艦隊これくしょん・蒼海へ刻む砲火   作:月龍波

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5.5話:それぞれの休日・島風編

二月四日、時刻はマルロクヨンゴ。

 

とある六畳間の一室でモゾモゾと布団から這い出てくる物体があった。

 

金髪の長髪を隙間から覗かせたと思えば、ガバッと急に起き上がる。

 

「……朝かぁ」

 

欠伸を交えながら呟く言葉には覇気が全く籠っていなかった。

 

彼女は駆逐艦【島風】、日本に存在する駆逐艦にて自他共に認める最速を誇る艦娘だ。

 

そんな彼女の朝は早く、いつもこの時間には起床している。

 

彼女のモットーは「速さ第一」であり、それは起床時間、戦闘、食事、はては就寝時間までも変わらない物であった。

 

そして此処は鎮守府に勤務する艦娘達が宿泊する寮の一室であり、鎮守府や泊地には必ず存在する建物の一つだ。

 

基本的には寝室の割り当ては同じ艦隊を組む者同士でありエリアで分かれている。

 

規模が大きくなればなるほど、相部屋が多くなるのだが、島風が所属する【龍波艦隊】は現在駆逐艦二隻と極小規模の始まったばかりである為に今現状は一人部屋である。

 

隣の部屋では響が未だに寝付いており、大きな音を出して眠りを妨げる訳にはいかないのだが、今日に限っては都合が違う。

 

いつもは速さが第一で布団を畳むのも高速で済ませる彼女であるが、今日に限ってはノロノロと布団を畳んでいる。

 

――今日一日、お休みかぁ。急だったから予定がないなぁ。

 

島風がいつもより遅く支度している理由は、今日が一日休暇だという事についてだった。

 

昨日は自身の上官である優翔は此処【横須賀鎮守府】の最高司令官である景山玄一郎大将と共に中央本部に出頭し会議を行っていた。

 

それに追い打ちをかけるように自身が原因で起きた戦闘の指揮をぶっつけ本番で行う羽目になった為に身を案じた景山が休暇にしたのだ。

 

休める時は休むべきと判断した優翔はそれを受理し、それによって彼の指揮下にある響と島風にも突然の休暇となったのだ。

 

正直に言えば、昨日の戦闘で中破となり疲労も溜まっている為に休める事は嬉しい事ではあったが、急な休みと言われても何も思いつかないのである。

 

まだ、昨日の失態の後始末として何かしら業務を行わされるという方が分かりやすいのだが優翔自身は特に罰するつもりもないのだ。

 

そして手元にはいつも居るはずの【連装砲ちゃん】は昨日の戦闘で破損した為に修理中である。

 

完全に修復が完了するには今日の昼までかかる予定だ。

 

――駄目だ、とりあえず外に出よう。

 

何も思いつかず、遂にはため息をついた島風は着替えを手早く済ませて自室から出た。

 

流石に早朝という事もあり、起きている艦娘は少なく居たとしても自身の提督の朝食を作りに行っている者ばかりであった。

 

「おや……?島風ではないか」

 

不意に後ろから声を掛けられ、振り向くと長門型1番艦【長門】がそこに居た。

 

彼女は横須賀鎮守府最高司令官である景山大将の秘書官にて艦隊旗艦であり、実質この鎮守府に所属する艦娘達のリーダーである存在だ。

 

「長門さん、おはよー。長門さんも朝食作りに?」

 

「いや、私は早朝訓練だ。提督の朝食は文月が作っている」

 

「あぁ……長門さん、料理得意って感じじゃないですもんね」

 

「事実だが、随分バッサリと言うなお前」

 

「おぅっ?」

 

容赦のない言葉に長門は冷や汗を流しながら苦言を入れるが、当の本人にはその自覚が全くないようであった。

 

その様子に深くため息をついた長門は、話題を変えるために自分から話を振る事にした。

 

「それで、島風はどうしたんだ?私と同じで早朝訓練か」

 

「うぅん、大佐が急に休暇になったから私達もお休みぃ」

 

「なるほど、大方急な休暇となってやる事がなくとりあえず外に出たという事か」

 

「当たりー」

 

何となく予想していた事が当たったようで、長門は考えるような仕草を見せた。

 

自分としては己の訓練を優先したいところではあるが、自身の後輩とも言える島風が最近少しだけ明るくなっているのも見逃せない。

 

艦隊に所属する事になったからか、それとも上司となった龍波大佐が良い上司となって恵まれているからかなのかは定かではないが。

 

優翔の事が頭から過った時に、長門は先ほどあった事を思い出した。

 

「ン、そういえば……さっき龍波大佐とすれ違ったな」

 

「え、大佐と?」

 

「あぁ、確か自主訓練をする。と言って外に出ていたな」

 

「外かぁ……」

 

優翔の訓練には少々興味が湧いてきている。

 

どのような訓練をすれば艦娘の蹴りを受け止めるだけの筋力や反射神経を得る事が出来るのか見てみたいと思っていたのだ。

 

そして、丁度良く目の前には早朝訓練を行おうとしている艦娘が居る。

 

「長門さん、大佐の所に行ってみて訓練にお邪魔してみませんか?」

 

「大佐の所に?いや……邪魔をするのはマズイだろう」

 

悪戯を思いついた子供の様な笑みを浮かべる島風に長門は何か企んでいると確信した。

 

確かに陸軍に所属していた優翔の訓練などは興味がある。

 

とはいえ、自身の興味で彼の訓練を邪魔をするというのは些か乗り気にならない物だった。

 

「えー、たぶん面白いと思いますよ。大佐、私の蹴りを受け止めるくらいですし」

 

「何……艦娘の蹴りを受け止めるだと?」

 

島風の言葉に長門は僅かな驚きと共に興味が更に湧いたのだった。

 

通常、艦娘は人間よりも身体能力が大きく上回っており、到底人間が敵うようなものでは無い。

 

それは最も小柄である駆逐艦でも同じであり、戦艦クラスの艦娘となれば能力の差は天と地の違いがある。

 

それを、駆逐艦とはいえ最速を誇る島風の蹴りを受け止めるなど並大抵のものではない。

 

既に長門の中では上官に蹴りを入れたという事実よりも優翔への興味が上回っていた。

 

「……やはり、興味があるな。龍波大佐を探してみよう」

 

「はーい。大佐どこにいるかなぁ」

 

すっかり島風に乗せられる事となった長門は島風を連れてその場を後にする。

 

島風としては丁度良い暇つぶしを手に入れたと言ってもいい物であろう。

 

優翔への迷惑は二の次となるが。

 

 

 

その頃、島風と長門の話題の当人となっていた優翔は準備運動の為のストレッチを行っていた。

 

準備不足は怪我の元と、士官学校の時代から思い知っている為に訓練前のストレッチは欠かせないものとなっている。

 

そこに近づく二人分の足音が聞こえ、その方向へと目を向けると長門と島風が近づいてくるのが見える。

 

「たーいーさー見つけたぁ」

 

「やぁ、龍波大佐」

 

「長門に島風か。島風はともかく、長門はどうした?閣下から私に伝言でもあるのか?」

 

「いや、提督からの伝言は無い。今回は龍波大佐に用があった」

 

「……私に……?」

 

いったい何の用があるのか見当が全くつかなかった。

 

島風が自身に用があるのは何となく理解できる。

 

大凡、急な休暇で何もする事がなく、自身に構って貰いたいのだろうとは思う。

 

だが、長門はどうだと言われたら全く理解できない。

 

彼女は自身の指揮下にある艦娘でもなければ、自身の直属の上司である景山大将の秘書艦にして横須賀鎮守府の切り札でもある存在だ。

 

そんな彼女が自分に用などいくら考えても分からない物だった。

 

そんな優翔の考えを読んだかのように長門から口を開いた。

 

「なに、どうも龍波大佐は島風の蹴りを受け止めたという話ではないか。いったい普通の人間がなにをどう訓練すれば艦娘の蹴りを受け止められるのか気になってな。大佐が良ければ訓練を見学、または体験したいと思ってな」

 

――なるほど……島風め、随分と余計な事を言うものだ……。

 

長門の言葉に若干眉間に皺を寄せながら心の中で呟く優翔だが、長門の言う”普通の人間”というのは少しばかり過ちがあるのをあえて指摘するつもりは無かった。

 

彼女なら百八期の事を景山大将から直々に聞くであろう事と、余計な事を言って島風を混乱に陥れたくないという思いもあった。

 

――しかし、どうするものか……。

 

優翔が少しだけ悩んでいたのは、ただ単純に長門の要望を聞くかどうかだ。

 

自分にとっては特に特別な事をしていないために、彼女をがっかりさせる可能性もあれば、自主訓練に余計な要因を巻き込みたくないというのもある。

 

基本的に隠している自身のというよりは百八期の特徴を曝け出す可能性も考慮すればあまり歓迎できるものではない。

 

だが、相手は横須賀鎮守府最高司令官の秘書艦でもありないがしろにはあまりできない。

 

たとえ立場がこちらの方が上とは言っても、バックには自身の雲よりも上の存在が居るのだ。

 

「……私の、というより陸軍に居た頃のやり方を軽くであれば、歓迎するが……」

 

「助かる。陸の訓練にも少し興味があった」

 

「よかったねぇ長門さん。頑張ってねぇ」

 

少しだけ考えた結果、出した回答に長門も満足気に頷いた。

 

どうやら、彼女は根っからの武闘家の気質があるのか訓練に関しては人一倍積極的なようだった。

 

だが、その後に聞こえた島風の言葉に優翔は見逃すつもりは全くなかった。

 

自分だけ逃れようとする島風の肩を瞬時に掴んで、優翔は口角を僅かに持ち上げた。

 

「まぁ、待て島風。せっかく来たんだ、お前も一緒に訓練をやるぞ」

 

「えっ!?い、いやぁ、私は……」

 

「うん、そうだな。島風も一緒にやった方が良いだろうな」

 

「長門さん!?」

 

微妙に微笑んでいる優翔に嫌な予感を感じ取った島風は目を逸らしながら必死に言い訳を考える。

 

そもそも自分は暇つぶしを探していただけで、訓練を行うつもりは無かったのだから。

 

だが、それも露と消える様に長門からの予想外の裏切り(島風からすれば)によって退路が断たれる事となった。

 

「諦めろ。昨日から思っていたが、お前のその過剰な自信は矯正しなければ危ない。戦場では一瞬の油断が命取りだからな」

 

「ほう、それは聞き捨てならないな。大佐も言っている通り、戦場で油断は禁物だ」

 

止めと言わんばかりに優翔の言葉に目ざとく聞き取った長門は目つきを鋭くさせて島風を諭すような口調になる。

 

もう完全に退路が断たれてしまい、逃げ出すにも優翔が痛めない様に、だが決して逃がさない様に妙な力の込め方で肩を掴んでいる為に物理的に逃げられなかった。

 

「ひ、ひええぇぇぇ……」

 

涙を浮かべながら島風は自身にとって地獄に感じるような訓練が始まったのだった。

 

 

 

「うあぁ……つ、疲れた……」

 

時刻はヒトフタサンマル。

 

丁度お昼時の時間に、島風は心身共に疲れ切った様子で、修理が完了したであろう【連装砲ちゃん】を受け取るために工廠へと向かっていた。

 

疲れ切っている理由は、疑いの余地も無く優翔の訓練を行ったためだ。

 

それが今まさに脳裏に浮かびあがっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、キリキリと走れ。2時間越えたらケツを蹴っ飛ばすぞ」

 

「うわああぁぁん!!」

 

「な、中々スパルタだな」

 

最初に始まったのは鎮守府の外周を10周するマラソンだった。

 

鎮守府の敷地は広大であり、その外周を10周するなど距離で計算して20キロはオーバーしている。

 

それを少しでも遅れそうになれば、優翔は容赦なく蹴りの姿勢に入り強制的に走りを続行させられる。

 

聞いていて末恐ろしく思ったのは、優翔は陸軍時代は今の制服姿ではなく完全装備状態で記録を1時間を切っていたとのことだった。

 

考えてみれば現実味のない話ではあるのだが、2週程したマラソンの途中で響が合流して彼女の分まで余分に走っていた優翔が誰よりも長く終わった後で全く息を乱れていない姿で信じるしかなかった。

 

ただ、島風にとって一番納得いかなかったのは響に対しては優翔は少しだけ優しかった事だった。

 

秘書官でもあり負担が大きいことから気を使ったというのは理解できるが、何となく納得がいかなかった。

 

因みに響の付添で余分に優翔が走っている間は、島風と長門の休憩時間となっており、その時に渡されたスポーツドリンクが異様においしかった。

 

「次は逆さ吊り状態での上体起こし100回だ。頭に血が上ったら少しだけ休んでいいぞ」

 

等と言いながら、次に始まったのは近くにあった木の枝に両膝を引っかけて逆さ吊り状態で行う上体起こしだった。

 

流石にこれには長門も少しだけ根を上げたのか、ローペースで行っていた。

 

もっとも駆逐艦の島風と響はそれ以上に遅かったが、優翔だけは異様な速さで100回の上体起こしを終わらせて三人を見物していた。

 

上体起こしが終わった後もトレーニングが待っていたのだが……。

 

「で、最後に組手をする所なんだが……」

 

上体起こしを含めたトレーニングを終わらせた後の休憩を終わらせた後に言う優翔は、少しだけ困った表情を浮かべてた。

 

組手と言えば、徒手空拳による模擬戦が基本的なのではあるが、艦娘達にとって白兵戦などお門違いでありそもそも経験すらないというのが当たり前だった。

 

それについて優翔は頭を悩ませていた。

 

「なら大佐。私が相手になろう」

 

「ン……しかし長門、お前は白兵戦ができるのか?」

 

名乗り出た長門に対して、優翔はやや怪訝な表情を浮かべながら問う。

 

それに対して長門は自身有り気に頷くのだった。

 

「齧っている程度ではあるが、格闘術なら自主的に訓練をしている」

 

「ふむ……なら、やってみるとするか。響と島風は待機だ」

 

長門の言葉に一定の納得を得たのか、優翔は二人に待機するように命ずると長門から5メートル程離れて構えた。

 

しかし、その構え方は一般的なファイティングポーズと違い両腕をだらりと下げ、両手は拳を作らず全ての指の第二関節を僅かに曲げている独特なものだった。

 

長門も構えて、しばらくの睨み合いが始まってから優翔が先手を譲る発言をしてから組手が始まった。

 

結果は優翔の圧勝だった。

 

長門の放つパンチやキックを全て受け流し、彼女の態勢が僅かに崩れた一瞬を突いて一本背負いで地面へと叩きつけ、彼女の喉元に貫手を突き付けて終了となった。

 

実戦であったらナイフでも刺されて終わりだったであろう。

 

「まぁ、白兵戦のやり方を知らなければこんなものだ。戦い方を覚えれば充分脅威になる」

 

決着がついた時に軽く言い放った優翔は、手をブラブラと振りながら長門に手を差し出していた。

 

どうも、艦娘の身体能力で放たれる攻撃はどれも重たいものであったようで感覚が少しだけおかしくなっていたようだ。

 

それでも軽々と受け流しては反撃もできるあたりは本人のスペックも勿論だが、経験値が多い証拠だろう。

 

因みにあっさりと負けた長門は優翔に白兵戦のアレコレを質問攻めして優翔を少々辟易させていた。

 

 

 

 

 

 

その後も柔軟体操などを終わらせてようやく終わりとなり、気が付けば【連装砲ちゃん】の修理が終わっているであろう時間になっていた。

 

肉体と精神両方の疲労を引きづりながらも工廠へとやってきたのだ。

 

今は入り口の直ぐそこまで来ているが、内部から激しい騒音が分厚い鉄の扉越しでも聞こえてくる。

 

何よりも、耳の奥の方からゾワゾワするような、本能的に拒絶を促すような金属同士がぶつかり合っている様な音が聞こえるのが彼女が工廠へと入るのを引き留めている。

 

――うわぁ……何か知らないけど、入りたくないなぁ。

 

俗に言う、嫌な汗というものがコメカミから流れ落ちて結局は音が鳴り止むまで入り口で待つ事になったのだ。

 

とはいえ、それも直ぐに2~3分ほどで終わる所から作業が終わりに近かったのかもしれない。

 

音が鳴り止んだ事にホッと息を漏らした島風は分厚い鉄の扉の横にある端末を操作して開け放つ。

 

工廠内は本土防衛の要でもある横須賀のものだけあって広々としており、資材及び機材は充実としている。

 

殺風景ながらも整理整頓が行き届いた空間はある意味で理想の現場とも言える程だ。

 

「あら、島風。いらっしゃい」

 

「夕張さんこんにちわぁ。連装砲ちゃん達を受け取りに来ました」

 

島風に声をかけたのは、夕張型1番艦軽巡洋艦【夕張】その人だった。

 

彼女は兵装実験軽巡として様々な兵装と触れあったとされる夕張の艦娘である事が縁となり、日々工廠にて工作艦【明石】と共に装備開発に勤しんでいたりする。

 

その為、普段は艦娘としての正装ではなくツナギ姿となっている。

 

因みに夕張の担当は艦娘の装備であり、無茶を過ぎなければ彼女一人で修理、開発をできるほどである。

 

「連装砲ちゃんね。ちょっと待っててね」

 

そう言うなり、夕張は親指を立てると奥へと歩き始めた。

 

島風は待っていろと言われた通りに、備え付けられているベンチへと腰を下ろして足をブラブラと揺らしながら彼女を待っていた。

 

その時に工廠の扉が開かれる音が聞こえて、そちらへと顔を向けると、自主訓練を終えて休んでいる筈の優翔が姿を見せた。

 

「ン、島風か……修理に出した連装砲の受け取りか?」

 

「受け取りは合ってますけど、連装砲じゃなくて【連装砲ちゃん】ですよー」

 

「……はいはい【連装砲ちゃん】な」

 

僅かな間違いに指摘をする島風に対して優翔は心底どうでも良さそうに軽く流す。

 

その反応が些か面白くないからか、彼女は頬を風船の様に膨らませた。

 

だが、それも優翔が何故此処に来たのかという疑問によって直ぐに収まった。

 

「でも大佐、何で工廠に?」

 

「お前達が行った木更津駐屯地への輸送任務の報酬で少しばかり資材に余裕ができた事で建造を利用する事にした。それと、明石と夕張に個人的な依頼だ」

 

「個人的な依頼?」

 

島風の問いに優翔はただ頷いて肯定する。

 

建造に関しては分かるが、個人的な依頼というのがどうにも引っ掛かる。

 

ただ、彼が手に持つ数枚の書類が関係しているのであろうが、深く突っ込む気にはなれなかった。

 

下手に首を突っ込んで痛い目に会うことは先程の訓練で身を知って覚えたばかりなのだ。

 

「島風お待たせー」

 

ちょうどその時に夕張の声が聞こえ、そちらの方へと二人は顔を向ける。

 

彼女は島風の兵装である【連装砲ちゃん】三機を両腕に抱え込んで、こちらへと向かってくる。

 

それらを島風の目の前へと下すと、一番サイズの大きく「ぜかまし」と書かれた浮き輪にはまっている【連装砲ちゃん】が片腕らしき物を上げている。

 

「連装砲ちゃん、おかえりー!!」

 

「修理が必要な時はまたよろしくね!……っと、龍波大佐、お疲れ様です」

 

「あぁ、頑張っているようだな」

 

戻って来た【連装砲ちゃん】達を抱きしめる島風に微笑んだ夕張は直ぐ側にいる優翔に気がつくと敬礼を行う。

 

それに対して返礼を済ませた優翔は労いの言葉をかけると、彼女は照れくさそうに頬を掻いた。

 

「いえ、好きでやっている事ですから。それより龍波大佐は装備の開発に此処へ?」

 

「建造も含めてだな。とりあえず明石を呼んでくれ。お前達二人に話があるからな」

 

「明石さんもですね、分かりました」

 

優翔の言葉に頷くと、夕張は走りながら奥へと向かっていく。

 

彼女達が戻るまでの間、彼は備え付けのベンチに腰を下ろして【連装砲ちゃん】で遊んでいる島風を視線の端で見ていた。

 

とりあえず、タバコでも吸おうと懐に手を伸ばした瞬間に此処は禁煙だと思い出して仕方なく立ち上がり外へと足を進ませた。

 

 

 

 

「あれ、龍波大佐は?」

 

「タバコを吸いに外に出たよー」

 

5分程してから夕張がツナギ姿の工作艦【明石】を連れてやってきたが、彼女達からすれば忽然と消えた様に感じ、周りを見渡す。

 

一部始終を見ていた島風は鉄の扉に指を指しながら、優翔が外へと出た事を伝えると、二人はお礼を言い外へと足を進ませた。

 

外に出て直ぐに優翔の姿は見つかった。

 

彼は扉から少し歩いた場所でタバコを吸っていたのだ。

 

「大佐、遅れてすみません」

 

「あぁ、明石か。気にするな、忙しい時に呼んだのは私だ」

 

「いえ、それで御用事とは?」

 

二人を呼んだ理由を問いかける明石に、優翔は持っていた書類を彼女に渡し、二人で読むように伝える。

 

渡された書類を読み進めて行くうちに、最初は余裕があった表情がどんどん難しいものへと変わっていく。

 

終いには二人共優翔の顔と書類を交互に見やる。

 

「えっと……大佐。確認しますけど、これ許可下りているんですよね?」

 

「一番後ろに閣下からの許可書があるだろう」

 

「……良く、中央が許可出しましたね」

 

「中央何かが許可取ると思うか?大将閣下の許可書の元で横須賀鎮守府にて保管しているもので勝手にやるんだ」

 

「えぇー……」

 

その時、ひょっこりと工廠内から出てきた島風が三人の様子を見ていたが、途中からでは話は到底理解できず、とりあえず眺めるだけだった。

 

「それで、結局はできるのか?」

 

そんな様子の島風を視界の端に納めながら優翔は二人に問う。

 

彼の問いに二人は互いの顔を見合わせて考えるような仕草を見せる。

 

先に動いたのは夕張で、彼女は自身の髪を掻きながら頭を上げた。

 

「因みに、納期はどの程度ですか?」

 

「特に決めはしないが、なるべく早めにが好ましい」

 

「んー……なら一ヶ月くらいかかるかもですが、やってみます」

 

「そうですねぇ、それくらいは必要かもしれません。因みに建造は?」

 

「燃料250、弾薬30、鋼材200、ボーキ30だ」

 

どうやら、優翔の言う個人的な依頼というのは話が終わった様で建造の話に入ってしまっていた。

 

特に興味が無いのか、島風は【連装砲ちゃん】三体を連れてその場から離れた。

 

 

 

工廠から離れた島風は特にやる事も見つけられずにふらふらと鎮守府内を歩いていた。

 

思えば暇だから最初に優翔の所へと向かったのだから、自分から彼に離れては意味がなかった。

 

とはいえ、既に工廠から離れて随分と時間が経つため今更戻っても優翔は確実に別の所にいる。

 

――どうしようかなぁ。大佐も響ちゃんもどこにいるか分からないし……。

 

夕方になり始めたばかりである今の時間帯は何をするにも中途半端であり、悩ましい限りだ。

 

ため息を交えながら俯きながらトボトボと歩いて曲がり角を曲がった時だった。

 

「きゃっ!」

 

「うわっ?!」

 

曲がった先に人が居ることを確認しなかった事により誰かとぶつかる。

 

それだけなら良かったが、ぶつかった事によりしりもちを付いたことと、それに少し遅れて数本のビンが割れる音と共に何かの液体が自身に降り注いだ。

 

ーーうえっ……何これ、お酒?

 

自身にかかった赤色の液体の匂いを嗅ぐと、ツンッと鼻腔を刺激するような匂いがした。

 

「だ、大丈夫かい?!」

 

「平気……」

 

立ち上がり、相手の姿を見ると調理師の格好をした男性だ。

 

この横須賀で調理師の格好をしている者は【間宮・横須賀店】の者しか居ない。

 

「なら良かった……しかし参ったな」

 

「あうっ……ごめんなさい」

 

島風が無事であることを確認した男は安堵して胸を撫で下ろすが、直後に床へと散らばった割れたビンと液体をみてため息をついた。

 

島風にも台無しになった酒が料理に使われる事が直ぐ分かり自分の不注意が原因ともなると謝らずにはいられなかった。

 

「……凄い音がしたが――島風、なんだその様は……」

 

「あ、大佐……」

 

「大佐!?お疲れ様です!」

 

「あぁ、敬礼は良い。それでどうした?」

 

「え、えぇ実は……」

 

ビンの割れた音でその場に現れた優翔がひょっこりと顔をだした。

 

島風の言葉に驚いた男は敬礼をしようとするが、優翔はそれを片手で制して説明を求めた。

 

自分の事を知らなかったであろう男は緊張からか話が些か飛び飛びになってはいるが何とか現状を理解するぐらいには話を聞き出せた。

 

「……そうか、部下が大変な迷惑をかけて申し訳ない」

 

「い、いえ!頭を上げて下さい大佐!」

 

現状を理解した優翔は男に向かい頭を下げる。

 

男としては下士官である自分に高級将校である優翔が頭を下げるなど、まずあり得ない事であり狼狽を隠す事はできなかった。

 

島風も同じでまさか優翔が頭を下げるとは思ってもいなかった為に唖然としている。

 

「しかし、このワインは今日使うものだったんだろう?」

 

「えぇ、まぁそうですが。こうなったら仕方ありませんよ」

 

「いや、今から買ってこよう。銘柄を教えてくれ」

 

「えぇっ!?流石に悪いですよ!」

 

「部下の失態は上官である私の責任だ、何時までに持って来ればいい?」

 

最初は断っていた男だが、優翔の押しの強さに先に折れてしまい結局は銘柄と何時までに持ってくればいいのかを全て伝える事になった。

 

優翔はそれを全てメモして、頭の中で整理するように頷いてメモ帳を音を鳴らしながら閉じた。

 

「それなら少しギリギリになるが間に合うか……では買ってくる。少し待っていてもらいたい」

 

「えぇ、申し訳ございません大佐。お願いします」

 

「あ、私も行くよ!」

 

彼女なりにも責任があるのか、その場を後にしようとする優翔に向けて言うが、彼は顔だけを島風に向けて少しだけ見た後にため息をついた。

 

振り返りゆっくりと彼女に近づいて、目線を合わせるように屈んだ優翔はその手を頭に置いた。

 

「そんな酒臭い姿で外にでるつもりか?」

 

「あ……」

 

言われてから改めて自身の姿を見ると、髪や顔から赤ワインが滴り落ちて、上着に関しては赤黒く染まっている。

 

それだけじゃなく身体の至る所から酒の匂いを発しており、とてもじゃないが服を着替えても外に出られない様な姿であった。

 

「この件に関しては私が何とかする。お前は早く風呂に入ってその酒臭いのを何とかしてこい」

 

「……はい」

 

 

 

優翔に言われた通り、島風は入渠所へと入っていた。

 

最優先で身体の洗浄を済ませ、現在は湯船に浸かっている。

 

だが、その表情は暗く傍から見ても元気がないのが伺える。

 

「そんな浮かない顔をしてどうしたんだい?」

 

「ひゃっ!?」

 

急に聞き覚えのある声から話しかけられ、驚きのあまりその場で身を硬直した島風は辺りをキョロキョロと見渡す。

 

良く見ると、湯気で見えにくいが真正面に響の姿があった。

 

「ひ、響ちゃん。何時からいたの?」

 

「島風が入ってくるほんのちょっと前からだよ。それで、どうしたの?」

 

同じ艦隊に所属する響なら話しても大丈夫だろうと思った島風はこれまでの今日の経緯を響に包み隠さず話した。

 

訓練の事、工廠での事、そして自分の不注意によって優翔に迷惑をかけた事。

 

それを響は黙って聞いていた。

 

「それで、間宮で働く人にも迷惑をかけただけじゃなく司令官にも迷惑をかけちゃった、か」

 

「うん……昨日の問題行動に続きこれだから、大佐も私の事はもういらないと思ってたらどうしようって……」

 

彼女らしくない弱々しい言葉の最後の部分に、響は呆れを交えたため息を漏らした。

 

島風はそのため息の意味を理解できずに響へと視線を戻すと、やはり呆れ果てた様な顔をしていた。

 

「私も司令官と会って日が浅いから何とも言えないけど、たぶん島風の心配は杞憂だと思うよ」

 

「どうして?」

 

「島風を迎えに行く時、司令官はこう言ってたんだよ『他が扱えないなら、私は扱ってみせる』って、海軍に異動して日が浅いのに随分と大きく出たと思わない?」

 

響の言葉に島風は頷いて肯定を示した。

 

確かに異動して一週間とも立っていないのに全く真逆の分野である艦娘の運用を扱って見せると言うだけかなり啖呵を切っているものではあった。

 

だが、優翔は資料を見て分かり切っている通り、響と違って自分でも偶に思う程問題児だと自覚している。

 

それも扱って見せると言い切るのは余程の自信があるのか、それとも馬鹿なのかのどっちかだ。

 

「実際に昨日が初の艦隊指揮だというのに、不利な状況から一気に巻き返したしね」

 

「そういえば……」

 

「戦闘が終わって入渠を済ませた後に、【居酒屋・鳳翔】に司令官が居たから聞いてみたんだよ。どうして初の艦隊指揮なのにそこまで上手くできたのかって。そうしたら『艦娘が海の上でも陸上の人間と同じように動けるのだから、陸軍の頃の戦術を使ってみたら案の定うまく行っただけ』だってさ」

 

「何それ、しかも案の定って確信してたんだ」

 

響の言葉に島風は思わず笑みを声を出して笑った。

 

それに関しては響も同意の様で、微笑を洩らして暫くすると小さく息を吐いた。

 

視線は虚空を眺めており、何を考えているのかは想像はできない。

 

「とりあえず、一度司令官と一対一で話してみたら?司令官を信じる信じないはそれから決めてもいいと思うけど」

 

「うん……お風呂から上がったらそうしてみる」

 

響の言葉に頷いた島風は上がり次第に優翔を探して話してみる事を決めた。

 

あともう暫くすれば優翔は帰ってくるはずであり、それまでに何を話すかを頭の中で整理する事に決めた。

 

 

 

 

入渠から上がった島風はさっそく優翔を探していた。

 

最初に執務室を覗いてみたら居なかった事から、おそらくまだ外に居るだろうと思いあれこれ十分程は探していた。

 

そして、今は鎮守府の正門の近くまで来ており、そこでようやく優翔の姿を見つけた。

 

「あ、大佐……」

 

「ン……島風か、どうした?」

 

彼は防波堤に腰を下ろして、タバコを片手にずっと遠くを見つめていた。

 

いつもと違うのは、酒屋で買い物に行ったためか、海軍の制服ではなく黒いレザーコートにワイシャツにスラックスと簡単な服装であることぐらいだ。

 

「……今日はごめんなさい」

 

「さっきの酒の事か?別に気にするな。さっきも言った通り、部下の不始末は上官である私の責任だ。むしろ使い道のない金を使う暇ができたから良いと思っている」

 

「し、私財を使ったんですか!?」

 

「当たり前だ、鎮守府の経費なんかで落とせる訳がないからな。さっきも言った通り使い道のない金を使っただけに過ぎないから気にしないでいい」

 

気にしないで良いと言われたもの、流石に私財まで使われているとなるともう何処を謝れば良いのか分からなくなり、泣きそうになってしまう。

 

そんな彼女の心境を理解したのか、優翔は何も言わずに今吸っているタバコを携帯灰皿へと突っ込み、二本目を吸い始めた。

 

暫くの間沈黙が続き、少しだけ気まずい雰囲気が場を支配していた。

 

それに亀裂を入れる様に、島風が口を開いた。

 

「……ねぇ、大佐。思い上がりじゃなかったら良いんだけど、なんで私の事をそんなに気にするの?資料でも見た通り、私はかなりの問題児だよ?」

 

「…………」

 

島風の問いに、優翔は目線だけ動かして彼女を見やるが、直ぐに視線を虚空へと戻し何も言わない。

 

――やっぱり、私をそこまで信用してないのかなぁ……。

 

一種の諦めに近い感情が芽生えた時、大きく煙を吐き出した優翔が口を開いた。

 

「……私は、陸軍に居た頃に多くの部下と仲間を失った」

 

「え……?」

 

「殆どが私に付いてこれ無くて巻き添えを食うように死んでいった。その理由については時が経ったら話すが……お前も知っている通り、私はまだ若造に過ぎない。……目の前で部下が死んでいくのは、もう嫌なんだよ」

 

初めてだった、優翔が言葉の最後の方で見せた悲しみを含んだ笑みを見せたのは。

 

殆ど無表情で、表情を変えるとしても呆れた様なものか、僅かに口角を持ち上げる姿しかなかったため、こんなに悲しそうな笑みを見せるのは初めてだった。

 

思えば、自分も優翔の年齢については着任したその日で知っているはずだった。

 

23歳など、普通なら大学を卒業して社会人として歩き出して1年程度だ。

 

幾ら力を持っている者が下の者を引いていくと言っても、陸軍に居た頃を考えれば成人して直ぐの事だ。

 

彼の言葉通りに部下や仲間の死を目の前で見てきたのなら、当時はもっと若い彼にはあまりにも過酷な物に違いなかった。

 

「……あれ?」

 

気が付けば自然と涙が出ていた。

 

何故涙が出たのか分からないが、拭っても止まる事がなく溢れ出るばかりだった。

 

「お前は根は優しいんだな。こんな狂った奴に涙なんか流さなくて良いものを……だけど、ずっと孤独で過ごしてきたお前だから涙が出たんだろうな」

 

その言葉を聞いた瞬間に島風の目から決壊したダムの様に涙が溢れ出てきた。

 

分かってしまったのだ、孤独の辛さを理解しているからこそ普通なら厳罰物の失態を起こしても許していたその理由が分かってしまったから。

 

「わ、私……」

 

紡ごうとした言葉は、頭に置かれた優翔の手で遮られた。

 

慰めるかのように撫でるその手の感触は、前にも撫でられたものよりもはるかに心地よかった。

 

「……お前がどんなに問題児だろうと私には関係ない。だが、私の部下となったからには絶対に無駄死になんかさせないし、見捨てもしない。それが私のできる最大の事だ。だからお前も私に命を預けて欲しい、まだ頼りないだろうけどな……」

 

「うん……信じるよ、てーとく……」

 

自身の呼び方が変わったことに少しだけ驚いた優翔は、少しだけ手の動きを止めるが、直ぐに彼女の頭を撫でる事を再開した。

 

遠くなる”もう一つの気配”を視界の端に収めながら、それが消えると彼女が落ち着くまで撫で続け月を見ていた。

 

――あぁ、今日も嫌になるぐらいに月が綺麗だなぁ……。

 

こういう時は酒を浴びてさっさと寝るのが一番なのだが、それも我慢できた。

 

何せ、島風に認められるのにもっと時間が掛かると思っていたのが今日で認められたのだから。

 

それを考えれば酒の一つくらい我慢はできた。


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