数日後の夜、彼らの乗った船はようやくショートランドへと辿り着いた。
ガングートの怪我もあるため数日ほど鷹谷と兼田も一緒にいることになった。
「うむ、パラオよりは不便だが、これくらいの不便さも悪くないな」
既に目を覚ましていたガングートは松葉杖を使いながら建物に入っていった。
「お、提督!やっと帰ったか....って、誰だ?」
建物に入った途端、摩耶が迎えに来た。
初めて見る海外艦娘に興味津々の様子だった。
「ただいま摩耶。みんなも」
「提督、この銀髪の人誰だ?艦娘だよな?」
「ああ、ロシア海軍からこっちに赴任したガングートだ。この前の支援艦隊のパラオ泊地所属だ」
「マヤというのか。私はガングート、この怪我のせいで少しここの世話になる。よろしく頼む」
「というわけだ。あと、パラオ泊地の鷹谷さんに横須賀の兼田中佐もしばらくここにいることになった」
「おっ、久々に賑やかになるな!それなら今夜はバーベキューでもするか!おーい、赤城ぃ!」
そう言うと彼女は赤城の所へ走っていった。
「はは、相変わらず摩耶は元気な子だな、春日」
「元気が一番ですから。さて、多分すぐに準備ができますし、先に行ってください」
「じゃあそうさせてもらおう」
そのまま兼田と鷹谷、木曾達を先に行かせ、春日は未だ眠っている叢雲を彼女の部屋に運んで寝かせた。
「司令、失礼します」
「ああ、弥生か。なんだい?」
「叢雲さん、まだ目が覚めないんですか」
「そうみたいだな。戦艦棲姫の戦闘で直撃を食らったらしい。まだしばらく眠ってる状態だろうな」
「でしたら司令。弥生に警護を。何かあった時は弥生が司令に知らせます」
「頼もしいな弥生。じゃあ夕飯の準備が済むまでの間頼むよ」
「お任せ下さい司令」
やりとりを終え、春日は部屋をあとにした。
弥生は部屋の窓を開け、涼しい風を入れた。
そのまま彼女が寝ているベッドに腰掛け、読書を始めた。
「弥生ちゃん?もうご飯の準備できましたよ?」
「あ、妙高さん。わかりましたすぐ行きます」
それから1時間も経たずに食事の準備ができた。妙高に呼ばれ、弥生は本を置いて叢雲の部屋を出て行った。
弥生がつく頃には浜辺でみんなが既にバーベキューを始めていた。赤城と加賀が率先して肉を焼き、摩耶と木曾が猛烈な勢いで食べていた。
「肉美味いな!」
「おいおい摩耶、肉ばっか食うなよな」
「んだよ木曾。お前も大概だろ?」
「ほら、皆さん。お肉焼けましたよ〜」
「お、赤城!それ俺にくれ!」
「はいはい、そんなに急かさなくてもお肉はまだ沢山ありますよ〜」
「こらこら、そんなにがっつくと後で腹にくるぞ?」
肉を頬張る2人を横目に、兼田が注意するように声をかける。だが彼女もあまり2人のことを言える立場でもない。
さらに鷹谷が横槍を投げる。
「あのさ采音、それ自分の状況把握してから言えよな、お前それで肉何枚目だ」
「別にいいだろ、あそこの2人みたいにがっついてるわけじゃないんだから。それと下の名前で呼ぶな、張り倒すぞ貴様」
木曾や摩耶とした同じように肉を頬張る兼田に鷹谷は頭を抱える。
「まったく.....んっ?ガングート、お前は食べないのか?」
「む、これでも結構食べてるぞ?早く怪我を治したいしな。こんなんじゃ執務の手伝いも出来やしない」
「そうか、あまり無茶するなよ」
「わかってる」
その賑やかな景色を目に、弥生は笑っていた。作り笑いではなく、本物の笑顔を。
「やはり、ここに着任して正解でした」
独り言を呟き、彼女も彼らの輪の中へと混ざって行った。
「っはぁ!もう食べられないぜ」
「こっちも腹一杯だ」
全員満腹になるまで食事を取った。
今は紙皿や割り箸が簡易テーブルの上に乱雑に広げられたままになり、みんなで月夜に照らされる海を背景に焚き火を眺めていた。
「あ、そうだ。司令、叢雲さんの様子見てきます」
「ん、わかった。起きてたらこっちに連れてきてくれないか?みんなといた方が落ち着くだろうし」
「わかりました」
そのまま宿舎の方へ小走りで入っていく。
ギシギシと床鳴りがする廊下をゆっくり歩き、叢雲のいる部屋へと入った。
「叢雲さん?起きてますか?」
ドアを開けると、月明かりだけの薄暗い部屋だった。叢雲は開いた窓から入る月明かりに照らされながら、海を眺めていた。
「起きてましたか。皆さんで焚き火をやっているんですが、一緒に行きます?」
まだ起きたばかりなのだろうか、弥生の問いかけに叢雲はなにも答えず、海を眺め続けている。
「叢雲さん?」
「ねぇ、弥生...?」
「はい、どうしましたか?」
「今夜は、月が明るいわねぇ....」
彼女の方を向かず、いきなり関係の無い話を振ってきた。やはりまだ錯乱してるのだろうか。弥生がそう思い始めた時だった。
「ネぇ、弥生.....?」
「っ!?」
潮風になびく彼女の銀髪。
その隙間から見えたのは____
____妖しく光る鮮血のように真っ赤な彼女の瞳だった。
それを目の当たりにした弥生は、本能的に命の危機を感じる程の恐怖心を抱いた。
「お前は誰だ!なぜ叢雲さんの身体にいる!」
反射的に春日から預かっていた拳銃を抜き取り、叢雲に突きつけていた。
「ドうしタの....?」
言い方こそ普段の彼女だった。だが声が少し変だった。そして何よりも、彼女は銃口を向けられていて笑っていた。
「なぜ笑う!何がおかしい!」
背中に冷や汗をかき、銃を構える手は震え始める。異常な程の静寂と時間。何もかもに警戒するほどの威圧感が弥生に襲いかかっていた。
「や.....よイ......」
彼女の名を呼ぶと、その場に倒れてまた意識を失っていた。
「っはぁ、はぁっ....はぁっ.......」
叢雲が倒れると、それまで弥生にのしかかっていた威圧感、そして彼女が抱いていた恐怖心が一瞬にして消え去っていた。
「何.....今の......」
額に大粒の汗を滲ませながら、弥生は倒れてまた眠った叢雲をただ見下ろしていた。