艦隊これくしょん・蒼海へ刻む砲火   作:月龍波

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3話:中央本部へ

二〇六〇年二月三日、マルナナサンマル。

 

執務室内に存在する寝室にて優翔は目を覚ました。

 

自身以外の気配で目覚めた訳ではなく普通の目覚めではあるが、用心深く視線を左から右に、更に右から左と流し誰も居ない事を確認して上体を起こす。

 

左手にはオンタリオン社製の SP2 Air Forceを握っている。

 

航空隊に所属になってから肌身離さず持っている愛用品だ。

 

サイバイバルナイフなので戦闘用に作られた物では無いものの、刃の耐久性があり長く使えることと、戦闘なら他のナイフを使うのであくまでも護身用に近いものだ。

 

普通はナイフを握りながら眠ることなど無いが、陸軍に居た頃にはゲリラ戦はおろか大規模な白兵戦なども行って居た事から長時間安心して眠ることなどできなかった。

 

その為か気配を感じれば直ぐに覚醒できるように長く寝ても三時間で一度目を覚ましてはまた三時間寝て、いつでも迎撃できるようにナイフを握りながら寝る事になっていた。

 

海軍に移った今ではそんな事になるのはまずないことではあるが、習慣というものは中々抜けないものである。

 

等と自身に呆れながら、ナイフを手放してハンガーに掛けられた海軍の制服を取り、羽織るように肩に乗せて寝室から出た。

 

扉を開ければ直ぐに執務室となっており、スムーズに業務に移れるのは中々素晴らしいものだと思い始めて来ている。

 

陸軍に居た頃では、そこらの岩を机代わりにすることの方が多かった。

 

それと比べたら、比べる方が失礼なほどだ。

 

電気を付け、椅子へと腰を掛けて机に置いたままである資料を再度目を通す。

 

今日の議題が乗っている大事な資料であるから、何度も目を通して確認するのは必要な事ではあるが、いささか面倒くさくも感じるが大将と共に行動するとなれば失態は避けなければならない。

 

――コンコンコンッ。

 

何行目か目を運んだ時に戸を叩く音が聞こえる。

 

この時間帯で執務室に入室する者は一人しか居ない為、立ち上がり出迎える用意をする。

 

「入れ」

 

「失礼するよ」

 

戸を開け、入って来たのは秘書官の響だ。

 

彼女は左腕にトレイを持っており、持ったまま敬礼をする。

 

多少不躾に見えるがトレイを置く所がない事もあり、敬礼をするのであれば別にとやかく言うつもりは無いため返礼を返し、先に手を下げる。

 

「おはよう、司令官。さっそくだけど朝食を持ってきたよ」

 

「あぁ、ありがとう。机に置いてくれ」

 

海軍に入って驚いた事の一つではあるが、毎朝秘書艦となる艦娘が朝、昼、晩と必要ではないとき以外は三食持ってきてくれることだ。

 

陸に居た時には全くもって考えられない事で、あの時はレーションを齧るか、野生の動物を狩って調理するか、もしくは何も食べないかであった。

 

と思い出しながら、響が持ってきた朝食を見るとトースト(ブルーベリージャム付)、スクランブルエッグ、ミニサラダ、紅茶と質素なものだ。

 

だが、自分には丁度良い量であり、そもそも陸軍では粗食で良しとしていた風習がありそれを経験している身としては十分に豪勢だ。

 

「今回は丁度良い量だな」

 

「昨日は多すぎるみたいだったから、かなり少なめで平気かな?って思ったけどよかったよ」

 

「元々、私自身が小食でもあるし、陸軍ではこんな豪勢なのは出なかったからな。いただきます」

 

その言葉を聞いて、響は少し呆れるような表情を見せる。

 

何を呆れているのか優翔には分からなかったが、とりあえずとトーストを齧りながら書類を読み進める。

 

「聞いている限りだと、陸軍はだいぶ酷かったみたいだね」

 

「少年兵とかがないのが救いなレベルだ。よく齧っていたのが一ブロックで一日分のカロリーを摂取できる化け物カロリーブロックだな。……味はコンビニの健康食品の方がはるかに美味いが」

 

「それは悲しいね」

 

実際に相当悲しい部類だろうと、心の中で呟きながらカロリーブロックの味を思い出していた。

 

平ったくいえば、生焼けのクッキー生地みたいなものでボソボソしている。

 

それが嫌で休日中にコンビニに行って、例の健康食品を買い溜めする兵士も多かった程だ。

 

自分自身は特に気にしていないので、暇がない時はよく齧っていたが部下に味覚が平気なのか聞かれたときは僅かに精神的にダメージを受けた覚えもある。

 

「それで、司令官」

 

「何だ?」

 

「司令官はマルハチマルマルには此処を出るとは聞いてるけど、帰りは何時頃になるんだい?」

 

「大凡ではあるが、遅くともヒトヨンマルマルには戻るだろう。会議とはいえ、各鎮守府の司令長官が担当を長く離れる訳にはいかないからな」

 

「了解、その時間帯に合わせて訓練の内容でも考えておくよ。昼食はどうする?」

 

「中央でそのまま取ってくるので必要ない。訓練の内容に関しては任せる」

 

先ほどの雑談から打って変わって如何にも事務的な会話内容だと思わされる。

 

食事を取りながら書類を読み進むには支障の無い会話の密度ははっきり言って嫌いではない。

 

しかしながら、幾ら普通の人間の少女とは違う艦娘とはいえ見た目の割には大人し過ぎる様にも思えるのはそれはそれで些か疑問に思う。

 

大抵は年齢にそぐわない精神構造している者は過去に何かしらの傷を抱えている事が多いものではあるが、それがなんなのかは優翔には分からない。

 

とはいえ、それに土足で入り込むのもモラルに欠ける行動である為、無関心そうに思われるであろうが触れない事が一番だったりする。

 

一通りの思考を纏め上げた直後に、執務室の扉が勢いよく開け放たれる。

 

バタンッと騒がしい音に、二人は扉の方へ目を向ける。

 

「おっはよー!……オゥッ!?大佐、銃を出してどうしたの?」

 

扉を勢いよく開け放ったのは島風であり、彼女の言葉に響は優翔の方へと視線を向けると。

 

左手に【ベレッタM93R】を握っており、銃口は島風の額の少し上を向いていた。

 

大きなため息をついた優翔はゆっくりとベレッタを下げ、懐のホルスターへとしまい気分を落ち着かせるためか紅茶を一口飲みこんだ。

 

「……島風、今後は執務室に入室するときはノックをしてゆっくりと扉を開けるように」

 

「なんで?」

 

「……第一に騒がしい。第二に敵襲と勘違いする。撃たれたくなければ次からそうしろ。私も部下を撃つようなことはしたくない」

 

「はーい……」

 

眉間を抑えながら言う彼の言葉に島風はげんなりとした表情に変えた。

 

――まったく、大丈夫なのだろうか……。

 

少しばかり頭痛を訴える自身の額に対して更に眉間を強く抑えながらも不安を心内で呟く。

 

それでも昨日会った時には蹴りを入れてきた時を比べれば、ちゃんと返事をするあたりはまだマシだろうと無理やり納得し、時間が無くなっている事に気が付き急いで残りを胃の中に流し込むのだった。

 

 

 

時刻はマルハチマルマル。

 

身支度を整えた優翔は軍帽を深めに被り鎮守府正面口へと移動した。

 

既に門前には黒塗りのリムジンが待機しており、おそらく景山は既に車内だろう。

 

「では行ってくる。留守中は頼んだぞ」

 

「了解、いってらっしゃい」

 

「いってらっしゃーい」

 

それぞれの反応を示しながら敬礼する二人に微笑を交え返礼し、リムジンへと向かう。

 

傍に近寄ると運転手が待機しており、座席のドアを開け向かいいれる。

 

中を覗けば運転手の後ろの座席に景山が座っており、視線をこちらに向ける。

 

「閣下、遅れて申し訳ありません」

 

「気にするな、私も今しがた乗ったところだ。座りたまえ」

 

「はっ、お隣を失礼させて頂きます」

 

優翔が乗り込み、数瞬後にドアが静かに閉められ運転手が席にへと戻る。

 

運転手が戻り、シートベルトを装着したところでリムジンはゆっくりと静かに動き出し、横須賀鎮守府から離れて行った。

 

なんとなく窓から鎮守府正面口を見やれば、未だに二人は敬礼をしたまま直立不動しておりこちらが完全に見えなくなるまで動かないつもりみたいだ。

 

不意に横から抑えるような笑い声が聞こえ、視線を向けると景山がクツクツと笑い此方へと向いた。

 

「出発前に見送りとは、慕われているではないか。特に島風は昨日とは大違いではないか」

 

「……彼女たちは義務と感じて行動しただけでしょう。小官を慕うにしては、小官には時間と実績が足りません」

 

「謙遜するな。響はともかく、島風を扱った者から見れば彼女が見送りをするなど前代未聞だぞ。何せ命令無視は当たり前であの性格だ。煮え湯を飲まされた者は多い」

 

そう言われれば少しは喜ばしいが、完全には喜べないのが現状であった。

 

島風との出会いは正直、彼女からすれば自分の第一印象は最悪そのものだろう。

 

陸軍からの異動者で海軍については素人同然の男が、反撃の為とはいえ地面に叩きつけたのだから。

 

優翔から見れば、あれは慕うという感情とは真逆の畏怖のようなものだ。

 

大人が子供を力づくで言う事を聞かせている、彼女はそう捉えてもおかしくもなんともない。

 

「誤解です、閣下。彼女は……島風はただ怖いから従っているだけでしょう。大の男が顔色一つ変えずに女子供を投げ捨てれるのですから」

 

「ふむ……まぁ、貴官がそう思うのなら今はそれで良いだろう。私にはそう思わないがな」

 

景山の後半の言葉には何も言えなかった。

 

景山と自身の年齢差は親子くらいの差が有るため、見える部分が違うのだろうとは思う。

 

人生経験という観点でいえば天と地の差があれば、彼女達の接している態度である程度分かるのだろう。

 

――もっとも、今の自分では考えたところで分からず終いだろう。

 

優翔にとって年頃の少女というのはどうしても苦手な部類ではあった。

 

陸軍時代でも女性と接する事はあるといえども、それは部下と上司という真柄での話でつい最近の事でいえば故人である竹本准尉が当てはまるが、プライベートで接した事はほとんどない。

 

おまけに彼女は若いが大人の女性だ、今部下として接している艦娘である響と島風の外見年齢はもっと幼いし性格も外見年齢相応のようなものだ。

 

方向性が違ければ、接し方もどうすれば良いかなんてわかるはずもなかった。

 

「ところで、今日の議題の資料は読んできたかね?」

 

「はい、議題の内容も全て頭に入っております。ただ……」

 

「ん?何だね?」

 

突如問われるも、何とか冷静に返す事が出来たのは幸いだったが、そう聞かれて一つだけ腑に落ちないところがあり書類を取り出す。

 

そんな優翔の態度に景山は興味を示したのか、僅かに優翔の方へと身体を寄せて資料の方へ見やる。

 

その中で優翔はある一点を指を指して質問を投げかけた。

 

「この議題一覧の最後の所ではありますが、これには議題の内容が書いておらずどのような事になるのかが想定が付きません」

 

「ふむ……確かに、ゲリラ戦等を行って居た貴官からすれば内容が不明な要点は避けたいところか」

 

そう答える景山ではあるが、その顔には僅かに冷や汗が混じっている。

 

何か、とても嫌な予感がすると感じた時に彼の口が開かれた。

 

「実はな、私にも知らされていないのだ」

 

「……馬鹿な、大将である閣下にも知らされていない項目など……」

 

「そう、普段ならあり得ない。だが現にこうなっているという事は……元帥、または参謀本部……最悪は陛下が判断し会議の場まで内密にしたいという事なのだろう」

 

景山の言葉に、優翔は思わず目を鋭くさせた。

 

まず、第一として天皇陛下がそのような判断を下すはずがなかった。

 

今の日本は第二次世界大戦の時と比べ天皇による絶対的な権力は皆無だ。

 

公には日本最高人物として宛がわれて最高権力者ではあるが、その実態は参謀本部となった首脳陣によって思うままに操られる傀儡となっているのだ。

 

――天皇のクソジジイがそんな判断ができるとは思えん。とすれば参謀部が濃いな……。

 

決して人前では絶対に言えないような暴言を心の中で呟きながら、更に思考に老けると浮かび上がるのは参謀本部であった。

 

優翔ら前線で戦う者からすれば目の上のたんこぶ、とも言えるような存在であり、彼からすれば天皇よりも嫌な存在だ。

 

そもそもの時点で鎮守府等の前線と後方に位置する軍本部の認識の相違が今の時代になっても酷いのだ。

 

どれだけ前線側から嘆願を書類でダース単位で送った所で、後方の本部は所謂”大人の事情”で全て、もしくは殆どを有耶無耶にするのだ。

 

そうなる原因はただ一つであり、現場との認識が違うのも有れば本部が現場の状況を知らない事から始まる共通の認識というものが欠けているから他にならない。

 

元々参謀本部に行くようなものは大体が士官学校卒業した直ぐ、もしくは首脳陣の身内等で実戦を経験した事のない者が集まっており直接机上理論の塊なのだ。

 

珍しく実戦の経験がある者が参謀本部行きとなった所で、一人の考え等大多数の意見の前では無意味なのだ。

 

そのような所から、後方は当てにならず訳の分からない事まで命令が来るのが前線組の泣き所なのだ。

 

「先に謝っておく、すまない龍波大佐」

 

「……いきなりどうされたのですか、閣下」

 

「……貴官は既に認識しているであろうが、この会議には参謀本部も交えられている。貴官には海軍に入って早々に醜い汚点を見せる事になってしまう」

 

見ていて此方の胸が苦しくなるような悲痛な表情であった。

 

分かりきっている事ではあるが、改めてそう言われれば覚悟せざる負えない。

 

だが、優翔にとって幸いとも言えるのは大将という普通であれば参謀本部へと異動となってもおかしくない最上階級の人物が前線へと留まりこうして若い自分と共に居てくれることであった。

 

「後方の無能さ加減は陸の頃からでも分かりきっている事であります。私が心配しているのはただ一つです」

 

「何だ?」

 

「……会議中にタバコを吸えますでしょうか?場合によっては吸い貯めて置かなければならないので」

 

優翔の言葉に一瞬呆けた表情を見せた景山は直ぐに車内の外にまで響くような笑い声を上げた。

 

苦し紛れのジョークではあったが笑ってもらえただけ良しとすることにした。

 

「全く、この大事にタバコの心配とは、余程の大物か馬鹿者かのどちらかだな?」

 

「恐れ入ります」

 

「安心したまえ、会議に使われる部屋は喫煙可、どころか大体が喫煙者だ。存分に会議の席で吸うと良い。私に煙を掛けぬようにしてくれればな」

 

「細心の注意をもってして吸わせていただきましょう」

 

 

 

「うあー……響ちゃん、訓練少しきつ過ぎない?」

 

「きついって?それはすまない。だけど島風は少し全力を出し過ぎるきらいがあるから、余力を残せる様にするのが今後の課題だね」

 

優翔が海軍中央本部へと向かって一刻半が過ぎるか否かの時間、訓練を終えた島風は心底疲れた様子で工廠のベンチで伸びていた。

 

訓練の内容としては、海上移動中における射撃訓練であり、絶え間なく動いて砲撃を交える砲雷撃戦での基礎中の基礎であり最も重要な内容だ。

 

それを優翔が鎮守府を出てからずっと続けていたのである。

 

島風がこんなにも疲労状態なのかと言えば、訓練中に常に最大船速で移動し砲撃を行う事を続けていた為、訓練を初めて僅か三十分で燃料が切れて一時中断をする事になった。

 

補給を済ませて十分の休憩を置いてから訓練を再開したが、やはり最大船速のまま行うため、所々で中断を交えてまた再開と繰り返した結果が動けなくなる程のスタミナ切れであった。

 

響は困っていた、彼女……島風が猪突猛進気味であることは知っていたが、それにしても度が過ぎている。

 

一回目の中断で最初から全力を出し過ぎないように注意しているが、直る見込みがない。

 

スピードに対する絶対的な自身から来るアイデンティティの確立の為による最大船速での行動なのかは分からない、分からない……が。

 

――……厄介払いだろうな。

 

不意に先日の朝方に言った優翔の言葉が頭によぎった。

 

今のこの時間で一緒に訓練を行って、ようやく優翔の言葉の意味が真の意味で理解できた気がする。

 

一応報告書に纏める予定ではあるが、内容を見たところで優翔が彼女を手放す事はないと思えるので、後は自分がどう上手く付いていくかというところであった。

 

「お、島風に響。此処にいたか」

 

急に自身達の名を呼ぶ男性の声を聞き、その方へと視線を向けると、中肉中背の黒髪の短髪の、中佐の階級証を身に着けた男が居た。

 

景山大将が留守の間、横須賀鎮守府の司令代理を務めている小山中佐だった。

 

ベンチで休んでいた二人は立ち上がり、敬礼を行い要件を聞くことにした。

 

「中佐、私達に何か御用ですか?」

 

「あぁ、実は木更津駐屯地に物資の輸送をしなくてはならなくなってね。君達二人にお願いしたいんだが、君達は龍波大佐の指揮下だから大佐殿に連絡を取って欲しいんだ」

 

「他の駆逐艦達は?」

 

「生憎と警戒任務と他の輸送任務で、手が空いているのが君達だけなんだ。勝手に上官の指揮下の艦娘を動かすわけには行かないから急ぎ連絡を取ってもらいたい」

 

「少々お待ちを」

 

島風の不躾な質問を気に留めることなく、さわやかな笑顔で返す小山に響は端末を取り出して優翔へと通信を始める。

 

数秒程TEL音が鳴り響き、通話が繋がったときに聞こえたのは周りの騒音に混じった優翔の声だ。

 

(……響、どうした?)

 

「忙しい所ごめんね司令官。小山中佐が司令官に用事だって」

 

(……なるほど、中佐に代わってくれ)

 

了解、と一言添えて響は端末を小山へと渡す。

 

彼は謝るように小さく首を下げ、端末を受け取る。

 

「お疲れ様です、大佐殿。会議中に大変申し訳ございません」

 

(いえ、丁度小休憩の所でしたのでお気にせず。どうしましたか?)

 

「えぇ。実は急遽、木更津駐屯地より物資の輸送を依頼されまして、大変恐縮でございますが大佐殿の指揮下に置かれている艦娘二名をお貸しいただけませんでしょうか」

 

(……なるほど、木更津であれば海を渡れば一直線で距離も遠くないか。そう言うことでしたらお使いください)

 

「ありがとうございます大佐殿。木更津からの報酬は大佐殿へ届くよう手配させていただきます」

 

(別にそこまで気を使わずに良いのですが、受け取れる物は受け取りましょう。それではそろそろ会議が再開しますので、失礼します)

 

「はい、お忙しい所申し訳ございませんでした」

 

声を聞いていると、どうやら許可が下りた様であった。

 

端末を切るなり、小山は大きく息を吐き出し安堵するような表情を見せた。

 

「すまないね、おかげで正式に許可を頂けた」

 

「いえ……丁度命令書が届きましたね」

 

端末を受け取るなり、直ぐにメール着信が入り、それを開くと添付ファイルが付属している。

 

添付ファイルを開くと急遽作られた命令書が映り、以下の内容が書かれていた。

 

[輸送任務命令書。発効日:二〇六〇年二月三日10時35分。

暁型駆逐艦2番艦『響』 駆逐艦『島風』

上記両艦は木更津駐屯地への輸送任務を従事する事を横須賀鎮守府所属日本海軍大佐及び横須賀鎮守府司令長官第二副官候補『龍波優翔』の名の元に命令する]

 

急造で作られた命令書故に簡潔かつ判子が押されていないが、この命令書があるか否かで大きく違う為一先ずは正式な手続きとして受理される。

 

それを確認した小山は再び安堵の表情を見せた。

 

「大佐殿が話の分かる方で良かった……すまないが二人共よろしく頼む」

 

「了解」

 

「はーい。……中佐、聞いてもいいですか?」

 

「ん、どうしたんだい?」

 

突如として質問を投げかけた島風に小山は目を丸くして質問の内容を待った。

 

響としては少し嫌な予感をした。

 

「中佐、許可が下りた時安心したような表情してましたけど、どうしてですか?」

 

投げかけた質問は地雷を踏む事に近いような内容だった。

 

表情は崩してはいないものの、響はコメカミ付近に嫌な汗が流れるのを感じた。

 

しかしそれとは裏腹に小山の表情は少し照れくさそうなものだった。

 

「いや、恥ずかしながら龍波大佐には少し畏怖の念を抱いていてね……」

 

「畏怖の念?」

 

意外な言葉が彼の口から発せられ、つい響は口に出してしまう。

 

彼は更に恥ずかしがる様に自身の後頭部を掻きはじめる。

 

「あぁ、龍波大佐殿は陸軍に居た頃は【邪龍】という二つ名で海軍の耳にも届く程の戦果を挙げた事で有名だからね。正直すさまじく恐ろしい方だと思っていたんだが、さっきちゃんと話してみてそのイメージが消えてね」

 

「【邪龍】に戦果……かぁ」

 

「悪いけど、その話は僕からは話せない。他人の過去を勝手に暴露するのは頂けない。詳しく聞きたかったら大佐殿に直接聞いてくれ」

 

「了解、それでは輸送任務に入ります」

 

意外な形で優翔に関する謎が増えた事に、二人は尾を引く気分に陥る。

 

そもそも分野が違う海軍で陸軍の者が噂になる事は珍しい事ではあるが小山の言い方では少なくとも優翔の挙げた戦果と言うのはかなり広まっている様だ。

 

どんな事をすればそこまで噂になるのか不思議ではあるが、今は目の前の任務を集中する為に二人は思考を切り替えて港へと向かうのだった。

 

 

 

響からの突然の電話に横須賀鎮守府の事情を知った優翔は瞬く間に命令書を端末で打ち込み、今しがた送信を終えたところだった。

 

かなり急造で作った物で判子などは押されておらず、効力の薄い物ではあるが隣に居る景山曰はそれで十分だそうだ。

 

「ふむ、作り上げるのが早いな」

 

「何せ寛容な物ですから、直ぐに終わらせれました。しかし……」

 

感心するような景山に苦笑を返しつつ端末を閉じる。

 

ただ、優翔には少しばかり気がかりな部分が存在していた。

 

「小官の肩書が『横須賀鎮守府司令長官第二副官候補』というのは些か度が過ぎるのでは?」

 

海軍では何の実績もなく、異動してから三日目の新人にしては大きすぎる肩書の事であった。

 

幾ら階級が高いとは言え、これでは自分よりも圧倒的に長く鎮守府に努めている小山中佐などの面目が立たない様に感じて仕方がないのだ。

 

とは言うもの、景山事態は特に気にする素振りではないのが何とも言えない状況だ。

 

「間違っては無いだろう。現に貴官は私の副官候補として会議に出席しているのだから。それにな、私は元々貴官を何れ第二副官として向かいいれるつもりで陸から引っこ抜いたのだ。それが今に副官候補として早まったというだけだ」

 

「左様でございますか……」

 

つまりは遅かれ早かれ、自身には第二副官としての肩書が付いてくるのが決まっていた事だったようだ。

 

あまりにも大きすぎる大役に、胃がキリキリと痛み始めるのが感じ取れ、そっと胃を抑える。

 

――今後に備え胃薬を買うべきであろうか……。

 

過酷な状況で戦ってきたことでメンタルには自信はあったが、予想以上の物であり帰りに薬局に向かう事を視野に入れ始めた。

 

「さて、そろそろ小休憩は終了だ。……もっとも、再開した所で最初の出だしから良い物になるとは思えんがな」

 

「…………」

 

言葉には出さないものの、頷いて同意を示す。

 

最初は各鎮守府または泊地の近状報告に加え今後の方針の提示であったがそれは酷い物であった。

 

何を提示しようが、資材面、経済面での事を参謀本部所属の者から突っ込みが入り、何をどう方針を提示すれば納得するのか謎で仕方がなかった。

 

何よりも、景山の提示した鎮守府周辺の安定化に向かい各司令、艦娘の練度の強化し何れは鎮守府近海だけでなくパラオやタウイタウイなど海外泊地への戦力の安定化についての突っ込みだ。

 

曰は経済面の余力を考えたか、曰は戦力の余力の無さ、曰はその行動によっての『深海棲艦』の行動激化等失笑を通り越して呆れて物が言えない状況だった。

 

ようは無理に動かず私服を肥やしたいという思考が丸見えであり、それで会議を設ける時間と場所がもったいなく感じるのだ。

 

あまりにも苦痛でしかない会議という名の何かにその時間だけでタバコを吸う本数が十を超えるほどだ。

 

隣に座っていた景山もストレス故か、自身にタバコを求めるほどだった。

 

――後方がこれでは、状況の改善の見込みなど立つはずもないな……。

 

おそらく各鎮守府や泊地から来た各司令長官全員が思っている事を心中で呟きながら重い足取りで会議室へと向かう。

 

 

 

「それでは、会議を再開致します」

 

議長を務める、参謀本部次長である飯村中将の一言で会議は再開された。

 

だが、場の空気は重く大抵の鎮守府司令長官の者はさっさと帰りたいと思っているところだろう。

 

優翔事態も、さっさとくだらない会議ごっこを終えて横須賀に帰りたいと思い始めていた。

 

「三番目の項目へと参りたいと思います……君、資料を各員に」

 

「はっ」

 

――……なんだ、雰囲気が変わったぞ?

 

三番目の項目は優翔が車内で景山に質問した、内容不明の項目だ。

 

その事を触れた時、飯村の様子が打って変わったのが誰しもが感じ取れたのだ。

 

とてつもなく、嫌な予感しか感じない。

 

大体当たる嫌な予感という物を感じ取った時、副官の者が回した資料が手元に届き、一部を取って隣へと回す。

 

それが全員が渡るまで待ち、飯村が資料を見る様に促し表紙を捲った時、重く静まり返った室内が騒然とした。

 

「何だ、これは!?」

 

「これは、深海棲艦なのか!?」

 

誰が言い始めたのかは定かではないが、おそらくは全員が共通した心境だろう。

 

一枚目の資料に添付された写真に写るのは。

 

「まるで人間……いや、艦娘ではないか……!」

 

はっきりと分かる女性の身体つきに黒いフード一枚を着込み、更には隠す気がない様に思える尻付近から伸びる長大な尾。

 

まるで艦娘の様だと、誰が言ったのか分からないがそう思えるようなものが写っていたのだ。

 

「これは……龍波大佐?」

 

景山すらも絶句せざる負えない内容に、どう反応を示せばいいのか分からない。

 

だが、景山の意識は隣に座る優翔によって削がれる事になった。

 

資料を引き千切るのではないかと思う程端を折り曲げ、目は今まで見せた事がない程に殺意を宿らせている。

 

身体が小刻みに震えているのは、怒りからである事に間違いはなかった。

 

他が騒然としている中でただ一人、優翔はその写真に写る謎の人物に溢れんが如くの殺意を向けていた。

 

「龍波大佐、どうした」

 

「……すみません、少し気が動転としておりました」

 

身体を小突き、小声で呼びかけてようやく我に返った優翔はその場凌ぎにしか取れない言い方をして、落ち着かせるためか資料を机に置きタバコを吸い始めた。

 

誰が見てもこの写真に写る謎の人物と関係があると分かるほどの反応だが、幸いなことにこれに気付いたのは景山だけであった。

 

「この正体不明の『深海棲艦』一隻により……岩川基地が壊滅的な被害を受けたと報告があった……」

 

「馬鹿な!私はそんな事何も聞いていないぞ!!」

 

飯村の絞り出すように発した言葉に、音を立てる程立ち上がり反論したのは佐世保鎮守府司令官の者だった。

 

岩川基地と佐世保鎮守府の距離は近く、確かに佐世保側が何も聞いていないのはおかしなことであった。

 

「……陸軍が噛んでいるな」

 

「何か分かるのか?」

 

「えぇ……九州には『陸軍第6師団』が存在してます。あそこは海軍と特に仲が悪いので情報操作を第6師団の連中が噛んでいる可能性は高いでしょう」

 

元より海軍と陸軍の折り合いの悪さは今になっても続いており、互いの足を引っ張り合うような行動が目に見えているレベルで行われている。

 

元身内の悪事が露見しているようで複雑な心境ではあるが、此処でようやく今の今まで謎であった第3項目の内容が明らかになったのが分かった。

 

陸軍の情報操作、または妨害の可能性がある以上この日まで内密にしなければならないという後手を踏まざる得なかったのだ。

 

――しかし、どういうことだ。海軍の妨害を行ったとしてもこれが露見されれば更に陸の立場は危ういというのに。

 

腑に落ちない、とはまさにこの事であろうと思いながらも優翔は自身でグシャグシャにした資料を再び手に取り写真を見やる。

 

見れば見るほど怒りが湧き上がるが、それは今は抑え思考を纏める。

 

そもそも今の時代で立場が薄い状況である陸軍が、この写真の未確認生物の存在情報を海軍へ渡らせる事を遅らせる意味が薄い。

 

幾ら仲が悪いとは言え、これ以上余計な事を行って更に立場を危うくさせる必要性が見当たらない。

 

それは呆けきっている陸軍の上層部でも分かりきっているはずだ。

 

いったい何故……どれだけ思考を巡らせても、きっかけが分からない以上は答えは見いだせない。

 

「龍波大佐、大丈夫か?」

 

「ッ……失礼しました。熟考し過ぎていたようです」

 

どうもこの議題に関する会議は集中できていないようだ。

 

自身の側頭部を軽く数回叩き気を入れなおして周りを見渡すも、資料の公開から随分と静まり返ったようだ。

 

直ぐに静まったのか、それとも静まるまで熟考し続けたのか否かは分からないが気を抜きすぎたと思い直す。

 

「諸君、この岩川を襲った未確認深海棲艦を我々本部は『戦艦レ級』と呼称する。この議題は『戦艦レ級』の対処についてを議論するものとする!」

 

戦艦レ級、未確認深海棲艦の仮の呼び名が決まった瞬間に優翔の目は再び鋭さを戻した。

 

名前などどうでもよかった、今は一刻も早くこの深海棲艦の情報が欠片でもいいから欲した。

 

有益であろうとくだらない物であれ何でもよかった、少しでも多く情報を持って帰らなければ帰れない。

 

そうで無ければ此処まで来た意味がないと、ようやく会議ごっこに等しい物に価値を見いだせたのだ。

 

胸中に蠢くような殺意と怒りを必死に抑えながらも、誰かが発言し情報が出るのを待ち続けた。

 

そんな彼を危うげな物を見る景山の視線を優翔は気が付かなかった。


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