私は、英雄アルジュナ。
そうあれかしと望まれ生きる者。多くのものを与えられ続ける者。
英雄アルジュナとして応え続ける者。
「これくらいアルジュナならできて当然だね」
「ああ、流石ですねアルジュナ」
「アルジュナ、キミなら大丈夫だよ」
「アルジュナ」
「アルジュナ」
「アルジュナ」
「何故そんなにも己を苦しめる。そんなに人からの落胆は恐ろしいか」
不思議そうにそう言った男の、あの何もかも見透かす透き通った瞳が恐ろしかった。私の矮小さを私の胸底に澱む黒い何かを、今にもなんでもないことかのように口にし衆目に晒してしまうのではないかと。
望まれて動く私、望まれずとも動くお前。
そうあるべきと考え進む私、考えず心のままに進むお前。
私は英雄アルジュナ、お前も英雄、カルナ。
どちらも同じく英雄である。だけど、同じならば、なろうとしなくても自然と英雄となったお前は、そんな、ならば、お前と比べ中身に劣る私は、嗚呼、お前のなんと英雄らしいことか!
いつもどうすれば倒せるのか考えていた。私をじっと見据える目が、その美しすぎる瞳がどうすればなくなるのか、それを考えていた。
私と遜色ない、ともすれば私以上の武芸を見て全力を出して戦えることに喜びを抱くと同時に、私よりも優れていることに恐怖を抱いた。
お前が敵でどれほど安堵したことだろう。お前に背を見られながら戦うなど、耐えられることではない。お前はいつか消えゆく敵だ、カルナ。
「キミってほんとう、とても家族を大切にするよね」
クリシュナにそう言われ背筋が凍る。私は何か間違えてしまったのだろうか。大切にする方法が、この時代では異質な物があったのだろうか。
「変、だろうか」
「いいや、流石アルジュナだと思っただけさ」
満足そうに笑うクリシュナの瞳は明るく、暗い。まただ、と思う。
理解を示しながら不可解そうな、そんな矛盾に満ちた瞳で彼はよく人を見る。
どうしようもない違和感を抱かせるその瞳が少し、恐ろしかった。
「ねぇ、アルジュナ。これからも家族を大切にするんだよ」
「ああ、分かっている」
この時代のこの国で、戦士でありながら前と変わらず守り続けられるもの等、それくらいだった。それだけは守らなければならなかった。
「来たか、アルジュナ」
武器を構えて私の名を呼ぶ。闘志で揺らめかせた瞳で私を見据え、見慣れてしまっていた鎧の消えた傷だらけの身体で私の前に立ち塞がる。鎧がなくとも、包帯だらけのみずぼらしい格好であろうとも、その失われない美しさは何なのか。
味方もなくたった1人でいることも、お前の戦車を操る御者の冷めた瞳も、お前にひどく相応しくないことを、私はもはや分かっていた。
お前はどこまでも呪われ、私はどこまでも祝われる。
お前と私でどうしてそこまで違うのか。脳裏に一瞬浮かんだ支柱の矯正には気付かないフリをした。手を加えずともうつくしい木の対面に、支柱だらけの木があることなど明白なのに。
さぁ、今だ、今だ、ヤツを射殺そう。そう耳元で歌うクリシュナの声がする。グルグルと回る視界に、何も考えられないグチャグチャとした頭とは裏腹に体だけはしなやかに動いた。あのすえ恐ろしいほど美しい顔が、カルナの頭がとんだ。首の断面は雷光でチリチリと焦げていて。慣れたはずの肉の焼ける匂いに私は、吐いた。
死んだカルナの瞳は、濁ることなく美しいままだった。
今世の母が言う。
「カルナは、貴方達と血の繋がった兄だったのです」
子を孕んだ母として罪を、己が子らに告げる。戦もとうに終わった昼、遅すぎる告白だった。
「あれ、言ってしまうのかい?」
母の横で平然とした顔で告げたクリシュナを見て、嫌な考えが浮かんだ。周到深く合理的で目敏い男だ。もしかして、もしかして……。
「クリシュナ、お前は知っていたのか……?」
「ああ、そうだけど。それがどうかしたのかい?」
「なぜ、なぜ黙っていたんだ……」
「だって知ったらキミ、闘えなくなっちゃうだろう?」
嗚呼、クリシュナ、今やっとわかった。今までの違和感は、クリシュナ、お前は、お前は、人の形をした何かなんだな。
私がたった一つ望むこと、家族を大切にすることだって、しっていたくせに。
ひっしにまもっていたてのひらのなかには、もう、なにもない。
あの緋色と黄金が脳裏を離れない。
戦士の価値観を理解出来なくて周りの望むがままに在った人生。
カルナ「何故そんなにも己を苦しめる。そんなに人からの落胆は恐ろしいか」
→出来ないことは出来ないと言ったり不安に思うのはそんなに怖いか聞いただけ。カルナ的には息苦しくないか善意で尋ねただけ。