艦隊これくしょん・蒼海へ刻む砲火   作:月龍波

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2話:その少女はつむじ風の如く

時刻はヒトヒトサンマル。あと四半刻程で昼となる時間に、一人の男が自身の執務室にて一枚の資料を険しい表情で見つめている。

 

濁った目で流すように資料に刻まれた文字列を左から右へ、また左から右にと繰り返す。

 

半分以上読み上げたところで、男は大きなため息をつき、被っている帽子を脱いで机に置く。

 

「……こんなの、私の所に押し付けてどう言うつもりだ……」

 

ガシガシと自身の黒髪を強めに掻きながら、龍波優翔大佐は誰に言うわけでも無くぼやく。

 

そんな彼の横から、彼がいつも使っているマグカップが差し出される。

 

差し出した者を見やると、自身の半分位の身長の小柄な、銀髪の少女、響だ。

 

「司令官、そんなに荒れてどうしたんだい?」

 

「荒れてる……ねぇ。確かにそう見えるかもな」

 

彼女からマグカップを受け取り、中身を一瞥する。

 

ダークブラウンの色合いをした液体が湯気を登らせながら、甘い香りを出している。

 

自身の私物のココアパウダーを溶かしたものだと直ぐに分かった。

 

若干匂いが強いように感じるのは、響がパウダーを多く入れたせいであろう。

 

一口飲んでみると、やはり少し甘さが強いようにも感じる。

 

だが、甘いものが好きな自身の味覚のおかげかすんなりと飲める。

 

「それで、何であんな大きなため息をついていたんだい?」

 

ゆっくりと液体の表面を息で吹きかけつつ、響は優翔に問う。

 

ふうっ、と小さいため息を吐き、彼は机に置いた資料を響に渡す。

 

それを左手で持ち、資料に書かれている文字を読み上げる。

 

それは“一人”の駆逐艦に関する資料であった。

 

「これは、“島風”に関する資料だね。何故、彼女の資料が司令官に?」

 

「……彼女が私の指揮下に入るからだ」

 

優翔の言葉に一瞬我が耳を疑った。

 

島風と言えば、数ある駆逐艦の中でも突飛つした最高峰の性能を誇る者だ。

 

駆逐艦の中でも火力、雷装共に高水準であり、中でも速度に関しては駆逐艦どころか全艦を見ても最速クラスを誇り、スピードで彼女に勝るものはいないとも言われている。

 

しかし、高性能な反面駆逐艦の中では燃費の悪さに加え、タービンが一点物となり整備性に何があり、量産されず、ワンオフどころかオンリーワンとなった。

 

そんな高級艦もとい一人しかいない彼女に何故、海軍に異動してから一日目の優翔の元に来ることになったのか検討がつかない。

 

当の本人も何故そうなったのか分からないような表情をしている。

 

というよりは、思い当たるフシがあるというような顔であった。

 

「……それで、何故彼女が司令官の元に?」

 

「……厄介払いだろうな」

 

険しい表情でココアを啜り、彼が一言発したのはそれだった。

 

――厄介払い……?

 

彼の発した言葉の意味が良く分からなかった。

 

彼女は最高峰の駆逐艦だ。そんな彼女が艦隊に加われば大きな力になる。

 

自身が知っている中でも、この横須賀鎮守府に勤務する多くの提督の二十人以上は彼女を欲している者がいるはずだ。

 

そんな彼女が厄介払いというのはどういう事なのか詳しく聞きたかった。

 

「……一人だけ性能が他と突出していても意味がないという事だ」

 

そんな彼女の考えている事を見通したのか、優翔は再びため息をついて言う。

 

だが、それだけでは伝わらないのか響は頭の上に疑問符を浮かべたままである。

 

――まぁ、彼女らは詳しく知らないだろうから致し方あるまい。

 

一から説明することになる事も仕方ない、と割り切り、彼女と正面を向かい説明を始めることにする。

 

「基本的に艦娘は艦隊を組むことは六人と決まっているのは知っているな?」

 

「うん、学校の実践訓練でもそう教わった」

 

「その艦隊を組む上で重要視されるのは、火力面や艦種よりも速度差の均等化が一番重要となっている」

 

艦娘に学校等があることに若干驚きはしたが、そんなこと今はどうでも良く話を進める事にする。

 

「考えてみろ、トップスピードで進軍している六人の中で五人の速度が五だとして、一人だけその倍の十だったらどうなる?」

 

「それは、残りの五人を置いていって一人だけどんどん先に進むね。……あっ」

 

ここまで説明して響は何かに気がついたように、声を上げる。

 

その様子を見て優翔は首をゆっくり縦に振る。

 

十の内、三しか言ってない状態で察するのであれば相当優秀な方だと一人で評価しながら。

 

「そうだ、一人だけ速度が速くても、それで孤立しては意味がない。むしろ孤立している分、残りが援護しに行くのも遅れるがそこは島風が速度を調整すれば良い。問題は戦闘状態では常に速度を出しつつ右往左往するんだ。彼女のスピードに付いてこられる奴など居ないし、陣形も崩れるわ仮に衝突しそうになれば、避けるのも難しい」

 

そこまで言うと、優翔はココアをまた一口と飲み、ため息をつく。

 

そのため息は落ち着きか、もしくは憂鬱によってかは、響は知る余地もない。

 

「……それで、司令官は島風をどうするの?手に余るって言って、返還を申し込む?」

 

そう響が問うと、彼はマグカップをわざとらしく音を出しながら机に置く。

 

「冗談を抜かすな。他の奴が扱えないなら、私は扱って見せるさ」

 

そう答える彼は、口端を釣り上げ不敵に笑う。

 

よほど自信があるのか、それともただの負けず嫌いか、どっちとも取れるようであった。

 

「大きく出るね、海軍に入ったのは昨日の今日なのに」

 

「こういうのは、要するに戦い方次第だ。まぁ、陸に居た頃はじゃじゃ馬と有名な【火竜】を使いこなしてみせたんだ。やってやるさ……」

 

――艦娘は戦闘機と違うと思うけど……。

 

危うくそう言いかけたが、心の中に押し込めることにした。

 

下手に口出しをして、一週間トイレ掃除なんて言われたら洒落にならない。

 

今はその自信が続くまで見届けよう。と、響は思うことにした。

 

 

 

――今度はどこに行かされるんだろう……。

 

防波堤へ腰を下ろし青い海を眺めながら露出の高い服装、金髪のロングヘアーの頂点から伸びる様に突き出たトレードマークとも言えるウサギの耳の様なリボンを揺らしながら彼女、島風は連装砲に顔が付いた謎の生物、連装砲ちゃんを抱きしめながら思いふけていた。

 

何度目になるか分からない部隊異動の指令。

 

三回目から既に数えていなかった。

 

自身が配属されると知り歓喜した者は多数居た、だがそれは直ぐに落胆とも悲観ともいえる事になり配属がどんどん変わっていき遂にはどこの艦隊にも所属せず一人になってしまった。

 

――私が悪い訳じゃないもん、私に追いつけない遅い子達が悪いんだもん。

 

連装砲ちゃんを抱きしめている腕の力を強めながら視線をぽつりと落とした。

 

不意にこちらに近づく様に聞こえる靴音が聞え、ピクリッとウサギの耳の様なリボンと首を動かす。

 

高い背丈に海軍の軍服を纏う男が、暁型2番艦の響を連れて歩いている。

 

ふぅっと彼の口から吐き出た煙は、吐息によるものでなく右手の指に挟んだタバコが見えその煙だと理解した。

 

「……お前が駆逐艦【島風】であっているか?」

 

「……誰?」

 

いきなり現れた男に怪訝な思いをあらわにしながら島風は男に問う。

 

男は一度タバコを口にし煙を吐き出すと彼女に目を合わせる様に、濁った眼を向ける。

 

「上官に対して随分な口の利き方だな。まぁ良い。私は今日からお前の司令官となる龍波優翔大佐だ」

 

「……龍波大佐?知らない」

 

「だろうな、私事態は昨日陸軍から海軍に入った者だからな」

 

その言葉で島風の疑心感をさらに強くさせた。

 

――そんな右も左も分から無い人が私の提督?

 

そう思考した所で彼女は「あぁ、私は捨てられたんだな」と思った。

 

「……はぁ?何それ、そんな素人も良いところの人が私の提督?馬鹿にしないでもらえない?」

 

「……島風、彼は上官だよ。口を慎んだほうが――」

 

「関係ないよ、どうせ私より遅いんだもん」

 

小馬鹿するような物言いに、流石に不味いと思ったのか響は止めに入るが、それを遮る様に彼女はそういう。

 

――なるほど、どうやら性能意外に性格にも問題ありそうだな。

 

一度小さくため息をついた優翔は携帯灰皿に吸っていたタバコを押入れ、彼女へと向き合う。

 

「どうやら納得していないみたいだな」

 

「当たり前でしょ……素人さん!」

 

抱きしめていた連装砲ちゃんを置いて立ち上がったと思えば、彼女は驚異的な瞬発力で優翔へと突貫した。

 

何をするのか見当が付いた響は優翔を守るために前に出ようとするが、差し塞がれた彼の左腕で前に出られなかった。

 

乾いた音がその場に響き、一瞬の沈黙が場を支配した。

 

反応できないだろう速度で打ち込んだ蹴りは彼に届かず、その細い脚首を握り受け止めていた。

 

島風は何が起こったのか理解できず目を白黒させ、彼の濁った眼とぶつかった。

 

「良い蹴りだが、甘い」

 

「おぅっ!?」

 

そう言い放った優翔は振り払うように右手を振り、彼女を地面へと叩き付ける様に投げる。

 

背中から伝わる衝撃に変な声を洩らし怯んだ彼女に優翔は懐に手を入れながら近づく。

 

――撃たれる……!

 

動作で拳銃を抜くと判断した島風は身体を強張らせ目を瞑る。

 

次に聞こえたのはバサッと何かを広げる様な音で痛みなどは襲ってこなかった。

 

恐る恐ると目を開けた彼女の目に映ったのは一枚の書類だった。

 

「これが横須賀鎮守府最高司令官、景山大将閣下からのお前の指揮権と保有証明の書類だ。私の指揮下に入るからには私の指示に従ってもらう。響、このじゃじゃ馬を連れて執務室に先に戻るように、私は閣下からの召集命令を済ませてくる」

 

「了解」

 

書類を島風の目の前に落とし、後ろの響へ指示を出すと優翔はその場からスタスタと歩き去って行った。

 

自身の目の前に落とされた書類を拾いながら島風は呆然と彼の背中を見ていた。

 

「大丈夫?島風」

 

「……何なの、あの人……」

 

響の問いに答える訳でもなく、島風は譫言の様に呟くのだった。

 

 

 

広い廊下に十分すぎる程響くため息を漏らしながら歩いて行く。

 

――閣下め……相当なじゃじゃ馬を寄越してくれたものだ。

 

まるで年頃の女の子の面倒を任されたような気分に陥り気力が右肩下がりになっていく。

 

一際大きい木の扉の前に立ったところで先程までの気分を振り払い、気を引き締めながら服の乱れを直す。

 

一度大きく深呼吸をし、準備を終えると扉を三回ノックする。

 

「入りたまえ」

 

「失礼します。龍波大佐、ただ今到着いたしました」

 

扉越しに伝わる声を聴き、扉を開け入室すると執務室の傍で腕を組みこちらを見やる彼に敬礼をする。

 

彼も返礼し腕を下ろした所で自分も敬礼を止め、背中で腕を組み待機する。

 

「うむ、昨日の今日で召集を掛けてすまないな」

 

「いえ、閣下のご尊顔を拝見でき光栄でございます。して小官にどのようなご用件でありましょうか?」

 

「そうだな、とりあえず座りたまえ、立ちっぱなしは疲れるだろう」

 

景山はそういうと、来客席へと移動し、豪華なソファに腰を落ち着かせる。

 

「失礼します」

 

彼が座ったのを確認してから自身も席に着き彼の言葉を待つ。

 

数秒の沈黙がその場を満たし、重苦しい雰囲気が流れ出る。

 

「それで、島風とは会ったかね?」

 

口を開いた景山の言葉に今回呼ばれた理由が島風に関する事も含んでいると言うのが分かった。

 

「はい、先程会いました」

 

「して、彼女の印象はどうだった」

 

自身の中での印象はかなりの低評価だが、少し考える素振りを見せて言葉を選ぶ。

選んだつもりではあったが……。

 

「……かなりのじゃじゃ馬です」

 

どんなに脚色しようともこれは絶対にはずせなかった。

 

「じゃじゃ馬か、君が以前に乗り回していた【火竜】とどちらが扱いにくいだろうかな?」

 

「……【火竜】より扱い辛いかもしれません。出会いがしらに蹴られそうになりました」

 

「それはまた、災難だったな」

 

冗談交じりでどちらが扱い辛いかを聞いてみたが、蹴られそうになったという言葉に景山は誤魔化すかのように苦笑を浮かべた。

 

優翔はただ肩を竦めて肯定を示すだけであった。

 

「それで彼女、島風の処分はどうするのかね?」

 

「……処分、とは?」

 

「君への暴力行為を行った島風に対する処分だ。もっとも士官学校の頃から対人戦闘、特に近距離戦闘に秀でた貴官のことだから赤子の手を捻るように返り討ちにしたと思うが」

 

「過分な評価を頂き光栄であります。して……処分、ですか」

 

苦笑の後に顎を指でなぞり考える素振りを見せる。

 

別に処分をどうするか等考えていなかった、確かに軍に身を置くものにとって上官に対する暴力行為は減給だけで済むようなものではない。

 

――とは言え……相手は艦娘だしな。

 

これが普通の人間であれば処分などいくらでも考えられるが、相手は艦娘というのが悩ましいところであった。

 

というよりも赤子によだれを掛けられた程度にしか考えていなかったこともあって、別に罰則を与える様なことは考えてもいなかった。

 

「閣下、小官としては彼女――島風への処罰は不問とさせて頂く所存であります」

 

「それでは他に示しが付かないのではないのかね?」

 

――ほら来たよ、示しという面倒なものが。

 

若干ながら鋭くさせた景山の眼光を受けながらそんな事を考えながらも、すでに用意をしていた切口を切ることにした。

 

「閣下、お言葉ではございますが……私自体に大した怪我も無ければあの場に居たのは私と響、島風の三人のみで他の者は見ておりません。むしろ私は彼女を地に叩き伏せたのでそれで水に流そうと思います」

 

「ふむ、既に体罰を行ったことでそれ以上の処罰は行わないと?」

 

「はい。それにこれこそ言葉が過ぎますが、あの程度で一々処罰を与えるほど、今の日本に人的にも物的にも余裕はございませんので」

 

「そうか……どちらにしても島風は貴官の者だ、好きにすると良い」

 

「ありがとうございます」

 

優翔の言葉に納得の表情を見せた景山は礼と共に頭を下げる青年を満足げに見やる。

 

もっとも処分をしないならそれで実際にはどうでも良くて、彼の余裕のないという現実を聞けば些細なことに時間を割くのはバカバカしいと感じるのも同感だからだ。

 

そう、余裕などない。深海棲艦の登場によって領海域での活動が極端に狭まった今の時代は他に現抜かすようなことは害悪であった。

 

今まで海路による貿易が主だったのが深海棲艦によって困難となったのだ。

 

できる事と言えば空路による貿易、艦娘による鼠輸送程度だがそれぞれ問題が生じる。

 

前者は撃墜される危険性を考えると頻繁に行えない事と撃墜された時には貴重な物資が大量に失う事、SSTO等さらに高度を取れる物であれば撃墜される心配はさらに少ないがコストが割に合わない。

 

後者に至っては人間の少女と同サイズの艦娘が持ち運べる物資の量などたかが知れている。

 

短距離であれば有効となる事もあるが、他国等長距離となれば運べる物資は少なく深海棲艦との接触によって轟沈の危険もあれば輸入先の国で鹵獲などされたら貴重な戦力に加え機密の漏洩につながる。

 

この様な状況から各国は鎖国状態が強いられる事となっている。

 

この日本に至っては江戸時代ぶりとなるものであろうか。

 

「閣下……?」

 

「む、すまん。少し考え事をしていた」

 

「はぁ……左様でございますか」

 

――我ながら熟考していたものだ。

 

優翔の声に現実へと引き戻された景山は姿勢を正して再び彼の方へと向き直る。

 

目の前の青年はずっと姿勢を正したまま自身の声を待っており、軍人としては良いのだろうが見るだけで堅苦しいと思える。

 

ずっと肩筋を張っていて疲れないのだろうかと何とも場違いな感想を抱く。

 

「それで閣下、小官を招集いただいた本当の訳はどのようなものでしょうか」

 

「ふむ、流石に疑り深い……いや、用心深いといったところか」

 

「……お言葉ですが、島風に関しての事であれば報告書で済む話です、閣下が時間を割いてまで小官に招集を掛ける理由には薄いと感じておりました」

 

「結構、では本題に入るとしよう」

 

大体は上官が招集を掛けて呼び出した時に他愛もない世間話から始まる場合は重要な事を伝えるためのクッションの場合が殆どだ。

 

それも、大抵が面倒くさい方向であることが多い。

 

目の前で足を組み、先ほどまでの優しそうな目が嘘のように鋭くなる。

 

これも一種のサインであり、余程の事を話すから覚悟しろと意味でもある。

 

「いきなりではあるが、翌日ヒトマルマルマルより海軍中央本部にて会議が行われる。それに私も出席する事となる、龍波大佐は私の副官候補として共に東京へと出向いてもらう」

 

「私が……失礼しました、小官が閣下と共に東京にございますか?閣下、お言葉ですが私は海軍に入って日が浅い、それに閣下の副官は――」

 

「言わんとしていることは分かる」

 

優翔の言葉を手で遮り、景山は周りを見渡し誰も居ないことを再度確認した直後に重苦しい表情を浮かべる。

 

目も先ほどの鋭い眼光は消えうせ、追い詰められているかのようなものになっている。

 

「貴官が言いたいのは、副官には椎名(しいな)少将が既にいるという事であろう?」

 

身を乗り出して優翔だけに聞こえるように小さく呟くような言葉に優翔は声には出さず頷いて肯定を示す。

 

大将という事実上の海軍のトップである人物に付く副官と言えば将官の者が付いているのが殆どであり、それは彼も変わらない。

 

「実はな、公には椎名は横須賀鎮守府ではなく別の泊地にて任務を行っているとなっているが実際は違う。椎名は現在負傷しており軍病院にて入院して動けないのだ」

 

声に出さないようにするのが精いっぱいだった、総司令である者の副官が入院など寝耳に水もいいところだ。

 

だが、よく思い返してみれば着任の挨拶の時に居たのは景山だけで居るはずの副官である椎名少将が見えず、今更ながら違和感の正体に気が付いた。

 

「……少将のご容態は?」

 

「峠は越えた様であるが、未だに気が抜けない状態だ」

 

――これは、かなりまずいな。

 

本来副官というのは指令の多忙な業務を補佐する役割として配置されているが、椎名少将はそれだけに留まらず、この横須賀鎮守府の副司令を兼任している。

 

その人物が入院しているということは今のこの横須賀鎮守府にはトップである者が一人欠けているようなものだ。

 

「中央での会議で大将である私が副官を連れずに参加するのは周りに不審ならまだましも変に不安を煽る事になる。そこですまないが、椎名が不在の中で現在横須賀鎮守府に居る軍人で私以外に階級が一番高い貴官に副官候補として共に出席してもらいたい。会議が始まったら沈黙も発言も自由にしていい、ただ私の隣へ座って貰いたい」

 

「……了解しました、小官ごときが椎名少将閣下の代役に務まるか不安ではございますが閣下のお役に立てれば、と思います」

 

「すまんな、面倒をかける」

優翔の言葉に小さいながら重く謝意を示した景山はソファから腰を浮かせ自身の執務机へと歩み寄る。

 

その引き出しから数枚の書類を纏め上げた束を一部取り出すと、優翔の前に差し出した。

 

「これが明日の会議の議題を纏めた書類だ。後で目を通しておくように」

 

「はっ、執務室に戻り次第拝見させていただきます」

 

「よろしい。それと椎名少将については他言無用で頼む。この事を知っているのは貴官を含めほんの一握りだ」

 

「心得ております。秘書艦の響にも口を割らない事をお約束いたします」

 

言い終わった直後の絶妙なタイミングで戸をノックする音が室内に響いた。

 

――あぁ、このタイミングはもしや……。

 

ノックの音に若干のデジャブを感じながら影山が入室を許可し、入室してきたのは茶髪のセミロングに黒い制服に左襟の三日月の飾り、睦月型7番艦の文月が姿を見せた。

 

「失礼しまぁす。お茶をお持ち致しましたぁ」

 

その舌足らずな声を聴いて昨日の記憶が一気に呼び起される。

 

違う点といえば、昨日と違いタイミングが良いことぐらいで、それ以外は殆ど同じであり、そこから容易に思い浮かぶ次の光景は……。

 

「おおっ!いつもすまないなぁ文月」

 

――ほらな、予想通り。

 

昨日とほぼ同じ様な反応を示す景山にあまりにも予想通りすぎる展開に苦笑を堪えて無表情を貫くのが精いっぱいだった。

 

どうも景山は文月を孫娘のように特に可愛がっている様に見える。

 

「龍波大佐もどうぞぉ」

 

「あぁ、ありがとう」

 

差し出された湯呑は淡い色の緑茶が湯気を立てており、柔らかい茶葉の匂いが広がり鼻孔を刺激する。

 

景山は既に茶を飲んでおり、ならば自分もと湯呑を取り一口飲みこんだ。

 

――なるほど、これは美味いな。

 

緑茶はあまり詳しくないものの、良い茶葉を使い丁寧に淹れられたと分かるくらい美味しいものだった。

 

「どうだね、龍波大佐」

 

「はい、美味しゅうございます。茶葉の旨味を殺さないように丁寧に淹れられているのが分かります」

 

「そうだろう。文月の淹れるお茶は美味いからなぁ。何杯でも飲める」

 

「えへへぇ、嬉しいです」

なるほどな、と心の内で呟きながら景山と文月を交互に見やる。

 

海軍大将であり横須賀鎮守府の総司令官ともなればその身に降りかかる激務は想像を絶するものだ、それを一時の猶予として差し出されるお茶も次の執務の励みとなる。

 

本質は兵器なれど、人としての思考をもって配慮もできる艦娘は良い者だと思える。

 

女子供を戦場へと向かわせているという罪悪感などは別にしてではあるが。

 

「さて、文月がせっかくお茶を持ってきてくれたのだ。募る話も茶を飲みながら話そうではないか」

 

「はい、よろしくお願いいたします」

 

茶を交えながら、明日の会議に関する会話が再開された。

 

持ってきた本人である文月は話が再開したとたんいつの間にか退室している。

 

いったいどのタイミングで出て行ったのか分からなかったが、そんな事よりも集中しなければならない事が目の前にある事からそれらの思考を切り捨てた。

 

 

 

「おっそーい!!」

 

優翔の執務室から扉越しに外にも届くような声が響く、声の主は島風の物だった。

 

彼女は執務室に設置されているソファに腰を落ち着かせながら両足をバタバタと振って不満をぶちまけていた。

 

不満の理由は優翔が中々執務室に戻ってこないからだ。

 

優翔が島風に渡した書類は本物であることは彼女も理解しており、そのため指令を受けるためにこうして執務室で待っているのだが、一時間以上待っても戻って来ないことで彼女の口から不満が漏れたのだ。

 

もっとも、一緒に執務室に戻った響は彼が上官の招集命令を受けて司令長官室に向かって、なおかつ景山大将と話していると知っており長くなるだろうと予想していた事から地団太踏んでいる島風に肩を竦めて見やるのだった。

 

「景山大将の元に向かっているんだ、長くなっても仕方ないと思うよ」

 

「それにしてもおっそーい!!」

 

元々の短気も相まってどうやら投げ飛ばされた事もあって不満が収まらないようだ。

 

――と言っても、投げ飛ばされたのは島風が悪いけどね。

 

小さくため息をつきながら、食器棚からマグカップを二つ出してその中にココアパウダーを数杯入れ、電気ケトルのお湯を入れかき混ぜる。

 

「とりあえずこれを飲んで落ち着いたら?はい、ココア」

 

「……ありがとう。って、これ龍波大佐の私物だよね?勝手に使っていいの?」

「問題ない、司令官からは飲みたかったら勝手に使っていいと言われている」

 

「ふーん……」

 

許可を得ているなら良いか、と思いながらビターブラウンの色合いの液体を啜る。

 

甘いながらほんのり苦味を交える味わいは確かに落ち着くには丁度良いと思える。

 

「でもさ、響ちゃん。龍波大佐っていったい何者なの?」

 

「元陸軍独立第10飛行団隊長と本人から聞いた事しか私も良く分からない」

 

「秘書艦なのに?」

 

「私も司令官に会ったのは一昨日が初めてなんだ」

 

「それなら仕方ないかぁ」

 

口ではそう言いつつも、実際のところは疑心感で胸中はいっぱいだった。

 

陸軍から海軍に異動する事は別に珍しくもなければ逆もありえるものだが、詳しくはないものの飛行団の隊長にまで上り詰めている人間が何故海軍に異動したのかも気になるところではある。

 

だが、それよりももっとも気になるのは別の部分であった。

 

「でもさ、なんか変じゃない?」

 

「……変って?若い外見で階級が高い事?それとも目が濁り過ぎていること?」

 

「違―う!確かに階級も妙に高いし、目も死んでる魚みたいに濁っているけど、艦娘の蹴りを余裕の表情で受け止められるのが変だって言っているの。私達艦娘って普通の人間より身体能力が高いんだよ?陸軍に居たからっておかしくない?」

 

島風の疑問には響自身も薄々感じていたことだった。

 

重量のある艤装を装備しても軽々と動け、艤装によって海上をスケートの様に滑る事が出来るほどのバランス感覚。

 

細身の身体に似合わない主砲の反動に耐えられる筋力など、艦娘の身体は人間の身体能力を軽く凌駕している。

 

ともなれば、艦娘の放つ体術は殺人的なものであり、おまけに島風は自身が自負するほどスピードが自慢で普通の人間が反応するのは難しい。

 

まともに受ければ大の成人男性を数十メートルは吹き飛ばされるような蹴りを優翔は受け止めるどころか投げ返して反撃している。

 

島風が手加減しているような様子は見えなかった事もあり、言われてみれば謎ばかりが浮かぶ。

 

そんな響の様子に良しと思ったのか、島風は不敵な笑みを漏らした。

 

「ねぇ、気になるなら調べてみない?」

 

「調べるって、どうやって?」

 

「丁度いいのがあるじゃん」

 

そういう島風はあるものを指で指し示し、その指先には執務机に配置されているノートパソコンだった。

 

提督達が事務仕事などに使うために海軍から支給されているパソコンであり、その中には重要な機密や情報が内包されている禁断の箱に等しいものだ。

 

「……まずいよ、司令官のパソコンを下手に触るのは」

 

「平気だよ、海軍のデータベースだったら龍波大佐のパスで閲覧できるし怪しまれないよ。それに響ちゃんも気になるでしょ?」

 

制止の声を掛けるも、島風はそう言いながら椅子に飛び乗るように座り電源ボタンを押す。

 

丁度スリープモードだったからか、ディスプレイは直ぐに点灯し冷却ファンの駆動音が静かに音を鳴らし始めた。

 

こうなったら止まらないと察した響はいざとなったら自分も一緒に怒られる事を覚悟して島風の隣に立った。

 

「えっと、データベースは……これかな?」

 

備え付けられているマウスを弄り、マウスポインターを右往左往させながらデスクトップの数あるアイコンの内「JND」(Japanese navy databaseの略)と書かれたアイコンをダブルクリックする。

 

瞬時に読み込まれた画面には各鎮守府や泊地の状況、連絡用のBBS、マイページ等のクリック一つでそれぞれのページに飛べるボタンが配置されており、島風は鎮守府の状況のページに飛ぶボタンをクリックする。

 

次のページにはそれぞれの鎮守府や泊地の名前が並んでおり、その中で「横須賀鎮守府」を選択する。

 

そこには鎮守府全体の身通り図が表示され、昨日から現時間までに起きた状況が左から右へと流れている。

 

上部には所属の軍人、過去の状況、所属の艦娘の一覧、鎮守府専用のBBS、があり迷わず所属の軍人をクリックする。

 

そこには顔写真と共に名前がリンク付きで載っており、最上部には景山大将が、その下には椎名少将が載っている。

 

だが今目当てとしているのはその二人ではなく、優翔の情報であり少し気が惹かれるもマウスホイールを下へと転がしてページをスクロールさせる。

 

数回転がした時に階級順に並んでいるのか顔写真は載っていないものの、その下に「龍波優翔」とはっきりと名前がリンク付きで直ぐに出てきた。

 

「顔写真がないね……」

 

「一昨日所属になったばかりだから用意ができてないだけかも」

 

他愛もない会話を交えながら名前をクリックすると、そのページはまっさらに近く「二○六○年二月一日:日本陸軍より日本海軍『横須賀鎮守府』へ異動」とのみ書かれていた。

 

「……これだけだね」

 

「待って、下の方に経歴って書いてある」

ページ内の何もなさに呆れる様な声の響に対して目敏く島風は別のページに行くためのリンクを見つけ出し、それをクリックする。

 

クリックした時に先ほどと違い、何かを読み込むかのように少しばかりの間が空いてページが表示された。

 

その中には優翔のこれまでの軍人としての経歴が記載されていた。

 

「おぉ、色々載っている」

 

「……良いのかな、軽く個人情報を盗み見しているような……」

 

「今さら言いっこなしだよ」

 

二人は気が付いていないが、こうも容易く優翔の経歴にアクセスすることができたのは、優翔のパスコードを使用して自身の経歴を閲覧しているからであり、他の者の経歴を見るとなれば司令長官及び副司令長官である景山と椎名の二名以外はパスコード入力が必要である。

 

それを知らないまま二人は優翔の経歴を上から順番に読み始めた。

 

「えっと、二〇三七年六月一八日生まれ、血液型B-型、身長182cm、体重71kg……えっ?二〇三七年生まれってことは……」

 

「……現二三歳で次の六月で二四歳だね」

 

「それで大佐って若くない!?」

 

明かされた優翔の年齢に驚く二人はしばらく呆けるようにディスプレイを見つめ続けていたが、先に我に返った島風が次へと進んだ。

 

「えっと……二〇五五年に日本軍に志願、百八期生として士官学校入学。二〇五六年士官学校次席にて卒業。陸軍に所属し少尉階級を授与ってことは一八歳で士官学校に入って一九歳の卒業時点で既に少尉か」

 

「……将校過程みたいだね」

 

「士官学校の教育プランが変わって昔より短くなったって聞いたけど、一年で卒業するものなのかな……」

 

「たしか五年前と言えば丁度その時期に深海棲艦が出現した時期で、急遽軍の人手を増やす為に研修時期を短くしたはずだよ。その頃はまだ余裕があったみたいだけど念を入れて」

 

丁度五年前の世界情勢が一気に変わった年頃での軍部では隣国との衝突や正体不明な深海棲艦への対策として色々と試験的な意味合いを含め余裕があるうちに準備を整えていた時期だ。

 

その中でも優翔が軍に志願した年は例年よりもはるかに志願する者が多かったと聞く。

曰く国のため。曰く軍に入って家族を優遇させたいから。曰く私利私欲等色々な思惑が交えていたようだ。

 

「士官学校時代では、座学も常に上位だったみたいだけど、それ以上に実戦訓練の成績は殆ど主席だね。特に白兵戦による対人戦闘の部門では教官を打ち負かしたりしているね」

 

「……本当に陸軍向きの成績だね。海軍に移ったのが不思議なくらいに」

 

「確かに。それに正式に陸軍として配属になった初期の段階で選抜射手として活動しているね」

 

「選抜射手って何?」

 

「【マークスマン】とも言われている兵種で、簡単に言うと一般歩兵と狙撃兵の中間みたいな兵士だね」

 

「なんか、いよいよ化け物染みてきたね……」

 

響の説明にとても本人を前にして言えないような暴言をげんなりとした表情で言い放ちココアを飲み干した島風に苦笑し、自身もココアの残りを胃に流し込み続きを読み始める。

 

「えっと、数々の任務をこなして二〇五七年に中尉に昇進……えっ、その五か月後に大尉に昇進している」

 

「嘘ッ!?いくらなんでも昇進スピード早すぎない!?」

 

通常ならばありえない昇進の速さに島風が声をあげたところで、ガチャリと執務室の扉が開かれる音が聞こえる。

 

その音に身を硬直させた二人は振り返るように扉へ見やると優翔が気難しい表情で片手に資料束を持って入ってきた。

 

「……ん?お前達、私の執務机で遊ぶのは良いが、書類とかを破るなよ?」

 

入室して開口一番に放ったのはその一言だった。

 

どうやら自身の机で遊んでいると勘違いをしての発言のようで、二人は頷きながら内心で胸を撫で下ろした。

 

「しかし響、お前が勝手に人の机を漁るとは思わなかったんだがな……」

 

「ごめんね、少し気になったことがあって」

 

「……ネットでも使っていたのか?」

 

歯切れの悪い返事に疑心感を表に出した優翔は机に近づくと、二人が動揺するような仕草を見せ始めた。

 

更に疑心感を強くさせ、パソコンの画面を覗くと、どこかで見たことのある経歴が画面上を埋め尽くしている。

 

断片的に見ても身に覚えのある記録である事から、どうも二人は自分の経歴を漁っていたのだと理解した。

 

二人を交互に見やるといたずらがばれた子供の様にバツの悪そうな表情を浮かべており、ため息が自然と漏れた。

 

「なんだ、私の過去を調べていたのか。それならそうと正直に言えばいいものを」

 

「……怒らないの?」

 

島風からの問いに優翔はその質問の意図があまり理解できなかった。

 

少しばかり間をおいて考えて、自身の過去を盗み見した事を怒られると思ったのだと理解した。

「怒る必要性が見当たらないな。上官が何者なのか分からずに使われることに不安を覚えるのは私にも経験がある。むしろ自分から情報収集を行うその意欲を褒めるべきだと私は思うがな」

 

――とは言ったところで、限度自体はあるが。

 

と付け加える優翔に、二人は目を丸くして唖然とするだけであり、小さなため息をついた彼は椅子に乗っている島風を持ち上げて隣に下し、自身がその椅子に腰を落ち着かせる。

 

「さて、招集命令を終えてこうして戻ってきたわけではあるが、生憎と任務がまだ入ってきていない」

 

「司令官が保有している艦娘は現在、私と島風の二隻だから仕方ないね」

 

「まぁな。そこで一つ連絡事項がある。よく聞け」

 

二人を正面へと移動させ、先ほど持ってきた資料束を二人の前に置く。

 

その資料は機密事項扱い故か、表紙には特秘と赤字で書かれ、海軍の印鑑が押されている。

 

「司令官、何だいこれは?」

 

「明日ヒトマルマルマルに海軍中央本部にて会議がある。私は影山大将閣下と共に中央へ向かうことになったのでな、その資料だ」

 

平然と言い放つ優翔と裏腹に二人の反応は驚愕に等しいものだった。

 

普通ならありえない事ではあるのでその反応は予想していたかのように彼の表情は無反応のままであり、さらに説明を加える為に口を開いた。

 

「本来なら大将閣下と行動をするのは副官である椎名少将閣下ではあるが、少将閣下は別任務で動けない状況の為、他に階級が一番高い私が選ばれたという理由らしい。人手不足というのは嫌なものだな」

 

冗談交じりの彼の言葉に苦笑を誘われる二人ではあるが、言外にただ事ではないという意味を含めているのは薄々ながらも感じ取れた。

 

そこで確認のために彼女たちは質問を投げかけた。

 

「司令官が中央に行っている間、私達はどうすればいいのかな?」

 

「訓練を行った後、私が戻るまでは好きに過ごしていい。戻り次第に指示を出す」

 

「鎮守府内での緊急があった場合は?」

 

「閣下と私が不在の時は小山中佐が鎮守府を預かることになり、他の提督達も対応にあたる。私の指揮下にある二人に指令が下りる場合はその都度確認を通すことになっているから私の指示待ちということにして貰いたい」

 

どちらにしても優翔が居なくては動けないという事を知りえた二人は互いの顔を見合わせ、どちらが先か定かではないが苦笑に似たため息が二人分漏れた。

 

――まぁ、何とかなるだろう。

 

その二人の様子に小さく笑みを浮かべた優翔は心内でつぶやいた。

 

「さて、私は明日の事もあるので”これ”を読み老けてなければならない。二人は今から自由時間として明日に備えて英気を養ってほしい」

 

「了解」

 

「はーい」

 

二人だけしかいないとはいえ何ともバラバラな状態で少しばかりか不安を感じるが、出会ったばかりの上司は海軍に異動したての新米で指揮下の艦娘も二人のみであればそれも致し方ないものだろう。

 

――せめて、艦隊を組める人数の六人は欲しいな……。

 

とは心では思うものの、そんなに簡単に艦娘は手に入らないのが現実だ。

 

今回の島風の様な例は例外中の例外であり、地道に任務を達成し艦娘の所有権を手に入れるか、保有する個人資材を使って建造するしかない。

 

優翔も鎮守府に所属する司令官の一人である為、工廠を使い建造する事は可能ではあるが海軍に異動したての身で保有する資材は雀の涙程度だ。

 

彼女達が任務で出撃することになれば、補給の為に使わざる得ない現状ではうかつに使えないのも泣ける懐事情である。

 

「あぁ、そうだ。重要な事を忘れていた」

 

「……?」

 

「大事な事?」

 

思考を巡らせているか、突如としてそんな声を上げた優翔に駆逐艦の二人は首をかしげながら彼の続きの言葉を待った。

 

「私の部隊にようこそ、島風。まだまだ始まったばかりではあるが、私は貴艦を歓迎する」

 

優翔は口の端を持ち上げ、不敵に笑いながらそういう。

 

唐突なことで島風は一瞬唖然とした表情で彼を見やるが、直ぐに不敵な笑みを浮かべ言い放った。

 

「言っておきますけど、私はまだ大佐を認めてませんからね」

 

「上等だ、直ぐに認めさせてやるさ」

 

穏やかとは言い難い笑みを浮かべる両者を交互に見つめながら、響は肩を竦めた。

 

朝方と同じほどの自信を持っている優翔に、警戒心もあることからか認めようとしない島風、どちらが先に折れるか見ものではあるが、できることであればさっさと仲良くなってもらいたいものであった。

 

何せ秘書官である自分は板挟みに近い状況に立っているような物で、二人の仲が良くなればその状況もなくなるのだから。

 

――それもまぁ、追々という事かな。

 

細やかながらの祝いの為、優翔のマグカップを取り出し、先ほどまで自分達が使っていたマグカップにココアパウダーを入れて作りながら響はそう思うのだった。。


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