艦隊これくしょん・蒼海へ刻む砲火   作:月龍波

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6話:着任と再会

二月五日、マルハチマルマル。

 

横須賀鎮守府に所属する龍波優翔大佐は既に執務用の机へと鎮座し、少し少なめの朝食を取りつつ書類を読み進めていた。

 

隣には秘書官である暁型2番艦【響】が待機しており、彼が食事を終えるのを待っていた。

 

「しかし、響。お前昨日のあの時、隠れて見ていただろ」

 

「やっぱり司令官にはバレていたようだね」

 

「気配で丸分かりだ。今度気配の消し方を教えてやる」

 

何気なく呟いた優翔の言葉に響は微笑を浮かべながら隠すわけでもなく言い放った。

 

呆れた様に言う優翔は食事を中断して響の方へと振り向く。

 

怒っているようには見えないものの、慣れない事をやった事への気恥ずかしさが見えており眉間に皺が寄っている。

 

「でも、良かったんじゃない?慣れない事をやって島風に認められたんだから」

 

「……だと良いけどなぁ。あれがその場の気分で、ってものだったら私はへこむ自信がある」

 

眉間に皺を寄せたまま虚空を眺める優翔に響は小さく笑みを浮かべた。

 

――大丈夫だとは思うけど、実際に確かめてみないと分からないか。

 

その時、ドタドタと室内からでも聞こえる程大きな足音が聞こえた。

 

こんなに騒がしい者は一人しか存在しない事から、二人は音が聞こえた時には視線だけを向けている状態だ。

 

「てーとく、おはよーございまーっす!!」

 

バンッと大きな音を立てながら勢いよく開け放たれた扉から島風がひょっこりと姿を表した。

 

以前にも同じ事をしていたが、全く違うのは満面の笑みを浮かべているということぐらいだ。

 

「……おはよう。島風、一昨日に注意したはずだが?」

 

「オゥ?」

 

「…………いや、良い……」

 

それとなく指摘するものの、彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべて首を傾げている。

 

どうやら忘れ去っているようで、笑顔で問われた事で言ったところで直らないと察した優翔はため息をついて諦めた。

 

それを見た響はやはりと言うべきか、クスリと小さく笑ったのを優翔は見逃さず訓練の内容を倍にしてやろうかと思い始めた。

 

だが直ぐに思い直してドカリッと音を立てて椅子に座り直した。

 

「それで司令官。この時間で何も通達がないという事は今日も任務は無しなのかい?」

 

「いや、一応あるぞ。鎮守府近海での警戒任務だ」

 

「ふーん、遠征かぁ」

 

響の問いに優翔は読んでいた数枚の書類の内、一枚を取り出して目の前でペラペラと振る。

 

それを見れば、確かに横須賀鎮守府最高司令官である景山からの命令書であり、それが今日の任務となっている。

 

しかし、優翔の言う「鎮守府近海警戒任務」と聞いて響は一つの疑問が浮かび上がった。

 

「あれ……司令官。警戒任務には最低でも三隻が必要だったはずだけど」

 

響の言うとおり、警戒任務には最低でも三隻の艦娘が必要となる。

 

だが優翔の指揮下に存在する艦娘は響と島風の二隻だけしか居らず任務遂行のためには後一隻足りないところだった。

 

それの答えを出すかのように、優翔は再び口を開いた。

 

「その件に関しては問題ない。建造した艦娘がそろそろ着任する事になっている」

 

「え……?私は全く聞いていないけど……」

 

「あー、そういえば資源が余裕出来たからって建造するって昨日言っていたね」

 

「えっ、島風は知っていたの?」

 

「うん【連装砲ちゃん】を受け取りに行った時にてーとくから聞いたよ」

 

島風の言葉を聞いて、響は若干非難めいた視線を優翔へと向ける。

 

彼はというと、顔の位置は動かさないまでも視線を明後日の方向へと向けている。

 

どうやら、響に伝える事を本気で忘れていたようだった。

 

「……司令官、そういう事は秘書艦の私にも伝えて欲しいな」

 

「すまん、次からは忘れないようにする」

 

優翔の言葉に響が思わずため息をついた時、閉じられていた執務室の扉からノック音が聞こえた。

 

噂をすれば、という事なのか着任予定の艦娘が到着したようだ。

 

「入れ」

 

「し、失礼します」

 

優翔が短くそういうと、少女特有の高い声が室内に届き、その声の主が入室した。

 

明るい茶髪の髪を所謂団子ヘアーに近い髪形にして、スカイブルーの瞳を持っている。

 

身長は響の頭一個ほど大きくらいの小柄の体型だ。

 

その少女が優翔に向け敬礼を行っていた。

 

「本日マルハチフタマルにて着任しました長良型軽巡洋艦6番艦【阿武隈】です」

 

――軽巡か、悪くないな。

 

優翔の持った感想はそれだった。

 

現在駆逐艦二隻しか指揮下に無い状況で軽巡洋艦を手に入れる事が出来た事は大きい事だった。

 

基本的にオールマイティで戦い方を選ばない事が出来るのは大きな利点だろう。

 

問題があるとすれば、火力と装甲は駆逐艦よりマシな程度ではあるが、現段階では十分であり特に問題ではなかった。

 

そこまで思考を纏めた後、敬礼している彼女に返礼をするため、立ち上がり自身も敬礼を行う。

 

「ご苦労、私がお前の司令官となる龍波優翔だ。階級は大佐だ、よろしく頼む」

 

「は、はい」

 

――なんだ、いきなり身体を強張らせて……?

 

自信が立ち上がった時に阿武隈は一瞬だけ身体を強張らせていた。

 

その理由が分からず眉間に皺を寄せると、彼女はまた身体を強張らせた。

 

「……大丈夫だよ阿武隈さん。司令官は身長が高くて殺し屋みたいな顔してるけど悪い人じゃないから」

 

「あ、響ちゃん……よかった、ヤクザさんじゃなくて」

 

「おい」

 

響のフォローのつもりで言った言葉に突っ込みを入れるか迷った時に放った阿武隈の言葉に思わず突っ込みを入れずにはいられなかった。

 

だが、確かに自分の身長は182cmと結構大柄で鍛えている為体格もある、おまけに軍人という職業柄殺し屋という面は否定できないのが泣き所だった。

 

どうも、阿武隈が自分が立ち上がった時に身体を強張らせたのは、自身がヤクザだと思い怖かった、という結末に至る事になった。

 

「……言っておくが、私はヤクザじゃない。軍人だ」

 

「は、はい、あたし的には大丈夫です」

 

――どう見ても大丈夫そうには見えないんだが。

 

今度は身を守るように身体を縮こまらせた彼女に対して抱いた感想はそれだった。

 

だが、自分で大丈夫だと言ったのなら平気だろうと勝手に思っておくことにしたのだ。

 

「運がいいね、司令官」

 

「あ?」

 

「阿武隈さんは艦時代の時はずっと第一水雷戦隊旗艦を務めていたから実力は確かだよ」

 

「ほぉ……」

 

響の言葉に興味を示した優翔は阿武隈を再度見ると、彼女はその視線にまたもや身体を強張らせた。

 

――……とてもそうには見えないんだが。

 

少なくとも自身に怯える彼女の姿には、響の言う様な類には全く見えない。

 

とは言え、人は見かけによらない物が世の中の常でもあり、自身もよく知っている事だ。

 

自分の知っている中では同期である百八期の者だが、数少ない女性で自身を含めた周りの連中と比べてかなり細見でいつもオドオドしているような奴だった。

 

だが、そいつは策を練るのがとても得意な奴で、ぽっと出な戦術が戦略級の策になる事もあり何よりも普段オドオドした様子からは考えられない程に残酷で冷酷な物が多かった。

 

それ以来、人は見かけによらないというのを身を以て知ったのだった。

 

「……まぁ、良い。とりあえずこれで三隻そろった訳だ」

 

改めて優翔は椅子へ座り直して三人へと視線を移す。

 

視線を感じ取った三人は響を中心として横一列に並び直し優翔の言葉を待っている。

 

それを見て任務書の書類を片手に持ち口を開いた。

 

「本日、ヒトマルマルマルからヒトサンマルマルまで此処、横須賀鎮守府の近海にて警戒任務を行う。遠征任務であり危険は少ないとは思うが油断はするな。して、旗艦は練度的に考え、響お前だ。それで着任したてで悪いが阿武隈、お前はその補佐だ」

 

「了解」

 

「わ、分かりました」

 

二人の反応を見て頷いた優翔は、大丈夫だろうと確信する。

 

意外なのは、島風が着任したての阿武隈に対して何も言わないで静かに聞いている事だ。

 

「……どうしたんですか、てーとく?」

 

どうやら自身の思考を感じ取ったのか、島風が優翔に問いだす。

 

このまま正直に思ったことを言うのも少しだけ戸惑ったが、言わないとそれはそれで彼女が気になってしょうがないであろうことを考えると素直にいう事にした。

 

「いや、着任したての阿武隈が補佐という事に文句が無いのだな、と思ってな」

 

「んー、私は旗艦補佐とかよく分からないから適任だと思うし、てーとくの指示だから文句はないよ」

 

「…………」

 

「どうしたの?ハトが豆鉄砲食らったような顔して」

 

正直な事が流石に此処まで信頼を置かれているとは全く思っていなかったのだ。

 

昨日の事が決定打だとしても、あまりにも変わりようが激しいために追い付いていないだけかもしれない。

 

その中、響だけは理解しているのかまたもやクスクスと笑っている。

 

――流石に、これは笑われても仕方ないか。

 

「いや、すまん。まさか此処まで信頼されているとは思わなかった」

 

「えぇー……確かに最初は反抗的だったのは分かりますけど……信じるって言ったんですからてーとくも少しは信用してくださいよぉ」

 

「気を悪くしたらすまない。謝るよ」

 

「もう、許してあげますけど」

 

――いかんな、島風が私を信用すると言ったのだから私が信じなくては元もこうもない。

 

自身の考えを改める様に自分を咎めた後に阿武隈が話に付いていけずにオロオロとしていた。

 

マズイと考えた優翔は阿武隈に視線を向けて口を開く。

 

「すまんな阿武隈、任務について何か質問はあるか?」

 

「ふぇっ!?あ、はい。あのもし私達の警戒活動中に深海棲艦と遭遇してしまった場合はどうしますか?」

 

「ふむ、当たり前だが重要だな。撃退できるようならば経験値を積む事を考えて戦闘は許可する。そうならない方が良いが、そうなった場合は直ぐに私に連絡するように。直ぐに通信室に向かって指示を出す。どちらにしろ深海棲艦を警戒するための任務だしな」

 

「……もし、私達で撃退不可と判断できる程の戦力では?」

 

阿武隈の質問には当たり前の事ではあるがもっとも重要な部分であるため確認は重要な事だった。

 

言わなくても響がそれらの事態について対処できる様にすでに木更津駐屯地での輸送任務にて経験を積んでいる為大丈夫であろう確信はある。

 

だが、わざわざ確認するのと確認しないのでは大きく違うし、自分も細かい事を確認する者は大変好ましい為悪くはなかった。

 

特に彼女のもう一つの質問については特に良いと思った。

 

「その場合、戦闘が避けられるようであれば鎮守府付近まで後退しながら連絡するように。回避できない場合遅延戦闘に持ち込むように。二点のどちらかが当てはまった場合、ヒトサンマルマルから交代として待機している艦隊と合流しそれを撃滅するようにする。以上だ、他には?」

 

「はい、大丈夫です」

 

「よろしい、では任務までの時間は自由時間とし、食事を取るなり休むなり好きに過ごすように。私は執務室にて雑務を行うから用があれば執務室に来い。以上」

 

優翔の言葉が終わると同時に、三人は全員バラバラに動き始め部屋を出始めた。

 

一人残された優翔は朝食の残りを齧りながら、書類に目を通して思考に老ける。

 

書類を半分ほどまで読み進めた時、急に端末から着信音が鳴り響いた。

 

怪訝な表情を浮かべながら端末を手に取ると、着信は景山からの物だった。

 

「はい、こちら龍波です」

 

(大佐かね?朝早く済まないな。景山だ)

 

「いえ、おはようございます」

 

(うむ、おはよう)

 

一体どうしたのかと、頭の中ではそう思う事しかなかった。

 

命令書は昨日の時点で受け取っているし、指示も終えた。

 

端末でしかも個人で掛かってくるなど、よほどの急用な事であるには違いなかった。

 

(うむ、実は今日いきなりになって軍令部次長が此処、横須賀鎮守府に視察に来るらしい)

 

「はぁ!?……いえ、失礼いたしました」

 

(そういう反応が来ると分かっていた、気にするな。おそらく、というよりは十中八九、大佐目当てだというのは言うまでもないだろうな……)

 

景山の言葉に優翔のコメカミや額から嫌な汗がダラダラと落ちていく。

 

表情等は響達が見た事もないような難しい表情を浮かべている。

 

彼女達が今の彼が見れば、いったいどうしたのかと思うレベルだ。

 

「……閣下、自室で寝ていて良いですか?」

 

(気持ちは分からんでもないが、流石に駄目だ)

 

「……はぁっ」

 

失礼だと思いながらもため息を抑えられなかった。

 

――よりにもよって、こんな早くにあの人と会うのか……。

 

心境からして余程会いたくない人物でもあり、見知った者であった。

 

居留守を使う事も当然ながら上官には却下された為、どうあがいても逃げ場など無かった。

 

「……了解です、次長殿は何時お見えに?」

 

(詳しくは分からんが、おそらくヒトヨンマルマル頃になるだろう)

 

「……了解です、丁度私の指揮下の艦娘が帰投する一時間前ですので準備しておきます」

 

(うむ、よろしく頼むぞ)

 

プツッと通話が終了し、耳から端末を離し一人しか居ない部屋で大きなため息をつく。

 

さっさと読むべき書類を読み、処理すべき雑務を処理しなければならないのだが、今の心の状態ではそれすらもままならない状況であった。

 

気分を紛らす為に、ポケットからタバコの箱を取り出して一本抜き取る。

 

灰皿を手前に引き寄せながら咥えたタバコに火を付けて、ゆっくりと吸い込んだ後に煙を吐き出した。

 

――腹を括らなければならないか……。

 

正直に言えば逃げ出したいのだが、いずれは嫌でも会う事になる事であろうと考えれば、それが今日に早まっただけの事とも取れる。

 

仕方ない、と心の中で呟いて濁った眼を更に濁らせて優翔は決心した。

 

 

 

 

時刻はヒトフタサンマル。

 

響達は優翔から言い渡された任務通り鎮守府近海域に出撃し、警戒を行っていた。

 

鎮守府近海域といってもその範囲はとてつもなく広く、たった一艦隊で行うには厳しい程である。

 

その為の交代制なのであるが、たった4時間とは言え広い海原を警戒するのはかなりの労力が必要であった。

 

「正面、異常なし。そっちは?」

 

「右舷、異常なしよ」

 

「左舷、異常なーし」

 

響の報告に阿武隈と島風の二人はそれぞれ異常がない事を告げた。

 

それに頷いた響は現在の時刻を確認し、鎮守府へと連絡を入れる事にした。

 

「こちら【龍波艦隊】旗艦の響。これより合流ポイントに向かい、後続部隊に引き継ぎ交代を行うよ」

 

(了解。最後まで警戒を怠らぬようご注意を)

 

「了解。……というわけで、今から合流ポイントに向かうよ。司令官も通信室の大淀さんも言っていた通り、警戒は怠らず、ね」

 

通信を終えた響は、後方に振り返り次の目的地について話しながら二人を見る。

 

島風と阿武隈の二人は言葉は発しないものの、頷くことで了承を示した事によって響は身を反転し二人と向かい合う様にした。

 

「うん、それじゃ合流ポイントに向かおう」

 

響の言葉と共に、三人は一斉に方向を変えて彼女を先頭に移動を始めた。

 

向かう先は先程から響が言っていた合流ポイントという場所だ。

 

合流ポイントと言っても単純なもので、【横須賀鎮守府】の直ぐ真下というだけだ。

 

響と島風はつい二日前に経験しているように何時どこで深海棲艦を発見してもおかしくない状況だ。

 

そういった前例があるからこそ、警戒は最大で行わなければならない。

 

「そういえば響ちゃん、この警戒任務が終わった後の事は聞いてる?」

 

「いや、聞いていない。遠征終了後に後の指示を聞くことになっているよ」

 

何気なく問われた阿武隈の問いに響は淡々と答える。

 

追加で任務があるのであれば今朝の時点で話しているはずなので、それがないという事は訓練か自由時間という事になるのだろう。

 

とはいえ、そういったゆっくりとした時間が許されるのも優翔自身が海軍に異動したばかりなのと、指揮下に存在する艦娘が三隻しかないというのも理由だ。

 

直に艦娘も増え、優翔自身が海軍に本格的に慣れれば階級に見合った激務が想像される。

 

今のこのゆったりとした時間は貴重な物になるであろうと、そこまで考えた所でセンサーに反応があった。

 

無論それは艦娘の物であり、いつの間にか合流ポイント近くに来ていたようだった。

 

「お疲れ様です」

 

合流ポイントに到着すると、川内型の2番艦【神通】が敬礼してくる。

 

返礼しながら神通の後ろを見ると、駆逐艦の【吹雪】【皐月】【初霜】の三人も見える。

 

「おつかれ。今のところは付近に深海棲艦は見当たらず異常は無しだよ」

 

「分かりました。それでは今から私達は現場を引き継ぎますのでゆっくり休んでください」

 

「うん、よろしくね」

 

報告を済ませ、神通達がその場から離れるのを見送り、響は鎮守府の方へと視線を向けた。

 

――……ん?

 

その青い瞳は白い人影をはっきりと捉えた。

 

その人影を良く見ようと目を細めると、タバコを咥えて虚空を眺めている男がそこに居る。

 

こうなると顔もよく見え、それは自身の司令官である優翔である事が分かる。

 

「……司令官が港湾部に居る」

 

「えぇっ!?」

 

「提督が?」

 

響の言葉に二人はそれぞれ反応を示すと響はゆっくりと頷いた。

 

つい二日前にも同じように港湾部で自身と島風を待っていた事もあるが、そんなに頻繁に待っている事は出来ないはずだ。

 

――何かあったのかな……。

 

心の中でどう思おうが、実際に何があるのかは目の前の彼に聞かなければ分からない。

 

「……もしかしたら何かあったのかもしれない。司令官の所に急ごう」

 

二人へと振り向きながら言う響の声に頷いた二人を見て、響は最大船速で軍港部へと向かった。

 

この距離であれば港湾部へと着くのに5分と掛からない為、最大船速で向かえば直ぐそこだ。

 

 

 

 

 

響達が急いで港湾部へと向かい始めた時と同じ時間に優翔は、吸い終えたタバコを携帯灰皿へと押し込んで二本目を口に咥えて火を付けた。

 

一口吸って、煙を吐き出すと同時にこれからの事を思うとため息が嫌でももれてしまう。

 

そんな事を考えると、ザザッと波が打つ音が聞こえ、海の方へと目を向けると響達がかなりの速度でこちらに向かっていた。

 

響を先頭に到着すると、三人はかなり急いだ様子で陸に上がってくる。

 

――何をそんなに急いでいるんだ……。

 

三人の心情を知るはずもない優翔はとりあえず響達へと近づいて労いの言葉でもかける事にした。

 

「お疲れさん。どうしたそんなに急いで」

 

「そんなに急いでって……何かあったから港湾部で待っていたんじゃないのかい?」

 

「は?」

 

若干ながら息を切らせながら言う彼女の言葉に、優翔は素っ頓狂な声を上げた。

 

その様子を見た響は首を傾げて彼の声を待っていた。

 

とりあえず優翔は状況を整理するために思考を巡らせた。

 

まず、自分はそろそろ戻ってくるだろう響達を迎えに行くために此処に来たのだ。

 

そうしたら、この場所に着いて約5分くらいで響達が急いでこちらに来た。

 

――……あぁ、私がここに居るから緊急事態だと思って急いで戻って来たのか。

 

ようやく状況が呑み込めた優翔は苦笑するように息を漏らすと、響へと視線を向けた。

 

「安心しろ、別に何かあった訳ではない。そろそろ戻る頃だろうと思って港湾部で待っていただけだ」

 

「えぇー……てーとく紛らわしいー」

 

「何もないんですね……それなら良いんですけど」

 

優翔の言葉に島風は不満を隠す事無く、阿武隈は口ではそういうものの少しだけ不満気味だった。

 

――いや、そんな事を言われてもな。

 

彼からすれば知った事ではないが、此処で適当な対応をすれば機嫌を悪くさせるだけだと言うのは分かっている為彼女達の機嫌を直すための物を出すことにした。

 

「悪いな。とりあえず私はお前達を迎えに来ただけだ。これをやるから三人で行って機嫌を直せ」

 

そう言いつつ懐から一枚のチケットの様な物を取り出して島風に渡す。

 

渡された島風はそれを怪訝な表情で見るが、直ぐに目を輝かせた。

 

それは横須賀鎮守府の施設内に存在する【間宮・横須賀鎮守府店】の一枚で一回だけ使える半額チケットだった。

 

基本これらは艦娘が手に入る代物では無く、提督である者が任務の報酬等で手に入る物だ。

 

「てーとく、これどうしたの!?」

 

「中央に行った時に大将閣下から随伴の礼として受け取ったものだ」

 

「本当にもらっていいんですか?」

 

「私は使わないから構わん。艤装を解除したら三人で行って来い」

 

島風と阿武隈が先ほどと違い大いにはしゃいでいる姿を見ると、いくら戦場に出る身の者と言えど姿通りの子供の様だと再認識する。

 

――とはいえ、たかが甘味所の半額チケットでころりと変わるとはな。

 

扱いやすくて助かる半面で、それで良いのかと思いながら何か言いたげな響の方へと視線を戻した。

 

「何か言いたそうだな」

 

「司令官、事務仕事があったはずだけど、それはどうしたんだい?」

 

「終わらせたに決まっているだろう。でなければ迎えになんか来ない」

 

優翔の言葉に響は眉を潜めた。

 

彼の言い分が明らかにおかしいのだ。

 

自信も秘書官の為、彼の仕事の量はある程度把握している。

 

朝礼の段階で彼の受け持つ仕事の量は早ければ15時程に、遅ければ夕方までかかるはずだ。

 

それをたかが5時間程で終わらせるのは急いで片づけたか他の者に押し付けたかのどちらかだ。

 

彼の性格は完全には把握できていないが、後者はまずありえないだろうと切り捨てられる事から急いで片づけた方だろう。

 

そこから来るのは急いで片づける案件ができたからだ。

 

「……急いで終わらせなければならなかったの間違いじゃないのかい?」

 

そう言う響に優翔はため息をつくと、帽子を深く被り直す。

 

――まぁ、確かにありえないくらい早いからな。

 

隠す気は元々ない事でもあるので、彼女の後ろではしゃいでいる島風と阿武隈を見て、響だけに見えるように手招きする。

 

それを見た響はゆっくりと優翔へと近づくと、彼は片膝をついて彼女と視線を合わせた。

 

「……今朝、お前達が執務室から出た後に大将閣下から電話があった」

 

「内容は?」

 

「今日ヒトヨンマルマル頃に軍令部次長である龍波雅樹(たつなみまさき)中将閣下がここ横須賀鎮守府に来るという内容だ。おそらく視察だろうがな……」

 

「軍令部!?……あれ、龍波……?」

 

小声で話す優翔の言葉に響は何とか小声で返すのが精いっぱいだった。

 

中央から鎮守府の視察に来る者は確かに無いわけではない。

 

だが、その殆どは左官であり将官クラスの者が来ることは基本的には稀である。

 

そして響はその聞き覚えのある中将の名字に首を傾げた。

 

優翔は気づいた響に対して頷いてから更に口を開いた。

 

「……軍令部次長である龍波雅樹中将は、私の父だ。要するに視察のついでに馬鹿息子の様子を見に来たんだろうよ……」

 

心の底からうんざりしているような優翔の表情に響はどう反応して良いのか分からなかった。

 

だが、そうであるならば優翔が急いで仕事を終わらせなければならない必要がある事は何となくではあるが理解できた。

 

表情からして優翔にとって、会いたくない人物であるというのは明白である。

 

考えてみれば単純なもので、優翔は元々は陸軍に所属していて父親は海軍のトップクラスの人物だ。

 

親子の間に何があったのかは知らないが、親が存在する海軍に移ったとなれば気まずいものがあるのだろう。

 

「……私達がやっておくことは?」

 

「はっきり言って無い。こればかりは私自身の問題でお前達がどうこうできるものじゃないからな」

 

分かってはいたが、こうもはっきりとやるべき事は無いと言われると少し気落ちするものがある。

 

そんな響の心境を察したのか、優翔はその手を彼女の頭の上に置いて少し乱暴気味に撫で始めた。

 

痛くはないが、撫でる力が強いせいか頭がグラグラと揺れて少しだけ気分が悪くなる。

 

「司令官……?」

 

「心配するな、相手は軍令部の次長で私の父と言っても別に視察に来るだけで私が左遷させられるとかそういうものではない。お前は島風達と間宮にでも行って次の任務に備えていろ」

 

それだけ言うと、優翔は響から手を離して立ち上がる。

 

懐から懐中時計を取り出して時刻を確認すると懐へと戻し、咥えているタバコを携帯灰皿へと突っ込んでその場から離れた。

 

彼の背中が遠くなっていくという事は、軍令部次長が到着する時間に近いのだろう。

 

「響ちゃん、てーとくと何話してたの?」

 

声をかけられて振り向けば、島風と阿武隈が怪訝な表情でこちらを見ていた。

 

島風に至っては、先ほど受け取った間宮のチケットを大事そうに持っている。

 

「いや……今後の予定をね。何もないから間宮に行って楽しんで来いってさ」

 

微笑を浮かべながら、響は言い歩き出した。

 

態々自分だけに言ったという事は二人に余計な方向に気を行かせないためだというのは分かっていた。

 

特に島風は少し単純な性格をしている為、今の話をすれば彼女は確実に気が気じゃなくなるだろう。

 

そうなる事を避けるのが優翔の判断なら、自身も余計な事は言わずにしておくのが吉なのだ。

 

 

 

 

 

時刻はヒトサンゴーゴー。

 

横須賀鎮守府の正門にて景山と優翔の姿があった。

 

訪れる人物故か、二人の表情は通常の倍程に険しいものだった。

 

特に優翔は戦場に身を置いているかのように険しい。

 

そんな二人の前に黒塗りのリムジンが一台が止まり、運転手が下りた。

 

運転手が運転席の後ろの席を開けると、中から白髪を交えた黒髪、180cmはある身長に軍令部の所属を表す黒色の軍服を纏った男が二人を鋭い目つきで見る。

 

どちらからともなく、三人はその場で敬礼を行った。

 

「久しいな、龍波」

 

「あぁ、三ヶ月程だな景山……そして、優翔」

 

「はい、お久しぶりです。龍波次長殿」

 

他愛もない会話から始まる将官同士の次に始まった親子のやり取りは数年越しの感動の再開とは言い難い。

 

回りにピリピリと圧倒するような威圧感に包まれていた。


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