6人の戦車道   作:U.G.N

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 どうぞ



決められた運命

 

 パチィィン!!

 

 試合後の黒森峰選手用テントの中で一発、乾いた音が響く。

 それ以外の音はない。言葉も出ない。ただただ黙って、その平手を受け入れた。

 いや、もう一つ音があったな。

 

 私とお母様がいるテントに当たる、強い雨の音が……

 

 

 

 私たち黒森峰は、史上初となる全国戦車道大会十連覇という記録に届かなかった。

 

 黒森峰対プラウダの決勝戦では、崖から落ちた味方戦車を助けるためフラッグ車の車長であった副隊長のみほがフラッグ車から離れ、そこを敵に撃破されて幕は降りた。

 

 戦車道は戦争ではなく歴としたスポーツである。

 

 安全面は確保され、間違っても死者など出ない仕様になっている。当然だ、戦車で砲弾を撃ち合うのだから安全第一なのは当たり前のことである。

 

 そのため、戦車道に使われる戦車はそれなりの整備、加工がされている。

 砲撃されても中の人間は無事だし、まぁあったとしても衝撃で頭をどこかにぶつけたなどその程度だろう。

 

 そしてそれは、今回起こった事故でも例外ではない。

 

 確かにうちの戦車はプラウダに撃たれて、雨のせいで流れが速く水量が増している川へと崖から転落した。

 しかし、みほが助け出したとき車内は特に水が入り込んだというわけでもなく、例え川に沈もうとも戦車内にいればまず間違いなく安全なのだ。

 気絶して病院へ運ばれた赤星も車内で頭をぶつけ、軽い脳震盪を起こしただけだった。

 

 故に、西住みほは余計なことをした。だから黒森峰は負けた。そういった声が多くはないが確かにあった。

 

 それは、私とみほの母親である西住しほも思っていることだった。

 

「まほ、貴女は黒森峰の連覇をストップさせた。しかもその代の隊長が黒森峰の元である西住流の跡取り。これがどういうことかわかるかしら?」

 

「…………」

 

「そもそも、今大会の黒森峰は少し変だと思っていたわ。西住流とは少し違う。基本は西住流なのに所々で西住流らしからぬ動きが見受けられた」

 

「……それでここまで勝ってきました」

 

「でも、今日は負けた。中学の頃の貴女はもっと西住流を重んじていたはずよ?」

 

「……私は中学の頃と何ら変わっているとは思っていません。隊列を第一に考え超重量で撃ち勝つ。昔から何も変わってなど……」

 

「みほ、かしら」

 

「…………っ」

 

 お母様の眼が私を射ぬく。昔からそうだ、この人には嘘はつけない。自分でも自覚していないような心の奥底にある感情や考えまでも見抜いてしまう。

 

 別に隠し事をしているわけではない。お母様もみほが副隊長であることは当然知っている。

 

「みほが副隊長になると聞いたときから不安ではあったのよ。あの子は西住流とは程遠いところにいる。でも中学の時は貴女がちゃんとあの子の手綱を握り、操作していたから事なく終えれたけど、今回は無理だったようね」

 

 お母様の言葉が少しだけ頭に来た。

 

 私は別にみほの手綱を握っていたつもりも、みほを操作していたつもりもない。ただ一緒に戦車道をして、一緒に勝つ喜びを味わっていただけなのに。

 

「……お言葉ですが、決勝まではみほのお陰で楽に勝ててきたんです」

 

「でも決勝はあの子のせいで負けた」

 

「みほは人として当然のことをしただけでしょう!」

 

 何故自分の娘がした人として誇れることを褒めてやらないのだ。

 

「あれはフラッグ車の車長としては間違った行動よ。特に黒森峰、いえ、西住流ではね」

 

「な……ッ!」

 

 褒めるどころか、お母様はあれは間違っていたと言い切った。

 

「戦車道の戦車は川に落ちたぐらいで浸水なんてしないわ。それは貴女もみほも、皆が知っていることのはずよ」

 

「ですが、もしものことがあってからじゃ遅いでしょう!」

 

「でも実際にそんなもしもはなかった」

 

 お母様の言っていることは結果論でしかない。だが、実際に結果はお母様の言う通りだった。それは事実である。

 

「とにかく、この大会で貴女とみほの評価は下がったと思いなさい。黒森峰の記録を止めてしまった西住姉妹と言われても文句は言えないわ。自分で落とした名誉は自分で挽回しなさい」

 

「…………」

 

 そんなものは初めからいらない。みほがとった行動は何一つ間違っていない。名誉? そんなものより妹が大事だ。連覇記録? そんなものより私はみほが大事だ。

 だから私はみほの味方だ。

 

「ああ、それと、今私が言ったこと後でちゃんとみほにも言っておきなさい。貴女の口から」

 

「え……」

 

「当たり前でしょう? 貴女は黒森峰の隊長。足を引っ張った隊員を叱るのは貴女の役目よ。それが副隊長なら尚更」

 

「……みほは叱られるようなことはしていません」

 

「『勝利に犠牲は付きもの』貴女に教えた言葉よね?」

 

「ええ。私はそう教わりました。ですがみほはそうは思っていません。あの子は誰よりも仲間を思いやる優しい子です! みほには勝つことよりももっと大事な何かが見えているんです!」

 

「……そう、あの子はそんな甘い考えをしてるのね」

 

 お母様の声が低くなり、お母様が一歩私に歩み寄る。たった一歩前に踏み出しただけなのにビクリと身体が震えた。

 

 一歩ずつ私に近付くお母様。そして目の前まで来たお母様は私の頬にそっと手を添えて軽く撫でる。

 

「まほ、貴女は今まで沢山の勝利を手にしてきたわね。勝利の喜びを誰よりも味わってきたわよね? それは、誰のお陰かしら?」

 

「…………」

 

「もともと戦車道の才能がまるでなかった(・・・・・・・・・・・・・・)貴女を、ここまで成長させてくれたのはいったい何のお陰かしら?」

 

「…………っ」

 

「生まれ持った戦車道の才能が、みほに遠く及ばなかった(・・・・・・・・・・・)貴女が勝てるようになったのは、私の教えた西住流のお陰でしょう?」

 

 ああ、無理だ。何で忘れていたのだろう。私は逆らえないのだ、抗えないのだ、この運命に。

 

「確かに貴女は誰よりも努力をしてきたわ。それは私も見てきたから知っている。でもどれだけ努力しても、優れた才能には決して勝てない。だから私は西住流という武器を貴女に与えたの」

 

 お母様には感謝してもしきれないほどのものを貰っている。きっとお母様がいなければ、西住流がなければ、私はこんな凄い舞台には立てていない。

 

「西住流は、貴女が一番信頼し、貴女が一番知っていて、貴女に一番勝利を与えてきたはずよ」

 

 少し勝てただけで舞い上がっていた。自分の力だと思い込んでいた。自分が凄くなったんだと勘違いをしていた。

 

「もう一度だけ言うわ。西住家の娘であり、貴女の妹であるみほが西住流とは真逆のことをしようとするのなら、西住流のことを誰よりも知っている貴女がみほに言いなさい。貴女の口からハッキリと」

 

 私には西住流しかない。私から西住流を取ったら何も残らない。

 

 

 

「…………はい、お母様」

 

 

 

 

 私には、みほのような才能なんてないのだから……

 

 

 

 

 

 

 




 確かに洗脳かもしれません。
 しかし、どれだけ頑張っても勝てなかった子が、それだけで本当に勝てるようになったのなら……
 
 あなたはそれに、すがりついてしまいませんか?



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