私は今日も生きていく   作:のばら

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fgoガチャがあまりにも爆死しまくるので書きました。


恥のない人生を送ったカルナ

恥の多い人生だった。

たとえば、席の埋まったバスにお年寄りが乗ってきた時、たとえば、道端に大きなゴミが落ちていた時、たとえば、病院で子供が走り回っている時。気付きもした、思いもした。たが実行できなかった。とろい私は考え込んで気付けば誰かのための行いの機会を逃し、後悔しつつも心の何処かで安堵していた。勇気もなく、咄嗟の判断でも考え込む、周りの感情を気にしていた私。

 

そんな私が唐突に終わった。軟い四肢を丸め、誰かの脈動を感じながら水の中を揺蕩う。心地よくて安心した。それでも涙がでたのは、前の私を取り巻くすべてへの別れが悲しかったからだ。私はただ、さようならと呟くしかなかった。

 

私を形造った柔らかな房内から世界へと誕生しても、私は暖かな何かに包まれていた。護られていると感じた。だからだろうか、このみじろぎも難しい幼き身を大河へと委ねられても恐怖はなかった。ただ、その日向のような暖かさに微睡んでいた。

 

 

 

幼き日に大河から拾われ、養父と養母の貧しくも温かで清らかな(カルナにとって良き人たらんと生きる人だった)庇護のなかで育った。2人と違い蒼白な肌と成長に合わせ大きくなる鎧を纏う私を、2人なりに愛してくれた。私はひどく恵まれている。

 

私が此の世界に生まれいづる前とは国も時代も立場も違う、それでも同じ心を持ち日々を生きる人々は、うつくしかった。感情も、感性も、生き方も、醜さも清らかさも、人それぞれ違い、それでも共に生きている人々はほんとうに、うつくしかった。

今も前も同じ自我の私だけども、■■■■としての私は、終わってしまった。ならばカルナとしての私は、今度こそ、恥じなく生きよう。人々の美しさを感じながら、私はただそれだけを思う。

 

 

 

月日が経ち成長するにつれ、私は私に対し疑問を抱いた。

脂肪のない痩躯過ぎる体に反するすぎたる力強さと頑丈さ、道具を用いず操れる炎、そして産声をあげた時から共に在る黄金の鎧。日常における周囲の事と比べれば些事なことなれど、それでも疑問に思っていた。

 

ある日のこと、珍しい程の豪雨の後、あまりにも澄み渡った青空が現れた。

その空に目を奪われ、雨上がりの涼やかな風がそよぐので、私はたまらずすぐそばの木に飛び乗りその幹に背を預け微睡んだ(木の上というのは魔獣からも人からも見つかりにくく昼寝をするのに向いていた)。思った通り心地良い眠りに落ちていってしばらく、私の視界は光に満たされた。誰かがそこにいた。どこまでも眩しく、温かい光は私に囁いた。

 

<私の子よ、半分が人の我が子よ。私は太陽神、スーリヤである>

 

そのまま光は、私の半分を形造る父は、私とこの鎧について話した。言葉という音を紡ぐのに合わせ降り注ぐ燐光が心地良かった。

話を聞くに私は多くのものを戴いて生まれてきたようだ。私がこの世界に生まれることができたのも、私を温かく覆うこの鎧も、父の威光であった。

 

<嗚呼、我が子よ、語らいたいことも語れず、伝えるべきことしか伝えることのできない刻のみが、今世において私とお前に許されている時である。お前がその肉体から魂が解放されたならば、私をお前を招こう。私に触れられる我が子よ。その生の終わりの後に、また会おう>

 

光は過ぎ去り暗闇が戻る。瞼を震わせ持ち上げた先に見た空には、ただ太陽だけが燦然と輝いていた。

 

 

 

誰でも参加できる武芸の競技会が行われると聞き、それに参加することにした。前の世で読んだ様々な神話において、神は武芸を好む。空にてその威光を輝かせている父も好むと思い、私はその娘として有する武芸を見せてあげたかった。

 

会場に躍り出て、矢を射る。自身の持ちうる弓術を披露する。どよめきも、喝采も、悪意の視線も、感嘆の視線も感じたが、私はただ己の武芸を証明するのみ。

 

誰かが言った。

 

「あのパーンダヴァのアルジュナに引けを取らない者は誰だ?」

「いいや、あの者の方が弓の腕は上ではないか?」

「なにを言う!王子の方が勝っておろう!」

 

「ならば、競い合わせればよいのでは?」

 

騒然とした観客達は、いつのまにか私とアルジュナという者の対決を望んで声を張り上げている。それに応えるためか、主催側の人間が的の準備をしているのが見えた。

アルジュナ、その名だけならば聞いたことがあった。五人兄弟の王子の三男、この競技会で一番弓の上手かった男がそのアルジュナなのだろう。

 

「この場にてアルジュナ王子に一騎討ちが挑まれた!」

 

見知らぬ男が告げた。私を見る瞳は悪意に濡れており、ようやく私はこの競技会はその王子達のためにのみ開催されたのだろうと気付いた。この男は明確な優劣を付けさせたがっている。

 

鍛えられた体を持つ別の男が私に問いかける。

 

「汝は何者であるか。アルジュナ王子に挑もうとする者よ、身分を明かすがいい」

 

私の住まうこの国、この時代には階級制度、カーストが存在する。私にはあまり馴染みなく周りほど理解はしていないが、私とて、王族に挑戦するにはクシャトリヤ以上の階級である必要があることを知っていた。おそらく、 御者の娘ではそれを満たさぬだろう。

 

「なぜ答えぬ。よもや答えられぬ階級ではなかろうな」

「汝は答えられぬ身分にも関わらず王子に挑戦を申しでたのか!」

「なんという身の程知らずの無礼者!」

 

悪意、怒り、安堵、興味、それらの視線が私に向けられる中、一人の男が前に出て来た。

 

「ならば俺が場を整えてやろう。このドゥリーヨダナがその男をアンガ国の王とする!」

 

そう大声をあげた男は、真っ直ぐと私を見ていた。私は女だがと訂正しようと口を開きかけ、合った視線におもわず口を閉じた。褐色の肌にうねりのある黒髪。何かの煌めきを宿す瞳を見ていると、なぜだろうか、心の奥底で何かがコトリと、動いた気がした。

 

「さぁ、これでなんの問題もなくなった!」

 

男が闊達な笑みを浮かべパーンダヴァ兄弟達の方を向いたのを機に私もあの弓の男を見る。じっとこちらを見ている男の瞳は闘志に燃えている。そのことに闘争心が掻き立てられるのを感じた。

 

 

 

結局の所、私とアルジュナの一騎打ちは執り行われなかった。

観客の中から養父が私の前に現れた。養父は少しの欲と、 憂虞(ゆうぐ )、そして私の親愛の喪失の恐れをその瞳に宿していた。私は養父を安心させるために彼を父と呼んだ。今まで私を愛をもって育ててくれた養父達に対する愛を、私がなくすはずがない。

私の言葉を聞き私が御者の子であると知れると再び罵倒が始まった。先程と違い聞こえて来た養父への侮辱は許しようもなく、口を開こうとしたがその前にあの男が、ドゥリーヨダナが大声を上げた。

 

「おかしなことを言う。王族であることの証明に最も必要なものは力だろう。王族であるお前がそんなことも分かっていないとはなぁ!」

 

罵倒してきた男達を逆に嘲笑ったのだ。よくそうも鮮やかな返答が即座に思い浮かぶものだと、口下手な身としてはおもわず感心してしまった。

 

 

 

招かれたドゥリーヨダナの館で、私は返礼に何を望むか尋ねた。運び込まれる料理も彼が身に纏う高価な布も装飾も私は持っていないが、望まれれば私は何であろうと探しに行き、この男の元に持ち帰るつもりだ。恩には、報いなければならない。

 

「俺はお前との永遠の友情を望む」

 

そう言って差し出された手はお世辞にも綺麗とは言えない、しかし戦士として努力を重ねて来た手であった。

 

「お前がそう望むのならば。この鼓動が動き続け、そしていつの日か途絶えようとも、私はお前の友であり続けよう」

 

養父母以外で初めて触れた人の手は、傷だらけ、温かかった。

 

 

 

「ところで、私は男ではなく女なのだが」

 

吹き出されたスープは、いったいここでは誰が拭くのだろうか。

 

 


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