どうぞ
第62回 戦車道 全国高校生大会
決勝戦 黒森峰女学園 v.s プラウダ高校
試合は既に終盤に差し掛かっている。
プラウダ高校の副隊長で実際作戦を任されている二年生のカチューシャは、隊列の先頭を走る。
敵である黒森峰はカチューシャの作戦に見事に嵌まり、険しい崖道をプラウダに追われながら逃げていた。
『あと一歩よ。流石あんたの作戦ね、カチューシャ』
隊長からの無線が入る。もう勝ったも同然と余裕を見せている様子だ。しかし、カチューシャはまだ油断はしていなかった。
何故なら、敵はあの西住姉妹なのだから。どんな罠があるかわかったものではない。
「隊長、油断しないでください。まだ試合は終わってません」
『大丈夫大丈夫。もう勝てるって』
「隊長」
『はいはい、わかってますよ。敵はあの西住流だって言いたいんでしょ? そんじゃ、一気にいきますか!』
そんな隊長の声を聞いた直後、隊列の最後尾を走っていた戦車から通信が入る。
『こちら最後尾! 後ろからパンター三輌接近中です!』
「なっ!」
『何ですって!? ちょっと待って! じゃあ私たちは挟まれたってこと!?』
(やってくれるわね、みほまほ!)
「後ろ二輌を向かい撃たせましょう。道が狭いため、最悪やられても回収車が来るまで足止めになります。残りの車輌は敵フラッグ車を狙います! 急ぎましょう!」
そう指示を出すと、先頭を走るカチューシャはみほの乗るフラッグ車を撃破するため、戦車の速度を上げる。
カチューシャは敵フラッグ車を守るⅢ号戦車J型に向けて砲撃する。が、大雨が降っているため視界が悪く当てるのはかなりの難易度だ。
後ろからの砲撃に気付いたのか、Ⅲ号戦車J型は逃げるように速度を上げる。
その瞬間
「っ!!」
雨で地面がぬかるんでいたのか、Ⅲ号戦車J型がスリップして崖下の川へと転落してしまった。
思わず操縦者も、装填者も、砲撃手も、通信手も、そして、車長であるカチューシャも、その戦車に目が追っていき、動きを止めてしまう。
そんな中、一番に我に返ったのはやはりカチューシャである。
「……ハッ! 今、敵フラッグ車を守る戦車がいないは、ず……? ……みほ?」
カチューシャが戦車から顔を出し敵フラッグ車を見ると、その車長である西住 みほがフラッグ車から降り、先程味方が転落した川へと飛び込んだのだ。
「みほ!!!!」
大雨のため流れの速い川へと飛び込む。仲間を助けるためとはいえ、自身も無事で済むとは限らない。むしろ、危険のほうが高い。
カチューシャもみほを助けるためにロープを持って戦車を降りる。
「カチューシャ! 危険です!」
しかし、カチューシャの一つ後ろの戦車に乗っていたノンナがそんなカチューシャを見て慌てて止めに入る。
「ノンナ離して! みほが!!」
「今敵フラッグ車がガラ空きです! 先にそれを撃破すべきです!」
「はぁ!? そんなのどうでもいいでしょうが!! どんなことよりも人命が優先! 違う!?」
「だからこそです! 今、カチューシャ一人が助けに行っても何ができるんですか! さっさと試合を終わらせて救護班を呼ぶほうが早いし確実です!」
「っ!!」
カチューシャはノンナの言葉を聞くと、悔しそうにロープを地面に叩きつけ、自分の戦車の乗員に指示を出す。
「敵フラッグ車を撃ちなさい! 今すぐ!」
カチューシャの指示を受け、カチューシャが乗っていた戦車T-34/85は一撃で敵フラッグ車を撃ち抜いた。
試合後、審判団や救護班のスタッフたち、責任者たちが忙しそうに走り回っていた。
当然である。由緒正しい戦車道の全国大会決勝で、人命に関わる事故が起こったのだ。
不幸中の幸いか、真っ先に救出に向かった黒森峰の副隊長のお陰で、転落した戦車の乗組員は全員無事であった。
一人だけ気を失い、すぐさま病院へ運ばれたが、命に別状はないらしい。
カチューシャは試合後すぐにみほを探して、黒森峰の陣へ向かっていた。
傘もささず、雨に打たれながらカチューシャは走っていた。
すると、黒森峰の生徒たちから少し離れたところで、まほとみほの姿を見つけた。
しかし、カチューシャは声を掛けずに木の陰に隠れてしまった。自分でも何故そんな行動をしたのかわからない。
だが、あの二人が異様な雰囲気を漂わせているのだけはわかったのだ。
カチューシャは耳を澄まして、二人の会話を聞くことにした。
「……勝利に犠牲は付きもの。それが西住流だ、みほ」
「…………」
「お前の行動は人としては正しいのかもしれん。だが、フラッグ車の車長、西住流の娘としては正しいか?」
「…………でも」
「別に責めるつもりはない。だが、西住流の在りかたを今一度考えるべきだ」
「…………」
みほの瞳からポロポロと涙が流れていく。
「……やはりお前に西住流は向いていないな」
「……っ」
「だから、お前は…………っ、みほ!!」
それ以上は聞きたくないと、みほはまほの言葉を最後まで聞かずに、走り出してしまった。
一部始終を聞いてしまったカチューシャは、まほに対して怒りが込み上げていた。
みほは何一つ責められるようなことはしていない。むしろ、褒められるべきことをしたのだ。
あんなことをしたら危ないだろと叱るのはいいだろう、しかし、あんな言い方はない。あれではお前のせいで負けたと言われているようなものだ。
カチューシャがまほに向かって歩き出そうとしたとき、目を疑うことがカチューシャの目の前で起こっていた。
一体いつの間に、どこから来たのだろう。
ダージリンがまほの頬を思い切りビンタしていたのだ。
カチューシャは慌てて再び木の陰に隠れると、二人の様子を伺う。
「…………なにをする」
「貴女、最低ですわね。何故あんなことを言ったのですか?」
「盗み聞きか? 趣味が良いとは思えないな」
「答えなさい」
いつもの優雅なダージリンは一体どこへ。どうやら、ダージリンも先程のまほとみほの会話を聞き、怒り心頭らしい。
「……みほは黒森峰の副隊長だ。副隊長を叱るのは隊長の仕事だろ?」
「叱る? 今日のみほは何か叱られるようなことをしましたの? わたくしには褒められこそすれ、叱られるようなことをした風には見えませんでしたわよ?」
「これが西住流だ」
「……っ! 西住流西住流って、みほは貴女とは違うの! 貴女みたいに何でも母親の言いなりになっている機械人間じゃないのよ!」
「………………なんだと?」
まほの言葉に怒気が含まれる。いや、怒気というより殺気と言った方が近いかもしれない。それほど今のまほの声は低く、恐ろしかった。
しかし、それで怯むダージリンでもない。
「貴女は隊長である前にあの子の姉でしょう! それなら、叱るよりも先にあの子に掛けてあげる言葉があるはずじゃない!」
「姉である前に、私もみほも西住の娘だ」
「…………」
「…………」
睨み合う二人。いつ殴り合いになってもおかしくない雰囲気である。
「話になりませんわ」
「互いにな」
そう言うと、ダージリンはみほが走っていった方へと歩いていってしまった。
その場に一人残されたまほは、雨に打たれながら空を見上げる。
「……………………私だって、褒めてあげたいに決まってるじゃないか。みほを思い切り抱き締めて、お前は正しいことをしたって言ってやりたいに決まってるじゃないか。叱りたくない相手を叱らなければいけない立場の者だって、辛いに決まってるじゃないか。ただ、みほは西住流には向いてない。だからお前は、自分の戦車道を貫いた方がいいのかもしれない。そう、言いたかっただけなのに……」
まほの頬には大量の水滴が流れていた。
それが雨なのか、それとも違う何かなのかは、誰にも、本人でさえわからなかった。
カチューシャは俯きながら、ノロノロと自分の陣へ戻るために歩いていた。
すると、カチューシャに降り続けていた雨が突然何かに遮られる。
「……どいて」
「NO。優勝校のMVPがそんな顔してたらダメよ。そのままの顔じゃあ、帰すわけにはいかないわね」
「どいて」
「おいおい、ケイの話聞いてたか? そんな顔を味方に見せるつもりかよ」
「どいてよ!!」
カチューシャは傘をさしてくれていたケイとアンチョビを思い切り押し退ける。
「MVP? 私が? ふざけないで! 私が立てた作戦のせいであんな事故が起きたの! 私があんな作戦の考えなければみほは責められずに、まほとダージリンだって……」
どんどん溢れ出す言葉の途中で、ケイに抱き締められるカチューシャ。
ケイはまるで我が子をあやすかのように、背中をポンポンと軽く叩きながらカチューシャにゆっくりと語りかける。
「落ち着いて。今日の試合、責められるようなことをした人間は一人もいないわ。黒森峰を追い詰めたあなたの作戦、すごく良かった。不運にも転落してしまった戦車の乗員を助けるために一人で川に飛び込んだみほ。とても勇敢で、誰にも真似できない素晴らしい行動だった。二人とも決して、誰にも責められるようなことはしてないよ」
ケイの言葉を聞いて、うっ、うっ、と涙を流すカチューシャ。
「さっき凄い剣幕で歩いてきたダージリンに聞いたんだよ。何やらまほとケンカしたんだってな」
どうやらアンチョビたちはダージリン本人から何があったのかを聞いたらしい。
「でも、私たちは知ってるよな? あいつ、まほは感情表現が下手くそで、自分の気持ちを相手に伝えるのが下手くそで、すげー不器用だってこと」
「……うん」
「きっとまほだって、みほを褒めたかったと思うぜ。慰めたかったと思うぜ。でも、西住流だの黒森峰の隊長だの厄介な立場にある以上、どうしても強く当たっちまう。あいつの性格上それはしょうがないんだ」
アンチョビの言葉にカチューシャとケイは頷く。
「みほはみほで打たれ弱いし、ダージリンも何だかんだで手のかかる奴だからな。だから、こんなときのために、私たちがいるんだろ?」
カチューシャがアンチョビを見上げる。
そこには親指を立て、笑顔を見せているアンチョビの顔があった。
「カチューシャ、あんたは堂々と誇っていいのよ。ズルも何もない。正々堂々戦って、真正面からあの黒森峰を追い詰めて、そして勝った。あんたはあの常勝黒森峰の十連覇を阻止したMVPなんだから。ほら、胸を張りなさい!」
ケイの言葉に涙を流しながら頷くカチューシャ。
「ミホは何だかんだで強い子だし、マホとダージリンだってすぐ仲直りするわよ! だから、あんたの今すべきことは何?」
「……笑顔で、仲間のところに戻る」
「That's right! さぁ、行きなさい!」
「……うん。ありがと、二人とも」
カチューシャは涙を拭うと、仲間のいるところへ走って向かう。
「「カチューシャ!」」
すると、後ろからカチューシャを呼ぶ声がし、振り返ると
「「優勝おめでとう!!!」」
最高の親友が大きく手を振っていた。
(みほ、いいえ、ミホーシャ! 次戦うときは、もっと余裕に勝ってやるんだから! どこからでもかかってきなさいよ!)
しかしそれから半年もしないうちに、西住 みほは黒森峰から、そして戦車道からもその姿を消した。
その事実をケイから知らされたとき、カチューシャは涙が枯れるまで泣き続けたのだが、それはまた別のお話である。
まず、原作と少し違うのは、川に落ちた戦車はカチューシャの乗る戦車の砲撃が当たったからではなく、砲撃に気付いて速度を上げたらスリップしたからに変更しました。
原作通り砲撃が当たったらだと、流石にカチューシャが自分を責めまくってしまうのではと思い、そうしました。
そして、まほとダージリンの約1年続いている喧嘩。
それが、これでした。この2人はちゃんと仲直りできるのだろうか。今後に期待しましょう。
次回はプラウダ戦です
お楽しみに
感想、評価、お待ちしております