どうぞ
「ダージリンちゃん! こっちこっちー!」
みほが戦車の前に立ちながら両手を広げて、合図を送っている。
「こ、こうですの?」
「そう。あとはゆっくりアクセルを踏んで……」
Ⅱ号戦車F型の操縦席にはダージリンが座り、その後ろでまほが操縦の仕方を教えている。
ゆっくりとⅡ号が動き出す。
「……! 動きましたわ!」
「慌てないで。まずはゆっくり」
「え、ええ」
そのままゆっくりと、戦車の前を歩くみほに合わせて進んでいく。
「はい。ブレーキ踏んで。そう、OK」
まほの指示に沿ってブレーキを踏み込み、戦車を停車させる。
「……ふぅ。まほ、わたくしは上手にできましたか?」
「うん。初めて動かしたとは思えなかったよ」
「……えへへ。まほの教え方が上手なんですのよ」
まほに褒められ、嬉しそうに顔を緩めるダージリン。初めて戦車を動かし、それを上手と褒められたダージリンの表情は物凄く嬉しそうだった。
ーーー
ーー
ー
「……ダージリン様? どうかされましたか?」
一緒に紅茶を飲んでいたオレンジペコが、ダージリンの様子に違和感を覚え尋ねる。
「……いいえ? なんともないわよ、ペコ」
実際は先週の電話を思い出していたのだが、ダージリンは何ともないかのように振る舞う。
「そうですか。もうそろそろ大洗に着きますので、準備の方を」
「……ええ」
~先週~
「それで、大洗の隊長は……、みほ、らしいですわ」
『………………それで?』
「観に来られる、ということは?」
『私がか? 何故だ?』
「……妹が戦車道に帰ってきた。それだけで観に来る理由にはなるのではなくて?」
『……大洗は今年から戦車道が復活したと言ったな?』
「ええ」
『なら、経験者は恐らくみほだけだろう。そんな素人集団の試合を観ても何の偵察にも参考にもならん』
「…………」
『…………』
「……そうですか。貴女に連絡したのが間違いでしたわ」
『そのようだな』
「………………………………ばか」
『…………』
プツッ、プーー、プーー、プーー
(本当に、馬鹿)
ダージリンは残りの紅茶をゆっくり飲み干すと、椅子から立ちあがり、ハンガーに掛けてあった赤い戦車道用の上着を着る。
それと同時に、微かな揺れが収まる。
どうやら、学園艦が大洗に到着したようだ。
ダージリンは優雅に外へと歩き出す。オレンジペコもそんなダージリンの後に続いていった。
集合場所と言われていた草原に着くと、既に大洗の戦車と生徒が待っていた。
「本日は急な申し込みにも関わらず、試合を受けていただき感謝する」
大洗の副隊長でもある河嶋桃が代表して礼を言う。
「構いませんことよ。それにしても、そちらの戦車は随分と個性的ですのね。………………ねえ、みほ?」
車長が代表して前に並んでいるため、当然、西住みほの姿がそこにはあった。
ダージリンの姿が見えてからずっと俯いていたみほは、ダージリンに話しかけられビクリと肩を揺らす。
「………………お互い、色々と話したいことがあるでしょうけど、それは試合が終わってからにしましょう。今のわたくしと貴女は、敵の隊長同士なのだから」
「…………はい」
試合前の礼を済ませ、スタート地点へ向かうために戦車に乗り込むダージリン。
その顔は久しぶりに幼馴染みに会ったとは思えない、まるで苦虫を噛んだかのような表情になっていた。
しかし、それも仕方ないのだろう。
昔はダージリンちゃん! ダージリンちゃん! と明るい笑顔で懐いてくれていた少女が、自分の姿を見た途端に顔を伏せ、話しかけただけであれほど怯えていたのだ。
まるで別人のように変わってしまった西住みほを見ると、胸が張り裂けそうだった。
聞きたいことは山程あった。言いたいことも山程あった。彼女は今、一体どんな思いで戦車道をしているのだろう。だけど、自分が臆病なせいで彼女を怯えさせるだけになってしまった。
しかし、試合が終わったら話そうとは言えた。それなら、ダージリンが今することはたった一つだけだ。
「……ペコ」
「はい」
「全力で行きますわよ」
「はい」
この試合、速攻でケリをつける。
ーーー
ーー
ー
「あのね、あのね、ダージリンちゃん。わたしはね、大きくて強い戦車も好きだけど、それよりも小さくて弱くても、それでも頑張って戦う戦車のほうが好きなんだ」
ある日、みほがいきなり言い出したのである。
「そうかしら? 強い戦車で一撃で倒した方が効率もいいですし、華やかではなくて?」
「でも、そんな強い戦車を小さい戦車が倒す方がかっこいいよ!」
ふむ、確かにそれも一理あるか? ダージリンはみほの言葉に少し納得した。
「けれど、例えば、このティーガー五輌と貴女がいつも乗っているⅡ号五輌だったら、ティーガーを選ぶでしょ?」
ダージリンが戦車のパンフレットのティーガーを指差しながら言う。
「うーん。それで戦うなら、確かにティーガーを選ぶけどさー、でも、Ⅱ号五輌だったとしても、わたしは勝てないこともないと思うよ!」
「へぇ。それは面白いわね。一体どうやって勝つのかしら」
「それはね! それはね! ーーーーーー」
ーーー
ーー
ー
(あれは、いつ頃のことだったかしら)
戦場が山岳地帯から市街地へと移動していた。
「全車両、周囲の警戒を怠らないで。ちょっとした隙間や、思いもよらないところから現れる可能性があるわ」
通信で全車両へと伝達をするダージリン。
(確か、『こそこそ作戦』だったかしら?)
『こちら砲撃を受け、走行不能! 狭い路地からの砲撃でした!』
『こちら被弾につき、現在確認中! 地下立体駐車場で後ろを取られました!』
「っ! ふっ、やはりあの頃から変わっていないようね、みほ」
ダージリンはそのことに少しホッとしていた。
ダージリンは紅茶のカップを置くと、一斉に指示を送る。
「八九式の砲弾なら恐らく耐えれているはず、煙が晴れる前にやってしまいなさい」
『はい!』
「Ⅲ突は車体が低いため、路地に入り込まれたら厄介ではないでしょうかダージリン様」
オレンジペコの指摘はもっともである。しかし、整列の時に見たⅢ突は少し面白い物を付けていた。それを見逃すダージリンではない。
「Ⅲ突は無理に追わず、路地に逃がしなさい。路地に入れば敵は油断するはずよ。そこを家の壁ごと砲撃しなさい」
『しかし、Ⅲ突は路地に入られたら見えなくなるのでは?』
「問題ないわ。見ればわかるはずですわ」
その指示の数分後、Ⅲ突が走行不能というアナウンスが聞こえてきた。
折角の低い車体にあんなものを付けてしまえば、自分の場所を知らせているようなものである。
「あとは、Ⅳ号のみですね。ダージリン様」
「…………」
「ダージリン様?」
ダージリンは、ここまでの戦況を思い返していた。
(38(t)の撃破アナウンス、聞いたかしら?)
あの山岳地帯で砲撃を受け、履帯が外れていたのは見た。しかし、その後、誰か倒しただろうか? そんな疑問がダージリンの頭に過っていた。
「念には念を」
「え?」
「マチルダ三輌でⅣ号を追いなさい」
『『『了解!』』』
「……? 私たちはどうするのですか? ダージリン様」
見上げるオレンジペコにダージリンは軽く頬笑む。
「ペコ、こんな格言を知ってる? イギリス人は恋愛と戦争では、手段を選ばない」
「え?」
「わたくし達は、Ⅳ号の一つ隣の路地を走ります」
「何のためでしょう?」
「念のためよ。それに見逃したおチビさんを確実に刈るため」
「……?」
「……っ!! あれは! 38(t)!?」
ダージリンの乗るチャーチルの前を生徒会チームの38(t)が走っていた。
「やはり、撃破していなかったのね」
「どうします!?」
「当然、砲撃」
しかし、チャーチルが砲撃する前に、38(t)はさらに狭い路地へと入ってしまった。
「くっ、回り込んで追いますか?」
「ペコ、冷静になりなさい。今わたくし達がいる場所はどこ?」
「え? えっと、Ⅳ号がいる隣の路地です」
「そう。つまり今の38(t)はⅣ号を助けに行ったということよ」
「なら、尚更追わないと」
「いいえ。ここで待てば、100%今38(t)が入っていった路地からⅣ号が出てくるわ」
「何故ですか?」
「マチルダではそこの路地を通れないからよ」
「! なるほど」
「38(t)はまず間違いなく、マチルダにやられる。Ⅳ号はその隙にこの路地から逃げるわ。わたくし達がここで待っていることも知らずに。これで、試合終了よ」
ダージリンの言った通り、十数秒後、聖グロリアーナの勝利というアナウンスが、大洗の市街地に響き渡った。
原作と少し変わったラストでした。どちらにしろ聖グロが勝つんですけどねw
『こそこそ作戦』は昔、みほがダージリンに自慢気に話していた作戦でした。そのときにダージリンは、みほは意外と厄介な作戦を考えるんだなと思ったので、念には念を押したわけですね。
ちなみに次回は皆大好きサンダースのあの人が出ます。
この時私は初めて気がつきました。
あれ? この6人のうち3人が金髪じゃね?と。
金髪率高くね?と。
では、次回もお楽しみに
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