならば許可をするとも取れる言葉だ。

 

「無論です。必要と判断した故に小官が明石達に命令しましたので」

 

「そうか……」

 

軍令部次長の許可をこの場で取れるのであればこそこそと行う必要性は皆無となるため優翔は迷わずに進言する。

 

その答えを聞いた雅樹は一言だけそう言うと、設計図を明石に手渡した。

 

「その設計図に描かれた物は軍令部次長である私が正式に許可するものとする。開発を進めるように」

 

「あ、ありがとうございます!夕張、続きやるよ!」

 

「は、はい!!」

 

正式に許可を貰うや明石は目を輝かせ直ぐに夕張を呼び出し二人で設計図の物についての話を再開した。

 

「珍しいな、お前が許可を出すとは」

 

「このまま秘密裏に行い、本部にバレてお前が処分されるのはナンセンスだ。それならば私がさっさと許可を出せばいいだけの事だ……お前は横須賀の守りに必要だからな。それに……」

 

景山の言葉に心底呆れた様に雅樹は言う。

 

確かに、この開発の件を秘密裏に行い本部にバレる事になれば処分は避けられない。

 

減俸ならともかくも、左遷や降格などされたらたまったものでは無い。

 

しかし、最後の所で雅樹は優翔の方へと顔を向ける。

 

「……あれは、お前が使うつもりなのだろう?」

 

「えぇ、そのつもりです」

 

「だろうな、艦娘が使うには大振りであるし、もう一つの物はお前ぐらいしか使わないだろう」

 

雅樹の問いに優翔は頷きながら返す。

 

設計図だけのスペックで誰が使うかを見極めたのは流石だと、優翔は心の中で呟く。

 

とは言えど、艦娘に使う装備でもない物を効率第一を旨とする雅樹が許可を出すのは本当に珍しい。

 

――五年の月日が経って少しは丸くなったのか……?

 

五年も会っていないのでその間にどの様な心境変化が起きたのかは優翔の知る所ではないが、少なくとも喧嘩別れをした時を考えればありえないものだった。

 

彼が変わったのか、変わってないのかは今の優翔には分からない。

 

――いや。もしかしたら、私が分かろうとしていないだけなのか……。

 

「何を呆けている大佐。次に行くぞ」

 

「失礼しました。直ぐに参ります」

 

気が付けば景山と雅樹の二人は工廠の入り口まで移動して優翔を見ていた。

 

雅樹に至っては先程とは違い既に此処に来た時と同じく鋭い目をしている。

 

少しの間とはいえ、考えている内に此処の視察を終えたらしい。

 

失態を晒したと感じながら直ぐに二人の元へと駆け寄ると、直ぐ傍まで来たことを確認してから二人は歩き出した。

 

「呼ぶまで気づかないとは、具合が悪いのか?」

 

「……いえ、そういう訳では……申し訳ございません」

 

移動しながら景山が気遣う様に優翔に問うが、体調自体は良好でありそこは問題ではなかった。

 

自身の父について考えていたら気が付かなかったなんて言える訳もなく、ただ謝るだけだった。

 

そんな中で優翔に助け舟を寄越したのは雅樹の方だった。

 

「景山、こいつがああなっている時の殆どは自分の中で考えを纏めている時だ」

 

「ほう、そうなのかね?」

 

「……はい、仰る通りです」

 

自分が思考を巡らせている時は極端に周りの様子が見えなくなる事は父である雅樹が知っているのはおかしくはない。

 

だが、ここで助け舟を出すような事は先程から感じている様に珍しいものだった。

 

ますます混乱が続き、いったいどう彼と接すれば良いのか分からなくなってくる。

 

――どうすれば良いんだ……。

 

「司令官?」

 

心の中で弱音が漏れた時に聞きなれた少女の声が耳に入りそちらへと視線を向けると、艤装を外してフリーとなっている響の姿が見えた。

 

彼女は不思議そうな表情で優翔を見ており、何か言いたげだった。

 

「どうした、大佐」

 

「すみません、部下が呼んだみたいです。直ぐに戻りますのでよろしいでしょうか?」

 

許可を得るなり優翔は直ぐに響の元へと歩み寄った。

 

先程と変わらず響の表情は不思議そうに彼を見つめているだけだった。

 

「呼んだか、響」

 

「うん、ちょっと気になってね」

 

「何がだ?」

 

「司令官が思い詰めた様な表情をしてた」

 

彼女の言葉を聞き、見透かされた事を察した。

 

思い詰めたというよりは混乱していたのではあるが、偶然通りかかった響にはそう見えて気になり声をかけた様だった。

 

「……そんな顔をしていたか?」

 

「うん。それに何ていうのかな、覇気が無い。たぶんお父さんの事かな?」

 

どうやら何もかも見透かされている様だった。

 

何て答えればいいのか迷った時にこちらに近づく足音が一つ聞こえる。

 

振り向くと雅樹が優翔の右後ろの位置に立っている。

 

響は敬礼しようと姿勢を整えると、雅樹の方から片手で制され上げようとした右手に力を抜いていた。

 

「貴艦が大佐の艦娘か」

 

「はい、秘書官を務めています暁型駆逐艦2番艦の響です」

 

自己紹介をする響に頷く雅樹は観察するように響を見つめると、不意にふっと笑うように息をはいた。

 

いったいどうしたのか優翔と響は表情には出さないものの、心の内では怪訝な気持ちだった。

 

「いかがなさいましたか?次長殿」

 

「いやなに、偶然とはいえ似た者同士だな。と思っただけだ」

 

雅樹の言葉に二人は同時に怪訝な表情を浮かばせる。

 

――私と響が似た者同士とはどういう事なのだろうか。

 

口に出さず心の中でぼやく程度ではあるが、表情だけは変りようがなかった。

 

響も言われた意味が理解できず困惑しており、その反応を見た雅樹は苦笑を漏らす。

 

「優翔、お前は(この娘)をどう捉えている?」

 

「……物静かではありますが、素直で優秀な人財かと」

 

名前で呼んだことよりも質問の内容が抽象的で判断つかないが、性格の事だと思い発言する。

 

だが、なるほど、と声に出している割には少し落胆しているような表情だった。

 

続けて彼は響の方へと目線を向けた。

 

「響、大佐(優翔)についてはどう思っている。聞かされているだろうが、私がこやつの父だからと遠慮はしなくていい」

 

響は悩んでいた、遠慮しなくていいと言われたからといってズカズカとした発言などできる訳がない。

 

困惑が困惑を呼び、二月の真冬だと言うのに身体全体から汗が噴き出る感触を味わう。

 

「……指揮能力、人柄と共に極めて優秀な司令官という判断と共に人として信頼できる方かと」

 

思考に思考を重ねて絞り出すような響の発言に雅樹は意外そうな顔で目を丸くさせていた。

 

優翔自身もそのような評価を持たれている事には意外と感じており、表情には出さずともどうすれば良いのか分からなかった。

 

「それは、本心での発言か?それとも部下として上官を華を持たせるためか?」

 

「前者です」

 

「ふむ、理由を詳しく聞かせられるか?」

 

雅樹の疑うような発言に対して響は即答で返す。

 

彼の興味を惹いたのか理由までも聞こうとする彼に優翔は辟易しかけていた。

 

――頼むからもう勘弁してくれよ。

 

今すぐにでもタバコを吸いたくなる衝動に駆られるも、それをぐっと堪えて響がさっさと答えて終わる事を願った。

 

「司令官……いえ、龍波大佐は他の提督が匙を投げる程問題児と言われている島風に対しても真摯に向き合い匙を投げるような事をしませんでした。それは龍波大佐が部下の事を大切に思っているからだと思います」

 

「ただ部下に対して優しいだけというのは信頼に置ける決定的根拠には程遠いと思うが?おまけにこいつは知ってのとおり海に関しては素人だ」

 

響の言葉にある程度の納得を示しながらも雅樹は更に問う。

 

優翔はいい加減うんざりしてきているが、響は問われても狼狽える事は無く即座に切り返した。

 

「お言葉ですが次長殿。確かにその通りではありますが、下手な人物よりも私は龍波大佐を信頼できます」

 

「……その理由は?」

 

「龍波大佐は確かに海の事はご自身で言うとおり素人ではあります。ですが、彼の実戦で得た経験に基づく言葉は私達艦娘にとっては貴重な情報であり、実際に先日窮地に陥った私と島風をその指揮で救っています。それに……龍波大佐は地に足が付いている人です。以上が私の龍波大佐への信頼を置く理由です」

 

「……なるほどな。よく分かった、ありがとう」

 

全て聞き終えた雅樹は全て納得をした表情で礼を述べ、それに対し響は被っている帽子を脱いで一礼をする。

 

その姿に頷いた雅樹は優翔の方へと視線を向けた。

 

「お前がどの様に思われているのかは分かった。自身の艦娘に失望されぬように努めるように」

 

「はっ。精進致します」

 

形式的ではあるがはっきりとした声を聞き雅樹は頷くと二人からゆっくりと離れるように歩き出した。

 

自身の用も済んだのでそのまま付いていこうとする優翔に彼は手で制した。

 

「次長殿?」

 

「此処からは景山とだけで十分だ。貴官は随伴の任を解き、明日に備え休む様に」

 

「……了解しました。龍波大佐、随伴の任を終了致します」

 

急な命令に腑に落ちないままではあるが、上官命令となると従わないわけには行かない。

 

優翔は敬礼し雅樹を見送ると、彼は景山と合流するなり歩き出して遠ざかっていく。

 

彼らの姿が見えなくなったところで敬礼を止め、響の方へと視線を向ける。

 

彼女の方は、何が何だかと言った様子で困惑が見て分かるレベルであった。

 

――そりゃ上官の父親が直に上官の事をどう評価しているかなど聞かれれば困惑するか。

 

結局父が何を思っているか分からないまま、気持ちを落ち着けるためかタバコを取り出しては火を付けて一口吸う。

 

「……しかし、案外と口達者なんだな」

 

「……?ごめん、言っている意味が分からない」

 

煙を吐き出しながら響に問うと、彼女は無表情のまま答える。

 

確かに質問が抽象的過ぎたと思いながら優翔は更に一口吸ってから口を開いた。

 

「次長殿の前であんなお世辞を良くポンポンと口に出せるもんだ、と感心しただけだ」

 

「…………」

 

正直、響が雅樹を言いくるめたのは意外だった。

 

普通は軍令部次長と言った肩書を持つ者が質問してくれば下士官などは焦りから口を滑らせるものだが。

 

彼女はそうではなかったことから、かなり冷静に自身の感情を処理できるのだろうと優翔には感じていた。

 

しかし、彼女からの反応が一切なくなってから数秒の沈黙が流れ始め、優翔はいったいどうしたのかと思い始めた。

 

「……司令官は少し、周りの人を知ろうとして無さすぎるよ」

 

「…………」

 

ようやく彼女から返ってきた言葉は、少しだけ悲しそうな表情と共にだった。

 

それに対して優翔は反応できなかった。

 

そんな表情をする響を見たのは初めてだというのもあるが、彼女の言葉に肯定も否定もできなかった。

 

それが図星だからなのか、意識してないからなのか事態が優翔にとって理解してなかった。

 

「過去が原因なのは何となく察しが付くけど、司令官の過去がよく分からないから私には何とも言えない。けど島風は歩み寄り始めたのに司令官がそれだと、島風が可愛そうだよ……」

 

「…………」

 

この言葉に対して優翔は何も言えなかった。

 

だが、思い返してみれば今日の任務を言い渡した時にも島風を信用していない様な言葉を投げかけていた。

 

――なるほど、既に失敗している訳か……。

 

理解した瞬間に、色々と空虚に感じ始め自分では分からないが少しだけ顔に出ているだろうとは思えた。

 

「……ごめん、先に戻ってるね」

 

「あぁ、ゆっくり休め」

 

優翔の顔をみた響はバツが悪そうに表情を変えてそう言い、彼から離れていく。

 

此処で何か言えればいいのだろうとは理解はしていたが、思い当たる言葉が見つからず事務的に返事をしてしまい、心の中で違うと確信した。

 

響の姿が見えなくなるまで見送り、半分まで燃え尽きたタバコを一口吸い込んだ。

 

――自身の艦娘に失望されぬように努めるように。

 

去り際に言った父の言葉が再生され、大きなため息が漏れた。

 

「既に遅かったようだ……」

 

自分に言うかのように呟くが、周りには誰も存在せず、口から洩れた言葉はただ空しく霧散するだけだった。

 

 

 

 

時刻はフタマルマルマル。

 

あれからというもの、優翔は一度執務室に戻り明日の分の書類処理をさっさと済ませて今は鎮守府内のある場所に向かって歩いていた。

 

夕食はまだ済ませていない、普段であれば秘書艦である響が持ってくるが、今回は明日に備えさせる為と単純に昼間の事もあり会ったところでどうすれば分からない為に持ってこさせていない。

 

仕事をしながら色々と考えた結果、自分が悪かった事は理解でき原因も分かったため、響に謝る事は確定した。

 

だが、どのように謝れば良いのかまでは思いついておらず、そもそも直属の部下に謝る機会などあまりなかったこともあり上手く言葉が思いつかなかった。

 

そもそも彼女も女性であり、自身が今まで謝った経験がある男共と一緒の扱いすれば逆効果だろう。

 

どうするべきかと考えた結果、艦娘については艦娘に聞くのが良いだろうと考え、腹ごしらえも含めて【居酒屋・鳳翔】へと足を運んでいた。

 

そうしている内に目的の場所へとたどり着き、引き戸に手をかけて開放させる。

 

「鳳翔さん、邪魔するぞ」

 

「はい、お好きな席にどうぞ」

 

暖簾(のれん)を潜りながら言い、店内に入ると同時に聞こえる鳳翔の声を聞きながら店内を一瞥すると、彼の眉間が皺が一気に寄った。

 

カウンター席のど真ん中に陣取って、日本酒をチビチビと飲んでいるとある人物が原因だった。

 

「……座ったらどうだ?」

 

此方を一瞥しながらそう語りかけるのは自身の父である雅樹だった。

 

軍令部次長である人物が居酒屋に居るという事自体に驚きは隠せないが、それよりも既に帰ったものと考えていたために居ること自体に驚きを隠せなかった。

 

とは言え、座れと言われて座らないのもどうかと思い、カウンター席の方へ進み雅樹から一席離れた席へと腰を落ち着けようとした。

 

「せっかくなのだから隣に座ったらどうだ?変に遠慮する程の真柄ではあるまい」

 

座る直前にそう声をかけられ、ため息をつきたくなるのを我慢しながら彼の隣へと最終的に腰を下ろした。

 

個人的に最高に居心地の悪い席に座ることになり、不機嫌とまで言わないが口が重く閉ざしてしまっている。

 

おまけに鳳翔に相談をしようと思っていた事も彼が居るのではできない。

 

さて、どうしたものかと考えている間に、鳳翔から熱燗が入った徳利と猪口が目の前に置かれた。

 

「大佐は最初は熱燗でよろしかったですよね?」

 

「あぁ……ありがとう。それと適当に食べるものもよろしく頼む」

 

「はい、少々お待ちを」

 

鳳翔に礼を言い、更に注文を頼む事で彼女は台所の方へと移動した。

 

とりあえずと一口分を猪口の中に徳利の中身を注ぎ、飲み始めながら隣に座っている男の方へと目線を向ける。

 

彼はただ静かに猪口に注がれた酒を見つめながら深く考え込んでいるようであった。

 

「……しかし、いったい何なのだろうな。私の姿を見るなり他の者が一斉に出て行きおった。無礼だと思わんかな?」

 

――誰だってお偉い中のお偉いの人物を邪魔する訳にもいかないし、居心地悪いだろう。

 

いきなりボヤいた彼に対しそういってやりたかったが、別に自身に言われた訳でもなく無視する事にした。

 

「軍令部次長殿がいきなり居酒屋に入るとなれば驚くと思いますよ?」

 

「そんなものであろうか……」

 

雅樹の問いには台所にて準備をしている鳳翔が顔を見せて答え、それに対して少し眉を伏せて問うていた。

 

それに関しては鳳翔はにこりと笑顔を見せるだけだった。

 

「優翔、お前はどう思う」

 

「……大佐です、次長殿。大将閣下の前でなら兎も角、他の者の前では御自重頂きたい」

 

「まったく、堅物すぎると思わんか鳳翔?」

 

「大佐は公私を弁える誠実な方なだけですよ次長殿。いくらお父上が相手でもケジメを付けるのは高級士官としてあるべきだとという事ですよ」

 

「……これは一本取られた」

 

嫌味たらしく返した言葉を軽く流しながら鳳翔に問う彼に、彼女は宥める様に返した。

 

それに対して雅樹はフッと笑って猪口へと口を付けた。

 

それよりも驚いているのは、雅樹と親子の関係だという事を鳳翔が知っている事だった。

 

「次長殿は良く司令長官と共に足を運んで大佐の事をお話しなされていたんです」

 

「最後は丁度、半年前程か。早いな時間が経つのは」

 

優翔の心を読んだように説明をする鳳翔に対して、雅樹は昔を懐かしむ様に呟いていた。

 

自身の事を父が話していたのならば確かに鳳翔が親子関係である事を知っていてもおかしくはなかった。

 

とりあえず納得を示し、自身も猪口に残った酒を飲み干す。

 

「……それで、何か話したい事でもあったのではないか?」

 

「……思考を纏めています……」

 

「そうか……」

 

正しくは鳳翔に聞きたい事があったのだが、この際はずっと昔から父に聞きたかった事があるのは確かだった。

 

だが、あまりにも突然の事で言葉が見当たらず思考する時間が欲しかった。

 

雅樹はそれを理解したように、待つ様に猪口の中へと新しく酒を注ぎ始めた。

 

自身も猪口の中に酒を注ぎ、ゆっくりと飲みながら思考を纏め上げ、飲み干した所で聞くべきことが纏まり口を開き始めた。


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