その剣は、私を呼んでいた。早く我が身をその手にと、強く強く、私を呼んでいた。
「ほんとうに抜いてしまうのかい?」
やわらかな雰囲気を纏う真白の少女が私に問いかけた。
「えぇ、私はこの頬を撫ぜる風も貧しい大地も喧騒を奏でる人々も圧し潰されそうなこの国も、全て愛しています。故に私はこの剣を解き放ちましょう」
可憐な声の制止はその一度だけであった。
少女から岩に突き刺さる黄金の剣へと目を向け、私はその光り輝く剣へと手を伸ばした。
残存する村を潰すことによる問題の解決を決定した際、その合理的で非道な策に美しい赤毛の騎士が声を上げた。
「そのような策を行うなど! 王よ、貴方は、貴方は民を愛していないのですか!」
「いいえ、私はそれでも民を愛しています。どこまでもいつまでも、心の底から、愛しています」
それは本心だった。あの日、あの剣を抜いた時から変わらず、私の心からは愛が溢れ出続けている。
「……王よ、貴方は人の心がわからない」
「えぇ、それでも、愛していますよ、我が愛しい騎士、嘆きの騎士よ」
そうして、トリスタンは城を去って行った。
聖者の祝福を持つ騎士は
なぜ、なぜ、と、私の口から下されぬ罰を求めていた。
「嗚呼、我が王よ。なぜあの者へ罰を下さぬのですか。貴方がひとたび望まれれば私はあの者を貴方の御前へと連れ出し、貴方が下した罰を何に替えても成し遂げるでしょう。ですが貴方はお求めにならない。なぜですか、我が王よ」
「彼は完璧な騎士です。それ故に彼は裏切りを働いた瞬間から罰を受けるのです。人はいつか死を迎えます。我が愛しい騎士、太陽の騎士。貴方はきっと、彼に私の死に際を見せはしないでしょう。そして、裏切ったが故に、彼はその死後まで後悔と苦悩に溺れるでしょう。彼は、完璧な騎士でしかあれなかったから。それは裏切ったが故の罰なのです。ランスロットはそれが罰とは思わないのでしょうけど」
嗚呼、我が愛しい騎士、完璧な騎士は我が元を離れランスロットとなった今も罰を望んでいるようだった。
愛し合う2人の仲が告発された時に見せた瞳の僅かな安堵の光に、人は罰が下されない事にも恐怖する事を知った。ならば、下されぬ罰もまた罰となるのだろう。
「罪に罰は下します。しかし過ぎる罰は意味なきものです。罰は、意味があるからこそ下されて然るべきものなのです」
返ってきたのは肯定も否定もなく、ただ沈黙のみであった。
玉座の間へ駆け込んで来た彼はひどく興奮しているようだった。普段ならば響くことのない鎧の音を搔き鳴らし現れた。
おもむろに外された兜の下には穂色の髪を携えた、どこか見慣れた顔つきの容貌があった。新芽色の瞳を日の光でテラテラと輝かせながら私をいっしんに見つめている。
「私は、オレはあなたの息子だ! 父上、貴方のその声でオレを後継と認め、貴方のその手でオレにクラレントを授けてくれ!」
「嗚呼、我が愛しい騎士、兜の騎士。それは出来ません」
「だがオレは貴方の子だ!」
「あなたに王を継がせることはありません」
私で終わる国、滅ぶ最後の神秘深き大地。少しでも愛する存在を護るため、幕引きの
「父上!!」
「我が愛しい騎士、兜の騎士。私は、王です」
「……」
私は我が騎士も、国民も、この国も、このブリテンの大地も愛しています。
どれほど害されようと、裏切られようと、その者らに私はきちんと罰を降せども、愛しいと、愛しいと想わずにはいられないのです。あらゆる負を与えられようと、それでも愛しているのです。
「父、上ぇ……」
事切れたモードレッド、そこかしこに見える我が愛しい騎士達の屍。血と夕日に照らされたカムランの丘は悲壮な有様なれど、やはり美しくどこまでも愛しい。
愛する世界を見つめながら、私は我が愛しい騎士、私の最期に立ち会う騎士を待っていた。
手を引かれるままに歩いていた。死後の私が行くべき、あるべき場所に向かって歩き続けていた。
その道中に誰かがよぶ声が聞こえた。若々しい、芯の通った声だった。美しい声ではなかった、可憐な声でもなかった。それでもどこか心が惹かれ、愛おしいと、感じた。
だから私は手を離し、足の進む先を変えその声に応えた。
「セイバー、召喚に応じ参りました。我が愛しいマスター、これからよろしくお願いしますね」
「人違いです!」
「?」
「先輩!」
「ハッ! つい清姫に対するのと同じ対応をしてしまった……。セイバー、こちらこそこれからお世話になります。よろしく!」
「愛しいマスター」
「ウ、ウワー、清姫タイプガキテシマッタカ?!」ガクブル
※狂化はありません
実は我が愛しい騎士でなくなると名前で呼ぶプロトアーサー。
騎士にだけでなく侍女や使用人などにも枕詞みたいに「我が愛しい○○」とよくつけて呼ぶ。