あの戦闘から数時間が経った。
こんごう改の医務室は先の戦いで傷付いた彼女達の手当で大忙しだった。
あの戦闘後、叢雲は気絶状態で発見、そして特に怪我が酷かったのはガングートだ。
「内出血二箇所、右大腿骨骨折、肋骨三箇所骨折.....命には別状はないが、重症だな」
医務室の隊員がガングートに応急処置を施し、ベッドに寝かせた。未だ彼女の意識も戻らない。
「ガングート......」
部下が包帯を巻かれてぐったりしているのを、鷹谷はただ見ているしかできなかった。
「鷹谷さんは悪くありません。あの状況はどうすることも出来なかった、それだけです」
い
春日はそっと鷹谷を宥めるように言った。だが彼の握り拳は固いままだった。
あれからしばらく経ち、春日と鷹谷は甲板に出て海を眺めていた。
「........春日。俺はな、今まで部下が傷付くのが怖くて怖くて仕方がなかった」
どこまでも続く蒼い景色を眺めてる中、鷹谷がゆっくりと口を開いた。
「だからいつも何かと理由付けては上からの出撃を拒否してた。そのせいでパラオ送りさ。笑えるよな。んでもって今回はガングートの大怪我だ。もっと自分がマシなやつならこんなにはならなかっただろうな」
薄ら笑い浮かべながらじっと春日に目を合わせていた。だが彼の目は笑ってなどいなかった。
部下が傷付いた。
その現実が彼にものすごく響いていた。
彼の言葉のの後、しばらく沈黙が続いた。
日が落ちていく薄暗い海原。その中でも彼らはお互いをじっと見つめ、黙っていた。
「.....鷹谷さん、部下が傷付くのが嫌なのは僕も同じです。でも、これは彼女達自身が望んで艦娘になった結果の、必然的に起こることなんです。傷付くのが怖い。それは誰もが思うこと、でも傷付いても誰一人戦死せず帰ってくる。そう信じるだけで変わるものです」
しばらくの沈黙の後、彼に対し春日は自分の思ってることを素直に言った。励ましでも慰めでもなく、ただ一つの自分の考えを。
「.....お前らしいな」
「おい春日、ちょっと来てくれ」
その時、兼田が甲板に出てきた。春日に何か用があるようだった。
「はい?わかりました」
彼には特に呼ばれる理由が思い浮かばなかったが、大人しく彼女について行った。
そして兼田が連れてきたのは、艦内にある艦娘の艤装の修理設備室だった。
「叢雲の艤装からデータを引っ張ったんだが、どうもおかしいんだ」
「おかしい?具体的にお願いします」
「まずはこれだ」
そう言って見せてきたのは、なにかのデータであろう波形が映し出されている画面だった。
「こことここ。被弾と思われる衝撃がおびただしい程あるんだ」
彼女が指さした部分だけ、説明の通り波形が特に大きくなっている。
並の衝撃ではないのがひと目でわかるほどだ。だが常に戦っている艦娘のデータだ。それくらい不思議ではなかった。
そこから更に彼女の説明が加わる。
「今回は戦艦棲姫一隻。そして今回のこのデータも戦艦級の砲弾なのはわかってる。だが尚更おかしくないか?直撃のはずなのに彼女はおろか、艤装に傷一つ付いちゃいない」
その時、春日は叢雲を運び込んだ時のことを思い出した。
たしかに彼女は傷一つ負っていなかった。そして艤装も何ら損傷もなく、すぐに動かせる状態だった。
「春日、お前まさかなにか隠してるのか?叢雲の事で」
彼女の問いに、春日はただ黙るだけだった。
視線だけを彼女に合わせ、ただじっと見つめて。
何も言わない春日に、彼女は苛立ちを隠せなかった。自然と彼女の目は、彼を睨みつけていた。
「いい加減に答えろ!春日!」
「......中佐が言ったおかしい事、そもそも叢雲自身が今ここにいること自体おかしい事なんです」
「......どういう意味だ」
睨みつけていた彼女の視線が緩んだ。
春日の意味深な言い草に、ただ首を傾げる。
「今ここで話すような話題ではないです。それについてはまた後ほど。ただ言えるのは、今回の中佐が見せてくれたそのデータで確信が持てたという事だけです」
「春日....」
そう言い残し、春日は部屋を出て行った。
外から聞こえる波音と、艦内の多少の騒音以外は何も聞こえなくなった。