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西住まほ 高校一年 夏
(今日は訓練は休みか)
昨日サンダース高と練習試合をした黒森峰は、本日は練習休みとなっていた。
「……む。食材が切れかけてるな。ちょうどいい買いに行くか」
寝起きに牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けたまほは、冷蔵庫の中の隙間が多くなっていることに気づいた。
出かける支度を済ませ、家を出ようと玄関の扉を開ける。
「あら、ごきげんよう。奇遇ですわね」
「…………」
「待ちなさい。何故ドアを閉めるのですか!」
「は・な・せ! 私は今日久しぶりの休みなんだ。お前なんかに付き合ってられるか」
玄関の前にいた人物を見ると同時にドアを閉めようとするまほ。しかし、相手もドアの隙間に足と手を滑り込ませ、それを阻止する。
「だいたい何でお前がここにいるんだ、ダージリン。お前に私の家の場所を教えた記憶はないぞ。そもそも、ここは黒森峰の学園艦だ」
「この学園艦には自家用ヘリで来ましたわ。この家の場所はみほに聞きました」
自家用ヘリとは。流石は聖グロリアーナのお嬢様である。
「…………ちっ。それで? 何の用だ」
「何で舌打ちですの? 今日はみほが全国中学生大会の一回戦ですわよ?」
「知っている」
「観に行きましょう」
「いやだ」
「……? 何故?」
「面倒くさい」
「は?」
「何だ?」
「面倒くさい?」
「うん」
「…………」
「…………」
「行きますわよ!」
「何故だ! 嫌だと言っているだろ! 何で私がわざわざみほの試合を観に行かなければいけないんだ」
玄関で手を掴み合いながらギャーギャーと騒ぐ二人。
「貴女それでもあの子の姉ですの!? 妹が隊長になって初めての公式戦なのですから、姉としてそれを見守るのは当然でしょう!」
「あいつは去年一昨年と副隊長として私の横で私の戦いを見ていたんだ。一回戦くらい心配しなくても勝てる」
「ならそれを観に行きますわよ」
「私は今から食材の買い出しを」
「ほら! わたくしが乗ってきたヘリで早く向かいますわよ!」
「人の話を聞けぇぇ!!」
ダージリンに引きずられながら、まほの声がまほの住むマンションに響いた。
戦車道 全国中学生大会 試合会場
「…………」
まほはヘリの中からずっとブスーっとした顔をしていた。
「何ですの? まだ機嫌が悪いみたいですわね」
「…………買い物」
「わかりましたから。この後食材の買い物に付き合いますから。わたくしも半分出してあげますから」
「だいたい、お前は何が観たいんだ。みほは中学一年から副隊長だったんだ、経験は誰よりもある」
「でも去年まで貴女がいたのだから隊長は初めてなのでしょ?」
「隊長としてのイロハも教え込んできたつもりだ。相手も毎年ベスト4には入ってくる強豪だが、それでも西住流の敵ではない」
「………………ふぅん」
そんな会話をしている間に、試合が始まった。
「…………」
「…………」
試合は、結果としてはみほのいる中学の圧勝だった。
フラッグ戦だったにも関わらず、みほの中学は敵の全車輌を撃破した。いわゆる完封勝利である。
しかし、観客席でこの試合を観ていた二人はその結果よりも、むしろ試合の内容を思い返していた。
「……西住流、ね」
「…………」
「ふふっ。あはは、面白い試合でしたわ。去年までとはまるで違う戦いでしたわね。ねえ、まほ」
チラリと横にいるまほを見るダージリン。
しかしまほは反応せず、ジッとスクリーンに映るみほの姿を見ていた。
その視線は、睨んでいるようにも見えるかもしれない。
「あれがあの子の西住流ってことかしら」
「…………あんな戦い方が西住流のはずあるか」
「なら、あの子だけの新しい戦い方というわけですわね」
「…………」
『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心』
これが昔から伝えられている西住流である。
統制された陣形で、圧倒的な火力を用いて短期決戦で決着をつける単純かつ強力な戦術。
『突撃・突撃・また突撃』というスローガンがあるほど、絶対的な火力の元で戦うのが西住流である。
それゆえ、多少の犠牲も気にしない。それも必要な犠牲だから。
勝利に犠牲は付きもの。西住流の中では当たり前となっていることだ。
しかし、今回のみほの戦い方はどうだろうか?
陣形を崩して、護衛付きではあるがフラッグ車自ら囮になり、他の車輌は先回りして待ち伏せ。
さらに、敵の目を欺くために一輌だけ別行動し、戦車に細工をして砂煙を高く上げ、あたかもそこに複数の戦車がいるように見せかけた。
敵は見事にその砂煙に騙され、安心してフラッグ車を追って市街地に入ったところで一斉砲撃を浴びて呆気なく全滅。
見事と言えば見事だし、素晴らしい作戦であるとは思う。しかし、問題なのはその作戦を考えたのが西住みほだということだ。
スクリーンにはチームメイトと楽しげに話すみほの姿が映されている。
(……みほ。これがお前の戦車道なのか? 西住の姓を持つお前が、こんな……)
『まほ、そこでは決して陣形を崩さず、戦車の火力で敵を制すのよ』
『はい! お母様!』
『まほ、貴女は西住流の後継者になるのよ』
『はい! お母様!』
『まほ、勝利に犠牲は付きものよ』
『……はい! お母様!』
『まほ、これが西住流よ』
『はい、お母様』
「まほ!」
「…………ッ!」
ダージリンに肩を揺すられ、我に返るまほ。
「もう、どうしたんですの? ぼーっとして」
「何でもない。帰るぞ」
まほは席を立つと、ヘリが停めてある方へと歩いて行ってしまう。
「え、ちょっと! もう! なんなんですの! せっかくだから、みほにおめでとうって言ってあげたかったのに……」
ダージリンは駆け足でまほの後を追うのだった。
(……………………認めない。あれは、西住流ではない。みほ……来年黒森峰に来るつもりなら、もう一度お前には西住流を叩き込む必要があるみたいだ)
ーーー
ーー
ー
コンコンコン
扉がノックされる。
「開いている」
まほの声の後に、扉がゆっくりと開く。
「失礼します」
「エリカか。どうした?」
黒森峰戦車道隊長室。
黒森峰の隊長が実務などを行う部屋である。試合前日の車長を集めたミーティングもこの部屋で行ったりする。
まほは訓練時間以外は、基本この部屋で資料を集めたり作戦を考えたりして過ごしている。
「隊長、今お時間よろしいでしょうか?」
「構わん。何だ?」
黒森峰の副隊長である逸見エリカはDVDのような物を持っていた。
「コレ、先日の大洗 対 プラウダの試合です。隊長は家元と観に行っていたんですよね?」
「ああ。だが、ちょうど良い。もう一度観るとしよう。エリカも一緒に観るか?」
「はい、ご一緒させてもらいます」
エリカはDVDをセットし、その間にまほは自分の横にもう一つ椅子を用意する。
「座ってゆっくり観るとしよう」
「はい」
そして、黒森峰の隊長と副隊長による、鑑賞会が始まった。
「何故プラウダは三時間も猶予を与えたのでしょう」
「プラウダの隊長は作戦を練るのが好きなんだ。この場合、三時間もの長い時間を与えることで例え大洗が降伏せずとも、時間と共にやる気が削がれていくといった作戦だろうな」
まほは実際に生で観ていたのでより状況を詳しく把握しており、時折こんな風に解説をしながら見進めていった。
「にしても、あんなバレバレの罠に引っ掛かるとは、大洗も大したことはなさそうですね」
「……まあ、みほ以外は全員素人だからな」
「ああ。つまりあれは元副隊長が指示したわけではなく、天狗になった素人集団が勝手に行動したといった感じですか」
「恐らくな」
「ま、素人と言えど隊長のくせに止められないのもどうかと思いますけどね」
「…………」
ハンッと鼻を鳴らすエリカを見て、まほはもう一度画面を注視する。
「隊長?」
「ん? ああ、すまない。少し作戦を練っていた」
「はあ、作戦ですか。いつも通り火力で押していけば良いと思いますけど」
「油断は禁物だ。確かに敵の車輌数はうちの二分の一以下ではあるが、裏を返せば、その数で決勝戦まで勝ち上がってきているということだ」
「とは言っても、サンダースは下らないプライドがなければ、アンツィオはあのハリボテの数を間違えなければ、プラウダは3時間なんて猶予を与えずあの場で終わらせておけば。確かにタラレバではありますが、だとしても大洗が勝ち残っているのは本当にたまたまだと思いますけどね」
「それでもだ」
有無を言わせない雰囲気を出すまほ。
まほはこの決勝戦を絶対に落とすわけにはいかないのだ。
(ダージリンには決勝は黒森峰とプラウダになるなどと言ったが、本当は大洗と決勝をすることを望んでいた。でなければ意味がない。私が、私の戦車道がみほの戦車道を倒さなければ、意味がないんだ)
燃え盛るまほの瞳には、画面の中で指示を出している、我が妹が映っていた。
長くなる。これは長くなる。
多分試合までが長くなる。
だって過去と現在を行ったり来たりしてまほのこといろいろ書くつもりだもん。
だからこれは長くなる。
さて、最後のまほの台詞。意味がないとはどういうことなんでしょうか。今後のストーリーに注目だ!
では次回、久しぶりにあの人が登場です
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